★夏休み特別話 番外編・冒険者の価値 上★
エターナルの世界で、特に誰も絡みの無い話の特別編です。
K 番外編拾
Kの旅は、長きに亘る。 その所々では、一人の時に遭遇する幾多の物語が在る。 番外編では、それを所々から拾ってゆく事にしよう。
*注:番外編では、様々なKの見た物語をお送りします。 ですが、その明確な時節を明らかにせず、大体の説明から入る事もあろうかと思います。 どうぞ、細かい点は流してお読み下さい・・。
題名 【冒険者の価値】
プロローグ
それは、ギラギラとした太陽が照り付ける夏の昼だった。
「ごめんよ、主人」
とある地方都市のグッセンで、屯組みに堕ちた剣士のカロゼが斡旋所の中に入った。
「・・」
彼を目で見ただけの主は、白い鼻髭の生えた口元をモゴモゴさせながら売り物にすら成らない茶葉で入れた水出しの紅茶をカウンターに置く。
「何時も悪いね」
灰色の古い傷が目立つ上半身鎧を着たカロゼは、痛みの見える衣服のままに紅茶の入ったグラスを手にしてテーブル席に向かった。
「よ」
「あぁ」
とか。
「よ」
「よぉ」
とか。
もう顔なじみとなって、同じく屯組みに属する他の一人狼と為っている冒険者と毎日の日課の様な挨拶を交わしたカロゼ。 ボロい小窓が壁に望めるフロアの隅の、四角い3人席が彼の特等席と云うか専用席だった。
「ふぃ~い」
席に腰を下ろしたカロゼ。 もみ上げが顎まで伸び、鳥の巣の様なクシャクシャ頭はもう顔より大きい。 決して太っている体型では無いが、妙にいかり肩の目立つ体の幅が広く見える長身男で。 旅慣れからか日焼けした顔は苦味が効き、睨めばそれなりに脅しも効きそうな風貌。 その腰にぶら下っている長剣は、安物の市販品では無く。 何処か屯組に慣れきった者は雰囲気が違い、どうして一人で居る訳が知りたくなる人物である。
だが・・。
この日も暇でダラ~ンとした日を送るのかと思われた屯組だが。 急な知らせが舞い込んで来て、皆が色めき立ったのは夕方前である。
黄色い砂埃が地面を走り、乾いた地面がむき出しの大通りを馬車が馬の限界に迫る勢いで走って来た。 が、その音が斡旋所の前で止まる。
「?!」
斡旋所の中で屯する者達が、その只ならぬ気配の動きを伝える馬車の音に反応しない訳が無かった。
そして・・。
「フランクっ、フランク」
斡旋所の主を名指しで呼ぶ声が、入り口の押し戸を強く開いて響く。 声を出す男性は、恰幅の良いやや身の丈が低い紳士風で、身形はかなり良いだろう。 履いている靴もピカピカした動物の角材だし、首元に黒いスカーフネクタイが巻かれていた。
大きく頑丈な造りをした飲み屋の様な印象を受ける斡旋所の中に溜まる熱気を、小窓が多く並ぶ西側の壁へと流す為の水車式の送風機が東側に在り。 その主の名前を呼ぶ声ごと、入って来た人物の付ける香水の臭いまで運んでいく。
(誰だ?)
(香水を付けるなんざ貴族か、御高く留まった商人じゃないか)
(仕事の臭いがしそうな展開じゃないか)
屯組の冒険者達が、囁く様に言葉を交わす。
だが、カウンター前に立つ薄い金髪の人物は、鋭い目を主へと向け。
「おいっ! 何時になったら組織されるんだっ!!!! あの“風のポリア”同様に、合同チームとか言う大掛かりなチームの組織が出来るのであろうっ?! 此方は、もう待てんのだっ! さっさとこの屯している奴らでもいいっ、第一陣を組織せぬかっ!!!!!」
物凄い怒鳴り声で、そう言った。 “紳士風”と称したが、この怒鳴り声といい挨拶もロクにしない態度といい、礼儀を弁えた人物とも取れなそうな感じである。
その大声に、
「・・・」
静まった周りの屯組みの冒険者達は、一体何事かと思う。
しかし、初老の主は、着慣れた労働者風の出で立ちのままに動じず。
「死ぬと解ってるのに、そんなものは組織出来ない」
すると、恰幅な身形の良い人物はやや傲慢な顔色を見せ。
「貴様ぁぁっ、誰に物を言っているのか解っているのかぁっ?!」
権力でも翳されそうな勢いだったが、それでも主は淡々と。
「島の管理に着任されている御領主の執事、バーグマン様に言っている。 それと、冒険者協力会は、中立で地方領主の命令に従う様に取り決めもされておりません。 はい・・」
すると、バーグマンと呼ばれた人物は、もう限界に来たと。
「フランクっ!!! それなら、此方も奥の手だっ!!! 冒険者や領民を問わず、“御令”(おふれい)として募るぞっ!! もう我慢は出来んのだぁぁぁあっ!!!」
と、怒鳴り上げた。
すると、主は何処か諦めを滲ませるかの様に目線を下げ。
「なら、ご自由に。 ですが、協力会は一切の責任を負いません」
こう言って、バーグマンと云う人物に頭を下げる。
「よぉしっ、もうお前の手など借りんっ!!!」
バーグマンと云う貴族風体の中年男は、イライラした様子を態度に出して斡旋所の中に向くと。
「良いかっ、明日から領主の御令を出すっ。 冒険者であろうが、誰でも構わんっ!! 北の島に渡って、“コト・ミカの木”の朝露なる樹液を取って参れっ。 見事戻った者には、褒美として50000シフォンを宝石で渡す。 参加したいと云う者は、明日からの募集に参加せよっ!」
この話に、毎日屯している10人前後の冒険者は、席を立ち。
「ごっ・5万シフォンっ?!!」
「そりゃすげぇっ!!!!」
「遣るっ、俺は遣るぞっ!!!!!」
と、色めき立った。
バーグマンと云う貴族風体の中年男性は、言うだけ云ったので馬車を待たせた外に出て行く。
しかし。
残された色めき立つ冒険者の中で、あの頭髪が特徴的な剣士のカロゼだけが騒いで居なかった。
(おいおい、“御令”(おふれい)だとぉ? 領主や国王が出せる唯一の公な個人依頼だが・・・。 そんなの、そうそうに無いだろうが。 あのマスターが依頼の即時達成をしないって事は、この仕事は相当にヤバいんじゃ~ないのか)
飲みきった紅茶の入っていたグラスを持ち、次々と斡旋所を出て行く屯組の面々。 仕事を中々回さない主へ、偉そうに悪態まで付いて出て行く者も居る。 それを見送るカロゼは、誰も居なくなってからカウンターに向かった。
「マスター、グラスを返すゼ」
珍しく席にグラスを残さず、カロゼが遣って来たのを見た主である。
「ん・・」
グラスを引き取る主へ、カロゼは問うてみた。
「マスター。 あの御令は、そんなにヤバい仕事なのか?」
すると、グラスを洗う為に水を流してる左側に行った主が。
「この斡旋所に如かず、屯してるヤツの腕なんか高が知れてる。 そんなのを寄せ集めして出来る仕事なら、当の昔に依頼を作ってるさ」
カロゼは、この斡旋所に来て数ヶ月だが。 その北に在る島の事を何も知らない。
「この島の北にも、島が有ったのかよ。 だが、此処最近でも、一度もその島に関わる依頼なんて出てないな。 強いモンスターとか、居るのか?」
洗う主は、“ふぅ”と溜め息を出してから。
「斡旋所が関わる事じゃなからな、本来なら何も言うに至らず・・よ。 だが、腕は悪く無いお前さんだから忠告しておこう。 この御令、受けるに合わん。 北の島とは、余りにも危険過ぎて立ち入りを国が禁じた島よ。 それこそ、先程の話に出た“風のポリア”の様な一団でも居なければ・・・無理だ」
「それなら、グットラックの王都に応援でも依頼したらどうだよ。 ファランクスチームのカリプト・レイジィとか、最近に一気に有名と為ったスカイスクレイバーとか。 あの・・ギルディとか云う名前が売れてるチームが、向こうにはわんさか居るだろう?」
グラスを洗い終えた主は、その水気を布巾で拭いながら。
「無理じゃ。 王都の斡旋所では、最近に主の交代が為されたばかり。 新しく主に成ったのは、女だが。 まだ、成って日が浅過ぎる。 この辺りの出ならともかく、他国生まれの主では・・目利きがそうもイカンぞ。 協力会の本部に連絡しても、この仕事は領主の一存が強い故に依頼を出す必要は無いとさ。 悪いが、御令を受ける奴は・・、諦めるしかないな」
「マジかよ」
「カロゼ、よ。 お前一人で、ウジャウジャいるスライミーの群れをどうにか出来るか? マンティー・ロガや、魔樹も出る。 しかも、一部の地帯が毒草の平原だ」
「・・仲間が居れば、ロガぐらいなら・・。 だが、スライミーの群れは、相当に厄介だな。 毒草や魔草の事も考えると、これって上級依頼でも危険度上だろうが? いいのかよ、あの出て行った奴等に言わなくてよぉ」
すると、フランクと云う主は黙った。
別の国から渡り来たのカロゼは、それ以上は何も云えなくなる。 主を責めてもしょうがないと思うカロゼだったが・・。
「カロゼ。 御令を請けないなら、この島から直ぐ離れろ。 領主の独裁色が強くなったこの街で、もう斡旋所は不必要。 ワシは、引退してこの斡旋所を無くすつもりだからな」
「マスター・・・」
カロゼは、目利きは確かな堅物の主フランクを見て、まだ仕事が出来ると思う。
(惜しい)
だから・・。
「なら、別れで一杯やらないか?」
と、誘いを・・。
主は、もう今日は誰も来ないと思い。
「は・はは、お前さんから誘われるとはな・・・。 ま、もう仕事納めみたいなものだ。 一応、冒険者をこっちに遣すなとだけは連絡も入れたし・・。 いいじゃろう」
夜にまた斡旋所で会う約束をして、二人は一度別れた。
そして・・。
「ふぅ・・、これはいい酒だ。 カロゼよ、この島にこんないい酒が在ったか?」
夜にもう一度斡旋所で会おうと交わした約束の後、カロゼが酒瓶持参で斡旋所をまた訪れたのだ。 ワインではなく、熱の力で蒸留した度数の強い酒だった。 主のフランクは小口のグラスに酒を入れ、話を交わしながら酒を煽る。
モシャモシャの丸い頭髪をしたカロゼは、
「マスター、いい酒だろう? 水の国で作られる、蒸留する酒さ」
と、入手の色々を語った。
「なるほど、ワインやビア(ビール)とは味わいが違う・・。 引退前に、これはいい出会いをしたな」
赤みがかった黄色い酒の色を、グラスに注いでからじっくり眺めるフランクは、帽子も脱いで老いた顔を曝け出していた。
また、鎧を脱いで来たカロゼは、剣だけ下げたラフな感じ。 もう、飲む以外に気は無かった。
グラスの酒を一頻り眺めた主のフランクは、
「処で。 カロゼよ」
「ん?」
「お前さん、屯にお堕ちるには珍しく思慮深いな。 元は、チームに組していたのだろう?」
「あぁ」
「こんな事を聞くのも野暮だろうが、何で一人に成った?」
すると、ニヤけたカロゼが。
「マスターを辞めるアンタが、今更に過去の詮索かよ・・」
と、呟く。
「あ、もう辞めるから関係無いな」
一応、悪い部分に触れたかと思ったフランクは、そう言うのだが・・。
「ま、マスターにはいいか。 俺のチームは、“テナスカ・トロントム”(聖獣の居場所)ってチームだった」
「おぉ、テナスカなら知っとる。 リーダーは・・、カイナック・ロベンダだったな。 魔想魔術師の」
「そうさ。 リーダーは、思慮に深いカイナック・・。 だが、カイナックの裏側を見ちまって、嫌に成った。 だから、チームを出たんだ」
「“嫌に為った”? ・・そう言えば、カイナックは今年に根降ろしに為るとチームを解散したな」
「恐らく、“御趣味”がバレタんじゃないか?」
カロゼは、何処か毛嫌いしているような感じのする言い方をする。 彼の居たチームの事は、リーダーとチームの名前だけしか知らないフランクは、何事かと思い。
「何が“御趣味”なんだ?」
すると、カロゼは侮蔑を吐く様に。
「“亜種食い”さ。 特に、幼い方のな」
その話に、主のフランクはギュッと眉間にシワを寄せ。
「本当か? お前・・見たのか?」
そう聞かれて、渋々に頷くカロゼ。
「あのバカと来たら闇市の女売り場で、ダークエルフだ、エンゼルシュアだ、ハルピュイアだのの小娘を探してた」
と、一気に酒を呷ってからグラスを置き。
「・・正直にマジ驚いたよ。 そうゆうのを脅しに使ってくる屯組の冒険者に、事実を告げられたんだから。 リーダーの恥ずかしい趣味を知られたくなかったら、有り金渡せって・・」
「そいで、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも有るかよ。 金は払わなかったが、事実を見せろって云ったら・・。 泣き叫んで助けを懇願するダークハーフエルフのガキを、アイツは・・。 無理・・無理だった。 リーダーとして、認められなくなった」
「・・そうか。 噂でも聞えなかったな・・、金でも握らせて黙らせていたのだろうな」
「多分、・・な」
「名は売れても、一癖二癖がそれでは・・な」
話が其処で一端途切れ、二人で注ぎ合いながら一呷り・・二呷り。 それから、またポツポツとお互いに話を聞き合う二人で、冒険者としても・・主としても・・細長く話は尽きなかった。
だが、そんな他愛ない一時は、突然の出来事で終わりを告げつ事に。
深夜に至った頃、もう店などが並ぶやや閑散とした大通りの外れに在る斡旋所。 そこに、武装していると思われた者の忍ぶ音が聞えたのだ。 全身を武装する甲冑系の全身鎧は、動く度にどうしても音が出る。 この頃合いに、そんな音がする訳が無いのだ。
「ん?」
「はっ」
酔っていても、その音を聞き逃さなかった二人。
すると、突然に・・。
「おいっ、主は入るかっ?! バーグマン様の使いである」
と、声が・・。
主は、悋気激しい領主や、その家臣たる傲慢な執事のバーグマンを思うに。
(余計な情報を流されぬ為の・・、襲撃か?)
と、看破したのである。
「は・・、こんな頃合いにかよ」
と、呟くカロゼ。
しかし、カロゼに寄ったフランクは。
(カロゼ、声を出すな。 そのまま、カウンター裏に)
「え?」
(早くっ)
主が、切羽詰った様にこう云うのだ。 カロゼは、とにかく解ったとカウンターへ。
「おいっ、居るんだろうっ?! 主よっ、早くドアを開けろっ」
男の声で、野太くやや横暴な印象を受ける声が怒鳴る。 今にも、ドアを蹴破りそうな声色であった。
カロゼがカウンターの内に回るに合わせ、主のフランクはカロゼの使っていたグラスを手にしカウンターに近付き。
(いいかっ、ワシに何が有ろうと裏口奥の小屋から出るな。 それから、コレを持ってろ)
斡旋所の主だけが持つ事を許される黒皮の分厚い本を、何とフランクはカロゼに・・。
「な・・何を?」
意味が飲み込めないカロゼだが。 カロゼの遣っていたグラスを、カウンターの内側に隠すフランクは。
(もしかすると、ワシの命が狙われているかもしれん。 とにかく、お前は隠れていろ)
「なっ」
驚くカロゼだが、遂に。
「主っ、出て来ないと云うのはどうゆう事だぁっ?!! キサマ、何か良からぬ企みでもしているのであろうがっ!!! 構わんっ、ドアを破れっ!!!」
と、声がするではないか。
フランクは、主として予感した最悪の事態だと思いつつも。
(カロゼっ、ワシの事を構うなっ。 その手帳、必ず王都の斡旋所に届けてくれいっ!!)
と、カロゼを裏口の方に突き飛ばす。
そして・・。
「何の騒ぎですかなっ、こんな夜更けに大声をっ!! 今開ける、待ちなされ」
と、声を出したフランクだ。
(な・何が・・)
混乱が激しく襲ってくるカロゼで、裏口から出ろと表現する主に従う様に裏庭へ。
すると。
(おいっ、裏口が在る様だ。 逃げられぬ様に回り込むぞっ)
と、裏庭を囲む塀の向こう側から、押し殺した声がするではないか。
(何がどうなってるんだよっ、あああっ)
慌てて物置の様な納屋に入るカロゼは、其処が井戸の在る井戸屋であると解った。
その時、斡旋所の中の方から、大声でやり取りする男同士の声がする。
「バカかっ!!! 斡旋所を、お前達が支配するなぞ気狂いとか思えん」
「喧しいっ!! 黒い皮の手帳は何処だっ!!! その秘密を教えるんだっ」
声が聞けたカロゼは、云われて持たされた手帳を見る。
(おいおいっ、目的はこれかよっ?! ヤバいっ、斡旋所に盾突くバカが現れたんだっ!!!)
カロゼとて、もう34歳になる。 冒険者協力会に盾突く者が、今まで尽く排除されてきた歴史は知っている。 島に閉じ篭っているこの統治者は、我儘を通す為に斡旋所を襲う事にしたらしい。
「黒皮の手帳は、お前達になど渡せんっ」
「そうか、ならば殺して奪うまでよ」
「何ぉぉ、あ゛ぐぅっ!!!」
カロゼの耳に、あの主のフランクの呻き声の一抹が聞えた。
「騎士体長っ、葬って宜しいのですか」
裏から裏口に回った誰かが、直ぐにそう言うと・・。
「構わんっ。 どうせ、手帳はこの建物の何処かに在る。 探せっ」
「は・・はぁ」
「コラぁっ、命令を聞かぬかぁっ!!!!」
「はっ」
そんなやり取りを聞いたカロゼは、もう主を助けに行くのが無駄だと解る。
(クソっ、俺達・・冒険者を舐めやがってっ)
この島に初めて来たカロゼに、主のフランクは言った。
“この島は、仕事も無い詰まらん島だ。 しかも、冒険者を犬の様に使うものだと思う領主が居るでな”
と。 主のフランクは、屯する冒険者達の命でさえ、目先の利益に囚われずに護っていたのだ。
井戸を使う事を決めたカロゼは、下水道から町の郊外に流れる川へと出た。 それから、用心を重ねて宿には戻らず。 漁船に自分の持っていた剣をそのまま渡し、密航の様な格好で北の大陸へと渡った。
その後。
ポリア達がKと出会い、ゲイラーなどとチーム一つと為った年の晩秋の入りである。 ギャンブル王国の領地で、海峡により隔たれた西の先の島を治めた第4王子の領主が亡くなった。 近親や家臣を含め、15・6人も含めてである。
その時、丁度ステュアート達がKと別れた頃であり。 また、王都では王都で、多数の強盗を働いた悪党集団が壊滅を余儀なくされる。
島の領主や、その家臣が一斉に急死した噂は、島に向かう交易船の運航に規制が出て大きな噂に為らなかった。 だが、悪党集団の壊滅は、年に一度のバクチの祭典の最中だった為に、様々な噂を交えて街中に飛び散った。
“凄いバケモノが、悪党達を食べた“
“悪党達が仲間割れを起こして、血の海を作る斬り合いをした”
更に、尾鰭や刃鰭が付いて。
“島の方で亡くなった領主と、悪党集団が結託して反逆を企てていたんだ”
こんな事が実しやかに囁かれた。 悪党の殲滅については、以前の特別編か何処かで書いたと思うので、此処での描写はこれまでとしたい。
しかし、話はまだ続く。
壱
さて・・。
あの諸々の一件から、何度も季節が巡り数年が経った。
或る時の夏。 何時にも況して、暑い夏の午後だっだ・・。
ギャンブル王国・グットラック。
その正式名称は無く。 “グットラック”も、博打と冒険者が対戦・競争する催しのカジナ・イル・ア・レイナーで出逢った仲間が、
“また来年まで元気に別れていよう”
と、いう文言が呼び名に代わった通称に過ぎない。
だが、北の大陸の最西端にして、突き出た半島の面積しか無い国なのだが、その経済力は世界屈指であり。 然程国内での食料の自給率は高くないのに、この国には食べ物・飲み物が溢れている。 僻地と云って良い場所に在る国が、此処まで他の国と肩を張れるのは、やはり賭博の魅力が色濃い故であろうか。
この王都・・、いや前と同じく首都と呼ぼう。
この首都は、南東側に広大な貿易港となる港の設備を持ち。 街の北側一帯には、大小の湖群と、その湖の中に浮く浮島の名勝が有る。 王城や、式祭典を行ったりする施設がその島に建てられているのは、有事の際の防衛からだとか。
ま、街の細かい説明は他所に置き、この日は斡旋所で話題が持ち上がっていた。
斡旋所【賭都に空いた穴】
博打のことには無関係と云う意味の店名だが、なんとな~く歯向かってる感じもする店名。 だが、その建物は、一階が広々とした飲食店の様な場所で、斡旋所と云う印象は薄い。 働く女性も、黒い長袖のクールなシャツに、下は膝上のスカートを穿いている。
日陰の店内で魔力を動力とした送風設備が在る斡旋所は、暑い夏には屯組では無くても長居したい避暑地であった。
そして、また一人。
「おぃ~す」
と、若い屯組の魔法遣いが入ってくる。 魔想魔法の使い手は、数が多い分だけ炙れる可能性も高い。
「よ」
「来たか」
同じくチームに属せず、斡旋所に屯する年配者や見慣れた顔の者が、今日は席を近くして若者に声を出す。
若い魔術師は、カウンターでグラスを磨く癖っ毛の長身中年男性に。
「マスター、飲む物。 タダのヤツで頼むわ」
すると、上半身が碇肩で大柄に見えるマスターが。
「毎日、タダで紅茶をシバキに来るな。 ちったぁ~チームでも探せよ」
と、グラスに氷と共に紅茶を入れて出した。 作り置きの安い茶葉で煮出したものだ。
この一般依頼の受付を預かるカウンターの男、名前をカロゼと云う。 “風のポリア”が誕生した少し後だろか。 大怪我を負って、この斡旋所に流れ着いたのである。 そして、そのままに下働きと成り。 今では、上で斡旋所を仕切る女主人の右腕に成っていた。
屯組の者も、彼はまだ剣士として一線を張れると睨む者も居て。 彼の人を見る目は、相応に鋭いと思われている。 特に、彼は小さい噂を軽んぜず。 奇妙な癖や噂を持つ者を注意深く見定める。 女主人も、そんな彼を好いてか愛人にしたがってるらしいとか・・どうとか。
「カロゼさん、そう怒らないでよ。 一応、毎日チームに入れてくれそうなトコ探してるじゃんか」
若い魔術師がそう言うのだが・・。
「アホ。 言い方は謙っても、チームに入れろとしつこいお前の言い草は鼻に突く。 もっと知識や見識を磨いて、必要な人材に為れさ。 前に居た、フローレンスみたいによ」
と、カロゼが言い返した。
「かぁ・・、説教だ」
グラスを取った魔術師は、そう滅入って仲間の様な屯組の元に。
空のグラスを拭くカロゼは、下を向きながら。
(アホウには、云っても解らないか・・)
カロゼは、その屯組に溶け込む若い魔術師を見て、過去の見て来た同じ穴の狢を思う。
つい先日まで、この斡旋所に下働きとして来ていたフローレンスと云う18歳の女性が居た。 山の中の田舎から出て来た様な、素朴で痩せた魔想魔術師だったが。 カロゼの云う忠告や指導を素直に受け入れ、休みは図書館に行ったり。 狩人や薬師の採取に同行を申し出るなどして知識を磨いていた。 その甲斐有り、彼女は中堅のチームの乞われ、薬草採取に同行したり。 この辺の道案内として何度も一時加入で、仕事をこなす様になる。
そして、つい10日ほど前だったか。 怪我と年でボンドスが抜け、モンスターに因って片足・片腕を無くしたイクシオが引退したキーラのチームに、彼女が見込みも含めて新規加入したのである。 ポリアがKと一緒に、グランディス・レイヴンの面々を助けに行った時の合同チームの面々が、それぞれに引退期を迎え。 新たな者が、その穴を埋める様に加入したのだ。
恐らく。 現時点での実力では、屯組にいる魔術師の若者や、剣士の方がフローレンスより上であろう。 だが、その性格や仕事に対する誠実さも踏まえ、純粋に将来を考えるに・・。 屯組の者は、信用に値せず。 また、チームに良いプラスを生まない。 カロゼは、推薦を頼む屯組を押しのけ、フローレンスを推薦。 共に二度ほど仕事をしたキーラやエルキュールは、素直で落ち着きの在る彼女を直ぐに認めたのだ。
しかし、そんな事など理解しない屯組は・・。
「おい、昨日までいたポリアのチームが、クリアフロレンスの方に旅立ったとさ」
「3日前は、コスモラファイアの面々も旅立ったな。 これで、目ぼしいチームも居無い」
「クソ・・、誰かが俺達の一人でも推薦してくれりゃ~よ」
「ホントだぜ」
「裏で、どれぐらい金を求めたのかね。 あ、いや。 あのキーラん処に入った新米、確か女だったな」
「そうそう、此処で働いてたクチだし、誰かさんに使った体の御蔭・・じゃないか?」
「お~お~、女はイイねぇ。 金以外に使えるものが有ってさ」
「あはははは、違ぇねぇ」
と、こんな有様だった。
ま、珍しく有名なチームが3つも居た頃が有り。 その間はこの斡旋所も沸いた。 他にも仕事をしている駆け出しのチームが居たり、地元に暮す根降ろしも居る。 そんな彼らにも見放された屯組の面々は、お互いで寄り添って傷を舐め合うのが癒しなのだろう。
しかし、だ。 この暑い日の昼下がりに、一人の雄雄しき剣士と無口な神官戦士が斡旋所を訪れた。
カロゼは、その二人に見覚えが在り。
(アレは・・、確か・・猛剣士ロバートと語らずのマクファイン? “ツイン・ソルケティノ”(二頭の先陣斬り)か)
この二人の登場は、再びこの斡旋所の空気が蠢く気配の訪れだった。
その日の夕方・・。
「チョイト、今日はもうお開きにしてくんな」
斡旋所の一階に、大人びた女性の声がする。 二階の上級依頼を請けれる“ハイ・ルーム”から、この斡旋所を仕切る女主の“ミス・ルキア=カルディナーレ”が声を掛けてきたのだ。
怒らせると手に負えないと云う彼女の声に、屯組の面々はそそくさとグラスを残して出て行く。
ルキアは、ルームを片付けに動く下働きの女性に。
「ちょいと、ロルーダ。 後は掃除だけしといて、番に回っていいよ。 こっちに案内するのは、仕事の報告のみ。 それ以外は、やんわり断っておくれ」
と、云ってから。
「カロゼ、上に上がって来ておくれよ」
こう声を掛けられたカロゼは、先程に遣って来たツインの二人が何か無理を言ったのでは・・と思う。
(余りにも困った話はイヤだな)
と、彼が考えるのも現実味の在る事だ。 冒険者の中でも、固定の人数の少ないチームと云うのは、実にクセ者揃いのチームで在る事が。 足りない人員を、訪れた街で現地調達する傾向に在り。 そのチーム事情は、非常に荒い。
彼が静かに二階に上がると・・。
落ち着いた応接設備が置かれた場所が二箇所と、金の施錠を掛けられた個室のドアが奥に見える円形のルームが二階の上級依頼を請ける事が出来る場所だった。 その二階にカロゼが上がれば、応接用ソファーに肢体を投げ出している女性が居る。 髪を左右に分け、それから胸元でまた結び、更に腰の後ろで纏めるという変わった髪形をしており。 無防備そうな短いスカートに、黒いゆったりめのシャツは肩から胸元までを露にした。
「カロゼ、さっきの二人の事なんだけど・・」
やや意味有り気に横顔を見せるルキアは、40代の大人びた女性だ。 取り分け美人と云う印象ではないが、目付きの鋭さや口元の引き締まり具合から利口そうな印象を与える。 ま、彼女が魔想魔術師で、苛烈な性格の一面を現すかの様な激しい魔法を遣うのは有名だった。
ルキアの近くに立ったカロゼは、独自に日夜冒険者と雑談などしながら集めた噂や同行の経験録を思い出し。
「あの二人は、流れの者として有名です」
「カロゼ、“ツイン・ソルケティノ”の名前は・・アタシも知ってるよ」
「はい。 ですが、彼らの仕事の成功度合いを、そのまま実力とは取らない方が宜しいです」
「其処、其処だよ。 協会の資料でも、随分と“被害・揉め事多し”の書き込みが多い。 コレは、どうゆう事なんだい?」
「えぇ・・。 あの二人は、それこそ消耗戦のエキスパートです。 一般依頼・上級依頼の突発型や締め切りを迫られる様な主が困る仕事をごり押しで引き受け、その斡旋所に居る屯や駆け出しを誘うんです。 数年前に死んだ悪党の様なガロンと云う剣士が居ましたが、ヤツに近いやり方です」
「じゃ、加えた仲間の面倒は見ない?」
「はい。 基本的に、モンスターとの戦闘は個々任せで、彼らが率先して窮地を助ける事は少ないです。 仕事に必要な人物、或いは死なせると大きく噂に響く者は助けますが。 どうでもいい炙れた奴らなどは、それこそ捨て駒にされるでしょう。 仕事の達成率が高い事と、主に無理強いをして褒賞を出させる様な事を言わないだけマシ・・。 そうゆう二人です」
「ナルホド・・。 主としたら、もう捨て鉢に近かった仕事を請けて達成してくれるだけでも有り難いって訳で。 ゴロゴロするだけの屯や新米が犠牲に成ろうと、それは冒険者の背負う危険の範囲内だから咎めない。 細かく書くと悪い噂に為るから、“犠牲・揉め事多し”の一言のみ・・」
「扱い易い様に見えて、扱い難い。 それが彼らです。 重要な案件を任せられるチームでは有りません」
「そ・・。 ま、来た日に・・」
“主、我々の知名度も実力も上級に不釣合いではない。 期限の切れそうな仕事、危険度の高い仕事なら喜んで引き受ける。 屯や新米を加えるだろうが、それは気にするな”
「なぁ~んて云ってくるチームなんて、アタシは初めて見たわ。 でも、最近まで優秀なチームが多かったからねぇ・・、そんな切羽詰った依頼も無いし。 急な依頼も無いよ。 さて、・・どうしたものかね」
だが、カロゼには一つ気に成っていた依頼が有る。
「あの・・、一つ質問を宜しいですかルキアさん」
「ん? なんだい、改まったりして」
「一般依頼で、西側の大渦海峡を越えた先の島の調査・・」
「あぁ・・、アレか」
「はい。 もし、ルキアさんが許可をしてくれるなら、見張りとして自分も同行します」
カロゼがそう言うと、ルキアはハッとした表情で彼を見上げる。
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れてから。
「はっ、それは困るよ。 いや、その仕事は回さない。 私の方で、適当な仕事を与えておくよ」
と、女主のルキアが言う。
「・・・そうですか」
観念に近い言葉で、そう了解を飲み込むカロゼ。
彼を見上げるルキアは、その内心を見透かし。
「アンタは、ワタシの大切な右腕だよ。 もうモンスターに占領された島に行って、それこそどうするんだい。 あの事件は、あの男のした事でカタが付いた。 ・・そう、終わった仕事なのよ」
聞いているカロゼは、少し年齢と共に渋みが際立った顔を平静に戻し。
「・・はい」
と、一礼をした。
そんなカロゼを気遣ってか・・。
「では、今日はこれで終いにしよう。 カロゼ、今夜は付き合っておくれ。 久々に、女が疼いてるんでね」
この女主人に買われる事は嫌じゃないカロゼだ、無碍に断るのも後が面倒で・・。
「では、下を片付けてきます」
と、踵を返した。
どうも、騎龍です^^
Kの特別話ですが、これは殆ど誰も出て来ない上に。 今の進行している話より更に進んだ話と為るもので。 データベースに書き途中で捨ててあった話です。
ご愛読、有難う御座います^人^