K特別編 秘宝伝説を追って 第2部 序
K長編・秘宝伝説を追い求めて~オリヴェッティの奉げる詩~第二幕序章
≪秘宝を探して いざ、魔法が育まれる国へ≫
― プロローグ ―
世界でも最大規模の魔力水晶を有した巨大豪華客船は、海の上を安定的に進み。 一路、魔法自治領土カクトノーズに向かっていた。
「今日も風が強い。 お客を長く外に出させるなーっ」
「ハイサッ」
動き易い布で出来ているが、身体に巻きつけベルトや紐で固定すると云う特殊な灰色のコートを着た船乗り達。 甲板に出て働く下働きの彼らだが、一見すると役人に近い風貌をしている。
甲板の床や客が触れる内側の手摺に着いた氷や塩は、毎日一回は取り除く。
今日は、年明けから20日が経過している。 残り3日で、カクトノーズの貿易都市ロンバランダルに到着する予定だ。 中継地のコンコース島までがすんなり8日前後で行けたので、予定は前倒しで来ている。
この客船の最上階。 司令室と成る場所が在るのだが。 その中でも人を見下ろせる高みに在る船長デッキに、世界的に有名な二人の老人が相対していた。 彼らがしているのは、駒に込められた魔法で敵陣地を制圧すると云う、“ロベット・バトルド”となる駒ゲームである。
「では・・アタック、と行こうかな」
先手で駒を進める一人は、“芸術に好かれし天才”とも云われた男、ウォルター・アイゼンハワード・バスチューナ。
「ふむ。 ならば・・、これでフリーズ」
と、後手で駒を動かす一人は、“海の兵”と称されし船長のクラウザー・ウィンチ。
「ほうほう、そう来たるか」
考え込む様に碁盤を見るウォルター氏は、青みの在る純白の紳士服に身を包む正装であった。
一方で、駒を進めて出方を覗うクラウザーは、紫紺の生地に刺繍の入った立派なバロンズコートに、ツバが長く円筒形の整った白い紳士帽を被り。 黒の鉄製具足に、サーベル系の剣を腰に佩く出で立ち。 その姿は、もう船長ではない。
二人が見るのは、その開かれる度に形を変える陣地板と云う物で。 どちらにも等しく有利・不利が振り分けられた陣地を作るマジックアイテムだ。 その板の上には、6角形の枡に形作られた模様と、森林地帯・砂漠地帯・海・山河を現す色と音が示され。 手持ちの駒と呼ばれる人形が置かれる度に、何かが起こる。
この駒ゲームは、大人の嗜みとして遊ばれるものだが。 価値がべらぼうに高く、現存する物以外は新たに作れないので、貴族や王族などが古くから遊んだものらしい。 超魔法時代より以前の物なのだ。
アハメイルを出る前に、クラウザーは船を降りる旨を雇い主に言った。 この航海が船長最後に成る。 ウインツの抱える水夫が降りた中で、今日までクラウザーと船に乗ってきた副船長カルロス。 そして、航海士や魔力水晶の力を操る運転士などは、クラウザーに船長としてバリバリと指示して欲しかった。
だが。
「船長。 波・風は、共に穏やか。 航海は順調です」
カルロスが報告しても。
「うん。 全て任せる」
この一言で終わる。
「・・・は」
アハメイルを出てからのクラウザーは、ウォルターやK達と行動を共にする事が殆ど。 もう、居ても居なくてもいい船長に変わっている。
全ては、先に逝った兄弟子ウォーラスが原因だろうか。 それとも、もう船長をする気が無いのか・・・。
アハメイルでは、様々な事が起こった。 年末年始に掛けて、その起こった事は変化にも成る。
ウォーラスの死、クラウザーの変化。 ウィンツの様子も、また然り。
その外では、アハメイルで本当にウォルターが仲間に入った。 Kに刺激されたのもそうだが、魔法自治国と水の国に訪問したいと云うのが本音らしい。 その外、商売の話も在るのだが。 とにかく冒険者らしい事をしてみたくなったと云うから、リーダーのオリヴェッティは気を揉んでいる。
さて、あの変わり者のウォルターは、思い付きからライナに全ての留守を頼んだ。 ウォルターが何の前触れも無く旅立つのは、もう周知の事実。 全ての人的作業を終えたウォルターは、ライナに留守を預け、冒険から戻ったら仕事を斡旋すると云った。 自分に跡取りなど居無いから、言い訳する主が必要だと云う訳だ。
世界的に見ても、侯爵の中でも随一に裕福な部類に入るウォルターの屋敷だ。 その主代わりなど・・・。 もう気が動転しまったライナだが、Kがそれを“いい事だ”と云うから始末に終えない。 マリーの生活が有る為、渋々と了承した彼女。 ライナとマリーを、自分が戻るまでは主として接しろと命令された執事や使用人は、もうその絶対的命令に二言で従った。
ウォルターは、更にウインツに150万と云う大金も融通している。
“もうその身を辱める事は、船を託したウォーラス殿の為にもするでないぞ”
と、忠告した上である。
クラウザーは、もうウインツに何も云わなかった。 逆に、久しぶりに家族と会い。 ウォーラスの元で働いていた船員達を、人目を気にせずに墓参りが出来るようにする。 そして、心残りだった秘宝を探す度に出ると伝えた。
大まかに書いたが、様々な事がアハメイルで在った。
さて。
冬晴れの晴天が続き、風だけが強く。 波が荒々しい今日は、甲板に誰も居無い。
Kは、航海に出てから寝っ放し。 一日に一食ぐらいで、クラウザーやウォルターが雑談に誘わない限りは、朝から晩まで終始寝てばかり居る。
リュリュは、相変わらずオリヴェッティとルヴィアにべったり。 時々、妙にKへ甘えるだけ。
ビハインツは、女性二人の護衛の様に付き添っている。
船の中で、面々が居る場所が決まっていた。
しかし、そんな面々の中で、明日には港に着くと云う朝からクラウザーが激変した。 不安な面をするカルロスと叱り飛ばし、船の中を見回って次々と船員を叱る。
“異変などが起こらぬ限り、お前達船員の役割はハッキリしておる。 何だその怠慢な仕事はっ!!!”
最後にまたデッキへと上がって来たクラウザーは、司令室に居る管理船員に大声を上げる。
「よいかっ、私は明日で居なくなるのだぞっ?! 仕事の術、仕事の仕様も弁えとるのに、ワシの命令が無ければ動けんなどフザケルなっ!!!!! 船客、運ぶ積荷の無事を預かるのは、現場で船を動かすお前達ぞっ!!! 情けないっ。 こんな事では、次の航海で大嵐ぐらいでも在るなら、お前達は海の藻屑にされるわいっ!!! その程度の者なら、勝手にワシと同じく船を降りろっ。 ・・客と雇い主に迷惑じゃ」
放任船長の最終日前は、これを言うまでは船長だったクラウザー。 だが、云い終えた後は隠しの部屋に消えたまま戻らなかった。
仕方ない事である。 クラウザーは、もう時代の過ぎた人物だ。 それを本人が一番自覚している。 自分の命令を待つ部下など、もう欲しくなかった。
仕方なくの想いから、カルロスは自分が船長代わりに成ると決め。 港に着くその時まで、一度としてクラウザーに面会を求めなかった。
クラウザーは、もう冒険者に変わっている。 だから、敢て任せたのだろう。
そして、・・・。 航海の最終日は、生憎の曇り空だった。
賑わいが聴こえる港にて、先に降りたKは皆を待つ。
簡素な荷物のみの皆。 ウォルターが荷物を少なくして、手に持たず動く箱型バックを従えたのには、Kも少し目を見張った。
リュリュを伴って、ルヴィアとビハインツが降り。 降りる客の最後の方にオリヴェッティが降りた後、直ぐに同じく降りたクラウザー。
木箱の積みあがった物に凭れるKは、クラウザーへ。
「クラウザー。 降りたら、冒険者だぞ」
と。
既にこの航海に出る前に、船長帽子と服を脱いだクラウザーだ。
「フン。 言うべき事は、アハメイルを出る前に言ってある。 ワシは、既に冒険者だ」
その返しを聴いて、薄く口元を微笑ませたK。
さて。
オリヴェッティの結成したチームは、総勢7名と様に成った。 チーム“アーリストゥン・シェバイス”(曇らない心眼)は、いよいよ秘宝を追うのである。
― 1 -
枯れた巨大な葉っぱが、低い場所に生える草の根元から伸びている。 草が人の数倍の大きさで枯れる大草原。 その中を歩くのは、オリヴェッティの一団だ。
まるで小人に成って、冬枯れの草原を行く様だが。 現実に、大きいのは草の方なのである。
「凄い草だっ、この異様さこそっ、冒険の景色だ」
初めて見る光景に、ウォルターが興奮気味の感想を述べる。 確かに、陸路でこの草原を抜ける者は、腕に覚えの有る冒険者ぐらいだろうか。
魔法自治領カクトノーズに入った一行だが、Kとクラウザーがメモを読み解いた通り。 真っ先に向かったのは、太陽紋の島と謳われるサニー・オクボー諸島へである。 海路でも行けるのだが、渡航料金が掛かる上に、連日出港しているわけでも無い事情から、陸路で行こうと相談で決まった。
魔法自治領カクトノーズは、東に縦長く有る大陸の最北端に位置する国だ。 だが、その辺境、周辺、海の全て、島々が領土かと云うと・・、それは大いに違う。
歴史上、カクトノーズは国外に対しての進行攻撃を一切行って来なかった。 カクトノーズの建国は、未来にまた魔王など悪しき脅威が暗い影を落す時、その対抗をする為に魔法の教育の場を残す意味で作られた。
“人を滅ぼす全ての脅威に対し、知識と知恵と対抗手段を用意す場所。 特殊な魔法と云う分野を、生かし続ける聖地”
これが正式に国家と名乗らなかった国を作る精神に成っている。
カクトノーズは、大きく3つの地域に分かれており。 その周辺には、独立した国と自治領を隣接させたままに今日へと至った。
今までも幾度と出た“カタナ”と云う武器を排出するのは、カクトノーズの東北方面の海に浮かぶ国。 海岸に横たわる台地岩山山脈の向こう側に為るので、陸路では行けない国なのだ。 その国に行くには、海路で交易船にでも乗せて貰うしか無い。 呼び名は、大陸や国、地域に因って変わった呼び名が在るのだが。 正式には、東北王国家ジパァンディアと呼ばれる。 この国は、鎖国と云う政策で国への部外者の往来を制限しているとか。 大きな本土と呼ばれる横長の島に、周辺の高山諸島を領土にしているらしい。 カクトノーズ、諸島王国モッカグルとだけは、親しく交易を行っているとか。
一方で。 カクトノーズの北西一帯は、高地と草原丘陵地帯が広がり。 特徴的なモンスターの生息区域でも在るから、村や町は少ない。 海に面した海岸地域の半分以上が、浜を持たない高い断崖絶壁や山脈と成っているカクトノーズは、使われて居無い土地が多く。 この北西方面は特にそうだった。
他にも、カクトノーズの東方は、カクトノーズと共同自治と成る地域だったり。 南西方面には、水の国との国境に面するトライアングル干渉地帯が在る。 ま、この辺の関係は、追々にその時語ろう。
冒頭でも書いた通り。 Kの話を聞いて、カクトノーズ最北西の大交易都市に降り立った一行は、モンスターも出る北西地帯に踏み込んでいた。
Kと10歩前後の間を空けながら先頭を行くのは、灰色のロングコートに全身を包む鎧のプレートメイルを着た大柄な男性。 片手用のハンドアクスを三振りも扱う戦士のビハインツだ。 ちょっと面長の顔だが、細い目や大きい鼻などが顔の潰れた様な印象を与える老け顔の人物である。 ブラウンの髪は短く、剛直な気性を伺わせる。 チームの中でも一番背が高いビハインツは、自分の倍以上に伸びる枯れた葉っぱに驚くばかりだ。
「しかし、凄い丈の草だな。 こんな物が在るなんて・・・」
一方、長袖の動き易いコートを着るオリヴェッティは、リュリュと並んで歩きながら。
「でも、視界が悪いのと、冬の日差しを期待出来ないので寒いですわ」
Kを前方に、背後にオリヴェッティを居させ。 左右に老人二人を捉えながら進むのは、長い金髪を知恵の輪の様に結って垂らす男装の凛々しき美剣士ルヴィアだ。 艶やかな赤いコートには、花の刺繍が素晴しく。 純白の生地に薔薇の刺繍が入り、指貫きの小手とも成る物を手に填めている。
彼女も足から上がって来る冷えに困る。
「全くだ。 この日陰では、骨まで冷えが凍み込んで来る感じがするぞ」
そんな彼女の右側。 灰色の黒文様が目立つコートを着て、宙に浮遊するカバンに乗っているウォルターは、歩行に合わせた速度で葉っぱを避けながら。
「確かに、地面が硬い霜柱で凍っている。 この様な場所は、見た事が無い」
Kの左後方を行くクラウザーも、
「確かに寒い。 雪が積もっている訳でも無いのに、息が真っ白いわい」
と、海風で鍛えた老体に凍みる冷気に感想を残す。
誰もが口や鼻から白い息を出して居る。 その長さや白さは、強い風に空気まで凍えそうな海の上とも変わらない。 この寒さの中でも、何も云わないのはK一人だけ。 リュリュは、そうゆう寒暖の差が苦しく無い方で、寧ろ寒がる皆に合わせてキャッキャ云っていた。
かなり特徴的な景色の中を行くクラウザーは、疑問を抱いてKへ。
「おい、カラス」
「ん?」
クラウザーは、生姜と薬用の草を煮詰めて丸薬にした物を手にしながら。
「この先、何日で向こう側に着くのだ? 当初の予定では6日・・8日ほどと云っておったな」
「あぁ」
「本当に、島へ渡れる船が在るのか?」
と、丸薬を口に運んだ。 血流を保ち、体温を保たせる丸薬だった。
交易都市から旅立って、もう5日目前後。 茶色に枯れた葉っぱを潜るKは、前を見ながら。
「海岸に出れば、漁村の様な光景を持つ街が在る。 海路で行くルートでは、その街まで行かずに島へ北上するからな。 存在すら知らないかも」
ウォルターは、カバンに乗りながらスススっとKに近寄り。
「ケイ。 その様な辺境の街とは、人が多く住み暮せる場所なのかの?」
興味から生き生きした様子のウォルター。 そんな彼をKは見返して。
(楽しんでんなぁ)
と、想ってから。
「サニー・オクボー諸島には、住人としての人が殆ど居無い。 多種のモンスターの生息地が、諸島の彼方此方に被って存在しているからだ。 だが、島の彼方此方には、希少価値の在る産物が色々在るらしい。 最北西の街のノズルドは、古くから大地の民ドワーフとハーフエルフが住んでいたとさ」
「ほう。 では、亜種の民が統べる街と云う事か」
「いや、今は人が多い」
「ほう、歴史的に戦争でも有ったかな?」
「そうなる原因は、モンスターさ。 過去には、幾度もモンスターの襲撃に遭って来た集落で、もう瀕死寸前だった時期がある。 だが、ふるぅ~い昔に、その有様を助けようとした大司祭が居てさ。 冒険者を伴って、街の脅威と成るモンスターを排除し。 街を護る障壁結界を作ったらしいね」
「ほほぅ。 それは慈悲深い」
「その後、激減した亜種の民は再生が難しく。 仕方無しに居住民を受け入れた経緯が在ると、その大司祭を祭る祠に碑文が在る。 結構仲良く暮してるみたいだ。 差別しなけりゃ、亜種人も人も心は同じだしな」
「協力する者の姿は、何時の時代も美しい・・。 悲劇を哀れむ慈悲が、未来永劫揺らがぬ協力性を生んだのだな・・」
感慨深く云うウォルターを横目に見るKは、
「へぇ~。 ジジィに成った分だけ、涙脆く成ったじゃないか」
と、からかえば。 急に横を向いて顔を隠すウォルターで。
「フン。 悲劇より、美談の方が麗しいのは当然ではないかっ」
それを聞くKは、人間も年々変わるものだと。
(ジジィでも観察のし甲斐が有らぁ~ね)
と、想うのだが・・・。
此処でKは突然に足を止め、天空に飛行する影を逸早く見上げる。
Kが立ち止まった事で、リュリュ以外の全員に緊張が走る。
「モンスターかっ?!」
小声で言うルヴィアに対し、リュリュが。
「おお~っきな飛竜だよ。 モンスターで、肉ばぁ~っか食べる。 焼かなくても美味しいけどね」
その言葉を聞いたルヴィア、ウォルター、ビハインツが、何を言うかとリュリュを見返す時。
呟く様にKが。
「結構な遠くだが。 何かが襲われているみたいだな」
爆弾発言をしたリュリュのお口を塞ぐオリヴェッティは、話を逸らそうと。
「けっケイさん、それは人でしょうかっ?!」
オリヴェッティに後ろから抱き付かれた格好のリュリュは、頭を動かして女性の柔かさを味わっている。
それを脇目にチラ見しただけのKは、また前に顔を戻し。
「さぁ、な。 だが、結構な禍々しい気配が動いているぜ。 モンスターが獲物を襲って、別のモンスターがそれに気付いているって感じだ」
クラウザーは、前進するしか道が無い中で。
「このまま進むなら、我々もエサにされるだろう?」
「可能性は、まぁまぁ」
「なら、人なら助けには行けないか?」
「人なら微妙な距離だ・・って、あら?」
ビハインツは、何が起こっているのか解らないので。 Kに近付き。
「今度はどうしたっ?」
「んん~、モンスターの気配を割って、生命エネルギーが出た。 走る速さや波動からして、コイツは馬とかだな」
オリヴェッティは、直ぐにリュリュを手放し。
「どうせ相手するんですっ、助ける事も前提で急ぎましょう」
こんな場所に馬は居無い。 つまり襲われている対象には、人も含まれる可能性が高いと云う訳だ。
この判断を下したオリヴェッティに対し、Kは反論を持たない。
リュリュだけが、モジモジ動いて。
「柔らかかったのにぃ~」
と、物足りない笑顔だった。
動き出す一同の中。 Kの過去を知る二人の老人は、Kが殆どの決定権をオリヴェッティに委ねたと理解した。 過去の彼では在り得ない事だが、今の彼には在る。 二人は、もう何度も思った事をまた思う。
“変わった”
と。
久しぶりに走るクラウザーは、大きな植物を掻き分けながら思う。 この始まりの地点に心残り無く立てたのは、Kの御蔭だと思う。
Kとウォーラスの会話の全てを知る訳では無いが、ウォーラスは夢を叶え掛けて居ながら、結局叶えられず堕とされて死んだ。 だが、その夢の欠片は、今は弟子のウインツに受け継がれている。
一方、自分はどうだろうと思うと、船長を遣ってるままでは誰にも託せ無い。 もし、この冒険で死ぬと成っても、オリヴェッティ達に託せるなら。 オリヴェッティの曽祖父と出逢った思い出を、この冒険で記憶を共有出来る仲間に託せたなら。 若かれし頃、ウォーラスと夢を叶え合おうと約束した想い出は、未だに強く心で燃えている。 燃ゆるなら、燃え尽きるまで行こうと思えた。 そう、Kと出遭えて、そう思い身体が奮い立つ。
さて。 向かってゆくに従って、オリヴェッティやウォルターも、此方に何かが向かって来ているのを確認出来た。
まるで全てが巨大化した様な光景が広がる中で、遂に逃げてきたものと出会う一同。
「わぁっ、新手がぁっ?!」
黄色い髪をし、色黒の肌をした弓を背負う若者が現れた。 突然に目の前に現れたKを見て、大声で驚く。 処がこの者、白い毛をしたずんぐりむっくりのペンギンの様な動物に跨って居た。 どうやら、此処まで滑る様に霜柱の出来た地面の上を来た様だ。
一方、その若者の脇に、今度は胴体に嘴と顔が埋まっている様な、足の長い動物に跨る二人の者も現れた。
「アンデルっ、何で止まるのよっ!!!」
と、若者の名前を言うのは、耳や鼻が尖る真っ黒い肌の女性だ。 溌剌しさの覗える若い女性で、片手で扱えるショートソードを二振り腰に佩いていた。 上着で着込むマントの隙間から、上半身に軽鎧を着ていると解る。
「そんだそん・・、ありゃ?」
その女性の背後に座っていた背の低い子供の様な者が、先にKを見つける。 髪の毛がこげ茶色をし、伸び放題の雑草の様な頭をしている。 目が前髪に隠れているのだが、団子鼻は目立つ程に大きい。 容姿の割に、爺さんみたいな髭が生えているのが不可解である。 酷い訛りの混じる言葉遣いは、非常に特徴的だった。
Kに追い付いたオリヴェッティ達も、その逃げて来た者達と鉢合わせする時。
Kが、
「此方に先頭で草原を向かってくるのは、肉食の二足歩行リザードだ。 名前は、チェーンリザード(鎖の蜥蜴)。 非常に狡猾で、仲間で組んで狩りをする小型のリザードだ。 跳躍力が高いから、気を抜いて頭上から襲われたり。 背後に回られる様なヘマはするな」
と、言い残す様に消えたのである。
「うわぁっ、きっ・消えた・・」
アンデルと呼ばれた狩人の若者が驚くのだが、オリヴェッティが変な動物に跨る3人へ。
「私たちは、この先の街に向かう冒険者です。 モンスターと戦いますが、貴方達はどうしますか?」
と、問う。
「え?」
ショートソードを二振り佩いた剣士の女性は、アンデルと呼んだ若者を見た。
その時。
ーギャっ、シギェっ!!ー
逃げて来た者達が来た方向から立て続けに、何かが断末魔の様な鳴き声で叫ぶ。
すると、リュリュが。
「ケイさんずるぅ~いっ、僕もっ、僕もぉぉ~っ」
と、俊敏な動きで草むらの奥に走ってしまう。
ルヴィアとビハインツは、揃って得物を手に持ち。
「ビハインツ、行こう」
「うむ、此処はオリヴェッティに任せる」
と、二人して進む。
カバンに乗るウォルターは、黒塗りのステッキを持ちながら。
「フム。 若者は、血気盛んなぐらいが丁度いい」
と、云うと。 クラウザーにカバンごと向き直り。
「クラウザー殿。 左手の前方向に、モンスターが迫る。 抜かるでないぞ」
刀身の先がやや槍の様に尖る剣を抜いたクラウザーで。
「了解した」
と、草むらを睨んだ。
ビハインツやルヴィアと共に、船に乗る間に剣を交えて鈍った腕を取り戻していたクラウザーだ。
(来た)
ウォルターの言った方向の草むらが少し動いたと思うと、急に何かが飛び出して来る。
「フンっ!」
大きく踏み込み、飛び出す物が目掛ける自分の位置をずらしながら、鋭く剣を振り上げたクラウザー。
ーギャっ!-
クラウザーが斬った何かは、オリヴェッティの左手にドサっと落ちた。
「まぁっ! ・・これが、此処のモンスター?」
それは、二足歩行で走るトカゲの小型種だ。 人の平均の背丈と変わらない大きさで、背中や頭の鱗が緑色をし。 鉤爪の三つ指をした短い手から腹は、白っぽい黄色をしている。 クラウザーに斬られたので、腹から緑の混じる白濁した体液を流していた。
ウォルターは、それを見て。
「お見事。 老いて尚、腕衰えずですな」
と、褒めておいて。 次にオリヴェッティを見ては、
「オリヴェッティ君。 君は、その御三方と話を付け給え。 クラウザー殿が身を護る故、安心して良い。 ケイや他の者が討ち漏らしたるリザードは、この私が始末しよう。 久々に、錆付いた魔力を動かしたく成ったぞ」
と、言い残し。 浮遊するカバンに乗りながら、スルスルと先の茂みへ消えていった。
「あ・・はぁ」
見送るオリヴェッティは、ちょっと気抜けした顔をそのまま現れた者達に回らせたのである。
さて。 話し合いをするオリヴェッティより、先に戦う者が気に成る処。
先に進んだウォルターは、少し斜めにシルクハットを被ると、バサッと茂みから出て来た3匹のリザードを見る。
(Kが近くに居らぬな・・。 不気味な気配が向かう先に漂う。 一番強いモンスターに向かったようじゃな)
ウォルターが不思議に思う事は、リュリュで有る。 あんな子供のリュリュが、低空飛行姿勢をとるべく降りて来た二匹の飛竜に向かった事である。 Kが何も言わない以上、勝てる力が在るのだろうと思う。 そして、何より・・。
(ま、あの若者の身体から出る風の力は、普通ではない。 心配の必要は無いだろうが・・何者だろうか)
と、これに尽きる。
まだ、ウォルターを含めたビハインツとルヴィアも、リュリュの正体を知らないのだった。
さて、ウォルターには、目下に先ず倒さねば為るまいモンスターが居る。
ーシガ~~~~-
威嚇をする様に、口を空けて声を出す一匹のリザード。 それに合わせ、ウォルターに標準を合わせる様に間合いを作る二匹。
それを見るウォルターは、トカゲながら鳴き声で会話し、連携して獲物を狩る利口者だと解った。
「たしかに、オツムの造りは悪ぅないの。 じゃが・・、その程度では、な?」
首を傾げて、リザードを挑発したウォルター。
ーギャギャっ!!-
指揮をする一匹が鳴く時、ウォルターは右手の指輪を胸の前に構えた。
「魔想の理よっ、網を張れっ」
ウォルターに先んじて二匹のリザードが飛び掛ろうと身構える時、ウォルターの詠唱が同時。 二匹が跳躍に転じて飛び上がる時、ウォルターの目の前に青白いエネルギーで出来た網が現れたではないか。
「フッ」
渋みの効いた笑みを口元に浮かべたウォルター。 それは、リザード二匹が網に飛び込んで、炸裂するエネルギーに巻き込まれて倒される事を見越しての勝ち誇り。
ーシギャァァ・・ー
ーギャウン!!ー
飛び込んだ速さより、倍以上の速さで跳ね飛ばされ。 霜柱で地面が凍る上に転がったリザード二匹。 小刻みに動く事も無く、二匹は首の骨を折って動かなく成った。
だが、驚くべき事は他に在る。 ウォルターの生み出した網は、二匹のリザードが飛び込んだ場所だけが破られた様に消えただけで。 他の部分はそのまま残っているではないか。
「さて、御主も倒れて貰おうかっ」
と、掌を開いて右手を上げ、仕草をキメるウォルター。
ーギャギャギャっー
指揮をしていた一匹は、仲間をやられて後ずさる。 処が、ウォルターの作った魔法の網は、その魔法で出来た糸としてバラバラに成り。 応援を呼ぼうとするリザードを包囲したではないか。
「終いじゃ」
こう云ったウォルターは、右手を柔かい動きの仕草で握る。
ーシギャギャっ? シギャ・・シギャギャギャギャーーーーっ!!!!!ー
三匹目も、難なく始末された。 撒きついた魔法の糸がリザードに付着する度に、小さな炸裂の衝撃波を起こす。 こんな攻撃に晒されたら・・・。
そのウォルターより、茂みを進む事・・少し。
鉈の様な幅広の刀身をするアクスブレードを左右の両手に構え、ルヴィアと共に10匹近いリザードを相手にしているビハインツ。 だが、その周辺に転がる倍以上のリザードを瞬殺したのは、Kとリュリュだった。
「フンっ、ドリャァァっ!!!」
噛み付いてきたリザードの歯を、右手のアクスブレードで防ぎ。 左手の武器で、一撃の下に斬って倒すビハインツ。
一方で、鋭い突きで一匹を刺したルヴィアは、舞う様に次の一匹へと回りながら踏み込んで斬り倒す。
この二人は腕前が近い分だけ、互いにいいコンビネーションを見せる。
「おっと」
ルヴィアの背後に飛び込んだ一匹を、気付いたビハインツが薙ぎ飛ばせば。
「危ないっ」
振り返る目の前に居たビハインツの脇に突進してきた一匹を、蹴り飛ばして噛み付きを阻止したルヴィア。
二人に6匹のリザードが倒され、形勢が劣勢から優勢に変わろうとする頃合い。 また追加で現れた3匹の仲間を加えて、残りの4匹が包囲網を形勢しようとするリザード達。 二人は、自分達を取り囲もうとするリザード達を相手に、お互い背を合わせて対峙した。
ビハインツは、薄っすらと頬を紅く染めて、呼吸を整えようとしている背後のルヴィアに。
「また増えた・・、以外に多いな」
と、声掛ければ。
「あぁ、気は抜けない相手だな」
リザードが威嚇するのに注視するルヴィアは、少し余裕が無い。
ビハインツが、更に。
「リュリュの爪、見たか?」
と、声を掛ければ。 興味を引く話だったのか、珍しく女らしい言葉で。
「見たわ。 一体、何者かしら・・・」
と、ルヴィアが応える。
此処でビハインツは、視界に入る二匹が跳躍に入ると見て。
「二匹が来る。 前へっ!!!」
パッと、二人が分かれて前に走った。
Kやリュリュが加勢すれば、この程度のモンスターは相手に成らない。 だが、Kは少しの危険は成長の薬と思っている。 リュリュにも、オリヴェッティやウォルターが加わっても苦戦する様に成るまでは、少し手を加えるなと云ってある。 この戦いは、もう訓練と生き抜く事を掛けた冒険だ。 ビハインツやルヴィアも、これしきの事で誰かを頼ろうとは思わない。
この二人から離れて先へ進めば、風の力を身に纏うリュリュが宙に浮いていた。 大きな枯れた植物の草原を高みに見下ろせる宙にて、手が翼の一部分と為る首の長い飛竜を左右に望んで笑っている。
「お~っまえっ、お~~~~~~~~~~~~いしそうっ!!!」
片方の飛竜に的を絞って向かってゆくリュリュの両手の掌には、美しい蒼翠の色に輝くエネルギーが膨張していた。 神竜ブルーレイドーナの子供で在るリュリュは、風の力を自由に操れる。 精神年齢は、まだ4・5歳と云っても良い部分が在るが・・・。
「うりゃっ」
人を丸呑みするのも簡単な飛竜を、風の魔力で生み出した刃で一刀両断する様に切り裂いた。 更には、振り返り様で追撃してくる別の飛竜の翼に烈風の刃を飛ばして、その翼をズタズタにして撃沈させてしまう。
「お~わったぁ~、お~わったぁ~。 ごっはん、ごっはん」
中堅の冒険者の一団が相手にしても、この手の飛竜は梃子摺るのに・・・。 難なく二匹を倒したリュリュは、地面へと降りていった。
先に倒した飛竜の死体へと近寄ったリュリュだが、その全身に寒気を覚える程に強い力の迸りを遠くに感じ。
「わっ、ケイさんスゲェ~」
と、その力のした方向を見た。
リュリュの見た方向の先には、草むらに埋没するKが居る。 まるで無意識であるかの様に、ユラ~リユラ~リと立ち尽くしているKだが・・・。
その周囲には、血みどろの色に染まる蠢く物が一杯居る。 虫か何かかと思う様子なのだが・・・。
ーグチュグチュグチュ・・・-
気味の悪い音を立て、その蠢く物が一箇所に集まり出していた。
この世界に居る昆虫のモンスターでも、この“ナミズドビバグ”と云うモンスターの恐ろしさに勝るものは少ない。 数匹のコアバグと云う真っ赤でドロドロした液体の様な虫と、そのコアバグに従う血みどろの様な虫が居て。 コアバグの周囲に集まるバグは、獲物に向かって襲い掛かるのだ。
一見すると、魔法で簡単にどうにか為りそうな相手だが。 このバグは、尋常では無い分裂能力と再生能力を秘めていて。 斬れば斬るほどに増殖し、散らせば散らすほどに肥大する。 しかも、攻撃態勢のバグがパッとでも皮膚に着こうものなら、その身体の表面を覆う体液が付着し。 火傷の様な痛みを伴って、反対側の皮膚を突き破るまで溶けるのだ。 その強烈な溶解液の侵食は、鉱物で出来た鎧でも防げない。
このモンスターは、本当に一部の限られた地域でしか生息していないが。 出遭ったが最後、死を覚悟しなければ成らないほどに恐ろしいと伝わるモンスターだった。
もし、こんなモンスターに出逢ったなら・・・。 世界の冒険者達が組むチームは星の数ほど在れど、どれだけのチームが勝てるだろうか。 火に焼かれると、このバグは破裂する様に体液を撒き散らしてコアバグを護る。 至近戦の者は、その時に体液を浴びてしまうだろう。 他の攻撃では、一撃で殺しきる威力を見極める必要が在り。 分裂・増殖をさせずに殺すなど、駆け出しの者では不可能に近い。
しかも、このバグは地中に巣を作る。 蟻に近い生態をしている為か、見えているバグを倒したとしても、それで終りでは無いのだ。
が。
バグが巣の間近で一箇所に集まった瞬間、既にKの持つ安物の短剣が振り上げられていた。
刹那。
飛竜を食べようとしていたリュリュ。 何とかリザードを倒しきったルヴィアやビハインツ。 そして、クラウザーと様子を覗っていたウォルター。 更には、助けた相手と話し合っていたオリヴェッティ。 その全員が見たのは、巨大な黒い雲の様な塊が、遠くの空を覆う程に爆発して吹き上がる光景である。
何が起こったのか・・・。 全員がKを捜して先に進み始めた。
Kを見つけて皆が見たものは、極狭い間合いで大地の裂け目の様な底の見えない穴だった。 バグごと巣をも、斬った衝撃波で削り飛ばしたので在る。
Kの実力の片鱗を前に、喜ぶのはリュリュのみ。 他の者達は、何が起こったのかが解らない。
だが、これはKの物語では無い。 彼は、あくまでも補佐だった。
「終わった。 オリヴェッティ、後をどうするか決めてくれ。 俺は、リュリュと向こうを見てくる」
道を決めず、委ねる彼が居て。 その彼に助けられし者達が、此処に集まっている。
Kの見つめるチームの旅は、二つとない記憶にだけ残る伝説と為るのだった。 そう、伝説の秘宝を求める旅は、新たなる伝説を刻む旅だった・・・。
どうも、騎龍です^^
お正月のシーズン内で、バタバタと慌てて製作しています。
ご愛読、ありがとう御座います^人^