ウィリアム編・Ⅳ―2
冒険者探偵ウィリアム Ⅳ―2
森の奥深くに広がるは、隔絶された神秘
≪自然の奥に封じられし風景・前≫
「あ・・これは」
様々な大きさの岩が疎らに散らばる高地の平原から、四方を見渡すウィリアム。 夕闇が迫る中、薄き雲の彼方に見えたのは・・、段々に下ってロファンソマの街の方に向かい、もはや枯れてしまっている渓谷の断片である。 目指す原始の森の彼方は、未だ濃い霧と云うか雲に隠れて見えない。 しかし、人を寄せ付けない自然の築いた天然の檻が出来ている。 ・・・そう感じる光景が片隅だけ見えたのだ。
ジョンは、ウィリアムに掴み寄り。
「僕達の街は・・どっち?」
ウィリアムは、霧の南方を指差し。
「向うだよ」
そんな二人と仲間達から離れ、西側の絶壁の端に立って居るのがスティールで。
「かぁ~~~~~~~~~~、こりゃ下が見えネェーーーっ。 ウィリアムよぉ、こっちはどの方向だぁ?」
「其方は、マーケット・ハーナスの方に向かうはずです。 ややスティールさんより右手側に、国境衛星都市ブルジョミンが在ると」
「ほぇぇぇ~~~~~~~~~、コレだけ下が見えないぐらいに、地面が盛り上がったってか。 そりゃ~~渓谷も水が来なくなって、街道になる訳だ」
一方、ギルディも此処まで来ると・・。
「森の奥にこんなに広い自然が在るとはな。 ウィリアムが興味を持ったのも、何となく解る気がして来た」
その隣で、周囲の景色を見ていたエメは、
「此処まで来れる村の者は居無い。 森も山も、神聖なる神の領域で、人がズケズケと入っていい場所では無いとも伝えてきたから・・。 村の伝承には、我々村の民はこの森を追い出されてしまった・・とも。 神の断崖の滝“ルモフォス・コライシカ”は、誰にも見せてはいけないと云われている」
と、云う。
すると、数歩下がった場所に立つハレーザックは、そんなエメに。
「君がそう言うのに、此処まで付いて来たのは何故だ? 旅の妨害でもしたいのか?」
すると、エメはウィリアムを見て。
「私の妨害など、この男には通用しない。 嘘も通じないし、私達のような村の民より森林に入る知識・技術に長けている。 ・・・この私だって、森の奥を見てみたいと云う気持ちは在る。 村の民の一員として、森を護る為に・・。 私の祖父も、嘗ては村の掟を破り森の奥を目指したのだと。 だが、腐森林の毒に遣られて、逃げ帰った。 私は、行ける所まで見届けるのみ。 これは、自分の意思で、よ」
複雑な彼女の瞳で見られたウィリアムだが、もう夕方だと。
「さて、野営出来る場所をさがしましょうか。 岩の陰などで、風が凌げる場所を」
リネットは、暗がりになろうとしている草原を見ながら。
「良い場所が有るといいが」
・・・。
大きな岩と横に長い岩を近付けて、自然に開いた窪みに野営する事にした一同。 燃やす枯れ枝も見当たらない草原で、皆が毎日歩きながら薪にしようと集めた木々が使われた。 アクトルとギルディは、戦う事が少なかったからと丸太の良い物を背負っていた。 油に浸した木の枝を使い、程なくで焚き火が出来上がった。
軽い雑談が2・3人の間で起こるのだが、ウィリアムがあまり喋らないので長続きがしない。 だから、自然とエメも喋る事をせず、これまでのワイワイとした何となくイイ空気では無かった。
さて。
夜も更け始め。 ジョンとフランクが寝た。 身体を酷使した魔法使いの面々も、ハレーザック以外はウトウトしている。
ウィリアムに要らない事を言ってしまったと思うエメは、横に成ってウィリアムを見ない様にしていた。
パチパチと火の粉が上がるのを見たスティールは、無言の間合いから。
「ウィリアム、まだ来ないのか?」
言われたウィリアムは、木の枝をくべながら。
「岩場の裏の二匹、潜んだままに動きません。 寝るまでダメみたいですね」
ハレーザックは、生命体の反応は知っていたので。
「何だ、野性の動物じゃないのか?」
ウィリアムが、アクトルに目配せをしながら。
「いえ、一応は生物なんですが・・。 擬態をするトカゲの一種でして、人も動物も構わず襲うんです。 生命体の形態としては、魔の力で獰猛さの増した怪物に部類しますんでね。 倒して構わないかと」
ギルディは、先程からそうなのかと理解して。
「では、エメの言葉に引っ掛かって黙っていたのでは無かったのか」
「違いますよ。 二匹の狙いが、さっきまでジョン君とロイムだったので、突っ込まれる軌道から外したり。 動こうとすると、岩を叩いて牽制してたんです。 もう皆もウトウトしてますし、そろっと倒しておきましょう」
アクトルとスティールは、燃える木の枝を手にする。
ハレーザックは、
「場所は解る。 俺も行こう」
と、立った。
ギルディも立とうとする時。
「そのままで」
と、ウィリアム。
「ん?」
「こっちに飛び込んで来た時、一匹をお願いします。 もう一匹は、自分が仕留めますんで」
理解したギルディは、
「解った。 来たら一撃で締める」
と、スタークィンダーを引き寄せた。
その直後、サッと強い風が来た。 岩の裏に消えた3人から、何の声も起こらない。 代わって、“ギェ”っと、奇妙な奇声が二つ上がっただけ。
「ん?」
ウトウトしていたリネットが、その奇声に目を覚ました。
焚き火を弄るウィリアム。 武器の手入れをするギルディ。
「のぉ、いま・・何か声がしなかったか?」
槍を構えたリネットに、ギルディは何の気なしを装いながら。
「獣の声ではあるまいか。 この自然の中だ、生き物の鳴き声ぐらいは当たり前だろう」
其処に戻る3人。
スティールは、
「なぁ、自然の生き物って、どれでも食料に出来るのか?」
と。
ハレーザックは、呆れた目で。
「食料は自前で良かろうに。 あ~~、眠い眠い」
服を叩くアクトルは。
「急に風がきやがった、服に付いたかな」
小用に行ったと解るリネットなだけに。
「おいっ、付いてないだろうな」
「仕方ないだろう? 風が強く吹いたんだから」
「汚い・・眠いのに」
渋々横に成るリネット。
スティールは、
「アークがダメなら、俺が隣に行こうか?」
と、戯言を言う。
武器の手入れをするギルディは、隣に戻るハレーザックを見ずして。
(冒険に不慣れな者も要る中で、今日の行動は疲れた。 仲間を怪物の夜襲で不眠にさせない為にそっとだろう。 この若者、本当にイイリーダーだわい)
そう思うギルディの脇に戻り、ゴロリと横に成るハレーザックだが。
(でも、大きかった。 食べれるなら、結構多くの肉が出る)
と、小声で言う。
最初の見張り役である、ウィリアム、ギルディ、スティールを残し、そのまま皆が寝入った。
横に成っただけのエメは、短いやり取りの断片を聞いて粗方を理解した。
(ジョンやフランクは、モンスターに襲われた事が無いから・・。 さっきから岩を小突いたり、ナイフでギリギリ音を立てていたのは、牽制からか。 騒がず始末するタイミングを、周りも解っていて狙っていたのね。 ・・・不思議な男)
そう考えながら、まどろんで行く。 確かに、今日はエメでも疲れた。
そして、次の日。
最後の交代当番で起きていたロイムとクローリアとハレーザック。
朝陽が出ると、ウィリアムが起きて岩の裏に回って行った。 それから遅れること・・。
「う~~ん」
ジョンが目を覚ました。 必死に岩場を壁伝いで来た昨日だが、筋肉の痛みなどもなくスッキリしていて。
「ウィリアムさんのお薬は凄い。 全然、疲れてないや」
すると、ウィリアムは肉の塊を焼いている。
「昨日、食べれそうな生き物を捕獲しました。 ジョン君、食べてみますか?」
木のクシに刺した小分けの肉などを食べるウィリアムが居るのだが・・。 その周りの女性達は、肉を見ないようにしている。
一方。
「ングング・・やっぱ・・美味いね。 ウィリアム、解体でかしたで」
出店や屋台先で焼き鳥を食べる様な様子のスティール。 焼けた肉に塩だけ振って、ガシガシと食べているのだ。
「いいなぁ、食べる」
素直なジョンは、ウィリアムとスティールが食べる姿に惹かれたのだ。 二人の間に来て、スティールの差し出した小さく細切れにされた串焼きの肉を食べる。
「あ、干してあるお肉じゃないから美味しい」
父親のフランクは、肉の出所が気に成って。
「その肉は・・何処から?」
焼くウィリアムは、
「岩の裏の向うに、オオトカゲの一種の遺体が転がってます。 我々を昨夜に狙って来たのを、返り討ちにしただけです。 残しておくと、更に肉食の生物が来るかも。 ただ、爬虫類系は鳥に近い味なんで、毒が無ければ食べても問題は無いです。 内臓は、止めた方が無難ですがね」
と、言うと。
その肉の塊の焼け具合を見るアクトルは、
「スティールが食って美味いなら、毒味は完璧だ。 干し肉だけじゃ飽きるしなぁ~~」
と、ナイフを取り出し座ろうとする。
ジョンは、食べた手前で。
「父さん、美味しいよ。 アクトルさん、切るならパンに挿みますか」
男の輪にはジョンも入りたいらしい。 ギルディやハレーザックも座り、擬態をするオオトカゲを食べ始める。 フランクも自然の物なら無駄はしてはいけないという土着農民精神が在る。 リネットは男の中に混ざって生きて来たし、エメは農民として食べられる物にケチは付けない。 クローリアとロイム以外、結局その肉を食べる。
陽の光が雲を割って、東の空から高原に差し込む。 だが、早い上空の風の流れで、その光は直ぐに遮られて、また雲の別の割れ目や裂け目から注ぐを繰り返す。 また、高原の東西、森側も、渓谷側も見下ろしてみるも。 霧から生まれる雲が視界を遮り下が見えない。
「うわぁ・・雲に浮いてる島みたいだ」
出発する時、ジョンが周囲を見て感動するように言った。
スティールは、その隣で。
「ここいらも相当に高い場所なんだろうな。 ロファンソマ自体が高地に在るんだ、それより高い所に来てる以上は当たり前かもしんねぇが」
ウィリアムは、一同に。
「では、昨日と同様にゆっくり進みます。 高山病の危険性、環状彷徨の危険性も在りますから」
歩き出すウィリアムへ、ギルディが。
「環状彷徨など、雪山ぐらいではないのか?」
しかし、ウィリアムは止まる事もせずに。
「もうそろそろ、気流が変わって昨日の昼間の様に雲きりが上に上がって来ます。 周囲への視界が極めて悪くなる。 土地勘も無い中で、一時的ですが太陽の光も上に上がって物差に成らなく成る。 前の者が見えなくなった時が、一番怖い」
ウィリアムの後ろに走って行くジョン。 父親以上に便りに成ると思っているのか、真っ先で。
「お父さん、早く早く」
「お、おぉ」
歩き出すスティールは、
「ウィリアム、お手手でも繋ごうよ~~」
と、笑って冗談を飛ばした。
が、ロイムは。
「スティールさん、女性だけじゃ無かったんですか?」
と、突っ込むが隊列に加わるのがまた早く。
エメは、ギルディの脇を通ると。
「彼の姿だけは見失ったらダメよ。 彼は、隊列から逸れたり、勝手な個人行動が招く二次的な事まで含めて云ってる。 言われた注意は、子供みたいに素直に聞いたほうがいいわ。 ・・腐森林で助けられた以上、恩人が行方不明にはなって欲しくない」
ギルディは、一息飲んで歩き出し。
「エメ、君もウィリアムを認めるのか?」
「昨日も言ったでしょ? 彼は、入り込んだ場所の風の流れや気象変化を感じ取り経験に変え、毎日の変化を読む基準にしてる。 私達も、それはするけど・・。 彼の感知は、人並み外れてるわ。 雲きりが湧き上がるのも考え、もう今日の進行の予定を見立てている。 私やフランクでは、身構えて警戒するしか無理。 貴方方を見れば解る通り、この高地の気候変動に感心も示してない。 高山病の心配は、此処へ来る前から彼が指摘していた。 でも、環状彷徨は、腐森林を抜けてから。 私も漸く解り始めたけど、この山の風は短い頃合いで変化してる。 太陽を基準に出来るならいいけど、雲きりでぼやけると基準には向かない。 そこで山に吹く風を思い起こすと・・、刻々と変わる風に惑わされる。 ・・彼は、それに気付いてる。 初めて入る山や森で、あんな風に冷静に淡々と分け入れない。 悔しいけど、この旅が終わるまで彼を頼るのが最上の行動だわ」
ギルディは、そんなエメが何処か悔しがりながらも、何処か羨ましがっていると見れた。
(森に住み暮す民として・・、歯痒いのか)
手伝いで来たギルディだが、他人の心を感じ取る時間を度々持つのは久しぶりだった。 ウィリアムと云う存在が、更に解り易くしている。 なんとなく、今まで出来た自分の中の虚栄心の様なものまで見つめ直す自分が生まれた。 確かに、ウィリアムを抜いては此処まで来れ無かっただろう。
「ギルディ。 この先には、どんな自然が在るんだろうか。 なんだか、子供の頃に森を探検した気持ちに還るよ」
隊列に加わってゆくハレーザックが、今までに見た事が無い穏やかな笑みをを浮かべている。
「・・どうだろうな。 さて、今日は俺が殿になろうか。 採取も無さそうだし」
野太い声で、ギルディはそう言った。
最後の方から、リネットとクローリアが隊列に加わり、その最後を護る形でギルディも行く。 モンスター・キラーと恐れられ、口を利くのも憚れるギルディは居無い。 此処では、一介の冒険者であった。
さて。
高原のやや下る道を、突き出した岩や凹凸の在る地面に気をつけて歩く。 無理をしない間隔で休憩をするが、太陽が天に上がる次第に雲きりも上がって来た。
歩いている最中に。
「うほ~~、腹で雲と晴れの境が出来てる」
と、言ったスティールの前では、雲きりに胸まで包まれたジョンが居る。
「なんか怖いよね」
この様子に笑ったギルディやクローリア達だったが・・。
昼を過ぎる頃に。
「ふぅ・・。 もう採取どころじゃないのぉ」
霧に視界を塞がれたラングドンが、疲れて足を止めた。 だが、ウィリアムの歩く速度は、決して速くは無い。
「ラングドンさん、もう少しで森林地帯に入るらしいですわ。 そしたら休憩をしてくれますよ」
「うむ。 それは解って居る。 ま、こんな自然の絶景や神秘を堪能出来るんじゃ。 老い耄れも気甲斐は無くさん」
アクトルの前でこんなやり取りをしたクローリアとラングドン。
だが、更にその前では。
「お~~い、お~~い」
と、野太い男の声が。
直ぐ近くで聞いたフランクが、エメと並んで聞き。
「どうした? 何か?」
だが・・。
「おい・・おーーーいっ」
声は鋭く成る。
その時だ。
「ギルディさんっ、その場所を動かずにっ!!!」
先頭からウィリアムの鋭い声が飛んだ。
・・・。
「ギルディ、大丈夫か?」
真っ先に、間近に居たハレーザックがギルディを迎えに行った。 隊列から20歩と離れて居無い場所である。
しかし、後から来たウィリアムは、
「ギルディさん、耳鳴りがしませんか? 頭痛は?」
と、ゆっくりに尋ねる。
「あ・・嗚呼」
言われて見ればと云う感じのギルディだが。
「高山病の障りですね。 声が何処から来ているか、こう成ると解らなくなるんですよ。 さ、薬を差し上げます。 飲んで、落ち着きましょう」
ウィリアムを見返すギルディは、ひんやりした気候にも関わらず脂汗とも冷や汗とも見受けれる汗を顔一杯に掻いて。
「いや・・、まあ大丈夫ら・・」
その呂律の回らないギルディを見るハレーザックは、今までに見た事が無いと。
「ギルディ。 呂律が回ってない。 落ち着こう」
だが、ギルディは・・。
「あぁ? おれが・・は? ばか・・な」
すると、ウィリアムは迅速に動く。
「皆さん、ラングドンさんやジョン君の事も考えて此処で休憩します。 時期に雲きりが下がりますんで、それから出発しましょう」
有無も無く決断を下すウィリアム。
その後、地べたに座って焚き火を熾すと、ギルディは自然と近くに寄る。 体調の急激な変化で、体温の調節が上手くいってなかったのだ。
「ギルディ・・寒いか?」
「あ? ・・・あぁ」
ウィリアムから薬を練薬として貰ったハレーザックは、
「暑がりのアンタが、そんなに汗掻いて寒がるなんて初めてだ。 ホラ、ウィリアムから薬を貰った。 水で飲めって云ってた・・」
この間、ウィリアムは全員の診察をした。 無理をして口にしないが、ロイムとエメに似たような症状の傾向が診れた。
★
夜。
「虫がうるせぇ~~~。 虫除けを早く焚こうっぜぇぇぇーーッ!!!」
背の低い木々からなる森の中で、野営に適した岩穴を見つけた。 蚊、跳躍するダニ、降り落ちるヒル。 まだ丈は高くないが、高地の低い木々が織り成す密林地帯に入った一行は、高山病とは別の自然の脅威に悩まされている。
ジョンの首筋に付いたヒルを削ぎ取るウィリアムは、虫除けの煙を焚く事に苦労しているアクトルへ。
「代わりましょうか?」
すると、岩の中から。
「大丈夫だっ、もう・・・燃えるっ!!!」
洞窟とまではゆかぬ深さでも、洞穴の中には生き物が篭っている。 蚊やダニやハエなども・・。
煙が入り口から吹いてくると、スティールは我先にと煙を浴びに。 この煙の効果は、ウィリアム手製で効果覿面なのはチームのだれしもが知っている。
「匂いはイヤですけど、早く浴びましょう」
と、クローリアが言えば。
「年寄りを先にせんか」
と、ラングドン。
「あ~~~、痒い痒い」
腕をボリボリ掻くリネットと、
「この蚊しつこいっ」
と、走ってゆくロイム。
エメやフランクは、何事かと彼等を見ている。
「さ、ジョン。 あの煙を衣服に。 多分、寝てる時も虫を寄せ付けないから」
「うん、かゆ~~い」
スティールは、我先にと洞穴から出る煙の中に入って。
「早くみんな入れよーーっ!!! ウィリアム手製のこの虫除けは、衣服に付けるだけでも2日は効果が持つんだ。 後で寝てる所を襲われても、俺たちゃしらんぞーーーっ!!!」
虫除けの効果など市販のものでは半日程度。 それが二日も続くなど信じられないと思うギルディは、
「二日・・・」
と、呟くのみ。
しかし、今までのウィリアムの薬師としての手練を見ているハレーザックは、すんなりと。
「行こう。 二日持つかどうかは別にして、最低でも一日続けば願ったりだ」
煙を浴びに行くハレーザック。 その後を付いて行くだけの半信半疑のギルディだった。
さて。 地上と面する見上げるような岩山に空いた、人も飲み込む様な亀裂の穴。 斜めに鋭く切れ上がっているが、地面付近は入り口が横にも解れて入りやすい形では在る。 その穴から、斜め下に20~30歩近くは下がった所に、砂地で岩がボコボコと突出している洞穴の底が在った。
「ふぅ。 ちぃっさい蚊の巣窟だったぜ。 あ・・、耳に羽音が残ってやがる・・・」
落ち着いたアクトルは、焚き火の炎が揺れ動くのを見て、此処には風が吹き込んでいるから寝ながら窒息することもないと思う。 だが、耳から離れない無数の羽音と、全身に走るむず痒さは事実を物語る。 ウィリアムから渡されている薬を毎日朝に飲んでいるが、それがなければ病気に至る所だろう。
洞窟で休む事にした一行だが、夜も更けて程なく雨が・・。 ザーザーと降る雨ではないが、長く降りそうな様子の雨であった。
ジョンやロイムが、早くも寝る。 クローリアやギルディなども、肉体疲労と薬の効果から寝てしまった。
「ウィリアム」
平たい岩の上に寝転がるスティールが、岩を登ってきた親指大のダニをナイフで潰しながら声掛ける。
「はい? どうしました?」
「街に戻るまで入れて、後どのぐらいだ? 5日とか7日だと、体力的にキツイの出て来るど~」
「すんなり朝から動けるなら、明後日の午前には目的地に到着出来ると思いますよ」
「帰りは?」
「3日。 ですが、モンスターとの激戦が途中で予想されます」
「激戦ね・・。 俺は、今日までの自然の過酷さの方が激戦だわ。 お前無しで、森の中や山の中には入りたくない」
二人で雑談をしながら、朝方までの見張りをした。 爆睡したロイムとラングドンが、夜明け前から交代してくれる。
早朝。
交代したウィリアムとスティールが寝る頃。 遠くからホエザルの仲間の“ウホォーウホォー”と云う遠吼えが聞こえて来る。
朝陽が斜め上に覗える頃。 野鳥の声までもが森に木霊した。
もう明るくなったと思う頃、熟睡した面々が起き出してくる。
見張りが必用無くなった所で、先はと水を探しに行くロイムとリネット。
「ん~~~~、空気が綺麗な感じがしますね」
と、ロイム。
「あぁ、清清しい。 森の中で過ごすのも、こうゆうのは悪く無い」
と、返すリネット。
雨が上がったばかりで空気が美味しい。 リネットの頭を超える木々が少なく、密林と云っても疎らな感じもする。
が。
彼らが戻り。
ロイムが水の流れ落ちる小さな小さな滝が近くに在ると教えて、数名がリネットを伴って出て行った直後の事。
「・・」
無言でムクリと起きるウィリアムは、細い目のままに自分の水筒を手繰る。
彼が起きたのを見たロイムは、枯れ木のやや湿ったものを薪代わりで焚き火に入れると。
「ねぇ、ウィリアム」
「ん?」
「此処って、不思議な森だね」
「あぁ・・、丈が低い木々が多いからかい?」
すると、彼を見つめたロイムは・・。
「うぅん。 彼方此方に森の開けた所が在って、その開けた所に地面を掘った様な半円の窪みが幾つも有るの」
と、言った。
これを聞いたウィリアムは、急に目を見開き。
「え?」
明らかに声へ張りを覗わせる。
声のトーンの変化は、ロイムも、クローリアも聞いた。 二人がウィリアムを見て、スティールが声に目を覚ますと。
「ウィリアム・・どうかした?」
ロイムの問いに、ウィリアムは洞窟の出入り口を見上げ。
「ロイム・・その開けた場所は、此処から近いのかい?」
「あ・・うん。 此処はまだ標高が高いから、斜めに下る森の所々が見渡せるけど。 森の彼方此方に見えるけど?」
すると・・。 ウィリアムは何も持たずに立ち上がり。
「皆で此処に待機してて。 出発は、昼近くでも大丈夫・・」
と、洞穴を出て行く。
「あっ」
「まぁ、ウィリアムさん」
驚く二人に、スティールが後を追う様にして。
「俺が行って来る。 ゆっくりメシでもしばいてろや」
穴に残ったのは、ロイムとクローリアとラングドン。
まだ眠いラングドンは、
「後で何が在ったか聞けばいい。 どうやら、面白いものが在った様じゃ」
と、岩に凭れて眠りを迎えた。
さて、穴を出たウィリアムは、ロイムが教えた岩場に走る。 森を掻き分け、入り組む斜面の高台に出ると・・。
「本当だ・・・これは凄い」
森の切れ間から、下る広大な森が見渡せる。 しかし、その所々に剥げ地の様に地面の向き出した場所が在るのだ。
「おいっ、ウィリアムどうした?」
スティールが追いつくと、ウィリアムは脇目でスティールを見て。
「スティールさん、あの地面が見える場所を見てください」
「おう・・・木が生えてないのは解るが。 ・・あれがどうした?」
ウィリアムは、その木の生えて居無い場所を見て。
「あれは、エメさんやジョン君の一族が大昔の嘗て住み暮していた場所ですよ。 古代集落の跡です」
ウィリアムを見ていたスティールは、
「って事は・・、この森が・・・原始の森の奥地か?」
ウィリアムは、森の中に突き出す岩山を見て。
「マドーナ老人やシロダモさんの話の通りだ・・。 もう冷え固まって年月も経過してますが、あの黒く突き出した岩山は、噴火して出来た岩山だ。 遥か彼方まで続く森の中に、幾つもの岩山が見えます。 この岩山が出来る噴火が同時に起こったなら・・、この森に暮していた民は下流域へ逃げざる得なかったハズ」
「つまり、エメやジョンの子孫は、此処から逃げて来た訳か」
ウィリアムは、森の西側の遠く。 煙る場所を指差し。
「あれが、目指す滝ですよ」
「あ? あぁ~~~、あの白い煙の場所か?」
「はい」
スティールは、それよりもと。
「しっかし、此処は凄い森だな。 一体、何処の辺りなんだ?」
「フラストマド大王国領土ですね。 南方に当る国境都市ブルジョミンから北の国境都市は、大きく西側に寄ってホーチト王国、スタムスト自治国に食い込んだ場所に在る衛星都市アジュ・ソヤナ。 その上と成りますと、また北東側に沿って大きく曲がり、スタムスト自治国の北側に在る州の州都キーリへ向かう辺境の町。 この森は、大地の営みで幾重にも起伏と沈下を織り成す岩山や台地に囲まれて護られる秘境なんですよ。 恐らく・・」
遥か遠くまで見るスティールは、
「お前と居ると面白いなぁ~~。 俺やアークじゃ、こんな所に来ようとする思いが浮かばねぇ。 森の中でガキの頃から生きて来たが、森や自然を見て興奮するなんざ思いも寄らなかった。 ラングドンとリネットを加えて行ったマーケット・ハーナスの森や山といい、この広大な大自然といい。 バカでも魂が揺さ振られる場所って、在るもんなんだな」
と、北から吹く冷たい風を頬に受けていた。 髪が靡き、彼の眼ですら澄み渡らせる自然が、其処に広がる。
ウィリアムとスティールが穴に戻り、事実を伝えると。
「ウィリアムさん、僕も見たいっ!」
と、ジョンが言う。
「解ってるよ。 これから、森を行きながらその場所を見て回ろう。 集落が在ったのは、もう悠久の時を遡る大昔だっただろうけど。 木々が生えずに枠が残っているだけでも発見だ」
ウィリアムは、そのつもりだった。
フランクは、ジョンを見ながら。
「父も見る事が敵わなかった森の奥地が、こんな形で見れるとは思わなかった。 私も、是非にこの眼に焼き付けて行きたい」
しかし、楽しいことばかりが見えている訳では無かった。 食料も残りが見えてくる頃、採取した薬草も、出来るだけ早く持ち帰りたい。 ウィリアムには、街に帰るまでの全員を護る責任も在る。 その見極めも含め、ウィリアムの真価が問われてゆくのだろう。
が。
干し肉を齧るスティールは、今までを振り返り。
「しっかし、あのトカゲは美味かったな・・。 何か、美味しそうなものは無いかな」
すると、ジョンも。
「本当ですね。 アレは美味しかった」
と、笑った。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、有難うございます^人^