ウィリアム編・Ⅳ
冒険者探偵ウィリアム
それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 16
≪老婆の過去。 それはどこの街角にも在る、片隅で生きる者の果て≫
金を持ってやって来た怪しい男を連れて、警察局部を後にしたウィリアム達。
その直後。 兵士の組織する捜査隊が警察局部を包囲した。 急な事から騒然とする施設内に於いて、各捜査陣のトップ並びに。 ラインレイドの預かる捜査陣などに対し、コソコソと情報収集を掛ける捜査員や役人などが厳しく捕まった。
街中に眼を向ければ、普通に旅客が街中に溢れ。 湖の周りでは、普段と変わらない観光客の姿が在ったが。 この警察局部だけは、異常な雰囲気に包まれている。
アリマ長官から任命され、刑事部第三捜査陣を預かるのは貴族の男性。 部下が数名兵士に捕まるのを見て、廊下に居たマリューノへ喰って掛かる。
「裁判部の方よっ、何故に我が捜査員を捕まえるかぁっ?!!」
すると、無言で抜き打ちに細剣を抜きかねない様子のマリューノが、ジロリと男性主任を睨み付けた。 そして、男性に一歩踏み込むに合せ。
「身に覚えが無いとは、言わせぬぞ。 ラインレイド卿の動かす捜査員の内情を調べる為に、其方の部下が局内で聞き込みを行なって居ったそうな」
マリューノに言われ、グっと言葉を詰まらせる捜査陣を預かる主任刑事官。
其処へ。
「マリューノ様」
あのサリバンと呼ばれる老人男性の声がする。
マリューノが振り返ると、一人の役人を彼が捕まえており。
「この者、フラックター様の部屋に忍び込んで、室内を物色して居りました」
サリバンに捕まったのは、まだ若い捜査員。 繋ぎの制服の色が、下級役人とは違っているから一目で解る。
「リーガンっ」
主任刑事官が、捕まった若者の名前を呼ぶと。
「なに?」
と、マリューノがその主任男性へと振り返った。
思わず名前を呼んでしまった主任男性で、不味かったと思って。
“あ゛”
と、声を出した時は遅かった。
「このっ賊めぇっ!!」
爆発的に憤るマリューノは、左手に持った細剣を右手に持ち替え、鞘ごとに主任男性へと薙ぎつけた。
「うぎゃっ!!!!!」
顎を砕く音と共に、主任男性は廊下に一回転して吹っ飛ばされた。
「あ゛がががががぁーーーーーーーっ!!!」
顎から抜けた歯が二本。 ベットリとした血に抱かれて廊下に転がってゆく。
その光景に、廊下で起こる騒動が固まったかの如く止まった。
マリューノは、主任男性へと歩み寄り、その首へと尖った靴先を乗せて。
「貴様っ、お前達のした事が規律違反の最たる行為だと解らぬかぁっ!!!! アリマ長官の罪と成れば、連座で市街統括ジョエル様も只では済ま無いのがまだ解らないのっ?!!!」
「ハヒィっ!!! たぶけてぇぇ・・、だっ・だれぶぁ…」
痛みに恐怖が重なり、助けを呼ぶ主任男性。
だが、マリューノは冷徹な視線を崩さず、その足を退けると。
「サリバンっ、此奴は罪人として捕まえろっ!! 遠慮は必要無いっ、キキルも暴行で人を殺して居る。 そのキキルに肩入れする罪人などは、死罪に処する故に手加減は要らぬっ!!!!」
凄まじい気合いが篭る命令だった。 捕まえる側に携わる兵士も、捕まる側の役人も粛々とした動きに変わる。
こっそり逃げ出そうとした主任や副主任達も、包囲していた兵士に次々と捕まった。
更には。 裁判部の下層に居る者が15名連行された。 これは、略下層の幹部役人全員である。
この一件は、200人以上の捕り物と成った。 取り調べの全ては、裁判部の主導で兵舎の一角で行われる事と成る。 マリューノは、もう裁判部の者として手を緩める事は無かった。 どうしてキキルに肩入れするのか…。 詰まりは、ロチェスター家前当主のマクバ氏の影響で在ると云う事をハッキリとさせる為である。
兵舎の一角で取り調べが始まると、先ず裁判部の詮議が始まった。 キキル刑事官の行なった裁判の内、既に冤罪として覆った事件だけで繋がりを探った。 直ぐに自供は取れないと兵士は思って居たが。 マリューノの取り調べは、甘いモノでは無かった。
「この供述調書、こっちの捜査報告書、どちらを見ても杜撰な書類ばかりではないのか。 供述した人物が曖昧などと云うのは、単なる“噂”の域で在ろうがっ?!!! 何故にこの内容で、お前は罪をしたと判断したかっ」
キキル刑事官の預かる捜査陣が出した調書などを元に、事細かく矛盾点を積み重ねて追求する。 何時もは冷静で落ち着いた麗人のマリューノが、此処まで悪魔の如く烈火の怒りを出した姿など見た事が無い。 普段は裁きの担い手として、完全な上からの地位で裁きをする彼等。 それが逆に問われる立場と成った時、初めて捜査の取り調べの恐ろしさを知る事に成った。
彼らの自供から明らかに成ったのは、やはり一部の裁きに関して金で買われ手心が加えられたと云う事実。 それに関わらないのは、ラインレイドの率いる捜査陣以外では、1つしか無かった。 捜査が行き詰まり、犯人として白黒はっきりしない場合に困った捜査陣の主任は、在ろう事か金でその裁決を買っていたと云うのだから、マリューノの怒りは溶岩の如く噴火したのも当然である。
裁判部下層の者の取り調べで名前が出た順から、マリューノ配下のサリバンや大男の下僕が警察部の捜査主任を捕まえて、取り調べの席へとに引きずり出す。
今まで、どうゆう態度で容疑者を取り調べて来たかは解らないが。 生まれて初めて疑われる側へと逆転した主任や副主任の役人達は、捕まる直前の偉ぶった態度は殆ど消えていた。
取り調べが怒涛の如く突き進むのは、裁判部の下層の者共が口を割っているのも理由の一つだろうが。 一番の大元で在るキキル。 彼がこの事について、もう自虐的な嘲笑を浮かべてペラペラと喋ったのが一番の理由に成るだろう。 キキルを経由して、今まで無かった杜撰の連鎖を生み出した彼等。
マリューノ達が調べるに。 その原因の根底には、ラインレイド卿の様な捜査をする者としての強い心構えが無い事が挙げられる。 貴族だの、何処かの大店の家族だのと云う理由で、苦労も少なく捜査陣の主任と成っている者。 そんな役者不足と云うべきか、苦労と経験と才を持ち合わせないな者に寄り添い、補佐の地位を手に入れている者が、だ。 根気強く、粘り強くと捜査をして。 探し集めた情報を粉々に為るまで噛み砕く様な吟味を行い、その中に隠れた真実の証拠を拾って裏を取る様な地道な作業を出来る訳が無い。
いや、今までしていたとしても。 一度甘ったるい抜け道を知った以上、苦労する道を通るのが馬鹿馬鹿しく為るだろう。
マリューノの部下の数名は、役職に於ける掟や信念に筋金が入っている。 どんな言い訳をしようが、口先だけの取り繕いなど聞く耳持たない。
「ごっ・誤解だっ! 私は、キキル殿の片棒など担がぬよっ」
独房の様な薄暗い部屋の中で、必死に言い訳をする初老の捜査陣主任。 そして言い訳も聴き終えぬ内に、彼の胸倉を掴んだサリバン。
「では、言い訳して貰おうか。 貴方の部下が、貴様の命令で、捕まったロナロイスの部下とどうして情報集めをしていたのか。 その事実の理由を」
「そっ・そそそそ・・それは…」
しどろもどろの口振りで、急に言い訳も出来なくなった初老の捜査陣主任。 サリバンは、その男性を投げ飛ばす様に頑丈なだけの木の机に投げ。
「もう粗方の調べは付き始めている。 どう言い訳をしようが、冤罪を生んだ事の言い訳には為らない。 規律に照らし合わせるなら、役人の癒着に因る汚職だけでも重罪。 これに加え、冤罪が発生していると有らば、その罪は死罪に踏み込める」
“死罪”。 この言葉に、驚いて顔を上げた初老の主任男性。
「げぇっ?!!! そんなバカなぁぁっ?!!」
冷めたい眼をするサリバンは、
「自分の就く仕事の掟すら知らぬバカとは、法も秩序も意味が解るまい。 罰を受け、その役職に課せられた責任と重みを知るがいい」
と、言い捨てて。
「看守、もうコイツは良い。 余罪等は、調べた方が早い」
と、扉の外で脱走を警戒する看守の兵士に声かけた。
すると。
「貴様ぁぁぁ・・、マクバ様のお怒りに触れるぞっ!!!」
と、主任の男性が髪の毛を振り乱して云う。
地方にしか居らず。 裁判部の仕組みを今一理解していない主任男性に、サリバンは半身で言った。
「そうか。 だが、我々は王家の代理で動く者。 マクバ殿は、王家より偉いのか?」
主任男性は、そのまま固まって動かなく成った。
調べが進むと、裁判部の下層や一部の捜査陣に対し、父親の代からマクバ氏の威光にてキキルを擁護する様にと教えられてきた事実が解った。 裁判部のマリューノは、夜に成ったので日を改め。 明日にマクバ氏本人から話を聞くと決めた。
兵士の中には、手心を加えたいと思う者も居た。 だが、今まで見た事のない裁判部の為業とは、こうも厳しく法と秩序維持を大前提に詮議を行うのかと恐れを生した。 生半可な肩入れをしようものなら、自分が投獄させそうな勢いなのだ。
張り詰めた緊張感の中で、取り調べは一気に徹夜で進めると決まった。
★
一方。 街の北西部。 貴族が集まる区域にて。
「おいっ、もう夕暮れではないかっ!! 日を改め、明日にして貰おう」
と、貴族の庭園の奥で、執事の声が飛んだ。
ウィリアムは、ジャンダムの前に出て。
「事件の事で、御当主から証言を頂きたいのですが。 無理なら、捕縛状を持って来ましょうか? 今は、裁判部が出張ってキキル氏の事件を捜査してます。 連座性が窺えるなら、彼等は容赦しませんよ」
と、執事に脅しを掛けた。
“脅し”と云う表現に当て嵌るウィリアムの態度は、確かに宜しくない。 だが、厳密には事実だろう。 もし、事件の捜査で供述を拒んだり、警察局部に噛み付いたりもしたら…。 アリマ長官は、もう権威を失っているに等しい今だ。 逆に疑われても仕方が無い。
渋々と云った表情で取次ぎを行う執事だが、意外にも主は早く通せと言って来た。
ウィリアム達が訪ねているのは、ロイニーグラード伯爵の屋敷だ。 成りは大きくないが、城を思わせる白亜の佇まいが有名な貴族ならしい。 この街に済む旧貴族の一人で。 その代々に渡る歴史の古さは、3本の指に入るとか。
陽も暮れかかった暗がりの中。
「主が会うとおっしゃいました。 此方へどうぞ」
嫌々の顔で案内をする執事に連れられ、応接室に案内されたウィリアム一行。
中庭のテラスに続く一室で、奥間は書斎も兼ねている様子だった。 表面に彫刻が施された白い柱には、ランプとして蝋燭立てのオブジェにが突き出ている。 羽根を持った女性の妖精らしい物だし。 木目の床はツルツルした感じで、家具を退ければ数名でダンスなども出来そうな趣きの部屋である。
「まぁ~ったく、造るのに金掛かりそうな家だ」
呆れた感想を吐くスティールは、どっかりと長椅子のソファーに座った。
あの金を持ってきた男は、この家まで連行してきたのだが。 どうやらこの家の使用人らしく、裏へと引っ込んでいる。
さて。
ソファーに腰を下ろしたのは、スティールのみ。 貴族の家に押し掛けた様なもので、ジャンダムは戦々恐々としている。
其処へ。
「話を聴きたいとは、お前達の事か?」
木製の手押し車にて訪れたのは、片目に眼帯をした醜い老人だった。 身なりはいい。 黒い正装で、乱れなど微塵も伺えない。 だがその顔は、パッと見てモンスターの亜種人族に似た顔をしていた。
「あ・あぁ…」
恐れ多いと緊張の余りに、挨拶の言葉を失うジャンダムに対し。 立って待っていたウィリアムが近付き。
「捜査に協力して居ります。 冒険者のウィリアムと云います」
と、一礼をする。
「“冒険者”ぁ?」
その下半身が不自由な貴族の老人は、ウィリアムの脇で止まった。
「えぇ。 今は、警察局部の全権を裁判部が預かっているので、裁判部に雇われていると思って下さい」
老人は、木製の歯車を自分で回しながら。
「フンっ、キキルの馬鹿に肩入れする阿呆が居るからじゃ。 ワシは、これでも元は捜査陣を指揮した者じゃ。 アリマの馬鹿タレめ、マクバ殿の言いなりになるからこうなる」
これは話が早いと思うウィリアムは、早速とばかりに。
「あの。 何故、貴方は殺されたコリンと云う方に、あんな見舞金を?」
すると、老人はウィリアムに向く。
「コリンの事を、お前さん方が調べているのか。 ラインレイド辺りが来ると思っていたがな」
ウィリアムは、説明出来る範囲で手早く内情を説明をすると…。
「なっ、何たる掟破りなっ!! キキルの馬鹿に肩入れしすぎて、ドイツもコイツも気が狂ってしまったか。 …、仕方無い。 ラインレイドが命令したので有らば、教えて遣わす」
ロイニーグラード伯爵は、コリンと云う被害者について知る全てを語った。
コリンと云う老婆は、元は中央王都出身で。 その身の素性は、王国に仕える学者の娘だそうな。 15歳の時に、父親の知人と云う身を崩した冒険者の男達に乱暴された。 酔っていた彼等は、泊まる宿代が無いと頼って来たらしいのだが。 用事で夫婦揃って親戚の元に出向いていた間に起こった不幸だった
だが。 コリンの運命の歯車が狂ったのは、間違い無い。 コリンの両親が戻ると、彼女を犯していた獣の様な冒険者らしき男数人は、鉢合わせした両親と激しい口論に成ったのは当然だ。 しかも、コリンの母親が御者の従者に兵士を呼べと命じた事で、彼等の凶暴性を爆発させる事に成る。 王都から逃げる事にした彼等は、コリン以外の家族を殺した。
コリンを誘拐したのは、彼女の大人びた美しさに男達が欲情をそそられたからで在り。 彼等は、旅の途中で生活費に困り、コリンを人買いに売ったらしい。
一度は、北方の地方都市に連れて行かれたコリンは、隙を見て売られた家から逃げた。 それからの彼女は、大人の誰も信じる事は無く。 世界最大の交易都市アハメイルで、娼婦として生きていた。 勤勉な父と淑女だった母を持つコリンは、どうしても家に帰る事が出来なかった。 絶望した彼女の心には、もう憎しみしか残って無かったからかも知れない。
が。
彼女の若かれし頃の美貌は、死体を見たウィリアムでも結構綺麗な女性だったと解る程で。 コリンを買う男性は、皮肉にも貴族や金持ちの商人ばかりで有ったらしい。 淡々と身を売り、男を食い物にしようとする汚らしさも伺えないコリンは、買う側に安心を持たせたのあろうか。 客足が途絶える事は無い生活だったとか。
さて。 若い頃に遊び半分で冒険者をしていたロイニーグラード伯爵は、この街に戻って家督を継ぐ前までの3年間。 コリンの肉体に世話をして貰っていた。 世間の酸い・甘いを噛み砕いた伯爵には、身の汚れだの面倒な事は気にしないタチで。 頼めば一夜を胸の中で過ごさせるコリンに、淡い恋慕の思いも在ったらしい。
何を聞いても無反応の様な、人形の様なコリンなのだが。 肌を合わせる時に愛情を込めると、不思議と行為で返す処が在り。 若い頃から顔の悪い伯爵にしてみれば、世間の普通で育った娘よりも落ち着ける相手だったと思ったらしい。
3年の月日を経て、別れる最後の夜だとコリンを抱いた伯爵。 悲しい身の上を初めて伯爵にだけ話したコリンの寝顔は、涙に濡れ。 男として、初めて女を腕に抱いて慰めたと伯爵は語る。
見た目は悪い伯爵だが、その剣の腕は悪くなく。 また、思慮の柔らかさも在り、警察局部に入ってからは手柄を挙げた。 その御陰で、数年で捜査陣のトップに。 ラインレイド卿が手柄の最多数を挙げるまでは、この伯爵がトップだと云うから驚きだった。
さて、それから月日が経ち。 今から17・8年。 いや、もう少し前かも知れない。 コリンがこの街に移り住んできた。
最初はその事を知らなかった伯爵だが。 コリンの身を抱いた男は、金持ちに多い。 この街に居る商人も、数名はコリンを知っていたし。 貴族にも、同じく抱いた男性が居た。 もう初老と成っていたコリンは、身体で稼いだ身銭を元手にして、金貸しを営んでいた。 噂の伝から、コリンに会いに行った男性も多く。 また、娼婦として先に移ってきた女性も、口数の少ないながら面倒見の良いコリンの元に来る事が在った。
そして・・・。 伯爵もまた、若い頃の恋慕を思い出し、人目を憚りながら会いに行った一人だ。 この地で、新しい家族も築いた伯爵だが、見合い結婚には無い気持ちの昂りを思い出したのだ。
コリンは、口の悪い姐御肌の老婆と成っていたが。 伯爵を見て、その仮面を横に置いた。
伯爵が聞くに、コリンはこの街に娘を探しに来たらしい。 若かれし頃のコリンを、金づくで強引に監禁し。 数ヵ月に亘って肉体関係を強要した商人との間に、娘を一人生んだと云うのだ。 その商人の家族が子供を悪用されたら堪らないと、コリンから奪って里子に出してしまったらしい。
コリンは、その里子の仲介をした男を探し出し、老い始めた身を何とか売り込んで抱かせ。 言い成りに為る事で、やっと身売り先を聞き出したと云う。
伯爵は、そのコリンの娘に対する執念を見て、今だにあの時折優しい彼女は生きていると思った。 そして、その娘を探す手伝いを買って出た。
伯爵が云うに、結論から行くとその時既に娘は死んでいた。 と有る大商人の家に、メイドとして雇われ。 年頃に成った彼女は、商人の息子の妾にされていた。 だが、その愛人関係の間に、子供を二人産んでいる。
大商人の息子は、許嫁と結婚している。 だが、その許嫁が子を産めない身体で、気を病んでいた。 コリンの娘は、その正妻の身代わりにされたらしい。
だが。 この愛人関係とは、云う程に悪い関係では無い。 今はもう店を継ぐ主として生きる息子だった男性の跡継ぎとして、その二人の子供の男の子が商人の見習いとして働き。 女の子の方は花嫁修行を兼ねて、大商人の運営する格調高い飲食店の支給係を務めているらしい。 働くのが好きな孫らで、実の母親で在るコリンの娘に似ている様だった。
コリンの娘は、幼い頃から培ったメイドとしての身を弁え抜いた。 子を産めない正妻が、全幅の信頼を置く彼女に対し。 子供を産んでくれたのだからと第二夫人としての輿入れを求めたが、彼女は仕える身を守った。 体の弱い夫人の代わりに、後に跡を継いだ主の欲求の捌け口として見られるコリンの娘だが。 主は、女性二人を陰ながら等しく愛していた様だ。
コリンの娘の心情を聴くにも、もう彼女は居ないので解らない。 だが、日々を頼られて生きる彼女を聞くに、歪んだモノは無かった様だったと云う。
そんなコリンの娘だが、その最後は壮絶なものだったとか。 時折街道などに出没悪党達が、数を集めて盗賊団と成る事が在る。 コリンの娘が30代の半ばに至る頃。 その集団が街に夜な夜な出没していた頃が在ったらしい。
在る秋の終わり。 その盗賊集団が、と有る商人の家を襲った。
しかし、その襲撃が火事を産み、商業区の一角で混乱が起きた。
盗賊団の首領は、余りの大事に発展してしまい。 このままでは、もうこの街を襲うのは不可能だと判断した。 そこで、他の街に熱りが冷めるまで逃げる為にも、強引に他の大店も襲うと決めた。 役人や兵士が、火消しなどに気を向けている今だと思って…。
当然。 コリンの娘が仕える家にも押し込まれた。 結構な大集団の盗賊団は、手分けをして荒稼ぎをしようと画策したらしい。
処が。 コリンの仕える主は、冒険談議が好きで。 この時に冒険者の一団を店に招いていた。 寝泊りしていた彼等が、その襲撃に気付いて乱戦に発展する。 その混乱の中で、正妻と自分の生んだ我が子を人質にしようとした強盗に立ちはだかったコリン。 彼女は、非力な身で狭い廊下を遮り、悪漢二人の行く手を遮って斬られたのだと云う。
コリンの娘を斬られた事で、時間稼ぎが功を奏して正妻も子供達も助かった。 そしてその墓は、大商人一族の片隅に迎えられていると云うから、扱いは身内同然と云って良いだろう。
コリンがこの街に移住してくる一年前の事件で在るが。 その悪党達を捕まえたのは、なんと伯爵自身だと云うのだから。 この広い世界で、巡り合せの絢は不思議な縁を生んだと言えよう。
娘の死を嘆いたコリンだが。 伯爵が語る後の事は、その悲しみを和らげる手助けをしたのだろうか。 コリンの娘を殺された大商人の夫婦の怒りは、肉親を殺されたモノと同等が以上のものだったらしい。 大商人の主は、大金を払って森に逃げた賊の残党刈りを行い。 生かしたままに捕らえ、伯爵へと突き出している。 そして今でも、後に亡くなった正妻の奥方と合せ、月一で家族が墓を見舞うのだそうな。
その後。
伯爵の薦めで、密かに孫の居る飲食店に行くのがコリンの楽しみだったらしい。 伯爵は、一度だけコリン一人でも入れる様にと、知人として店に同行している。 格式の在る飲食店には、普通の身の客を断る所も在る。 元惚れた女にしてやれる、伯爵が出来る数少ない事だった。
此処まで聞いたウィリアムは、伯爵に。
「そのお店とは、被害者が金貸しの際に面談する時に利用していた店とは・・違いますよね?」
「あぁん? そんな不粋な事に、コリンは孫の店を遣う訳が無いっ。 ワシも面談の時に利用していた店は知っとるが、どれも酒場の域を出ぬ所よ」
「そうですか…。 被害者のその過去を、伯爵以外で知っている方は居らしたのでしょうかね?」
「さぁ・・、どうだろうか。 只、話に聞くに金を貸す相手が・・どの店も嫌った場合。 確か、一軒だけ隠し宿の様な店を押さえてあるとは・・聞いたな。 どんな店か、何処に在るのか迄は解らんが。 その店のオーナーは、ワシと同じ元客だった男だと聞いたが」
ウィリアムはこの話を聞いた後。 直ぐに伯爵の脇に身を屈めて近付いた。
「伯爵様」
「ん?」
「噂に聞くに、“隠し宿”とは連れ込み宿と聞きましたが。 そんな宿に、面談相手を案内するんでしょうか?」
ウィリアムのこの質問に、伯爵は薄笑いを浮かべ。
「若いの、それは一昔前の話じゃ」
「と・・言いますと?」
「昔は、買った女を連れ込める宿が言われた。 だが、今は少し風柳に為っての。 隠れた泊まり宿とで、夕食、朝食を静かに、しかも豪華に楽しむ宿がそれじゃい。 身なりの悪い者では、今の隠し宿には泊まれん。 腕のある料理人の豪勢な料理を、貴族や商人が泊まり掛けで味わうのが基本じゃよ」
この話を聞いたウィリアムは、空に眼を上げながら。
「あぁ…。 そうゆう宿ならば、自家飼育で家畜なども居ますよね?」
何を言い出すのかと思う伯爵は、
「あぁ、居るとも。 そうゆう宿は、大抵が家族などで営む一軒家の様な佇まい。 宿の裏手などでは、食用に家畜も飼うだろう」
と。
伯爵に顔を向けたウィリアムは、コリンと云う老婆の殺された状況を語り。 衣服や髪の毛にも、家畜の汚物が微量に付着していた事を告げる。
伯爵は、その話にギョッとした。
「なっ! 嗚呼・・、そんな宿では、コリンの雇う男手は泊まれまい。 その隠れ宿の主が、代わりに面談役を兼ねて居たかも知れぬっ。 何たる事じゃっ、コリンの敵討ちが後一歩で出来ぬままに…」
しかし、聞く価値の在る情報が在ったと思うウィリアムは、身を立たせると。
「手掛かりを探す為にも、これは一度資料に戻りましょう」
と、ジャンダムへ。
長い話を聞いて、ボンヤリとしていたジャンダムは慌てて。
「へぇ? 被害者の足取りを…」
「いえ。 それは、ロダさんに任せて大丈夫です。 もしかしたら、金を借りた過去の人物の中に、それに当て嵌る方が居るかも知れません」
すると、ロイニーグラード伯爵も杖で床を打ち。
「それは云えるっ。 迷った時は、現場か証拠を頼れっ!! もし貴族の格式が必要なら、このワシも手を貸すぞっ。 いやっ、局部に行って手伝おうか?!」
過去の女の事で、此処まで本気に成れるとはウィリアムも恐れ入った。
スティールは、貴族にも中々の熱く砕けた男が居るものだと感心した。
(惚れた弱みか、強みか、今でも老いた姿でも好きだったんだのぉ)
久しぶりにとやる気を見せる伯爵を宥め、ウィリアム達は一旦伯爵の元を後にした。
外に出ると、すっかり暗くなった。 夜空には、高地故に美しく瞬く星空が広がる。 空気が澄む為に、何となく綺麗に見えるのだ。
貴族区の道では、交わる交差点に必ず街灯が灯る。 馬車などが時折行き交う路上にて。
ジャンダムは、何とも云えない様子で。
「ウィリアムさん、伯爵様の言ってる事は・・事実ですかね?」
「さぁ。 とにかく、帰って資料を漁りましょう。 裏を取るにしても、もう夜も深け始めました。 明日は、その大商人の主さんを当たりましょう。 今は、足取りの聞き込みを行なっているロダさんと情報交換をして。 必要なら連携も考えないと」
「ウィリアムさん。 良く、そんなに次々と遣るべき行動が浮かびますね」
この物言いは、ウィリアムには失笑で在る。 だが、今更それを口に出すのも面倒だった。
さて。
貴族区から行政区に帰る途中。 スティールは、自分だけ一旦宿に戻り、仲間に無事だけを伝える事にしようかと云う。
だが。 肩を並べるウィリアムは、小声で。
(昼頃から、尾行らしき気配が所々でします。 下手に仲間と合流すると、返って嫌な予感がしますね)
と。
スティールは、自分達より仲間の身が心配だ。
(おいおい、残して在る方がヤバくないか?)
(でも、目下一番心配なのは、あのジャンダムさんです。 下手をすると、彼が襲われる)
(あ~、そうか)
二人の先を行くジャンダムは、大通りの交わる場所で見回りの兵士の小隊と出会う。 来ているのが解ったから、小走りで交わる場所まで行ったのだ。
「ご苦労様ですっ」
「其方こそ」
隊員の兵士と挨拶を交わし、小隊が行き過ぎるまで見送った。
ウィリアム達二人が追い付き。 三人で肩を並べて大通りを亘って、街灯の無い中通りに入ると。
「スティールさんっ。 噂をすればっ!!」
と。 ウィリアムは、歩みを迸る声と共に走りへと変えていた。
向かう道の先で、殺気が膨らみを帯びて向ってくる気配が現れる。 足音も聞こえ。
「ウィリアムっ、ジャンダム(コイツ)は俺が護るっ!!」
剣を抜いたスティールは、ジャンダムの前へと立った。
「役人だけ殺せっ!!」
「全員殺しちまおうっ!!」
夜の闇の中から、誰のものとも判らない声がする。
「あっ、しゅ・襲撃ぃっ?!!」
一歩遅れて理解し、俄に驚くジャンダム。
スティールは、背中のジャンダムへ。
「大声を上げろっ! さっきの小隊に聴こえる様にだぁっ!!! お前には、誰も近付けさせないから存分に叫べぇぇぇーーーーーーーーっ!!!!」
「はいっ」
大通りと道が交わる所まで戻るジャンダム。
闇の中で、早くも剣らしき武器を持った何者かと交戦するウィリアム。
「退けぇっ!!」
黒いマントをすっぽりと被る曲者が、自身の剣をウィリアムへ突き出すのだが。 ウィリアムはそれよりも早く跳躍し、的確な飛び膝蹴りを相手の顎に見舞っている。
「ぶはぁぁっ」
顎に膝を喰らっては、まっ先に倒れる一人。
この間に、一人の曲者がウィリアムの脇を通り過ぎる。 そして、もう一人の曲者が続いて抜けようとする。 明らかに目標はジャンダムだ。
(行かせますかっ)
クルリと腰の捻りだけで旋回し、回し蹴りを二人目の通り抜けようとする曲者へと食らわしたウィリアムだった。
「邪魔だぁぁぁぁーーーっ」
と、叫ぶ先に抜けた一人と、スティールが対峙した。
大通りに飛び出すジャンダムは、小隊の消えた方に向かって。
「襲撃だぁーーーーっ!!!! 応援を頼むっ!! 此方は警察局捜査員っ!!!! 応援を頼むっ!!!」
と、大声を繰り返した。
曲者の一団は、8人だった。 闇の中でも平気で闘うウィリアムを潰そうと、5人近くがウィリアムを包囲。 ジャンダムを狙って抜け出た二人は、スティールに足留めされた。
怒声や掛け声を出す曲者に代わり、何の一言も出さずに彼等を翻弄するウィリアム。
「おいっ! コイツの使ってるのは、もしかして暗殺者のわ・ギャァァ!!!!」
早くも3人目が、ウィリアムの握る拳の突き出た指の折り目を顳かみに受けて気絶する時。
「ヤバいっ、暗殺闘武だぁっ!!」
「逃げろっ、逃げろっ!!」
気付くのが遅いとばかりに、ウィリアムは投擲にも仕える仕込み短剣をベルトから引き抜いた。 逃げ出す一人の肩。 もう一人の脚の腿に擲つ。
「ウギャっ!!!」
「痛ぃっ!!! 何か刺さったァァァ!!!」
逃げる力を大きく削いだ二人を後回しにして、ウィリアムはスティールに向かった二人を挟み撃ちにしようと思う。
一方のスティールは、一人の手の甲を深く斬って手負いにしたものの。 もう一人が意外にも遣うので、ジャンダムに行かせない様にと時を稼いだ。
「大丈夫かぁっ?!!」
「何処だ何処だっ?!!」
大声を聞いた小隊が戻って来る。
ウィリアムの接近を感じた一番剣の腕が達つ者は、挟み撃ちにされては敵わないと逃げに転ずる。 しかし、スティールが鋭く踏み込んでその腕を斬ると。 辛くもギリギリで躱した曲者の後頭部へ、ウィリアムの掬い上げる様な鉄拳が振り込まれ。
「あ゛!!!!!!」
と、声を挙げて、そのまま倒れた。 手加減をしなければ、相手を殺す急所突きだ。 脳に衝撃を喰らっては、この男も堪らなかっただろう。
曲者を捕まえて見ると、総勢8名の男を捕縛した。
小隊と共に警察局部に帰って確かめると。 スティールは、腕を薄く斬られ。 ウィリアムは無理をした痕が、肩に傷と云う形で残っていた。 ジャンダムを護る事が最優先だった為に、二人は激しくも常に至近戦を曲者に強いたのだ。
エントランスロビーにて、怪我をした二人を見た兵士達とジャンダム。 自分を助ける為に怪我したと慌てるジャンダムは、滑り転びながら走って医療係を呼んだ。
この時に。 もう血が止まっているのをお互いで確認した二人。 ウィリアムは、スティールへ。
「仲間も心配に為って来ましたね。 襲撃が大人数で、露骨に近かったです」
「おう。 アークの傍から離れなければ、安心なんだが」
ウィリアムとスティールは、今回の事件で相手にした貴族が、かなり危険な人物だと改めて解った。 流石は、大騒動に発展するだけは在ると、再認識する形で感じたのである。
どうも、騎龍です^^
ウィリアム編が略書き終わりました。 掲載の日割りが短めにして、連日掲載も考えます。 尚、次回作は、進行の割合からK編をお送りする予定になります。
ご愛読、ありがとう御座います^人^