K特別編 秘宝伝説を追って 第二部 ⑨
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第二幕
≪そして、その島へ≫
ハンター達が、ボルグを唆して自滅した日から、一夜が明けようとしていた。 冬の遅い朝、やっと東の空が白み始めるかどうか。 まだ、宿の中はおろか、外も夜の色合いを色濃く残している。
そんな中だ。
「・・、寒い」
小用に起きたアンディは、眠い眼を擦った。 寒さに震えると、尚更近くに感じる。
その時だ。 真っ暗な闇の中から・・。
「だ・だれ・・か」
と、男の呻く声が・・・。
「え?」
アンディが耳を澄ませば。
「だぁ・・だ・誰か・・みいい・・・水」
それは、ウォードの声である。
「あっ、ウォードさんっ」
慌てて水差しを取ろうとしたアンディだが、真っ暗で視界が悪い。 もう出口のドアすらも慌てて探し出す様な感じで開き、そのままの勢いで廊下の転げ出す。 廊下に二・三箇所だけ掛かる弱いランプを手にして、また部屋に戻る。
「うううう・ウォードさんっ、大丈夫ですか?」
とにかく、彼の今の状態を確かめたかったアンディだが。 上半身を起こしたウォードは、薄着の長袖である下着姿の全身から、湧き上がる様な湯気を出していた。
「はい、水です」
コップに水を入れて差し出したアンディだが、半眼で汗だくのウォードは水を飲み干し。
「足らん・・水差し・・くれい」
と、コップニ十杯以上は在る重い水差しを要求する。
「え?」
薄着で寒いアンディだが、起きたウォードが求めるならしょうがない。 花瓶に近い水差しを両手で渡すと、ウォードはもう貪る様に水を煽った。 零れた水が下着やズボンに掛かるのだが。 もうウォードには、そんな事など気にして居られない程に渇いていた。
だが、アンディが驚いたのは、ウォードがその後に食事を要求した事だ。 オリヴェッティの差し入れが、冷え切っていたが残っていた。 ウォードは、それを残らず食べたのである。
(はぁ~・・、薬が効いたのかな?)
ウォードは、頭の傷の痛みも無く。 感覚的にボワンとしているが、気分は良いと云った。
そして、夜が完全に明けて。 一箇所だけ在る酒場の飲食店に一同が揃った。
「おい・・本当かよ」
「凄いな」
オリヴェッティなどと一緒にテーブルを囲むルヴィアとビハインツは、あの怪我をしたウォードが、シッカリと重装備の鎧まで着た上で。 何と此処まで一人で歩いて来た事に驚いている。
彼の到着を見たオリヴェッティは、その怪我をする前の様な彼の姿を見て。
「では、今日はお願いします」
と、連れて行く事にした。
ニュノニースやメルリーフは、この回復力に脱帽だった。
だが。
「貴殿の薬、しかと効きました。 助かった」
円形の頑丈さだけが目立つ木のテーブル就くK。 彼を捜して近寄ったウォードが、感服する様にそう言った。
夜は酒場と成る薄暗い店の一角に座っていたKは、リュリュを隣に肉をカリカリに焼いた物を切っていた。
「ま、動ける様にしただけだ。 激しく動いたり、頭に衝撃を受ければ・・傷口は直ぐに開く。 アンタの身体に出来る事にはいまだに制限が在るから、動ける事を過信するな。 オリヴェッティの命令には、何よりも絶対に従え。 仕事を遣りきりたいなら、責任を感じるなら、余計な心配を増やすな。 ・・それだけだ」
まだ若いKに、40絡みのウォードが云われる。 だが、ウォードは頭を垂れ。
「肝に命じる。 どうか、アンディ達仲間を助けてくれ」
仲間を死なせたくないと、Kに頼んだウォードであり。
「・・昨日は突発的で、犠牲出したからなぁ。 もう、これ以上は要らんだろう」
と、返したK。
別の席に座っていたクラウザーは、ちゃんと立って歩くウォードを見て。
「しかし、薬と云うのも凄いですな。 たった一日で・・」
すると、朝に弱いウォルターは、甘い紅茶だけを飲んでいるのだが。
「クラウザー殿、あの薬は劇薬・・。 つまりは、痛みを鈍らせ元気を錯覚させる麻薬の類だと思う」
クラウザーは、ハッとしてウォルターを見る。
「では・・」
「そう。 今日一日だけ保たせる為の応急処置ですよ。 明日に成れば、その副作用でまた苦しむかも知れませんな。 我儘の代償は、如何ほどかは知りませぬが。 多かれ、少なかれ、後からも来ましょうぞ」
「・・カラスめ。 説明ぐらいすれば・・」
「致し方在るまい。 双方が望んだ事を、我が友が適えたに過ぎない。 オリヴェッティも、後で悔やむかも知れませんがな。 望んだ者も、頼んだ自分も悪い」
「フム」
だが、クラウザーは、少し解釈が違い。
「ですが、後悔はしないのでは? 無理な望みが叶うなら、相応の代償も必要でしょうからの」
紅茶の入った無地のカップを手にするウォルターは、軽く首を捻ってから。
「それもそうですな。 我々と、立場は同じですからな」
「はい」
老人二人は、流石に達観した視点で物事を捉えていた話し方だった。
薬師3名、道具屋の老婆、このン・バロソノに住む若者2名がリステンバンドゥ島に行くのを希望した。 ガウ団長は、オリヴェッティに冒険者の全てを束ねさせ、島に渡る者達の安全を託す。
船に乗り込んだKは、朝靄の立ち込めた海上で、アンディを呼び出した。
昨日の今日で、アンディは仲間を心配していた。 メルリーフが少しぎこちなく、ニュノニースが無口だ。
「ケイさん、お話ですか?」
朝日でボンワリと明るい靄が掛かる海を見るKで。
「あぁ。 お前に話して置きたい事が在ってな」
Kが少し怖く見えるアンディで。
「・・何ですか?」
「実は、お前の持ってる地図・・。 色々とあべこべになってる」
アンディは、背中の荷物に成っている地図を、手で背負い袋を触る事で思いながら。
「え?」
「地図では、世界の通例通り“目の島”が一番で。 しかも、今日に行く島が二番目と成ってる。 だが、古代神殿の島の地図では、今日に行く島が一番大きく書かれていた」
「え゛っ? そんな・・、ウソだっ」
「見たのは、仲間全員だ。 だが、問題はまだ在る」
「なっ、何ですか?!!」
「昨日、俺だけが上陸した島の地形・・。 海岸から見る他の島の見え方からして、どうやら一番大きい島の形と酷似している。 もしかしたら、今日に行く島より、昨日の島の方が大きいのかも知れない」
「ケイさん、何を言ってるのか僕には・・・」
アンディが酷く混乱し始めた顔をすると・・。
「アンディ。 お前、祈りの島については何か聞いた事が在るか?」
「“祈りの島”・・? それは・・、何ですか?」
アンディを見つめるKは、その驚くばかりの眼を見て。
「いや・・、知らないならいい」
と、話を切る。
これには、アンディの方が気に入らない。
「ケイさんっ、そんな中途半端なっ」
だが、Kも完璧な確証が在って言っている訳でも無い。 だから、船の行く先を見ながら。
「アンディ。 全てはこれから、島に行って調べるんだ。 今、此処で何を話しても始まらない。 俺は、憶測を少し確かなものに出来ればと聞いてみただけだ」
「・・」
黙ったアンディから、非難が聴こえそうだった。 Kは、在りのままに彼を促して。
「お前も、その眼で確かめるといい。 在るのか、無いのか」
アンディは、Kの言葉に唇を噛んだ。 在る意味、一族で島の情報を管理して、その有無の解らない財宝の事を探していた。 オリヴェッティの一族とは別に、アンディの一族も島に眠る何かを捜し求めていたのだ。 Kの訪れで、それが俄かに間近へと近付いた様な感じがして、興奮せざる得ない。 アンディは、捜す決意を固めた。
朝の陽が、斜めに見上げる程に上がった頃。 靄が晴れ、問題の島に着いた。
岸壁の中に出来た大きな空洞の中に、円形の立派な桟橋が在った。 其処に入って船付きした大型船であり、渡し板が掛けられ皆が降りる。
岸壁の縁の一部に、出入り口として使われる切れ目が在り。 其処から島に出た一同。
海岸沿いの地形や、太陽の差し込む角度を確かめたクラウザーで。
「此処からの見た目は、全く違う雰囲気だな」
と。 流石に船長であったクラウザーは、一度見た地図を忘れない。 地形とその特有な形、太陽や風や波の方角から見える他所の島、様々な情報から島の大体の形を把握出来る。 アンディの地図の同じ場所を照らし合わせても、大まかに誤差を考慮しても食い違うと思う。
だが、採取の目的で先ずは島に入ると・・。 アンディとオリヴェッティにクラウザーが先頭と成り、島を巡り始めた。
採取を優先する為に、ガウ団長も加わる。 去年に、数年為りを潜めていた病気が流行り、その薬の材料が枯渇した。 ガウ団長の肩書きには、街の緊急時に施しをする一面も在り。 孤立化した街で住民を守る為には、無償で何かをする事も必要らしい。
「自治政府の一部が使わす長とは、半分が民を考えぬ者だからの。 街に根を下ろす我々がしなければ成らんのだ」
汗を流して採取をするガウ団長の愚痴である。
Kは、その採取を手伝いながら。
「下に遣らせればイイだろうに」
すると、意外にもガウは手を休めず。
「フン。 数年だけの派遣で来る輩で、自治領の抱える魔力水晶船の運転士としての魔法使い達だぞ? 船を動かす事には喜んでも、こんな泥臭い事等したくもない奴等だ。 遣らせても、身が入らない分だけタチが悪い。 薬草と見間違いられて、毒でも持って来られては敵わん」
「なぁ~るほど」
ガウ団長の性格を知ると、アンディ達と面識が深いのも頷けて来る。
一方で。
「確かに、カラスの云う通りだ。 此処は、地図とは違う」
と、森の中で言うクラウザーだ。
四方を密林の様な木々に囲まれ、採取をしながらの遅い行軍と成る中。 アンディは、地図通りに採取の適切なポイントを巡っている。
「お爺さん、ちゃんと地図通りだよ」
と、地図を差し出すのだが。
「いやいや。 地図通りなら、もうこの辺は山から下る丘の下。 今の頃合いなら、日陰に成る筈じゃぞ? 東から木漏れ日すら来るのだから、それを踏まえて考えるに・・その地図の山は、実際にはもっと低い」
アンディは、歩数で等高を現す山に書き込まれた細かい数字を見て。
「調べもしないで、どうして解るのさ」
と。
だが、海の兵と云われたクラウザーだ。 歩く地面の平らさや、来るまでの高低差を考えても、その地図の山にそれほどの高さが無いのを確信していた。 その答えは、所々で明らかに成ってゆく。
だが、アンディの云う通りな事も在る。 それは、モンスターの存在だ。 海鳥の様な感覚で、肉食の大型雀が此方を見てくる森の中。 時折、大型のワームに襲われたり、待ち伏せ型のスライムに襲われたりする。 誰かが死んだり、傷付いて襲うタイミングを見計らうモンスターの鳥であるが。 Kが出張るまでもなく、脅威は各個撃破された。
さて、
泉の場所。 苔や茸などの群生地。 滝の在る場所。 それらは全て地図に書かれた場所に在るのだが。 その真逆に不思議な点も見つかった。 海岸までかなりの距離が在ると思われていた場所が、実は思った以上に近かったり。 それだけならまだしも、地図の細部に拘って採取の移動ルートを外れて行けば、地図と海岸線が随分と食い違っているのが解る。
昼を回る頃。 岩肌が露出し、垂直に切立つ岩山の肌を水が撫で落ちる滝の周りで休憩をした一同。 一般の者を守るのは、アンディの仲間とルヴィアやビハインツ。 一番森に近い場所には、Kがどっかりと座っている。 間近を水が森へと流れ落ちるというのに、風で飛沫が来ない場所を絶妙に選んでいる。
アンディは、地図を広げながらKに近付いた。
「ケイさん。 何時から、この地図が間違っている事に気が付いたんですか?」
するとKは、地図を見ずして。
「間違ってはいない。 それは、安全に回れる経路を描いたものだ。 何処でどう変わったか、意図的かどうかは別にして、地図らしくしたんだろう」
「地図・・らしく?」
反芻したアンディへ、乾燥させたパンを齧るKは、
「地図を見るに・・だ。 我々は、広い島の右側半分しか動いてない。 ・・・、この岩山の反対側には、どうして行かないのか・・」
と、齧りながらも疑問を呈す。
地図だと、岩山の向こうは直ぐに海岸で、其処には何も無いと見て解る。 アンディは、行く必要が無いと思うから。
「それは、直ぐに海だから・・」
そう言ったアンディを、寒い青空の下で見るKで。
「お前、まだその地図の全てを信じるのか?」
「あ・・・」
アンディは、この地図が部分的に偽物と解ったので何も云えなくなった。
しかし、だ。 此処で、遠くに居たクラウザーが。
「カラス、そろそろ種明かししてやれ。 見るまで教えないつもりかぁっ?」
と、声を掛けて来る。
パンを食べきったKは、手を払いながら。
「・・うるせぇジジィだぜ。 ・・解ってンなら・・自分で言えよ」
と、噛む邪魔だとばかりにいう。
Kに近場に居るリュリュは、風の力で水を巻き上げ遊んでいたのだが。 クラウザーの言葉に興味を引かれて。
「あっ、ケイさん何か隠してるぅ? ずるいっ、ずるいお~」
と、濡れた手でKに近付いて来る。
「おい、お前・・その手で来るな。 って、俺のコートで拭くんじゃ無ぇっ。 バカっ・・、バカっ寒いだろうがよっ!!」
Kとリュリュの絡みを前にして、アンディは何が何だか。
リュリュを黙らせたKは、立っているアンディに。
「その地図の一番真ん中に書かれた採取場所は、一番左側のポイントに成るはずだ。 其処を軸に、その地図を折り重ねてみろ」
アンディは、直ぐにそれを実行する。 すると・・、地図らしく見えた島の地形が、ピッタリと重なったではないか。
「あ・・、同じ」
「その重なった岩山の向こうの海岸線が、本当の右側の海岸線なんだ。 つまり、岩山の向こう側。 そして、地図で重ならない北東部の島は、未開に近い場所って訳だ。 お前の祖父さんが死んだ場所は、その地図で言うなら折り返しの一番の密林に成る場所だろ?」
「はい・・、そうです」
折り合わせた地図に釘付けとなったアンディは、折り重ねるとその場所に岩山が重なるのが怖くなった。
「ケイさん・・、この岩山が重なる場所って・・・・。 何か、意味が在るんでしょうか」
片目を少し大きく開いたKは、岩山を指差すと。
「目の島で教えたはずだ。 海旅族は、神殿の中枢を地中に作る事が在ると。 地図を折り重ねて山が逆さに成る。 そんな意味合いを自然の現象に照らし合わせて考えてみろ。 何が在ると、そう思える?」
電流に身体を撃たれた様に、アンディはKの言葉を受け止めた。
「山が・・逆さに。 突起したものの・・反対・・・・。 穴・・・どう・・くつ」
Kは、もう間近にその場所が在るので。
「確かめるのは、夕方か・・明日だろうが。 現場は、直ぐ其処だ。 どうだ、知りたいなら調査に来るか? とにかく、薬師や道具屋の老婆の安全は確保しなければ成らないのが先だ。 船に彼等を戻した後、守りに誰かは置かなくては成らない。 どうしても来たいなら、今の内に話し合うんだな」
アンディは、もう眼が虚空を彷徨う様にメルリーフ達の方に向いた。 死んだ祖父の気付いたものは何だったのか。 どうしてもこの眼で確かめたいからだ。
Kは、採取を続ける様にガウ団長に打診する事にした。 これから引き返しながら、もう一度採取する事で量を増やす事に重点を置くのだ。
しかし、流石のKも突発的で、人の巻き起こす事故を予測するなど無理である。
それで・・。
採取の道を外れて、藪の奥の奥まで採取しながら戻る午後。 苔やらシダと云った変わった草を探して戻る中。
「おい、その辺は乗るな。 其処は、底なし沼だ」
葉っぱが積もり、小さな円状に木々が生えない薮の中の踊り場を指差すK。
「ホントだか」
疑った道具屋の老婆が、枯れ木の枝を差し込んで見れば・・。
「ほう。 ホントに泥だ」
薬師の中年男性は、枯葉の下に泥が在るのを確認して驚く。
「良く解りますね?」
ニュノニースは、精霊の力で水気でも感知出来れば別だが、Kが何で解るのかが不思議だ。
だが、問われたKは面倒臭そうに。
「あ? 臭いで解るだろう? 水と泥の臭いがしてる。 枯葉の乗り方や腐り方見ても、周りと此処だけ違うだろうがよ」
云われた直後。 その地面と泥の境に腰を屈め、ニュノニースは何度も臭いを嗅いだり、手で触ってみたりするのだが。
(瞬時に解る方法なのかしら・・)
と、疑問に思う。 島には慣れている自分でも、そうは直ぐに解らない。
この場所を離れた直後。 人の倍・・か、もう少し高い木々が生える森に踏み込んだ。
Kは、木が抜けた様なくぼ地は、待ち伏せるモンスターが居ると警告。 そうなれば、此処では採取もしないので、木々から離れて草むらの獣道を行くのが当然だろう。 オリヴェッティは、そう指示として皆に出すのだが。
ビハインツは、間近にリュリュが居た事も在って気が緩んだ。
「ビハツ~兄ちゃん、こっちぃ~」
リュリュが云うのに、
「あ・うん」
と、云いながらも。
(ホントにモンスターが居るのか?)
確かめて見たくなり、間近のくぼ地に近付いた。
彼とて、Kを信用していない訳ではなく。 また、くぼ地に踏み込むまではするつもりは無かった。 寧ろ、モンスターの存在を知りたい好奇心で近付いたのだ。
だが、モンスターの方はそんな事はどうでもいい。 いや、繁殖するモンスターは、部分的に野性動物の様な一面も在る。 その穴に隠れていたモンスターは、丁度卵を抱えたモンスターだった。 獲物を狙う範囲より少し外れた所でも、何かが近付けば警戒して襲い掛かるのは仕方が無い。
「うぉわぁっ!!!」
近付いたビハインツの目の前で、パッと枯葉が舞い上がった。 平たい口に鋭い歯を持つサソリムシの大型モンスターが現れた。
ビハインツも驚き、思わずブレードアクスを構える。
「わわっ、何で近付くのさっ」
慌ててリュリュがビハインツに走る時、クラウザーもモンスターを見て。
「何をしておるっ!! 早く下がれっ」
処がこのモンスターは、直接ビハインツに襲い掛かる事はしなかった。 が、追い払おうと云う意味で、黄色いドロっとした液体を吐き飛ばす。
「ぐわぁっ!!!!!!」
下がろうとしていたビハインツの右足に、その黄色い液体が飛沫して掛かる。
「あわわわっ、不味いお~っ!!」
リュリュが慌てて近寄り、その場に崩れたビハインツの右足の具足に掛かった液体を風で吹き飛ばすのだが。
「痛ぇぇぇーーーーーっ!!!! あぐぅ・・、熱いっ!!!!、 やけ・・や・焼けるぅぅぅぅっ!!!!」
と、ビハインツがのた打ち回り出した。
「大丈夫かっ?!」
「ちょっとっ」
「どうしたのですかっ」
慌てて更に、ルヴィア、ニュノニース、オリヴェッティが駆け寄って来る。
リュリュが魔法を遣おうとすれば、モンスターは巣穴に逃げ込んだ。
この時、Kは何をしていたかと云うと・・。 警告を言ってから、岩山の断片に珍しい草を見つけていたKで。 この騒ぎの直前に、
「アレ、採るか?」
と、ガウ団長や薬師と話し合って居た処。 ビハインツの声を彼が聞いたのは、崖に上る最中である。
「あ? 何してやがるよ」
聴こえ方で、緊迫せざる得ない様子と解ったK。 仕方なく、命綱も無しに上るままに花ごと草を採った彼は、とても飛び降りれる高さでは無い高さを降りたのだ。
「ひぇ~・・」
怪我も無く降りて来たKを見て、驚く老婆は目を見張る。
「ホラ。 仲良く分けろ」
と、薬師に草を託したKは、騒ぎの起こる方に戻った。
「痛いっ!!!! 死ぬっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!」
凄い声を出して、痛みに喘ぐビハインツ。
草むらまで引き摺り離したリュリュが、
「毒か酸だよ。 ヤバい・・水が無いよ」
と、口走る。
「あ・水なら」
と、魔法で何とかしようとするオリヴェッティに。
「おい、何をしてる」
と、Kが戻って来る。
Kは、溶けるビハインツの具足部分を見て。
「バカが。 不用意にモンスターに近付くからだ」
と、短剣を引き抜き。 ビハインツの足に傷も付けぬ手際で、金属の具足部分を切り離す。 全身鎧のスーツ・メイルは、膝の作りはかなり頑丈で。 繋ぎ目も普通の金属具足より少ないだけ、ビハインツの足は皮膚が爛れるだけで済んでいた。
「水っ、魔法で水を・・」
と、杖を構えるオリヴェッティ。 自分の飲み水を媒体に使おうとするのだが。
「待て」
と、Kが。
皮膚だけでもドロドロに溶ける様子に、ルヴィアやニュノニースは見るのも堪えきれないと口を抑えて離れる。
「ケイさんっ、患部を洗わないと・・」
「解ってる」
Kは、臭いを嗅いで、近くの地面に残る黄色い液体を見てから。
「洗うなら海水だな。 塩と反応して中和される酸だ。 洗うなら、海水にしろ」
「え?」
クラウザーやオリヴェッティの驚きが、一つに成る。
クラウザーは、酷い患部を見て。
「おい、カラス。 この酷い部分を、あの海水でかぁ?」
ウォルターも、惨い事に成ると。
「フム。 傷口に塩を塗る・・だな」
だが、彼を背負うKは、途中で本当に海水に晒す。
「うぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!!!!」
ビハインツの絶命の様な悲鳴が上がったのは、言うまでも無い。
気絶した彼を背負うKは、短く。
「自分が悪いんだ。 治療は只でしてやるから、在り難く思え」
その一部始終を間近で見るリュリュは、ブルブルと震えて。
「ケイさぁ~ん、怖いよぉ~」
半眼のKは、リュリュを脇目にして。
「お前が怪我した時は、ど~してやろうかなぁ」
「ひぃ~」
脅えて頬を両手で押さえるリュリュが、オリヴェッティには酷く可愛く見えた・・・。
そのまま、船に戻った一行。
Kは、ビハインツの怪我の処置をする。
この間。 オリヴェッティは、冒険者の皆を船内の板の間に集めた。 もう夕方なので、弱められた明かりのランプが壁に掛けられた。
ビハインツとKを抜いた一同を集めたオリヴェッティは、
「皆さん。 これから、少し予定を変更します。 良く聞いて下さい」
と、手始めに云う。
ガウ団長は、オリヴェッティに予定の変更を申し出た。 それを伝える為に、彼女は此処に皆を集めたのだ。
「これから、この船はン・バロソノに戻ります」
この一声に、アンディは愕然とした顔をする。
「そんなっ」
オリヴェッティは、彼を手で抑えさせてから。
「一度戻り、薬師さんや怪我人を置いて来ます。 予定を一日延ばし、明日にもう一度この島に来ます」
アンディは、どうしてもこの島に何が在るのかを知りたい。 だから、離れる事が怖くて。
「本当に戻って来るの? 僕は、一緒に行きたい」
彼を見るのは、心配そうなニュノニースとメルリーフ。 島の事には過敏なアンディだったが、今日はちょっと異常に思える。 先程も、どうしても島の調査に加わりたいからと、見張りを押し付けんばかりの言い方で云ってきた。
「そうか・・。 なら、明日は行きたい者だけで良いと思う」
と、云うクラウザーであり。
「はい、私もそう思います。 明日は、自分の意思で船に乗るかどうかを決めて下さい。 私と、ケイさんと、リュリュ君は確定です」
と、云うオリヴェッティ。 此処に居無いリュリュは、Kがビハインツを苛めないか心配ならしい。
此処まで一緒に来たルヴィアは、眉を顰め。
「私はのけ者か?」
Kへ、ビハインツの扱いに文句を云った一人でもあるルヴィア。 彼女を見たオリヴェッティは、
「意思は聞きません。 乗るか、どうかだけです。 因みに、明日はガウ団長も同行すると云う事です。 皆さん、それぞれに決めてください」
アンディは、安心した顔をして。
「解った。 乗るっ、僕は乗る」
と、云う。
ウォードは、少し揺れる身体をしながら。
「自分は、明日は遠慮しよう。 住民を守る為に引き受けたのだ。 これには、守るべき者は居無い。 仕事の領域ではないから、遠慮する」
と、云う。 実は・・もう、薬が切れ始めているウォードは、疲労感が尋常では無い速度で全身に圧し掛かり始めている。 気持ちで、何とか立っているだけだ。
メルリーフやニュノニースは、彼と同じ思いだ。 だが、簡単に行かない部分も在る。
“行きたく無い。 でも、アンディが心配”
これである。
閉鎖的な街で育ったにしては、誰とでも打ち解ける方のアンディ。 迫害や色眼鏡でしか見られないニュノニースに、容姿を悪く言われて来たメルリーフにすると大切な仲間だ。 一人で行かせて、何か在ったら困る。 アンディの祖父も含めて、この一族は島で命を落としてきた。 一族の女性は、島に入らせないと決めても居たので、アンディまで血が絶えずに続いて来たが。 在る意味、島と一緒に呪われた一族の様な過去が在る。 ニュノニースも、メルリーフも、それが一番の心配だった。
採取できた草の量と種類が豊富で、早く安全な陸地に引き上げたい薬師や老婆の意向も在り。 夕方にこの島を離れた船。 色々な事から予定が二転三転したこの採取・調査だが。 明日で全てが終わるのだろうか。
解散した瞬間、居ても立っても居られないアンディは、吸い寄せられる様に甲板にへと飛び出す。
「・・戻って来る。 明日に・・戻って来る」
一方で、各々は各自に散った。
外通路に出たメルリーフとニュノニースは、夕日の見える場所で手摺に並ぶ。
「ニース、アンタはどうするの? 明日、行く?」
「・・メルさんは、行けますか?」
不安げな二人である。
黒い肌をしたニュノニースの肌は、夕方の闇に瑞々しい柔かさを伺わせる。 間も無く夜に入る頃合いから、ダークエルフの肌は綺麗に見える。 心配そうな様子のニュノニースは、物憂げで女性として魅力が覗える。 この彼女に、何人の男が金を出そうと云ったか。 それを蹴散らしてきたのは、彼女一人では無く。 仲間のメルリーフやアンディも一緒。 ニュノニースは、アンディが本心から好きで、一緒に行こうと思っている。
一方。 思い返すと、随分と長く一緒に居たと思うメルリーフで。
「どうかな。 アイツが自分で行きたいのなら、アタシは残ろうかな。 ウォードじゃないが、仕事じゃないし・・」
そんなメルリーフを見るニュノニースは、少し淋しい顔をして。
「それじゃ、明日は別々ですね。 何か見つけたら、メルさんの分も持ってきます」
「ふっ。 なら、宝石でも見つけて来ておくれ」
こう云ったメルリーフだが、内心は違っていた。
(何だろう・・、この胸騒ぎ)
嫌な感じだった。
どうも、騎龍です^^
何とか、仕上げて掲載に持ち込めました・・。
ご愛読、ありがとう御座います^人^