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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
194/222

★番外編・特別話・十一★

                      K特別編


                ただ在るがままに、過去を生産する時が来て




                     ≪最後に見えた真実≫




「・・・」


薄暗い部屋。 いや、納屋に近い小屋の中だ。 横に成るKは、全ての始末を終えたのだが、一抹の未消化を残した様な気分だった。


(俺の解る範囲は、もう終わってる。 だから、もういいのだろうな。 ・・・だが、この消化不良でなんか残る様な雰囲気は何だろうか・・)


Kは、その答えを記憶に求めた。 その答えは、然程の時間を要さずに導き出された。


だが一方、それは手を付けられるものでも無いと判断する。


Kが此処に残っているのは、別の目的・・。 いや、自分を必用としている者が居るからだ。


そして・・。 朝も陽が斜めに見上げられるほどになった頃である。 入り口のドアを外からノックし、あの少女が中に入って来た。 焼き上がったばかりのパンと、搾り立てのミルクの入った瓶をバスケットに入れて。 


「あの・・、食事です」


サクローヌと呼ばれていた少女だ。 黒髪は、闇では漆黒に、陽が当れば鮮やかな赤みを見せる。 碧眼の瞳は澄んでいて、鼻筋も良く、もう少し大きくなればさぞや美人に成るだろう。


彼女の訪れを片目に入れながら、Kは直に。


「ん、済まない。 処で俺は、此処で為す用を済ませた。 君が用無ければ、今日には消えるぞ」


すると・・。


少女は、Kの寝ているベットの袂まで来た。 そして、白いワンピースの服の脇を握りながら。


「あの・・あのね。 人を・・探して欲しいの。 お・お金は無いから、コレで・・」


と、脇を見る。


薄目を開けたKの視界の中で、大人物のイヤリングが光って見えた。


「それ、君のじゃないのだろう?」


「・・うん。 お母さんの」


「オヤジの娘か?」


「ううん。 私、この家の子じゃないの。 でも、お祖父ちゃんが引き取ってくれたの」


「探すのは、母親か?」


「ううん。 お姉ちゃん。 一緒に、1月前にこの街に来たの・・。 でも、私を店に残して消えたの」


「・・・」


黙ったKで。


「・・ダメですか?」


弱弱しく、ダメで元だという様な雰囲気の少女。


だが。


「・・、いや。 引き受けた」


Kは云った。


「あ・ありがとう」


少女の声に、明らかな元気が戻った。


「いいさ。 それより、姉さんの名前と、祖父さんを呼んでくれ」


「うん」


・・・。


Kは、何故に引き受けたのかは解らない。 だが、屋台屋の元締めを呼び出したのは、確信的だった。


「呼んだか?」


ボロ小屋の中に元締めが入ると、寝ていたKは起きていて。


「余計な話は寸部も要らん。 あの娘の姉は、どうして消えたか言いな。 始末は、俺が引き受ける」


いきなりの話で、言葉を詰らせた初老の元締め。 だが、時間がそれほどに無い事は、元締めは知っていた。 Kが始末を付けた以上、此処に長居する訳には行かない。 それでも、この包帯男は少女の頼みを聞いたのである。


元締めは、諦めたかの様に机の脇に座った。


「ケイ。 俺の息子・・覚えているよな?」


「あぁ。 アンタに雇われて、俺が斬ったんだからな。 父親の威光を傘にして、勝手に女売りや薬売りして何人もの人間を殺した」


「・・・そうだ。 だが、息子の存在は消えたが、その商売を横取りして続けているヤツが居る。 オブシュマプに関わりが有る悪党の域に逃れて、だ。 ・・・商業区の北東に有る高級宿の地下が、その場所だ。 最近出来た宿屋では、最も豪華で名前も売れている宿屋で、その敷地内に様々な施設を持って客を集めている。 だが、その地下では、借金塗れの地方娘を集め、貴族やら悪党に抱かせて金を得ている。 サクローヌの姉は、俺の店先で妹を残して攫われた。 手出しが出来ネェ範囲に連れて行かれたから・・」


「あの娘を養ってるのは、罪滅ぼしか?」


「・・・半分は、な。 ま、息子を育て間違った俺だが、罪滅ぼしをする余裕ぐらいは有る。 だから、せめても・・」


「あの組織が絡むんだ、借金の傘着せも組織ぐるみなんじゃないのか?」


「いや・・、解らない。 ただ、サクローヌの姉は、悪い叔父の所為らしい。 母親が病気で働けない所で、父親に儲け話を持って来たのもその叔父らしいし。 また、父親が借金で首吊った後、母親も死んで姉妹だけと成ったあの二人を、だ。 土地と家を売り払わせてこっちに呼んだのも叔父ならしい。 恐らく、姉を売ったのもその叔父だろう。 姉のマリンダは、妹のサクローヌに貴金属を持たせて逃がした様だ。 あの娘の持ち物には見合わない、金の指輪と腕輪が有る。 純金で、売ればそれなりの値段になりそうだ。 引き取った俺にくれると云ったが、俺も女房もとても受け取れなかった」


大まかの事情を把握したKで。


「・・・一人助けただけじゃ意味ないな。 其処を、潰すしかない」


すると、元締めは。


「女の働き口ぐらいなら、幾つでも探してやれる。 貴族のメイドとか、働き手を捜す店も多いからな。 だが、脅される火の粉は、私では払えない」


「解ってる。 その方面は、俺に任せろ」


「斬るだけじゃ・・」


「いや。 国に任せる。 その手のスペシャリストを知ってるからな」


「・・そうか。 そうゆう方面から、仕事を貰ってたんだものな」


「あぁ・・。 処で、そのサクローヌの叔父ってのは、田舎に居るのか?」


「え? あ・・、いや。 話では、この王都に住んでいるらしい。 名前は・・・確か・・・」





                    ★★★




フラストマド大王国・王室付き政務参謀室の室長に成っていたアンサムス伯爵が、早朝の会議を終えて部屋に戻った。 少し眺めの髪を、後ろに撫で付けた紳士風の小柄な中年男性である。


「アンサムス様、お帰りなさいませ」


秘書兼メイドの凛々しきドレス姿の女性が、恭しく執務室待合兼受付の場で出迎えてくれた。 長く美しい艶の金髪を、一部後頭部に纏め結い、残りを動かないように赤いリボンで端を結んでいる。 純白のキチっとしたドレス風の正装をしていた。 肌理の細やかな白い肌、大人びた肉体のライン、貴族の女性でも中々の清楚感が見える知的美女である。


「リリーナ、今日も綺麗だね。 最近は、会議も物騒で必要な物が多いから、眠いからと云って休む訳にも行かないよ」


「お疲れ様です」


自分の姪に当る若き才女のリリーナを傍に置いて、政府高官としてそつなく働くアンサムス。 リオン王子の片腕的存在の一人ながら、その暗部は国王の直下命令で諜報部を下部組織に引く真の公安捜査を司っている。


そして・・。


白いドアを開き、執務室に入ったアンサムス。 自分のデスクと、5・6人でも会話が出来る応接場を中央に置く広い部屋にて。 一瞬だけ、ハッとしたのだが直に普段の様子に戻りながら。


「リリーナ、今日は他に会議が有ったかな?」


「いえ。 ですが、書き上げて欲しい書類が、2・・3・・5、6つほど」


細面で、実にスマートな容姿のアンサムスは、苦笑いに顔を変えて。


「おやおや、親戚を秘書にするものではないね。 コキ遣われる」


「小父・・んんっ」


普段の言い合いになりそうなのを、咳払いで一蹴するリリーナで。


「リオン王子様からの書簡などは急いで御眼を通しますのに、他の事は遅々としておあしますから。 アンサムス様、呪うなら御自分を」


言い返されて困るしかないアンサムス。


「はいはい、甘い紅茶の用意をしておくれ」


「はいはい、畏まりました」


姪を部屋から出て行くのを見送るアンサムス。 ドアを閉める前までは、笑みを絶やさない穏やかな人物を見せていた。


が。


部屋が密室に成った瞬間、その顔がスッと無表情に変わり。


「誰だ。 この部屋に侵入する以上、狙いは私かね?」


と、部屋の一番手前。 デスク近くの窓に脇目の視線を投げかける。 3重にかけられる長いカーテンを、リリーナが朝に開けて片側に纏めて有る。 だが、その纏めが今は解れ、具足らしき足が見えている。


何の返答も来ないので、アンサムスは腰のレイピアに手を掛けながら振り返り。


「答えよ」


すると。


「美人を侍らして、随分なご身分だな。 ま、“狙い”が御宅なだけは当ってらぁ」


そのカーテンの纏まりから、真っ黒いコートを羽織る黒尽くめの男が出て来た。 アンサムスが驚くのは、顔に包帯を巻く異様さが在るからだろう。


だが・・。


「・・、あっ。 まさか・・あの時の剣士か?」


Kは、苦い笑みを浮かべ。


「何処の国に行っても、人に凶行を頼むお偉方はそうだ」


「パーフェクト・・、何ゆえに此処へ来た? 君に、仕事を頼んだ覚えは無いぞ」


「いや、“頼みに来た”、のは俺の方だ。 参謀部の長として、王都の闇を浄化し回ってるらしいじゃないか。 その力を、有る場所にも向けて欲しい」


Kの話を聞いたアンサムスは、首を傾げた。


「君が・・・悪事を売りに来たのか? 何のために? 狙いは何だね?」


Kは、過去の自分の存在を今に引き摺るアンサムスを見て、佇むままに。


「狙いなど無い。 それに、俺はもうパーフェクトを捨てた。 仕事も、悪行も、な。 だが、俺が払える闇と、お前達の様な政府が払うべき闇が有る。 その仕事をしてくれと云うだけだ」


「・・・」


口を軽く空けたアンサムスは、自分の記憶に有るKとは明らかに食い違うKを目の前にして。


「本当に・・・君はパーフェクトか?」


すると、Kはニヤッとして。


「さぁて、な。 それより、宿屋で“キリマージュ”って知ってるか?」


「あ・・・あぁ。 豪商が営む大型の高級宿だろう? 2階に・・確か大型カジノも在るし、一階は数店舗の飲食店が入って賑わってる・・場所であろう?」


「そうだ。 だが、その地下が女を売る春婦宿に成ってるらしい。 しかも、薬漬けや、脅し崩しも居るってさ」


アンサムスはその薄汚い行為を聞いて、顔に苛立ちを浮かべる。 “脅し崩し”とは、最も汚い遣り方を短く纏めたものだ。 脅しで誘拐し、性的な乱暴を繰り返して精神を崩壊させて言い成りにするのだから・・。


「そんな噂・・聞いた事が無いが?」


「そりぁ~そうだ。 オブシュマプ系列の悪党絡みだし、情報の隠蔽は徹底的に裏側の誰かが行うさ」


「・・何でそんな事を知ってるんだ?」


「もう結構前の話だが・・、悪道に走り過ぎた息子を憂いで、俺に始末を頼んで来た父親が居た。 用事が有って今回はこの街に来たんだが、またその父親に会った。 何でもその息子の遣ってた悪事を盗み取って、悪党組織の管轄下に逃げたゴミが居るらしい。 地方で借金塗れにした娘や女を集め、監獄形式で客取りさせてる。 その中に閉じ込められた姉さんを、妹の娘から探して欲しいと頼まれた。 過去の遺物だ、俺が斬り始末を付けるから、その傷口を治して欲しい。 俺が暴きまでしては、事が大事に成る。 現場をそっちが押さえて、事件として収集してくれりゃ助かる女達も後に安心だろう?」


アンサムスは、この目の前に居る人物が“P”なのか判断を迷う。 彼が知る“P”なら、そんな少女の頼みなど聞かない。 いや、その少女がいい歳なら、強引に我が物として。 一応は・・と、その姉が囚われている場所の悪党を皆殺しにして、ただ事を大きくして消えるだけだろう。 なのに、政府にその後処理を頼みに来るなどとは・・。


「ま・・まさか、その少女を毒牙に掛けたのか?」


脅える様に聞いたアンサムス。 過去の脅威を吐露するなら、リリーナが狙われて隠すのに苦労したアンサムスである。


云われたKは、苦笑いの一端を口の隅を歪ませて見せて。


「おいおい、10歳を過ぎたばかりの子供だぞ?」


と、云うも。 また腕組みしながら真顔に戻り。


「ま、俺のあの頃を知るアンタじゃ、その心配も有るか」


とも。


其処へ。


「アンサムス様、入りますよ」


リリーナの声がする。


アンサムスは、急に慌てて。


「リリーナ、もう一つ用事がっ」


この時、Kはデスク間近で紙に何かを走り書きをしてアンサムスに見せる。


「あのだな・・何か食べる物も・・」


と、Kを見ながら云うアンサムスは、“解った”と頷くのみ。


それを見届けたKは、何も云わずに窓に向かって外へ消える。


窓から飛び降りるKを見て、焦ったアンサムスは空回りした気がした。


(本当に・・変わったみたいだな)


女性の声を聞けば、その容姿が見たくてニヤニヤしていた過去の“P”。 それが、何の気も見せずにリリーナを見ずに消えた。


其処で、ガチャっと扉が開き。


「んっ、もう。 今日の小父様は変ですわっ。 お食事ですか? 軽食ですか?」


プリプリして支給用の食台を運んで来たリリーナ。


彼女の声を聞きながら、Kの書いた走り書きを見るアンサムスであり。


「あはは、忙しい身でねぇ。 頼みもまともに考え付かんよ。 リリーナ、君も手伝わないかね?」


お湯で紅茶を煮出すリリーナは、もう呆れた様子も窺わせながら。


「全く、小父様の軽い口調は、もう呆れて物が言えません」


「ははは」


笑うアンサムスだが・・。


“今夜、支配してる一部だけを斬る。 繋ぎとなる誰かを、宿の近くによこしてくれ。 掴まってる女の数は20を超えるみたいだ。 助ける用意は、其方に任せる”


と、書いて在った。





                       ★★★






大型宿屋“キリマージュ”は、新しい店として穴場的な高級宿である。 落ち着いた高級感溢れるエントランスの奥には、厳選された料理人が提供する8つのレストランが在り。 また、2階には広いカジノと、支配人が選りすぐった吟遊詩人や楽団や旅芸人が催す演芸場が有る。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


と、軽やかな声を発する受付も、実に躾の行き届いた使用人のみで。 また、荷物運びを日雇いに任せる様な事もしない。


そんな宿屋だ。 当然、客も選ばれる。 金は勿論、冒険者でも有名なチームでもないと泊まれないだろう。 貴族、商人、著名人、国の中流以上の役職に就く者など。 宿に箔を着ける者か・・。 誰かと問われて応えても、その名前や肩書きに見劣りの無い人物が泊まれるらしい。


さて、宿屋街の一等地である区域ギリギリから、広大な土地の中にその四角い居城の様な宿は鎮座する。 広大な敷地を見てみると、長期滞在も可能な別棟の離れも在れば、温水の大浴場、大きな図書館などなど設備が充実している。 豪商アトミックと云う人物が力を貸した宿らしく、高名な建築家の立てた建物で。 その宿屋の内部や、離れの美術館に展示されている絵も相当に有名な画家の物だけを選んで飾って有るらしい。


こんなテーマパークの様な宿屋だが、不思議なほどに貴族の会員が増えているらしい。 年間の部屋借り金を払う事で、何時でも泊まれて施設を利用出来るのだが・・。


同日の昼下がり。


曇りが強くなる空模様の中、その宿の正面入り口を見る女性が居る。 黒いラバーの上着で、首周りの襟が外に向かってやや高く広がり。 白いマントを纏っているが、鋭い視線を宿に向けながら、通りを鋏んだ向かいの安い駆け込み宿の3階に佇むのだ。 天然のウェーブが掛かる髪を程なく長くして、色黒と云うより黒褐色の肌をし、きつく結ばれた唇にやや痩せた感じの引き締まった顔つきは、鍛え抜かれた冒険者の様な印象を受けるのだが・・・。


そんな彼女が、カーテンを引いて窓を開けたままに、夕方近くまでこの高級宿を見張っていると・・。 急に、部屋をノックする者が居て。


「お客さん、知り合いって人がお迎えに来たよ。 宿の前に、馬車が来てる」


彼女は驚き。


(馬車? 待てとだけ聞かされて来たけれど・・)


ベランダなどない落下防止の低い鉄格子だけが在る窓の外。 パッと身を乗り出して下を見れば、宿の目の前に馬車が止まっていた。 彼女が隠れているのは、格安の宿で見張りにはもってこいの場所なのだが・・。


1階に降りた彼女。 馬車に近付くと、黒い車体をした貴族愛用の馬車のドアが開き。


「アンサムスの手の者か? 乗れ」


と、薄暗く見えぬ馬車の中から声だけがする。


彼女は、直には動かなかったが。 当りを見てからそっと車内へ入った。


諜報部アンサムスの配下で、秘密調査員であるラティハ。 彼女は、17・8と言う若き頃から諜報部の下部組織に入っていて、今までにこなしてきたその任務は多岐に亘る。 容姿も悪くは無い彼女であるから、情報を得る為には女の武器でも有る身体を使う事も辞さず。 また、拷問に耐えうる訓練も受けている。 裸に成った彼女の身体に残る傷は、一つ一つに情報との交換で生み出されたものであり。 魔法で傷口を幾度も塞いで来た過去の事は、極一部の者のみが知る。


車内に入ったラティハは、向かい合う席に座って足を組んでいるKを見て。


「アンサムス様の云っていたのは、貴方?」


顔に包帯ではなく、仮装用の仮面をつけているKで。


「あぁ。 これから、その場所に案内してやるよ。 俺が事を起こすのは、真夜中頃だからな。 アンタは、アンサムスに見た様子と場所を教えてやりゃいい」


顔の見えないKに、用心を心得るラティハで。


「・・もう場所を特定しているの? 貴方は、見たの?」


「見ちゃいないさ。 でも、建物の基礎を見回せば、地下が有る事ぐらいは容易に察しがつく。 排気と空気穴は必用だし、地下を作るなら、地面に作る基礎の部分が変わってくる。 この建物だと、西側の一部分が、そのつなぎ目に成ってる。 ま、百聞はなんとやら。 宿に行けば解るさ」


その自信に満ちた物言いに、少しだけ困惑の表情を浮かべたラティハで。


「我々だけで、行くの?」


「そうだ。 俺は、侯爵家ウィローの親戚と成っている。 ウィローのジサマとは、古い腐れ縁でね。 こんな宿屋は大嫌いらしいが、捜査の協力なら馬車と名義貸しぐらいは厭わないと、さ」


「う・ウィロー侯爵閣下?」


ラティハの記憶が正しいなら、一個大体の大軍を5つ統べる騎馬隊の大将軍がそのウィロー侯爵である。 大柄な偉丈夫で、ランスの名人だったとか。 突撃騎馬隊の名門家で、クランベルナード国王からモンスターの大討伐成功で勲章も受けているはずである。


「御主、一介の冒険者だと聞いている。 何故、アンサムス様やウィロー侯爵閣下と知り合いなのだ?」


すると、口元だけ笑み。 Kは外を見て。


「その他にも有名なのは、ポリアだろう? あのバカ、瞬く間に有名に成りやがったがな」


「ポリア・・。 セラフィミシュロード様のご長女・・」


「ま、長く冒険者なんかやってると、妙な人脈が出来上がるのさ。 それより、宿に宿泊する際は、一応俺達は兄妹と云う事だから。 ヨロシクな」


Kと云う存在を把握しきれないままに、ラティハは馬車に揺られて目の前の宿に乗りつけた。 馬車専用の宿屋内通路を行き、内部の専用厩舎に停まる。 高級な宿屋では、御者専用の宿も設備されている。 貴族の御者は、海を渡って来るなどしない限り、お抱えの者も少なくないからだ。


ウィロー侯爵から借りた紋章入りのピアリッジコートを羽織るKで。


「いらっしゃいませ」


馬車で乗り付けた客専用の接客係に迎えられると。


「あぁ、ご苦労さん。 小父貴から連絡が入ってると思うが、ケイ・ウィローだ。 後ろは、妹のラティハ。 数日、宿泊したいんだが?」


すると、40絡みの長身な接客係がやや大形に。


「これはこれは、ウィロー侯爵閣下のご親戚で御座いますね? はい、お話は承っております」


荷物を少ないバックに詰めておいたKは、


「荷物の運び込みは要らない。 ただ、御者の世話も頼む」


「はい、心得ております」


接客係は、Kとラティハを中に案内する前に。


「御者様。 倉庫の番人にお話下されば、馬の世話に必要な一切が揃っております。 お泊りは、あの倉庫脇の別棟の宿泊施設をお使い下さい。 お食事は、お外を願いますが。 依頼が有れば、施設付きのメイドがご用意します」


と、説明を入れる。


その間。


ラティハにKは耳打ちし。


(視線の動きに気を付けろ。 この接客といい、隙が無さ過ぎる)


頷くだけに留めたラティハ。 自分に後ろを見せているのに、丸で後頭部に眼が有る様な隙の無さの接客係である。


さて。


受付に案内されたKとラティハ。 宿帳の記入や、侯爵の証として知って置かなければ成らない作法や、貴族の古代文字暗証語をスラスラと書くK。


(何て淀みの無い・・綺麗な文字・・。 この男では、筆跡の確認は出来ないわ)


ラティハの驚くのは、内心だけだ。 だが、その衝撃は大きい。 古代文字や、今の言語は非情に書き手の癖が出る。 勉学に打ち込んで来た者でも、その文字の書き方や大きさは千差万別なのだ。 だが、Kの文字は美しく。 丸で手本書に書かれた自動魔法書記の文字と変わらない。 達筆なのと、正確なのは一線を違える。 犯人を追い詰める決め手が、もし筆跡に頼るしかないとしたら・・。 綺麗で癖の無い正確な文字は、本や書き写しのラベルなどに溢れている。 彼と云う確実な決め手に成らないのだ。


Kが記入を終えた後、二人は7階の最上階で、窓側の一室に案内された。 最上の高級室である。


Kは、部屋に入ってから、案内まで一貫した接客係に耳打ちする。


(なぁ、地下の女は、どうやったら抱ける?)


ギョッとした接客係を見て、Kは。


「ラティハ、ちょっと話をしてくる。 何か飲んでろよ」


と、廊下に出るチャンスを作ってやる。


接客係は、Kを廊下の曲がりに置かれた喫煙・社交の場としての休憩場に連れて来て。


「お客様・・仰っている意味が良く解りませんが」


と、やや口が歪んだ対応をするのだが。


逆に、冷ややかに夕方の外を見れる縦長の窓を見たKで。


「誰とは云わないが、ハゲで・・チビで・・スキモノのオッサンから、此処で憂さを晴らしてるって聞いたんだ。 薬漬けで、随分と自由に抱けるらしいじゃないか。 ま、金は有るんだ。 今夜にでも、世話をしてくれないか?」


何でも知っていると言いたげな様子を窺わせるKは、これまたすんなりと金貨5枚を接客係に渡す。


(げぇっ、きっ・きき金貨が・・5枚もっ?!!)


この更なる追い討ちを見せたKは、、相手の耳にこう耳打ちする。


(これは、“面倒代”として御宅にやる。 オンナの代金とは、別個だ。 なぁ、口添え頼むよ)


騙すには高過ぎる金である。 一枚で500シフォンはする微変動相場の金貨。 金の産出国でもある東の大陸の或る国の金貨は、純度が高く金貨でも一・二の信用が有る。 それを5枚も・・。


「あ・・、これは失礼を致しました。 では、その事について・・支配人からお話を受けて下さい。 いまから・・下に」


この男の後を付いて行くと、一階の人気の無い廊下を通って応接室に通され。 程なくして先程に受け付けに立っていたのとは別の、見た事がまだない正装をしてチョビ髭に7・3分の髪型をした支配人と面会する事に。


「あ~~お客様、女性とお楽しみになりたい・・との事で?」


ややクネクネした中年の支配人は、宿の働き手としては雰囲気の違う者だった。


「ヨロシク頼みたい」


と、Kが云うと。


「いえ・・、私共が用意するサービスは、完全なる会員制の、会員様からの紹介のみの新規と成っております。 その・・・、貴方にお教えになった方のお名前を、・・お伺いしたいのですが」


語尾に奇妙な跳ね上がりのアクセントを持つその支配人。


だが、Kは。


「俺もそれは口に出来ない。 それとも、俺にはサービス出来ないってのなら、俺は出る所に出るゼ。 役人や大臣に知り合いは多いんだ。 俺にこの事を教えたオッサンは、今は身近に居無い。 紹介出来そうなヤツが暇人貴族辺りにゴロゴロしてるらしいから、大っぴらにして解るヤツに紹介・・」


と、さも豪胆に大声で言う。


周りに聞かれたらとオドオドした支配人は、此処で。


「お待ちくださぁぁぁぁ~~~~~~~いっ」


と、Kを制した後。 廊下に出て人の行き来を確認すると。


「お解りしました。 では、会員様に成って頂き、女性を紹介致します。 全ては、別の者が担当いたしますので、夜半過ぎに御呼びに参ります。 一緒にご宿泊と云う妹様には、その・・くれぐれも悟られない様に・・」


「あぁ、解ってるさ。 腹違いの妹でも、色気に負けて喰う訳には行かないんだ。 向うは、兄の俺にやや無防備で困る」


Kの実しやかな言い訳に。


「あぁ・・・、それはそれは。 ・・・では、私はこれで」


支配人と別れたKは、また接客係の男に案内されて上へと戻る。 部屋前で別れた接客係を見送るKは、直に部屋に戻った。


「話は付いたの?」


ラティハの一言に、話を迅速にしたいKは。


「いいか。 この宿屋に金を出した豪商は、その一件に関わり無い様だ。 地下で行われてる事だけを迅速に摘発する。 俺が案内されるのは夜だろうから、散歩がてらに建物の内部を良く把握してくれ。 俺を、夜の闇に乗じてアンタが尾行する形に成るだろうから」


すると、ラティハから。


「それは構わないわ。 だけど・・、アンサムス様から提案が有る」


Kは、その意味は直に察しがついた。


「ん? 組織の犯人を生かせってか? 他の情報を得る為に」


ハッと驚くラティハだ。 丸で心を読まれているかの様なタイミングである。


Kは水差しに向かいながら。


「奴等は、捕まってからは自殺しか望まない。 口も利かないし、拷問も無意味だ。 しかも、政府が自分達の摘発をしようとしていると向うが感じたら、暗殺の手が王家を含めて方々に向くぞ。 悪党組織の恐ろしさを、甘く考えるなよ」


Kの背中を見るラティハは、自分が敵対する悪党組織に抱くジレンマをサラリと云われて苛立ちが生まれた。


「随分と相手を知ってるのね」


「アンタのボスを含め、各国で公安・治安を司るバカから暗躍の仕事を請けると・・だ。 3つに一つ、どれかの悪党組織が絡んでた。 オブシュマプ・・ヒュノプオキスの二大組織とは、幾度かドンパチ遣った方でね。 向うに面を覚えられない為に、何人斬ったか数えられん。 だが、奴等はモンスター以上にしぶとい組織力で生き残ってきた。 幾らフラストマド大王国とは云え、ヤツラをマジで摘発しようとしたら・・・犠牲も多数は払う必要が出て来る。 それに・・だ」


ラティハの方に振り向いたK。


「何よ」


経験からも上に立たれて、構えてるラティハであるが。


だが、Kは何処か虚しそうに。


「この摘発は、主体が悪党組織じゃなくて女を助ける方だ。 もし・・、女の顔を覚えてる輩を生かして、脱獄でもされて逃したら、助けた女に事後も恐怖が残るだろう? 家族の下に戻っても、また脅されたりして逆戻りは最悪だ。 悪党組織を野放しにしたくないそっちの思惑は当然だろうが・・、それに無用の犠牲を付ける必用は無いだろう? 例え、御宅が過去にその手合いの悪事に利用されていた身だったとしても、一存で勝手にやっていい訳が無いはずだゼ?」


Kに云われて、言い返せずに俯くラティハ。 水を飲むKは、窓の外の夕暮れを見ては、何処か力ない声で。


「自分だけでいいなら、・・な。 犠牲も構わんかも知れない。 だが、親や兄弟や親類が犠牲に成ったら、その本人は・・自分なんか助からなくて良かったと思うかも知れない。 悲しみの連鎖は、自分の想いとは別に負わされるのこそゴメンさ。 俺が悪党を斬るのは、その干渉に成る為よ。 女を、事後発覚として事件を政府が調べれば、悪党組織も存在の抹消に奔走して成りを顰めるに終始する。 牙を向く無理は、するだけ無駄だからな。 自分から自分達の正体を明かすバカな真似はしない。 助かった女達も、必要の無い恐怖を残さずに・・・済む」


何処か悔しそうに、口の端を噛むラティハで。


「では・・我々は、何の捜査もせずに組織を見逃せと云うの?」


「そうでもない。 地下の建設は、前もってこの悪事の為にと進められたとしたら。 建築家・・地下の建造を頼んだ者から調べられるだろう。 大体、女達をこの街に連れて来た奴は? 借金塗れにしてまで、売るバカも居て、買うバカも居た。 俺は、地下の施設を牛耳る一部を斬るだけだ。 あの接客係とか、支配人とか、攻め込む口は近くに一杯有る。 現場に残された証拠から、事後処理として事件を追えと云っているんだ。 王国政府から、組織に仕掛けた様な素振りをするなと云ってるだけだ」


「・・それで事が成るか?」


「十分だと思うゼ。 俺が一番の危惧するのは、こうゆう施設の頭を張るのは、魔法遣いだったり。 ワル知恵の利く悪魔みたいなヤツだ。 どんな取って置きの手段を用意して待ってるか解らない。 俺の経験から言って、最悪の場合には施設に毒の霧を撒いたり。 魔法で、人も施設もお構いなしに破壊したりする。 悪党組織のおっそろしさは、御宅の考える比じゃないぜ?」


犠牲を払う事に、ラティハとて賛成などしない。 出来うるなら、そんな被害に遭う女性をゼロにしたいだけなのだ。 だから・・彼女は戦う道を選んだ。


(・・私は、今まで身を挺して情報を得る仕事をしてきたのに・・。 この男を言い負かす言葉を持たないの?)


自分の過去に及んだ悲しい事でさえ、Kにすれば一事例だろう。 この仮面の男は、それで考えを変える人物では無いとふつふつと感じる。


「・・・施設を見回ってくるわ」


「あぁ、くれぐれも・・・なんて素人に掛ける言葉は要らないよな」


「えぇ」


ラティハが部屋を後にして、そして・・、時は夜に落ちてゆくのだった。

どうも、騎龍です^^


文字数と内容の長さから、もう1話分伸ばします。


ご愛読、有難う御座います^人^

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