ウィリアム編・Ⅳ
冒険者探偵ウィリアム
それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 18
≪踏み込んだ捜査の手、そして犯人も・・・≫
明けた午前中は、この街に激震が走った。
マリューノが僕を連れて、元凶とも云うべきマクバ氏の元に面会に行けば。 なんとマクバ氏は、胸を刺して自殺していた。 キキルが捕縛された事を受けて、かなり落ち込んで嘆いていたと云うから、理由はその辺だろう・・・。
使用人の一人が、その自殺に協力したと自供して捕まった。
余りにも呆気ない幕切れだった。
そして・・・。
その日の午後。
ウィリアムは、ジャンダムとロダに一軒の隠れ宿の情報を与えた。 被害者の老婆らしき人物から、資金面で協力金と云う金の受け渡しが在ると思われる人物で。 その流れは、宿の無償提供を金の担保にして、月々借り受けると云う形だった。
ロダの聞き込みがその隠れ宿の在る方面にまで及んだ事と、担保の内容がおかしく。 老婆は小まめにその宿に行った回数と、金の提供の状態を記載していたのが引っ掛かったからだ。
ロダは、ウィリアムの情報を受けて、周囲にそれとなく聞き込みを開始。
一方のジャンダムとウィリアム達は、亡くなった老婆の娘が居たと云う大商人を尋ねた。
独り身と成った主の男性は、ジタンと云う名前で。 頭を丸めて男根の削ぎ落とし、“鎮清の儀式”を済ませて居た。 昔から、もう妻を娶らず女性に溺れぬと云う決意の儀式だったものなのだが。 今では、隠居をして簡素な老後を送る決意の一つとして行われている。
ロイニーグラード伯爵とも面識の有るジタン氏は、伯爵が話したコリンと云うあの老婆の一人娘アニーの全てを教えてくれた。 確かに、概要は伯爵の語った事と一致する。 だが、裏の事実は、もっと純粋で温かい話であった。
アニーは妾にされたと在ったが、本当はこのジタン氏が結婚前に抱いた事が最初らしい。 アニーをジタン氏に渡した父親は、女性を相手にする手解きの一環として抱かせたらしいが。 ジタン氏は、それ以前から彼女を好いていて、本心はアニーと結婚したかったらしい。
だが、そんな我儘を親が許す訳も無く。 ジタン氏が結婚後は、父と叔父の慰み者に戻ったアニーだった。 だが、ジタン氏は、薄汚い気質の父親の御蔭で、人を見る目は柔軟だった。 商才も豊かで、一時はアニーを助ける為に、家を捨てる決心までしたという。
処が、それを思い留まらせたのが、アニー本人なのだとか。 アニーも偏見を持たないジタン氏が好きだから、この身を家に捧げると決めたのだと。
ジタン氏は、半政略の見合い相手だった妻を娶り。 才能と行動力を駆使して早急に家督を奪い取った。 そして、妻が子供を産めないと嘆き離縁を申し出された時、アニーの事を全て打ち明け。 アニーとこの自分と家を支えて欲しいと懇願したのだと云う。
結局。 愛人を息子に取られるなど恥である。 ジタン氏の父親は、子を産めない妻の代わりに差し出したと繕ったのだ。
主は、妻をアニーに託し。 二人を等しく愛した。 本当なら、周囲の目も恥辱の噂が出るとも構わずアニーを妻にしたかった。
だがアニーは、家、主のジタン氏、正妻の身の上を案じ。 更には、子供達への影響も考慮し、自分の幸せを控え弁える事で護ったらしい。
ジタン氏は、全てをウィリアム達に知られた上でこう云った。
「私は、アニーと妻以外に子供を儲けようとは思いませんでした。 愛人として汚されたとしても、アニー以上に綺麗と思える女性は居なかった。 未熟で、弱く、直ぐ逃げ出そうとする私を叱って、愛してくれた女性でした。 もう、妻にも先立たれ、残す思いは子供達の幸せのみ」
そして、此処で彼は笑顔で。
「この貴方方との出会いも、アニーが託した思いかも知れない。 彼女の心残りは、行方を知りたがったお母さんの事。 その行方が私に知らされたのなら、これは彼女から頼まれた事に等しい。 お役人様、どうかその殺されたコリンと云う方の亡骸。 この私めに預けて下さい。 せめて、お墓だけでも、母子を一緒にしてあげたいのです」
と、云ったのである。
ジャンダムはその心意気に驚き、強く何度も確認を取った。
だが、ウィリアムとスティールは、何も言わなかった。 ジタンと云う男性からは、コリンと云う老婆のたった一人の娘を愛していたと感じれる何かを受け取った。 賊に殺されるまでの彼女の過去を、まるで妻との思い出を語る様に教えてくれた。 それ以上、何も聞く事など無い。
聞き込みを終えた後。
「あの、ウィリアムさんでしたか」
ジタン氏がウィリアムに声を掛け。
「はい?」
主の男性は、静かに。
「伯爵様に、こうお伝え下さい。 孫は、知らずながらもその老婆を好んで支給したと・・・。 何時も帰り際に、孫の手を握って感謝する老婆が居ると聞きました。 恐らく・・、その方だと」
この話を聞いた瞬間。 ウィリアムは何かを感じた。
「そうでしたか。 処で、被害者は何時も同じ時間に来るのですか? 恐らく、訪れるのは昼頃だと思うんですが」
「いえ。 娘が言うに、何時も夕方だそうです。 何時も何処かの宿で一泊をして、夕食だけを食べに来るとか。 周囲の宿にお聞きに成れば、その事実も解ると思います」
この情報を得た時、目を輝かせてはしかと頷いたウィリアム。
「解りました。 事件のカタが付いたら、伯爵様の下へ報告に行こうと思ってました。 必ず、伝えさせていただきます」
主は、まるで穏やかな神の様な笑みを浮かべて。
「では、今度お店に招待させて下さい。 貴方方の記憶した冒険の経験を、是非に聞いてみたい」
「はい」
スティールは、こんなにも穏やかに生きる商人が居るのかと感嘆に近い気持ちを持った。
そして、ジャンダムとウィリアム達もロダの応援に向かった。
ウィリアムは、決め手に成る情報を持ってきた。 大商人の経営する飲食店が在るのは、旧商業区の一番地。 其処から、被害者が泊まったと思われる宿の聞き込みをして回った。 何せ、宿の大半は噴水広場周辺に移っている。 宿の数も限られ、その聞き込みは夜半には終わった。
夜の大通り上。
馬車などを避ける為に、劇場前で落ち合った全員。
汗だくの顔でロダは、ウィリアムに云った。
「ウィリアム。 被害者の泊まった宿など、何処にも無いぞ」
すると、ウィリアムはニヤっとして。
「えぇ。 それでいいんです。 それより、他で被害者の目撃場所は、この周辺に在りますか?」
ロダは、捜査員と下級役人の集めた情報を書き留めた紙を手にして。
「あ・・・っと。 足取りは、君が教えたあの隠し宿の周辺のみ。 しかも、不思議な事にだな・・」
ロダがこの後を見て言う前に。
「解ってます。 何故か、目撃させる頃合いは、朝か夕方のみ・・・。 でしょ?」
劇場外の街灯で紙を照らし、ウィリアムと紙を何度も交互に見たロダは・・・。
「何で解った?」
と、聞き返す。
処が、ウィリアムは頷くと。
「では、行きましょう。 もう、犯人を取り押さえないと」
集まった一同は、ウィリアムを見て何も云えなかった。
この旧商業区は、行政区と貴族区に挟まれ。 斜めに商業区の西側を沿って、農村なども在る商業区の南区域へと落ちてゆく。 湖の向こう側とは違い、個人個人の家が細々と行う家庭菜園の様な規模の農園が殆どで。 云わば、商いの下級住民が住み暮す場所と言えばよい。
元は商業の中心地として栄えたのだが、貴族社会の崩壊と共に商売の自由が認められた為。 新しく商売を始める者は、街を貫く大通りが交わる中央付近に移っていった。 旧商業区は、主に貴族や高官の役人。 他に格式を重んじる商人などが、下世話な繁華街を嫌って訪れる場所に成る。 この為、店に求められるのは、貴族などが好む格調と豪華さだ。
しかし、旧商業区の南側は、隠れ宿やお忍びの飲み屋などが大半で、夜に成ると人数がめっきり減ってしまうのだとか。
ウィリアム達は、老婆の目撃情報が在る隠れ宿に向かった。
石造りの建物と煉瓦だらけの通りが基本の都市の中で、農村の民家と思える様な様相の家がここら辺から覗える様に為る。
問題の隠れ宿に着いた頃は、もう夜半過ぎだった。
敷地内を見せない様に、背の低い木が垣根を作り。 なだらかな坂の入り口を入って行けば、ひっそりと佇む小さな屋敷が在る。 館の周りも、リビングらしき場所から庭を覗える大窓が見えるだけ。 館の周囲の大半は庭木で隠れた様子で、館の全体像が見えて来ない。
更に。 森に行かねば聴こえない筈の夏の虫の鳴き声も聴こえ、都市の中に在って、どうも異質な空間が此処に在る。 この趣きと都会には無い雰囲気を味わいに、貴族などが来ると云うのだが・・・。
館を訪ねた一行は、出て来た40代と思われる大柄の主に質問をした。 老婆の質問を唐突に突き付けられた大柄の主は、思わず知らないと云う。
ウィリアムは、此処で老婆が几帳面に付けていた帳簿を出し。 この店の名前と、帳簿に在る名前を確認させた上で。 老婆と協力関係に在る事を突き付ける。
大声であしらいに来るその主を捕まえ、ウィリアム達は館の捜索をした。
ウィリアムは、直ぐに老婆が殺された場所を特定した。 家畜の近くで、人目に付かない場所。 そして、それがバレない場所とは、館裏の一段低い家畜小屋に隣接された納屋だった。
館は、坂を登って来た先に在るだけ、街の石で作られた地面より高みに在る。 処が、館の奥。 厨房の先から、下の地下ではない段差を下る通路が在り。 その通路を下がると、館の裏手に在る庭と家畜小屋に行けるのだ。
納屋の中に入ったウィリアムは、その血が腐ってカビ出した匂いを嗅いで、此処だと特定した。 ランプの明かりが持ち込まれると、地面の上にドス黒い血の痕が見られ。 また、腐敗した老婆の身体の一部も見つかった。
現場に引き摺り出された主の男性は、老婆を殺した事を認める。 家畜の血の中に、長い白髪の毛が混じるなど有り得ないからだ。 しかも、ごっそりと何本も・・・。
彼を取り調べる為に、警察局部に連行したウィリアム達。
そして、ジャンダムを対峙させた取調べ室で、ロダが立会人と成って取り調べが始まった。
この男の名前は、ハンブリン・グレイオー。 オールバックの黒髪が豊かだが、もう47歳に成る料理人である。
ハンブリンの過去は、普通の料理人とは違っていた。 父親も料理人で在った彼は、厳しく幼い頃から料理の修業をさせられた。
20の頃。 母親以外に愛人の居た父親を殴り、愛人の女性を刺し殺したのだ。 女性に対して過度に冷たい父親に冷遇された母親は、毎日の憂さを晴らす為に夫から殴られたりしていたとか。
彼の出身は、マーケット・ハーナス。 つまりは、此処まで逃げてきたのである。
コリンと云う老婆と知り合ったのも、もう20数年前。 ハンブリンが最初に逃げたのは、世界最大の交易都市アハメイル。 身銭も持たないボロボロの見で流れ着いた彼は、残飯を貰ってその日を凌ぐ路上生活者だったらしい。 或る日、 金で身体を売っていたコリンが朝帰りをして、路上を歩いている時。 路上生活をしていたハンブリンは、金を奪うつもりでコリンの後を尾行した。 霧の出ていた朝、細い路地の暗がりに押し込み、その身銭を奪ったのが最初だった。
百数十シフォンを手に入れたハンブリンだが、犯罪を重ねる事に恐れ。 そのまま、逃げる様にこの街まで流れ着いた。
処がこの街で、運良く流れ者を雇う気さくな料理屋の主人に拾われた。 過去を詮索されず、漸く落ち着いたのだ。
だが。 まさかこの街にコリンが流れてくるとは思わなかった。
偶然。 本当に偶然だった。
ハンブリンの雇い主が、忙しく料理を作るだけの身に甘んじてるのに対し。 父親に仕込まれた腕を磨いたハンブリンは、独立して自分の店を持とうと思った。 その矢先、自分を雇ってくれた料理人の男性が、持病を悪化させて死ぬ。
その料理人の家族から分かれたハンブリンは、金貸しを捜して噂を頼りに彼方此方を訪ね周り。 運良くか、運悪くか、コリンと再開したのである。
コリンが、ロイニーグラード伯爵へ昔の客と云ったのは、実は偽りだ。 元は刑事官のロイニーグラード伯爵に、ハンブリンの事を云えなかったのだろう。
コリンと再開したハンブリンは、コリンに過去を謝る。 コリンは、何故に金を欲しがるのかを聞いた上で。 自分の要求を飲むなら、金を出してもいいと云った。 一つは、金貸しの生業の手助けをする事。 もう一つは、コリンの別荘を館に併設する事だ。
足が悪くなってきていたコリンは、孫娘の働く店に行くにも日帰りで思うように行き来出来ない。 そこで、朝からゆっくり出掛けこのハンブリンの屋敷に入り。 夕方まで休んでから、孫の居る店を訪ね。 また、ハンブリンの館に帰るという行動をしていた。
貴族の中には、胡散臭い酒場などには出掛けたくないと云う者が多い。 地方の古い仕来りや柵に縛られて育つ彼等の中には、あくまでも一般の民と自分達は格が違うと思う者が居るのは事実だ。
コリン自身も、仕方なくと一度だけ相手の指定する店に行った事が在り。 そこで、逆に金を奪われそうに成った事が在ったとか。 金貸しだ、売女と暴言を吐く相手に、コリンは咄嗟にロイニーグラード伯爵の事を臭わせ難を逃れたらしい。 だが、コリンも知人に迷惑を掛けても構わないと思う女性では無い。 とにかく、自分主導で金貸しをするのには、どんな相手にも合わせられる場所の確保が必要だと思ったのだ。
王都や超大都市に行けば、金を貸すしっかりとした店も在る。 だが、この街ぐらいの所では、金融を行う店は来ない。 その代わりは、コリンの様な個人の小金貸しや。 質屋を兼ねた骨董品屋などだろう。 金貸しなどは、危険な商売だ。 彼らは、自分で安全な取引を構築しなければ成らない。 金貸しなどは、命を狙われる確立が高い職業でも在った。
ハンブリンが聞くに、コリンは娘の為に金貸しをしていた。 娘に逢えたなら、自分の持てる財を渡そうと・・・。 だが、娘が死んでいる事を知ったコリンには、金貸しを続ける希望が無くなった。 逆に、生活の中で金を借りたいと思う客が、コリンの金貸し家業を続けさせていたらしい。 求められて、他に生活の術が無いからズルズルと・・・、と云う感じだったらしい。
さて。 ハンブリンがコリンを殺害する理由だが。
コリンは、自分の雇う男手二人に、このハンブリンの事を教えなかった。 それは何故かと云うなら、取立ての必要が無い相手で。 金を借りた事を誰にも知られたく無いと云う、云わば名士。 貴族や商人を相手にしたのみの取引に使っていたからだ。 コリンとて、貸す代わりに預かる担保には、そんな少しの値打ち物で良いと云う甘い物で貸す訳が無い。 相手が返さないと困る物を吟味する目利きは在った。
コリンが金を貸す相手を知っていたのは、この時はハンブリンのみ。
そして、一年前。
コリンから金を借りた貴族の一人が、この店の常連と成った。 老人の貴族らしい人物で、金払いもしっかりした客である。
処が。 この人物の来店には、必ず一人の女が同伴していた。 何時も黒いドレスを纏う女性で、怪しい艶かしさを湛えた中年女性だ。 何時もベールの掛かる帽子を被り、来た時に寝る前にだけ取る。 不思議なのは、その女性が老人紳士とは別の部屋で泊まると云う事。
ハンブリンは、何時しかこの女性に好意を持った。 金貸し家業を手伝う身であり、過去も有るから結婚はしていなかったハンブリン。 今まで女性には控えめだった彼も、心を揺さぶられる相手だった。
だが、これが老人紳士の仕掛けた罠だとは、全くをもって思って無かったハンブリン。
聞けばこの老人紳士は、この街以外で飲食店と宝石店を営むオーナーだと。 一緒の女性は、姪で在り。 旦那を早世された未亡人だと説明を受けた。
老人紳士は、昨年の冬。 ハンブリンにこう持ち掛けた。
“君は、実に良い腕をしている。 君が在る条件を満たしてくれるなら、我が姪と結婚させてもいい。 実は、此処だけの話。 ウチの姪は、性欲が強くてな。 君の様な逞しい相手ではないと、夜が困る”
驚く様な話だった。 顔は悪くないハンブリンだが、独り身が長く陰りが窺える。 自分の様な男を、貴族の女性が好き好んで結婚したいとは思わないと断った。
だが。
“嘘かどうか、今夜に彼女の部屋を覗くと解る。 身内の恥を晒す様だが、私では相手に出来ないのでな。 ま、返事は急がないよ”
何とも怪しく、意味深な話だった。
ディナーの後片付けをしながら、老人紳士の話が脳裏を巡る。 生まれて初めて心が性欲で掻き乱された。 悩み、正直な気持ちと、それを押さえる思いが交錯し、正常な判断が出来なくなったハンブリン。
“覗くだけ・・、覗くだけならっ”
欲求に負け、何が見えるのかと恐る恐る深夜に部屋を覗いてみれば・・・。
(あ゛っ!!!)
ハンブリンが腰を抜かしそうになるほど驚くのも、無理は無い。 あの魅惑的な中年女性が、全裸で居たのだから。 格調を重んじて用意した大きめ木の椅子に座る彼女は、自分の指で自分を慰めていた。 小声で、誰かに自分を奪って欲しいと甘く呟きながら・・・。
ハンブリンは、此処で物音を立てた。 ハンブリンの覗き見を知ったその女性は、獲物を見つけた様に喜んだとか。 女性と関係など持った事が無いハンブリンは、もう相手に主導権を奪われて肉体関係を結んでしまった。
在る意味。 この女性は、飢えた獣だ。 衣服を纏っているだけで、本性は性に溺れた毒婦と云えよう。
普通とは一線を逸脱したように激しい関係を味わったハンブリンは、この快楽を永遠に欲しいと思う。
さて、老人紳士が彼に願ったのは、二つ。
一つは、ハンブリンが今の店を辞め。 老人紳士が後々で店を構えた時に、料理人として店に立つ事。 これは、ハンブリンには何の躊躇も要らない。 問題は、二つ目。 コリンの隠し金の在る場所を教えて欲しいと云う事だった。
この人の良さそうな老人紳士だが。 実は、見掛けに因らない悪人の中の悪人だった。 コリンから一度大口で大金を借りて、その財力を確かめた。 しかも、調べさせると随分と方々に借りた者が居る。 つまりは、彼女が預かる担保を含めると、ちょっとしたお宝に成る訳だ。
老人は、既に雇われのオズワルドとソナーンにも、手下に誘惑を掛けさせた。 だが、老婆に恩義を感じる二人は、どう見ても裏切る者では無い。 そこで、ハンブリンに目を付けたのだ。
ハンブリンは、一つ目は飲めると云った。 コリンも、ハンブリンが本気で独立を望むなら、無碍に引き止める事はしないと云ったからだ。 だが、二つ目は困る。 一応は、コリンにそれなりの恩義を感じていたし。 また、コリンの様な鋭い者から、どうやってそんな重要な場所を聞き出せるのかが思いつかないと・・・。
コリンの簡素な家には、何度もハンブリンも行っている。 彼が思うに、金目の物は此処に無く。 何処か別の場所に、保管庫代わりの小屋でも持っているのだろうと。
それに、今の店を出せたのは、コリンの御蔭だ。 昔には、暴力を振るって金も奪っていた。 心を入れ替えて生活している今に、どうしてもコリンの財には触れたく無いと思う。
処が、だ。 その老人紳士の姪とは、名前をアヴィエリーと云うのだが。 老人紳士は、客として訪れる度に、彼女をハンブリンへと嗾けて来る。 只ですら女性や淫らな行為に免疫の無いハンブリンで、性的な快楽行為のあの手この手を受けたら、堪ったものでは無い。
生まれて初めて、こんな中年に成ってから女性に溺れると思って無かったハンブリンは、アヴィエリーに骨抜きにされて行った。
時折しか来ない彼女を待ち遠しく。 来たとしても、深夜までは客として対応しなければ成らない。 更には、もう姿を見ただけで襲いたく成る衝動に苛まれるのに、だ。 深夜に為っていざ出遭うと、支配者と云うか、女王様の様な彼女の飼い犬の様に弄ばれる。 しかも、最後だけ、朝方の最後だけは、彼女が急にハンブリンの言い成りに成る。
彼女の術中に嵌ったハンブリン。 どうしても・・どうしてもアヴィエリーと結婚したいと思うハンブリンは、コリンへ下手な探りを入れた。 サラリと聞いたつもりだったハンブリンだが・・・。
“アンタ、余計な詮索はするんじゃないよ。 私の知り合いには、元此処の役人だって居るんだ。 詰まらない事を考えるなら、もう関係を止めるよ”
こう云われたのは、二ヶ月ほど前。 それまでは、何度かコリンをつけ回してみたりしていた。
だが。 コリンを殺した夜は、もう限界の夜だった。 前日の夜に来た老人紳士は、出店する店も出来上がったと云うし。 アヴィエリーが逢いたいと云うが、もう老人が待てる限界だと言い放つ。
葛藤して、気が狂いそうに成ったハンブリンは、遣って来たコリンを納屋に連れ込んで殺した。 もうコリンの家を粗探しするしか、残る手は無いと思い立ったからだ。
勢いも余って殺したのだが、その死体の後始末に困ったハンブリン。 強盗に見せ掛ける為には、死体を移動するしかないと思う。 コリンの衣服に付いた土を綺麗に払い落とし。 彼女を家畜の排泄物を運ぶ荷馬車に乗せて、深夜に運ぶ事にした。
湯を沸かし。 闇に紛れる為に、真っ黒な衣服を選び・・・。
だが、一番困ったのは、馬車の荷台を洗うかどうかだった。
夜中に運ぶわけで。 もし見回りの者に見つかって呼び止められたとしたら、何かにコリンの死体を包んでも検められたら直ぐに解る。 見つかり辛い事を最優先に考えると、遺体を筵で包み。 その外から乾燥した家畜の排泄物を掛けて覆うのが一番だと思ったのだとか。
いよいよ、深夜に成り。 街を警備する兵士と役人の見回りは、この時はコース化していた。 最近は平穏で、大きい賊の襲撃も無かったからである。
ハンブリンは、父親から屠殺の技も習っていた。 現に、ハンブリンの肉処理の速さは、その辺の料理人の域を超えている。 コリンが自宅で襲われた様に見せ掛ける偽装工作は、運ぶ前に思いついていたらしい。
本当なら、壁にも血の跡を残したかった。 だが、脳からの出血が多く。 床と壁に撒くだけの血を作れなかった。 下手に遺体を傷付けると、それは強盗が目的とは思えなく成る。 仕方なく、絨毯に溶かした血を撒いて誤魔化す事にした訳だ。
だが、彼も地下水路に行く道を発見出来なかった。 音をなるべく立てずして、必死に探した。 本棚に鋏まれた紙なども物色したが、出て来たのは帳簿だけ。 一瞬、その帳簿をも持ち帰ろうとしたが、これが何に繋がるが解らない。 後は、老人紳士に掛け合い、コリンの雇う二人の男から聞き出して貰うしか無いと・・・。
処が。 此処でハンブリン曰く。
“でも、自分は騙されていたんです”
この一言。 この一言が、ウィリアムの脳裏に強く残った・・・。
★
それから、二日後。
「・・と、云う訳です。 商人のご主人から預かった伯爵様への伝言と共に、事件の全容をお伝えします」
ウィリアムとスティールに加え、ジャンダムとロダを伴う一団は、ロイニーグラード伯爵へ報告に伺った。 聞き込みに来た時の無礼な態度を改め、正しくお伺いを立てて・・で在る。
前回と同じ応接室で全てを聞いたロイニーグラード伯爵は、手押し椅子に乗ったままで瞑目しながら涙を浮かべていた。
「そうか・・、そうか・・・・・・。 コリンは、漸く娘とあの世で再会できたのだな。 これで、私も心残りは無いわぇ」
と、云い。 目を開くと、ウィリアムへ。
「この事件は、確かに捜査を正しく行えば、決して難しい事件では無かった。 ま、キキルの阿呆がバカ騒ぎを起こして、とんでもない大事に発展した噛み合いでな。 変な具合の、ちょいと大変な事件だったがな」
「えぇ。 自分もそう思います」
すると、伯爵はニヤリと笑い。
「若いの、御主は中々出来るの。 ワシとラインレイドのお株を奪える」
だが、ウィリアムは満足していない。
「いえ。 ですが最大の疑問は、結局残ったままです」
杖を片手で握り、手の平に当てる伯爵も渋い顔に変わる。
「確かに・・の」
二人は、この事には意見が一致した。 それは何故か・・・。
これは、ハンブリンの後の供述で在る。
・・・・・。
ハンブリンは、コリンを殺した事を含めて、次の日に泊まる客として訪れた老人紳士に伝えた。
だが、老人紳士は食事後。 ハンブリンをリビングに呼び、二人きりに成った処でこう云った。
「ハンブリン君。 君は、大きな勘違いをしている様だ。 今夜は、精々アヴィエリーを抱いて覚悟を決めよ。 遺産を見つけられないなら、君の価値は無に等しい」
愕然とする答えが返って来た。
「あのっ」
取り繕うハンブリンだが。 老人紳士は、聞く耳持たずに部屋に消えた。
その夜のアヴィエリーは、今までに無い程に従順で。 そして、最後の夜と強調したのである。
そして、それっきり。 老人紳士との繋ぎと教えられた酒場の主人は、何故か行方を眩ませた。
・・・・・。
今。 此処に報告に来ているロダとジャンダムは、ラインレイド卿の命令で引き続き貴族名鑑で調べ。 今も在住している貴族を片っ端から調べ、足の悪い老人紳士を捜している。 だが、そのハンブリンの供述に当て嵌まる人物は、影も形も見つからないのが現状である。
足が悪い意味では、このロイニーグラード伯爵は当て嵌まらない訳でも無い。 だが、顔も背格好も違い過ぎる。
この状況を知るウィリアムなだけに、もうその老人も女性も街から消えてしまって居るのではないかと思う。 つまり、事件の解決は中途半端に終わったのだ。 真の首謀者が判らぬままに・・・。
ロダは、ウィリアムに云う。
“ハンブリンが言い逃れたいが為に、嘘を言っているのではないか?”
と。
ハンブリン逮捕から明けて。 一休みしたウィリアムは、ハンブリンの営んでいた隠れ宿にジャンダムを連れて訪れた。 そして、その老人紳士とアヴィエリーと云う女性が宿泊した部屋を調べている。
そして、確かにその二人が居たと思える痕跡を見つけている。
先ず。 再度ハンブリンに面会したウィリアムは、こう聞いた。
“老人の紳士と云う方は、食事後に煙草を吸いに成られましたか?”
と。
そう、紳士が泊まってから客を入れて居無い部屋には、微かに東の大陸で高級とされる煙草の匂いが残っていた。 ウィリアムは、その燻す前の乾燥させた草も見つけている。 高級な煙草は、自分で吸う直前に刻むので、カスを見つけ易い。 ロダとジャンダムに、そのカスを燻して匂いも嗅がせた。
ハンブリンは、紳士が煙草を吸う姿を見た事が無いと。
次に、ウィリアムは、
“処で。 アヴィエリーと云う女性ですが。 全身から、桃の花びらの香りがしませんでしたか? それから、非常に水を多く飲みませんでしたか?”
と、尋ねる。
これには、ハンブリンは直ぐに返事し。 その通りだと・・。 客室に用意する水差し一杯の水を、情事の間も、その前後も飲んで。 何と御代わりすら要求した事が在ったと・・・。
彼との面会を終えたウィリアムは、この後にマリューノやラインレイド卿を待った。 二人が夜に訪れると、ウィリアムは仕事終わりの挨拶も兼ねて。
“老婆の事件は、犯人も捕まったので身を引かせて頂きます。 只、ご忠告を一点。 犯人の男性を誑かした老人は、貴族と云うより闇の組織だと思われます。 彼の供述と、現場の残存物を見るに、女性の方は快楽系の麻薬の中毒者ですね。 恐らく、“桃香恍水”と呼ばれる薬で。 長く服用出来る禁制薬です”
この薬は、作るのは非常に易しい。 だが、今は原料が採り尽くされ、出回る事が少ない物だと云う。
ウィリアムの報告を聞いたマリューノは、捜査指揮を再度発揮し。 ラインレイド卿以外に捜査陣を指揮出来そうな人物を選び、街で暗躍する禁制品の取引などの取り締まり強化も行うとした。
この経過も聞いたロイニーグラード伯爵は、過去を思い返し。
「ワシも、過去にな。 何度か、首謀者の判らぬ計画犯罪を捜査した経験が在る。 そうゆう輩にとっては、コリンの財を奪おうと近付けさせた隠し宿の主も、捨て駒に過ぎず。 出来次第では、現地で動く実行役も捨て駒に過ぎないの」
ウィリアムも、全くの同感で。
「えぇ。 捨て駒を切られる前に、捨て駒に成る前に、その繋がる先の者に辿り着かなければ・・・意味が無い」
「そう、その事よ。 切られてからでは、既に繋がりは辿れんでの」
「はい」
此処で伯爵は、奥の中庭に続くテラスを見る。
「悪い組織と云うのは、妙に国を跨ぐ様な大きい規模をしとるからの。 実に厄介でイカン。 ま、人の心には正邪が在り。 また、生きる気持ちも欲が無ければ成らん。 欲の蠢きは、傾きをどちらかにすると正か・・・、邪。 堕ちた者、汚れきった者、虐げられる者の居場所は、時として邪じゃ。 完全に悪を絶つとは、人を選定する事しかなく。 そんな事など、神でも無理じゃ。 正し裁く者と、悪事を働く者は、実は表裏一体なのかも知れんのぉ・・・」
ウィリアムも、同じくテラスを見て。
「かも知れませんね。 この問題に関しては、出口も無く。 最初の入り口は、世界に生きる人の数だけ存在します。 全ての解決は、誰にも無理でしょうね」
と、応える。
伯爵は、一同が見ている前で。
「のぉ、若者よ」
「はい、なんですか?」
「うむ。 ワシは・・・・・・・・・」
伯爵のその後の言葉は、コリンと云う女性に対しての懺悔だった。
聞き方に因って、それは都合のいい言い方とも取れるし。 また、別の聞き方をすれば、仕方の無い事だと思える。
それでも、ウィリアムは静かに。
「伯爵様は、その償いを、この街で再開してから・・して差し上げたのでは在りませんか?」
ロイニーグラード伯爵は、只、素直に。
「済まぬ。 気遣いをありがとう、若者よ・・・」
と、残した。
どうも、騎龍です^^
なんとか、年内に書き終えたので、次は、余ってる序話の三部を掲載して行きます^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^




