★夏休み特別話 番外編・冒険者の価値 下★
K 番外編拾
題名 【冒険者の価値】
未踏大地・ファンゼオン。
ギャンブルで成り立つ王国の西側の海は、大渦潮が発生している海峡が在り。 その海峡の向こうには、大きさも良く解って居無いファンゼオンが在る。 そのファンゼオンの南には、王国が統治していた島セロスノー島が在り。 このセロスノー島の南東に在った町にて、カロゼと飲んでいた斡旋所の主・フランクが殺害されたのだ。
(フランクの爺さん、また戻って来たゼ。 俺の死に場所かも知れないが・・)
石で作られた一本線の船着場。 其処に降り立つカロゼは、引退前まで使っていた上半身鎧に買い改めた剣を手にして降り立った。 暑い日差しは、晴れた空からギラギラと照りつけて来るし、海風も強く吹きつけて来る。
「さて、町まで移動するぞ」
そう言うカロゼの真後ろには、ピッタリとロバート、マクファインが着いた。
「おいおい、ガッチリな護衛だな」
冷やかしで言う屯組の一人に。
「コイツを護るのが仕事だ。 死なれちゃ敵わん」
と、ロバートが睨むままに言うと・・。
「有り難い事だ。 他の一時加入させた冒険者達にも、同じ事をして欲しかったよ」
一同の眼が、そう言ったカロゼに向いた。 屯組の面々からするなら何とも皮肉で、自分達が実感を込めて繰り返したい言葉だが・・。
港を出た所で、“死触手”と呼ばれるタコのモンスターに襲われる。 人を押し潰せる大きさで、家がモンスターに為った様な感覚だった。
だが、流石にロバートもマクファインも落ち着いている。 伸びてくるタコの触手を斬り落したり、ハンマーで殴り応戦。 町までは襲わない為に、リレインやデニーも参戦して何とか追い払った。
港を出て。から・・。
町に向かう一本街道では、もう強風に舞い上げられる砂埃により、道と端の区別が無くなりそうな荒れ姿。 そこをこの大勢でゾロゾロ行くと・・・。 何かの屍を体内に残す水色のスライムに襲われたり、乾燥した砂地を好む虫のモンスターに襲われたりと。
この少々面倒な連戦が続く中でもカロゼの思った通り、ロバートとマクファインは余裕があり。 また、屯組の誰も助ける気が無いのは明白な態度だった。 苦戦続きのリレイン達に、カロゼが加わる事でロバート達が仕方なく加わると云う戦いが続く。
目的と偽り誘い込む町まで然程の距離は無いが、戦いで時間を取られた形の旅。 漸く、城壁を持った町の中に入れば、無人の朽ち果て始めた家々が見える。
城壁付近の荒れ放題・朽ち放題の家々を見て行き過ぎる一行だが。 カロゼを護りながらも、彼を備に睨み付けるロバートは、ふと疑問に思った事を聞いてみたくなった。
「おい、カロゼさんよ。 御宅は、冒険者としちゃまだまだイケる口だった。 なのに、何で引退したんだ? そして、何で態々にこの仕事へ着た。 船の手配といい、島の知識といい。 アンタ・・この島に来た事在るんだろう?」
聞かれたカロゼは、船が港を既に離れていた事と、港からから町に来て最悪もう狙えると踏んで隠す気分が薄れた。 何より、フランクの仕切っていた斡旋所の無残な姿が目に入り、記憶が呼び覚まされて意識が揺らいだ事で・・。
「此処が、元は斡旋所だった場所だ。 俺がその消滅に立ち会った・・」
「“消滅”だと」
「そうだ。 俺が引退する直前の年・・この町を治めていた領主が、後々の独立を目論んでな。 何をトチ狂ったか、斡旋所を襲撃してきやがった」
若き魔術師のデニーは、そんな事が有ったなど想像も出来なくて。
「マジかよ。 協力会を敵に回したのか?」
斡旋所の残骸を見るカロゼは、あのフランクが襲われた時を昨日の様に思い出せ。
「命辛々・・だがな。 主から黒い皮の手帳を託された俺は、逃げてルキア様が主と成ったばかりの斡旋所に逃げ込んだんだ。 ・・いやいや、今に思っても一大事。 話は拗れ、王国政府と協力会のイザコザに発展し掛けたのさ」
此処で、この国出身で、冒険者としてこの地元では長いリレインは思い出す。
「そういや・・、この町を治めてた領主って死んだな。 ・・確か、モンスターの進行で殺されたとか・・どうとか」
事態の大筋を知るカロゼは、長く昔話に浸る気も無く。
「ま、そんな処さ。 それより、この建物の裏に在る小屋の中に、井戸が在る。 水を汲めるといいんだがな」
「水・・か。 飲めるかどうか確かめよう」
マクファインと客室に閉じ篭っていたロバートだ。 水筒の中身を補充できると為って、初めてカロゼの脇から離れる気に成ったらしい。
「俺達も水が欲しい。 此処に立ち寄ろう」
時期が来たと思うリレインが云った。
過去の襲撃の後、火でも放たれたのか。 ボロボロの建物の燃えなかった枠組みや石材だけが残る斡旋所に、ロバートが入っていく。
カロゼは、後ろに居るマクファインへ。
「そっちは?」
町に指を向け首を振り、港に指を向けたマクファイン。 本当に口が利けない様で、
“行きはいい。 帰りに”
と、云っている様だった。
ロバートの後を、武器を扱えるリーダーのリレインの他に4名の屯組が追う。 一方で、マクファインの後ろには、デニーともう一人。 二人の魔想魔術師が付いた。
襲撃の口火は、井戸に近付いたロバートが。
「クソっ、裏手にカニのモンスターが居るゼ」
と、云った時だ。
チャンスと思ったカロゼは、
「もういい。 此処でも」
と、町に向かって歩き出す素振りに。
「?」
その様子が可笑しいと思ったマクファインは、町の中を通る道に出ようとしたカロゼの肩を掴んだ。
その時。
「死ねぇぇぇっ!!!!!」
「相棒の仇っ!!!」
裏手で声が上がる。
「っ?!」
その湧き上がる声に驚いたマクファインだが。
「我が魔力よ。 想像の力を得て、具現化せよっ」
デニーが、早くも飛礫の魔法を完成させそうに成っていた。
(計られたっ)
そう感じ取るマクファインは、デニーに向いたのでカロゼが背後となり。 背中で剣を引き抜く音を聞く。
マクファインは、デニーから離れた横で、もう一人の魔術師が剣の魔法を生み出そうとしているのも見た。 このまま防御魔法を出せば、後ろから襲われるのは必死。 マクファインは、一か八かでデニーに突進する事に。
だが、大きく一歩を踏み出したマクファインには、何か軽いモノが頭に当る気がした。
(ぬっ?!)
思うが、魔法を此方に放とうとしているデニーに肉薄する事が最重要であり。
「いケェ!!!」
デニーが頭上に生み出した飛礫の魔法が飛ばされたのを見て、その魔法を掻い潜るかの様に身を低くして片手にハンマー、左腕を顔を護る盾の様にする。
すると。
「あ゛っ!!!!」
声を上げて驚くのは、デニーだった。 マクファインの肩や腕に当って炸裂する魔法が神官服を裂き、その下に着られた鎖鎧の表面を千切り飛ばしたり。 当った手甲の表面を変形させるに留まるだけで、何処にも傷付ける事なくして終わってしまうからだ。
マクファインは普段から装備しているプレートメイルの上に、薄いチェーンの前掛けまで着込んでいたのである。 そして、デニーの前に走りこんだマクファインは、その勢いを乗せて怒りの一撃をデニーへと叩き込む。
「うげぇっ!!!!」
バキボキと云う不気味な音が、デニーの呻き声と共に鳴り響いた。 斡旋所の前から、通りを挟んだ向かいの建物の壁に飛ばされたデニー。 グシャっと云う不気味な音を立てて石壁に激突した彼は、そのままズルズルと壁をずり落ちて・・ドサっと音を立てて砂埃の堆積した地面に落下した。
(全員殺してやるっ!!!)
裏切られた怒りから、憎悪と殺意で歪んだ顔をしたマクファイン。 スキンヘッドの厳つい彼のその顔を見たもう一人の魔術師は、
「ヒッ・ヒィィィっ!!!!」
恐ろしさの余りに、魔法を唱える集中が途切れてしまった。
(コイツを殺して、アイツも殺してやるっ)
マクファインは、カロゼの位置を確かめる為に横顔に成るのだが。
(ん? 居無いっ?!)
視界にカロゼが居無い事を知り、大きく身体ごと振り返るマクファイン。 だが、カロゼの姿は何処にも無く、奇妙な腐臭が鼻を突いてくるのみだった。
「あ・ああ・・あああっ!!!」
マクファインが背中を見せた事で、魔術師の中年男性は笑った膝ながら港の方へと逃げ出し始める。
(チィっ、ロバートの方か)
カロゼの行き先は、それしかないと思うマクファイン。 とにかく、ロバートの応援に行こうと斡旋所の方へ。 一人では、港まで逃げ帰るのも難しいと思ったのだ。
だが。
「てめぇぇぇぇっ!!!」
「この野郎がぁっ!!」
斡旋所の裏手から、ロバートとは違う声が上がる中だ。
時折渦巻く様に吹く風で、動かなくなったデニーから血の臭いが届く。 それを感じで死んだと思ったマクファインは、逃がした魔術師が必死に遠くへと逃げるのを見ながら歩いていたのだが・・。
―ズ・ズズズ・・・―
と、不気味な音が近くでするのに身構える。
(はっ? 何だ? 何の音だ?)
すると突然に、風で砂埃が動く地面から奇妙な盛り上がりが・・。
(モンスターかっ?!)
マクファインがハンマーを構えると同時に、砂埃の盛り上がった所々から楕円形をした黄色い土の塊の様なものが這い出てくる。 硬い黄色の土の塊が、拳大・・いや、人の頭の大きさぐらいで這い出てくるのだが。 マクファインは恐れる事も無く、モジモジと地面を這って来るモノをハンマーで叩き潰した。
(ふんっ!! そらっ、どりゃぁぁっ!!!)
殴り、叩き、吹き飛ばす。 四方八方から来るその物体を、遂には足で踏み潰しに掛かった。 硬い感触も無く、布団や枕を攻撃している様な感じで。 その塊を攻撃すると、薄黒い煙が出た。
処が、だ。
(ふんっ、ん? なん・なん・・だ? 妙に・・から・・がっ、しび・・れ?)
次々と這い出てくる塊を攻撃するうちに、ハンマーを持つ手に感覚が薄れる様な鈍い違和感を感じる。 力を込めて足蹴にするのだが、踏みつけてる感覚が持てない。 そして、意識がボンヤリする一瞬を覚え始めた頃・・、“ザッ”っと耳慣れない音が後ろから・・。
(ん?)
廃墟と化した建物が、遠目に見える町の中心側に向かう彼の背後。 其方に音へと注視したマクファインは、自分の背後に干乾びた人らしき骸が迫っているのが見えた。
(なぁぁんだぁっ?!)
・・・。
マクファインが急襲されながらも、デニーを殺してその難を逃れる間。 ロバートはどうしていたか。
「井戸は、こっちか?」
カニのモンスターを一撃で突き倒し。 朽ち掛けた裏庭の井戸が在る小屋を覗いた彼は、井戸の在る暗がりから何かが急に伸びてくるのを感覚的に感じ。
「うわっ」
と、大きく後ろに仰け反った。
これを見ていたリレインと仲間の中年剣士は、剣を引き抜いてロバートを襲う。
乾燥した場所に棲むクラゲのモンスターが飛ばした毒針を回避したロバートだが、自分の頭に目掛けてリレインが振り込む大剣をかわせないと判断。 そのまま後ろの地面に倒れながら、一か八か左手で逆さ掴みのままに剣を引き抜いた。
井戸の有る小屋の中から、モンスターの毒針が白い糸の様なものを付けながら斡旋所の壁に刺さり。 直後には鈍い金属音が上がる。
「くっ! このぉっ」
悔しがるリレインの眼に、引き抜いた剣の側面に腕を合わせる形で受け止めたロバートが映る。 狭い場所、短い間合いで切っ先ぐらいにしか力が乗らない振込みだった。 剣を合わせられても止められてしまうとは・・。
「このっ、賞金首っ!!」
屯組の剣士の一人が、ロバートに馬乗りに為って来る。
「剣を押さえるっ、一思いにヤレっ」
リレインがそう言うのに合わせ、
「おうっ!!!」
と、剣を下向けの持ち方で振り上げる中年剣士。 ロバートが自分の膝を殴ってくるのも無視して、一気に“止め”を入れようとするのだが・・・。
急に。
「う゛っ、ぐぷぷ・・」
小屋の入り口から差し込む光の遮断加減から反応して、小屋の中のモンスターが新たな毒針を飛ばしたのだ。 馬乗りに為った中年剣士は、皮の鎧ぐらいしか着て居無いので、毒針を全て背中に受けてしまう。 剣を持ったままにロバートへと倒れこむ剣士の刃は、ロバートの着る上半身鎧を突き刺す力も無ければ。 彼の鎧などプロテクトされた部分を外して顔を狙うことなど到底出来ない。
モンスターの存在を理解して、リレインは中年剣士が絶命したと解り。
「クソっ、モンスターが邪魔だっ!!」
と、至近戦に持ち込む為に大剣を押し込む様にして、ロバートの起き上がりを封じようとする。
遂に、カロゼが恐れていた乱戦が始った。
さて。
この二方面に寄る乱戦は、マクファインの方が早く決着が着いた。
(うごぁぁぁぁぁぁぁ・・)
人に寄生するキノコのモンスターに纏わり付かれたマクファインは、その痺れの効果が有る菌糸を吸い込んでしまった。 何匹・・いや、何体もの寄生されて干乾びるまで血肉を吸われた人型寄生成体に抱きつかれるマクファインは、ロバートを助けるどころではなく。 土ぼこりに似た菌糸に飲まれた。
そして、ロバートの方は・・。
「うぬぬぬぬぬぬ・・・」
「死ねぇぇぇぇっ」
ロバートに乗りかかるリレインと、ロバートの力比べが続いた。
(クソっ、マクファイン・・・)
屯組とバカにしていたロバートだが。 最もチーム生活の長かった冒険者である中年の傭兵リレインには、力で押し勝てなかった。 自分に倒れてきた中年剣士の武器を奪おうとも考えたが、乗り掛かられてお互いに片手で殴り合うので、それ処に無く。 その内にモンスターが井戸の在る小屋から這い出て来て、互いに無視出来る距離感を越えた故に離れて。 そして見合う様に対峙。
「リレインっ、モンスターは任せろっ」
二人が漸く離れた事で。 もう一人の屯組の青年剣士と、初老に差し掛かりそうな斧使いの戦士が、小屋から出て来たクラゲの逆さと成って這いつくばるモンスターを牽制に動く。
(モンスターの相手は、俺じゃないっ!!!)
そう見込んだロバートだが、ソロリと後ろに下がろうとする所で突然に脇腹へ激痛が・・。
「う゛っ、・・ん?」
見れば、長剣が斡旋所の残骸の内側から飛び出ていて、切っ先が自分の脇腹の腰部下位に刺さっているではないか・・。
「何だ?」
驚くリレインに、斡旋所の内からカロゼの声で。
「モンスターが好む粉をかけて刺した。 深手を負わせれば、楽になる。 仕留められるなら、仕留めろ」
と。
リレインは、これが勝機だと。
「よく遣ったっ!!! 俺が首を取るっ!!!」
と、よろめき後退するロバートに追い討ちを掛けるべく前へ。
モンスターを相手にする屯組の二人も、モンスターを小屋に戻す様に成年の剣士が突き飛ばせば。
「おいっ、狙いはヤツ一本」
と、初老の斧使いの戦士は、小屋の内側に倒れ掛かったドアの残骸を斜めにして填め。 モンスターの足止めだけしてリレインの助太刀に向かう。
裏手の木の板で作られた塀を壊し、リレインとロバートが剣を噛み合わせて縺れる様に広い場所に出た。
「リレインっ、3人で囲むぞっ!!」
助太刀に来た成年剣士と、初老の斧遣いの戦士が来て3人がかりと為る。
だが、流石に猛剣士ロバートの異名は、伊達では無かった。 怪我をしながらも、牽制から踏み込んでくる成年剣士の技量が一番甘いと見るや。
「たぁっ」
掛け声と共に斬り込んで着た青年の剣を、大きく踏み込んで左の腕の金属製の手甲で受け止めに向かう。 剣は、柄に近付くほどに振込みの力が掛かるのが遅くなる。 早く力が乗る前に、頭上辺りで受け止めさえすれば、技量の確かな者でも斬る力は削がれるのだ。
「むっ!」
成年剣士の剣を、柄元から近い所で受け止めたロバートは、その剣を腕で絡め取る様にして脇に抱えながら。 右手で低く構えた剣の切っ先を、成年剣士の喉元に突き入れる。 首を貫いた剣と共に、血が吹いて地面に飛び散った。
「あっ、この野郎がぁっ!!!」
慌てて攻撃に入るリレインと、斧遣いの初老戦士。
よろめきながらもロバートは、剣に刺さった成年剣士を足蹴にリレインへと飛ばし。 全力で斧を振り込んで来る初老の戦士に剣を合わせた。
成年剣士を突き飛ばす訳にもいかず、彼を受け止めたリレインだが・・。
「くそっ」
彼の力が抜けていて、もう手遅れを知る。
一方。 初老とは云え、その全身の力を込めて振り込まれた斧。 それを全力で受け止めたロバートの腰の傷口から、ブッっと血が強く出た。 力で押され、数歩地面を摺ったロバートだが、斧の刃先をかわせる様に体を動かしながら、力で負けてやり。 サッと噛み合いを外し様に、初老の戦士の顔を殴り付けた。
「のあっ」
不意打ちに近い攻撃で、顔を抑える様にして引いた初老の戦士に。
「うりゃぁぁっ!!!」
酷い出血で走れないも、大きく踏み込んで片手の左手で剣を振るったロバート。 スパッと、初老の戦士の肩を斬り付ける。
だが、そこへ。
「死に損ないめがぁっ!!!!」
リレインがやや死角に近い側面から襲い、ロバートの腹に大剣を見舞った。
「ぶぅ・がぁっ!!!!」
叩き斬る圧殺武器の大剣。 その力の掛かる先端をまともに腹へと喰らったロバートは、大男に近い身体ながらぶっ飛ばされた。 軽い放物線を描いて地面に転がり落ちたロバートで、激しく咳して血を吐く。
(ろ・・肋骨が・・折れたか)
直ぐに起き上がれる衝撃では無い。 オールバックに撫で付けられていた髪は乱れ、口から喉や鎧が血で濡れている。 返り血も有るが、自身で吐いた血が多数。 土埃の地面の上に寝転びながら、自分の最後を悟ったロバート。
「おい、大丈夫か?」
初老の戦士へと声を掛けたリレインは、腕を斬られたが深手にまで達して居無いのを見届けた。
「あぁ、おれは・・大丈夫。 それより、ヤツの首を・・」
初老の戦士は、必死に体だけでも起こそうとしているロバートを見る。
「いい、俺がやる」
リレインがそう云い、ロバートへと歩き始め。
「お前が犠牲にしてきた屯の奴らだって、捨て鉢にされる為に生きてるんじゃないぜっ?! 斡旋所に、協力会から賞金首の依頼が来たって事は、それだけお前達の犠牲は多かったって訳だよなぁっ?」
ロバートの間近へと来たリレインは、その杖代わりにされる剣を蹴っ飛ばす。 そして、ばたりと身を転がせたロバートの傍に屈むと。
「お前が捨てて来た奴らだって、俺達には仲間に近かった。 今に思えば、もっと早くチームを作る事を考えりゃ良かったよ。 んじゃ、死ねや」
と、大剣を見せた。
其処に、鋭いカロゼの声で。
「おいっ、油断するなよっ!」
と。
だが、剣を蹴り飛ばした事で、リレインの気持ちはもう勝った気しかなかった。
すると・・。 急にむくっと身を少し起こしたロバートは、リレインの顔に口の中に噎せ返った血を吐き掛ける。
「うわっ」
目に血が掛かり、顔を逸らせたリレイン。
其処へ、暗器として隠し持っていたダガーを右手で引き抜き、リレインのプロテクターが着いて居無い衣服だけの股間へと突き刺すロバート。
「ご・・・・はぁっ!!!」
息を飲む様にして大剣を手放し、その場へと蹲るリレイン。
「チィっ、遅かったかっ!!」
マクファインの首を持ったカロゼが遣ってきて、蹲るリレインに気付いたのだ。 だから、
「ロバートっ、往生際が悪いぞっ!!!」
と、その首を刎ねるカロゼ。 流石にまだ剣の腕は鈍ろうとも、使える技量に在る事は明白だった。
首の斬られた身体を見たリレインだったが、その後にすぐ死亡。
「多大な死者を出したっ。 さ、生き残った者だけでも帰ろう」
早く引き上げないと不味いと判断したカロゼは、初老の戦士を助け。 また、来た道を引き返す。 街道の途中で、真っ先に逃げた中年の魔術師が食い殺されているのも見つけた。
なんとか二人で船着場に戻ったが。 初老の戦士は逃げる過程で更なる重症を負い、朝の帰港を待てずして死亡。 自身も片足を捥がれてしまったカロゼ。 止血して王国に戻った彼だが、もう片足は根元から切断を余儀なくされた。
片足と為った彼は、斡旋所の寡黙な雇われに戻るのだが・・。 その無気力さは、以前では比べ物に成らない有様になる。
ルキアは、愛情から彼をどうにかしたくて苛立ち、協力会から仕切り回しが悪いと注意を受ける様に為った。
四
― ルキア様
今まで良く扱って頂き、ありがとう御座います。
本日、自分の身勝手な都合により、この命を断たせて頂きます。
人間は、やはり出過ぎた真似をするものではないですね。 自分の出来うる裁量で遣れると思った事も、満足に行きませんでした。 私もまた、ロバートと同じなのだと思うと・・、死なせた彼らに生きているのが済まなくて仕方在りません。
どうか、他の新しい働き手を探してください。 満足な身体で無くなり、一人の男としても生きるのが辛くなりました・・。
さらば、カロゼより―
「・・、ふぅ」
手紙を書き終えたカロゼは、秋の最中だと感じれる北よりの風を窓に見ている。 窓を撫でる風が、もう夏の向きでは無かった。
もう朝方も間近い、夜の終わり頃。 近くのベットでは、一糸纏わぬルキアが寝ている。
あの出来事から、3ヶ月が過ぎた。 ロバートとマクファインを討ち取った事は、協力会からルキアの手腕と褒められるのだが。 その後、怪我が治った自分をルキアは全身で包もうとして、仕事が疎かになってる。
(・・・、これが人殺しの・・業を背負う感覚か)
リレインを含め、6人も死者を出した。 やはり、あの二人は侮れぬ相手だった。 だが、まさか参加していた全員を死なせる結果に成ろうとは・・。
手紙を机の上に残し、やっと慣れてきた杖を側めて部屋を出る。 杖を着く音を出さない様に、壁に背中を預けて杖と左手でそっと出て行く。 もう客も殆ど居無い建物から、階段を使ってゆっくりと降りて裏口に回ったカロゼ。 予定では、夜明けにはもう死のうと考えていたのだが・・。
外に出たカロゼは、用意していた首を括る為の縄を持って首都の中を行く。 何処かの裏側・・、袋小路の何処か・・、思って見れば足は斡旋所に向いていて。
(おいおい・・、俺は何しに行くんだ?)
と、自分の体に染み付いた習慣が笑えて来る始末。
だが・・。
(そういや・・、ルキア様の前に居た斡旋所の主は、非常に早起きで有名だったな・・・)
と、思い出す。 ルキアに後進を託した主は、早起きで夜まで斡旋所を解放していた変り種の老人だった。 偏屈そうに見え、口数は決して多くない。 だが、ルキアが冒険者に成る以前からの主で、ルキアが引退まで長く面倒を看てくれた人物でも在った。
そんな事を思い出すカロゼは、最後に斡旋所を見ておこうと云う気持ちに。 昼間と夜の寒暖の差が大きく為る今は、朝靄が出るのは毎日。 たまたま通り掛る朝の荷物を運び集める馬車に頼み、カロゼは斡旋所の間近にまで行って。 其処からレンガ敷きの道を歩いた。
いざ、死のうと考えると。 冒険者の頃の思い出が甦る。 何故だか、酷く遠い様な道のりと感じながら、斡旋所の在る通りを向かって行き。 もう間も無く斡旋所が見えると云う所で・・。
(・・誰か、居るか?)
朝方を迎える日差しが、遠くに見えて白む頃合い。 靄の掛かる中で、斡旋所の前に誰かが佇んでいる様に見える。
(こんな頃合いに誰だ? 何年かぶりに来た冒険者かな)
杖を着く音を出し、その影に近付くと・・。
「? ・・あ」
佇んでいたのは、顔に包帯を巻いた男。 Kだった。
Kも、また。
「よぉ、偉い早いな」
と。
驚きの人物が来たと思うカロゼは、杖を着いてKに近寄り。
「貴方こそ。 こんな早朝に、どうしましたか?」
問われたKは、斡旋所を見て。
「サグナーのジサマも、もう死んだんだな~って思ってさ。 あのジジィの頃なら、今から開くだろ?」
ルキアの前の主は、渾名が“サグナー”(古代の意味で頑固)と云い。 半分ぐらい自称と云って良い渾名である。 カロゼは、その事を思い出していたので。
「あぁ・・、それで」
と、納得した。
だが。
「そうだ。 処で・・」
Kが杖を着くカロゼの全身を見て云うので。 カロゼは、自虐的な笑みを浮かべて。
「これは・・、お恥ずかしい事で」
と、濁したのた。
しかし、Kはカロゼの眼を見抜くと。
「アンタ、何でそんな死神みたいな死相を背負ってるんだ? 理由は知らんが、死のうとしてるだろうが」
云われた瞬間、カロゼは心臓を握られてしまった。 ギュっと、驚き固まった。
「・・あぁ、な・何を・・・」
大きく間合いを開けてから、狼狽を如実に表して云うカロゼに勝ちは無い。 隠し通せる要素が、微塵も無くなってしまった。
Kは、あのあからさまな態度に。
「もうバレてるぞ。 人斬りだった俺に、それで隠し切れるのか?」
「・・・はぁ」
無言でKを見つめてから少し。 深い溜め息を漏らすカロゼは、この男に自分では何も隠し事が出来無そうで諦めた。 斡旋所の出入り口は、半円の低い3段の階段が在るのだが。 カロゼは、其処に行って腰を下ろし。
「貴方に見つかっては、どうしようもない」
と、項垂れる。
カロゼの前に立つK。 その力無き様子に、何が在ったかと。
「何をしたんだ? 斡旋所の働き手が自殺を思うなんて、協力会の定める規約違反か?」
首を左右に振るカロゼ。
「貴方には・・、こんな話は詰りもしませんが。 人を死に追いやった事で、悩んでます」
すると・・。
「ば~か。 俺だろうが誰だろうが、ちっとでも人の心が残れば悩む事だ。 んで、噂に聞くツイン・ソルケティノの二人を殺した事か?」
「いいえ。 その戦いで、死なせてしまった面々の事です」
「ふむぅ」
カロゼは、モゾモゾとした口調で、全ての経緯を語った。 あの時、何故か二人を逃さず始末したかった自分の気持ちから、半分担ぐとも云える口車にリレイン達を乗せた事。 そして、二人を倒す為に異常に冷静でいた自分。 何故、今は悩み苦しむのに、あの時はそれが最優先だったのか。 暗殺者に任せればそれで事足りるはずだったのに・・。
だが、Kは。
「お宅・・、その二人の事がとことん“嫌い”だったんだな」
すると、俯くカロゼは頷いた。
「多分・・。 協会から送られて来た文字には、“被害・揉め事多し”と。 その他の、知られて居無い犠牲も多いと在りました。 この仕事をする様になってから・・、新人や屯、捨てられた奴や生き残った者など多数の嘗ての仲間を見てきた。 世話が必要なヤツも入れば、自分から頑張るヤツを軽く後押しするだけでいい事も有る。 助言が必要なヤツも居れば、それより次に踏み出す為に話を聞いてやった方がイイのも・・。 あの二人に見殺しにされた屯してたヤツだって、元はチームに入って仲良く遣ってた者だって居たんだ。 ロバートの様なヤツに・・、見捨てられて終わりなんて・・・。 働き手だったから、忠告や諭ししか出来なかった。 いやっ・・、冒険者だったら・・斬り合いをしたかも知れん」
ルキアにすら語らなかった心持ちを、吐き出したカロゼ。 世話をする側に為って、久しぶりにロバートやマクファインの様な者に出会って嫌悪感が燃え上がった。 屯する者にも、“新人を連れたりするならちゃんと生かして戻せ”などと好々爺の様に苦言を飛ばした。 流れて来て、空き放題に地元の冒険者を始末されている様で怒りが募ったのは確かだった。
すると、Kは唐突に・・。
「なぁ、冒険者の価値って・・なんだろうな」
と、云うのだ。
「・・」
思わず何も言えず、Kを見上げたカロゼ。
「御宅にはちぃっと悪いがよ。 その価値が幾分でも在ったから、あのツインの二人は生き延びてきたんじゃ~ないか? ま、俺もその口だろうが」
「・・・」
「その価値ってのが在ったから、屯のヤツラだって一つに成ったんじゃないか?」
「・・・」
「“価値”なんて云えば、値段や金額みたいで詰らなく聞えるがよ。 度が過ぎて、もう要らなくなったその二人だが・・、御宅はどうなんだ? 死んで、誰も泣かないのか?」
「・・いいえ」
「死んで、誰か喜ぶのか?」
「・・・解りません」
「バカバカしい。 誰もハッキリ望んでないのに、死ぬんか。 その死なせたって云う屯ってたヤツラの家族や、知り合いが来てないのか?」
「・・、一人を除いて・・独り者です。 家族には・・、薄汚い冒険者を倒す為に手伝って貰ったと・・しか」
Kは、解っていたが・・。 敢て。
「テメェの自問自答だけで答えを全て出した気に成ってるなら・・、アンタもツインの二人と変わらんぞ。 奴等は、それこそどんな仕事でも最低の成功を出す事で、テメェ達の存在意義を最大に見出していたつもりだったんだからな」
「・・そう・・ですね」
また、グッタリと塞ぎ込むカロゼ。
そんな彼を見るKは、何処か微笑んでいて。
「俺がこの国に来る前に、“イムハリス”のキーラに逢ったんだが。 御宅の事を良く言ってたゼ」
その話に、ハッと顔を上げたカロゼ。 ポリア達とも親しい“イムハリスサンサーラ”と云うチームを束ねる魔想魔法遣いのキーラは、カロゼに異国の話を細かく正しく提供した一人。 大人になった温厚な彼を見て、働いていたフローレンスを預けたいと申し出たのだ。
「彼に・・逢った? あぁ・・フローレンスは、元気でしたか?」
「おう。 キーラが妹みたいに可愛がって、エルキュールとか云った仲間に妬かれてやがった」
「あ・・、そうでしたか」
「おう。 アンタの人を見る目は、確からしい。 この斡旋所から旅立った若手の“バフォウ”も、御宅の事を“いいマスター”だと云ってた」
カロゼは、Kに云われて急に気恥ずかしくなる。
「自分は・・、何も」
「だが、御宅の助言を聞いたり、御宅に話をして新しく道を進む者も居る。 あのルキアって主は、不器用過ぎていけない。 誰かが隣に居て、段取りを手伝いしてやらんと。 頭として押しも利くし、威厳も有るから悪く無いがな。 一人で全てをやれる者じゃ~無い」
全てを見透かされていて、苦笑いしか出ないカロゼである。
「・・良く知っておいでで・・」
「前のあの領主の一件で、そこン処は承知済みさ。 それに、この斡旋所の世話でいい噂が出るのは、御宅の方だしな。 人間なんざ、奇妙な因果や関係で成り立つ不揃いなものさ。 だから、何処かで誰かが必要に成る。 普通では要らない様な人間でも、何処かでな」
「・・そうですね」
すると、Kは靄の方に歩き出し。
「ツインの二人の様なアホを作らない為にも、御宅みたいな口数少ない世話焼きも必要な今だ。 死ぬなら、全部の責任を取ってから死ね。 それこそ、誰も悲しむ者が居なくなってから・・な」
「・・・」
Kの背中を見送っていたカロゼ。 靄が晴れるまで見送っていると、其処に馬車で乗り付けるルキアが現れた。
「バカっ!!!!!! バカバカっ、バっ・・・」
彼女に胸倉を捕まれ、酷い顔で怒鳴られたカロゼ。 その内、泣かれ、クダを巻かれるのだが。 Kと話していて、自殺するほどに思い詰めたのが詰らなく思えたカロゼで。
「・・斡旋所を開けましょうか」
と、云う。 陽が上がって靄が晴れる頃は、この周辺の店にも働き手などが来る訳で。 周りに見られている事も、なんだが情けない痴話騒動にしか成らないと思ったのだ。
寝不足も感じないままに、ルキアに心配がられてながらに動くカロゼは思う。
(“価値”・・。 思えば、死ぬ事に価値が在るのは、今では無い。 まだ望まれてもいないのに、自分で死んでどうするのか。 負い目からの逃げだけか・・。 そう言えば、まだ責任すら見つけていないな)
何処か、死にたい気持ちを切り取られたと感じるカロゼは、その日も淡々と一階のマスターをこなした。 珍しく金が要ると泣きつく冒険者が来たと思えば、新米が8人も来たりする。 流れてきた屯する者も居て、奇妙に忙しい一日だった。
だが・・・。
後にこのカロゼは、斡旋所に残りながら一つの罪を背負う。
それは・・。
妊娠したルキアの引退に折、彼女と結婚せずに別れた事だ。 あの事件の一年後で、ルキアは50歳に近付いて身篭った。 勿論、父親はカロゼだろう。
たった一夜の話し合いで、ルキアはもう子供一心でカロゼをどうこう云うのを辞めた。 彼女も、カロゼが何ゆえに一緒に為れないのかを知りたがったのだが・・。 それは、カロゼの心の内に秘められた。
ただ、彼が言うには。
「見つけた責任と、奪った罪を償い果たしたい」
と・・だけだった。
後々、70近くに成ったルキアは、自分とカロゼの間に出来た娘が冒険者に成りたいと言い出した後の末に知る事に成る。 カロゼは、リレインの残した遺児の後見人の様な事をしていたと・・。
リレインは、元がいい家の身分を血筋に持つ者で。 その愛人とは、この国の拠所無い貴族の娘だったとか。 その遺児に、リレインの様な剣術を仕込んで欲しいと頼まれたカロゼは、隠れ住むリレインの愛人と遺児を護る為。 その所為で、ルキアと娘に影響が及ばない様にと鉄の心を持ったのだ。
17年後。
リレインの遺児・キャロル。
ルキアとカロゼの子供、エリーゼ。
この二人が冒険者と為り、一つのチームを築いて。 後に偉大なる功名を立てようとは誰も知らない。
ただ・・。 年齢と云う柵すらも無くした或る男だけは知っていて、その二人の旅立ちを見守る事に為るのだった・・・。
―完―
どうも、騎龍です^^。
これで終わりです。 次も・・短編かも知れません。
ご愛読、有難うございます^人^