二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~
セイルとユリアの大冒険 1
≪マリアンヌと云う女性≫
朝方。 いや、結界の中に居るセイル達に正確な頃合いなど解らないが。 起きたセイルが、ボンヤリとバルコニーに出て火を熾した。 少しの木を持っていたので、ユリアと二人で中庭を見下せるバルコニーに出て、熾した火にお湯を沸かしながら暖まっている。 近くには、お湯の沸くのを待つエルキュールが居る。
今は、先に寝た者と入れ替わってクラークやマガルなどが寝ている。
「セイル・・・。 思い出した~?」
広いバルコニーの窓枠の貼った様なドア近く、白く可愛らしい椅子に腰を降ろして鼻水を啜るユリアは、セイルに聞いた。
「ほえ? 何を~?」
ボンヤリ顔のセイル。 ソファーの上で寝た寝癖の髪は柔らかく緩み。 目元や鼻に掛かり美しさに可愛らしさが覗ける。 ユリアと向かい合う様に、屈んで焚き火に当る王子様の様だ。
あれほど“マリアンヌ”と云う女性に拘っていたセイルとクラークに、ユリアはヤキモキしていだだけにグッと拳を握り。
「おまぇ・・・昨日はあれほどに拘ってたろうが・・・」
惚けて居るのか、はてまた寝ぼけて居るのかと云う雰囲気のセイルにユリアは唸る。
近場でお湯の沸くのを待っていたエルキュールは、中庭を見下せる手摺りに寄り掛かり。 こんなやり取りの二人を見て呆れるばかりだ。
(フン。 只のガキだ)
と、内心に見下した。
だが、緩やかにセイルは微笑み。
「うん・・。 マリアンヌって女性は誰か思い出した~。 もしかしたら、子供達が何処に居るか手掛かりが解るかもね」
火に掛けた小型の薬缶の注ぎ口から湯気が出るのを見て、セイルは紅茶の用意をする。
急に言われたユリアは、キョトンとし。 エルキュールは、腕組みを解いてセイルを見る。
ユリアの肩に腰を降ろしている闇の精霊シェイドは、セイルの顔を見て頷く。 彼に、どうやら確信が有るのだと思った。
さて、クラーク・マガル・イクシオが見張りを終えて仮眠を取った後だ。 一同起きた中で、セイルは待合場に全員を集めてクラークと並んだ。
ソファーに座るイクシオは、眠い目を擦りながら。
「んじゃ~、教えてくれないか? 一体、子供達は何処に居る?」
セイルは、カーペットの敷かれた真下を指差した。
「多分、地下ですよ」
全員が黙った。 古い屋敷や館は、古来から戦や役人活動の一環で地下牢や地下部屋を持つ。 火事などで、外に逃げられない場合の為に、地下道や水路を地下に整備する事も良くある事なのだ。
貴族の生まれのクラークも腕組みし。
「そう言えば・・・この館に地下は無いな・・。 昔の屋敷や館で地下が無いのは珍しい話だ」
エルキュールは、足を組んで暖炉前の椅子に座り。
「何故、そう言い切れる?」
「此処まで来る中で、人の生命波動は何処からも感じられません。 死んで居るなら・・・もうモンスターに変わってますよ。 生命の力を感じさせない場所を考えると。 瘴気の集まる地下としか考えられません」
(なるほど・・・読みは鋭いな)
イクシオは、感心した。
エルキュールは、更に。
「有るとするなら、地下に行く方法は?」
セイルは、微笑みながら。
「それは解りません。 ですが、“マリアンヌ”と云う肖像画の女性がヒントになるかも~」
薄い毛布を肩に掛けたユリアは、ソファーにシェイドと並んで座り。
「解ったんでしょ?」
「うん」
マガルは、この待合場の暖炉の上にも在るマリアンヌと云う女性の肖像画を指差し。
「何者なのだ?」
セイルは、皆の前を歩いて肖像画に寄った。
「この人は、この国の王族の歴史の中で何処の王族とも血の繋がりの無い女性です~。 決して表に出なかった短命の王妃様・・」
セイルのその話に、クラークもやっと思い出した。
「あっ、薔薇の王妃・・・暗殺されたマリアンヌ様かっ?!!」
セイルは、少し半身にクラークを見て。
「多分・・」
イクシオは、そんな女性の王妃は聞いた事が無かった。 このフラストマド大王国は、世界でも一番長らくの安定した平和王国であるからだ。
「聞いた事が無いゼ? どんな人物なんだ?」
セイルは、肖像画に向いて。
「200年以上前、当時の王妃が子供を産めないので、自分の兄妹の子供を数人養子に貰いました。 その時、その教育係の貴族の元に居た少女が・・マリアンヌ様です。 その教育係の男性もまた、身体が弱く結婚出来なかったので。 家の跡取りにと御兄弟の子供二人を養子にしていました。 当時、王妃に養子にされた子供達とマリアンヌ様は、お互いに養子にされた身の上から話も合い。 王室にて王妃様の許可元で一緒に遊び、一緒に学んでいました。 しかし、次第に美しくなるマリアンヌ様に、王位を継ぐ予定の王子様が恋をしたんです」
良く有りそうな恋愛話にイクシオは、物憂げな様子も漂う美女の肖像画を見て。
「確かにイイ女だもんな、俺でも恋しそうだな~」
と、笑う。 だが、まんざら冗談でも無い。 肖像画のマリアンヌと云う女性は、その美しさ以上に何か惹かれるモノを持っている。
クラークが、其処に繋いで。
「だが、恋したのは長男だけじゃない。 次男と、末の養子もマリアンヌを愛した」
エルザは、マリアンヌの肖像画を見て、ハープを弾き。
「モテモテね~」
クラークは、頷くも続け。
「だがな。 王位継承に当って長男は、周囲の意見も聞かずに強引にマリアンヌを妃にしようとしたが。 周りが・・・な。 何処の国の皇族の血筋でも無い彼女を王妃には相応しく無いと・・。 で、別の姫君を西の大陸の王族から貰う事で決まったのだが。 彼の長男は、王に成ってもマリアンヌを諦め切れずに、王妃にしか被らせてはいけないこのティアラを・・マリアンヌに送って第二妃にしようとした」
女のエルキュールには、男の専横社会だと気に入らない話である。
「全くっ、一人で我慢出来ない訳? 王妃に成る女性はどう成るのよっ。 我儘で両手に花を持った訳ね?」
此処で、セイルとクラークは見合って黙った。
ユリアは、二人の様子を見て。
「まさか・・・それで・・暗殺?」
先に、重々しくクラークが、鈍い頷きを見せた。
「うむ・・。 3人の王子達は公爵家縁の王族から貰った養子達だ。 重臣や大臣達は、王子達の我儘を許すと、自分達の思う様に行かぬと・・・強行をとった。 マリアンヌを、秘かに何処かへ連れ去ろうとな。 だが、新たな王妃が来る前に、その連れ去る策の最初は失敗した。 若き王と王子達は、マリアンヌを守ろうと必死に成って協力し合ったらしい。 だが・・・結局は、連れ攫われて殺された」
「うわっ」
悲惨な結果だ。 ユリアは、口を両手で覆う。
ボンドスは、肖像画の慎ましやかな笑顔の女性を見て。
「殺すのかよ・・」
と、寂しそうに云う。 殺すなんて勿体無い気がした。 何も、殺さなくてもいいと・・。
同じ気持ちを持ったクラークは、残念そうに俯き。
「うむ。 実は、強引に王と成った長男が、この彼女と簡易的な結婚をしてしまった。 もう、妻と成ったマリアンヌは諍いの種に成ると・・・大臣や重臣達が秘密裏に・・・な」
マガルは、此処まで聞いて。
「でも、秘密裏なら・・どうして人に知られたのですか?」
「妻を殺された若き王にしろ、第二・第三の王子だって殺した重臣や大臣を憎んだ。 だから、もう世間体も無く復讐の粛清に入った訳だよ」
マガルは、想像が出来た。 愛する女性を殺されて怒り狂う若き王と王子が、何をしたか・・。
「では、重臣や大臣達は・・・」
「うむ。 専横罪と、殺人・国家転覆など色々罪を問われて刑死したらしい。 一族には、罪は無しと不問にしたのは、若き王が理性を失っていなかったのか・・周りが憎悪の連鎖を亡くす為にそうしたのかは解らない。 だが、その直後に若き王と新たな姫の結婚は執り行われた」
エルキュールにすれば、信じられない事だ。
「良く結婚したわね。 そのお姫様も・・。 有り得ないわ」
だがクラークは、生じ爵位のある世界の政略結婚は当たり前と知っている。
「向こうの姫だって、政略結婚で来たのは承知済みさ。 問題は、その後どうするか・・だろうな。 姫などと云う方々は、一見の生活は派手やかだが。 一般の皆の様な自由など無いからの~」
かなり自由に生きるエルキュールには、貴族や王族の行き方は別世界の話だと思う。
さて。 セイルは、肖像画を見上げて。
「確か、その後。 第二王子の男性は酒に溺れながら芸術家として短命な人生を歩んだとか・・。 でも、彼は結構強力な魔力を持った魔法遣いだったと云います」
クラークを抜いた全員が、“魔法遣い”と聞いてハッとした。
ユリアは、思わず立ち上がり。
「セイル・・まさか・・その人が・・?」
この館に巣食うモンスター主とユリアは想像したのだ。
セイルは、首を左右に振り。
「ど~だろう。 その人は、とっても優しくて寂しい人だったみたいだよ。 結婚もしないで独り身を通して、この絵を描き続けて居たんだから・・」
「はあ?」
全員が、セイルに声を出したり驚いたり。 では、一体何がモンスターを産んでいる元凶なのだろうか。 サッパリ解らない話である。
肖像画の右隅にセイルは右指を向けて。
「此処に王子様の名前が小さく描いてあります。 ロビーの絵は大きくて、額に隠れてたりしてたけど。 この絵は、隠れてないから読める」
クラークは、瞑目し。
「そうか・・そうだな」
“君の喜ぶ顔が在る薔薇の園が目に浮ぶ 全てに彩り光る園を君に送ろう 朝明けて君の居る事を思う 夜共にワインを傾ける時を思う 君の好きな薔薇を集めて 君に園を送ろう”
クラークは、と或る詩を思い浮かべた。
聞いた学者のイクシオは、キザな詩だと思い。
「歯が浮くよ」
と、苦笑。
しかしクラークは悲しい目を開き、セイルを見ながら。
「セイル殿、此処は・・」
セイルも、優しい笑顔に一抹の哀愁を浮かべて。
「はい、当時の第二王子アンソニー様の館ですよ」
やはりとクラークは俯く。
「そうか・・此処が・・・」
≪捜索の行方と館の謎≫
朝、極夜で明けない中で、斡旋所にランプが灯っている。
“合同チーム結成に参加する者を至急集う”
主が、張り紙を書いて掲示板や店内に貼った。
しかし、アンデットモンスターが100匹以上も出たと聞いて、危険を冒そうと立ち上がる者は殆ど居なかった。 昨日、棄権するまで子供達の捜索に参加していたチーム達は、動ける者はシレ~っと掲示板の別の仕事に目を向けて無視している。
「・・・」
斡旋所の中で、黙って行方を見守るカミーラ。 白いピアリッジコートの開かれた胸元には、傷痕真新しい切り傷が見えている。
カミーラは、自分の噂を自覚している。 自分が大っぴらに勧誘しても、誰も来ないだろう。 だから、誰かが来てくれるのを待つ事に。 だが、自分達をチラ見して掲示板に行くチームや、別のテーブルに座って何事も無かった様に話すチームを見ると苛立ちが募る。
「全く・・ドイチもコイツも・・。 金の額を聞いて、モンスターが出るまでは血眼にやる気を出してた奴等が白々しく別の話してやがる・・」
カウンターに一番近いテーブルに陣取るカミーラ・ダッカ・ジャガンの3人。 カミーラの内心は、無理が出来るなら1チームでも加わった直後にクラークやセイルを助けに行く気である。
だが・・・。 まともにチームは誰も来なかった。
斡旋所の年老いた主も、丸1日ろくに食事をせず。 孫が助かるのかどうかの瀬戸際だと覚悟している様子だ。
時折、斡旋所の裏から泣き叫ぶ声がして、誰かに助けを叫ぶ男女の慟哭がする。 消えた子供達の親が、事態に気付いて斡旋所に押しかけたからだ。
昨日の昼間や、先ほども親が斡旋所のこの間に出て来て。 仕事を探しに入って来る冒険者チームに縋り付いては助けに行って欲しいと懇願したのだが。 だが、誰もがモンスターを恐れて拒絶した。
唯一、僧侶の何人かは、加わっても構わない素振りを見せていたが。 駆け出しの僧侶や、実力差のある者を強引に加えて結成してもしょうがない事は主が理解していた。
「此処、宜しいか?」
態々チームを離れて、加わってくれた僧侶二人が、カミーラの横に座る。
“このまま行こうか?”
カミーラの目が、主に向く。
主は、やつれた顔を左右に振ってカミーラを押し留めた。
何時助けに行けるのか、目処が立たないままに時は過ぎて行く。
その頃。
セイルが、肖像画の前で。
「クラークさんが読んだ先ほどの詩は、この肖像画を描いた第二王子アンソニー様がまだ死ぬ前のマリアンヌ様に読んだ詩です。 結婚してくれたら、そうすると読んだんですよ」
何よりエルキュールは、不思議に思う。 セイルをマジマジと見て。
「キミ、若いワリに良く知ってるじゃない」
セイルは、焦り笑いで。
「あははは~、僕の家は学者の家系なので~。 色々と本が有りましてね~。 あははは・・・」
苦しい言い訳だとクラークとユリアは瞑目して。
(ほ~・・ガクシャねぇ~・・・アンタのじっさまは、つよ~いガクシャ様だことさ~)
貴族や王族の逸話や伝説などを集めた本は、非常に高価で図書館に置かれる所も限られる。 クラークもセイルも、家に本が有ったのだ。
そろそろ子供達を捜したいと思うイクシオが、キーラと頷き合ってからセイルに向かって立ち上がり。
「んで? 肖像画や詩がどうした? 子供達を捜す手掛かりってのは?」
クラークが、セイルに変わって。
「確か、肖像画の中に薔薇の画かれた物が無かったか? 薔薇をこよなく愛したマリアンヌ様だとか。 だが、普通に見て薔薇を一緒に描いた絵は見当たらない。 アンソニー様は、それを良く知っていたのに・・」
漸く理解出来たとエルキュールも立ち上がり。
「なるほど、ではその絵を探せばいいんだな?」
クラークは、大きく頷き。
「其処を踏まえて、もう一度しっかりと探そう」
イクシオは、自分のチームの仲間全員を見て。
「よ~し。 行くぞ」
大男神官戦士セレイドと僧侶エルザは頷き合う。 二人、暗黒の力の強いこの場所で、あまり深くは寝れなかった様だ。 目の下に、薄っすらと隈を浮ばせて。
「早く見つけたいな・・。 モンスターは見えないが」
「そろそろ1日以上になっちゃうものね。 親も心配してるわ」
ボンドスは、イクシオと並んで待合場から右へと廊下に。 近場の部屋に向かった。
セイルは、クラークに笑って。
「では、僕達も捜しましょ~」
セイルに頷いたクラークは、ユリアを脇に迎えて。
「ユリア殿、どうですかな? 何か、違った気配は?」
シェイドを肩にユリアは首を左右に振って。
「全然。 強いて云うなら、昨日よりも真下から闇と魔の混じる力を強く感じるくらいかな。 嫌な波動と・・・凄く純粋な力の波動を感じるの。 昨日より、それだけは鮮明に解るわ」
「なるほど」
頷くクラーク。
其処にシェイドがユリアの肩から離れて、4人の真ん中の宙に飛んで浮くと。
「ねえ、皆。 此処だけの話いいかな?」
一同、“何事だろう”とシェイドを囲んだ。 セイルとユリアが並び、マガルとクラークが中腰に屈む。
シェイドは、こっそりと伝えてきた。
「この魔の力と闇の力の混ざり具合は変わってる。 もしかしたら・・凄い魔物が居るかも。 断定出来ないから、みんなにだけ。 向こうのチームの人は、私の話なんか信じなそうだから」
と、部屋に入るエルキュールなどを指差した。
クラークは、マガルと見合い頷き合った。 今までのユリアと精霊を見て来ている。 それも考えられる事だと思えた。
≪謎は解かれる≫
さて、それぞれ捜索に入った一同。 各部屋に掛けられた肖像画を見て回る。 3階。 待合場の左右の廊下を、昨日とは逆の形でチームで入れ替わり探し回る事に。
セイルを先頭に最初の部屋に入った一同。 客間の様な間取りの広い部屋である。
「う~ん・・。 絵に薔薇は描かれて無いよ~」
ユリアは、絵を見て薔薇の有無を確かめる。
セイルは、部屋をグルっと見回して。 天井・壁・机などもしっかり見始めた。
思わず窓から外を見るマガルは、今が昨日なのか何時なのか解らないが。 入って来た時と変わらない暗闇の広がる世界を見て。
(戻れるのだろうか・・・)
不安に成った。 残したチームの面々が心配に成る。 勝手に解散し、チームを作るならいいが。 まさか無理でもされたらと考えた。 だが、窓には真剣に何かを探す若きセイルやユリアが映る。
(いや、皆が同じだ・・。 俺としたことが・・)
直ぐに捜索に加わる。 死ぬ気は毛頭も無い。 それに、40に入って新たにこんな経験が出来るとは不思議な事だと思える。 初心に返った様な、不安と好奇心が混ざる思いがした。
各部屋を回りながら、あ~でもないこ~でもないと言い合ってセイル達は下へ下へと捜索をする。
肖像画をいくら見回れど。 薔薇の描かれた絵処か、薔薇が部屋に無い。 床や壁もしっかり捜したが、全くコレと云った手掛かりらしき物など何処にも見当たらなかった。
「あ~、スンゴイ疲れるぅ~」
ユリアが、廊下を歩きながらウダウダし始めた。
シェイドは、ユリアの肩に座りながらユリアを見て。
「全く、集中力が無いユリアだね~」
セイルもクラークも、もう1階まで降りて来ているので。 流石に探し疲れるだろうと思ってはいた。
さて、4人が歩くのは1階の裏廊下だ。 最初に肖像画を見た玄関前ロビーの前と似た作りで。 向こうの廊下と間に部屋などを挟み、平行して此方にも廊下が伸びている。 この廊下には、中央左手に中庭へ出れる出入り口が有るだけで。 部屋の入り口は正面廊下に比べると格段に少ない。
月明かりの様な仄明るい廊下の上で。 豪華でシッカリとした装飾の行き届いた壁や天井を見回すマガルは感心した様子であった。
「しかし、この1階の壁や天井は素晴らしいですな。 天井には花柄の模様が画かれ、床にはそれを映す鏡の様な床が広がる。 壁には、変わった模様が画かれているし・・・、陽の光が入れば美しく見えるのでしょうな~。 一体、どれだけの資財だ注ぎ込まれたのだろうか・・」
クラークは、自分の家を思い出して。
「何処も貴族の家とは金が掛かってますよ。 全く、体裁など棄てて普通の家に住めないものか・・」
と、年寄り染みた言い方をする。 体裁を気にする貴族の暮らしに嫌気の差したクラークらしい言い方でもある。
この時だ。 セイルは、丁度廊下の中央で、中庭に出る扉の前に来て。
「あ・・・れ・・・?」
何かが気に成って立ち止まる。
セイルを置いてユリアは、セイルの一族の住む豪邸を遠回しにマガルやクラークに語って一緒に呆れた様子を見せていた。 館の様な建物が幾重にも有り、全体的には要塞の様な城の雰囲気も漂う大邸宅なのだ。 見回るだけで、2日以上は必要だろう。
「ありえな~い位のお屋敷よ」
「やはりな。 流石は、剣神皇と呼ばれた方の家だ」
マガルは、世界一の商人であり、世界最強の剣士の一人であるエルオレウ氏の事なだけにしみじみと納得の頷き。 やはり、剣士として生きる上では、“剣神皇”とまで呼ばれた男への意識は有る。
と、そこで。
「ユリアっ、セイルが居ないよぉ」
セイルが居ないのに気付いて声を出したのは、シェイドである。
「へっ? えっ? アラッ? セイル~?」
横に居ないセイルにユリアは見回して、クラークやマガルも捜して見回り、置いて来たのを振り返って知った。
「・・・」
遮る仕切りや壁の無いガラス窓の中に、中庭へ出る扉が填まって居る様な所のまん前。 セイルはしきりに上を見たり。 その中庭に出る扉と対象的な廊下側の壁に、少し高く掛けられたマリアンヌの肖像画を見たりしている。
「お・・」
ユリアがセイルに声を掛けようとした時。 3人が話しながら向かっていた廊下の正面側から。
「お~~いっ、何か有ったか~ッ?」
と。
ハッとして声に振り向いた3人。 廊下の向こう側に、イクシオ達が下りて来た所だ。
思わずセイルより正面に振り戻った3人だったが・・・。
今度は、後ろからセイルの声で。
「キ~~ラさ~~~~~んっ!!!! 此処に来てくださ~~~~~~~~いっ!!!!!」
微妙に間延びしながらの大声で、ユリアやクラークなどには何だが力の抜ける声である。
「へえ?」
「うぬ?」
「・・なんだ?」
ユリア・クラーク・マガルは、声に反応してまたセイルに振り向く。
セイルの元に、全員が集まった。 裏出口のロビーだ。 薄暗い月明かりの様な明るさが、左右の廊下を奥まで見せる。 外は夜の暗闇の様なのに、裏の大窓からは中庭が見渡せる。 丸で、青白い満月の月明かりの下の様だ。 中庭には、色が白・黒・青白い色と云ったコントラストの変わった薔薇が広がって見える。
セイルは、マリアンヌの肖像画の前に広がる裏口ロビーの真上を指差した。
「上を見てくださ~い。 アレは、陽の光などを間接的に取り込んで明るく見せる“隠れ岩鏡”です」
イクシオは、帽子を上向きに上を見た。 天井の一部が、人工的な曲線を画いて傾いて見える。
「薄暗くて良く見えないが・・・確かにそうだな~」
クラークは、自分の家にも在るのを思い出し。
「少し斜めに天井の形に合わせて作られているな・・。 薄暗くて解らなかった」
セイルは、次に床を指差して。
「下。 床も此処だけ鏡石に成ってますよ~。 もし、此処で光を出したら何が映るんでしょうか?」
ユリアの肩のシェイドが。
「そうか。 床には壁の絵が浮んで。 上の鏡石には、中庭の薔薇が映る。 少し高い位置に絵が有るから、もしかすると床と天井に映る薔薇と絵が重なるかもっ」
と、はしゃいで言う。
ユリアは、そうは上手く行くかと困惑して。
「え~・・・そんなのアリ~?」
腕組みで立つエルキュールは、冷めた目で。
「やって見たらいいじゃないか。 ねえ、キーラ?」
すると、キーラはセイルの脇に来て微笑んだ。
「良く気付いたね。 多分、光を当てる位置が重要だと思う。 前に、こんなからくり魔法屋敷を見た事が有るよ。 よし、やってみよう」
キーラは、杖に光の魔法を宿す。 眩い光が杖から放たれ、急激に場を明るくした。
「おいおい、本当に鏡が上に填まってるゼ・・。 こりゃ~たまげた」
ボンドスは、杖に宿した光の輝きで、天井の緩やかに斜めに成っている場所に自分が映ったので驚いたのである。
キーラは天井を見て。 外の薔薇が、原色の黄色・赤・白を取り戻して天井に映ったのを見た。
「今はまだ、外の中庭の薔薇しか映ってないね」
セイルは、キーラに下がるジェスチャーをして。
「中庭に出る扉の方に近付いてくださ~い」
「うん、そうだね」
キーラが移動し、光を反射する角度を変えた。
セイルの目の中で、床に伸びて映る絵のマリアンヌと映り込んだ薔薇が合わさった。
「そこですっ」
一同が、固唾を飲んで黙る時。 床の一部に、鮮明な姿で目を瞑り祈るマリアンヌが映る。 そして、天井の鏡との映り合う事で、薔薇に包まれた様に幾重にもマリアンヌと薔薇が天井と床に映る。 丸で、花園に包まれたマリアンヌの絵の様だった。
「うわ~・・・キレ~」
驚くユリア。
が。 突如とマリアンヌの絵の掛かっていた真下の壁が動いた。
「うわわわっ。 何っ、何々っ?!」
一番壁の近くに居たユリアは、音に驚いてセイルに走り寄る。
「おおお・・・動いた」
壁が動いて階段が現れるのを見たイクシオは、ニヒルな目つきを見開いて驚く。
エルザは、セイルを見て。
「やるぅ~」
セレイドが、ウンウン頷いていた。
「・・・・」
エルキュールは、腕組みを解きながらポカ~ンと口を明けっ放し。 本当に何か有るとは思って居なかったから尚更だろう。
扉の前から歩いてきたキーラは、セイルを見て。
「大当たりですね」
クラークも、流石だと苦笑した。
だが。
現れた暗い地下へ続く降り階段を見て、エルザとセレイドの顔は見る見る曇る。
額に汗を浮かべて、細い目を困らせるエルザが先に。
「うは~、すご~い瘴気・・。 何が居るのよ・・この下」
セレイドも、大きな身体に似合わず首筋を触りながら。
「背筋がゾクゾクします。 暗黒の力を備えたモンスターが居るかも知れない」
マガルは、白銀の自分の剣を触り。
「もしかしたら、子供達も此処に居るのではないか? 早く探しに入ろう」
頷くクラークとセイルが先頭に、黒い岩の階段に入ろうとする。
「あ、ユリアちゃん」
気付いた様に入り掛けた途中でセイルはユリアを呼ぶ。
「ン?」
セイルは、目の前に来たユリアに、真上を指差して。
「真上のマリアンヌ様の絵、持って来て。 シェイドさんなら外せるでしょ?」
「はあ?」
聞いたユリアは、セイルが言った意味が解らなかった。
「アンタ・・絵はもう・・・」
だが、セイルは少し真面目な顔で。
「もしかしたら、必要に成るかもしれないから。 お願い」
セイルに頼まれては、ユリアも弱い。
「ふぬ~、いいけどさ~」
エルキュールは、早く中に入りたいと。
「絵なんか放って置いてイイんじゃ~ないの? 早く中に入ろう」
セイルは、ユリアとシェイドに微笑んで。
「お願い~」
と、先に踏み込んで待っていたクラークに頷いた。
クラークとセイルの後ろから、杖を持ったキーラが入り。 イクシオやボンドスが続いた。
ユリアは、肩にシェイドを乗せてセレイドより高い場所に在る絵を見上げる。
「おっきくて重そう・・」
肩に座るシェイドは、足をバタバタさせながら。
「額から外しちゃえば~」
「あ、そっか」
何故、セイルがマリアンヌの絵を欲したのか・・。 ユリアには全く解らなかった・・・。
次話、予告
セイル達は、遂に子供達の居場所を突き止めた。 だが、其処には恐ろしい魔物が居た。 囚われの子供達を早く助けなければ・・焦るセイル達。 一方で、救出の合同チームの結成も危ぶまれていた。 夕方まで後少し、カミーラ達は子供達とセイル達への応援に向かえるのだろうか・・。
次話、数日後掲載予定。
どうも、騎龍です^^
そろそろ、年末が近付きますね^^。 何か、サプライズなネタでも出来ないかな~と模索中です^^;
ご愛読、ありがとうございます^人^