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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
145/222

ウィリアム編・Ⅳ

                     冒険者探偵ウィリアム


                  それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 17



                ≪周りが手を下せば下すほど、青年の執念は燃ゆる≫



深夜まで、まだ少しの時を有する頃合い。


マリューノが大男の下僕だけを従え、警察局部に来た。 新たなる情報を受け取りに来たもので。 決してウィリアム達の受けた襲撃を知って居た訳では無い。


マリューノがエントランスロビーに入る時、エントランスロビーの中にて。


「ほっ、本当かぁっ?!!!」


「はいっ」


「してっ、さっ・ささ三人はっ?!!」


吃る位に慌てたラインレイドの声がする。


エントランスに入ったマリューノは、大階段の前で下級役人と対峙しているラインレイドを見掛けた。


「ラインレイド卿。 大声を挙げて、如何致したの」


マリューノの声を聞くラインレイドは、捜査員数名を従えた状態で彼女に向く。


「おぉっ、マリューノ様。 今聞きましたが、ジャンダムと冒険者二人が襲撃されたと」


「えっ・な・何ですってっ?!!」


「ジャンダムを狙った襲撃で、冒険者二人が護る為に負傷したとっ」


マリューノは、もう一気に焦る顔と変わり。


「二人はっ? 今は何処にっ?!」


此処で、ラインレイドに事態を伝えた中年役人が。


「そのお二人は、今はフラックター様の部屋に…。 医務係の者が、手当てをする最中だと…」


「何故に軍医施設へ行かせぬかっ!! 案内しなさいっ」


「はっ」


ラインレイド率いる捜査員5名と、マリューノが率いる兵士や僕など数名の合わせて10名近くが、薄暗い3階の廊下を足早に歩いた。 進む廊下の先には、開かれっ放しの扉が一つだけ在り。 そこから室内の明かりが廊下に漏れているのが解る。


一同が急いでその扉の中を覗いた時だ。


「あ・あのぉ。 まだ、何処かが痛いんですかぁ?」


右手をスティールに握られた医務係の若い女性が、椅子に座るスティールへとこう言った。


キザな顔付きをキメるスティールは、右腕に包帯を巻かれているのにも拘らず。


「あぁ・・・。 まだ、俺の傷付いた心が放ったらかしさ」


医務係の女性は、何を言っているのとばかりに。


「はぁ?」


一方。 右肩に包帯を巻いた半裸のウィリアムは、近くのソファーに足を投げ出し。 資料を読んで無視している。


その光景を見たマリューノは、踏み込む勢いを抹殺された。


(あ・あぁ・・・、元気そう・・ね)


スティールは、マリューノ達が来たのを確認してからも、直ぐに顔をキザなモノに戻し。


「君の温もりと云う包帯で、俺の傷付いた心を包んでくれないかい?」


と、訳の解らない口説き文句を言い放つ。


「あ・・え・・あのぉ~」


まだ20歳そこそこと云う若さの医務係の女性は、上着を脱いだ半裸のウィリアムを見るのだが・・・。


資料を読み進めるウィリアムは、それどころではない。


「バカそうな珍獣ですが、可愛がると案外素直で言う事聞きますよ」


と、言ってから身を起こし。 その困る女性に資料を見せて。


「あの、この店の在る通りとは、どの辺の通りですか?」


スティールが眉間にシワを寄せ、


“誰がバカそうだっ。 うぉいっ、ウィリアムっ”


と、喚くのも無視のウィリアム。


医務係の女性は、その資料に書かれた通りの名前を見て。


「あ~。 これは、旧商業区の通りですね。 ホラ、冒険者の方々が利用される斡旋所、あの奥の方ですよ」


と、ニッコリ答える。


スティールは、流石に女性の感情を見抜く目は誰にも負けない。


(ぬごぉおおおおおおおおおっ!!!!!!! 俺には見せないエガオォォォォォォォォーーーーっ!!!!)


明らかにこの医務係の女性を見る限り、スティールよりウィリアムの方が好かれている。


「おいっ、弟子よっ!!! 俺が資料を見るぅっ?!! 何を見て、何を聞けばいいか言えっ!!」


「バカ師匠」


ウィリアムは、サラリと毒舌の片鱗を言葉に混ぜてから。 直ぐにマリューノの方に向いて、


「随分と大勢で来ましたねぇ。 何か大事でも起こりましたか?」


と、他人事の様に言う。


マリューノは、その耳を疑う。


(“大事”って・・・。 貴方達が襲われた事が、何よりも・・・・・・・・・ねぇ)


片方の眉を上げ、その穏やかな様子に焦った自分がバカらしく思えた。


安心と苦笑いを浮かべるラインレイドは、先に中へと入り。


「全く、君達は退屈と云う事は無さそうだね。 処で・・、義弟フラックは何処だろうか?」


すると、スティールが顔を向け。


「アイツなら、軍医施設で美少女のお相手ダスがなっ」


その言い草に、ラインレイドの配下で在る捜査員は困惑するのだが。 本人は、全く気にしていない。


「“美少女”・・。 あの、キキル殿に暴行された夫婦の?」


両手をワキワキと握り開きするスティールで。


「おうっ。 アイツが居ると、美少女もア・ン・シ・ンっ!! するらしいでぇぇぇ~っ」


明らかに嫉妬に狂うモンスターを横目にするウィリアムは、


「ま、スティールさんよりは安心できまさぁ~ね」


と、苛立ちに油を注ぐ様なマネをして見る。


「くぁ~っ。 アイツがこの間合いでムフフかぁーっ、おいっ?!!!」


スティールの表現に、只只苦笑うウィリアムだが。 マリューノが入って来ると、顔付きを真顔に戻し。


「処で。 丁度イイので、幾つか提案が在るんですが・・・」


云われたマリューノは、ウィリアムの事だから何か妙案が在るのだろうと思う。


「いいわよ。 丁度、此方の捜査進展状況を伺いに来たのだから」


右肩に包帯を巻くウィリアムは、薄黄色い切られた痕の有る上着を羽織ると。


「では、廊下で二人だけで」


頷いたマリューノ。


ラインレイドは、スティールにジャンダムの事を尋ねた。 ジャンダムは、一応家族の事が心配なので、警備隊の指揮をする軍の兵士と騎士の一人に護られて帰ったと。 念の為に、危険が無くなるまで家族を兵舎に移すと騎士の男性が言った。


この間行われたウィリアムとマリューノの話し合いは、然程に長くは無かった。


が。


この話し合いは、キキルの騒動を完全に消し潰す一手を打つ結果と成るのだが・・・。


話し合いから部屋に戻るウィリアムは、ラインレイドに。


「ラインレイド様。 何でも昼間に捕まった方々が、此処や捜査陣の詰める部屋を物色していたとか。 フラックターさんの集めた資料も持ち出されそうだったので、今夜は我々が此処に泊まります。 何卒、上の部屋も無人には為さらないで下さい」


「そうか・・、解った。 この後に及んでも、まだそんな動きが在るか」


そう言うラインレイドへ、ウィリアムが。


「ですが、こんな事でも少しは情報を与えてくれるものです」


「ほう、何がだ?」


「キキル刑事官が何を言ったか。 また、裁判部がどうゆう動きをしているか、相手側が知らないからこうゆう動きが起こる。 ・・詰まりは、我々は妨害を画策する相手より先んじてる証です」


「ふむ・・、なるほど」


「多分、午前中のこの施設で起こった事も、マリューノ様が兵士を投入し。 その後に兵士の監視下に置いて、緘口令を強いている効果が現れている所為で、相手方も知らないのでしょう。 ですから、悪足掻きの様な襲撃まで」


「確かに、そうとも読み取れるか・・。 もう全ては明るみに成り始じめているから、捜査の進みは止められぬ領域に及んでいる。 利口な者で情報を手に入れたなら、もう逃げる準備の方が選り良い策かもな」


此処で、ウィリアムは予言する。


「恐らく、明日・明後日で騒動のカタは着きます。 寧ろ、面倒な事はその後処理ですかね」


そうラインレイドと会話するウィリアムを見て、医務係の女性がポワ~ンとしている。


「嗚呼・・、こうゆう方が同僚に欲しいなぁ」


目の前で言われてるスティールは、誰も居なければテクで押し倒そうと・・・。


(クソぉ・・、ムフフなら負けないんだがっ)


と、内心に思い、ケダモノの性分を見え見えにしていた。


処が、だ。 此処の気楽な雰囲気は、本当に此処だけの物だった。


「さ。 全員引っ立てなさい」


一階から行ける場所で、容疑者を閉じ込めておける別の牢屋に向かったマリューノは、怪我をした者を含めて襲撃を企てた8名全員を移送する事にする。


主犯格の気絶だけさせられた腕の達つ男は、意外にもさっぱりとした中年の剣士で。 短い頭髪をした冒険者風体で在る。


襲撃を企てた一団を見たマリューノ。


(半分以上は、金ずくで何でもやるゴロツキだわね。 でも、この主犯格の一人と、顎を怪我した一人は、何だか雰囲気が全然違うわ・・・)


マリューノは、他の情報を通達させる兵士二名を残し。 早急に襲撃犯を兵舎と指令施設の在る地方軍部へと移送した。




                        ★




その日の深夜。


篝火が兵舎脇の演習場に焚かれ。 交代で街を見回る兵士達が休息を取ったり、見張りに立ったりしている。


そんな中。 宵闇に紛れ、兵舎の後ろに立てられた牢屋の中に忍び込んでゆく影在り。 影は、音も無く木のドアを開け、蝋燭の明かりが入れられた石階段を降りていった。


「・・・」


黒いズボンに黒い上着を着たその者は、覆面をして顔を隠している。 廊下を降りる素早さは、侵入などの隠密行動に秀でた者と解る仕業だ。 階段下の壁際に張り付き、そっと仕切りの先を窺う。


「ふぁぁ~」


牢屋を見張る兵士が大欠伸をして、簡易的な詰め所と成る部屋の間取りの壁一方が無い場所に入っていった。


影の者は、その隙を見逃さず。 サッと飛び出て、壁伝いに蝋燭の明かりが満遍なく広がる地下通路を行った。


「・・なぁ。 捕まったキキルのバカ、どう成るんだろうな?」


兵士の声だ。


「バカとはお前だ。 捕まったとは云え、ロチェスター様の身内だぞ。 口を慎め」


「でもよ。 ジョエル様で無い以上、罪人を様付けて言えるかぁ?」


「・・、まぁな」


その話し声を聞く影の者は、大きな四角の石柱に隠れ。 物陰を利用して、更に奥の通路へと行った。


三方に牢屋が広がる分かれ道にて、空気の匂いを嗅いで右側を選んだその人物は、ウィリアム達を襲撃した男達が閉じ込められる牢屋の辺りに来る。


ウィリアム達によって怪我したゴロツキの様な者達より、随分と手前に離されて入れられていた主犯格の男と、顎を怪我したもう一人。


「ん?」


格子の近くに寝ていた主犯格の人物は、暗い牢屋の前に誰かが立ったのを感じた。


(何者だ?)


と、彼が小声で問えば。


(お前の雇い主に雇われた者だ)


その声は、随分と掠れた低い声である。 男性の声なのだろうが、潰された様な声でも在った。


(逃げられるのか?)


あのスティールと斬り合った男は、そう質問してみるのだが。


(なら、逃げるのは辞めるか?)


これは、ある意味で愚問だろう。


(いっいやっ、頼む)


影の男は、微かな音のみで牢屋の鍵を開けた。 古い錠前の型をしたモノだが、細い針で簡単に開けたこの影の人物の手練は、見るに値在り。


牢屋の外に出たのは、何れも身形が冒険者と思われる皮の鎧を身に着けた二人で。 一人は、真っ先にウィリアムの膝蹴りを喰らって倒れた男と。 もう一人は、スティールと渡り合った主犯格の男だった。


(他の手負いは、どうするんだ?)


聞かれた影の男は、


(俺が引き受けたのは、アンタ等二人だけだ。 他のは、殺して構わないと言われている)


と、返すと。


顎を怪我した男は、少し脅えた声で。


(クッシャラン様も、流石に今回は必死ですね。 “殺して構わない”なんて・・)


すると、主犯格の男は・・・。


(おい。 戻るまで、主の名前は出すな。 誰に聞かれるか解らん)


(あ、すいません)


影の男は、二人を連れて牢屋を脱した。 一度しか来て無い牢屋なのに、通って来た場所に身を隠せる場所は把握済み。 二人の足手纏いを抱えながら、何の危うきも無く外まで案内する。 そして、兵舎などの建物暗がりを伝い、木々が生える馬術訓練場へ向かう並木道に逃れ。 木々の陰に隠れながら施設の外へと誘導し、遂に行政区の街中へと出た。


此処まで来れば、もう建物が犇く街中など逃げ隠れもし易い。 街灯の無い暗がりを選んでは、都市の各方面に行ける大通りの交わる場所まで、クネクネと道を行けはいいだけだった。


旧商業区と今の商業区が交わる大通りの手前で。


「では、これで。 金は前金で受け取っている。 何処に帰るのかは知らんが、貴族区域に行くのならロイニーグラード邸付近を目指してからの方がいい」


主犯格の男は、先ずはと。


「助けて頂き、本当にありがたい。 だが、それは何故だ?」


「先程、見回りの兵士の話を立ち聞きした。 深夜に入るまで、ロイニーグラード邸方面を見回りしていたとか。 交代で出立する直前の兵士達は、確認として別の方を見回ると言って居たぞ」


「おぉ、それは有り難い。 だが、一緒に来なくていいのか?」


「俺は、見も知らぬ誰かから金だけ渡され、アンタ達を助ける様に引き受けた口だ。 依頼者の元締めの顔など見たくも知りたくも無い」


「そ・そうか。 では、此処でサラバだ」


二手に分かれるそれぞれ。 だが、影の人物は直ぐに闇へと溶けた。


貴族区へと向かった襲撃犯の二人。 見回りをする兵士を気に留めながら、随分と大回りする形で奥に進み。 広大な森林を有する豪邸の前に遣って来る。


「頼もうっ、頼もうっ」


主犯格の男が、小声ながら鋭く裏門の格子門を叩く。


すると、裏手の木の扉が開かれ、直ぐにランタンを手にした執事風の小男が出向き。


「ロラン、遅かったではないか。 ん? ジョージス・・何だその怪我は?」


主犯格の男は、“ロラン”と呼ばれ。


「いや、面目ない。 襲撃が失敗してしまい、こうして助けられました」


執事風の小男は、怪訝な顔をして。


「な・・失敗? では、誰に助けられたのだ?」


助け出された二人は、小男の返しに声を失った。


だが。


「まぁいい、とにかく早く入れ。 此処でこうしているのが、何よりも怪しまれる」


執事風の男性にそう言われた二人は、困りながらもとにかくと屋敷の中に入った。


この少し後。 マリューノ率いる兵士の軍勢が、この屋敷を包囲した。 この街で威勢を張るクッシャラン卿の豪邸は、森の敷居を隔てた奥の区画に在る。 貴族社会が隆盛を極めていた時代から、大地主でも在ったクッシャラン家らしい。 だが、この事が周囲にこの出来事を解らなくさせる要因にも成った。


マリューノが再び逃げた襲撃犯を捕縛し、クッシャラン卿も捕まえる。


頭の回るクッシャラン卿は、この二人が失敗したのにも拘らず戻って来た事を見て。


「計られたか・・・」


と、観念したのは当然だろう。 ロランとジョージスと云う二人が戻るまで、彼は襲撃の成否を知り得なかった。 今夜は、見回り活動以外の兵士の勝手な行動は許されず。 また、非番の兵士も外出許可が下りなかった。 クッシャラン卿に次々と起こる事態を知らせる手は、何も無かった。


白髪を長くした細面のクッシャラン卿は、何故か兵舎では無く司令塀の方に連行された。 そして、その施設の客室にて、マリューノでは無く平服姿の若者に会わされたのだ。 そこに同席するのは、ハイドゥン卿である。


「ハイドゥン殿っ、それに・・・・・・貴殿は何者だ?」


キキル元刑事官が居なくなった後。 そして、捕まった後に妨害の手を動かした主犯の人物は、見れば陰を感じる貴族だった。


ハイドゥン卿は、ソファーへ手を差し伸べ。


「クッシャラン殿、先ずは此処へ。 貴方を裁きに掛ける前に、少し話がしたい」


以外にも50半ばと云う、実年齢より10歳は老けて見えるクッシャラン卿であり。


「・・、ハイドゥン殿」


そう呟いた彼は、弱弱しく感じられる足取りで進み。 ハイドゥン卿と対峙する場に歩いたのであった。


だが、此処から何よりも先んじて動いたのは、クッシャラン卿である。


「済まないっ、ハイドゥン殿・・、本来ならっ。 ・・・・・・本来なら、何よりも幼馴染のオルトリクスの葬儀に、この私が出るのが筋なのだがっ!! うぅ・・・・、嗚呼っ」


力を失って、その場に崩れたクッシャラン卿。 まるで壊れる寸前まで押さえていたと云う悲しみを露にし、見栄も体裁も捨てた様に泣き出した。


見下ろすハイドゥン卿は、遣る瀬無い。


「何故だ? キキルが罰せられてもっ、ジョエル様は安泰のはず。 何故に・・・、何故にキキルのバカをこうも助けようとっ?!!!」


項垂れたクッシャラン卿は、力無く。


「全ては、マクバ様の頼みよ・・・。 キキル様とジョエル様が同じ腹からのご兄弟なら・・、こんなっ、こんな事には成らなかったっ!!!!」


その一言を聞いたハイドゥン卿は、ウィリアムを見る。 態と捕まえた二人を逃し、主犯を抑えようと言ったのはウィリアムで。 彼自身が逃がす手助けをしたのだ。


ウィリアムは、ハイドゥン卿に全てを任すと言ってあり。 此処で自分が動く事は無いと、目を瞑る。


それを見たハイドゥン卿は、堪らずに膝を折ってクッシャラン卿に近付き。


「真か? 真に、キキルとジョエル様は母親が違うのか?」


何度も頷くクッシャラン卿で。


「その通り・・その通りなんだ」


と・・・。


真実を吐露したクッシャラン卿は、ウィリアムの事をハイドゥン卿から聞かされた。 凡ゆる画策を跳ね除けられたクッシャラン卿は、確かな情報を手に入れられずに。 闇雲を一人で足掻く様な無駄をしていたと指摘されて、完敗とばかりに泣き笑った。


“私は、どうかしていた。 思えば、何よりもこの若者を殺すべきだった。 中央から来たラインレイド卿の義弟・・。 彼が何故に頼ったか。 思えば、普通では頼らんな・・。 あぁ、頼らん。 でも、こんなに強いなら、最初から無駄だったのだな・・・。 一層の事、キキル様を殺せば良かった”


完敗を知って心の柱が折れたクッシャラン卿は、只の弱弱しい男性に変わった。 街の政冶的権威や、商業界にも影響力を持った彼だったが。 この今の姿が本当の彼なのだろう。 跪く姿から、ウィリアムに頭を下げ。


「御主の御蔭で、目が覚めた。 済まぬ、感謝いたす」


と。


その後。


兵士に連行されるクッシャラン卿を見送るウィリアムは、涙を拭くハイドゥン卿に。


「貴族って云うのも、まともな神経だと大変ですね。 確かに、少しズレてでもしないと、生半の人では支えきれない。 欲望の強い方か、信念の強い方でないと無理・・・ですね」


ウィリアムに向くハイドゥン卿は、目を赤くさせながら。


「き・きっ貴族はぁ・・、お勤めに預からなければ、周りから認めて貰えぬのだよ・・。 そして、家督をを継ぐと言う事は、逆に昔から続く柵も・・世襲せねばなるまいのさ。 だから、クッシャラン殿の様な方は本心を抑える故にの、・・圧し掛かる心労も大きいのだ」


「思ってたよりも普通の方で、正直驚いてます」


「ははは・・、君でも驚くか」


「えぇ」


すると、ハイドゥン卿は俯き。


「私は、兄とは年が離れて、随分と元気な暴れん坊じゃった。 じゃが、兄と居るクッシャラン殿は、小さいワシから見ても弱そうでの。 文武に秀でた兄は、少ない同い年のクッシャラン殿を親友の様な、弟の様な扱いで付き合うていた。 アレでも、・・お・おさ・・。 幼い頃は、無邪気に遊んでいたそうな・・・」


ウィリアムは、貴族の背負うモノの異質性を見た気がした。 今まで知っているつもりだったが、確かに物悲しい。


生前のオルトリクス氏とハイドゥン卿が雑談を交わして居た時、クッシャラン卿の話に成った事が有るそうだ。 ハイドゥン卿が知る平静のクッシャラン卿とは、小難しい顔か冷静で心を見せぬ曲者の様な顔しかせず。 話もし難いロチェスター家の飼い犬の様だと言うのに対し。 事故で身体を壊しながらも気儘な商人生活を出来るオルトリクス氏をこっそり尋ねて来たクッシャラン卿は、こう言ったそうだ。


“私も、家督を譲って今の仕事から離れたら、気儘に絵を描いたりして過ごすつもりです。 オルトリクス、その時は美味しい魚料理をお願いします。 私の畑で取れた一番のワインで、一緒に飲みましょう”


友を懐かしむ様に、その事を弟であるハイドゥン卿に言ったオルトリクス氏。 その時のハイドゥン卿は、何が兄を笑顔にさせているか良く解らなかった。 だが、皮肉にも今は解る。 解るが故に、この先を思うと、ロチェスター家に対する怒りしか湧かない。


(兄じゃっ、ワシではクッシャラン卿を救えぬぞっ!!!! 死罪は、免れんっ。 柵とはっ、こうも人を狂わせるのかぁっ?!!! そんなにして・・そうまでして貴族が地位有るべき世界が必要かっ?!! ・・兄じゃ、出来ればっ!!! ・・出来れば・・・ワシが彼を斬りたいぃぃ)


拳を握るハイドゥン卿の瞼には、ウィリアムに謝ったクッシャラン卿が焼きつく。 もっと早く逢って、諭したかった。 それこそ、瀕死の兄を見せて目を覚まさせたかった。 やってやれる事は、後で幾つも思い浮かぶのが悔しくなる。


黙ったハイドゥン卿を思うウィリアムは、明けた昼からオルトリクス氏の公式葬儀だと知っていたので。


「ハイドゥン様、もう宜しいと思います。 さ、家路に。 明日は、お忙しいはずでしょう?」


と、促した。


しかし、だ。 涙を堪えるハイドゥン卿は、ウィリアムに一礼をすると。


「察して貰い、済まない。 だが、これでも職が在る。 こんな時に休みは、気が滅入るでな。 他の仕事に回らせて貰う」


「・・・」


一礼を返したウィリアムに、去ろうとしたハイドゥン卿は言った。


「貴殿のこの行動は、確かなものだ。 大事だが、ワシは拍手をするぞ。 キキルが遊ぶ間は、この危険は何時でも隣り合わせだった。 ・・が、もう許さん。 ケジメだけは、絶対に着けさせるっ」


そう言ったハイドゥン卿は、何時もよりもしっかりとした姿で出て行った。





                       ★




陽も上がり始めた朝方。


スティールだけが留守番をしていた一室に、マリューノとウィリアムが戻って来た。


「はぁ~、君に付き合うとスゴく疲れるわ。 全く、結婚前の身で、肌荒れとかイヤなのよねぇ」


休憩がてらと、ソファーに座るマリューノ。 女性用の長細い柄物の煙管パイプを出すマリューノは、煙草では無く香を吸う。 吸う香水とでも云えば良いか。


同じく横に座ったウィリアムは、


(お相手が居るんですか?)


と、内心で突っ込みをしながら、紅茶を三人分作ろうとする。 下でお湯だけは貰ったのだ。


寝ていたスティールは、一人用のソファーに身を崩し。


「んでぇ? 何が解ったのかよぉ~う」


お湯を紅茶を煎れる専用のポットに注ぐウィリアムは・・・。


「それがですね・・・」


クッシャランの語った話は、ちょっとした長い話だった。


マクバと云うロチェスター前当主と親交を結ぶ貴族や役人で、要職に就く者がキキルを庇うには、この兄弟の父親の言い付けが響いているらしい。 キキルとジョエルの父親で在るマクバと云う人物は、正妻の女性を強く愛し過ぎていたらしい。


正妻の女性は、キキルを出産後の日だちが悪く、そのまま寝たきりと成った。 彼女を助ける為なら、それこそ財産を擲つ様な仕様で安静の態勢をさせていたマクバ氏。 医者を3人雇い、効くと思われる薬は全て取り寄せ。 “蘇生神薬”・“奇跡の妙薬”とも云われたエリクサーを求めては、100万シフォンの金額を出して、斡旋所に仕事を出していたとか。


スティールは、最初にキキルに関する話で嫌だったので。


「んで?」


と、流し加減に聞いていたが。


男は何時も作る側で、女性は産む側で在る。 云うのは簡単な話だが、女性が子供を産むとは大袈裟では無く命懸けである。 難産ともなれば、出産時に命を落す母子も在り。 魔法や薬学が発達しつつ在るこの世界でも、その理は例外を持たない。


だが、不思議な事が此処で起こった。 殆どの者が真相を知りえない事だが、キキルの弟で在るジョエルが生まれて間もない頃。 キキルの母親は死んでいるので在る。


スティールは、紅茶を注ぐウィリアムを見て。


「あ? あの兄弟は、腹違いってか」


紅茶を注いだカップを、スティールとマリューノに出すウィリアムで。


「えぇ。 しかも、二人の関係は兄弟でも在り、同時に従兄弟とも言えますかね」


「はぁ?」


この話は、殆どの者が知らない話なのだが。 ジョエルの本当の母親は、キキルの母親の姉で。 この姉妹は、二歳も歳が離れていながら、背格好から全てが瓜二つに似た女性なのだ。 声も、髪も、何もかも似ていた双子の様な姉妹だったらしい。


しかし、だ。 同じ容姿をしている二人の姉妹なのに、キキルの父親で在るマクバが結婚したのは、その妹の方である。 その答えは、二人の姉妹の性格の違いだと云う。 キキルの母親と云う妹の女性は、気質も何もかもが穏やかで聖母の様な性格だったらしい。 代わって、キキルの母親の姉と云う女性は、非常に嫉妬深く。 口も毒舌が目立つ高慢気質の塊の様な人物だったとか。


ウンウン頷くスティールで。


「性格は大切だな。 俺の様に愛に満ちた者が、男女を問わず望ましいんだよ」


マリューノは、突っ込む気力も消え失せる台詞だと無視をした。


さて。


妹が街一番の貴族に嫁いだ事に嫉妬していた姉は、とある計画を考え付いた。 それは、マクバの家の乗っ取りで在る。


この街一番の貴族で、古の頃から貴族の地位を得るオールド・エンブラーでも有るロチェスター家。 


一方、キキル、ジョエルの母親で在る姉妹が生まれたのは、男爵家の下級貴族だった。 正直な話、キキルの母親など最初から輿入れの権利など持たせて貰えない程に格の差が在った。 しかしながら、もう歳も若い14・5の頃の妹をマクバが見初め、惚れて惚れ抜いて連れ去り結婚した経緯が有る。 つまり、当主を得たマクバが一人で強引に連れ去って来て、婚姻関係を結んだだけで。 二人の結婚は周囲には認められていなかった。


だが、キキルが生まれた。 跡継ぎを生んだ以上、認めぬ訳にはいかない方向に持って行けたのだが。 難産で身体を壊した妹は、正式に結婚式を挙げられぬままに死んだ。


この間に、画策をして計画を進めたのが、姉の女性だ。 妹の看病にと、結婚もしない身で看病をしながら。 巧みに妹を言葉で言い聞かせ、もう一人跡継ぎを作らせる計画を立てた。


この計画がすんなり行った裏には、幾つもの要因が重なっていたからだと云う。 先ず。 当時のキキルが病気がちで、しかもキキル以外に近い血縁で養子に成りそうな者も居ないと云う事実が大きい。 他にも、もしキキルが死んでしまう事を考えると、妹の女性は二人目を産める身体では無い。 ロチェスター家の繁栄を考えるなら、男女を問わずもう一人欲しいのは当然だった。 更には、我儘な気質を持つ当主マクバを、当時の親戚一同は好まざる人物と見ていた。 最悪の場合を踏まえると、マクバ自身が失脚させられる危険も在ったのだ。


この事を妹に懇々と説く姉は、妹の弱った心に付け入れた。 時折妹に成り済まし、体調が良くなったりする事も在る様に見せかけて。 遂には、病床の妹を看に来たキキルの父親で在るマクバを誘い、そのまま交わっってしまった。


聞いていたマリューノとスティールは、正しくあべこべな性格の入れ違いが姉妹の子供に起こったと驚く。


実は、現クッシャラン卿の父親が聞いた話では、その姉と云う人物は野心家で。 その計画が上手く行くようにと、医者の一人も抱きこんで居たらしい。 しかも、その交わった夜とは、マクバが随分と泥酔した時らしいので、どんな手を使ったか知らないが。 かなり用意周到に計画されていたとの事だ。


その後。 夫の愛を知りながら、不貞の罪を犯させてしまったと悩むキキルの母親は、どんどん体調を悪化させたらしい。 そして、我慢が出来ずに、死に際でその事を夫に打ち明けたのだとか。


彼女の死からその後は、後妻と愛人を持ったマクバを思うに。 マクバと云う人物は、女性に対して異常な潔癖では無いだろう。 だが、何よりもキキルの母親とは対象的で、マクバの最も好まざる相手と交わったなど知ったら・・・。 しかも、姉は密かにジョエルを生んでいた。


事実を知ったマクバは、泣いて謝る妻を許し宥めた。


だが、一方では悪魔と変わる。


最愛の妻である妹を誑かした姉に対し、マクバは烈火の如く怒り。 その影響力を駆使しては探し出し、侮蔑・罵詈雑言を吐き散らしては赤子だったジョエルを取り上げた。


彼女は、その後に貴族の地位すらも追われる。 ジョエルを産んだ姉の末路は、到底口に出して云えぬ様なものだとクッシャラン卿は云った。


こうして、欲深な姉の画策した乗っ取り計画を阻止したマクバ。


処が、だ。 運命の悪戯が困った事をする。


母親が居ない二人の従兄弟でも在る兄弟は、直ぐに来た後妻に慣れたものの。 その性格は綾がけした様に成る。 キキルは素行が悪く、弟は品行方正。 体の弱かったキキルの母親が正妻だった期間は、10年も無くで。 しかも、後妻の方がずっと家柄の良い女性なのも悪かった。


マクバは、この事実を隠したままに後妻を迎えた。 だから、これに関しては使用人などに強烈な緘口令を布く。 こんな事で、キキルとジョエルの母親が別と云う事を知る者も少なく。 この秘められた出来事は、キキルの行く末を方々に頼んだキキルの父親が、本当に心許した者しか知らない事だった。


結局。 クッシャラン卿など、キキルを庇った貴族の現当主。 または、商人のロナロイスは、最初に頼まれたのが自分達の父親で在る事から。 キキルの行く末を実の父親にまた頼まれて、否応無く忠誠を誓った故の行動で在り。 キキルとジョエルが従兄弟だと云う事も、殆どの皆は全く知らないままだったのである。


キキルの父親で在るマクバは、“馬鹿な子程可愛い”を実践して全ての甘えを許し。 憎い女の子供で在るジョエルに対しては、奔放的と云う形の差別扱いをしていた。


だが。 いざ当主を任せられる者はと親戚や周囲に問えば、一人残らずジョエルと答える。 正直、市街統括とは非常に難しい役職で、父親は仕方なくキキルを分家させ。 ジョエルを当主にした。 ただ、遺産の半分の金品は、全て自分の死後にキキルへ譲ると云う遺言付きでで在る。


律儀と云うか、ある意味真っ直ぐな性格のジョエルは、それでも兄は兄と礼節を欠かさなかった。 全ての理由を、最後まで全うして仕える為にと聞かされたクッシャラン卿だが。 キキルを庇うと云うより、ジョエルを護る為にキキルを庇う様なものだった。 マクバと云う男が、もう死んでいればいいのだが。 しぶとい事に、隠居して寝たきりでもまだ生きているのだった。


結局は、その受け継ぐ者と外された者の格差が逆に無いばかりに、キキルは実家に戻り色々と金目の物を持ち出す事が在ったらしい。 金を借りる担保だったり、換金目的なのだろうが。 それが行き過ぎて、あんな重要書簡を持ち出す事に成ったのだろうかとジョエルは語ったとか。


此処まで聞いたスティールは、間も無く紅茶が飲み頃の温さと云う所で顔を歪め。


「馬鹿は、どうしても馬鹿なんだよ。 そんな付け上がる待遇してるからだゼ」


と、云うに留まり。


ウィリアムも。


「同感ですね。 幾ら可愛い子供でも、当主より分家にした方を優遇するから、そんな結果を招くんですよ」


同じ意見で頷くマリューノだが。


「キキルのお父様は、キキルとジョエル様が腹違いの従兄弟様に成る事を隠したかった。 本当にこの事を知ってるのは、極々一部の人のみなんだわ・・・」


この話に、ウィリアムが付け加える様に。


「その通りです。 何せ、この事実をジョエル様は知っていても、キキル氏は知らないのだとか」


その返しを受けたマリューノとスティールは、知っていてキキルと云う人物が嫌がらせをしたと思ったのに。 まさか知らないとは驚きだった。


「え? 兄のキキルは知らないの?」


と。 マリューノは、頬に手を当てウィリアムを見返す。


「えぇ。 クッシャラン様が言うにですね。 キキル氏は父親似で、ジョエル様は母親に似てるそうです。 キキル氏に対しては、可愛さが勝り。 ジョエル様に対しては、憎しみが勝ったマクバと云う方はですね。 生まれた経緯を告げる事はキキル氏が傷付くと、どんな事が有っても教えないで欲しいと云ったみたいで」


スティールは、その兄弟のどちらとも会いたく無いと思いながら。


「ウィリアム、なぁ~んか遣ってられねぇな」


「ですね。 そんな事は兄弟で殴り合いでもして、勝手に決着でも着けて欲しいですよ。 死人まで出てるのに…」


「全くだゼっ」


夜明けの紅茶を飲むマリューノは、ウィリアムを見つめていた。


(自分の考えや行動を乱されるのってイヤだけど・・・。 此処まで素早く、見事に遣られると悪くないわね。 冒険者にしておくの・・・・・・・・・勿体無いわ)


だが、マリューノもまだ寝てられぬ。 陽が上がったら、マクバの元に事情聴取に行くつもりだった。


噂が広まって捻じ曲げられる前に、在る程度の事にカタを着けたかった。

どうも、騎龍です^^


この次で、ウィリアム編は一旦終わります。


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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