★夏休み特別話 番外編・雨林の奥に出来た腫瘍 終★
K 番外編拾
題名 【雨林の奥に出来た腫瘍】
悪魔が出た街道の分岐点から、人の足で半日ほどの離れた距離の街道上にて。
「どうどう、おしおし。 もういいぞ」
濃霧の中で馬の嘶きが聞える。 街道上ながら馬を下りたKが、馬の労を労って首を撫でた。 役人の施設で借りた中年の赤毛馬。 休みなしで街道を直走ったこの馬にも、そろそろ限界が来ていた。 後は自分で行った方が早いし、探りながらに為ると馬を下りたのだ。 霧の中に、強い瘴気を感じ始めたと云っても良く。 悪魔が近いとKは思ったのだ。
ーヒヒヒーーーンー
首をブルブルと動かす馬は、鈍い歩みで街道を歩き出す。 馬は訓練を受けると、見知った基点に向かう事を覚える。 老いた馬はその道を忘れず、精悍な牡馬は仲間を連れて決まった場所に引き連れる。 この馬も、放って置いても街道分岐点の施設に戻るのは読めた。
何処に誰が居るのかも解らないかも知れない。 Kは、街道を早歩きに進みながら、周囲の森に気配を知ろうと感覚を研ぎ澄ませる。
「誰か居るかっ?!! 居るなら返事をしろっ」
声を出し、森に呼び掛ける。 気配を探り、オーラの淀みやうねりが無いか感じ、また少し先へと急ぐ。
森の中を行く街道で、白み始めた朝方からKは捜索を開始したのだが。 直ぐには悪魔にも、人にも出くわさなかった。 呼びかけと察知を幾度も繰り返し、もう分岐点に近付こうとする頃。
「ん? 血・・」
微かに、鼻を突く血の臭い。 森の中から漂ってくるのだ。
(チィっ、調査の先鋒隊は全滅かっ?!)
濃霧に染まった街道上。 Kが森の中へと瞬時的に飛び込み、血の臭いを頼りに奥へと疾風の如く走ると。
ーウケケケ、ソロソロトドメトイコウカナー
キリキリと不気味なトーンで聞えるたどたどしい言葉。 強い血の臭いの漂う場に飛び込んだKは、宙を浮遊している小悪魔と云うべきインプが、その短い漆黒の槍を役人の喉元に突き立てようとしている現場を目の前にする。
其処で、槍を構えたインプも、背後で“バサッ”と小枝が揺れた音を耳にし。
ーン~?-
と、振り返る。
「邪魔だ」
そうインプに云うKは、もう全身に傷を負う役人の下に立っていた。
ージャマ・・・テ?-
声の方に体を戻そうとする浮遊していたインプだが、漆黒の体をした身体と悪意に満ちた顔の繋がりが感じなくなり。 何が起こったのだろうかと考える間も無く、注に浮いていた顔が送れて地面に落ちた。 Kが走り抜け様に、首を切り落としたのだ。
「おい、しっかりしろっ! もう悪魔は死んだぞ」
木の根元に屈み込み、意識の薄らいでいる表情をした若い役人へ声を掛けた。
「いあ・・もっ・もりに・・・なか・・」
たどたどしい声を発するのは、全身の衣服を血で染め上げる若者で。 Kは怪我の具合を確かめるのに、彼の上着の様な傷だらけのレザーメイルを外した。
(出血が激しいな。 傷が・・5・8・・。 相当に嬲られたらしい)
しかし、その若者の怪我で大きい怪我は3つ。 細かい怪我は、もう血が止まっている。 恐らく、このインプに追われながら、魔法やその手の武器で何度も傷付けられたのだろう。 魔法が当ったと思われる右肘は、有らぬ方向に曲げられていた。
彼への基本的な処置を素早く終えたKは、まだ息が有る彼を抱えて街道に戻る。
(悪魔が居る以上、おいそれとこの兄ちゃんを何処までも連れてけないな。 後から召還した悪魔が、あのインプ一匹って事は無さそうだ)
Kの予感では、大物を呼べないなら小物を多数呼ぶ事も想定内である。 生じ数だけ多く呼ばれても、掃討するのに時間が掛かりそうで嫌な予想だが、インプの存在にその予感を確信へと変える気持ちが湧いた。
そのまま、とにかく道を進もうとKは移動するのだが・・。 差ほども進まず、“わーわー”云いながら影の様な悪魔に襲われている役人二人を見つける。 酷い濃霧と、曇天の空で悪魔も行動がし易いらしい。
そして・・。
「わぁっ! た・助かったぁぁぁぁ」
悪魔をKが倒し、命辛々助かったと実感できた警察役人の二人。 年配も者は、浅い傷だらけの体を診るのに無言で。 中年の無精髭を生やした怪我の少ない者は、おんおんと泣き出してしまう。
年配者の役人の怪我を診るKは、
「この若いのも仲間かい? 出血が酷く気を失い掛けてる。 何処か、治療の出来る場所は無いか?」
魔法を掠らせて、足の骨を脱臼させた年配者の役人は、マシューを見て。
「おお・・、マシューだ。 ポーター長官の御子息が・・生きてるとな」
と、安堵を口に出してから。
「この近くに在る施設は、砦と夜営施設が在る街道分岐点しか無い。 だが、悪魔が出たのがその近くなんだ」
骨を固定してやるKで。
「冒険者は、居なかったのか?」
「いや、いたさ。 彼らが10数もの悪魔の内、大半を引き付けていたからこそ・・、此処まで我々が逃げれたんだ」
「下級の悪魔とはいえ、10数か・・。 そりゃ、名うてのチームでもきっついゼ」
「奴等・・、亡霊やガイコツのモンスターも従えてたぞ」
「だろうな。 悪魔を呼び出すのに、大勢の犠牲をつぎ込んだんだ。 その遺体や浮かばれない魂は、悪魔にとっては僕を生み出す格好の道具よ」
年配の役人は、悪魔を斬る処も見えなかったKの腕に片手を預け。
「まだ、冒険者も・・、我々の仲間や・・へっ、兵士も生きているかもしれない。 助けれるか?」
疲労と生死を掛けた緊張の連続で、もう精魂尽き果てる処まで来ていそうな年配者の役人だが、それでも仲間や後の心配を捨て置けないらしい。 気を失いそうな目ながら、必死に意識を保って聞いてきた。
「その為に、無理して来たんだ。 後は任せろ」
こう云ったKは、比較的怪我の少ない動ける中年の役人へ。
「もう少しすると、俺が乗ってきた馬が来るはずだ。 その馬にこの若いヤツを乗せて、砦に来てくれ。 俺は、悪魔の掃討と生存者の捜索に出る」
「ひぃっ、も・・もど・ももも戻るのかぁっ?!」
立ち上がるKは、辺りの気配を感じながら。
「下級の悪魔なんざ、俺には千でも万でも敵じゃねぇさ。 面倒は、生存者の安全の確保・・。 向うか」
Kの独り言に、
「へぇっ?」
と、反応する中年の警察役人。
だが・・。
「きっ・・」
「消えた」
言葉を失った中年役人と、Kが消えたのを見届けた年配の役人。
「これが・・冒険者の凄腕か・・・」
年配の役人は、今までの自分が見た如何なる冒険者よりも凄いKに、助かったと再度に亘って実感をした。
そして・・。
「チィっ、見つかったっ!!!」
非情に切羽詰った物言いの様子で、霧の中の木陰に隠れていたヒートが呻いた。
「ヒートさんっ、僕はいいですっ!!!! スカーレットだけ連れてっ、早く逃げて!!」
鎧をズタズタにされ、片足を引き摺りながらアフレックが後方で叫ぶ。 その掠れながら上ずった声を聞くだけでも、彼がもう相当な体力を消耗していると解るだろう。
「アフレックっ、私だけなってっ!!」
鳴き声で云うスカーレットだが、右耳を負傷して額を怪我していた。 血が目に入り、視界は良くない状態を見受けれる。 言葉もハッキリ云えない様子からして、この彼女も追い込まれていると見れた。
この怪我した二人と、満身創痍の二歩手前で何とか動けるヒート達が逃げているのは、街道から崖を降りた森の中である。
「皆さんっ、早く此方へっ!!! 街道に上がれそうな場所が在りますよっ」
3人から更に後方へと離れた霧の中から、やや枯れ声の男性の声がする。
悪魔6体が、空中と歩行の二手でヒートの目前に迫った。
「逃げ道が見つかったんだっ、諦めるなっ」
ヨロっと木陰を離れたヒートは、アフレックを探す様に土手下の壁際を下がるスカーレットに寄る。
彼らの状況は、頗る悪く、全滅も目の前にした状況だった。
先行して、街道に逃げる道を探しているのは、僧侶と神官戦士の二人だ。 別のチームの二人だが、彼らのチーム仲間はもう殺されて他無い。 口数の少ない若き女性の神官戦士アモーレは、もう死に掛けたエリックと女性の新米兵士を背負っていた。 兵士の生き残りは、彼女一人。 冒険者の生き残りもまた、6名のみ。
昨夜の夜の森の中で、ゲリラ戦で悪魔と戦闘を繰り広げた冒険者達。 逃げるのにも、もう悪魔やモンスターと接近し過ぎていたため、逃げる様に間合いを取って森を進みながら、バラけた悪魔を狙って潰す作戦であった。 考えたのは、ミザロ。 兵士の生き残りを仲間にして、二手に分かれたチームで戦い始めた。 この間に別方向へと逃げた警察役人には、もう逃げて知らせに走って欲しい願うしか無かった状況であった。
処が、である。
夜の戦いは、悪魔達に分が在るのは当たり前であった。 狡猾な小悪魔などは、タフで力の在る悪魔を態と先行させ。 その悪魔を奇襲する冒険者を狙うなど、裏を掻いて来た。 悪魔が生み出したモンスターは、最初に打ち倒しただけではない。 奇襲をしたつもりが背後を別の悪魔とモンスターに取られ、一人・・また一人と殺されて餌食にされた。
ミザロ達より遥かに先。 チームの統制が乱れた別のチーム。 我先にと逃げた魔術師の若者は、五体を引き裂かれて食われ。 女と解っただけで、人に異常な執念を持つ悪魔に追われて、別のチームに居た女性剣士は、どうしただろうか。 仲間の僧侶の男性が確認したのは、血みどろになった剣と、それを握っていた手首のみ。 彼女の最後を見たらしい学者でボウガンを遣う中年の仲間は、顔面蒼白で冷や汗だが霧でびしょぬれながらに。
「アイツは・・もうダメだ。 食われた・・全部・・食われた」
と、繰り返すのみ。
結局、このチームの残った3人がミザロのチームへと合流したのが、明け方近く。 だが、戦い疲れて戦意が落ちる度に、誰かを失うハメとなり。 ヒートを庇って、スカーレットを庇ったアフレックはもう戦力に成らず。 相打ち覚悟で悪魔に魔法の連続撃ちをしたスカーレットは、魔法を頭部に掠めてこの通り。 皆を逃がす為にミザロは明け方過ぎに突撃して死に急いだ。
死闘の末に漸く朝を向かえ、森の生き物が動き出す。 その御蔭か、夜から朝に成ったからか、悪魔は逃げる冒険者を特定するに至らず。 最後に残された聖水を使ったヒートは、その武器で亡霊の様な悪魔と足が体の周囲をグルっと囲む悪魔を奇襲で倒す。 当初は18体居た悪魔は、10体にまで減っていた。
そして、今に至り。 スカーレットに近寄ったヒートは、
「スカーレット。 アフレックの事は俺に任せろ。 お前達二人が気遣い合ってちゃ荷物が二つだ。 お前は魔法が遣えるぶん、先に行く僧侶と女神官の後を追えるだろう? 先に行け。 アフレックは、俺が命に代えても引き摺って行く」
スカーレットはこう云われても、その視界の利かない中でアフレックの姿さえ良く見えて居無い。 逃げる事も侭成らないうえ、何よりも心配なアフレックが傍に居無いのが怖い。
「ヒートさん、アフレックが死ぬなら・・私も此処に残る」
朝霧で髪を濡らしたスカーレットは、弱弱しい声でヒートにそう言い出した。 ドロと血で汚れた顔だが、その素の女らしさが若々しく見えたスカーレット。
「お前・・」
彼女の顔を見て、嘗ての仲間だったシャナスを思い出して重らせたヒート。 あの彼女を失った時の記憶が甦り、全身に熱い力が湧いた。
「・・死なせるか、バカ共。 俺がミザロから預かったのは、お前達二人分だ。 さ、早く行け。 若造を捕まえていくから」
スカーレットの肩を押して、奥に行かせる。 スカーレットの様子に、明らかな愛情に近いものを感じた。 お互いが好きなのか良く解らないが、彼女の顔にはその色が見える。
「ヒートさん・・」
弱弱しい声のスカーレットだが、ヒートに向こうとする。
「行けっ! アイツを探す余裕が無くなるだろうがっ!!」
突け離して動くヒートだが、その内心では・・。
(俺の終わりも此処か? 全く、この非常時で他人を捨て置けない俺は、只のバカか?)
声を出さずに、アフレックが霧の中に消えた方へと歩き出すヒート。 逃げなければ、もう悪魔に掴まる可能性が大きいのは解り切っていた。 仲間だ、チームだ、力量を超えた範囲でそんな悠長な事は無謀でしかない。 だが・・、スカーレットを死なせたくない自分が居て、過去の二の舞を演じるぐらいなら死んだ方がマシと思える自分が居て、体が・・思考が・・遣りたい方に動いていた。
そして・・。
「アフレックっ!! もう逃げろっ!!! お前が逃げなきゃ、スカーレットも死ぬぞっ!!! 俺の分身を作る気かぁぁっ?!!」
「だ・・だけ・ど」
真っ黒い人型で翼を持った悪魔に殺され掛けたアフレックを発見し、何とか助けに割って入ったヒート。 だが、その悪魔の魔法を避けて木陰に逃げたまでは良かったが、他の悪魔との合流を許して逃げる方向が無くなった。 アフレックを肩に抱え、二人して後ずさるままに森の中へと追い込まれていく。 悪魔が余裕を持ってるのは、街道から離れて暗がりに逃げるしか無い自分達が居るからだ。
(チィっ、コイツの血の臭いが強い。 一人で逃がしても、掴まっちまう。 あの霧の様な悪魔さえ居なきゃいいんだが・・)
人型で翼と鋭い槍型の先端をする尻尾を持った悪魔は、肉弾戦を好むタイプならしい。 その手にする黒い剣と、鉤爪の様に伸びる爪、そして尻尾で襲い掛かってくるからだ。 別の悪魔は、スライムの様にドロドロとしていて、動きが鈍い代わりに魔法を遣って狙ってくる。 しかし、この二匹より侮れないのは、実体が無い様な霧の悪魔だ。 体に纏わり着かれると、無数の手が生み出されて衣服や体を掴まれる。 手は、意思が在るのだろうか、首を締め付けても来るし、目を潰そうともして来る。 基本的に霧の様なので、その姿を遠くから視界に捉えておくのが難しく。 また、その霧の体の動きが思いの他に素早い。 怪我をしたヒートも、大怪我をしたアフレックも逃げ切れる相手では無い。 この霧の悪魔に掴まった時に、他の二匹の悪魔の接近を許すなら、それはもう必死を意味すると云って良い。
逃げるヒートは、アフレックを逃がす為には自分が囮に成るしか無いと思った。 其処で・・。
「アフレック、良く聞け。 この巨木を見ろ。 縦に、幹に雨露の亀裂が出来てる。 お前は此処に入って、俺が悪魔を引きつけた後に街道方面へ逃げろ。 いいか、必ず逃げるんだ・・・」
死ぬ覚悟を決めた。 彼を逃がす為に、これしかないと云う方法を云う。 アフレックは、自分だけ助かりたくないと、弱弱しくも首を振っている。
だが・・突然にである。
ーギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!!!!!!!!-
けたたましい、断末魔の悲鳴が森の中に轟いた。 人の声とは思えない、おぞましい声である。
「・・・」
「・・・」
必死の相談を終える前に、こんな声が響くのだ。 声のした方を見るヒートに、辺りを窺うアフレック。
そして、霧と木の向うから。
「おい、生存者は二人だけか」
人の声がした。
ヒートは、直ぐに。
「だ・誰だ?」
と、返した。
「一応、救援に来た。 俺一人だがな」
一人で誰が・・。 驚いたヒートはアフレックの肩を担ぎ、二人して急いで声の方に。 すると其処には、霧の悪魔を黄金の色に光る右手に掴み上げ、握り潰そうとする黒い衣服の人物が見えた。
ーアワっ! ア゛・アグォォォォォォォ・・・・・・・・-
サラサラとした塵に変わりながら、霧の悪魔が倒される。
「おぉ・・、気孔の体術か? 他の悪魔は、もう居無いのか?」
驚く技だが、ヒートも冒険者の生活が長い。 体気仙と云う気孔の技を、手足に出して不死のモンスターと戦う格闘武術を見た事が在った。 オーラが異常に強いが、その類だと理解した。
「3体は、此処で倒したぞ。 他は、どっちに居る?」
Kは、ヒートに質問した。
だが、ヒートはKに近寄ってきて。
「街道の上に、仲間が逃げた。 大怪我した者を背負ってだから、そっちに行ったかも知れない」
「あ? それなら、もう保護してある。 そっちに向かってた大型の悪魔は、もう倒した・・・って、結構な大怪我してんな」
話の最中で二人を目視確認したKは、アフレックの両足の怪我を見てこう云い。 彼の手当ての為に、アフレックの足に屈んだ。
「あ~あ、無理して動いてるから骨がズレてら。 このまま治したんじゃ、もう元に戻らず棒みたいになっちまうぞ」
足の歪みを診て、そう言うK。
ヒートは、後から悪魔が近付いてくると思い。
「とにかく、街道まで戻ろう。 それからで治療は出来る」
と、提案する。
が。
「いや、此処で応急処置をする。 向うに徘徊してる悪魔の気配が、此処からで薄っすら感じられる。 もう気付いてる気配だ、集まっている人の元に誘導する事もあるまい」
立っていたKは、ヒートから受け取る様にアフレックを動かしてその場に座らせる。
これに驚くのは、ヒートだろう。
「おっおいっ!!! 悪魔に気付かれてるのに、此処で治療するのかぁっ?!!!」
出血を抑える薬を丸薬にしたものを取り出すKは、ヒート見る素振りも無く。
「高が低級悪魔の百や千でガタガタ云うな。 迎え撃つ事も出来ないで、一人で応援に来るかよ。 それより、アンタ。 骨を矯正するから、コイツの肩を押さえてろ。 結構イタいぜ」
「あ・・悪魔の百や千って・・。 アンタこそ、何なんだ?」
傷だけではなく、アフレックの足の骨は骨折して捩れ、離れはじめていた。 これを矯正すると云うのだから、その痛みは酷い。 Kの存在を飲み込めないヒートだが、助けられた形から主導権はもう無い。 仕方ないとばかりに、アフレックの体を押さえる事に。
「うあ゛っ、あがががーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
見事な手捌きだが、骨が動かされるアフレックは激烈な痛みに思わず喚く。
(チィっ、完全に気付かれる)
内心に焦るヒートなのだが。
「いいぞ。 どうせ悪魔には気付かれてるんだ。 大声上げようが、気にするな」
と、Kは全く気にしない。
そして・・、案の定。
ーオ~オ~、イタゾォォォォ~~~~~~-
低級の悪魔でも、高い魔力を秘める三つ首をしたハゲタカの悪魔。 足は人の様に長く、胴は鳥のそのもの。 そして、翼が手を持って羽ばたき。 頭部にはドス赤い目をしたハゲタカの顔が、死角無き方向で3つ付いている。 汚らしい灰色みを帯びた曇る銀色の体毛は、見るも毒々しい照りを覗わせていた。
「おいっ、来た・・」
ヒートは、その悪魔を直視出来ない。 この悪魔、低級ながらにフィアーズ・コートに似た能力を持っているらしい。
だが。
「あぁ、来たな。 それより、布で足を固定しちまう。 ビビらずに押えてろ」
Kは、全く動じていなかった。
もう何がなんだかと思うヒートは、こんな悠長が在っていいのかと思う。 しかし、Kは一本の安物のダガーを手に持つと。
「もう朝だ。 モンスターは塵に還って寝てろ」
と、アフレックに屈んだ態勢から横に投げる。
「おい・・・」
何をするのかと、ヒートは思う。 しかし、アフレックの足の固定に入るKの投げたダガーは、鋭く放たれた弓矢の如く宙を走り。 瞬く間に、我先にと漂ってくるゴーストを3つ串刺しにして消してしまう。 先に聖水でも掛けられていたのか、どうしたのかヒートには解らない。 が、ゴーストを倒したダガーは、急に真上へと捨てられる様に跳ね上がったかと思えば、後から遣って来たスケルトン二体の遣ってくるの待っていたかのごとく落下。 刃を下に向けて落下したダガーは、スケルトンの一体目の頭部に当り、その頭部を粉々に砕いて弾かれ飛ぶ。 更に後方に近付くスケルトンの胸の背骨に突き刺さり、ダガーは壊れて落下。 スケルトンは、バラバラに砕かれて塵に還るのであった。
アフレックを押さえながらそれを見ていたヒートは、
「おい・・おいおい、あれって・・ダンシングダガー・・か?」
と、Kに。
淀みない手つきで両足を固定するKは、
「固定するまで押さえに集中してろ」
と・・だけ。
「あ、あぁ」
応えたヒートだが。
(この包帯男・・何者だ? こんな凄腕、居るなんて聴いた事ないぞ? まさか・・、主のシュヴァルティアスさんの知り合い?)
その胸の内で疑問は尽きぬ。
一方、さっさと固定し終えたKで。
「よし、後はアンタが背負っていけ。 街道の上に居た女が、コイツだかアンタだかを心配して泣いてたぞ」
と、立ち上がる。
痛みで気絶しかけてるアフレックを見たヒートは、ゆっくりと顔を上げながら。
「それはコイツ・・・だぁっ!!」
急に語尾で驚いたのは、Kが其処に居らず。 三つ首のハゲタカの悪魔をズタズタに斬って捨てた先に居たからである。
「んじゃ、残りの悪魔を潰しにいく。 街道か、宿泊施設に居りゃ~助けも来るだろうさ。 精々、あの疲労困憊の僧侶二人に頑張って貰え」
そう言うKは、霧の中へと溶ける様に消えていく。
「・・な・ナニモンだ? マジでよ」
ヒートはKの全てが解らず、そしてこの微妙な助かり方が夢の様である。 だから、少しの間だけ身動きもせずKの消えた先を見ていた。
二
それから、3日後。
「大丈夫かぁっ?!」
「ライサは? 生きてるのかっ?!」
街の北側。 断崖最上部の北東・北西方面の街道と通じる大門前にて。 救出された役人が、荷馬車を改良して作られた輸送馬車で戻って来たのだ。 漸く霧も収まり、久しぶりに良く晴れた昼前。 警察役人の長官ポーターを始めに、捜索活動に加わった役人や兵士の無事を確かめに来た家族で堰き止められている様な状態に在る。
生死の確認をしたい家族の声が上がる処へ、馬車が次々と入って来ては混雑する繰り返し。
「・・・」
黙って役人数名を従えて、迎えをするポーター長官に気付いた兵士が馬車の操作席の補助席から飛び降りた。
「ポーター長官、態々のお迎え有難うございます」
「うむ。 大変な事に為ったな、疲れただろう」
兵士は、畑違いながらに労いを貰って恐縮し、敬礼をしてから書類を纏めた書簡の様なものを出して。
「街道分岐点に在る砦に居る兵士長より、状況の詳細と役人の生存者・死亡者の報告書となります」
険しくした眉を震わせ、その書類を受け取るポーターであり。
「死者が多いと聞いた。 被害は・・最悪か?」
「は。 兵士は、街道警備に当っていた者を含め総勢31名中、25名が死にました。 砦に待機していた14名、街道警備の交代で事態に巻き込まれ、残りの11名も悪魔掃討に参加し・・亡くなりました」
すると、ポーターは。
「済まない。 冒険者のチームも雇い、戦力を増して警備する作戦に遅れが出た。 第二陣の警備調査隊からそう成ると決まっていただけに、我々上の者の不手際が大きい。 死傷者の家庭には、相応の俸禄に照らした見舞金を出す様に統括へ掛け合う。 色々と不満が出るだろうが、駐屯軍を束ねる将軍への陳情は、此方へ回して貰いたい」
と、云ったのである。
しかし、兵士は裏事情を知っている。 この一件には、兵士を貸し出した軍部の現場指揮、幹部下位指揮官の間で冒険者の力を借りる必要は無いと言い張った者が居て。 役人や街を統括する市政幹部も、冒険者を一々雇い入れる必要などないと云っていたらしい。 モンスターとの戦闘も、他の国の兵士に比べれば格段に多いこの街の兵士。 亡霊ぐらいでは聖水の携帯を許しているので、何とかなろうとタカを括っていた部分が在ったらしい。 ポーターは強く冒険者の雇い入れを主張したらしいが、カギンカムが他部署となる財務管理庁や市街の防衛・防災庁などとの掛け合いで言いくるめられたとも。 もしもの場合は、宿泊施設に居る冒険者の手を先ずは借りれば良く、その緊急手当て分だけの用意で成り行きを見守るとしたとか。
「は。 では・・、失礼します」
兵士が去ると、直ぐに書簡を開いたポーター。 生存者として運びこまれた者は、緘口令も有ってそのまま軍医施設へと運ばれる手筈になっていた。 おいそれと、自分が子供の様子を確かめる訳には行かない。
「・・・」
生存者の中に、マシューの名前を見つけたポーター。 だが、死者の方には、マシューの先輩で自分の側近達の息子の名前などがズラズラと・・。
(嗚呼・・)
苦渋と云うか、苦悩がフツフツと胸の中に広がる。 自分の息子を先発部隊に組み込んだのは、ポーターの欲目も有ってだ。 自分の息子とは言え、権力で強引な出世をさせようと思わない。 こうゆう突発的で上下の役職関係がハッキリしない処で息子を参加させ、その作戦成功を手柄に息子の地位を確立させてやろうと云う親の欲目だ。 だが、それがハッキリと裏目に出た。 いや、外側の一般人や住人から見れば、ポーターの息子で在ろうと規律正しく選考が行われて配属された様にも見える。 生き残った役人の中では、マシューが一番の重病人らしい。 瀕死の大怪我なれば、色々と言い訳も出来る。
だが・・。
(やはり、冒険者の参加の作戦まで粘って漕ぎ付ければ良かったか・・。 だが、警備隊も捜索部隊も投入せずして、悪魔の被害が街道で出ては言い訳も出来ぬ。 嗚呼・・、嗚呼)
嘆きながら報告書を見れば、半日遅れで到着したKの御蔭で全滅を免れたらしい。 彼の存在なくして、この一件の被害の最小化は無かっただろう。 彼が居なければ、被害は街に迫ったかも知れぬ。 この犠牲、大きく見れば大きく。 小さく見れば、小さい。
「報告書を受け取った。 後は総務部の一員に任せ、我々は引き上げて事態の収拾と事後処理に動く」
ポーターは、上辺に冷静を装い。 静かにそう数名の部下へ。
「はっ」
「では、その様に部長へ伝えて参ります」
「うむ。 では、先に動くぞ」
ポーターは、この事後処理と不手際だけは自分で背負う気でいた。
それから・・、二日後
冒険者協力会の出張所たる斡旋所にて。 戻っていたKが、シュヴァルティアスの私室にてソファーに伸びている。
「ケイ、紅茶」
ティーテーブルに出された紅茶に、
「おう、ありがとうよ」
と、Kは紅茶を作り出した執事のゴーレムに言うのである。
「いえ、命令ですから」
恭しくそう言うゴーレムの執事を一瞥したKは、腕枕で横に成った態勢から紅茶に手を伸ばし。
「んで、後処理はどうだ?」
机を前に、送られて来た書簡を見るシュヴァルティアスで。
「悪く無い進行具合です。 冒険者との合同での始末を命令された調査部隊が今朝に出発しましたし。 カギンカム大臣は、この大事を企んだ首謀者があの消された侯爵殿下の御子息と認めましたし。 ま、ポーター長官の辞表だけは、恐らく受理されないでしょうね。 責め腹を切らされるのは、カギンカム大臣らしいので・・」
「あ、そ」
気の無いKは、紅茶を啜ってまた執事のゴーレムに。
「ミルクと紅茶の割合バッチリだの」
と、云っている。
シュヴァルティアスの瞳の中で、悪魔をものともしない怪物は暇人に変わっている。 ポーターからの謝礼金も必要な一部だけ貰うとして、残りの大半は入院した冒険者達の治療費に当てろと言い捨てた。 カギンカムの態度と掴まった魔術師達の様子で、粗方を悟ったKの読みは当っていた。 Kに父親を始末された息子は、歪んだ憎しみから悪魔を使って街を滅ぼし。 モンスターの住む街を作って君臨する気だったらしい。 この事実は、今の統括及び市政政府には痛い事実。 カギンカムを抱き込もうとした事から、カギンカムと一緒に秘密裏に処理するらしい。
Kからするなら、
“どうせ過去の処理をするなら、表立ってやりぁいいんだ。 隠したって、妙な謎と不審な恨みが残るだけよ。 どいつもこいつも、てめぇが可愛いのは変わらないってか”
な、らしい。
父親の意向で調査隊に加えられたマシューは、兄貴分を全員失って瀕死の重傷を負ったし。 意味が解らず巻き込まれた冒険者とて、6名しか生き残らなかった。 一番症状が軽い僧侶と神官戦士は、ヒートやスカーレットの回復を待っているらしい。 信頼出来そうな彼らと、チームの再結成でも見ているのだろうが。 アフレックの怪我は重く、スカーレットの精神的な負荷による意思の浮沈が大きい。 更には、エリックの怪我は生きていれば御の字と云う症状で、冒険者には戻れないだろう。 まともに再結成となるかは微妙である。
誰の所為とも云えないが、Kは責任を感じて動いていたのだろうか・・。
色々と話し込むシュヴァルティアスだが、一つ解らない事が有って。
「そう言えば・・」
紅茶を飲み干すKは、そのだらしない格好から。
「あ? 御代わり」
と、シュヴァルティアスに反応しつつも、カップを執事へ。
「畏まりました」
執事のゴーレムがそう動くのを見てから、シュヴァルティアスはKを見つめ。
「あ~~~、あのね。 僕の代行をしてるリンリィーと面識有るみたいだね。 それも、かなり嫌われてるらしいケド?」
「あぁ~、それか」
長身で長い黒髪をポニーテールにする麗しの中年美女リンリィーは、Kを見て彼に気付くと魔法でも唱えそうな気迫で居る理由を聞いてきたのだ。 今でも、Kに話そうとする態度にあからさまな険が見える。
Kはうざったそうに。
「向うに居るネ~サンの事ね」
「知り合いなんだ」
「まぁ、な。 前に冒険者協力会の治める国のお膝元で、あのネ~サンに呼ばれてさ。 仕方なく家に行ったら、誘われたんだ。 だから、一晩な。 でも、俺は落ち着く場所なんざ探してなかったから、そのまま朝には出て行ったよ。 だが、向うはそれが“捨てた”って事だと煩くて・・」
なんと云う事か。 シュヴァルティアスは、男女の痴情の縺れとは想像してなかったから驚きである。
「へ・・へぇ。 でも、抱いた以上の感情は無かったから、やっぱり捨てたんだ」
「・・そうかぁ? まぁ、でも要らんから、そうなるか」
シュヴァルティアスは、こうゆう処は変わってないと思いながら。
「人生の先輩として・・酷いと思う」
「フン。 なら、人生の後輩として、あのオネ~サンを先輩に進呈しようか?」
「僕が貰うとかじゃないだろう? 君と彼女の問題じゃないか」
「だけんど、俺は一緒に為るなんて云った覚えもなければ、約束を交わした気も無いゼ? まぁ・・、あの年齢で初めてだったみたいだが?」
「ぶっ。 ・・そっ・それは・・・捧げたんだよ」
「知るか。 聞いてねぇ」
不毛と云うべきか、何と云うべきか、こんな話で昼間でを過ごすKだが。 二杯目の紅茶を飲むと立ち上がり。
「さて。 おれは次に流れるかな」
と、ソファーから立ち上がる。
「え? 最後まで処理を見ていかないの?」
驚くシュヴァルティアスだが。
「アホウ。 処理ってのは、後々まで責任が持てるヤツがするんだ。 影は必要な時だけ在ればいい」
丸で季節の移り変わりの様に後味も残さないこの男。 見ているシュヴァルティアスからするなら、それが非情に寂しく見えてしまう。
(金も、名声も、異性すら捨てたのか・・。 抜け殻の様で在りながら、人を汲み取って生きる事を彼に決心させたものって何なんだ? ・・150年以上生きてるのに、それが僕には解らない)
Kの姿を見たシュヴァルティアスだが、彼が街を去って行くのは見送らなかった。 また、来ると解っていたからだ。
どうも、騎龍です^^
漸くこの話も終わりです。。。
次は、ウィリアム編に戻せるか、軽い番外編を入れてからに為るか・・です。 応募用の小説を書き上げるまでは、このポツポツとアップする状態が続きます^^;
ご愛読、有難うございます^人^