始まりの編:第一部:その男、伝説に消えた者2。
第二章
【モンスターの襲撃に怯える町の中で…】
その3.捜査開始。
公孫樹の森と町の狭間を縫う、一本の道。 其処に現れたゾンビの群は、全て倒された。
待っていたK達の元へ、直ぐにやって来た警備役人達。 Kと寺院の女性僧侶が、ゾンビを倒すまでの出来事を説明していた。
さて、ゾンビに成った遺体は、全て回収されて。 再びゾンビに成らない様に清めると、女性僧侶が役人の操る馬車に乗って寺院に戻った。
その後、陽が完全に暮れて夜に成り。 K、ポリア、マルヴェリータは、馬車で警備役人の詰め所に行った。 ゾンビの事について、色々と憶測も含め話をした。
そして、夜も更け始めた頃。 ポリアとマルヴェリータを含めてKも、あの老女将の営む宿に戻って来ている。
Kは、一人で更に遅くなってから戻って。 今、風呂に入っていた。
先に戻ったポリアとマルヴェリータは、入浴を済ませていて。 今や、トップリと日は暮れて、遅めの夜ご飯である。
モンスターの出現の為に、騒然としてしまった町にて。 動ける役人が総出で、モンスターに対する警戒に当たりだした。 警戒態勢の中で警備隊長は、町に冒険者がポリア達しか居ないので、別れ際に協力を申し入れてきた。
無論、ポリアは承諾したものの…。
「はぁ~」
丸テーブルに就くポリアは、長い溜め息を吐く。 食堂の天井には、二つのそこそこ大きなシャンデリアと、壁に設置された三十近いランプの明るさで、昼間の様である。
一緒にテーブルへ就くイルガは、警備役人と一緒に会ってから、どうも元気の無いポリアが心配で。
「お嬢様、席に就くなりため息ばかりですぞ。 一体、如何なされました?」
すると、マルヴェリータが横目にポリアを見つつ。
「ケイよ」
「ケイが、・・・如何いたしたと?」
「それが、7体ものゾンビを、一人でぜ~んぶ倒しちゃったのよ。 病人にそれ遣られたら、元気な剣士の面目は丸つぶれよね」
その意見が耳に入ったポリアは、ジロリとマルヴェリータを見返して。
「そこ、うっさい」
ポリアのその様子を見たイルガは、
「ふむ」
‘ナルホド’
と、理解した。
だが、実際のポリアの本音は、マルヴェリータの言葉とはズレる。 内心では、Kに何か一つでも勝ててないと。 自分がリーダーであるのに、自分の自信が無くなりそうだった。
然も、実力の差はまざまざと見えている。 剣士として・・と云うより、もっとはっきり冒険者として…。
さて、洗った髪を幾分濡らしたKが、ノコノコとポリア達の所に来た。 マルヴェリータとシスティアナの間に座って、受け皿を取る。
「ふ~、厄介事ばかりだな。 明日は雨足が強いだろうから、馬車も出せないだろうし。 街道の警戒警備をする役人が、この異変を伝えに行く役目だ。 これは・・・下手すれば長引くな」
こう言うKは、鶏肉を自分の皿に取り分ける。
「・・・」
Kをチラ見して、何故か黙るポリア。
実は、冒険者にもそれなりの不問律と云うべき、‘暗黙の了解’の様な掟が在り。 むやみやたらに同業者の過去へ踏み込まないのは、ある種の暗黙の了解・・とも言えた。
ポリアが、何も切り出さないので。 イルガは、酒を飲みつつ。
「なぁ、ケイよ。 あのモンスターは、一体何処から来たんじゃ?」
「さぁ~な。 怪我した役人の話だと、森から出てきたらしいゼ」
こんな大事件に遭遇しているのに、大した事も無さそうに言うK。
だが、ポリア達が話し合う食堂には、ポリア達以外にも10人ほどの客が居る。 その誰もが体裁を繕う様な、立派な衣服やら髭を蓄えていた。
老女将の話では、町に野菜を買い付けに来た商人らしいが…。
だが、その内の何人かは、どうも気心を許せない者が混じる。 例えば、普段からの態度が、頗る悪い男だったり。 身なりは立派なクセに、その目つきは非常に卑々しい者も居て。 そんな者は、ポリアやマルヴェリータをジロジロと見たり、此方の話に聞き耳を立てる。
イルガは、K以外の仲間が女性で。 また、見た目からして素晴らしいポリアやマルヴェリータと一緒。 商人とは云え気は許せぬと、時折にチラッと見ては、彼等の視線を逸らしていた訳だが…。
「ならば、モンスターを産んだ主は、あの森の中に居ると?」
「断定するほどの確かな証拠は無いからな、今はそうとは言い切れん。 森からゾンビが出たからと云って、今も居るかどうかは・・」
と、肉を口にしてから。
「ま、多分は・・森に・・居るとは思うがな」
「ふむ。 して、その考えの自信は?」
「・・俺としての意見でいいならば、ほぼ十割で確定だな…」
此処で、肉を呑むK。
それが確かならば、解決策を視た、と。
「なら、退治する為に森へ行く?」
マルヴェリータが返せば。
「森のずーっと奥から、禍々しい暗黒の力が薄々ながら感じられる。 多分、森の奥にな~~~んか居るのは、確かだろうな…」
此処でポリアは、表情を引き締めて。
「あの森のずっと奥って・・、ケイに解るの?」
するとKは、他人ごとの様に。
「ポリアの今の疑問の通り。 俺の言う事なんざ、今は役人や他の誰彼がすんなり信じる訳ない。 それに、今は優先度として、目下のクォシカの事もある。 ゾンビの出て来た場所を特定するのは、ある程度の情報を集めてからでも、俺はいいと思うぞ」
Kには、何を優先して何を後回しにすべきか。 それが全て、もう決まっているかの様に言える。
処が、こんな事件に遭遇するのは、冒険者としては初めてのポリア。 彼女は、やや警戒した横目でKを見て。
「でも、相手はモンスターよ。 そんな悠長な考え方で、本当にいいの?」
と、更に問う。
処が、こう問われても、慌てたり考えたりする素振りも無いK。 野菜を皿に取りつつ。
「焦ったってよ、この雨じゃ~行くのも溜まりませんゼ」
「ま・・、そうね」
最もな意見に、ポリアも納得。
「天候を読むに、明後日の夜には雨が止む。 そこからが、本当の勝負じゃないか?」
「天候が回復したら・・ね」
「無駄に無理をする必要も無い」
と、野菜を齧るKで。 口に入れた物を食べた後に。
「ま、ゾンビの討伐は、依頼で頼まれた訳じゃない。 町にモンスターが入って来ない限りは、安心と言った所じゃない・・・ん?」
のんべんだらりと語っていたKの口調が、いきなり止まって。 何故か、彼は後ろを向く。 廊下に出る方だ。
「どぉ~したんですか~」
システィアナの緩い声が、Kに尋ねた時。
いきなり、
“カッ・カッ!・カッ!”
と、廊下を歩く鉄靴の音が響いて来る。 足音からして、強い感情が見え隠れする勢いが感じられる。
前に向き直ったKが。
「ふぅ~、ウゼェな。 御出でなすったか…」
呆れた物言いでこう言ったではないか。
然し、誰が来たのか、さっぱり解らないポリアが、
「へぇ? 誰が?」
と、聞き返した時。
食堂に、何者かが入って来た。
「此処かっ、冒険者が居るって言うのは?!」
食堂に響く、男の声。 その声は、高圧的な言い方に聞こえた。 声を発した主を皆が見れば、貴族が好むシルク地の礼服の出で立ちである。 胸には、金糸で豪勢な刺繍が入っていて。 Kより背が高く、ネクタイ代わりの白いスカーフが、特に目立っていた。
また、入って来た立派な出で立ちの男の後ろには、マントを背にする軍人の様な制服を着た。 Kと同じくらいの背の人物が付いて来る。
料理を運ぶ為に、この食堂へと出て来た老女将は、丁度やって来た男二人の、そのまん前にいて。
「おやまあ~、これはこれは、ラキーム大将じゃないかい。 モンスターが町に現れたってのに。 随分と遅くに、偉そうなお出ましじゃ~ないかい」
この女将の言葉に、ポリア達はびっくりして。 改めて、入って来た男二人を見直した。
一方のKだけは、野菜をフォークに刺して。
「や~っぱりか」
と、口に運ぶ。
現れた二人の男の内、背の高い前の男が女将を睨み付け。
「フン。 それより、冒険者達は何所だ?」
と、傲慢な物言いをする。
彼の言動に、女将は少し苛立ったのか。 豪儀にも片目を吊り上げて、鋭い視線を返し。
「ラキーム、随分な態度だね。 お前って男は、人を訪ねる時の礼儀も知らないのかい? ましてや、殺されそうに成った役人を助けて、モンスターを倒した町の大事なお客に対して。 無礼な上に、戯れ言でも言いに来たってのかい?」
と、対等に言い返した。
すると、ラキームと呼ばれた偉そうな出で立ちの男は、急にせせら笑う様な表情を見せると。
「ほほう、それはそれは、素晴らしいお客様だ」
と、言ってから。 突如、いきなり凄み顔に成って。
「俺の仕事を請けたヤツに、俺がどう接しようと勝手だ!」
と、女将に怒鳴った。
その鋭く威圧的な声に、食堂に入っていた宿の客は、そそくさと長いテーブルの壁側に逃げる。
一方、老女将とラキームの遣り取りを聴いてられないと、Kは仕方なさそうに。
「此処だ~。 お宅の依頼を請けたのは、俺達だ~」
と、適当な声を出した。
女将と彼が今更に喧嘩されても、K達にはどうしょうも出来ない処だからだろう。
背の高い男は、その声の方を向いてから。 また女将を見て。
「退いてろ、邪魔だ老い耄れっ」
暴言を吐くと、老女将を突き飛ばすことも辞さない様な、苛烈さが滲み出る歩みで前を圧し通る。
鋭い視線を持った軍人風の男も、彼の後に続く。
その態度には、老女将も本気で怒ったのか。
「ラキームっ、お前って男は最低の人間だよっ!」
と、歩む彼の背中に怒鳴った。
さて、ポリア達の前に、二人の男達がやって来る。
偉そうで身形の良く、背の高い男ラキームは、見た目には悪い顔では無い。 面長の男らしい顔つきで、肌色の顔色にして威厳に近い威圧感の漂う雰囲気がある。
だが、裏に返して見ると、高圧的で優しさのような気配は微塵も無く。 気持ち悪いくらいに、キツい印象も与えていた。
「貴様達か。 私の仕事を請けた、冒険者とは?」
と、ポリア達一同を見回すのだが…。
寧ろポリアは、ラキームの後ろに立つ、軍人風の男を視界に入れながら。
「えぇ、そうよ」
と、答える。
さて、ポリア達を見たラキームは、ポリアやマルヴェリータの美しさに、純粋な男心を持って驚いたのだろう。 やや声色を緩めて。
「ほほぅ、こんな美人が二人も来るとはな」
慣れた男の依怙贔屓を視たと、マルヴェリータは素っ気も無く。
「あら、ありがと」
と言うだけで、ワインを傾ける。
ラキームは、包帯を顔に巻いた特徴的なKを見て。
「貴様だな。 町に出たモンスターを倒した男と云うのは。 窮地を救われた手前、町を代表して礼を言いたいが。 それより先ず、一番に聞きたいのは。 何で、依頼を請けて町に来たのならば、依頼主で在る私の元に挨拶に来ないんだ?!!」
と、いきなり最後を怒声に変える。
「馬鹿デカい声だな。 煩いぞ…」
間近で言われた為に、嫌がる様に片耳を撫でるKで在り。
「今日、町に着いたんだ。 外は雨だし、面会なんかは明日でもイイんじゃないか~? 第一、依頼の内容には、挨拶に来いとは書いて無かったぞ。 もう必要な経緯は、依頼の内容で解ってる。 それならば、アンタに会うのは、御目当ての女を一通りに捜した後でもいいだろうよ」
この、Kの投げ遣りな態度は、ラキームを眼中に入れてない。
その態度を見て察したラキームは、自分を気にしていないKの態度が、烈火の如き怒りに変わるほどに気に入らなかった。
「なんだとぉっ?!!」
左足を引いたラキームは、抜刀しかねない勢いだったが。
そのとき、後ろに居た軍人風の男が。
「貴様っ。 町史のラキーム様に対するそのぞんざいな口の利き方を、何と思っているんだ? 此方は、仕事の依頼主だぞっ?」
と、此方も上からの物言いを匂わせ、Kを威圧する鋭い視線を飛ばす。
すると、二人の様子が実に詰まらなそうな態度をするKは、軍人風の男を見返すと。
「はぁ~? 詰まらない言い方するんじゃ~ないぜ。 オタク、前は冒険者だろう?」
その話に、軍人風の男の眼が更に凝らされた。
然し、Kは止めず。
「昔、マルタンで見た事がある。 だから、敢えて言うがよ。 冒険者と依頼主の関係は、常に対等。 それは、既に常識だ。 ま、目的のクォシカに対して、親しくしていた町の住人以上に、何か知ってる情報が在るってならまだしも。 何の情報も持たないオタク達に、こっちが急いで会う必要があるのか?」
と、言い返した。
Kを睨み付ける軍人風の男は、黒い上質の上着と、白いズボンを穿いて。 足元は、鉄製の長靴。 腰には、立派な造りの軍剣が備わっている。 顔は、油断の置けない鋭く細い目つきで、やや細面ながら日焼けした顔に皴がある。 雰囲気からして、四十代後半と見えた。
「だからと言って、挨拶ぐらいは当然だろうっ」
その言い方も、また特徴的で在り。 ガラガラ声な上に、音程が低いので圧力が在る。
ポリアも、イルガも、この男は‘出来る’と睨んだ。 勿論、剣の腕だ。
(隙が無い・・。 下手な事したら、斬られるかも…)
その軍人風の男に高まる殺気。 それを感じるポリアは、緊張が身体に走り。 背筋には、冷や汗が流れる。 相手の男の発する気迫と殺気には、そこまでも辞さない雰囲気が漂っていた。
然し、それでもKは、全く気にしていない素振り。
「あら、そ。 ソイツは~ごめんなさいよ。 だが、挨拶はこれでいいだろう。 とにかく今日は、モンスターを相手にして疲れてるんだ。 細かい話なら、明日にしてくれないか?」
と、皿の残りに気を向けたK。
“自分達の威圧に、全く効き目が無い”
この事を、ラキームも、軍人風の男も、Kの様子から見定めた。
そして、二人の怒りや殺気が、一段下に落ちる時。
Kは、更に。
「つ~か、そんな戯言を言いに此処へ来るよりも。 こっちが依頼に専念できる様に、森の警戒でも頑張ってくれよ。 じゃないと、お宅。 次の町史には、絶対に成れないぜ?」
‘次の町史’と聞くラキームは、Kをまた睨んで。
「何だとぉっ、どうゆう意味だ?!!」
Kは、お代わりと料理を皿に取りつつ。
「森からモンスターが出るなんて、このオガートでは長らく聞いた事ないぜ? 町の治安を第一に司る町史が、その対応に手間取って。 然も、モンスターの出現をも見逃していた・・としたら。 これは、不手際とも云える凄ぇ~大問題だ」
こう言ったKの内容は、どうやら的を射ているらしく。 ラキームなる男は、咄嗟の反論も出来すして唇を噛んだ。
Kは、そんな彼へと、野菜をフォークに刺しながら。
「だが、不意打ちとも云える一回目の襲撃は、まだ色々と言い訳が効くだろうが、な。 二回目以降の襲撃で、もし住人に犠牲者出たら・・。 そりゃあ~もう~、王国政府より叱責モノだよな~?」
と。
Kの意見を聴いたラキームは、言い返せないままに力み。
「ん゛むぅ・・」
と、唸る。
Kの指摘は、当然の事だ。 ラキームも、全く反論を見いだせずに、不満を溜めるのみだった。
「ま、とにかく森の警戒だけは、怠らない事さ。 父親の跡を、す~んなり継ぎたいなら、・・な」
トドメとばかりに、こんな指摘を受けたラキームは、苦虫を噛み潰したような顔に成り。 自分を見て来るポリア達や、後ろの老女将などを見てから。
「喧しいっ! そんなことは、お前如き冒険者に言われずともっ、私は全て解っているわっ!!」
と、怒鳴ってから踵を返す。
処が、軍人風の男は、Kを見てグッと近寄り。 かなり押し殺した声で。
「お前、何者だ・・。 昔の俺を知ってるなんて…」
その声は、かなりの殺気が篭っていた。
間近から男の顔を見たシスティアナは、驚いて怯えた顔を見せる。
だがKは、この男の凄みすら詰まらなそうに。
「早く金魚の後を追いな、糞。 邪魔臭いゼ」
と。
その返す言葉や態度からして、Kは相手を全く怖くないらしい。 彼だけ、緊張の欠片も見えなかった。
すると、軍人風の男に向かって、ラキームが廊下の入り口にて。
「ガロンっ、もう行くぞっ!」
と、鋭く声を飛ばした。
‘ガロン’と呼ばれた男は、Kを睨み付けながら。
「チッ」
露骨な舌打ちをして身を戻すと、踵を返しラキームの後を追って行った。
二人が去る事で、緊張状態から脱するポリア達。 ラキーム達二人が去った後を少しの間、ボンヤリと見送った。
だが、汚れた皿を片しに、テーブルへ遣って来た老女将はKを見て。
「アンタ、以外に度胸あるんだねぇ~。 ラキームが悔しがるなんて、いいもの見たよ」
褒められたKは、食べながら。
「・・ま、あんなのどうでもいい奴だからな」
その返事を聴いた女将は、愉快そうに笑って厨房へと戻って行く。
だが、ポリアの意見は、女将とは少し違う。
「ねぇ、ケイ。 ムカツク奴だけど、どうでもいい訳じゃないでしょ? それに、あのガロンって奴、かなり強いよ」
それを聴いたKは、当然とばかりに頷いて。
「そりゃ~当たり前だ」
「え?」
「あのガロンって奴こそ、本当の“流れ狼”を遣って来た男だ。 ‘流れ狼’なんてのは、実際にはそこそこ以上の腕が無きゃ、絶対に出来ないさ」
ワインを飲み掛けたマルヴェリータは、それを止めてグラスを置く。
「貴方、あの男の事を・・本当に知ってたのね?」
「あぁ、知ってるさ。 アイツは、ある種の有名人・・だからな」
「‘有名人’って・・どんな?」
「そうだな・・、例えば。 この国の北に在る、スタムスト自治国では。 或る時、遺跡発掘の依頼が斡旋所に舞い込み。 それを知った奴は、駆け出しの一人者や経験の未熟なチームに声を掛け、ごり押しにて面子を揃えて。 主に掛け合い、その依頼を請けた事が在った」
この話。 冒険者の世界では、大して珍しい事でも無い。 請けたい依頼で、主にいちゃもんを貰わぬ様に。 徒手空拳とばかりに、チームの面子を増やしたり。 一人の冒険者が、チームと掛け合って協力する事も在るのだ。
マルヴェリータは、珍しくも無い話だから。
「そんなこと、普通じゃない。 何処が、有名人に成るのよ」
「問題は、その後だ」
「‘後’?」
「あぁ。 その後、いざ調査に臨んだが。 宝や遺物を発見の際に、依頼主から分け前の話を聴いては。 仲間を少なくすれば、分け前を多く出来るとヤツは目論んだ」
「等分にすればイイのに…」
と、ポリアが口を挟めば。
「バカ、アイツの強欲さは、下手な悪党の比じゃネェ」
「‘バカ’って・・」
怒鳴り掛けたポリアだが。
「考えが甘いから、バカと言ったんだ。 ヤツは、街に戻るまでの帰路にて、分け前争いをチームの中で勃発させ。 依頼主を守る名目で、一緒に雇われたチームの仲間を斬り。 その分け前を独り占めした事が在る」
その、怒りもすっ飛ぶ驚きの話に、ポリアは目を見開き。
「マジ?」
頷くKは、
「だが、ヤツの犯した悪さは、それだけじゃない。 処に屯する悪党等が、女性の冒険者に目を付けた時。 大金と引き換えにし、態とその女の冒険者等とチームを組んで。 薬草採取の依頼でも請けて街の外に連れ出し、悪党等の慰めモノとして売り渡したとも、な」
ポリア達一同は、卑怯極まりない話に言葉を無くす。
だが、Kは幾つもの話を知っていて。
「ヤツの悪名を劇的に高めた話で、こんなのも在る。 一人で流れていたヤツは、金品を積んだ馬車を見つけ。 その護衛を買って出た後に、御者の老人や手伝いの少年を殺し。 賊の所為にして、金品を奪った・・・とな」
「極悪人じゃないの」
寒気すら覚えたマルヴェリータ。
「証拠が無く、大半の悪事は表沙汰に成っちゃないが。 冒険者を犠牲にして荒稼ぎする遣りようから一時、“パーティー荒らし”の異名までを持ってたぐらいサ」
マルヴェリータは、初めて聞く話に。
「‘パーティー’?」
と、聞き返す。
「あ~、そうだな。 冒険者の俗っぽい言葉だ。 大陸を動いて無いポリア達は、まぁ解らないか」
と、独り言の様な事を言うK。
さて、その彼の更なる説明に因ると…。
普通、リーダーなり誰なり、チームが固定の面々で在るのが、冒険者の集まりの一般的な形だ。 然し、‘流れ狼’をしていたり、一時期のみしか仕事をしない‘根降ろし’などは、一依頼ごとにチームを組む。
そして、そういった場合。 斡旋所としても、解体すると解るチームを作るのは、余り好まない傾向が有る。
其処で、今回のKの様な形で、
“一時的な協力者”
と、こう云う形でチームに加える事が在る。
そうゆう、実際に寄せ集めではないが。 付き合いの無い者を詰め込んだチームを、俗っぽい言い方で〔パーティー〕と呼ぶ事が在るらしい。
説明を聴いたポリアは、
「詰まり、毎度毎度に加わったチームを壊すから、そんな異名を付けられたのね」
マルヴェリータは、異名の意味を理解するなり、眉を顰め。
「イヤな異名ね」
と、本音を露わにする。
だが、あっさりしているKは、
「マジの話さ。 人手の足りないチームや、流れて来た初心者。 他に、チームがバラけて、一人の冒険者を捕まえては、実力差の有る仕事に巻き込んで。 面倒を看る処か、怪我はさせるし、逃げる為にモンスターの餌食にしたり。 怪我をしたとか、歩みが遅いとか、足手纏いだから途中に置いてきたりと。 とにかく身勝手の限りで、荒稼ぎした奴だ。 だが、まさか剣の腕を売り込んで、こんな所に居るとはな」
冒険者のクズと感じるポリアだから、眉を顰めて目を凝らし。
「サイっテーな奴ね」
イルガも、そんな冒険者など見た事が無いので。
「悪しき冒険者の噂は、何処にでも耳にするしな。 チームや仕事に炙れ、人品を崩した冒険者も多いが・・。 其処まで根が腐った輩は、正に珍しいのぉ」
と。
処が。 ガロンと云う者の性格を教えたKだが。
「あぁ、皆の意見はごもっとも。 だが、な。 一方で、奴は冗談抜きで強いぞ。 もし、俺を抜いたこのチームが、奴と喧嘩に成ったとしても。 ポリアとイルガのおっさんの二人だけじゃ、ま~ずは勝てないだろうよ。 マルヴェリータが賢く上手に動けば、まぁ・・互角かな?」
と、言い切るではないか。
然し、マルヴェリータからすると、‘互角’と云う表現には、全く納得が行かなかったのか。
「三人で互角なんて、キツイわね。 でも、剣士が魔法に勝てるかしら」
言葉上は柔らかくも、目つきでは鋭い非難を送った。
すると、チラリとマルヴェリータを見たK。
「自分や魔法を買い被るのは、止した方がイイ。 それに、悪辣非道を難なく出来る奴を、甘く見ない方が身の為だゼ。 俺は、“賢く上手に動けば”、と言ったんだ。 今のまんまなら、確実にお前たちは負ける」
完全に見下した雰囲気が、Kからマルヴェリータに向けられた。
ポリアは、マルヴェリータの目が、急に細くなるの見る。
(ヤバい、マルタがキレそう)
このマルヴェリータと云う人物は、男性に対して異常に近い強気な一面を持つ。 相手が貴族だろうが、大商人だろうが、怒ると全く臆さない。
「けっケイ、其処まで言わなくても・・」
と、ポリアが宥める上で言うのだが…。
醒めた眼のKは、ポリア達を見回して。
「脅しじゃなく、これは現実だ。 アイツが、もしもポリア達と喧嘩をすると成ったらよ。 真っ先に攻撃するのは、間違い無く女だ。 然も、動きの早くないマルヴェリータか、システィアナだろう」
正々堂々とした遣り方では無いから、ポリア達が一斉にKを見て固まる。
Kは、漸く自分の言いたい事にポリア達が近づいた・・と察しつつ。
「マルヴェリータかシスティアナを攻撃、もしくは人質にすれば。 ポリアとイルガに、激しい動揺を誘えるし。 魔法を撃たれる隙をも作らせない為に、な」
その状態を想像したポリアも、マルヴェリータも、イルガも、最善の反撃など考えられずに黙るのみ。
その様子を窺うKは、
「ほれ、仮の話でも、黙るしか考えが浮かばないだろう? フン、こんな緩い馴れ合いのチームだ。 一人でも人質に取れたら、全員殺されるぞ。 ガロンって野郎は、そうゆう事で生き抜き金を稼いだ。 正に、そうゆう奴なんだ」
ガロンの手口を性格から察して、こう想定を語ると。 その聡明なる眼を、マルヴェリータに向けて。
「魔力自体は、人一倍も高いクセして。 知識は希薄な上に、ゾンビの欠点も知りゃしねぇ。 そんなだから、恐らくポリア達の手助けになんかには、全く成って無いんだろう?」
こう言われたマルヴェリータは、グッと言いかけた言葉を呑んだ。 実際、ゾンビの存在も、他のモンスターの存在も、具に深く感じ様とはしていなかった。
「マルタンで、その辺りの噂を斡旋所のマスターに聴いた。 然も、駆け出しの冒険者の間でも噂に為ってる様じゃ、お粗末様々だゼ?」
他人のKに言われる事で、マルヴェリータは現実を突き付けられる。 言われているのは知っていたが。 直に言われるのは、斡旋所のマスター以外では、Kが初めてだった。
仲間の事だから、ポリアやイルガも止めさせ様と思うのだが。
Kは、この際だからとばかりに。
「マルヴェリータ。 何より第一に、あのゾンビが出た場所へ来た後で。 森の奥の禍々しい空気を、お前は気付けたか? 魔法を扱う者は、魔力に応じた感知能力を磨くものだがな」
Kに此処まで言われても、マルヴェリータは言葉が出ない。
ポリア達三人も、この会話にどう割って入って良いのか…。
こう思う間にも、Kは更に追撃する。
「ハァ、全く下らない使えなさだな。 お前サンは、その自分の美貌に、自分がからかわれてるんだよ。 冒険者として生きて行く気が有るなら、磨く所が違うのさ」
と。
マルヴェリータの甘さを、キッパリと指摘したK。 手を伸ばし、女将が持ってきてくれたハーヴティーのポットを持ち上げ、自分のグラスに注ぎながら。
「冒険者としてもっと生きたいならば、テメェで良く良く考えるんだな。 俺は、最初の約束通りに、この仕事で抜けるが。 お宅は、違うんだろうからよ」
こう言い残しグラスを片手に、席を立って部屋に去って行く。
Kが立ち去った後からのマルヴェリータは、それから口を利かなくなった。
このマルヴェリータは、男に翻弄された幼少期を送る。 許嫁にと、金で何度も誘われ。 魔法学院で魔法を学べど、男との偽りの噂に、友達が居ない思春期を送り。 卒業後に故郷に戻ってくれば、煩い求婚と見合いの連続。 冒険者稼業に逃げ出したマルヴェリータは、家から離れて。 そして、ポリアと出逢った。
大人びているマルヴェリータだが。 実際は、まだ23歳に成ったばかり。 ポリアとは、2つと半年しか違わない。
「マルタ。 ケイの言う事は、気にしなくていいよ」
付き合うポリアは、そう言って酒を飲む。
気を利かせるイルガは、ポリアとマルヴェリータの二人にしようと席を立ち。
「お嬢様、雨に当たりました所為か、寒気がしますので。 先に、寝ます」
「イルガ、大丈夫? 風邪なんかひいちゃだめよ」
「御意に」
また、付き合う気持ちは一緒のシスティアナだが、怪我人の治療に疲れたのだろう。 直ぐに、うつらうつらと眠たそうに。
「システィアナ。 ホラ、もうねんねしていいよ」
「う~ん、寝るね~。 マルしゃん、お先にぃ~」
言われたマルヴェリータが、作り笑顔で頷いた。
然し、本音では。
(初めての・・仲間…)
部屋に向かうシスティアナを見送るマルヴェリータは、このチームに入るまで、いつも一人だった。 だが今は、このポリア達がいる。 あの、以前までの一人だった寂しさは、過去の記憶に成りそうな程に薄らいでいた。
そして、何時の間にか。 食堂に残る者は、自分とポリアだけになっている。
老女将が、食堂の片付けを終えてから、最後に二人の元に来た。
「ワインボトル二本は、おまけしとくよ。 町の危機を救ってくれたからね」
ポリアは、気遣ってくれる女将に頭を下げて。
「ありがとう。 遠慮無く頂きます」
「礼はいいよ。 じゃ、アタシは先に寝るよ」
そう言って、老女将はポリア達の周りのランプの火以外を、全て落として行った。
この広い食堂に、ポリアとマルヴェリータの二人だけとなった。
「ポリア・・寝ないの?」
静まり返ったこの食堂にて。 マルヴェリータは、ワイングラスを片手に言う。
「フン。 モンスターと戦ってないから、疲れてないわよ」
と、そっぽ向くポリア。
そのムクレ面に、マルヴェリータは笑った。
「わっ、笑わないでよ」
傷口に塩を掛けられた様で、ワインを呷るポリア。
だが…。
「ポリア・・・」
低く為ったマルヴェリータのその声に、フッとポリアが向くと…。
「ん?」
「私・・ね。 チョットだけ、ケイに嫉妬してるわ」
「強いから?」
マルヴェリータは、頷いて。
「何でも出来すぎるわ・・・、彼」
「そうね~。 仕事を請ける規約がないなら、一人でぜ~んぶ出来そうだもんな~ケイって…」
マルヴェリータは、ポリアのグラスにワインを注いで。
「私達ってば、ちっちゃな頃からずっと、男にバカにされてばっかりね・・・」
「ホントだわ・・・、なんかね~」
自虐的な笑いと、愚痴りを言い合う絶世の美女の二人は、随分と夜遅くまで呑んでいた…。
★
そして、夜が明けた次の日。
「ポ~リ~ア~ちゃん、マルしゃん~、起きて~」
マルヴェリータとポリアを起こすシスティアナの声が、廊下にまで届く。 二人のベットの間に来て、枕で叩き起こして来るシスティアナに、容赦は無い。
「つお・・ちょっと~」
「システィ~、やめて~・・」
ベッドの上で呻く二人は、二日酔いのど真ん中である。 頭痛に襲われ、微かに開く眼に映る世界は回っているし、眠たくてしょうがない。 外から来る心地良い雨音が、子守唄の様に聞こえるだろう。
それでもシスティアナは、枕で叩き起こすのを止めずに。
「ケイしゃんが~呼んでるのぉ~。 大地主のおじょ~さんがぁぁ~、かえってきたの~」
こう言われても、眠くて仕方ないポリア。
「誰だって~?」
マルヴェリータも、朦朧とした意識で。
「じ~ぬ~しぃ~? だ~れよぉぉぉ?」
すると、システィアナが更に枕で二人を叩いて。
「ク・ォ・シ・カ・さんのぉ~おーはなし~、聞きにいくの~~~」
と、こう言うのだ。
二日酔いにて、もう仕事すらどうにでもイイ感じに成ったポリアとマルヴェリータ。
然しその時、ドアの外からKの声がする。
「システィアナ、別に起きなきゃ~放っといていいぞ。 二人で聴きに行く」
この‘二人’と云うのは。
“ポリアが来ないなら、イルガも来ない”
と、云う事。
これくらいのことは、Kは先刻承知である。
すると、枕で二人をバシバシと叩いていたシスティアナだが。 Kの話を聴いた途端、その手をピタリと止めて起こすのを止める。
「は~い、起きないから~二人で行きまぁ~す」
それを聴いたポリアは、漸く朧気に‘地主のお嬢さん’が誰かを思い出したのか。 ベットでぐったりしつつ。
「ケイ・・行くって・・ちょっと待ってよ…」
か細い弱った物言いにて、何とか声を絞り出す。
すると、ドアの外からは。
「二日酔いの寝ぼけババア二匹は、正直要らんしな~」
と、Kが返す。
マルヴェリータも、細い目をして起き。
「だ・・誰がっ、ババアなのよーーーーーーーーっ!」
と、吼えた。
さて、システィアナに急っ突かれながら、朦朧とした意識の中で用意をした二人の美女。 やっと階段を1階まで降りてきた二人は、見つけたKに冷たい目を向けるも。 包帯男は、シレ~とロビーに立っていた。
Kと一緒に待っていた老女将の話では。 大地主コルテウ氏の家は、町の北西方面だとか。 オガートの北西とは、土地を持つ地主達の住み暮す所で。 古い古い話では、彼らがこの町に入植した最初の者達だとか云う。
さて、昨日から降る雨は、シトシトと今日も続いていた。
全員、宿から雨よけのコートを借りる。 黒いザラザラとした植物の繊維が、全身に付いたコートで。 やや動きにくいのだが。 網目のキツイ織り方と、特殊な油を表面に塗って在る為に、水を良く弾くのだ。
Kを先頭に、雨の中に出て行く。
先ず、大通りを噴水広場に向かい。 広場の中に入ると、人が大勢集まれる広さが有る円形の広場が在って。 その周りを、色々な建物が囲っているのが見える。
また、北側には、一際大きな三階建ての建物が見え。 その一階部分は、公園に面した一辺が入り口の戸も、壁も無い。 自由に出入りが可能な、開かれた場所と成っており。 建物の中には、長椅子とテーブルが幾つも有る。
その建物へ、昨日の夜に食堂に居た商人らが入り、普段着の町人と何やら競りのような事をしている。 その光景を見たイルガは、
「どうやら此処が、野菜や果実を取引していると云う、噂の集会所のようですな」
と、ポリアに言えば。
「国の偉い人に縛られて、‘雁字搦め’じゃないって本当なのね」
と、ポリアは返し。
「はい」
応えたイルガの前を行くマルヴェリータも。
「これから会う地主さんと、昨日のあのバカのお父さんの遣った改革の賜物なのに。 次期町史の候補があんなバカなんて、世の中の巡り合わせもどうかしてるわね」
と、毒を物言いをした。
然し、この公園広場の周りには、他にも目立つ建物が幾つも在り。 その一つは、東にデンと構える石造のガッシリとした建物。 簡素だが、趣から砦の様な存在感を見せていて。 此処が、町の警備を担う役人達の詰め所となる。 昨日は、システィアナ以外の皆が、ゾンビを倒した後に事情説明の為に此処へと来た。
そして、公園広場の北西。 集会所の脇から西側には、片側をそこそこ立派に育った木々に囲まれる道が、砂利道ながら伸びている。
「女将の言ったのは、こっちだな」
と、イルガは西側の道を指す。
集団の先頭を行くKは、頷くだけだった。
集会所の西側に伸びる道へ入ると、薬屋だの食事の出来る店が、3・4軒片側に並んでいるだけ。 その先へと行けば、直ぐに左右は林に囲まれて、泥濘と水溜りが点在する野道に変わる。 馬車の往来が多いのか、道の左右は草も生えずに少し沈んでいて。 道の真ん中には、雑草が低く生えていた。
冷たい雨の中、風が吹くと。
「う゛~、寒い」
と、ポリアが呻く。
マルヴェリータも同じく頷いた。 春先の雨は、意外に冷たいものだった。
その道を行くこと暫くして、昼前に成る頃だろうか。
森の間を抜けて行くと。 大きな家々と土地を有する、町中よりもっと閑静な、村の様な場所に出た。
然し、その敷地内へ入ると。
「ほえ~、すんごい蔵の数」
言ったポリアは、各家の敷地の中に、ズラズラと蔵が並んでいるのを見て驚く。
Kは、敷地と敷地の間を縫うような、柵に挟まれた野道を歩き出して。
「この国だけじゃ~無いが。 特にこの地方に居る地主の財力ってのは、こうした蔵の数で決まると言うからな。 世界でもこういった蔵の数なら、此処が一番かもな。 大陸の東に、〔商業大国マーケットハーナス〕が在るが。 国土が狭い分だけ、蔵の規模は此処までない」
するとイルガは、何故か頷いて。
「懐かしい話だ。 ケイの言う通りです」
と、ポリアを見る。
イルガの言葉を聴いたKは。
「おっさんは、向こうの生まれか?」
「いや、冒険者をしていた頃の話だ」
Kは、それで納得した。
イルガは、今も冒険者では在るのだが。 ポリアの家に仕える前にも、一時期だけ冒険者をしていた事が在る、と言うことだ。
先頭を行くKは、屋敷と蔵の並ぶ各家々の間を道なりに抜けて。 一番奥の道が終わる所に在る、一際も二際もでっかい屋敷の庭へ入った。 庭の中には木の囲いが在って、牛やブタが放牧されている。 別の遠くの小屋にも、牛やブタが居る。
「ウシさ~ん、ブッタさ~ん、こんにちわ~」
動物を見たシスティアナは、喜んで雫を飛ばし手を振る。
それを眺めるKも。
「お~、子牛が居る。 ありゃ~今年に生まれたばかりだな」
「あっちに~、コブタさんがいますぅ~」
そのやり取りは、まるで兄妹の様な二人。
「なんか、似合ってて不満・・」
と、目を細める呟くポリア。
「確かに」
と、仏頂面のマルヴェリータが応えた。
然し、その土地の一角には、蔵が等間隔でずらりと並ぶ。 白い土壁に、曲がったタイルの様なものを敷き詰めた三角屋根。
ポリアは、この手の蔵と云うものを初めて見たと。
「屋根が三角だし、なんかタイルみたいなものが敷いてあるわ」
イルガも、屋根を見上げては頷いて。
「本当ですな、初めて見ます」
屋根の瓦を見たKが。
「此処の土地ならではの、特有の屋根素材だ。 元々は、東方の大陸のごく一部で作られた屋根素材だったがな。 誰が伝えたのか、何故かこの町や周辺で使われている。 土を固めて焼いた物で、割れて落ちたり地震でもない限りは、百年以上も長持ちすると聞く」
「へ~、百年ね~」
「通気性が抜群で、雨水を凹んだ方に流して、列を作らせて落とすのが特徴なんだ。 雨漏りさせない為にな」
知識の豊富さに、イルガも呆れてKを見ては。
「流石は、学者だのぉ。 なんでもよ~知ってるわい」
と、言うが。
其処に、
「何者だ。 此処が、コルテウ様の屋敷と知って来たのか?」
と、野太い男の声がする。
その声の方を見れば、小太りで大きい体躯の男が、此方にズンズンやって来る。 K達と同じ、黒い雨具のコートを着ていて。 その雰囲気を見る限り、この屋敷の使用人らしい。
相手を見たKは、その大男に近寄りながら。
「あぁ、そうだ。 宿の女将に場所を聴いて、こうして遣って来た」
濡れたフードの下に潜む男の顔は、警戒している顔そのものだ。 日焼けした顔が、フードに見え隠れで年齢がはっきり解らない。
「何用か?」
「クォシカの捜索で、この町に来た冒険者だ。 彼女の親友と云う‘シェラハ’に逢って、色々と話しが聴きたい」
「何? お嬢様に?」
「そうだ。 彼女が、クォシカの家財道具を持っていったと、女将に聴いた。 何でもクォシカ家には、不自然に荒らされた形跡があったとか。 失踪の事件を調べる為にも、家財道具を見せて貰いたいんだ」
包帯を巻いたKの顔を、大男はジッと見ている。
そして、
「・・・なら、此処で待っていろ。 お嬢様に、話をしてみる」
「解った」
大男が屋敷に向かう中、ポリアがKに近づいて。
「完全に、アナタを警戒してるわよ。 怪しい包帯男さん」
「フン、好きにしてくれ」
その警戒した男性の様子からポリア達は、面会を断られると思っていたが…。 程なくして。
「お~い、こっちに来い」
と、先ほど男の声が。
諦め掛けたポリアにすると、意外に直ぐ聞こえて来た感覚で在る。
「あら~」
と、ポリアが驚けば。
Kは、
「多分、昨日のモンスターの一件が、じんわり効いているんじゃないか」
と。
「嘘ぉ、まさか~」
ポリアは、そんな訳無いと疑った。
さて、K達が導かれた分厚い木製のドアの表には、向かい合う天馬の絵が彫られていた。
その屋敷は、四階ぐらいの高さが在るものだが。 とにかく横幅がとても広い。 今、泊まっているあの宿と、全く変わらないかもしれない。
家紋の入った扉を抜けてロビーに入ると、其処には大理石の床が広く在って。 床の石には、湖の絵が描かれていた。
ロビーの右奥には、靴などを仕舞う靴棚が、花瓶を上に載せている。
「ほ~、これは表面に漆を使った、かなり上質なものだ」
靴棚を見て、Kはそう言う。
其処へ、また別の声がする。
「ほぅ、貴方は、眼が肥えているね。 ようこそ、ウチの娘に用が在ると言うのは、君達かな?」
それは低いものながら、良く通る大らかな響きの声。
全員が、ロビー正面の階段の脇から現れた、その言葉を発した男性を見る。 蒼いベストにYシャツを着込み、黒いズボンを穿いた姿をしていた。 その男性の顔は、四十過ぎの大人びた渋みのある紳士だ。 髪は、綺麗に七:三へ分けてあり。 髭も、左右対称にして、髪から何まで手入れが行き届いている。
Kは、左手を胸に当てて、左足を引いて一礼した。
これは、貴族などがする礼であり、相手に敬意を払う礼なのだ。
ポリア達も挨拶しながら、Kの身のこなし鮮やかさに驚いた。
「どうやら、コルテオ氏を自ら、出て来させてしまったみたいだ」
Kは、ポリア達にこう言うと、その紳士に向いて。
「我々は、クォシカの捜索の依頼を受けて、マルタンより参った冒険者だ。 娘のシェラハに面会を願いたい」
するとコルテオ氏も、冒険者風情と云えるKに頭を下げた。
「え゛?」
いきなり頭を下げるコルテオの態度には、ポリアもびっくりだ。
が、面を上げたコルテウ氏は、
「先ず、礼を言わせて貰うよ。 君達が、昨日助けた男は、私の農場の働き手でね。 私の命で、水路の具合を見に行っていたんだよ。 今日、娘と一緒に帰って、今さっき聞いたんだが。 現れたモンスターに因って、酷い怪我をした彼を助けてくれたのは、君達だね。 いや、この通り、助かった」
こう言って、冒険者に礼を尽くす紳士。 人柄とは、細部に現れる。 この態度、ラキーム氏とは大違いだった。
「仕方ないさ。 見捨てる訳にもいかなかった、それだけさ。 ま、無事で意識を取り戻せて良かった」
こう、やや他人ごとの様に言ったKだが。
紳士は、
「いやいや、貴方方は町の危機を救ってくれた、恩人ですよ。 さ、こちらにどうぞ。 娘に合わせましょう」
と、言ってくれて。
その視線の先には、先ほど雨の中で出逢った、使用人らしい大男が居る。 雨具のコートを脱いで、案内すべく奥から現れたのだが。 皆には意外の、なんと老人であった。
さて、案内された其処は、おそらく応接間だろうか。 通された部屋は、暖炉に火の焚かれた一室である。 暖炉の上や窓と窓の間には、クォシカの絵が飾って在った。 Kは、一発で作者を看破して、その絵に見入っている。
案内された部屋にて、システィアナは暖炉にポリアと当り。
マルヴェリータは、柔らかそうな長いソファーに、イルガと少し離れて座った。 ポリアほどでは無いが、イルガはマルヴェリータやシスティアナにも、それなりに礼節を持つ。
部屋に入って直ぐに、温かい紅茶が運ばれて、ケーキと一緒にテーブルへと出される。 朝を食べていない一行には、嬉しい御持て成しだ。 レモン・カシス・アップルの果実紅茶で、香りが素晴らしい。
一同が紅茶を楽しんでいる間。 Kだけは、絵を見ていた。
そこへ、コルテオ氏に連れられ、女性が遣って来る。 白い肌をして、ポリアよりやや低い背で、赤いドレスを着ている。 可愛らしい顔立ちをしているが、今のその顔は、ポリア達を非常に警戒していて。 怪訝な・・を超えて、今にも怒鳴りそうな雰囲気で溢れていた。
娘が連れて来られたと感じるポリアは、立ち上がって。
「こんにちわ、冒険者のポリアといいます。 クォシカさんの・・」
と、言う途中で。
遣って来た若い女性が、いきなりポリアの話を遮って喋り始めた。
「解ってるわ。 あなた達は、あのラキームの手先でしょ? モンスターを倒しても、ラキームの手先には変わらない。 私が話すことなんか、何にもないわっ。 今すぐに帰ってっ!!!」
と、外を指差した。
初対面と云う割には、酷い言い方だ。
「シェラハ。 初対面の方に、そんな言い方をするものでは無い」
父親で在るコルテオ氏は、娘シェラハにしっかりとした口調で叱る。
だが、やはり親友か、クォシカの身の上の大凡を知っているのだ。 ラキームに激怒・憤慨している訳だから、この対応も当たり前か。
困ったポリアは、マルヴェリータを見る。
“解りきってたでしょ? 無理よ、無理”
マルヴェリータは、無言で首を左右に動かした。
然し、その時だ。
「この絵、本当にいい絵だな~。 クォシカ本人が描いた絵、そうなんだろ?」
Kが、絵を眺めながらに言った。
いきなり何事かと、コルテオ氏が娘を見てから。
「あぁ、そうだよ」
「俺達が泊まってる宿の各部屋にも、彼女の絵が飾って在るんだ。 落ち着きを誘う、実にいい絵だ」
何故か、Kが絵を褒める。
ポリア達は、それが気休めの行動だと思った。
だが…。 Kは、流れる様に言葉を続けて。
「俺は・・、この依頼を請ける前。 詰まりは、王都マルタンへ行く前に、十日ほど前もこの町を訪れた。 そして、クォシカの失踪を聞いた」
不思議な語り始めに、コルテウ氏や娘のシェラハですら対応に困る。
処が、Kは語りを止めず。
「だが、その話を深く聴くに、どうも辻褄の合わない疑問を持った。 そして、この失踪事件がマルタンで依頼として出されていると、宿の女将から聴いたんでな。 王都マルタンに行き、斡旋所の主と話し合ってこの依頼を請けた」
こう言ったKは、振り返ってシェラハを見た。
「・・ま、仕事の依頼主がラキームなのは、仕方の無い事だ」
見られたシェラハも、包帯の巻かれたKの顔に驚いたらしい。
が、Kは彼女の驚きなど無視し。
「さて、君に怒鳴られるなんて、来る前から想像は出来た。 だが、それでも聴きたい事が在り、こうして参上した訳さ」
「‘聴きたい’こと?」
「俺が君に聞きたいのは、次の二点。 一つ、クォシカの家から持ってきた家具を、俺にも見せてくれ。 そして、もう一つは・・クォシカの好きだった場所を教えて欲しい」
Kの顔に驚いたシェラハは、警戒する鋭い眼差しで。
「何で、クォシカの家具なんか・・・」
だが、Kの眼が細くなり。
「何で、だと? おいおい、その意味は、君が最も知ってる筈だろう?」
「わ、私が何をっ」
“何か言い掛かりでも付けられるのではないか”
こう感じたシェラハは、更に身構える。
そんな彼女を見ても、Kは繕う様な素振りも見せず。
「あの日、クォシカが消えて、失踪したとそう判明した時。 彼女の家の中が何故か、不自然に荒らされていた。 その情報を知った君は、おそらくこう思った筈だ」
“クォシカは、失踪したんじゃない。 もしかすると・・・、誰かに連れ攫われたのではないか”
「と。 違うか、ん?」
Kの話を受けたシェラハの顔が、みるみると驚きへ変わった。 間近で見ていたポリア達も見て解るくらいに、驚きの表情に変わっていた。
「あっ、何でっ。 ・・・、そう・よ」
見知らぬ包帯を巻いた男に心理を読まれ、狼狽するまま頷くシェラハ。 酷く警戒する一方で、当時の心配や不安が蘇って、顔が蒼褪める。
そんな彼女の驚きを前にしても、Kは冷静に言うのだ。
「然し、俺はこう思う。 あの金に意地汚いラキームが、態々大金を協力会に預けてまで、誘拐が成功していて彼女を捜すだろうか・・と。 それに、ラキームにはもう別口で、結婚の話まで決まっているのに…」
すると、湧き上がる感情的のままに、シェラハはKへと歩み寄り。
「じゃっ! クォシカは誘拐もされて無いってっ、貴方は言うのっ?! 大体っ、この町からどうやって、他に出て行くのよぉっ?! 町に出入りする門には、毎晩毎晩と確実に門番が立っているしっ。 オガートからマルタンまでは、普通の商人達の馬車がっ、絶えず行き来してるのよっ?! それに、怪しい馬車や旅人は、必ず街道警備の調べを受けるわっ!」
と、秘めていた疑問をぶちまける。
彼女から怒鳴られたKだが、落ち着いた口調を崩さず。
「その見えない部分が、町の人から聴く話ぐらいでは解らない。 だからこそ、彼女の家具を見せてくれ。 一つ一つ調べて行かなければ、真実が見えて来ない」
冷静なKの瞳と、シェラハの警戒する瞳が、激しく火花を散らす様にぶつかった。 だが、猛る様なシェラハの鋭い眼差しに比べ、Kの眼差しは何処となく、不思議なまでに穏やかなものだった。
ポリア達は、固唾を飲んで行く末を見守るが・・・程なくして。
「はぁ・・、解ったわ」
シェラハが折れる形で、Kの申し出を了承した。
おそらく彼女には、仕方無く・・だろう。 クォシカの行方を知る手掛かりが、とにかく欲しかったのだろうと。 誰の眼にも、見て取れる。
「こっちに」
Kを先頭に、シェラハの後に着いていくと。 家の奥に在る、離れのガラスに囲まれた部屋に出た。
「うわ、スッケスケ・・裏庭の森まで見えるわ」
ポリアの驚きは、みんなのものだろう。 その天井は、研いだ鉛筆の先のような、六角形の形。 母屋に通じる廊下と、入り口以外は、全て窓として開くらしい。
本日は雨だから、その窓は開いていないが・・。
部屋の広さは、ポリア達の泊まっている五人部屋より、一回り大きいもの。 一人には、ちょっと広いかもしれない。
さて、その部屋に入るなりにKが。
「ここは、アトリエか? 誰か、絵を描いているのか?」
と、言うではないか。
すると、シェラハが驚いた。
「まぁっ、何で解ったの?」
Kは足元を見て。
「此処に、絵の具の染料が落ちてる。 こんな‘ポトリ’と水滴を落とした様な跡は、画家の家でよく見れる。 それにこの部屋には、絵の具に使う染料の匂いが強く漂ってるからな」
Kの足元には、蒼の絵の具を落とした跡が在り。 シェラハも、その跡に気付いた。
匂いを嗅ぐポリア達は、絵の具の匂いなど良く解らず。 また、木の床ながら古く黒ずんだ板の間にて、良く見つけたものと呆れた。
Kの鋭い観察力に警戒心も削がれたシェラハは、その部屋の一角。 鉢植えの観葉植物の横に在る、三つの戸棚や衣装ダンスを指して。
「これ、これがクォシカの物よ」
と、教えてくれた。
タンスを見たポリアは、
「う~ん、なんか・・身の回りの物が少ないわね」
と、素直に感想を。
ま、ポリアやマルヴェリータは、相当な衣装タンスを持っていても不思議じゃないが。
似たような境遇のシェラハは、
「えぇ。 クォシカの住まいは、町でも一番小さい家だから。 彼女のとっても質素で慎ましい暮らしぶりからしても、タンスを買うお金なんか無かったわ。 この衣装タンスと小物入れの棚は、私の物をクォシカにあげた物なの」
「ふ~ん、町のみんなには、薬師として役立ってたのに・・・。 クォシカさんって、お金を取ってなかったの?」
「本当に、最低分ね。 日々を生きる分だけよ・・」
ポリアも、マルヴェリータも、クォシカと云う女性に感心するばかり。
一方のKは、衣装タンスを良く見て。
「なぁ、この鍵が壊されてるが・・。 これは多分、元々からじゃないだろう?」
すると、Kの後ろからタンスを見るシェラハが。
「え? あ・・、そうよ 私があげた時も、彼女が居なくなる二日前も。 その鍵は、全く壊れてなかったわ。 ・・・でも、何で?」
問い返されたKは、錠を掛ける金具の壊れている部分を指差して。
「この鍵の壊し方は、盗賊特有のものだ。 ナイフや短剣を、金具と木の間にこじ入れて、じわじわと金具ごと外す。 荒っぽい賊のやり方だ…」
‘賊’と聞いて、ポリアを始めその場にいる全員に、緊張から沈黙が走る。
だが、タンスや棚を見回したKは、
「然し、こりゃ~物取りじゃないな」
と、呟いた。
興味津々と成ったポリアは、Kの横に行って。
「なんでっ、解るの?」
彼女を一瞥したKは、やや圧が強いとウザく思って見せてから。 他の小物入れと、戸棚を指差して。
「最も金の有りそうな棚の鍵が、何故か壊されてない。 然も、衣服の入ってる棚や、タンスに持ち去った服の空きが無い。 壊した奴の意図的な理由があって、タンスを壊したんだろう」
この言葉に、シェラハが堪らずに。
「そうなのよっ。 クォシカって、旅に使うバックは、この一つしか持ってなかったのよ? 夜逃げなら、バックに服くらいは入れていくわ。 それに第一、お父さんとお母さんの形見を、彼女が持っていかない訳が無いじゃないっ! あの・・あのクォシカがっ」
此処でポリアは、黙るKを見て。
「ね、ケイ。 貴方、もう大体で事件の真相が解って来てるんでしょ? 失踪する時に、クォシカさんに何が有ったの?」
問われたKは、ポリアを見てから直ぐにシェラハを見る。
「シェラハ。 もし、クォシカが襲われて、真っ先に逃げるとしたら・・・。 それは、何処だろうか? 恐らくは、絵の題材に一番多く選んだ所だと、俺は思うが。 それは一体、この町の何処だ?」
と。
“襲われたとして”
この言葉は、シェラハの心を抉る。
「え゛?」
聴かれたシェラハは、ハッとした。 Kに問われて思いつく場所は、只一つ。
「公孫樹の・・森だわ…」
マルヴェリータは、東を指差して。
「それって昨日、あの・・モンスターの出た、あの森?」
シェラハは、ガクガクと頷いて。
「そっ、そうよ・・。 だって彼処は、クォシカの両親が出逢った場所だって…」
ポリアは、バッとKを見て。
「ケイっ、まさかっ!!」
一方のKは、雨の外を見て。
「また、森か…」
シェラハの話では、あのゾンビが出た公孫樹の森は、古い古い昔から〔呪われた森〕と云われて来たらしい。 だから町の人々は、公孫樹の森には近寄らないのだとか。
然し、クォシカの一家は、薬師と云う家業から薬を得る為に、薬草探しで森に入っていた。 常々クォシカが、シェラハに公孫樹の紅葉の美しさを語っていたし。 絵の題材でも、四季折々に変化する公孫樹の森の絵を、好んで描いていたとか。
「………」
その話を聴いたKは、ジッと考え込むだけだった。
だがポリアは、直感的に思う。
(Kの頭の中って、もう大体の答えが出ているんじゃない?)
と。
その話し方や聴き方からして、どうもそんな感じを受ける。
情報を得たKは、直ぐにシェラハへ辞退を申し出た。
その彼等が去り際、
「また来ますか?」
と、シェラハに聴かれた。
多分、シェラハも。 今までにクォシカの事を知ろうとした、如何なる誰ともが。 この今日に現れたKとは、全く当て嵌まらないからか。 何か、違うモノを感じたのだろう。
シェラハに聴かれたKは、雨の降る外を前にするロビーにて、静かに言う。
「あぁ。 多分、クォシカを迎えに行くに当たっては、君の力が必要になるだろう。 その時になったら、また相談に来る」
「え? 迎えにって・・・どうゆう事です・・か?」
然し、Kは敢えて何も言わない。
娘の変化を観たコルテオ氏は、使用人の男に命じ。
“K達を宿まで送るように”
と。
一応ポリアは、それを遠慮したのだが。
Kが‘受けろ’と言うので、乗っていく事に。
然し、この日は、色々な意味で進展が有るようにと、運命付けられていたのか。
K達が宿に着くなり、宿の受付にて待っていた老女将に迎えられて。
「あら、丁度いい処に帰ってきた」
その老女将の言い方が、ポリアは妙に気になって。
「どうしたの?」
「イヤ~ね。 警備役人の隊長さんが、こっちの包帯男に逢いたいとさ」
それを聞いたKは、ポリアに。
「ポリア、行くぞ」
と、雨具のコートを羽織って外に出る。
「え? え゛っ、ちょっと待ってっ」
返そうとしていた雨具を慌ててまた羽織り。 ポリアは、Kの後を追う。
それを喜んだのは、システィアナだけだった…。
外に出れば、雨はまだ降り続き。 夕暮れ前の暗い空が、不気味に広がっている。
K以外のポリア達には、未だクォシカ失踪事件が謎めいていた。
一体、彼女は何処に消えたのか…。
―――――――――――――――
[その4.事実の判明と襲撃の夜]
包帯を顔に巻く不思議な男、Kは、一体何処まで解っているのだろうか・・。
ポリア達の見る中で。 包帯男は、無駄の無い遣り方で、次々と動いている。
何処に、どう行けばいいか。 それすらも、一々仲間と相談しなければならないポリアにとっては、羨ましい程の行動力だった。
シャラシャラと降りしきる雨の中。 Kとポリアは、警備隊長の待つ施設に向かうのだった。
Kは、警備をする役人の隊長に呼ばれた。 ポリア達も、Kに着いていく事に。
噴水広場一角に在る、砦の様な役人詰め所に行くと。 見張り番の兵士の案内にて、奥の隊長室に通された。
石の建築物ながら隊長室は、暖炉や戸棚やらと一通りに揃った、誰かを迎え入れる事も可能な部屋で在り。 床には、黒い絨毯が敷いてある。
「良く来てくれた」
30半ばくらいの逞しい身体をした警備隊長は、心優しい巨漢と言った人物に見える。 髪を全部剃って、いかにも役人一筋という感じで在った。
彼は、Kの前にやって来ると。
「実は、昨日のモンスターの件だ」
「どうかしたのか?」
「いや、君が言っていたろ? あの人の姿形をとどめている死体は、何故か死んだ時期がずれる・・、と」
「あぁ。 ゾンビは、死んだ時の姿ではなく。 ゾンビにされた、成った時の姿で存在し続ける。 それぞれのゾンビの姿に、大きく食い違う崩れが在るのは、ちょいとおかしい」
「うむ。 その事を調べていたんだが。 二つの事が解った。 一つは、あの冒険者の姿をした人物達なんだが。 実は以前に、町の者達に目撃されていた」
その事実を聞いたポリアは、驚いてKを見るのだが。
「やっぱりな。 もしかして、クォシカの失踪前か?」
まるで、最初からそれを解って居たかの様に、Kが言うのだ。
警備隊長は、一気に驚いた顔へ変わり。
「どうして・・解った?」
Kは、静かな口調にて。
「いや、そんな気がした」
「ふむ、なかなか鋭い勘だ。 さて、先ずあの者達を見たのは、町の農家の一家だ。 顎に傷の在る男を含めた五人に、農家の子供がぶつかって、言い争いになったらしい」
「なるほど」
「後、もう一人の目撃者は、町の道具屋の娘だ。 家の庭先にいる時に、あのゾンビと成った男達の一人に、まるで獲物を見るように見られて隠れたとか」
ポリアは、眉を顰めて。
「生きてる時も、鼻つまみ者じゃないっ」
と、苛立った。
だが警備隊長は、それを片手で制すると。
「だがな、問題はその後だ。 その男達を、その娘の家近くで迎えに来た人物がいるんだ」
其処まで聞いただけのKだが、相手を理解したかの様に頷く。
「誰か、解るのか?」
「あぁ、容易に想像がつく。 ガロンって云う、ラキームの身辺警護してる奴だろう?」
Kの予想と云うか、推測力に驚くばかりと云う様子の警備隊長。
「凄い・・良く解ったな」
然し、ニヒルな笑みを口元に浮かべたKは、
「フッ、蛇の道は蛇さ」
と、だけしか言わなかった。
「?」
警備隊長は、Kを不思議と見返す。
一方のKは、話を進める為に。
「いや、それよりも。 もう一つの事実ってのは、他のゾンビ自体のことか?」
「あ、あぁ。 調べたら、今から100年ほど前か。 この町で、凄い数の行方不明者が出たらしい」
ポリアは、理解しがたい顔で。
「そんな前に? 誰が知ってたの?」
「実は、ウチのばあさまは、今年で107歳に成る。 昨日、ばあさまがクォシカの失踪の事に合わせて、俺に話してくれたんだ」
直ぐにKは、彼へ聞き返す。
「その話、詳しく解るか?」
「あぁ。 何でも、その事件の始まりと云うのは。 町の子供が一人で遊びに出掛け、そのまま行方不明に成った。 この事が、全ての始まりらしい。 その行方不明に為った子供は、ばあさまの友達で、農家の息子だとか」
此処で、ポリアが。
「それでどうして、町の人が行方不明に為ったの?」
と、問い掛けた。
「それが、な。 当時の役人は、町史様の命令無しには何にもしてくれないからと。 農家の若者や大人達が何十人と、子供を捜しに行って、そのまま戻って来なかったらしい」
するとKが、自身の記憶を手繰る様に考え込み。
「その話に纏わる噂は、前にも聞いた事が在るな。 確か・・100年近く前。 このオガートの町にて、野菜を作る量が激減してか、野菜の値段が跳ね上がった・・・とか。 そうか、作り手の男達が行方不明になったから・・か」
オガートの町の警備隊長は、
「ほう、何処で聴いた? 俺はこの町の生まれだが、そんな話は全く知らなかった」
と、言う。
Kは、彼の話に何度も頷いて。
「だろうな」
と、のみ。
「理由は?」
「その頃は、まだ役人と商人が、‘ずぶずぶ’‘なあなあ’の関係だった。 所謂の官制談合が最盛期の時代だ。 然し、それでもそんな事件が公になったら、普通は国が動く。 子供の行方不明事件から、何もしてない役人や町史は、国に知られたら処罰は免れない。 だから強制的に、町の民に緘口令強いて、その噂も外に出ないようにしたのさ」
するとマルヴェリータが。
「だったら、どうして貴方が知ってるのよ」
と、普通の疑問を呈す。
其処で、眼と口元を笑わせたKが。
「その‘後始末’の遣り方では、どうやったったって噂に蓋は出来ねぇよ。 当時の町史は、一気に減った男手を埋める為に。 金の無い炙れた冒険者や出稼ぎの人夫出しを町に招き入れ、その穴埋めの手伝いをさせてたのさ」
「え゛っ? それってホントなの?」
同じく警備隊長も、
「おいおい、100年も前の話だぞ?」
と、言ったが。
Kは、かなり余裕そうにして。
「その当時から数十年ほど、炙れた冒険者達が町に手伝いに来ては、幅を利かせていた事。 その事実をな、前にマルタンの飲み屋に屯してたジジイが、偉そうに言ってるのを聞いた事が在る。 多分、その事を口止めする為に、当時の町史は国の偉い奴に対して、相当な金を掴ませたんだろうよ」
此処で、腕組みした警備隊長で在り。
「ふむぅ・・正に、ウチのばあさまの言ってた事と、全く同じだ」
その話を聞いたポリアは、Kの知識に驚いた。 この国で生まれた商人の娘となるマルヴェリータだって、全く知らない事なのだ。
「アナタ、どんだけ知ってるのよ…」
「あのな、ポリア。 裏家業の集まる飲み屋じゃ、酔いどれたジジイや悪人が、昔話をして悦に浸るんだ。 金掴ませて酔わせると、奴らは色んなことを喋る。 まだ駆け出しの若い頃に、俺は知識欲から興味が先行しててな。 そんな危ない所に、情報を聴きに行ってたのさ」
ポリア達は、Kの病気前が怖くなった。 一体、どんな冒険者だったのか…。
恐れられている本人は、一人して納得とばかりに頷いて。
「凄い、有り難みの有る情報だった。 大体の経緯が、これで全て解ったゼ」
Kのその語りを聴いた警備隊長は、真剣な顔に変わった。
「お前、このモンスター騒ぎの理由が、今ので解ったのか?」
「あぁ。 ま、所々は推測でしかないから、進んで確かめるしかないが。 凡そ、起こった事は解った…」
警備隊長は頷くと、やる気力を込めて。
「なら、解決の為に何でも協力するぞ」
と、言ってくれた。
だが、Kは何故か、首を左右に振った。
「それは辞めろ。 役人は、今は手は出さないでくれ」
何を言い出すのかと、ポリアはKに近寄り。
「ケイっ、なんでよ? 味方が増えるのよ?!」
警備隊長も勇んで。
「町の事件だ。 私も、手伝う義務が有る」
すると・・・、Kは彼へ言う。
「ダメだダメだ。 このままアンタ等役人を手伝わせたら。 ラキームにアンタ等を逆らわせる事に成りかねない」
「なっ!」
「え゛?!」
その場に居る全員が、声を上げる。
「一体、どうゆう事なんだ?」
理解し難い顔の警備隊長。
だが、彼を見返すKは。
「そいつは、おいおいに必ず解るさ」
と、言ってから。
「だが、ラキームの父親が、何でお宅をこの役職に選んだのか、それは良く解る。 実に、いい役人だ。 末永く、町に尽くせよ。 役人の力が及ばない処や汚れた事は、俺等が引き受けた」
Kはそう言うと、ポリアに。
「暗くなった、今日はもう宿に帰ろう。 全ては、明後日に決着を着ける」
「おっ、おいっ!!」
留める警備隊長に、Kは。
「お宅には、お宅にしか出来ない事が在る。 その逆も、また在る」
と、言う。
然し、其処へいきなりの大声が飛び込んで来た。
「大変だっ!!! またモンスターが出たぞ!!」
Kは、パッと警備隊長を見て。
「行くぞっ」
警備隊長は、剣を剣立てから取った。
その大きな声は、詰め所の入り口から。 K以下六名が、詰め所入り口の所に倒れる、血だらけの役人に寄った。
「おいっ、しっかりしろっ!!」
警備隊長が、助けを呼びに来た彼を助け起こす。
まだ若い役人は、身体中に引っかき傷を負い。
「たっ・たい・・ちょう・・」
「ん? どうしたっ?!!」
「あ・・あか・い・・骨・・」
するとKが、
「喋るなっ」
と、彼の千切れた衣服を剥ぐ。
何事かと、警備隊長が。
「おっ、おいっ」
と、言ったが。
薬包瓶を取り出すKで、
「消毒して傷を魔法で塞がないと、失血死するぞっ!」
手当てを急ぐKの手練を、その場に居る皆が目にする。
それは、ゾンビに傷付けられた所為か。 不気味な黒へと変色が見える、若い役人の傷口。 処が、その傷口のグチャグチャした辺りを、Kが消毒液を垂らしたナイフで、綺麗に削ぎ落とす。
とんでもない光景だが、Kの手際は素晴らしい。
「よしっ。 システィアナ、魔法だ」
言われたシスティアナが呻く若い役人へ近寄り。
「しゃべっちゃ、だめ~」
と、制し、魔法を施す。
一方、その様子を見ずに周りを窺ったKは、そこに居た人を掻き分けて雨の外へ出ると。 役人を乗せて来た、鞍や鐙に血の付く馬を見つけて。
「ポリアっ! この前と同じ道で、あの公孫樹の森に向かえっ!! 俺は、、裏道から行くっ!!」
と、馬に飛びつく。
さっさと馬に跨るKに、ポリアはビックリして。
「はあっ?!!」
だが、警備隊長を馬上から見るK。
「ポリアと一緒に行って、モンスターを挟むんだ。 どの道からも、絶対に討ち漏らすなっ。 民家に被害が出る前に、被害をこの役人だけに食い止めるぞ」
これに警備隊長は、大きく頷き。
「解ったっ!」
馬の首を返しながら、誰も見ずにしてKは言う。
「マルヴェリータっ。 今日は、感じ逃すなよ」
と、静かながら鋭く言い放つ。
雨の外に馬で出て、集会所の脇に入る裏道を行くK。 公孫樹の森に行く近道で、水路に橋の掛かった昨日の場所に出る道だ。
警備隊長が、馬車の用意を叫ぶ中。 ポリアの横でマルヴェリータは、静かに。
「誰が、逃がすのよ」
と、真剣な眼差しで、Kの行った雨の公園を見ていた。
直ぐに用意された馬車に、ポリア以下システィアナまでもが乗り込んだ。 システィアナのお陰で、若い役人の傷はもう塞がっていた。
「はげ~しく、うごかしちゃ~だ~め」
二階や待機室に居た役人達が、応援として次々と出てきた。 警備隊長は、その者達へ大声で。
「良いかっ! 私はっ、このままモンスターを倒すっ!! 巡回隊の皆は、待機隊と合同で町中を見回れっ!! 町人に被害を出させるなっ!! 待機隊には、この怪我人も頼むぞっ!!」
出てきた四人の役人が見送る中。 ポリア達を乗せた馬車は、Kの行った方とは逆の、目抜き通りに飛び出していく。
また、雨の中の襲撃であった。 然も、もう夕闇で暗くなり、視界が悪い。
「ハイヤーっ! ハイヤーっ!!」
警備隊長が、馬車の馬を操る。 馬車は、幌を持たない荷馬車である。 雨足の強い中で、直ぐに全員がずぶ濡れになった。 飛ぶように走る馬車は、道に溜まる雨水を巻き上げ、グングンと町の中心を抜けて民家の中を走る。 程なくして馬車は、牧草地帯を右に、左に林と、昨日モンスターの出た近くに来た。
すると、ステッキを握っていたマルヴェリータが、
「先にモンスターが居るわっ!! 此処で降ろしてっ!!」
と、強く鋭く叫ぶ。
「解った!!」
応えた警備隊長が、馬車を止める。
泥濘む道に下りるなり、マルヴェリータが林の先をステッキで指して。
「あそこに一体っ、その先に二体が居るわっ!!」
システィアナも、
「あわわわっ、ゾンビしゃんがまた来まし~た~」
と、モンスターがゾンビと言う。
「オーケー!!」
応えたポリアは、先陣を切ってまた走り出す。
走る彼女に追従するイルガ。 二人が、マルヴェリータに示された場所に向かうと。 林の木を動かして、丁度ゾンビが一体現れた。 暗いので、人型の黒い生き物が蠢いているようだ。
「おりゃ!」
先手必勝とばかりにイルガは、その手にする槍にてゾンビに突撃した。
イルガの槍は、戟槍と呼ばれるモノで。 槍の刃の根元から脇に、‘戟’と云われる短剣のような刃を持っている。 突くだけではなく、薙ぎ払っても高い殺傷能力を生む。
向かって来るゾンビの胸元を突き、動きを止めたイルガ。
其処へ、動きを見て後から走ってきたポリアが、気合一閃で抜き払った剣の鋭さに、ゾンビの首が飛んだ。
「おぉ、見事!」
暗闇で見ていた警備隊長が、影として状況を理解し感嘆として言う。
だが、マルヴェリータが、
「まだ死んで無いわっ。 行くわよ」
その声に、イルガも、ポリアも、左右に退いた。
「魔想の力よっ! 暫撃の刃を作れっ!!」
と、ステッキを振る。
するとマルヴェリータの頭上には、瞬く間に大きな鎌のような青白い色の刃が現れて。 ヒュっと呻り、ゾンビに襲い掛かった。 魔法がぶつかり次第に、その腐乱した身体を真っ二つに裂いて、衝撃波が巻き起こる。 ゾンビは、肉片にまで細かくなって、泥の中に散った。
「なんと・・・」
警備隊長は、こんな強力な魔法を初めて見たのか、驚くばかり。
「さ、先にいくわよ」
今宵のマルヴェリータは、何故だか気合十分で在った。
ポリアとイルガの二人を先頭に、野道のような道を走る一同。 道の所々に出来た水溜りに足が浸れば、水しぶきを上げて行く。
水浸しの道を先に駆ければ、左に曲がる脇道が在る。
そこに差し掛かった時、正面からノソノソと来る黒い人影が。
「誰か居るっ!」
と、叫ぶポリアが立ち止まり。
脇に追従していたイルガも立ち止まる。
人影の正体が確認する事が出来ない二人に、後から追い付いたシスティアナが。
「ゾンビしゃんで~す。 じょ~かしちゃいますよ」
と、杖を構えた。
「清き裁きのてっついさん、フィリアーナ様のお導きにて、あらわれたまえ~」
緩い物言いながら、濡れるローブのままに彼女がこう唱えれば…。
システィアナの身体が、淡く白く光り。 頭上には、目映く煌めいた白き鉄槌が現れる。 その大きさは、大男の警備隊長と同じくらい。
「ゴチンゴチンで~すっ」
システィアナが杖を振り込めば。 現れた鉄槌は、ゾンビの頭上に迫り。 その身体を照らしながら、大きく肉薄して殴りつけた。
‐ウ゛アァ…‐
光に当たるゾンビの頭から、鉄槌に触れた部分が塵のようになって消えていく。
その時。 マルヴェリータが右の林を指して。
「こっちに一体っ」
と。
警備隊長の脇に、ゾンビが迫っていた。
「おう!!」
警備隊長は示された方に振り向いては、剣を力強く抜き払う。 まだ女性の腕位の太さの木を、一本切り裂いて。 その先のゾンビの身体を斬った。
だが、システィアナが、前を向いて。
「あわ~っ、大変ですぅ~。 ポリア~この先にゾンビしゃんと、人の気配がしま~すっ」
警備隊長は、ゾンビと対峙しながら。
「行ってくれっ! もう一人、この辺りを巡回していた警備隊員が居るはずだっ!!」
ポリアは、自分の剣がアンデッドにも有効な白銀製だからか。
「マルタっ。 此処でアイツを食い止めてっ」
と、マルヴェリータに言っておいてから。
「イルガっ、いくわよっ」
「はっ」
ポリア、イルガ、システィアナの三名が、水浸しの野道を先へと走る。
マルヴェリータは、警備隊長の後ろから。
「隊長さんっ、もうちょっと踏ん張ってね。 林の中に、気配がもう一つ!」
「解ったぁっ!」
林に警戒する隊長とマルヴェリータは、ゾンビの出現に気を張った。
さて、先に行ったポリアは、昨日と同じく。 砂利道が左右に分かれた分かれ道に出た。 そこには二体のゾンビに囲まれた役人が、雨の中で砂利の上に這いつくばっている。
「う゛っ、う゛ぅ…」
だが、声を発する処からして、まだ彼は微かに動いていた。
「息が有るわっ」
呻く声で察したポリアは、右のゾンビに斬り掛かる。
「参る」
同じくイルガは、左のゾンビに突進する。
システィアナは、慌てて役人に向かった。
右側のゾンビに走り込んだポリアが、役人に伸びそうなゾンビの左腕を、掬い上げで斬り付ければ。 イルガは左側のゾンビに突撃して、役人より左のゾンビを刺し離した。
イルガの渾身の突撃からの突きで、雨でぬかるむ地面のお陰か。 大きく後ろに押し込まれた左側のゾンビ。
一方、ポリアに向いた右側のゾンビは、グアっと彼女に掴み掛かる。 左腕を、何と骨近くまで斬られたのに、なんとも無いかの様に動かして来るのだ。
また、イルガの戟槍を受けた左側ゾンビも、大きく二・三歩以上を引いた所で踏み止まり。 イルガと押し合いの力勝負になる。
「うむむ・・」
押し合いに成ったイルガの全身が、一気に力んだ。 具足の着く地面に、踏み込む前足が沈む。
その間に。
「ん~、ん゛~」
駆けつけたシスティアナが、役人を少しでもゾンビより離そうとし、必死に引っ張る。
だが、ポリアの方も、ゾンビの掴み掛かって来た手を、剣を横にして受け止めたのだが。 凄い力で、グイグイと圧される。 剣を握るゾンビの手の平が、ジュ~っという焦げる様な音を上げ。 薄暗い夕方の宙に、黒みがかった煙が上がる。 神聖なる白銀の効力と、暗黒の力が反発しているらしい。
「う゛ぅぅ・・・こっ、の゛ぉっ!」
そのままではゾンビに圧し負け、掴み付かれてしまうと思ったポリア。 咄嗟の機転にて、右の方に剣を引き抜きつつ避ける。 ニュルリとした気持ち悪い感覚で、剣がゾンビの手より引き抜けた。
(私だってっ、ゾンビの一体や二体っ!)
Kに負けてばかりは居られないと、振り向きざまに。
「鋭っ!!」
気合い一閃で剣を振るう。 その振るった剣の先で、ゾンビの首筋を切り裂いた。
‐ プシュ ‐
何かが噴き出す鈍い勢いの音がして、蟠った黒い光が闇へと飛び出す。
直後にゾンビは、グラリと前に倒れるのだ。
(やった!!)
会心の一撃と、手応えを感じるポリア。 然も、運良くKの言っていた、ゾンビの命とも言える核。 暗黒のエネルギーの塊を切り裂いたのである。
「ポリアしゃんっ、おっけ~」
言うシスティアナの傍にポリアは寄って。
「オッケーじゃないっ!」
と、役人を一緒に引っ張った。
その時、後ろの方から凄まじい衝撃音が。
「マルタっ?!!」
ポリアは、思わず振り返って叫んだ。 マルヴェリータに、何かあったのかと。
だが、直ぐに。
「大丈夫よっ、二匹を同時に倒しただけっ!!」
と、マルヴェリータの鋭い声。
(はぁ~、良かった…。 マルタったら、全力で強い呪文を唱えたのね)
Kを意識してか、マルヴェリータは力んでいるらしい。 いつもより、魔法の威力が強い。
一見、威力が派手に見える事とは、良い事に見えそうだが。 実際には、強引に魔法を発動させていると、精神の疲労が加速度的に増すと云われる。
「イルガ、一気にいくわよ」
「おう!」
イルガは、ポリアのその声に応じて、槍を思い切り捻る。 するとイルガの槍を受けたゾンビの身体が、グラリと前のめりに崩れた。 其処へポリアが踏み込んで、剣を水平に振り込めば。 ゾンビの腕が片方切断されて、地面に着く時にバランスを崩した。
ゾンビが立ち上がる前にと、戟槍を引いて大きく振るイルガ。
「そら!!」
戟の部分を低い位置から薙ぎ払らう事で、片手を着いたゾンビの胸が、抉り上げられる様に斬り裂かれた。 その斬られる勢いで、上体だけ持ち上がったゾンビの身体。 跪いた格好と成るゾンビの胸の斬られた所に、暗い中でも脈々と鼓動する暗黒の光が、ポリアに見えるのである。
(今だわっ!!)
その黒い核の放つ光に向かって、右手で剣で突きを出す。 暗黒の光はグサリと剣で押し潰される様に割れ壊れて、四散する様に消えて行く。
「お見事です」
イルガは言って、ポリアが頷く。
二人がゾンビを倒しきった後、その後ろから。
「ポリア、大丈夫?」
声と共に、警備隊長とマルヴェリータが来た。
「マルタの方は、大丈夫?」
ポリアの気遣いに、マルヴェリータは真顔で頷くと。
「ポリア、向こうよ」
昨日、Kがゾンビを倒した場所をまた指差す。
その時に警備隊長は、システィアナへと寄って。
「彼はっ、まだ生きてるか?!!」
「だいじょ~ぶですぅ~、気をうしなってるだ~け」
応えたシスティアナは、血の出てる傷を探して、癒す為に消毒をし始めた。
役人を見るポリアの横に、マルヴェリータは来て。
「あっちに、何匹ものモンスターが居るわ。 でも、数は多いけど・・ほらっ、また一つ減った。 誰かがモンスターと戦って、次々と倒してる」
その話を聞いたポリアは、誰が倒しているのかは直ぐに解った。
「隊長さん。 此処に、システィアナといて」
「解った、気をつけてくれ」
お互いに、
‘解った’
と、警備隊長とポリアが頷き合った。
先に向かうと決めたポリアは、イルガやマルヴェリータと一緒に、橋の向こうへ走る。 役人が襲われていた場所から、昨日の少し開けた場所までは、走ればさほどの距離では無い。
直ぐに、畑や町に引く水路を流れる水の音が聞こえて。 暗い中で、橋の形だけが見えた。
もう視界が悪いとマルヴェリータは、魔法を遣ってステッキから強い光を出した。 目映い光が辺りを照らすのだが。 其処で、ポリア達が見たものは・・・、Kの本領の片鱗だった。
骸骨そのままの姿をして、ボロボロの剣を片手にする、“スケルトン”というモンスターが居たが。
そのスケルトン二体に、左右から斬りつけられたK。 然し、その攻撃を先に来る右から半身に躱して。 流れる様な動きで、次の左側から来る攻撃を掻い潜るって、スケルトン二体の間へと踏み込んでいたK。
「あ゛」
驚いたのは、残像を残す様に・・だが。 辛うじて見えたポリアのみ。
イルガとマルヴェリータの眼には、Kが一瞬だけ斬られた様にさえ見えた。
だが、Kの実力はそれだけでは無い。 スケルトンの間に踏み込んで同時に、斬り込んで来た二体の左右の腕を、自身の左右の手で掴み押さえたのだ。
此処で、ポリアの眼が瞬きを忘れる。
左右の手で、二体のスケルトンの剣を持つ腕を掴みながら。 正面に現れた三体目のスケルトンの頭蓋骨に、Kが軽く蹴りを見舞う。 そして、その瞬間だ。 パッとKの足が淡い黄金の光を帯びて、スケルトンの頭を粉々にまで破壊した。
「な゛っ、なん・・で?」
どうしてあんな蹴りだけで、暗黒の力を吸って硬化するスケルトンを軽々と倒せたのか。 その何もかもが、全く解らない。
だが、続けざまにKは、、掴んで居たスケルトンの腕を引き回した。 左右に別れる様に向きを変えたスケルトン二体。 その側面が見えたスケルトンの頭蓋骨に、Kの素早い拳が左、右と放たれて。 また当たる瞬間に光る拳を食らって、二体のスケルトンも崩れ去る。
そして、次の瞬間だ。
Kの姿がフワリと、ポリア達の視界から消えた。
「あ゛っ、あっ? 何所じゃ?!!」
驚いたイルガは、思わず声を出して辺りを見た。
ポリア達が彼を探すまま見回すと、三体目に現れたスケルトンの先の所で、Kの姿が確認できた。 Kに向かって集まったゾンビ二体。 その急所たる暗黒の光を、首と腹に見つけて斬り倒してしまったのだ。
「す・凄い・・」
呆然と呟くポリアは、真の最強の冒険者を見た気がした。
このポリアの父が、世界で一番に広い国土を誇る国で、最高の剣の達人と云われて居る。
だが、Kの強さとは、そんなモノでは無い。 比べるにも値しない、神の領域を見ている様だった。
また、ポリアの横で。
「なんと・・これが、ケイの実力か」
こう独り言を呟くイルガ。
(あの、ラキームの警護をする‘ガロン’とかいった、悪辣な印象の剣士を。 全く、その眼中に入れなかったケイの余裕・・。 それは、執るに足らない存在だった・・、それだけだったのか…)
と、思うので在る。
昨日の夜、あのガロンを見たイルガは、確かに背筋へと冷ややかに走る恐怖を感じた。
然し、Kだけは終始に亘り、全く彼を恐れて居なかった。 その意味を此処で、ハッキリと理解した気がする。
ポリア達が立ち尽くした前で、その場に居たモンスターを全部倒してしまったK。 ポリア達が見ている中でも、倒したモンスターの数は十四体に及ぶ。 然も、倒し終わった瞬間から、ゾンビの姿を確かめる余裕がある。 全く、息が上がっていなのだ。
「ポリア、そっちは全部を片付け終わったのか?」
人の姿をはっきりと留めているゾンビを見つつ、Kは言って来た。
真の畏怖を感じるマルヴェリータは、震える手を抑え、当りを察して見ながら。
「わた・私の感じる気配は、もう・・無いわ」
Kは、ゾンビの傍らへ屈んで、ゾンビの持ち物を検めつつ。
「どうだ? 今日は、森の奥深くに潜む気配ぐらいは、十分に感じられるだろう?」
「えっ、え・えぇ・・。 ぶ・不気味なくらいに、静かに、かっ感じられるわ…」
「多分、それはな。 向こうから、こっちを誘ってるのさ。 新たな餌食を求めてな」
「だとしたら、かなりのモンスターか。 ・・・よっぽどに頭の悪いバカね」
ゾンビを調べ終えたのか、Kは立ち上がる。
その姿を見ているイルガは、マルヴェリータに近寄って。
「なんで、バカなんじゃ?」
と、聴いた。
雨の中で、怖いぐらいに白い肌をして、ぐっしょりと濡れたマルヴェリータは。
「あんな・・ケイみたいな凄腕を、自ら自分の住処に呼ぼうとしてるんですもの。 知っているなら、私なら絶対にしないわ…」
その二人の会話を聴いているのか、それは解らないが。 Kは、森を見て。
「明日、もう一度シェラハに会うぞ。 明後日は、森の奥に潜むモンスターの退治だ。 被害を最小に抑えてるうちに、さっさとヤっちまうに限る」
其処に、傷を負った役人を背負った警備隊長が、システィアナと共に来た。
「終わったのか?」
Kは、剣に拭いを掛ける意味で、軽く振り払ってから仕舞って。
「あぁ、今の所は・・・って所かな」
「ふ~、こんなに多くのモンスターが出てくるなんて、な」
「安心しろ。 多分、今日はこんなもんだろう」
警備隊長は、Kを見つめ。
「何故、そうと解る?」
「遺体や暗黒の地場も無い、全く何にも無い町の中で。 こんな沢山の死霊モンスターを生み出せるのは、魔界の魔王や魔貴族ぐらいさ。 だが、そんなのが居たなら今頃このオガートの町は、モンスターに支配され住民も全滅してる」
「だから?」
「ゾンビの姿からして推測するに、多分は死体などからコイツ等を生み出しているんだろう。 詰まり、死体って云う素が必要ってことよ。 数に制限があるんだ。 この森の奥に潜む奴は、新たなゾンビやスケルトンを生み出す素材を得る為に。 態とこうして、モンスターを町に嗾けてるんだよ」
「そ、そうなのか?」
「恐らく、な。 だが、今日までの戦いで、ざっと二十体はモンスターを片付けたからな。 向こうも、それなりに様子を見るさ。 でなきゃ、本体がこっちにお出ましする筈だ。 この町を、亡者の町に変える為にな」
其処まで聞いた警備隊長は、身震いをして。
「そんな化け物が・・この森に居たのかっ」
と。
Kは馬を残した方へと向いて。
「とにかく、今日は戻ろう。 その怪我人も、長く雨に当ててたら身体に障る。 ポリア達にも、風邪ひかれたら面倒だ」
ポリア達と警備隊長は、確かにその通りと歩き出す。 待たせた馬車に戻り、怪我人を運ぶのが先決だった。
だが、マルヴェリータの光るステッキが向きを変えた事で、曇天の夕闇の中で黒い人影と変わるKだが。 何故だか、公孫樹の森の方にまた向きを変えると。
「まさか、アデォロシュの惨劇・・・・か」
その呟きは、雨に掻き消されそうな声である。
彼の一番近くに居たポリアだけが、その呟きを微かに聞いた気がする。
(え? 今・・何て?)
だが、Kはもう歩き始めている。
(気のせい・・?)
不思議な気持ちに成るポリアを、イルガとマルヴェリータが呼ぶ。
さて、一行は夜になった空の下、町中へと歩いて戻る。 馬車も、馬も、モンスターに驚いたので、町の詰め所に戻っていた。
詰め所まで戻ったKは、またポリア達を先に宿に戻した。
★
「ハァ~、何か疲れたわ」
年寄りじみた事を言うマルヴェリータが、雨除けのコートを脱いで宿の受付に入る。
同じく、溜め息を吐いて入ったポリアも。
「身体が冷えたわ~。 早く温泉に入りたい」
ずぶ濡れで、疲労もあったポリア達。 宿に戻れば、心配で女将が待っていてくれた。
「あらっ、アンタ達っ! や~や、やっと戻って来たね!」
老婆の女将を前にしたポリアは、なんだか落ち着いたと感じながら頷いて。
「女将さん、ごめんなさい。 また、床を濡らしちゃうね」
「そんな事なんかっ、気にしなくてイイさっ。 それよりまた、モンスターが出たんだって?」
細かい手間より、町の安全が大切と云わんばかりの様子の女将だ。
ポリアも、その心配が見るからに察する事が出来るからと。
「うん。 でも、大丈夫よ。 一応、森から出てきたモンスターは、全部倒したわ」
その一報に、女将はポリア達四人へ頭すら下げて。
「本当にかいっ、良くやってくれたよ~! ささ、温泉に入んな」
と、薦めてくれた。
「女将さん、ありがと。 後からケイが来るから、覚えといてね」
「おや、姿が見えないと思ったら・・・。 あの黒尽くめは、怪我でもしたのかい?」
「まさかっ。 警備をする役人さんの詰め所で、隊長さんと話してから来るって」
「へぇ~、そうかい・・。 包帯なんか巻いてる割には、タフな男だねぇ~、あんな細っこい身体してさぁ。 見た目とは、全く違うモンだ」
感心する女将は、ポリア達の為に食堂へと戻っていった。
女将以上に、Kの強さを目の当たりにしたポリアだから。
(ホントよ・・。 まだまだ、余裕で戦えたわ)
女将が居なく成った場所で立ち尽くしたポリア。 自分とKの力量の差に、底なし沼のように深い落差が有ると感じがしてきた。
そんな、受付で立ちっぱなしポリアに、
「ポ~リア~、はやくぅ~お~ふ~ろ~」
階段の所から、濡れたローブをグシャグシャ云わせて言って来るシスティアナ。
イルガにも、顔を覗かれているのに気付くポリアだから。
「あっ、はいはい。 いこいこ」
こうして、各々の部屋に戻った四人は装備品を外して、宿で用意されたタオルを持ち。 食事より先にと、温泉に入った。 冷めた身体を温めるには、温泉は贅沢なお風呂で在る。
四人の中で、真っ先にイルガは上がり出て、部屋に向かうと。 ずぶ濡れのKが、廊下を歩いていた。
「おぉ、戻ってきたか」
「あ? あぁ、おっさんか」
「どうじゃった? 話は」
「いや~、役人が四人も大怪我して、安静にしとかなきゃイケない状態だからな。 あの隊長も人手不足に困ってたさ」
「ふむ、それは困るな。 この町では、おいそれと応援を頼む近場も無いし…」
「だが、一方でよ。 農家の男手とか地主が下働きを出して、その警戒活動に協力するとか、善後策を話し合うとさ」
「本当か?」
「あぁ。 だがよ、いざモンスターが出て来たら、腕力の強弱だけじゃ相手に出来ねぇ~から」
“無理だ、止めとけ”
「とは、一応言って置いたが・・。 緊急の事態って事は解ってるだけに、どうだかな~」
「うむ、それもそうよな。 何せ、自分達の故郷だものな」
「あぁ、その通り。 意地に成って、やる気が先走ってるよ」
「そうか。 ・・お、そう云えば女将が、もう食事の用意が出来上がっていると、よ」
「そうか。 なら、風呂行って来る」
「解った」
了承したイルガは、部屋に入って行くKを見ていて。
(然し、アヤツは・・・何者じゃ? 昔に、ワシらの頃の伝説に居た、あの天才的な二人の剣士の様じゃわい。 然し、本人とするには、歳が合わぬな)
こう疑問に浸るイルガ。
実は、イルガがまだ若い頃に。 更に年上と成る冒険者で、他の追随を許さない、凄まじい腕前の天才剣士が二人居た。
その一人は、“剣神皇”と、渾名され。
もう一人は、“斬鬼帝”と、異名をとった。
この二人の天才剣士が駆け抜けた頃は、二人と冒険することが伝説のように騒がれて、持て囃された。
さて、〔剣神皇〕と呼ばれた男、エルオレウと云う人物は。 今は、〔商業大国マーケットハーナス〕と云う国にて、世界最大の力を持つ大商人として、実家の家督を継いで居て。 商業界の怪物として、商人の長の座に君臨している。
一方、〔斬鬼帝〕と呼ばれた男、ハレイシュは。 息子のオリンティスと共に、冒険者を続けていたのだが。 何故か、数年前に突如として行方知れずになっていた。
若き頃のイルガは、その片方。 斬鬼帝ハレイシュ氏と一回だけ、臨時のチームを組んだ事が在った。 正しく、Kの様に強く、聡明で、物静かな美男子だった。
今、Kを見て強さを知れば、過去に見た斬鬼帝と謳われた彼とダブる。
(似とる、実に、似て居るの・・・。 強い者とは、やはり似るのかの)
そんな想いに耽りつつ、歩き出したイルガだが。
然し、次に想うのは、ポリアの事。
(そう言えば、お嬢様にも良くせがまれたな。 お嬢様は、あのハレイシュ殿の様に成りたいと…)
イルガの過去を、ポリアは良く知っている。
彼女の家出は、強引な結婚話が引き金だが。 冒険者を遣りたがり出したのは、イルガの冒険談を聞いた幼少の頃から、ずっとで在る。
だから、このイルガにして見れば。
“自分が、うっかり冒険者の頃の話をポリアにしてしまったのが、全て悪い”
と、こう思って居る。
ポリアの旅に、イルガは捨て身でついて行く気だ。 ポリアをその気にさせた、自分の責任を痛感し。 ポリアが家に戻るまでは、冒険者として何処までも着いて行く気だった。
困る気持ち半分だが。 一方では、若き頃に冒険者として羽ばたけず。 ポリアと一緒に冒険者へ成る事で、また夢を見る事が出来る嬉しさが、半分のイルガで。
(全く、良い経験が、先を夢見る道を拓く。 お嬢様に取って、今回の旅は良いのか。 はてまた悪いのか・・・、な)
物思いに耽りつつ、一階に降りて食堂に入った。
最初に食堂へと入ったイルガは、五人の席を取る。 食堂には、雨やらモンスターの騒動にて、足止めを喰らっている商人が、昨日より増えて十二・三人ほどになっていた。
「おや、そこかい」
老女将が、丸テーブルに座ったイルガを見つけた。
「夜飯を頼みます」
「あいよ。 疲れが吹き飛ぶぐらいに、出してあげよう」
直ぐに料理が運ばれて来るのに合わせて、ポリア達がやって来た。
「お嬢様、ケイも戻ってきました」
「あら、早かったのね」
「どうやら町の警備に、人手不足の所為か。 地主の働き手や農家の男手が加わるかも知れないとの事です」
席に着いたポリアは、ギョっとして。
「え゛っ? 相手は、タダのモンスターじゃ無いのよ。 そんな事をして、大丈夫なの?」
「さぁ、どうでしょうか。 ケイは、止めたそうですが…」
「当たり前じゃないっ。 ゾンビやスケルトンは、時には普通の冒険者だって手古ずるのよ。 僧侶が傍に居ないなら、意外に厄介なんだから…」
「はい。 実に、心配ですな」
この間、周りに居た商人の男の眼が、ポリアとマルヴェリータに向かった。 食堂に花が飾られたようで。 誰もがその手に取りたいと、下心の有る眼をしている。
この商人と云う生き物も、人格はやはりピンキリだ。 表向きと裏向きの顔が、全く違う者がゾロゾロいるのだ。
さて、食事を進めれば、Kも食堂へとやって来た。
食堂へと入って来たKに、老女将が近寄って挨拶をする。
その挨拶を受けたKは、ポリア達の居る席に就いて。
「ふ~、疲れた」
「お疲れさま」
言ったポリアは、そっと水の入ったグラスを差し出した。
「すまん」
水を受け取り、受け皿をシスティアナから貰ったK。
マルヴェリータは、彼に小声で。
「もう、事件の真相は解ったの?」
Kは、野菜を取り分けつつ。
「周りで、聞き耳を立ててるバカが多いからよ。 それは、明日な」
周りの商人の静けさに気付くマルヴェリータは、確かに話せる場では無いと黙る。
一方、イルガは、
「然し、なんですな。 お嬢様とチームを組んでこの方、こんなに多くのモンスターを相手にするのは、初めてですな」
ポリア達は、正にそうだと頷くが。
イルガは、Kへ。
「ケイよ。 御主は過去にも、こんな多くのモンスターを相手に戦った事が在るのか?」
頷くKは、口に運んだ野菜を齧りつつ。
「そうさな~・・・、ま~色々あるなぁ。 墓荒しをとっ捕まえに行って、逆さピラミッドの中にゾンビが溢れたり…」
その想像をするだけで、ポリア達は驚くのに。
「或る依頼で、森へと薬草採取に行って。 其処で、人食い大蜥蜴を、50匹ばっかり相手にしたりな~」
と、来れば。
ポリアも、マルヴェリータも、あまりの事に蒼褪める。
「や・止めてよぉ」
「やだ、・・・おっかない」
Kは、野菜をコリコリ齧りつつ。
「マジの事だ。 ・・ま、色々と在ったさ」
経験の差を実感するイルガだが、半ば呆れて。
「御主、良く生きてたもんじゃ」
そこで、マルヴェリータはため息一つ。
「はぁ~」
彼女の溜め息の理由が解らないポリアは、
「マルタ、どうしたの?」
するとマルヴェリータは、包帯男を横目にしながら。
「ん~、この町に来てケイの相手した数のモンスターを。 もし、私達だけで相手をしてたなら、どうなっていたかな~・・・ってね」
経験が無い事だから、ポリアも真面目に成り。
「多分は、倒し切る・・のも難しいわね」
と、言った。
だがKは、食べつつ誰も見ないで。
「難しいのは、事実だろうが。 勝てない事は無い」
ポリアは、言い返されるのを警戒しつつ。
「そうかしら・・。 二十体以上も相手よ?」
「ま、戦い方次第だろうよ。 今日は、怪我人を抱えてたし、あんなモンでいいんじゃないか?」
其処に、止せばいいのにイルガは。
「じゃ~因みに、どう戦うと勝てるんだ?」
Kは、水を飲んで口を空けてから、伝法な口調で。
「そんなの、マルヴェリータとシスティアナが、魔法を上手く遣えばよ。 その間にポリアとおっさんが、スケルトン潰せばいい話だろう~が」
「ふむぅ・・。 じゃが、ゾンビを十以上も、魔法遣い二人だけで大丈夫か?」
「高がゾンビの十や二十、この二人でも十分に遣れるさ。 二人が、魔法を強引に発動するのを変えれば、それでいい訳だ」
「ほう。 あれで、強引とな」
するとシスティアナは、照れ笑いで。
「えへへ~、バレてます~」
然し、言い当てられたマルヴェリータは、横を向いて。
(笑わないでよ…)
と、口に出さない。
その間のKは、料理の盛られた大皿を見て、何を取ろうかと選びながら。
「魔法ってのは、どの種類の魔法にしろな。 基本的に共通なのは、魔力と集中力の噛み合いなんだよ。 焦って強引に唱えれば、魔力の強さが先行して、程よい加減が利かない。 集中力は、そのコントロールをする訳だ」
魔法についての知識が乏しいイルガは、理解し始めると共に感心すらして。
「ほう。 やはり強力な威力を生むだけ有り、なかなか難しい技術なのだな、魔法とは」
「まぁ、な。 処がこの二人は、そのコントロールに必要な集中力が、からきし足らないからよ。 発動させた魔法の破壊力だけ、強くてデカイ。 つまりは、先ず密集戦じゃ~絶対に遣えない」
然し、イルガの認識では。 魔法を遣う時には、肉弾戦をする前衛は避けるもの・・と、在るからか。
「ふむぅ。 仲間が避けなくてはいけないのは、普通の様な気がするが・・。 集中すると、どう変わるのだ?」
「そんなの簡単だ。 今日、二人の発動させた魔法がグッと小さく成っても、威力は変わらない。 剣士や傭兵が大きくモンスターから離れずとも、間合いを少し空ければ事足りるさ」
二人の会話を聴いていたポリアだが、意味がサッパリな顔をして眼が点に。
その雰囲気を感じたKは、魚のムニエルを皿に取りつつ。
「フゥ…。 ポリアにも解り易く言うならば、な。 恐らく今日の戦いで、マルヴェリータも魔法を遣っただろう?」
「えぇ、‘鎌’(ブレード)の魔法を遣ったわよ」
「それならば、その時に生み出された刃ってのは、彼女の身体より一回りぐらいはデカい筈だ」
「あう・・凄い。 見てないのに、良く解ったわね。 大柄な警備隊長さんぐらいは在ったわ」
「なら、ソイツが半分以下の大きさで、威力が同じに成る・・と、思えばいい」
Kの言った事を想像したポリアは、目を丸くして。
「え? マジ?」
「あぁ。 集中力してちゃんと凝縮してやれば、大きさの変化も出来る。 この二人は、魔法をただ単に‘発動’させてるだけで。 ‘唱えてる’とは、言わない」
魔法が遣えないイルガとポリアは、マルヴェリータとシスティアナを見る。
マルヴェリータは、非常に気まずい顔をして居て。
システィアナに至っては、食べながら豪快に笑っている。
ムニエルを半分食べたKは、システィアナを見て。
「だがな。 このシスティアナに至っては、いずれ自然に集中が出来るだろう。 性格からしても、余計な雑念が無いからだ。 魔法を遣って行けば、普通に出来る様に成る。 場数って云うか、経験が無いだけだからな」
こう言われたシスティアナは、無邪気に照れ笑いし。
「えへへ~、ケイケンした~いでぇす」
その無邪気な言い方が気に障るポリアは、小声で。
「変なカンジに聞こえるから、言うな」
「は~い」
然し、新たな疑問が湧くイルガは、苦虫を噛み潰しているマルヴェリータを見て。
「ケイよ。 何故に個人差と云うか、違いが在るんじゃ?」
するとKは、やや細めた眼をマルヴェリータに向けると。
「このマルヴェリータって人間は、ぶっちゃけて言うならばな。 ‘魔法を遣おう’、としてるんじゃない」
「ん? 何じゃ、それは」
「只々に、他に遣る技能が無いから、遣える魔法を遣ってるだけだ。 その心理を探るならば、多分・・魔法自体を好きじゃないんだろうが」
“逃げる為の言い訳で、手段にしてるに過ぎない”
「と、こう言えば一番に正しいな」
Kの話を受けた皆が、それぞれ驚きを持ってマルヴェリータを見た。
一方の見られたマルヴェリータは、その視線が痛いのか。 逃げる様に横を向く。
実質、Kの言った事は、本当に的を射ていた。
マルヴェリータの心の闇を裸にするKだが。 腹は満足感を得たので、フォークとナイフを置くと。
「どれ、仲間に成った誼って奴で、寝る前の余興でもやってやるか」
と、言い出した。
マルヴェリータも含めたポリア達四人が、
“何事?”
と、Kを見る。
見られたKは、自分のグラスに水挿しから水を移しながら。
「魔法の集中に一番いい訓練ってのは、〔マジックミラージュ〕をする事だ。 これは、魔法を遣える者の全てが、誰でも出来る。 それなら…」
と、Kがテーブルの真ん中にグラスを置いた。
全員の目が、グラスに向かった時・・。
「あっ」
ポリアが、小さく驚きの声を上げた。 何と、水の注がれたグラスが、二つに分かれて・・四つに分かれて行く。
それを見たマルヴェリータは、驚くままグラスとKを交互に見て。
「な・何でっ、つっ・つか、遣えるのよ…」
と、呟いた。
だが、黙るままに集中するKは、分裂して行くグラスを見続けている。 その間にグラスは、どんどん分かれて行った。 然も、その分裂は不思議な事に、タダ倍々に・・と云う規則的なものでは無い。 テーブルの隅まで行ったグラスはちゃんと、それ以上は分裂しないで留まっている。
さて、一つのテーブルにて、まるで摩訶不思議な事が起これば…。
「おっ、おい・・アレ」
「何だ、ありゃ…」
遠巻きに居る周りの商人達も、K達のテーブルで起こる異変に気付いて行く。 料理の皿の上にグラスが在るのに、乗っている感じが無い。
間近にて、その様子を見て驚いていたポリア。 そっと手を伸ばしてグラスに触ってみれば、自分の手は触れるグラスをすり抜けてしまう。
「ほん・と・・魔法?」
そうポリアが呟く時には、グラスの分裂が止む。
そして、Kが。
「全ては、〔イリュージョン〕《魔法》さ」
そう言って、パチンと指を鳴らした。
すると、
「あっ!!」
食堂で見ていた全員が、一斉に声を上げた。 分裂したグラスが、今度はどんどんと真ん中に在る最初のグラスに、重なる様にして集まって行くのだ。
グラスを見て、はしゃぐシスティアナ。
目を擦るイルガは、何度も同じことをしてはグラスを見る。 イリュージョンの魔法をこんなにも遣いこなす者を、イルガも初めて見た。
瞬く間に、また一つのグラスへと戻った・・と、思いきや。 フワッと僅かに、グラスは独りでに持ち上がり始める。 また、少しずつ左に、グラスが傾いていく。 だが、並々と注がれたグラスの水だ、直ぐに零れてしまうと思った商人達…。
「おい、零れないぞ」
「何だこりゃあっ」
「モンスター騒ぎで、幽霊まで出て来たのか?」
周りがザワめく中、遂にポリアまで眼を疑っては手で擦るも、グラスは変わらない。
さて、幻想的とも言える光景を食堂に居る者皆が見ている中で。 軽く見上げるほどの高さへと持ち上がりながら、左へ左へと傾いたグラスは遂に、完全な逆さまと成った。 そして、今度はそのままのグラスが皆の見る中で、スルスルと上に動き始める。 高い天井へと向けて、空中を持ち上がって行くのだ。
その様子を見るマルヴェリータの顔は、美し過ぎる故に、歪む顔が怖くさえ見えながら。
(分裂の制御、高低差の制御、原形の制御、全てが完璧…。 どうして・・、何で出来るのっ?!!)
魔法学院で習ったイリュージョンの制御が、Kに因り完璧な形にて行われている。 魔法学院に入って発動体験を終えた後の頃は、毎日このイリュージョンを遣っていたマルヴェリータ。 だが、魔想魔法をある程度楽に発動させる事が出来る様に成ると。 その頃からイリュージョンでの訓練は、次第に疎かにした。
さて、皆が幻想に取り憑かれて眺めていると。 シャンデリアと同じ高さの所まで、グラスは上がったのだが…。
「ん? どうした」
「震えて・・る、のか?」
周りの席に座っていた商人の二人が、次々に呟いた。
そう、宙に浮いたグラスが、小刻みに震えだしたのだ。
動きが有れば、皆の視線が釘付けとなる。
そして・・・、持ち上がったグラスは震えが強く成った瞬間、音を立てて砕け散った。
「キャッ」
「ウワッ」
「ちょっと!」
様々な声が、一気に上がった。 皆が驚いて屈んだり、伏せたりする。
だが、グラスの破片も、水の水滴一つも、何一つ落ちては来なかった。
水を被らない様にと伏せたポリアだが、何の事も起こらない為。 そっと、顔を上げる。
「あ・・あら? あらら?」
見渡す辺りには、何の変化も無い。
此処でKは、静かに席を立つ。
「こんな事でも、いい練習になるのさ」
先に寝る為か、こう言いおいて部屋へと戻って行く。
グラスを探したイルガ。 するとテーブルの真ん中に、水の注がれたグラスが一つ残っている。
「何てことだ・・・、真ん中にグラスが残っとる」
驚く皆の中にて、マルヴェリータのみは、Kの後ろ姿を見ている。 その眼は、なんとも寂しい眼つきで在った。
それに気付いたポリアは、マルヴェリータを見てから、Kの背中の影を追った。
料理を運ぼうと出て来た老女将も、お手伝いさんも。 そして、食べていた商人達も、ポカンとして固まっていただけだった…。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
年内に、もう一話掲載を考えてます。
では、また次の話まで、暫しお待ち下さい…。