二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~4 序話
セイルとユリアの大冒険 4
第二部 飛躍の章 序話
≪いざ、他の大陸へ≫
始まりの月の中頃。 始まりの月に入ってから、一番の大雪と為った日である。
中央の王都から、やっとリオン王子が遣って来た。 ハレンツァと云う国家の重臣を失う事件以来、実に一月半ぶりになろうか・・・。
“核所”とも呼ばれる行政施設の深部にて、出迎えの式典が行われた。 ポリアの父親で或るセラフィミシュロード家の当主がその式典の長で、控えた背後にはテトロザも居た。
リオンが身分を偽って組むチームの面子は、全てリオンの直属の部下など。 こういった式典では、それぞれに正装して肩書きを持つ。
が。
その上の階に在る応接間には、帰り掛けで斡旋所に来たリオンに捕まり。 昼を出すからと同行させられたセイル達が居る。 窃盗犯の捕縛の手助けや、壊れ掛かった家に出没するゴーストを鎮める簡単な仕事をこなして、リオンを待っていた一同。
大して変わる所は無い4人だが、激戦を潜り抜けた御蔭で破れたり汚れた衣服だけが変わっていた。
ユリアは、白の長ズボンに白いブラウスと冬らしい姿と成っており、その上に赤のロングコートを着る。
セイルは、少し丈が長く裾に余りを見せる蒼のズボンに、首周りが少し厚めな碧色のシャツを着て。 防寒着として、半袖の黒いチョッキに動きを邪魔しないオーバーを着ていた。 このオーバーは、胸周りの表と裏の生地の合間に、耐刃性の高い鉄糸と植物の繊維を編み込んだ物が入っている。 モンスターの鋭い爪などは皆無だろうが、人の武器なら防御性も生かせる。 今の所、セイルの動きを邪魔しない鎧が無いので、こうゆう物とプロテクターでカバーするしかない。 後、新しい剣が腰に有るのも変わった処だ。
さて、一番変わらないのは、クラークだろう。 ユリアに汚されたマントと、切れた自前の衣服を直した程度。 鎧を着るので、それぐらいしか変わらない彼だ。
アンソニーは、黒い礼服に黒いコートを着ていた。 モンスターだから、衣服を着る意味は見せる為だが。 シンシアに選んで貰った服は、紳士としての風采を遺憾なく醸し出すコーディネートである。 胸の前で、前に折る事もネクタイを見せる様に折る事も出来るコートは、シルク地の一級品。 ズボンも上着も、上等な服。 武器を装着していない黒皮の手袋は、シンシアが干乾びた時に見せぬ様にと選んでくれたものである。
装いも新たに成った一同は、朝から仕事を探しに斡旋所に居た。 すると其処に、スター・ダストのリーダーとして変装をして来たリオンが現れる。 だが、直ぐに見破ったセイルとユリアで。 特に、これから昼を付き合って欲しいと言われたユリアは、
“あら。 兵舎のゴハンなら、食べ飽きてますわよ”
などと、普段の言葉遣いは何処へやらで嫌味を言う。
“大丈夫だ。 行きつけと為った店に案内するから”
リオンは、何故か態度を変えてそう言う。 式典への時間も迫っていたし、ユリアに嫌味を言われるのが、ポリアに言われてるのと同じニュアンスに感じるのが困ったのかも知れない。
式典、その後の会合での情報交換を終えたリオンは、正装を改めて紳士的な普段着と変わり。 激務で休みを取らないと聞いたテトロザを連れ、商業区のある店に一同を連れて行った。
”リストランテ・ミザ”
商業区の飲食店街が広がるド真ん中に在り。 一番大きい通りが交わる角の大型店舗だ。 料理人を数人抱え、昼から深夜まで客入りの絶えない店だった。
リオンは、その店のオーナーと顔見知りらしい。 冒険者の仕事で知り合った関係で、何時でもリオンが来たら用意出来る個室が有る。 お互いに何度か頼り合った仲らしく、身分や礼節を弁えた間で信頼が出来上がって居るらしい。
お忍びなのだが、馬車が特徴的なので少し離れたに馬車を停め、大雪の中を歩いて向かう事に。 外で雪を僅かに肩に乗せたリオンは、その店内に入いる前に雪を払い落とし。 何処かの青年紳士的な印象で店内へと入り、受付の紳士へ秘密の合言葉を告げると・・・。
「ようこそいらっしゃいませ。 今日は、何名様でしょうか?」
「6人でお願いしたい」
「畏まりました。 では、皆さんが御揃いになりましたら、ご案内させて頂きます」
全員で案内されたのは、4階に在るシークレットルーム。
部屋に入ったユリアは、真っ白なテーブルクロスのドレスを纏う長いテーブルに目を丸くした。 セイルの一族のみが会食をする様な格調高い場所で、場違いだと思えた。
「此処なら、マナーのどうこうも無く話せる」
と、リオンは皆を席に誘った。
一同が座った処で、リオンは席を立ち。
「今回は、我が国の国難を救って頂き、王族の一人として感謝を示す。 我が友のセイル、それにユリア、そして他国ながら皇族たるクラーク殿、本当に済まない。 ハレンツァの護ろうとした物は、私と兄が家臣の協力を得ながら護ると誓った。 皆の力添えの御蔭で、なんとか無事に乗り越える事が出来たよ。 王族の一人として、本当に再度感謝する」
と、頭を下げる。
すると、リオンに続いて立とうとしたテトロザの肩に触れ、それを辞させたアンソニーも立ち。
「同じく、過去の王族ながら、感謝する」
と、皆に頭を下げてから。 アンソニーは、横に座るテトロザを見て。
「それから、テトロザ殿」
「は?」
「今を生きる家臣ながら、そなたの様な信頼を置ける者はリオン王子を支える柱だ。 その存在は、国家の宝だ。 ハレンツァを失った事は、非常に大きい。 そなた、その意味も含んで末永く生き抜いて欲しい。 大切な家臣を失う重みは、ハレンツァで十分だ」
その言葉を受けたテトロザの目に、光るものが浮かび。 恥ずかしくて俯くテトロザ。
リオンも、また。
「テトロザ。 今回は、過分な重責を預けさせてしまった。 御主には、忙しい日々を遅らせたな。 何時も苦労を掛ける、済まない」
リオンの言葉まで貰うテトロザは、俯きながら顔を左右に振る事しか出来ずで。
「いえ、お二人の王子に労いを頂けるならっ、このテトロザ・・果報者で御座います」
見ていたクラークは、実にいい事だと。
「うむ。 テトロザ殿の様な方は、是非に長生きして欲しい。 ハレンツァ殿の様な、良い指導役に成ろう」
ユリアも、一番頑張っていたテトロザなので。
「テトロザさん、良かったね。 これからは、少しリオン様を扱き使ってやんなきゃ」
すると、皺が深くなったテトロザが顔を上げ。
「ユリア殿、それは難しいですぞ」
と、涙を溜めながらの笑顔だった。
ユリアの肩に現れたセラが穏やかに微笑んでいるのを、セイルは気付いて見つめた。
(この場の皆が、このまま生けるなら・・。 僕の手が汚れても、それはそれでいいかな)
と、思う。 ガルシア達を斬らなければ、この光景は無かったはずである。
さて、料理を入れて雑談に入った・・・。
セイルのしでかした事を聞いたリオンは、非常に難しい顔をする。
「“魔法の剣”では無く、”魔力の剣”か・・・。 セイル、一体どんな剣士に成る気だ?」
リオンに聞かれても、出来る事を最大限頑張っているなので。
「さぁ~ねぇ。 成るように成る」
「なにを・・。 そのまま大成したら、エルオレウ殿を超える。 おいおい、俺より強くなるのは辞めてくれよ」
と、笑いきっていない笑顔で言うリオン。
「リオンより強くかぁ~、難しいね~」
と、深く考えないで言うセイル。
クラークも混ざり、過去のモンスターとの決戦の事や、リオンの経験などが話しに上る。
隣り合うテトロザとアンソニーは、王国の歴史について話が進んだ。
食事をしながらの話し合いが、一瞬の沈黙となる間が生まれた処で。 リオンは、セイルに改めて聞く。
「セイル」
「ん?」
「これからは、どうする?」
肉を食べきったセイルは、
「ん~」
と、噛みながら思案し、返答をを伸ばす。
其処に、ユリアが。
「リオン様にも面会したし、思い切って異国に行きたい。 東の大陸とか、中心の島国とか行ってみたい。 魔法の学院の国とか、水の国とか~・・・」
同意の頷きを繰り返すセイル。
リオンは、セイルの腰に中々の剣が下がっているのを見て。
「先程から気に成っていたが、創りの良さそうな剣だな。 新品か?」
「うん。 一応、魔力との反発も考えて、ノメトムシルバーの剣」
「銀の中でも、白銀と同じ性質のヤツか。 高かっただろう?」
「12000シフォンもしちゃった」
「だろうな。 普通の銀に、精霊碑石の一部が混じった特殊銀だからな」
この剣を買うのに、斡旋所から出た賞金を分割したセイルの分に加え。 クラークとアンソニーが金を出した。 二人とも衣服を改め、武器を補修する以外では、宿代ぐらいしか金を使わない。
此処で、実は・・・。
セイル達は、今もマーリの親戚の方が営む宿に泊まっている。 ジェノサイダーを倒した冒険者として有名に成ったセイル達は、在る意味で箔が付いたイイお客で在る。 何より、痩せて美女に成ったシンシアが、アンソニーを慕って仕方が無いのも有る。
この為、宿代すらタダなのだ。 だから、クラークやアンソニーに加え、ユリアも仕方ないと金を出した。
結局、ジェノサイダーの討伐で総額50000もの金を得た。 だが、実際にチームが受け取ったのは、その額から半分である。 武器やら補修やらと買い物をしたりして、使った金は22000以上。
此処まで聞くリオンは、もう半分の金の使い道を聞きたくなって。
「処で、懐に落さなかった半分は?」
くだもののカットを食べるユリアから、
「色々と迷惑掛けたでしょ? マーリさんに上げた」
「マーリ? あ、ミカハリン卿にか?」
「うん。 ホラ、警備の人とか大怪我したりしたし・・・。 マーリさんも、色々と手当て出さないといけないじゃん」
リオンは、ジェノサイダーや悪党組織に殺められた人を思い。
「そうか・・・、実に懸命な判断だ」
と、理解して落ち着いた。
クラークは、北の大陸に飽きて居た処なので。
「ま、北の大陸では、我々の出会いを含めて色々と色濃い事も在りましたが、冒険者らしい行動は少ない。 ここいらで一つ、コンコース島で仕事を探すのも悪くないです。 去年辺りから、モンスターの動きが各島で活発化する所も有るとか」
と、云えば。
其処へテトロザが、ふと或る情報を思い出し。
「それならば、是非に行かれた方が良い。 月初めに聞いた情報では、あの奇怪な諸島“イガルノスタルジム”が浮上して来たらしいですぞ。 恐らくは、気まぐれな浮遊島が降りてきたのでしょう」
と、云う。
処が、これにはセイルやユリアより先に、リオンが身を前にして。
「何とっ、真かっ?!」
そのリオンの勢いを見たテトロザは、苦い笑みで内心を現し。
「リオン様、その・・申し訳有りませぬが。 当分は、冒険には出れませぬぞ」
テトロザに窘められ、
「う゛っ、うぐぅ・・・」
と、言葉を詰まらせるリオンは、丹精な顔を歪めて怖く見える。
この間。 ユリアは、セイルの腕を引いて。
「ねぇ、イガ・・なんたらってなぁに?」
ユリアの前のテーブルの上では、水晶の花瓶に持たれるセーラが首を傾げていた。
セイルは、
「僕も、あんまり・・。 何でも、世界の彼方此方には、特定の現象が重なると海中から浮上して来る島が有るとしか・・・」
「うわわっ、スゴいじゃんっ!!! 渡れるなら、冒険してみようっ」
クラークも、セイル同様の知識ぐらいしか無いので。
「テトロザ殿、その島とは如何なる場所なのだろうか」
「ふむ」
水を飲むテトロザで、口を湿らせてから。
「私も、過去に冒険者として一度しか渡った事が無い島です。 しかも、その時は間合いが悪くもう沈み始める間際で、一日しか居れませなんだ。 イガルノスタルジムとは、何か良く解りませぬ」
「渡ったのにも関わらず、その・・解らぬと?」
「はい。 外見は大きな奇岩島で、真っ黒な岩肌しか見えぬ島なのです。 ですが、島の彼方此方に内部へと入れる洞窟が御座いまして。 その洞窟のどれかは、島の中枢に行けるらしいのです」
「”中枢”とな。 ・・では、島の中には何かが有ると?」
そこで、もう我慢ならんとリオンが。
「解らぬっ。 だがっ、だから行きたいのだっ。 何が在るのか、それを確かめたいっ!!!」
と、気負い声を大きくして云う。
皆がポカ~ンとリオンを見ると。
「はぁ・・」
顔を抑えて滅入るテトロザ。
アンソニーは、辛うじて。
「とにかく行きたい・・のだな」
テトロザも頷いて。
「はい。 リオン様の夢の一つでして、私が成し得なかった調査をすると・・・」
セイル達一同は、それには理解が行った。 だが今は、リオンが此処を離れるのは宜しくない。
が。
「う~ん、悪党の殲滅をすればいいと思うのだが。 テトロザ、そんなに仕事が残っているか?」
「王子、仕事が残っているもなにも・・」
「テトロザ。 お前も少し疲れているだろう? 面子もこっちに居るしな・・・」
「王子、全てをセラフィミシュロード様に押し付ける気ですか? まだ、ハレンツァ様が亡くなって・・・」
「それを云うな。 皆まで言わぬとも解ってるっ。 だが、次が何時か解らんのだぞ? 月初めに浮上の予兆なら、もう旅立たねば乗り込めぬっ。 うっ・・、何と間の悪いっ!」
リオンの冒険好きの一端は、ポリア同様に傍に居たテトロザの影響が大きい。 その冒険心は、童心の様な情熱と挑戦心が原動力。 思い立ったが・・、何時まで思い留められるやら。
その二人のやり取りを見ていたセイルは、ニコニコしながら。
「あはは、んじゃ~先にいこ。 リオンより先に、中枢に入っちゃお」
ユリアも、ニヤニヤして。
「それいいなぁ~。 リオン様より先に、ユリア参上とか紙に書いて立て札立てちゃおう」
なんとも子供っぽい煽り方を見るクラークは、半笑いながらも一抹の興味を覚える。
(悪くないな。 前人未到なら、それも・・・)
アンソニーは、前髪を撫でながら。
「フム。 冒険者として、第一歩がその様な場所と云うのも悪くない。 是非、行きたいね」
それを聞くリオンは、確実に先を越される様な負けを感じる様で腹が立つ。
(お・おのれぇぇぇぇ・・、20年近くも夢見ていたのにっ!!)
ユリアは、セイルへ。
「どうせだから、このまま行けるか船確かめようよ。 雪なんて、陸から離れたら止むし」
クラークは、それは適当だと。
「ユリア殿、雪が止むと決まっては・・・」
すると、ユリアは肩を張り。
「絶対に止むわよ。 風の精霊の向きや水の精霊の流れで、雪の降るだいたいの場所が解るからね~だ」
「ほおぉ」
感心するクラークの後、アンソニーが。
「ユリア君。 それは、精霊の交わり具合に因るのかな?」
最近、ユリアに“君”を付ける様に成って来たアンソニー。 或る意味、仲間としての距離感が狭まった様だ。
「うん。 北から冷たい風が流れて、それ以外の方向から、水の精霊を含んだ雲が重なると降るみたい。 サハギニー君が教えてくれるよ」
それを聞いたアンソニーは・・。
「なら、私は今直ぐ旅立つのには反対しない。 正直、個人的な意見から、それが望ましい」
と、云う。
ユリアは、直ぐにピンと来る。
「エロモンスター様は、シンシアさんと別れたいんだぁぁ~」
「・エ・・エロ・・、酷い言われようだな。 だが、その通りだよ。 彼女の傍に、これ以上長居したくない」
これは、アンソニーの本心だった。 肉体関係と成ったシンシアは、一度離れた経緯から死ぬまで居たいなどと云う。 アンソニーには、人の心が在る。 シンシアをこのまま憑き殺すなど、絶対に出来る訳が無い。 何処かでスッパリと、関係に線引きをする必要が在るとアンソニーは思っていた。
その前で、スプーンを咥える偉丈夫が居る。
(羨ましい・・、うら・・いやいやっ。 武人がその様な事を羨ましいなどっ、浅ましい限りだっ。 でも・・、羨ましい・・・)
リオンは、セイルにもう一日か二日待てと突っかかるのだが。 セイルもユリアも知らん振り。
此処で寧ろと、テトロザが船の手配をしようと言い出せば。 その言動に怒るリオンに、やんややんやと喜ぶ二人。
アンソニーもクラークも、セイルの元気なその様子に安心出来た。 この日まで、セイルは思い込む処が在り。 人を殺めた事に対しての葛藤が有ると解った。 此処に来て、新たに向かう目的も出来た。 動けるなら、思いっきり大きく前に進めた方が良い。
結局、この日の夕方に出港する運行貨物客船に乗ったセイル達。 雪が船を凍らせる港で、見送りは苦虫を噛むリオンと笑顔のテトロザのみであった。
本来なら、此処にシンシアが来る筈だった。 だが、アンソニーは彼女にキチンと別れを告げ、一人の女性として幸せになって欲しいと願いを残した。 別れを告げられ、悲しみの涙で頬を濡らしたシンシアだが、アンソニーの願いを握り締めたのだろう。 流石に物事を弁えた女性である。 港に行けば、辛く引き摺る様な別れを見せるのは解って居たからだろう。 アンソニーを見送りにと、港へは来なかった。
★
運行貨物客船は、文字通りの船。 貨物を運搬する船の一部に、金を取って客を入れる。 その待遇は、払う金額に因り。 その額の大きさが、そのまま泊まれる客室の等級にも成る。
テトロザは、一番良い等級の手配をした。 ジェノサイダーを潰したセイル達だ、それぐらい用意しても大した事では無い。 その部屋とは、一番広い四人部屋。 ベットは、仕切りの囲いの中にそれぞれ納まっている。 ユリアが女性なので、これで配慮が有ると云える。
大雪だったアハメイルを出港から一夜が明ければ、強い風以外は晴天に恵まれていた。
さて。
陽が大分斜めに見え、昼が近くなって行く午前の事だ。 船長に客の全員が呼び出された。 そこは船室の地下一階に有る円形ホールで、飲食や雑談の基本と成る場所だ。 木の板間には、水の入った樽が数箇所置かれている。 旅芸人が居る場合は、船の後部側に有るステージに立つ様だ。
客の一同が揃うと、その面々がお互いに容姿を確認する事に成る。 冒険者風体の数名の一団は、セイル達以外では、2組居た。 そのほかでは、腰周りにサイドポケットを幾つも提げた旅商人らしい人物が数名。 少し身形の良い男女や、家族で乗っている纏まりも見える。 旅人の様な一人の者は、男性ばかり。 指に宝石の着いた指輪を嵌めるなど、裕福さを強調した人物は一人だけ。 白く長いマフラーに、艶の美しい生地の正装姿をした恰幅な中年男性である。
客数は、全42名。 この貨物船の大きさを考えると、こんなものと思える人数である。
全員が集まっていると、船首側の壇上に厳つい初老の男性が現れた。 動物の毛が付いた皮の上着を見るに、加工も程ほどに丈夫であるなら着れれば良いと云った感じのもの。 腰の左には、ショートソードが佩かれている。
「乗客の皆さん、これから10日から15日を要して、コンコース島に向かう予定です。 今回は、少し普通の航海とは異なる点が多いですので、我が船長が説明を前置きしたいとの事です」
男性船員がそう言うに合わせて、壇上の奥から誰かが現れた。
その人物を見て、小声ながらに。
「女か?」
「女の船長か」
と、声が出る。
ユリアは、黒い毛皮のコートを肩に掛ける女性を見て。
「うわっ、カッコイイかも」
と。
少し碧掛かる金髪を長くした女船長が一同を見回す。 頭には、船長のみが被る事を許される、長く丸まったツバのキャプテンハットが見え。 コートの下には、薔薇の花びらの様なレースが目立つブラウスを着ていて。 下半身は、右足の太股が丸見えの様なスリットの入った赤いスカートを穿いていた。
客を見回した女性船長は、壇上とホールの境に見える手摺に両手を乗せて。
「お客さん、今回は乗船アリガト。 アタシは、この船の船長で、海族のロザリーって云うんだ。 ヨロシク」
“海族”と云うのは、個人で船を持って生きる船人一族である。 船員と家族で船を運航させ、旅をしたり、依頼を請けて荷物や人を運ぶ。 基本的には、何処の商人や港にも帰属しない自由な船人を称して言うらしい。 商人が船を抱える様に成る前は、船乗りはみなこう称していたとか。
「今時、“海族”とな」
「珍しい」
そんな声が漏れる中。 船長ロザリーも。
「今、ちょいと声が聞かれた通り。 今時に海族なんて、まぁ珍しい。 そう、今時に超大型船以外で、この航海路を行く船事態が珍しいのさ。 昔の先人は、“始まりの月に、半月は船を出すな”と云った。 風が強く、季節の風が打つかって、小さいが力の有る渦潮が所々に発生するからね」
この話に、客が一気に静かと成った。 渦潮は、台風と並んで船を転覆させる原因とされている。
船長のロザリーは、更に続け。
「だが、この船に荷物を持ち込んだ商人は、船の事も、海の事も知らずに持ち込んだ。 運賃3倍って吹っ掛けたら、それでもと云った。 他の普通の船では、冬の海を乗り越えられやしないから。 だが幸運にも、アタシの船は初期だが魔力水晶を持った船。 この荒波の中でも、なんとか安定した推進力を維持して進む事が可能だ。 ま、コンコース島に行く力は有ると理解して貰いたい」
すると此処で、恰幅で一番身形の良い男性が。
「云いたい事とは、その事か?」
と、詰まらん事で呼ぶなと言いたげに声を上げる。
だが、大人びた艶色栄えるロザリーは、その男性を見返し。
「気の早い男は嫌いだよ。 アッチも早くて煩いだけ」
と、敬遠の様子を窺わせて、その云った客を苛立たせた。
が。 その続けて語られる説明に、その身形の良い男性も黙らざるえなくなる。
ロザリーは、視線を壁に設けられた丸い窓に向けながら。
「これから云う事で、混乱を起こすのは止めて貰いたいケド・・・。 渦潮ってのは、大陸の近くで発生し、海流と風の流れで北上する。 昨夜と今朝方に回避した渦潮も、北上していた。 だけど、大きな渦潮に出遭うと嫌だから、このまま秋の航路に入る。 渦潮をやり過ごす数日だけだと思う。 だが、この航路にも危険が有る。 それは、幽霊船やホラーニアンアイランドだよ」
話の最後の件で、
「何っ?!」
「えぇっ?!!」
「おいおいっ、そんな話は聞いてないっ!!」
と、声が次々と上がる。
だが、ロザリーは腕組みして。
「最初の乗船許可に、危険でも構わないと云うのは云ってある。 大体、船に乗るならその事は常に考えるのが当たり前だ。 ま、朝方まで航海して、行く航路を決める気だったから、決まるまでは遭遇する可能性は解らなかっただけだけど」
そこで、初めて冒険者の女性が。
「その危険を冒さなければ成らないのかい?」
と、問えば、ミザリーは自分の爪を気にしながら。
「道は二つ。 渦潮に巻き込まれる危険を行くか。 もう一つは、モンスターの脅威の有る航路を行くか・・・」
客が一気に静まる。
「戻るってのは、運搬を引き受けて出港した以上、したくないのが船乗りの気持ちだ。 それに、幽霊船や渦潮のどっちも海の中の事で、こっちには近付かない限りは解らない事さ。 進む以上は、どっちの危険も同じくらいのもの。 一応、云わずにどっちかで危機に陥っても、聞いてないと文句を言われちゃ困るからね。 アタシは、何時もこうして事前通告をしておくのさ。 話は、以上」
それを聞いても、クラークは落ち着いた態度で素直に。
「ま、似たようなものだな。 モンスター相手な分だけ、幽霊船やホラーニアンアイランドの方が対処出来るかも知れぬが」
セイルも。
「流石に、危険が多い船旅と云いますが、いきなり危険の通告なんて驚きです」
と、緊張感の無いのんびりとした言い草である。
ユリアは、女性の船長のロザリーの消えた壇上を見て。
「今の女の人、カッコイイよねぇ。 強いオンナ~みたいな」
アンソニーも同意とばかりに、前髪を触って動かしながら。
「色香の漂う美人でしたね」
するとユリアは、目をギロっとアンソニーに向けて。
「船の上ぐらいは、我慢シロヨォォ・・・」
睨まれたアンソニーは、そそっと向きを変えながら。
「だ・大丈夫。 もう、弱ってませんから・・・」
「昨日は、もう2・3人に声掛けられてたクセに・・・。 健全なボーケンシャしてよねっ」
まだ若いユリアは、それなりに潔癖な部分も有る。 アンソニー程に来る者拒まずなど、汚らわしいと感じる年かも知れない。
船長の話が終わったので、立ち上がって部屋に帰ったり、別の者と雑談をする客が居る中で。 先程、ミザリーの話に水を差した身形の良い恰幅な男性は、何故か女性の割合の多い冒険者の一団に近寄っていた。
セイルの一団の他では、3人の男性ばかりの冒険者の一団も居て。
「済まないが・・、同じ冒険者とお見受け致す」
と、セイル達に声が掛かった。
一同が見れば、色黒と云うより黒肌の長身男性が二人の男性を連れて来ていた。
「あ、どうも~」
セイルがニコやかに受け答えすると。
鋼色の胸当てに白いマントをする黒人男性が、
「我々は、チーム“ロンドブルディディスター”と云う。 リーダーが自分で、名前はイーサー。 同じ船に乗り合わせた縁で、挨拶をしようと思ってな」
セイルは、ペコリと頭を下げて。
「これはご丁寧に~。 自分達は、“ブレイヴ・ウィング”です。 リーダーのセイルと云います」
「クラークと申す」
「私は、アンソニーと申します」
「ユリアだよ」
四人が名前を告げれば、イーサーの後ろに立っていた小柄な若者が前に出てきて。
「も・もしかして、あの“ジェノサイダー”を倒した・・チーム?」
セイルは、照れ笑いを見せて。
「軍の方々の作戦に協力したまでですよ~」
すると、イーサーの後ろに居たもう一人の男性もテーブル前に出て来る。
「マジかよ。 この子供が・・、あの悪名高いレプレイシャスとサシで遣ったってか?」
背が高く、クラークより頭半分高いその男は、団子鼻が特徴の丸顔な田舎者っぽい感じを受ける人物だ。 上半身にガッチリ着込んだ黒い鎧や背中に背負う大型の鉄槌を見るに、戦士だと思える。
イーサーは、仲間二人に困った顔を向けてから、セイルへ。
「仲間二人の失礼を詫びる、済まない」
「いえいえ~」
云うセイルに、イーサーは赤髪の若者の頭をクシャっと撫で。
「コイツは、冒険者に成り立ての魔想魔術師で、名はタジル」
次に、大柄の戦士風体の男性を横目に。
「こっちのデカいのは、田舎から出て来たばかりのスタンストン。 二人とついこの前にアハメイルでチームを結成したんが、どっちもなかなか御のぼり的な態度が消えないのだ」
クラークは、3人が人の悪い人物ではないと見た。 そして、リーダーのイーサーは、年齢も経験の大人びていると思えるので。
「イーサー殿以外は、二人ともまだ若そうだな」
「あぁ、如何にもです。 元エンジェルスターズのクラーク殿ですな。 自分はもう33歳だが、スタンストンが25。 タジルは、21歳に成ったばかりです」
セイルは、その3人に他の空いた椅子を薦めながら、雑談に移る。 こうゆう社交的な部分は、ユリアには無いセイルの柔かさだ。
さて。
遂に海へと出たセイル一行。 勇躍する勇気の翼は、遂に世界へ飛び出した。 彼等が歩み、記憶に刻む経験は、何であろうか・・・。
どうも、騎龍です^^
本日から、4日の間、3つの序話をお送りします。 最初は、進行度の一番早いセイルとユリア編。 次は、ウィリアム編。 最後に、次にお送りするK編の序話となります。
尚、何処で一日休みを入れるか悩み中ですが、2日を予定しています。
ご愛読、ありがとう御座います^人^