K特別編 秘宝伝説を追って 第二部 ⑭
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第二幕
≪魔法学院レイ・イン・フィニアへ≫
マデューサザンの街で一夜を過ごし、急ぐ様に次の日には旅立った一行。 流石にアンディが脱走して、その逃亡に冒険者へ仕事を斡旋する主が関わるなど尋常な事態ではない。 Kの提案で、役人に早く行く方法を聞けば、学院に向けて馬車を出してくれると言う事に成った。
海辺の海岸沿いから海上に突き出したマデューサザンの街から、内陸に向かって徒歩で5日以上は掛かる学院だ。 馬車で半分に短縮できるだけでも、十分な速さである。
晴れた小春日和の街道は、延々と続く農地帯の中を通ってゆく。 魔法学院自治領の土地は、田畑をするには内陸の平野しか利用に適さず。 その平野のど真ん中を行く街道は、農地の中を行く様な光景が毎日続くらしい。
幌馬車に乗るオリヴェッティは、巻くって在る幌の外に広がる農地を朝から見ていた。
眠かった大半の者は、揺られる動きに眠っていた者が多い。
さて。 まだ旅立って、昼を迎えぬ頃合いだった。
「オリヴェッティ。 この景色、懐かしいと思うかな」
声を掛けられオリヴェッティが気づけば、ウォルターが間近に来ていた。 マデューサザンの街で、白い礼服からやや水色っぽい白の礼服に着替えた彼で。 流石に貴族なだけあり、身奇麗にする事を欠かさない老人だ。 同じ学院の卒業者と云うのが、何とも不思議である。
「えぇ。 学院の休育時(教科修錬の無い日)には、農地に手伝いへ良く来ました。 出たお金は少なかったですが、お腹一杯に食べられるので助かりましたね」
荷台の底に腰を下ろしたウォルターは、休ませて在る畑や、野菜を育てている畑を見て。
「ふむ、そうか。 生じ働かなくて良かった私は、芸術と魔法の事を極める事しかしてなかった・・。 この風景を、この年に為ってやっと懐かしめる。 私の人生は、実に薄っぺらい」
「まぁ」
驚く様な事を言ったウォルターに、オリヴェッティは素直に驚く。 だが、ウォルターの皺が刻まれた顔、化粧もせず在りのままに成ったウォルターの姿は、何とも威厳やカリスマ性と云う鎧を脱いだ様な感じだった。
「オリヴェッティ・・」
「あ、はい?」
「まだ若き頃、この光景が私は大嫌いだった。 田舎臭く、同じ事を毎日繰り返すだけの民が居る。 新しい事を考える自分とは、此処で働く民は全てが違っているとすら思った」
「・・・」
無言で聞くオリヴェッティの脳裏には、そうゆう人を見下した頭でっかちの学者に辱められた記憶が甦る。 もっと若い頃のウォルターを見ていたら、先ず嫌って近付かなかっただろう。 だが、畑を見るウォルターからは、そうゆうインテリぶって人を見下す感じがしなかった。 ウォルターは、家族とかで働く人を見て。
「老いて来るまで、家族が持てなかった。 いや、嫌っていたし、どうやら私には子種が無いらしくてな。 関係の在った女の産んだ子供を片っ端から調べたが、どれも私の子供ではなかった。 今に思えば、これまでの全てが異常だったのだろう。 今、旅をして不思議なまでに、当たり前の事を思う。 学院も、この光景も、ただただに懐かしい。 そして、自分が小さく見える」
オリヴェッティは、その変わり様が不思議で。
「世界観が変わった・・のでしょうか。 ケイさんの御蔭ですか?」
すると、ウォルターは頷いた。
「多分。 私を平気で訪ねたり、やれ子供をあやせだ、冒険者に成れだ、対等に言う者は我が友ぐらいよ。 今まで己の敷居を上げ、馬鹿にしていた事が・・今に遣るとどれも新鮮だ。 他の者より、私は酷く未熟だったのだろうな。 この冒険で死んでも、それはそれで良い。 只、少しばかり先まで見届けたい」
ウォルターを見るオリヴェッティは、サニー・オクボー諸島で遺跡を巡った時の事を思い出す。 何に対しても在りのままに見ようとするウォルターは、人として人らしかった。 ルヴィアが語った偉人と云うか、貴族の大金持ちと云う雰囲気が無かった。 不思議なまでに自分を助けてくれるし、クラウザーと共に仲間の一人として認識出来る。 Kが居るからなのだろうが、それでも一人の人間が人間らしく思える訳で。 見て、気づいて、また見て、慮れる人だった。
さて。
昼を回ると・・。
「嗚呼・・、尻が痛い」
足の悪さから体位を変えずらいビハインツは、揺れる馬車に苦闘し始める。
「少し立って、風に当れ」
と、Kが言った。
「あ・・、それは懐かしいな」
立ち上がるビハインツは、荷台の前に寄りかかり。 馬の向かう先を見る。
近くに座っていたルヴィアが、
「何が懐かしいのだ?」
と、問えば。
「いや、子供の頃は、こうして親の動かす馬車に乗ってた。 只荷台に座って乗ってるのも、子供には退屈だしな。 こんな単純な事にでも、昔は喜んでた」
すると・・。
「どれ」
ウォルターが立ち上がり、ビハインツの脇に立つ。
「ほほう、なるほど。 視線も高いし、行過ぎる速さが違う。 景色の移り変わりが違うから、また違った感覚に成るのだな」
と、風を感じて何処か穏やかな表情をするではないか。
クラウザーは、延々と続く農地を見て。
「海も良いが、こうゆう長閑さも良いな。 お、子供が手を振ってるわい」
此方を見て手を振る子供に、気づいて手を振り返す。
Kは、一人眠そうにしていて。
「随分とのんべんだらりの感想だ事」
と、言うのだが。
「おい、カラス。 お前も手を振れよ」
と、クラウザーが言えば。
「ケイさん、一緒に手を振ろうよ」
リュリュが乗り気でやってくる。
「眠いんだ、寝かせろって」
ぐったりと寝そべるKの腕を掴むリュリュは、手を振る子供の方に上げて動かす。 首の無い場所から手だけが伸び、変な光景を見せる事に・・。
動かされてるKは、眠いのか怒らず。 面倒臭そうに半目をしている。
急いでいる旅だが、こんな穏やかな日を一同は過ごしていた。
「・・・」
だが、殆ど黙って懐かしい風景を見るオリヴェッティの胸中は、実に複雑である。 昨日の夕方には、馬車の用件を取り付けて貰い、街中の大通りに建つ宿へと入った。 ウォルターの顔が利く宿で、一等地の高級宿が安く泊まれた訳だが。
ウォルター曰く、
“安い宿では、秘密は守れぬ”
だ、そうで。 深刻な話をする為に、この宿に入った。
男女に部屋を分けるだけで、荷物を置くと直ぐに男性の泊まる部屋に一同が集められた。 食事の用意を、ウォルターの肝いりで部屋で行える様にして貰った。
ビハインツやクラウザーは、腹が減ってはと食事をするのだが。 オリヴェッティは、もう食事など忘れ。
「ケイさん。 予想で構いませんから、どうゆう流れが推察出来たのか教えて下さい」
何故に、アンディが脱走したのか。 どうして、その手助けを斡旋所の主がしたのか。 事態は、差し迫った事に成るのか・・。
Kの予想と云うか、推理は皆を黙らせた。
第一に、海旅族の遺産や秘宝の伝説は、歴史に埋れはしたがまだ生きていると言う。 その名残が在るが為に、オリヴェッティの様な者も少ないが居るし。 また、その遺産を探して名残の在る場所に根降ろしをした者も居無い訳では無いと。 確かに、オリヴェッティの様な者が居て、アンディの様な者が生きている。 別に探す者が居たとしても、不思議では無い。
この話に、ルヴィアが。
「それがどうした?」
と、聞くのだが。
「俺達は、その遺産と云うか、秘宝に向かっている。 そして、その探している者達が居たとして、その中でも俺達は突き進んで居る部類だ。 そんなのが現れて見ろ、これまで探していても進展の見えなかった者達は、どう思う?」
この問い掛けには、ウォルターやオリヴェッティも同じ答えと出した。 そう・・、注目し。 出来るなら利用や、利用を踏まえた協力を考えるだろう。
詰まり、オリヴェッティ達がKと海旅族の秘宝を探すと言う事は、進展の手掛かり無く足踏みをしていた者を揺さぶる事でも在ると言う事だ。
この意味を、今一に飲み込めないルヴィアやビハインツだが。 老練なクラウザーは、直ぐにその先の云わんとする事が解る。
「・・どうやら、先が見えれば見える程に競走と成るかも知れんな。 余所者の我々は、秘宝を探す事を隠して調査をするとしても、元々から狙う者が居れば邪魔者か・・情報源と思うだろう」
Kが思うに、遺産を探していたアンディの一族だが。 その事を密かに目を付け狙っていた者は、少なくとも居たのではないかと云う。 更に、斡旋所の主もアンディと付き合いが長く、本人からその情報を聞いて狙っていた可能性を示唆した。
ウォルターやクラウザーは、人の業を見てきている。 その話が出れば、推測は容易い。 アンディが、ガウの息子を利用した様に。 また、アンディも利用されていた可能性が在る。 サニー・オクボー諸島に行くには、モンスターを切り抜けられる冒険者の力が必要だ。 その冒険者に仕事を斡旋する主なら、島に人をやって探させるのに、調査や採取の依頼は願ってもない仕事だろう。
更に、Kはこう云った。
「アンディの存在が在って、諸島と海旅族の歴史が在る。 俺達の様に遺産の事を知っているのは、或る意味で歓迎かも知れないが。 その存在を知らなくても、在る無し関係無しに囁けば・・どうなるか。 調査に同行出来た上、その遺産の事を聞かされたら・・。 冒険者が探したくも成るのは、当然の流れとして想像出来る範囲に在ると思う。 俺が思うに、ノズルドの街で関わった事件の諸悪の根源に近いのは、あの逃げた主じゃないかと。 アンディを飼い慣らし、秘宝を探し出す手足にしていたのかも知れないな」
ルヴィアは、どうしても解らないと。
「では、どうして脱走をさせた? もう、彼は用済みだと思うのだが?」
だが、その意見に対しては、Kよりオリヴェッティが先に。
「そうかしら・・。 アンディさんは、私達と終日に島の調査に同行してたわ。 少なからずこのチームの事情を知る一人だし、他のニュノニースさんや、メルリーフさんに同じ協力は仰げないと思う。 主の方にしてみたら、逃げて私達を追うのなら・・アンディさんは必要かも」
其処に、ビハインツも加わり。
「だが、追われる身に成って、俺達を追い続けられるのか? 多分、そろそろ手配の張り紙が回るはずだ」
それはそうだと黙ったオリヴェッティに代わって、Kが。
「だが、あの主は結構に腹黒そうだ。 裏の関係を手繰ったとしたら、何処まで糸が伸びるやら解らん。 何せ、禁断の秘術に手を出して居たからな」
と、云う。 “禁断の秘術”と云う話に、一同の視線がKに集まった。
魔想魔術師でも在るウォルターが、
「“禁断の秘術”とな。 調査団の団長の息子と同じ、暗黒魔法・・かの?」
と、推理して聞くのだが。
「いや、違う。 性質の悪さの程度から行くと、死霊魔法と同等だ」
“死霊魔法”(ネクロマンシュア/ネクロマジック)と聞いたオリヴェッティは、背筋に寒気を覚え。
「それは・・、何ですか?」
「・・、生命魔法育成呪術(ホムクレイト/ホンムクルス)だ」
Kの口からその言葉が出ると、魔法を遣えるウォルターとオリヴェッティが固まった。 驚きを浮かべたままに、衝撃を受けて・・・。
クラウザーが、ウォルターへ。 ルヴィアが、オリヴェッティに問う。 だが二人は、その衝撃から抜け出せない。
代わりに、Kが。
「魔法の中でも、絶対に冒しては成らない禁忌に成る魔術の一つだ。 自然魔法と暗黒魔法が絡む特別な秘術の部類に属する。 悪魔の身体や、天使・・エルフの血を色濃く受け継ぐ者の肉体を切り刻み。 その心臓を宿主にして、人間の肉体に近いモノを生み出す魔法だ」
直ぐに意味が飲み込め無かったビハインツは、ウォルターの方を見た。 だがルヴィアは、何となく解る。
「まさかっ、死霊魔法などに入るゴーレムマジックの類なのか?」
一つ頷いたKで。
「その通りだ。 云わば、心臓を生贄にして肉体を生み出す。 心の無い、器としての肉体を・・な」
その説明がされるだけで、頭を抱えて俯くウォルターで。
「なっ・何と云う事じゃ。 この数十年生きても、その忌まわしき邪術を使えた者の話など聞いた事が無いハズなのに・・」
また、オリヴェッティも。
「私は・・信じられません。 そんな・・、あの呪術は、呪われた魔法です。 使えば、それなりの代償が・・」
と、Kを見る。
処が、少し口元を歪めたKで。
「安易にではないが、協力会が認めた主だ。 その場で斬る訳にも行かなかったしな。 また、事件が公に成れば、協力会が始末すると思ってたからなぁ。 俺も手を出すのを控えたのさ」
「ですが・・、どうして解ったのですかっ?!」
興奮から、声が上ずって大きくなったオリヴェッティで、怖そうにしているリュリュを見るKは・・。
「あの斡旋所に入った時、微かに香る甘くえげつない臭いが在った。 あれは、魔界の花だった“想魔草”(オウマソウ)。 ホンムクルスの肉体を生み出すのに欠かせない物の一つだ。 斡旋所の中みたいな狭い範囲で、空蝉分離魔法を遣うなんておかしい。 あの主、何か肉体的に秘密が在ったんだ。 その秘密を補うか・・適応として、前々からホンムクルスを使ってたんじゃないかと思う。 もし、逃げた二人が秘宝を狙うなら、きっとまた出遭うさ。 主にも、生かされるなら・・アンディにもな」
「そんな・・」
絶望的な衝撃を受けて俯くオリヴェッティに代わり。 ルヴィアは、名前以外の全てが闇のベールに包まれた秘術を聞き。
「しかし、肉体を切り刻むとは猟奇的な・・。 殺して心臓を奪うだけなら、そこまでする必要が無いと思うのだが」
Kは、こうゆう時は好奇心が仇に成ると思った。 だが、関わる以上は・・と。
「この俺の云った事は、人との馴れ合いなんかで他言するな。 ・・、魔界の瘴気で育つ想魔草ってのはな、不思議な成長段階を踏むんだ」
と、説明に入る。
すると、オリヴェッティが過剰反応の様な速さで。
「ケイさんっ、それ以上は…」
オリヴェッティの瞳を見たKは、魔法遣いがどうゆう教育を受けているのかが解った。
「コイツは・・、最高域のタブーか?」
必死に自分を保ちながら、ガクガクと頷くオリヴェッティで。
「私も、貴方が云おうとする内容は知りません。 ですが、それは人が知っては成らない事だと思います。 学院では、興味で暴走する者を恐れ・・名前以外を知ろうとする事をも禁じているんです」
「………そうか」
そう了承したKは、口を噤んでしまった。
ルヴィアは、オリヴェッティに。
「だが、これから関わる事だ。 知って悪い事なのだろうか」
と、云うのだが・・。
いきなり、それこそ憎む相手を見る様な視線をするオリヴェッティ。 彼女の顔の険しさに、ルヴィアもパッと腕組みを解いた程である。
「ルヴィア・・、知るにも限度が在りますのっ。 暗黒の秘術の使い方を知れば、貴女が不用意に言った情報を頼りに、誰かが行うとも限りませんっ!! ケイさんの知識は、全て一般の学者や識者のレベルを遥かに超えてるの。 お願い、私にも、此処に居る誰にも・・その話を聞かせないで」
感情的に言うオリヴェッティを、K以外の皆が別人を見る様な眼で見ていた。
「あ・・いや」
言われたて云う言葉が見つからないルヴィアより先に、ウォルターが。
「確かに、あの禁忌の内容を知る必要は無い。 入り口の一端すら知られないままで在っても良い、それこそ邪術の極み・・。 オリヴェッティの判断は、正しい」
Kも。
「だな。 俺も、この学者気質を少し削るとしよう」
こう言って、ベットに座って俯いてるリュリュの脇に座った。
「・・みんな、こわい」
Kの脇腹に抱き付くリュリュは、この話し合いの場の全てを怖がっていた。
この話し合いの後、食事と目的の達成だけを確認して解散した。 二人部屋に戻ろうとするオリヴェッティとルヴィアは、それこそ気まずそうな雰囲気だったが。 今朝には、普段に戻っていた。
今、荷馬車に乗る面々がこんなにも普通で居るのが、昨日の夜からすると信じられないが。 だが、降りかかる火の粉を払う気持ちと、この冒険を突き進もうとする想いは同じだった。
★
カクトノーズの街に着いたのは、三日後の朝だった。
夜霧が出た次の朝は、肌寒い朝霧が残ったが。 陽が見上げる高さに成る頃には、霧も晴れて春の入りの様な風が吹く。 この辺りにまで来ると、冬の入りに山間部や高地には雪が降るのだが。 年明けの第二の月に入る頃には、春めいた陽気が増えてくるとか。
さて、農地の中の街道を延々と二日走り続けて来たが。 三日目の朝は、上り坂の森と、家畜を飼う飼育小屋や果物畑に景色が変わった。 擦れ違う馬車も増え、似た様な服の色違いを着る男女の若者が乗り込む荷馬車とも擦れ違う。
オリヴェッティが、その服を見て。
「学院の制服ですわ。 お金を稼ぎに出る若者達ですわね」
ルヴィアは、荷馬車を見送りながら。
「蒼・・赤・・黄色に緑? 制服の色が豊富なのだな」
微笑むオリヴェッティは、懐かしげな顔で。
「えぇ。 魔想魔術師とか、自然魔法などの専門別ではなく、入学時に作る際に好きな色や仕様を選べますのよ」
クラウザーは、制服に仕様とは・・と思い。
「仕様とは、何なのかな?」
すると、ウォルターが。
「一言で言うなら・・そう、服のデザインそのものですな。 簡単な部分で云うなら、ポケットを増やしたり、スカートにフリルを入れたり。 少し違いを出すなら、紐で縛るとか・・ベルトで絞めるとかでしょうかな」
「ほほう・・、自由なのですか?」
「如何にも。 基本のデザインから大きく外れる物は、実費ですが・・」
彼の説明を聞いているオリヴェッティは、カリスマ性の高かったウォルターだから、人と同じデザインでは無いと思い。
「では、ウォルター様の制服は、如何な物だったのですか? まさか、全く違う物とか?」
すると、急に襟を正すウォルターで。
「如何にもっ。 私の制服は、この礼服の様に洗練された物でした」
ポーズを付けるウォルターの真似をするリュリュが居て、半笑いのKが。
(けっ、只の変わり者じゃないか)
と、思う。
だがルヴィアは、それには納得と。
「当時の若かれし頃のウォルター殿だ、さぞかし女性にも好意を寄せられたであろうな」
すると、急に顔を手で覆い俯くウォルターで。
「フッ、仮面を付けていても愛されましたな」
只の自慢話で、男の方は苦笑いか、半笑いしか無い。 ま、リュリュは真似に忙しく、それなりに楽しんでいた。
さて。 坂道の街道を九十九折の様に進んで行けば、在る所で一気に開けた。
「ん?」
その周りを見るルヴィアを始め、知らぬ者は何も無い一面に言葉が無くなる。 いや、地面はレンガを敷いた人工的に整備された地面なのに、其処には何も無いのだ。
その不思議な光景をまた少し行くと、街道が土から石の道に変わる。 その先の一箇所に、壁が然程に長く無い大きな門が見えてくる。 城塞などに入る立派な鉄の開かれた門だ。
クラウザーは、ウォルターへ。
「あ・・あの、ウォルター殿。 此処が、街ですかな?」
すると、ウォルターは何の躊躇も見せずに頷き。
「如何にも。 街には学院を中心にして、呼び名の違う区域に分かれて居ります。 街の一部は、あ~ホラ。 この街の郊外に当る丘の上にも見えますぞ」
その手に持つステッキを、この広く開けた何も無い土地の外れの上部へと向ける。 その方を見れば、この何も無い土地を、遠く離れた場所で囲む切立った山や丘が在り。 眼力が良いなら、その山の上や丘に建物が密集しているのが見えた。
その集落の様子を見たビハインツは、それが街だと思い込む。
「あ~、あんな上まで上がって行くんだ。 “学院”てのは、山の上に在るんだな?」
と、理解した様に言った。
が。
オリヴェッティが。
「山の上に在るのは、放牧農家や樵などが多く居る郊外集落と。 後は、僧侶が学ぶ各神々の神殿が建てられた区域ですわ。 魔法学院自体は、此処ですのよ」
何も知らない者・・、ルヴィアやクラウザーに加え、このビハインツも訳が解らなく成る。
一方。 リュリュは、一人だけ。
「此処ってすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~いっ」
と、荷台で跳ね出した。
鉄の大門を潜ると、真っ直ぐ先に一本の幅広い塔らしき物が見える。 土色のやや黒ずんだ石壁を積み上げた様な、旧式の建物に良く見られる物だが。
ウォルターがその物体に指を向け。
「皆よ、アレが学院と都市部への入り口。 云わば、門じゃ」
と、云う。
Kだけ、誰も居無い方を向いて。
「へっ、知らないヤツに解るかって~の」
と、ボヤいたが・・。
言ってる意味が解らないクラウザ-達だが、此処までも荷馬車などと擦れ違っている。 思えば、あの人や物を乗せた馬車は、何処から出てきて。 そして、逆向きの馬車は、この何も無い土地の何処に向かうつもりなのか。
馬車がその塔と思われる上の部分が見えない建物に近付いた時、初めてクラウザーは気づいた。
「ん? この建物・・上と下が曲線だ。 まさか・・、コレは円盤状の?」
すると、ビハインツも或る事に気づいた。
「んあ? 向かって行く馬車は、この塔みたいな建物の左側に行くぞ? あっ、右側からは、出て来た馬車が見えるっ」
態と何も言わないKやオリヴェッティなどは、この未知なる体験をさせようとしていた。
そして・・。
「あっ、何だこれは?!」
建造物の左側に馬車が回り込んだ瞬間、ルヴィアが声を上げて立ち上がった。
その円盤状と思しき建造物の側面に回ると、其処には見上げるも上が雲に届きそうな程に巨大な円盤型の扉が在った。 両開きと思しきその巨大な扉だが、左に回りこむと、向かって左側しか開かれて居無い様な開き方をしている。 更に、その閉められた右側の表には、何と壁画の如く動く絵が描かれているではないか。 稲穂を刈り取る人々の絵だと思えば、安らかに眠る女性に変わったり。 仕切りの線を越えた隣では、槍を持った無数の兵士が、広い荒野を突き進む絵が・・。
「こっ・これは・・・一体」
理解を超えたその大門に、クラウザーやビハインツも立って見惚れた。 足がまだ完治していないビハンツも、その様子に好奇心が溢れ出して痛みが鈍ったほど。
さて、多くの馬車が向かう開かれた門の中に踏み込むと、其処はもう街だった。 緩いスロープ状の道を上がると・・。
「はいよっ、今日は野菜が安いよぉ~っ!!!! 量も揃えたから、バンバン買って頂戴」
男の威勢の良い声がしたり、今日の値引きした料理の種類を言う呼子の声が聴こえたり。 見える周囲も、賑わう街中を通る大通りであった。
ルヴィアは、放心に近いままに。
「オ・オリ・・ヴェッティ、この街は・・何処に在るのだ?」
と、問う。
それもそうだろう。 知らない者からするなら、これは当然の質問だ。 この街に入る為の門で在った円盤状の巨大な建造物。 その横から見た、塔と勘違いした幅などどれほどだろうか。 荷馬車が数台も横に並べば事足りる厚みでしかない。 歩いても、50歩・・100歩までは有る訳が無い幅だった。
だが、目の前には街が広がっている。 馬車の向かう先には、高い建物と思わしき上部だけが彼方に見えているが・・。 右を見ても、左を見ても、この街が縦長で幅の狭い街だとは思えない。 この馬車が走る大通りと交差する幅広い道を見ても、あの門の幅など問題に成らない奥行きが覗えたのだ。
立ち上がったオリヴェッティは、ルヴィアの傍にて。
「カクトノーズの街は、幾つかに分かれています。 この繁華街と云うか、斡旋所を始めに商店や宿屋が軒を連ねる街は、空中に浮いた巨大建造物の中に在るんです。 そして、この区域の中心には、学生や先生などが住み暮す学院本部が御座います」
「つまり・・此処が、全ての民の生活圏なのか」
「いえいえ。 一般の方の生活する家や、装飾・細工などを行う工房や鍛冶屋などは、地下に存在します。 学院の運営や、自治国の政治の中枢も地下です」
ルヴィアは、それでは大きな矛盾が生じると。
「おいっ、この街が高い天空に浮いているのに、どうやって地下に行くのだ?」
すると、微笑んでしまうオリヴェッティで。
「この上部の“天空街シェアラン”と、“地下街レヴォックス”は、至る所の階段で繋がって居ます。 この街に、その階段がどれだけ在るか・・」
すると、ウォルターも立ち上がり。
「学生が魔法を学ぶのは、天空に浮かぶ3つの施設。 一つは、初歩の塔。 二つ目は、術別の万扇。 最後は、終卒の円卓。 それぞれ、魔法を扱える様に成る段階に合わせた施設だが。 その施設へも、学院の内部の扉を潜ったりすれば直ぐじゃ。 魔法の本来の姿は、守りながら無駄を消す事。 この魔法の全ての技術は、神々から魔法の真髄を教わり。 その力で人々を方々へ逃がした心から来ておるのだよ。 何時か、この大地に危機が迫っても、此処ならば人を受け入れて保護出来る」
街がどうゆう存在なのか。 その実態を認識出来ないルヴィアに、寝そべるKが云う。
「この街の呼び名は、数十とも、数百とも云われる。 天空都市で在るが、その存在を地上から確認する事は出来ないし。 また、地下の街を見ようとしても、さっき見た煉瓦しかなかった場所の地面に穴を開けても確認出来ない。 神と悪魔の齎した知識、そして魔法の真髄で生み出された異なる世界に存在する場所なんだ」
「何と・・、これが魔法の究極域か」
「そうだ。 首都でもあるから、カクトノーズ(新の理想郷)と云うし。 その魔法の真髄を求めた魔法遣いからは、レイ・イン・フィニア(力と無限の国)とも云われた。 他にも、幾つもの名前が付けられたが・・。 最初に作った魔法遣いは、その名前を付けなかったとか。 この街は、不思議な街なんだよ」
ルヴィアを含め、一同が黙った。
皆を乗せた幌馬車は、そのまま街の中心へと向かって行く。 書簡の送り先は、自治国政府の何処何処では無く。 学院長宛だった。
どうも、騎龍です^^
やっとこさ、魔法学院に来ましたね。 一応、魔法学院の若い生徒を主人公にした話も作ったんですが・・。 どうも、しっくりこなくてボツに・・・^^;
さて、K編の二部もそろそろ終わりですが、次はセイルとユリア編に踏み込みます。
ご愛読、有難うございます^人^