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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
195/222

★番外編・特別話・十二★

                       K特別編


                ≪ただ在るがままに、過去を生産する時が来て≫



                   ~事件に関与した最後の手~






その一瞬まで、丸で計画書に書いた通りに事は運べた。


夜になり。 夜が更け始めた頃に。


Kが、遣ってきた支配人に寝ていると錯覚させたラティハを部屋に置いて、支配人直々の出迎えを受けて出て行った。


しかし、ラティハはもう先回りして、女性用のトイレに身を隠していた。 地下に行くには、一階の何処かを通る必用が有る。 専用の隠し階段が有ると見込んだKの云う通り。 2階にまで普通に下りたKと支配人は、専用の隠し通路から地下へ。 身体能力の高さから暗躍の技術も高いラティハには、その尾行など難しいものでは無かった。


が。


地下の入り口に案内されたKは、其処で一人の中年男性と擦れ違う。 薄い茶色のマントを着て、やや俯き加減に足早と去るその男は、灰色の髪を前に降ろした厳しく鋭い眼をした男だった。


(コイツ・・只者じゃないな)


擦れ違ったKがそう思う。


ラティハも、パッと細い通路の上に跳躍して闇に隠れたのだが・・。


「・・?!」


その男が自分の真下で立ち止まり、周囲を見回したのだから驚いた。


しかし、その男をやり過ごすと、後はすんなりだった。


Kは、地下の、通路が交わるちょっと広く成っている場所で、契約書を書かされ。 “特別な”施設を利用するのに、多額の預かり金と云う頭金を取られた。 此処がバレた時には、全てが無に帰すと云う意味合いであろうか。 だが、高価な宝石を積んだKは、地下を支配するハゲ頭の小男も上級の客として持成すと云うのである。


屈強な用心棒的な大剣遣いと棍棒を持つ二人の大男と、地下を仕切るハゲ頭の小男に挟まれてKは女達の下に案内された。


甘い香りがする媚薬の香と、事後には女達が身体を洗う湯殿が有るのか、湿気を多く孕む地下の通路。 だが、行き着く先は、ガラス張りの部屋で。 ガラスの窓の向こうには、鳥籠を鉄で大きく作った様な檻に入れられている女達であった。 どの女性もぐったりしていて、目が虚ろで裸である。 Kが選んでいいと云われる中、奥の扉から身体を洗った女がヨロヨロと入ってきて。 自分から自分の檻に入ってゆく。 生気の欠片も無く、中には噛み付かれた後や折檻を受けた様な生傷を持つ女性も・・・。


しかし、Kが驚いたのは・・。


(何だ? この焦げた様に酸っぱい臭い・・)


微かにだが、そんな臭いがする。


勝手にKが動くのと同時に、剥げた小男と用心棒的な二人はその場に倒れた。 スラリと抜かれたKの刃渡りの長い短剣には、血など微塵も付着していない。 だが、倒れた3人は首筋を斬られていた。


女性達の居る部屋へと踏み込んだKは、檻の中で小鳥の様に濁った水を水差しから飲む女達を見て。


「何てこった・・。 これじゃ誰も逃げられない訳だ・・」


と、眼を凝らす。


其処へ、もう後は待機しているアンサムスの別働隊を呼ぶだけと、姿を現せたラティハが。


「ケイ、もう私は呼びに行くぞ」


しかし、Kは。


「それは構わない。 だが、別個に薬の材料を用意してくれ。 さもないと、この女達が朝まで生きられない」


いきなりの話に、ラティハは驚いて。


「はぁっ? どうゆう事だ?」


「この女達からしている独特の臭いは、毒の香りだ。 この籠に付いた薬液の水を飲んで、その効果を打ち消している。 肌身に浸み込んだ毒が内腑に浸み込めば、吐血してヨタヨタと死んでいくぞ。 逃げる事を許さない足枷・手枷の代わりに、毒を使ってやがるのさ」


「なっ、なんと卑劣なっ! では、急がないと・・」


「そうだ。 俺が一階で別の出入り口を作る。 朝までは、騒がれるのは不味い。 アンサムスに伝達を頼むぞ」


云ったKは、ラティハと共に一階まで行くと、その剣技で外と一番近い壁を斬ってしまった。 ロビーを通れば、一気に大事になって面倒に成る。 とにかく朝が来るまでは、この事を公にしないほうがいいと・・・。


ラティハを外に出したKは、その足で自分を地下に案内した支配人を捕まえに行った。 宿で働くどれぐらいの者が関与しているか解らないから、先ずはその頭を抑える為である。 地下を牛耳るあの小男と、支配人は繋がりが有る。 だが、それが組織の構成員としてか、金や脅威からの脅しで協力しているのかが不明なのだ。 支配人を捕まえたKは、地下でその身包みを剥いだ。 だが、支配人には刺青が無かったのである。


(コイツは、只の協力者だな)


そう目星を付けたKは、支配人を自白させてその大まかな関与の様子を知る。


さて、Kの話を受けたアンサムスは、直々に捜査員と一緒に乗り込んできた。 特別な黒い制服を着た役人だけで構成された組織で、アンサムスの手・足として動く者達である。


毒の事を聞いたアンサムスは、Kに。


「どうすればいい?」


「俺が薬を作るから、何処か大きな風呂の在る場所を。 それから、僧侶や医者に連絡を入れろ。 解毒は、薬の入った薬湯の風呂に浸からせる必要も有る。 どっかに、大人数を収容出来るいい寺院はないか探してくれ」


治療が大掛かりに成ると知ったアンサムスは、国に僧侶の心得を教えて聖騎士の育成を手助けしてくれる寺院を思いつき。 そこに女性達を運ぼうと・・。


Kが契約時に受けた説明では、王城の裏手に広がる大湖の湖畔にも施設が在り。 其方の方が多くの女が入ると云う。 宿を一斉捜査しようと云うアンサムスだが。 この事件を此処で大騒ぎにすると、其方に誰かが知らせに走る可能性も在るので、とにかくこの場所は騒がずに置いた方がいいとKは言い含めた。


別にも同じ施設が在ると知ったアンサムスは、やはり大事件が隠れていたかと思いながらも。


「そうか。 なら、兵士を動かして包囲させる。 それから、お楽しみで居た客も連行してしまうぞ」


「それは、そっちの範囲だ」


来ていた客の事など知らぬ存ぜぬと云うKは、女達の呼吸を荒くさせない為に、敢て一人一人気を失わせる事まで・・。 暴れて激しく呼吸をさせると、弱った身体に飲んだ薬を吐いてしまうかもしれなかったからである。 13人にも及ぶ裸の女性を、大型の馬車に運びこむ作業を見たアンサムスは苦い顔をして。


(まだまだ・・この様な悪事がっ。 王子達が聞けば、また思い悩むであろうな)


摘発で、様々な悪事が暴かれる昨今。 リオンやトリッシュの気持ちは、自分達の国がこうも犯罪に染まっているのかと云う悩みらしい。


ま、Kに言わせれば甘い話なのだろうが・・。


それからのKとアンサムスの行動は、忙しくも電光石火の早業であった。 兵士が深夜にその施設の有る建物を包囲し、朝方には踏み込んでしまった。 40人以上の女性が居て、商人やら、貴族やら、金の有る悪党などが客として楽しんでいて。 Kがその牛耳る支配者を斬ってしまう。 悪党組織の手の者は、後々の後までに遺恨を残す毒みたいなものであるからだ。


アンサムスも、王家や役職に就く者に暗殺の手など伸びては困る。 あくまでも、見知らぬ者達がこの様な事をしていたと。 悪党組織を念頭に置いた捜査をしない様にする手筈だった。 ・・アンサムスと同じ地位に居た嘗ての叔父、そして父は不審死をしている。 暗殺の思惑が煙る死は、家族や周りに恐るべき恐怖を降り注ぐのを知っていたのだ。


また、一連の行動を共にするラティハは、女性を助ける事に助力するK、薬を作り女達の介抱をするKを見て云う言葉が無かった。 どうして・・何故・・、と、浮かぶばかりだが。 聞く事すら無駄に思えた。


騒動が大きく為る昼前に、警察役人との連携が始ってアンサムスも、ラティハも忙しくなった。


一方。 薬を作り、女達の介抱の仕方を教えたKは、昼過ぎにはその姿を消した。


Kの姿は午後の昼下がりに、あの屋台屋を纏める元締めの元に在った。


サクローヌと、屋台屋の元締めを前にした形で。


「約束通り、女達は開放した。 ま、毒の御蔭でまだ自由に成れる者は居無いが。 後で寺院に行って見るといい。 気のハッキリしてる女も居るから、話が聞けるだろう」


何が起こったのか理解出来て居無いサクローヌは、Kに。


「お姉ちゃんは生きてるの?」


と。


「あぁ、勿論だ。 だが、身体が毒に侵されてて、解毒するのに日数が要るってだけだ」


「ど・毒っ・・・」


驚いているサクローヌに代わりに、元締めが話を受けて。


「悪い・・、息子の後始末までさせちまった」


首を振るKは、


「いやぁ。 俺の後始末でも在るさ。 前の俺は、その後の憂いなど何も考えて居なかったからなぁ。 ま、女達の世話、出来るだけしてやってくれ。 アンサムスだけには、アンタの事を話して有る。 表向きには面会出来ない立場同士だろうが、裏でちゃんと話を繋いでくれるはずだ」


「・・・変わったな」


元締めは思わず、そう漏らした。


「はっ。 面倒な事を言うなよ。 んじゃ、俺はこれで消えるゼ。 俺の事、誰にも云うなよ」


「・・解ってるさ」


元締めの言葉を受け、Kはサクローヌの様子も見ずに踵を返した。 街へと消えてゆくKに、サクローヌが手を振っていた事をKが知っているかどうかは解らない。



・・・だが。


この全ての話の落ち処が、この後に待っていようとはKも思わなかった。


それは、夜の入りである。 Kは、夜を待って斡旋所にもう一度向った。 秘密裏に女達の事を話し、情報を与えておこうと思ったのである。 ついでに、ロドリナスの始末の事も・・。


斡旋所の主が、裏の休憩室で紅茶にワインを入れて飲みながら、Kの話を全て聞いた。 ロドリナスの死には、感慨深い顔もしたが。 その後の出来事には眼を丸くした主で。


「パーフェクト、お前ぇ・・なんちゅうヤツだ。 良くもまぁ・・、色々と繋がりが在るモンじゃな」


Kも、予想はしてなかった事に。


「まさか、娘の依頼が俺の昔のした後始末に成るなんて思わなかったが。 仕方ないから遣っちまったよ」


「しかし、今回は全て無償の仕事かよ。 いいのか?」


紅茶を軽く啜るK。 口を話すと、夜の蝉の声を聞きながらくうを見て。


「・・まぁ、金は過去に荒稼ぎしたしな。 見せ金で遣った金貨と宝石も戻ったし、痛手は無かったからいいさ」


「だが、あの繁盛してた新しい宿屋に、そんな汚い地下が隠されてたとはなぁ。 驚きだ」


「この安全な王都にしては、色々と物議を醸しそうな事だろうよ」


「おうよ。 でも、パーフェクト。 本当にその宿を作った豪商は、組織は関係してないのか?」


「多分・・。 元締めの話だと、豪商はアハメイルとマーケット・ハーナスを行き来するやり手で、自分の家族を含めて年末に必ず訪れる王都に宿を持ちたがっただけならしい。 この話を持ち掛けたのは、南のアハメイルに居ると云う地主とか。 そっちが怪しいだろうな。 後は、何処からか湧いて出た組織の手が、何処かからか絡みついたって訳だろう。 支配人や接客係でも、男しかこの事を知らなかった。 だが、男の接客係まで弁えていたと云う事は、あの女達で金儲けをする運営側の手が、広く宿屋の従業員にまで及んでいたって事だ。 組織に組する事を許されない下っ端の、云わば受け皿的な仕事を用意するための宿でも在ったのかもな」


「丸で、植物の様に街へと根を降ろし掛けていた訳か」


「そうさ。 俺が裏社会で仕事を請けていた頃。 悪党組織の持つ情報網の伝達の早さには驚かされた。 アレは、誰か彼かを現地に派遣して作る繋がりじゃねぇ。 その街、その国に住む者で組織されたものだ。 だが、街に溶け込むって事は、其処で生活するって事。 全部が全部悪党じゃ、持てる情報にも偏りが出来そうなものだが。 俺からしてみて、それも無い。 組織の脅威と金で屈した住民や、根を降ろさされたヤツラが、その情報網を支えてるんだろうよ。 だから、悪党組織を捕まえるのは気合が必要なのさ。 捕まえた後の処理をするまで、迅速に手を回さないと・・」


この話の直後である。


ドアがノックされ、斡旋所の主の手伝いをする30絡みの男が顔を見せ。


「マスター、捜査員のボテブさんが来ましたよ」


大き目の、木製の安楽椅子に座る主は、


「おう、それじゃぁ~コッチに入って貰え」


と、云ってから。


「パーフェクト、前に云ったと思うが。 ボテブが、俺と一緒に煮え湯を飲まされた当時の警察役人の男よ。 あの一件の時には、向こうもニセの情報を掴まされていたらしい」


“なるほど”と、顔を軽く動かしたKで在ったが・・。


「マスター、顔を身に来たよ」


と、その男が入って来た。


紅茶だけのカップを口にしたKだが、マスターが語ったその男を見た時。


(・・・まさか、これが事実しんそうか?)


と、脳裏に言葉を吐いた。


灰色の髪を上げて、目付きが鋭く骨張った顔のその男は、この暑い初夏の中でもマントを羽織って現れた。


「おぉ、ボテブ。 久しいな、元気にしていたか?」


「あぁ、はい。 私に話が在るとか聞いたので、こうして来ました」


部屋に入って来てマントを取り、長い袖の黒いシャツに裾と腰をバンドで巻き留めるズボンと云う軽装に成ったボテブと云う男。 40の終わりか、50代と思える年齢だが、浅黒く引き締まった細身のその姿は、確かに警察役人として申し分の無い様子を窺わせた。 


ボテブは、真っ先にKを見て。


「お客人が?」


Kの事は誰にも語らないと約束を交わしているマスターだから。


「ワシの友人で、街中の事を話しに来てくれた男だ」


「ほほぅ、そうですか」


ボテブは、その細く鋭い眼でKを見る。 紅茶を啜った後に、軽くティーカップを上げるだけの挨拶をしたKに。


「これは、どうも」


と、挨拶をした。


さて。


マスターが。


「ボテブ・・、実は過去のあの話なんだが・・」


すると、急に眼を細めて立つ形を改めたボテブであり。


「・・大臣様の?」


「うん。 首謀者がな・・、判った」


その一言に、ギラっと眼を光らせたボテブで。


「お客人の前で、話してもいいので?」


「あぁ、このケイは別だ。 私の友人として、情報収集などもしてくれる。 顔は隠しているが、それは昔からだ。 今回の情報を得るのにも尽力してくれた」


「然様で」


「ん。 それでな、ロドリナスと云う悪党の一味だった男が、その首謀者だったらしい。 姿を消した容疑者の不審者も、違った様だ」


「そうですか・・。 その情報は・・彼が?」


と、Kを脇目に見るボデブ。


だが、マスターがそれを辞めさせる様に。


「いやいや、自白が有る」


「自白?」


「そうさ。 ロドリナスは、一昨日の夜に死んだ。 が、あの時の一味で、我々に・・。 いや、正式に言えば私に嘘の情報を流してきた男を捕まえたのだ」


マスターの話に、ボテブは言葉無く。 暫し、沈黙が流れた。 ドアの向こう側からは、冒険者達の騒ぐ声がチラホラと・・。


沈黙に、Kは身じろぎもせずにその風景に入っている。


少しして、チラっとKを見たボテブが。


「で・・、その捕らえた者は?」


「ん、地下に居るよ。 明日にでも、其方に身柄を渡す。 もう、知りたい事は聞いたしな」


「・・あ、でも・・どうして?」


「あぁ。 覚えているか? あの一件で、ワシと一緒に容疑の掛けられた不審者が居ただろう?」


「えぇ。 流れ者か、冒険者の様だったかと」


「ん。 それが、久しぶりにワシへ面会に来てな。 あの事件の事で、今更に進展が在ったと。 そう、あの首謀者を見た・・とな」


「では、その冒険者も、相手の顔を覚えていたのですか」


「わすれはしないさ。 だから、ワシも知り合いのこのケイも動いて貰って、調べ出したのさ。 ロドリナスの動きを見張っていて、もう死体と成った剣士の方が炙りだされてな。 ま、ロドリナスと地下に捕らえた者の事までは白状させたのだが。 名うての剣士で、途中で暴れたらしくての。 凶行を行った者は、あの容疑者にされた冒険者が斬ってしまった」


ボテブの眼は、何度もKに向いた。 紅茶を傾けるKは、そのままにその場の景色に解けて何も云わない。 相手を知りたいボテブだが、完全に黙ったKをこの会話に引き摺る事も出来ず、


「その斬られた時に、誰か傍に居ましたか?」


「いやぁ。 ワシに、アヤツは事情を全て知る地下の者を引き渡してから・・、夜にロドリナスを斬ると街を出て行った。 次の日に、値の張る宿で一人の紳士が首を斬られて発見されたが、その男の身体には悪党組織の刺青が二つも在ったとか。 ロドリナスと云う男は、あの大臣一家を惨殺する一件で、どうやら属していた組織から別の組織に乗り換えをしたようじゃ。 悪党組織の刺青が二つ在るなど、異様中の異様らしい。 だが、地下に捕らえた男の話と合致するし、恐らくそうなのだろうな」


マスターの話を聞くボテブは、これまた神妙な程に無言で聞いていた。 質問も入れず、合いの手に近い頷きもせず・・。 そして、その話を聞いた上で。


「それは・・。 で、その冒険者は・・如何しましたか?」


「さぁ、音沙汰が無い。 恐らく、ロドリナスなるその男を斬って、消えたのであろう。 昔の借りを返した・・・、そんな所なんだろうな」


「・・・そうですか」


深く納得した様子では無かったが。


“一応は、そんな事でいい”


と、云う様な頷きを一つしたボテブで。


「では、明日にでも私が下級の者を連れて、その男を迎えにまえりましょう。 連行途中で逃げられても、此方としても困りますから・・・」


「うん。 そうじゃな」


其処で、Kが。


「今日も、宿屋街で何だか騒ぎが在ったって聞いたゼ。 しかも王城の裏手の湖の方でよ、湖畔の屋敷が役人の管轄下に持ってかれたとか・・。 何か在ったのか?」


と。


すると、ボテブは無表情な顔で。


「さぁ。 私は、昨日まで南のアハメイルまで所用により出向していてね。 昨日の深夜に戻って、今日まで休みなのだ」


“ナルホド”


と、首を右に傾けたK。 空となったカップを皿へと戻し、席を立つと。


「んじゃ、マスター」


と、去る姿を見せる。


マスターは、ボテブの手前で多くを語れずに。


「おう、・・またな」


「あぁ」


この短いやり取りで終わってしまう様子を見たボテブは、丸でその流れを受け取る様に。


「では、私も失礼しましょうか」


と。


ドアに向って行く所で立ち止まるKと。 見返す主。


「何だ、まだ来たばかりではないか」


と、云う主に対し。


「いえいえ、色々と忙しくなりそうな様子。 今夜は遅くは成れません。 昔の事件の解明に一段落をつけてから、改めてマスターと二人で飲みたいと思います」


「あ・・、そうか」


主は、Kのしでかした一件も知っている。 大きな事件が在ったと捜査員が聞けば、それは日を改めるのも当然か・・と。


「ボテブ・・、区切りを付ける意味でも、一杯やりたい」


一度も座らないままにマントを取るボテブで。


「えぇ。 必ずに」


と。


先に斡旋所の外へと出たのはKだ。 夏の入りで、湿気の含んだ生暖かい風が緩やかに彼を包んだ。


だが、直に後ろから。


「あ~、待ってくれ」


と、ボテブの声がした。


間近に、カジノに向う貴族を運んでくる馬車が停まる厩舎が見える場所で。 大きな街路樹の楡の木の真下で立ち止まったK。


「・・」


其処は、丁度向こうに有る街灯の明かりを遮る闇である。


Kを追って出て来たボテブは、


「君が主の情報源なら、その情報の大まかを教えてくれないか。 私は、最終的にその事件を捜査する立場に在るんでね」


と、Kから話を聞きだそうとした。


だが・・。


闇の中に佇むKからは、全く違う話が出て来た。


「俺はな、ロドリナスの話に引っ掛かりを感じたんだ。 “もう斡旋所に繋がるあらゆる情報は断っていた。 どの方向からも、決して新鮮な情報など入らない様に・・” だってよ」


ボテブは、闇に見えぬKに異変を感じ。


「・・・それが、どうしたと?」


「解らないのか?」


「な・何がだ?」


「斡旋所の主は、確かにガセを掴まされたかも知れない。 そして、斡旋所を離れられないから、自分で確かめる事も出来成ったろう」


「そうだろうな、それが真実だ」


「・・なら、テメェは?」


冷たい声が、闇から響く。


眉間を険しくしたブテブで。


「私・・、だと?」


「おうよ。 斡旋所の主は、アンタとも繋がってその事を調べていた。 ガセが一方から入ったとしても、捜査で動けるテメェの方からは生きた、新鮮な情報が入ったハズだ。 主が情報収集していて、それを捜査する御宅も聞いていたとしたら。 捜査の中にその情報も含めて居たなら、何処かで“ガセ”と“生”の食い違いから軋轢が生まれたハズだ。 いや、向こう側が騙していたとしても、その異様さが何処かで現れただろう」


Kはこう云った後、スッとボテブに近寄り。


「だが」


急に耳元で声が聞こえたので、ボテブは驚く。


「あ・・」


すると、今度は背後から。


「ボテブさんよ、アンタ・・親戚はどうした? 母親の方に、マリンダと云う姉と、サクローヌって妹の姉妹が居ただろう?」


急な話の展開と変化。 ボテブは何を云うのかと苛立ち始め。


「くっ、私をからかっているのかっ?」


と、背後を見る。


しかし、今度は木の方から。


「おかしいなぁ。 “アルフレッド・ガーシー”って名前をなぁ~、昨日の夜に地下で名簿から見たんだ」


「それが何だっ?」


「ミランダとサクローヌの父親を騙したのは、この王都に住むアルフレッド・ガーシーと云う叔父だそうだ」


そこで、急にボレブが押し黙る。


Kは、丸でもう全てが解っているかの様に。


「“ボテブ”? “アルフレッド”? どっちが本当の名前だ? ボテブさんよ、御宅は昨日にキリマージュって宿屋の地下から出て来ただろう? その独特のタバコの臭いは、ハーブを一緒に巻いた葉巻だ。 一本で数百シフォンもする、“金のタバコ”って云われる銘柄を、高が一介の役人が買える訳が無い。 何故、昨日の夜に女を買った・・同じ姿・・・同じタバコの臭いをする人物が、目の前に居るんだろうなぁ」


「ん・何を云ってるんだ・・キサマ」


ボテブの声が、奇妙に沈んだ。


「アンタ、もう知ってるんだろう? キリマージュの地下が摘発を受け、湖の湖畔にも在る別荘の地下も捜索を受けた。 悪党組織の勢力下で運営されてた汚い業者は、もう死んだ」


そこで、Kの居ると思われる所に、ボテブが踏み込んだ。 ポケットに手を入れた・・直後にである。


「あ゛」


短い声は、ボテブのものだった。


「ボテブさんよ、殺し屋を殺してきた俺を、そんな暗器(隠し武器)で殺せると思ってるのか?」


闇から聞えるKの声。 完全に、片刃の凶器を握るボテブの手は、Kによって掴み取られていた。


そして、一瞬、闇が蠢いた。


「ぐっ・・ぶぅぅぅぅ」


地面に崩され、背中と首を地面に押し付けられて、声帯も胸骨もキメられたボテブ。 そんな彼に、上からKの声が・・。


「昨日、仮面を着けた俺と擦れ違ったのが、まさかマスターの旧知とは恐れ入った。 俺もあの大臣が惨殺された事件を嗅ぎ回る時、何で警察役人がこんな事もしらべてないのかと思うフシが在った。 まさか、オブシュマプの手が役人の内部に入り込んでたとは・・ね」


「う゛っ・もぶぐっ」


闇の中でもがくボテブ。


その耳に、Kが響く。


「あの屋台屋の元締めが云ってやがった。 息子には、誰か唆す大きな存在が在ったと・・。 あの息子の汚い遣り方で、役人が取り締まらない訳が無い。 見逃す誰か・・、が居なけれな。 昨日の夜、サクローヌの姉を助けて解った。 御宅、幼い頃からあの姉のマリンダって娘に眼を付けてたろう? だが親戚だから、おおぴらに我が物と出来ない。 だから・・、あんな遣り方であの姉を支配したってか?」


Kの言葉が流れる中で、もがき憤るボテブの眼。 その瞳が白日の下で人の眼に晒されたなら、何と恐ろしい光を湛えた残虐性の強い眼だと思うだろうか。 闇の中で、光を宿さずにもギラギラと光り、野獣の様な凶暴性を秘めた目がむかれていた。


その抗う気持ちがまともな声に成らない中で、Kは決断を下した。


そして、直後の真夜中ごろ。


Kは、全てに決着をつけるべく、斡旋所の主を地下に呼んだ。 本当は主しか入ってはいけない場所なのだが。 事態はもうその重要さに重きをおいて、敢て忍び込んだのである。 ボテブの遺体を地下に置いたKは、主を呼びに向った。


そして・・。


「パ・・・パーフェクっ!!!!!」


石積みの地下牢の様な場所で、その冷たい石の床に転がるボテブの死体を見て大声を上げた主だ。


Kは、そのボテブの傍らに屈み、冷たくなっている彼に手を出すと。


「マスター。 辛いだろうが、コレがあの昔の真実だ。 二度と無いだろうが、見ておいてくれ」


と、上半身が裸と成っているボテブの背中を見せる。


「あ・あああ・・・」


さっきまで会っていた友人が、死体と成っている。 そんな事実は、考えたくも無い。 泣き崩れたい心境のままに、老いた主が眼にしたものは・・・。


「はっ・・。 ここ・・コレは?」


ボテブの背中には、痣のような赤い色で大きな金貨が描かれていた。 蛇に巻き付かれた金貨で、その周辺には苦悩に悶える亡霊が多数。


「ぱ・・ぱー・・ふぇくと、これっ・・ここ・・これは?」


事情を読めない主だが。


その刺青を見るKは、淡々とした口調で。


「この刺青は、背中の表面より少し下まで針を入れる遣り方だ。 しかも、一生消えない様に、毒物の染料を使って施す闇に消えた技法よ。 興奮したり、酒を飲んだりすると浮かび上がる。 普段の冷静な時には見えない刺青で、悪党達が大昔に仲間としての結束を持たす意味で生み出された技法なんだがな・・。 問題なのは、この絵柄だ」


涙が止まり鼻水が垂れる中で、ボテブの傍らに跪く主は。


「金貨・・蛇・・・これも、おっ・オブシュマプの?」


「そうだ。 しかも、各方面の各国に潜伏する、組織の中の諜報組織の長が着けられる幹部の証だ」


「なっ・、何だってぇっ?!!」


「この亡霊は、その証なんだ。 前にその長を俺が殺した時、間近に組織の王を取り巻く枢機卿と会った。 悪霊、暗黒剣士、翼を持つ大蛇、呪われた竜王、毒を撒く黒き天馬、見る者を全て石化する亀、死神、そして・・魔王。 この八つを背中に背負うのは、組織の王に忠誠を誓った者で、姿無き支配者としてコンダクターおも跪かせる。 血筋や金で成れる訳じゃない。 貢献度と、その冷血さで成れるとか」


「う・うそ・・じゃろ? ボテブが・・ボテブがそんな・・」


「俺も驚きだ。 だが、ロドリナスがマスターに入る全ての情報を塞げたのは、コイツが居たからだ。 引っ掛かってたんだ、マスターは役人とも繋がりが在るのに。 役人から何の情報も入らなかったのか・・。 コイツの背中を見て、確信出来た」


「お前・・何でボテブが・・・この刺青を?」


「マスターには悪いが・・。 昨日、女達を助ける為に俺が地下に踏み込む直前、一人の帰る客と擦れ違った。 まさか、マスターの前で再会するとは思わなかった」


「ボテブとかっ?」


「あぁ。 このタバコの臭いも同じ、目付きも同じだった。 地下で契約書を書かされた時、来た客の名簿が開かれていてな。 貴族でもない、商人でも無い、何の記入も無い“アルフレッド・ガーシー”と云う名前が在った。 俺に姉の捜索を依頼した娘の叔父ってのが、その名前だった。 まさかとは思ったが・・、姉を見つけて驚いた」


「その娘を、このボテブが脅し崩したと云うのか?」


「そうなんだが・・、定期的に抱きに来てたらしい。 その姉の身体や、その話を聞くに・・な。 この男は、ある意味で偏愛的な気持ちを、その姉に抱いていたと思える」


「では、端ッからその目的で?」


「ん。 殴ったり蹴ったりして、暴力で女に痣を作る男は多い。 が、揉み弄る過程で痣を産むなんて、尋常な気持ちと力の込め方じゃないな。 マスターよ、この男は、結婚は? もういい歳だろう?」


「いやぁ、家族は居無いらしいが・・」


遺体のボテブを見下ろすKは、この男の過去を察して。


「コイツ、産まれてから育つ過程で、何らかの強烈な負い目か・・・不和に晒されてきたんじゃないか? その意識の闇が強烈で、こんなにも長い間に組織の高官をしながら役人なんて真逆を出来たんじゃないか? ま、組織の公安みたいな諜報員だから、使えないヤツや組織に仇を為す悪党は捕まえて、テメェの仕事の糧にしてたんだろうが・・」


石の床にへたり込む主。 高齢の身体に、この冷たさは障るだろうに・・。


「パーフェクト・・、ワシしゃ・・どうしたらいいか」


「・・そうだな。 この手の事は、始末を出来るヤツに任した方がイイ。 明日にでも、王室付き参謀部参謀室長のアンサムスに連絡した方がいいな。 コイツの死で、組織も幾らかは調べに動くはず。 マスターがこの遺体を突き出したとしたら、アンタに無用な類が及ぶだろう。 俺の名前を出して、密かに連絡を取りな。 向うは、もう捜査の方針を固めてるから、それとなく遺体を始末してくれるだろうさ」


「そ・・そうか」


Kは、何度も主に辛い目をさせたと思い。


「悪いな、マスター。 ろくな事もしないで、辛い目に遭わせてよ」


「・・・いやぁ、全て手に掛けて、汚れを拭いたのはお前さんだ。 こっちこそ・・、何にもしてやれずに・・うん」


主の声が、涙声になりそうである。


「じゃ、俺は痕跡を残さない意味でも、消えるぞ。 恐らく、察しのいいヤツが向こう側に居るからな。 俺の存在が臭えば、変な手出しはしないだろう」


“グズッ”と鼻水を啜る主だが。


「お前・・、其処まで深く対立してたのか?」


「まぁ、な。 組織の王の娘を、チョイトして。 挙句に、進行してた悪事を幾つも潰したからよ。 最初は、暗殺者も贈られたさ」


「お前・・・そんな貰い物みたいに・・・」


「いやぁ、その相手を斬って、その技術を盗んだんだからなぁ。 危険な・・が、頭に付くが。 俺には贈り物みたなものさ」


「・・フッ、バケモノめ」


「じゃ、俺の事は・・」


「あぁ、解ってる。 ワシも、これでも家庭が在る身じゃ」


「ん」


Kは、そのままこの街を出た。


次の日に、主は王国政府のアンサムスと連絡を取り、手に負えぬ男二人を預けた。 死体を見て、生かされた男を見て、アンサムスは口数少なに事後処理を引き受ける。


サクローヌが、もう壊れる寸前の姉と出会えたのは、Kも知らない。 だが、妹の無事を確かめた姉の眼はまだ生きていて、人生を歩む力を取り戻す事を後で知る事と成る。


Kの読み以前に、悪党組織の対立構造が浮かび上がりそうな、悪党の集団同士の抗争が起こるのだが。 これは、人の居無い場所で起こった事で、この事件と繋げて考える役人は一人も居なかった。



・・・闇の出来事は、語られずに封印される。

どうも、騎龍です^^


今回の作品は、3万字ぐらいの読みきりにしようと思っていましたが。 5万字越えしてっしまい、分割して掲載しました。


次話は、セイル編か、ポリア編が、番外編のどれかからお送りします^^


ご愛読、有難うございます^人^

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