★番外編・特別話・十★
K特別編
ただ在るがままに、過去を生産する時が来て
≪追われる者の末路≫
フラストマド大王国の王都アクストム。 数百万の民が集まって暮している世界有数の巨大都市。 その商業区域の一角。 飲食店街ともほど近い宿が集まる宿屋街にて、あの逃げてきた剣士のウラナールが隠れ住んでいた。
駆け込みで一泊するだけの様な宿で、大型の設備が行き届いた宿に囲まれ・鋏まれの小型の建物である。 そんな宿だ、部屋も小狭で圧迫感が在りそうな小部屋ばかり。 冒険者の数の多い一団などの客が来たら、何人かで別れないと泊まれないのだ。
そんな宿の最上階で、宿屋大通りを見渡せる窓側の角の一室に隠れているのが、ウラナールだった。 イオとか云った若い剣士を斬って倒した彼であるが、コソコソと逃げ回るのは仇持ちだからである。 犯罪を起こして国外に逃げたからと云って、誰でも逃亡出来たと思える訳では無いのだ。 政府や一族が仇討なり粛清を決めると、今度は逃亡者として逃げ回る事に成る。
ウラナールも、そんな仇持ちに成ったのだ。
潜伏して、3日目の朝。 もう宿前の大通りには、街の方々に散って行く者が溢れている。 そんな大通りを、閉めたカーテンの隙間から覗うウラナールが居る。
(此処もそろそろ潮時だな。 長居して迷惑になるのも不味いし・・)
逃亡生活で彼が得た経験から、同じ場所に長居するのは宜しくない。 今夜にでも、何処かへ逃げる事を考えなければいけない。 この様な宿は、以外に調べが付きやすい。 従業員の素性が解らないし、安い金でも宿泊客の事を喋る。 隠す義理が無いからだ。
この宿の従業員の一人だけは、ウラナールと深い関係が有る者だった。 もっと突っ込んで云うと、悪党組織オブシュマプの下部組織の構成員であり。 若い頃に、このウラナールから剣術の手解きを受けた。
ウラナールは、この知り合いがオブシュマプの下部組織構成員だとは知らない。
だが、昔の誼として、5年前にこの男の手伝いをして、一人の悪党を暗殺している。 “悪党”と教え込まれただけだが、その相手はオブシュマプへの献金を断って、敵対組織へ内情密告した裏切り者の商人だった。
冒険者として、一匹狼に近いスタイルで放浪するウラナールだが。
“コンコン”
ドアのノックが行われた。
「ウラナールさん、食事・・持って来た」
知り合いの従業員であった。
ドアにへばりつき、気配を覗ってからそっとドアを半開きにする。
「はい。 水差しも」
闇の中であるウラナールの部屋の中から、汚れた皮膚をした手が伸びた。 水差しを入れ替えたり、パンに色々と挟まっている調理されたパンを受け取る。
赤いチェックのベストに、黒い作業ズボンを穿くその従業員は、金髪の髪を整えさせもせず。
「何日、潜伏します? 逃げるなら、夜に逃げれる様な手筈を付けますよ。 昨日、ウチの宿の周辺を探るヤツが来ました。 身柄、何処かへ移した方がいい」
ウラナールは、気心が知れてきた従業員へ。
「気遣いスマン。 今夜、南へ逃げるつもりだ」
「解りました。 暗くなったら、連れ出す話を付けておきます。 真夜中より、人通りの多い夜の入りがいい」
「解った。 それまで、身体を休めておく」
「了解しました」
みすぼらしい姿に成りながら剣だけは肌身離さず持ち、此処まで逃げてきたウラナール。 この従業員の様な知り合いが、各地に出来てきた。 金で人斬りはしなかったが、冒険者としては危ない橋を何度も渡った。 短期で稼ぐ仕事を好むので、何度も騙されたり。 また、炙れたゴロツキの様な輩同士でチームを組んだのはいいものの。 いざと成ったら逃げ出す者、実力不足で死ぬ者も現れ、モンスター退治で一人だけ生き残ったと云う事も有る。 薬草の採取仕事では、モンスターに出くわして、何度もチームの仲間と死別していた。
(アハメイルへ逃げよう。 向うなら、知り合いも居てチームも組み易い。 アハメイルで稼ぎ、東の大陸へ逃げよう)
鍵を掛けてベットに移る間に、腹は決まってくる。 経験から、計画の算段は早い。 まさか、2・3年ぶりに見つかってしまうのは仕方ないが、まさか斬った相手の血縁に出くわすとは思わなかった。 追っ手として、賞金と出世の為に手先となった兵士や剣士は幾度も斬ったが。 まさか、年の離れた相手の従姉弟と出くわすとは驚きだった。
あの川原で決闘をしたイオと云う若者を、まだ子供の頃にウラナールは知っていた。
(カルハリ候も非情な方だ。 ・・まさか、弟の敵討ちに従兄妹のイオを遣すとは・・・。 アヤツの父親は、一階の警察役人だったはず。 恐らく・・)
軽くパンを齧りながら、色々と考えるウラナールだが・・。
「よう。 話が在るんだがな」
真っ暗な中で、急に背後から男の声がした。
「はっ?!」
気配も感じなかった空間から、急に声が出てウラナールはパンを捨てた。 あの若いイオとか云った剣士の剣を手に、声の方に振り返る。
「誰だっ?」
低い声で、押し殺した様に怒鳴るウラナール。
だが、闇の中からは、
「剣を収めろ。 俺は、あいつ等の仲間じゃない」
と、だけ。
混乱の一途を辿るウラナールの脳裏。 バカな事だが。
「誰だっ?!」
と、もう一回。
忍び込んだのは、Kである。
「俺は、アンタと若い奴が川原で決闘してたのを見てた者だ」
「・・何者なんだ」
「ま、冒険者だ。 一人だがな」
「・・嘘だ」
ウラナールが思うのも当然だろう。 決闘を見られようが、冒険者がこんな所に来る訳が無い。
しかし、Kはゆっくりとした口調で。
「アンタが俺が疑うのも当然だろうな。 こんな形で、急に訪ねて来たんだから。 だが、俺もチョイト訳ありでね。 アンタに、どうして仇持ちに成ったか・・尋ねたい」
「なんだと?」
「もっと云うなら、何でヒュノプキオスのコンダクターなんかに追われてる? 唯の仇持ちじゃないのか?」
「何だ・・それは?」
初めて聞く名前に、ウラナールの声が明らかに動揺する。
Kは、更に続けて。
「アンタが若い剣士を斬って倒した後。 林の中から、“コンダクター”と名付けられた男と、その部下らしき二人が現れた」
「“コンダクター”? なんだ・・それは?」
ウラナールは、全く解らない事だらけで頭に何を言われているのか入ってこない。
完全に相手を混乱させたと、Kは水差しに動き。
「見てないアンタは、意味が解らないのも無理は無い。 だが、あの若者を嗾けたのも、そのまえに刺客をよこしたのも、世界を暗躍する悪党組織の一つで、最も規律の厳しいヒュノプオキスってのがが絡んでる。 あの斬られた若者は、御宅を仇と思う親戚筋らしいな。 だが、今夜に来るのは、悪党だ。 しかも、総勢20以上の規模を持った刺客だぜ? 逃げるにしても、逃げ切れるかい?」
闇でKが見えないウラナールは、声だけが急に右側へと移動したので警戒を強めながら。
(カーテンを開けるか・・、相手が何者なのか解らない)
と、思う。
すると、Kから。
「とにかく、カーテンを開けろよ。 水を貰うぜ」
相手に云われて、ウラナールは全力でカーテンを開けに動いた。 薄っすらと曇りながら、強い初夏の日差しで明るい朝の光が、久しぶりにカッと部屋へ差し込んでくる。
(う゛・眩しい・・)
急に目が眩むウラナールだが、命が掛かっているので振り向くのが最重要な行動だった。 が・・・。
「流石に安っすい宿の水だぁ。 水瓶に溜めた真水を、何日か置きでも出しやがる。 ま、腐ってないだけマシか?」
顔に包帯を巻いた男が、視界の中でコップの水に悪態をついていた。
ウラナールは、目を凝らしてその黒尽くめ男へ。
「アンタ・・名前は?」
「“K”だ。 名前なんぞ無いから、ケイと呼んでくれ」
「・・・ケイ。 アンタは、何で私の所へ来た?」
「御宅を殺そうとしている組織のコンダクターは、俺の事を昔に騙した男でな。 他にも色々と借りが在るんで、今回の発見を機に始末しようかと思ってる。 だが、何でアンタが狙われているのか・・、それも知りたくなったのさ」
「・・・、酔狂か」
思わずウラナールが呟くと。
「おいおい、仮にもアンタはあの若者を斬った。 死体の発見だって、今頃はされてるだろう。 果し合いにせよ、俺が通報すれば取り調べぐらいは受ける。 見逃すか、売るがか、その見極めをしようってんだよ」
Kも話を早めようとこう云う。
ウラナールは警戒を強め。
「何だと?」
と、剣を検めて構えた。
だが・・、その直後。
「あ゛っ」
ウラナールは、自分の視界にKが居無い事に驚いた。
そして、真横から。
「外は明るいが、御宅の未来は真っ暗だ」
と、Kの声がする。
(・・見えなかった)
ウラナールは驚くしかない。 真横に居るKが、来るまでの動きを寸部も見えなかったのだ。
だが、ウラナールを見るKは、淡々としながらも脅しで。
「アンタ、悪党組織を甘く見るなよ。 金を貰えば、その依頼者が降りるまでは永久に付狙う。 しかも、世界の各国にその食指が伸びていて、先ずは逃げ場など無いからな」
剣を構えたままにKを見たウラナールは、
「・・アンタがそのコンダクターとかを殺せば・・終わるだろ?」
「アホ。 コンダクターの代えなど、腐るほど居る。 逆に、俺がコンダクターを殺したが最後。 その脅威はアンタに刺し向く。 何せ、俺はその証拠を微塵も残さないからな。 本気に成ったら、宿ごと魔法使いでも雇ってぶっ壊す事も辞さないし。 目的を果たす為に、最悪は犠牲も平気で襲ってくる。 アンタに逃げる先々で、アンタと関わった人が始末されるだろう。 目下、一番危ないのは、アンタに手を貸してるこの宿の下働きよ」
云われたウラナールの手が、構えを解いた。
「どうすればいい? ・・・殺されるのは、どうしても解せない。 どうせなら、俺より強そうなアンタに斬られたい・・。 納得の行く相手じゃないと、気が収まらない」
ウラナールの瞳を直視するKは、その双眸にまだ真っ直ぐな力が残留しているのを見て。
「なら、何で“仇持ち”なんかに成った?」
「・・・、はぁ」
深い溜め息と共に、その場に崩れる様に屈んだウラナールで、そのままチェック地の床へと座り込んだ。
Kは、ポツリポツリと話し出す声に、その耳を傾けた・・・。
★★★
“ヒューー、ヒューー”
強い風の吹き荒ぶ音がする。
時折、砂嵐が吹き荒れるカートジボンヌ砂丘群は、西の大陸の国境に横たわる砂漠地帯にある。 ケーマ王国と、紛争地帯の中央部を隔てる緩衝地帯でもあった。
この砂漠地帯のオアシスで生きる小さな小さな集落から、ケーマ王国の突撃騎馬部隊に志願した若者が有った。 ウラナール・ヘッペギウス。 集落の長の息子で、集落を襲う他部族を警戒するために志願兵として14歳と云う若さながらに、王国の募集する志願兵の試験を受けた。
幼い頃から略奪や虐殺に脅えて逃げた過去を持つウラナールのその心身は、生温い生活で鍛えた若者とは一線を画す違いが有った。 ケーマ王国の剣術・武術・馬術を指南する英雄ヘクトスノは、若きウラナールを見て、直に合格を与えた。
志願兵として、ウラナールはヘクトスノの選んだ特別の訓練を課せられた。 が、姉を3人も略奪され、母親も殺されているウラナールの覚悟は、その試練を耐えるに余裕の有るものだった。 18歳になったウラナールは、既に剣術手解きをする側に回っていた。 幼い少年などに剣の握り方から、振り方を教え。 ヘクトスノに教わったままを教授する事に熱心な若者となっていた。
が。
ヘクトスノは、常々に。
“ウラナールよ。 この国では、他方の部族が政府の上部に組するのを嫌う風潮が残っておる。 現に、ワシもそれで苦労してきた。 だから、お前は今暫く、その場で研鑚と余裕を持てるように経験を積むのだ。 ワシが、そう成るように見回り部隊や調査部隊に御主を組み込むゆえ。 上司の嫌味も、聞き流せる心を持て。 良いな、喧嘩を売られても、決して買うでないぞ。 世襲制が強く残る部課の長は、能力のあるお前を煙たがる。 それを、無視出来ぬ強さにまで成長させるのだ。 良いな、良いな”
と、ウラナールを自分の手元から離す様になった。
ヘクトスノの云う事は、ウラナールも解って居た。 王国の地元住民にとっては、他部族は、イコールで余所者である。 ケーマ王国の南方で、西の大陸の中央部は、内戦・紛争が絶えずに、迷惑の掛けられ通しなので。 他部族の者は、王国の住民にはうっとおしい存在でしかない訳なのである。
(バカにされる云われは無いが、わが師が自分を鍛えるためにしているのだから・・)
ウラナールへの云われの無い中傷は、年上の軍部上官の間では当たり前となっていった。 調査にも、見回りにも、同年の下っ端にまで中傷される時が有る。
しかし、一方で略奪をする悪党や、国境を侵すモンスターなどとの戦いは別である。 剣に腕ありのウラナールは、雇われの冒険者などや騎馬部隊と連携して力量を発揮した。 その活躍を上官が取ろうと、その強さの輝きは奪えない。 一年・・二年と仕事を重ねる中で、ウラナールの腕前を無視出来なくなり。 弱く使えない部下より、強く功績を狙えるウラナールの方が心強く成る上官達。 ウラナールの勤務が、何時の間にか上官たちで取り合いに成った。
ウラナールが22歳に成った頃である。 国王の息子で次期国王の王子が、なんとウラナールを剣術を鍛える相手に選んだ。 王子も剣術の筋は悪くなく、ウラナールを差別する人間ではなかったので、歳も近かった二人は直に剣術を通して打ち解けあった。
ウラナールの過去を知り、略奪や人身売買の実体を知る王子は、国境の防衛と不正の流入を強く防ぐ心持を持ったとか。 国王や王妃も、ウラナールを知る様になり。 出世を強く望まず、周りの周知と推薦で出世を行く無欲なウラナールに、国民からも好感が付いて来た。
ウラナールが25歳に成る頃には、剣術指南を許される部隊長になっていた。 小隊では無く、一個中隊を引き連れる資格が有る。 剣士としてもその腕は鋭く磨かれ。 国交が深く結ばれているクルスラーゲの聖騎士とも剣術大会で五分に渡り合った。
ウラナールは、恩師の言わんとする意味が心身で解り。 何と云われようとも揺るがぬ心が出来かけていた。
しかし。
此処に落とし穴が生じてくる。 いい年に成ったウラナールだ。 当然、結婚の話が出て来る。
何より、王家の親戚筋で、大きな商人として幅を利かせる豪族の一族・シュエール家が在る。 美男美女が輿入れ・婿入りしてきた家系で。 その出身者は美しい容姿が多数く、王国に何度も妃を出したし。 その強力な財力から、王家の次男や三男が婿入りして、大臣などの役職にも就く傾向が強い。 この当時の長である商人マオリナークが、地方部族との繋がりを含め、自分の自慢の娘であるエリオットとウラナールと見合いさせたがった。
だが、ウラナールは元より前線で戦い、その身を国境の守備と国境周辺に住む地方部族の安泰に捧げようとしていた。 身の危険が多い自分では、エリオットを幸せにするなど出来ないと固辞したのである。 あくまでも、国を護るその盾に成りたいと、マオリナークを説得したのだ。
商人であるマオリナークだが、そのウラナークの心意気に感服した。 その出世以外で、力に成れる事が在るなら、幾らでも支援は厭わないと。
ウラナールは、その言葉に少しだけ甘えた。 地方で捨て鉢の様に逃げ回る他部族を、大きなオアシスの周辺で、農業が出来る様にして欲しいと云う事だ。 オアシスの周辺では、ヤシやシダなどの食用に用いる植物が育てられる。 王国の見回る手の内のオアシスなら、襲撃も少なく。 また、見回りのついでにウラナールが親に会える。
マオリナークは、商業基盤を広げられる提案でも在るから、非情に喜んで協力を買って出た。
しかし、見合いを断られたエリオットは、話が持ち上がる前からウラナールに激しく燃える様な恋心を抱いてきた。 このエリオットは、王子とも仲が良く。 幼い頃には、王子と結婚するのではと思われていた。 だが、エリオットを産んだ女性と、王子を産んだ王妃は血縁で従姉妹に当る。 昔から、疫病や流行病との闘いが頻繁な西の大陸では、血縁の近い結婚は極端に嫌われてきた。 身体が弱い子供が生まれたり、一族で纏めて死んでしまう危険性が強いのをしっていたからである。
東の大陸の血が濃いマオリナーク家では、寧ろ体の丈夫な地元の人間は良い結婚相手である。 況して、行く行くは軍部高官の椅子が見えている出世株のウラナークは、喉から手が出るほどに欲しい逸材だ。 次期王となる王子と昵懇で、しかもその腕の冴は年々に増している。 マオリナークの家の者でなくても、ウラナークを無視できない。 上官だった者の中には、それとなく会席の場で娘を紹介したりする者も多く。 ウラナークは、出世を見込んだ婚約相手の筆頭になっていた。
しかし、エリオットを始め、ウラナークに恋する若い娘を欲しがる若者の存在も・・また。
多くはウラナールと親密になり、女性を娶らないと決めた彼の意思を相手に説いて、その気を自分に向けようよする。 ウラナークの知り合いが多いのは、彼と親密になる為に剣術の稽古を個人的に申し入れたり、ウラナークの部隊に情報を与える組織に一時転勤を申し出した若者も含まれる。
そんな中だ。 エリオットに卑しいまでの恋心を持った男が三人居た。 一人は、近衛部隊を預かる王家守護将軍の息子パト。 残りの二人は、エリオットの成長を間近で見ていた商業監督部門を預かる高官の叔父と、その息子である。
この叔父と息子は、妻であり母親である女性を早くに亡くしていて。 その隠された私生活は、淫乱なものだった。 しかも、親子で女性一人を共用する事も在る訳で。 妻を亡くして自分と息子可愛い父親と、母親の愛情を知らずに父親の寂しさを理解する息子の異常さは、金で縛られた秘密であるがゲテモノの域である。
しかも、その将軍の息子パトと、この叔父の子供は同い年。 まだ14・5の頃に、二人して人攫いから若い女性を買って奴隷にしていた事も在る。 エリオットのほかにも、狙う娘が数名いて。 誰が誰を妻にしても、二人で交換して、その味見をしようと言い合う仲なのだ。
エリオットの叔父とその息子が、エリオットに求婚を言い出す事は出来ない。 が、将軍の息子のパドは、別だ。 嫌がるエリオットを知ろうともせず、気味の悪い嫌がらせを含めて何度も求婚を見据えた見合いを持ちかけて来た。
最初は、将軍の息子で在るからとマオリナークも乗り気には成ったが。 その素行を調べて絶句した。 父親の将軍は、手の内で飼い慣らす策士の入れ知恵で、将軍としての献策を行っている。 その息子のパドは、悲しい話だが目も当てられないほどに教養の無い人物で、その家柄や財力を使っても軍部の仕官教育をこなせないのである。
なにより、だ。 もみ消した婦女暴行や酒の凶事は数知れず。 しかも、金で腕の達つ者を傍に置いて、その者が人を殺そうと責任を感じなかったと云う。 何で牢屋に入れられなかったのか、不思議な人物であった。
マオリナークは、単独でエリオットがこのパドと会わない様にしたぐらいだった。
しかし。 この悪意染みた狂気が、と或る席でエリオットに向かった。 マオリナーク主催の季節の交流会にて、ウラナークが来ない事に焦れたエリオットが深酒をした。 泥酔した彼女を、なんと叔父が介抱する事に・・。 息子と将軍の息子パトを呼んだ叔父は、一族の屋敷でも見回りの来ない地下倉庫にエリオットを運び込もうとした。
この時、王子の誘いでこの席に遅れながら連れて来られたウラナールは、マオリナークからエリオットを探す様にと頼まれた。 快活で奔放な王子もその為に動いた。
屋敷の周囲を囲む広大な庭の中で、引き摺るドレスが邪魔だとエリオットを半裸にしようとしていた3人を見つけた王子は、ウラナールを呼ばずに剣を引き抜いた。
一方、相手が王子だと理解してない3人の内、パトが油の入ったランタンを王子に投げつけた。
古い油が火の点く芯回りに染み出るタイプのランタンで、油を溜める部分もガラスで作られていた。 剣でそのランタンを叩き落した王子に、飛び散った油が炎を纏って襲う。
後から駆けつけたウラナールは、王子が大火傷を負い。 誰かに囲まれているのを見て、その普段の落ち着いた思慮を保てなかった。 パッと駆け込み、叔父の首を刎ね。 近くで立ち竦んでいた息子二人を手負いに。
騒ぎは一気に大きくなり、夜明けを迎えた。
手負いにしようとした将軍の息子のパドは、痛みに逃げ回って血が出過ぎた。 寺院病院に運ばれたが、二日後に死亡する。
エリオットに邪な行為をしようとした事で、叔父の死も、その息子の行為も咎めは無かった。
だが、ウラナールに影を落したのは、パドの母親である。 悋気深く、気性の激しいパドの母親は、パドは唆されただけだと言い切った。 王家とも親戚筋に当り、前王の奥方と姉妹に成るこの奥方の影響力は大きく、パドの存在は犯罪者としてでは無く。 偶々に立ち会わせただけと上層部が決めてしまった。
大怪我をした王子も、マオリナークも、エリオットや周囲の者もウラナークを庇った。 だが、その内にウラナークに刺客が送られる事に成る。 その脅威は、闇討ち同然で。 王子や、恩師の存在も無視して来る。
挙句には、山賊や蛮族の脅威から逃れて来た父親に及び、ウラナークの父親は殺されてしまった。
唯一の肉親を殺されたウラナールの心は乱れ、遂に刺客の手引きをした将軍を斬った。
その事情は、王子と二人の知り合いも見ていた。 だが、これ以上の迷惑は掛けられぬと、ウラナールは出奔して冒険者に成るとした。 ウラナールが27歳の時である。
それから、15年。 各国・・各地に、ウラナールの知り合いも出来たが。 その伝の殆どが、マオリナークと剣術の伝である。 時々、今は王となった人物から、斡旋所経由で金が届く。 しかし、将軍の妻であるパトの母親は長命で、国内屈指の商人やら権力者との癒着も在るらしく。 ウラナールを許さずに居るらしい。
逃げ回るウラナールは、エリオットや国王との関係を切りたかった。 元は自分の所為でこうなったというエリオットは、未婚のままにウラナールの帰国を待つ身を貫いているらしく。 その様子は、時々に頼りとして斡旋所から受け取れる。
逃亡生活とは思って無かった出奔初期だったが・・。 あのパトの母親は、己の血族の繋がり在る若者を洗脳するように教育しているらしい。 しかも、自分を斬って倒した暁には、己の夫の財や貴族地位を譲ると大きな餌をぶら下げてあるらしいとか・・。
ウラナールは、なるべくゴロツキ風体に姿を変え。 一匹狼として時々にチームへ加わる冒険者に身を落としたのであった。
★★★
昼過ぎである。
「随分とうざったい憎しみを買ったものだな。 だが、王子を助ける為とは云え、御宅の実力からしたら手負いも軽くで澄んだだろうに。 “ウラナール”なんて珍しい名前を変えずに使ってりゃ、それは足もすぐ付くわな」
呆れた口調のKで、ウラナールの持っている意固地が無意味過ぎてしまうと思う。
「だが、この名前は父から授かった形見。 西の大陸の地方部族の伝説で、“ウラースロワナウ”と云う神に仕える神官の戦士がウラナールと付けられた。 父の意思を継ぎ、部族と祖国を護る・・」
話疲れ、ベットに座るウラナールは、項垂れてそう言葉を途切らせた。
窓に背を預け、彼を見るKは涼やかであり。
「アホウ。 もう祖国に戻れず、もう元の仕事に戻れない身だろうが。 名前を敢て変える事で、余計な果し合いをせずに澄むだろう? 将来の在るヤツを、何人あと斬るつもりだ? 20年ぐらいして、誰かに負けるまで斬るつもりか?」
「そ・それは・・・」
「逃げるにしても、だ。 名前を変える。 容姿を変える。 仕事を変える。 住む場所を変えるなんざ当たり前だ。 如何に悟られないかをしなきゃならんのに、バレバレでうろついててど~するんだ。 名前を変えない以前に、その長い髪からして何年も同じ姿だろう?」
「・・逃げてからこのままだ」
「はぁ・・」
溜め息を突いたKだが、直に。
「マジで死にたいなら、このまま去るぞ。 俺は、ヤツを始末するだけだ。 アンタを助ける意味が、死にたいなら、無いからな。 今夜か、明日には踏み込まれるだろう」
すると、目を赤くしたウラナールが顔を上げた。
「お・お・・俺は、真の勝負で負けるのは構わない。 だあがっ、理不尽に殺されるのだけは・・・我慢ならん」
そのまだ生きる眼を見たKは、一つ頷いて。
「なら、俺が逃がしてやる。 だが、髪型と服装は改めろ。 手配してやるから」
ウラナールは、ドアを指差し。
「いや・・、朝に手配をしたが?」
「それが、宜しくないから云ってるんだ。 あの下に働き手は、実は別個の悪党組織の下部に属す者だ。 擦れ違う時に、首筋に刺青がチラっと見えたから間違いない」
「え゛っ?!」
「どんな経緯で知り合ったかは別だが、今回は面倒に成る。 アンタを狙う組織の女が、その働き手を誘惑しようとする手筈だ。 だが、此処で二つの悪党組織が接触すれば、その波紋は組織同士の諍いを誘うだろう。 この悪党組織ってのは、テメェ達の存在を隠したり、有耶無耶にしたりする為なら巻き添えも辞さない腐れ外道だ。 アンタを知られず連れ出すのは、その接触を遮るためでもある。 時間が無いから、直に出る準備をしろ」
Kは、この王都のウラ事情に精通した屋台屋の元締めと知り合いだ。 大体のウラ情報は、直に掴めるのである。
さて。
Kの行動は早かった。 屋台屋の元締めと昵懇の店に窓を飛び降りて向かい。 樽を積んだ荷馬車を借りて、宿の横の細い路地にも成らない隙間を隠す形で停める。 使われてない一階の部屋にウラナールを隠しておいたので、窓から逃げ出させて樽に隠して逃げ出した。
その上で・・。
まだ夕方に成らない、宿がベットメイクの時間で人の少ない時間帯に合わせて、ウラナールの知り合いである宿の働き手に影ながらの接触をした。 組織の者を語ると、急に下手な態度をしたので確信した。
(いいか。 夕方頃、妙に色気の有る短髪の女が来たら気を付けろ。 ソイツ、下手したら別組織の手の者かもしれん。 絶対に、誘惑に乗るな。 それから、あのお前が隠している上の階に居る男、足が付きそうだったらしく逃げたぞ)
釘刺しと、ウラナールがもう居無い事を教えて、Kはそのまま姿を消した。
この間。 ウラナールは衣服を改め、風呂に入り。 髪を切って別人の様に成っていた。
そして、夕方。
「済まない。 世話に成った」
南ではなく、隣のマーケット・ハーナスに戻る馬車の群れの一台に、護衛として乗せられるウラナールを、Kは見た。
「後は、勝手にしろ」
頷くだけのウラナールは、馬車の荷台に乗って去った。
この時、街中では一騒動が起こっている。 朝方に、飲み屋から家路にと歩く女性を連れ去った悪党一味の塒が、誰か解らない形で通報されたのである。 女性を盾に、逃げようとする悪党集団が立て篭もる廃屋敷を、警察役人と捕り物の応援で来た兵士の一個小隊も加わって包囲。 大きな見物に成っていたのである。
そして・・。
ウラナールの隠れていた宿へ、あのアイと呼ばれた短髪の女手下が遣ってきていた。
夕日も暮れた暗がり。 金持ちの紳士として、高級な宿屋に滞在するロドリナスは、王都の案内人という形で雇った街の者と云う筋書きで接触を許しているギートの報告を聞き、顔面蒼白になっていた。
「ギ・ギート・・、それは真か?」
「へい、マジですぜ」
一応、街の住人の様な格好をしたギートだが。 宿のシャンデリアの明かりが煌々とする広いエントランスの待合場にて、悪党組織が警察役人と兵士の協力した捕縛作戦で掴まったと。 雇って呼び出した悪党一味の様子を語った。 予想もしてなかった事なだけに、ギートの口調が酷く焦っていた。
「・・、ギート」
シャンデリアの浮かぶ空を見ながら、ロドリナスは命令を渡した。
「へい、では・・アイの方に」
「ん。 私は、怪しまれない様に、明日に此処を出てアハメイルに向かう・・」
足早に出て行ったギートだが、ロドリナスにはその後を見る余裕すら無かった。 予想だにしない計画の狂いに、一体どんな力が加わったのかと思う。 40過ぎの紳士然としたままに頭を抱え、一階のホールの待合場で座っていたが・・。
(一体・・誰が通報した? 誘拐されたのが早朝なら、通報はその時点だろう・・。 おそらく、その女がかどわかされたと云う話が嘘ではないのか?)
思い当たる情報の中で、ロドリナスは実に鋭い分析をした。 悪党の一味は、もうこの街に入っている。 仕事が終わるまでは、そうそうにに目立つ行動など起こさない。 下手なことをしたら、組織に狙われるからだ。 恐らく、ロドリナスが手配した組織の下部構成員が用意した酒や女や食事で事を済ませているはずである。 そう、呼び出した悪党の一味は、リーダーも中々の切れる組織の結束が強い一味なのだ。 ロドリナスに無闇な嫌味は言っても、その行動などが無茶苦茶な訳では無い。 想像するに、あの悪党一味のリーダーか、その結成時辺りから加わる盗賊や悪党の面(容姿・顔)を知っていた誰かが嘘を吐いて売り渡したのではないか・・。
ホールの側面に、外の小さい庭木を見えるガラス張りの窓の壁が在るのだが。 考え込むままにその方に顔を見られない様にと動くロドリナスだったが・・。
「・・・っ?!」
窓に映る自分だったが・・。 急に、フワァっと暗闇の庭側から人の姿が湧き上がった。 ロドリナスとガラス窓を鋏んで対峙する様に、顔に包帯を巻いた男が立っていたのである。
(コイツ・・誰だっ?)
思った一瞬、その男は庭の闇夜に引いて消える。
「くっ」
ロドリナスの脳裏に、この計画の狂いに関与したトリックスター的な人物が誰か、解った様な気がした。 意味深に目の前に現れたあの包帯男こそ、その人物だと。
「失礼っ、庭に出るには?」
廊下に戻り、客の案内を終えてきたメイドの女性に、急いで迫り聞いた。
「え? あ・・階段の脇の奥のドアから、外周廊下に出て頂いて。 中庭へ出る開放ドアから回って頂かないと・・」
「解った。 どうも」
あくまでも自分の正体の一端も見せないのが、プロのコンダクターであるとロドリナスは自負している。 こんな事で急ごうとも、メイドに乱暴な口など利く事はしない。 だが、支障が出るなら、躊躇も無く殺すだろうが・・。
さて、ガラス窓の張られた片側と、内壁に鋏まれながらこの宿の表構えの建物内を一周出来る廊下が在る。 その外周廊下に入ったロドリナス。 等間隔に、蛇行した廊下の内壁に桃色のグラスランプが淡い光を湛えている。 老夫婦が腕組みして歩いていたり、子供が走ったり。 その擦れ違いでも紳士然とした様子を崩さないロドリナスだが、足は急いでいた。
宿に入る正面と対岸に当る場所に、会食会場や、離れの個別に成っている別棟に行く。 奥側との隔たり的な干渉地の中庭が有る。 噴水の有る公園仕立てで、貴族がパーティーの会場として開かれている奥側に向かう姿が見え。 街灯と同じ高い鉄柱の先にランプが灯る灯りが、所々に灯っていた。
(あの男は何者だっ?)
急ぎ逸る心のままに、宿の側面に回るロドリナス。 流石に夜に成ったばかりで、薄暗い中庭では、逢引をする男女が居たり。 手を繋いで歩く男女も居た。
しかし、側面の庭は非情に狭い。 しかも、その側面の庭は、ガラス窓を通した観賞のもの。 だから、そこに人が入らない様に、庭木が植わっていた。
ロドリナスは、もう暗い中でその木を横歩きで越えた。
その時である。
「よう」
男の声と共に、ロドリナスの首筋に鋭い何かが刺さった。
「っ?!!」
側面の狭い外庭に向かって一歩を踏み出したロドリナスは、首に刃物の切っ先の先端が刺さっていると理解。
Kは、想定した通りにロドリナスが来たと。
「ヒョコヒョコきやがって、ご苦労さん」
もう動けないロドリナスは、横に顔を向ける事も出来ず。
(凄まじい腕だ・・。 殺さない間隔で、完全に動きを止める場所に刃先を入れている。 私がちょっとでも動けば、首筋の血管を斬って終わるだろう。 達人・・・いや、剣匠の域の使い手)
こう思いながら。
「私に・・用が?」
「あぁ。 7・8年前か。 ・・いや、もう少し前かもな。 御宅が、“マッシュ”って名乗ってて、俺を大臣の一家を殺した犯人にしようとしただろう?」
「っ!!!!!!」
思わずにロドリナスが微動した。 が、それも一瞬で有る。 更に首に刃先が食い込んだから、痛みで止まったのかもしれない。
「まさ・・まさか・・、パッ・パーフェクト」
「知ってたか?」
「・・・あの後に、お前がウラ世界で立てた金字塔は、誰も揺るがす事など出来ない。 我々を含め、世界の悪党組織が幾度とその計画を阻まれたか・・。 長い歴史の中で、お前と云う存在に組織が屈したのだ。 お前に関わり合わない様にしろと、命令が出た。 高々・・冒険者一人を、数十万・・いや、百万の伝を持つこの我々が・・」
「ほぉ~、随分と買い被るな。 なら、その俺を嵌めた御宅は、もっと凄いじゃないか」
「・・ばっ・・・馬鹿を云うな。 貴様が来る前に、もう斡旋所に繋がるあらゆる情報は断っていた。 どの方向からも、決して新鮮な情報など入らない。 事後情報しか入らない様にしたのだ。 それでも、お前は・・私の存在に踏み込んできた。 だから・・、私は間一髪で回避しただけだ。 半日・・半日の決断の遅れが有ったら、私はお前に殺されていただろう」
「そうかい。 だが、今回は、もう終いだ。 あの時の伝に連絡を繋いでなかっただろう? 貴族の所に護衛として入ってた男は、もう始末した。 斡旋所に嘘を流してた男も、数日の後には役人へと渡されるだろうな。 後は、お前だけだ、ロドリナス」
「・・私の名前を?」
「お前、あんな仇持ちの暗殺を頼まれてたんだな。 この王都に来る前、北西の川原で決闘させただろう? アレを偶々に見かけてな、そしたら御宅まで見つけた訳だ。 あの時の煮え湯を飲まされた事など、俺はどうでもいい。 だが、斡旋所の主を嵌めて、罪の無い大臣一家を惨殺したのは見捨てられん。 此処で、終りにしよう」
「・・、あの冷徹と云われたパーフェクトが、姿を見なくなったら人情家に変わってたとはな」
「あぁ。 目的を果たした時、全てを無くしたんだ。 その隙間を埋めたのが、人間臭い情だよ。 お前も、犯罪に魅了されなきゃ、一角の足場を持った人間に成ってたさ」
このKの言葉の終わりと共に、Kの存在が消えた。
「・・・」
黙ったままのロドリナスは、次の日の朝を迎えて死体と成った。
どうも、騎龍です^^
もう壱話、続きます。
ご愛読、有難う御座います^人^