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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
143/222

ウィリアム編・Ⅳ

                     冒険者探偵ウィリアム


                  それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 15



                   ≪もはや残さるるは、只・・捜査有るのみ≫




朝。 アリマ長官並びに、マリューノ女史のよこした監査役人の見守る中。 冷たく狭い取り調べ室で、一番の部下で在るマッジオスを取り調べる結果と成ったラインレイド。


部屋にて。 机を挟み合い対峙して座るのは、ラインレイドとマッジオスのみ。 アリマ長官は、格子窓を廊下側から覗き。 監査役人は、部屋の片隅に佇む。


ラインレイドは、その貴賓在る大人びた良い顔を少しやつれた様にして。


「マッジオス・・。 キキル殿の云った事は、本当なのか?」


先程、マリューノ女史がまだ居る時に。 カマキリ顔を高笑いさせてそのことを云ったキキル。 ラインレイドが金を借りていた事はマッジオスから聞いたと言われ、丁度途中から取り調べを見に来たアリマ長官も腰を抜かしそうに成った。


俯き、身動ぎもしないマッジオスで。 その神妙な程に落ち着き払った顔は、まるで死人の様に成っている。


それを見るラインレイドは、密かに覚悟を固め出し。


「そうか…。 何も云えぬか。 なら、おそらく裁判部が事情を聞くのは、もう一人しか居らぬな。 キキル殿の父親、先代のマクバ様だ…」


すると、マッジオスの目がカァっと開いた。


ラインレイドは、ゆっくりと頭を上げるマッジオスを見ていた。 そして、完全に顔が相対す所まで来ると。


「裁判部の下層が汚職をしていたと云う事実が、キキル殿に因って明らかと成った。 裁判部も、このままでは示しが付かず。 また、王国の最高監査部門に取り調べを受けるかも知れない。 それを回避出来るとするなら、この事件を裁判部指揮の元、完全なる決着を着けてしまうしか術は無いだろうな。 もう、有耶無耶には出来ぬ。 様々な理由まで、深くほじくるだろう。 マッジオスよ、今まで長く仕えてくれて、感謝する。 だが、私は、この不正はどれも許さぬぞ」


「……は」


ラインレイドから覚悟を聞かされたマッジオスは、もう何も云う事は無いと一言だけ返した。


長年、同じ仕事を協力してやって来た二人が・・。 キキルの喋ったたった一つの証言で、正反対の立場に別れたのだった。


それを見るアリマ長官は、疲れから来る顔を憔悴させて。


(何という事か、マクバ様にまで手が及ぶ………。 此処まで来たら、もう裁判部も手は抜けん。 刑事部の役人なんぞ信用出来ぬだろうから、完全に指揮権を自分が持って兵隊を動かすだろうのぉ)


これは、昼に現実と為る事だった。 市街統括と裁判部の号令に従わない捜査陣の権限を一時取り上げ、今回の裁判部の行う捜査は兵士がすると為る。 市街統括の命令書も引きずり出したマリューノ女史は、自分も含めた裁判部を護る為に冷徹な鬼と化す。


この事は、ウィリアム達の捜査の進展と共に綴ろうと思う。


ラインレイドが部屋に戻って来た事で、先に腹拵えを終えたウィリアム達殺人事件担当は、捜査へと出てゆく事にする。 ロダがジャンダムを伴い、今後の捜査方針を伝えた。 一日ではこなしきれない方針の幅広さに、ラインレイドは悲壮感漂う顔を引き締めさせて。


「もう後は調べるだけの様なモノだな。 冒険者二人と協力しながら、しっかり捜査して欲しい。 尚、下に集められた下級役人の中から、5名の者を選んで待機させてある。 聞き込みなどは手が足りないと困るだろうから、必要な場所にどんどん遣って調べさせるんだ」


「はっ」


と、敬礼をしたジャンダムに対し。


「あの・・ラインレイド様」


と、問い掛けるロダ。


「ん? 何か質問が有るのか?」


ロダは、質問しずらい雰囲気を顔に出しながらも。


「あ・・は・はい。 そっその・・マッジオス様の事ですが」


すると、実に悲しいと云う様に俯いたラインレイドだが。


「あの若者から聞いたか?」 


「あ・・、裁判部のマリューノ様と云うお方が…此処に」


ラインレイドは、パッと顔を上げ。


「来たのか? マリューノ様が?」


ロダは、既に下へと降りたウィリアムとマリューノ女史の遣り取りを喋れば。 ラインレイドは、深々と二度頷き。


「あの鋭き若者の前では、中途半端に甘い解決は出来ぬな。 ・・だが、今回の乱れや犠牲を考えれば、彼の考えも解る」


ロダは、今一何が起こっているのか解らず。


「マッジオス様が何をしたのでしょうか。 マッジオス様は、キキル様に陥れられたので有りませぬか? マッジオス様が内通者だの、私共には…」


しかし、ラインレイドの顔は厳しさを増した。


「いや、全ては事実だ。 どうしてそうなったかは解らぬが、マッジオスもマクバ様とご両親の関係から内通者を引き受けた様だ。 何の言い訳も無いと云う事だから、嘘では無いだろう」


「しかし、本当にキキル様は老婆が殺された事を知って、今回の様な暴挙を?」


「うむ。 どうやら下級役人の一人がな、その情報をマッジオスに云ったらしい。 キキル殿の話では、老婆に金を借りた時。 警戒も有って、知り合いで口の固い役人数人を連れたらしいな。 金貸しの老婆が殺された現場に行った初動捜査に携わる一人が、その時の一人だったらしくて。 捜査陣要望を伝える旨を伝えに来て、こっそりとキキル殿に伝えた」


「其処には、マッジオス様は居ないでは在りませぬかっ」


「それがなぁ、ロダ」


「はっ?」


「キキル殿が金を借りる伝を探していた時。 私があの老婆から金を借りた事を教えたのが、実はマッジオスらしい」


「え?」


「それだけでは無い。 キキル殿は・・どうやらな。 その老婆が取立てを始めたなら、老婆の手の者で在る男二人を含めて亡きものにしようとも考えて居たらしい。 老婆の身辺を調べさせ、一人暮らしだと云う事まで突き止めて居た。 私が金を借りる時に、マッジオスに同行を求めたのが全ての原因。 マッジオスから老婆の容姿などを聞いて、老婆を捜し当てたのだと」


ロダは、マッジオスが随分と前からキキルと親交が有ったと思い。


「マッジオス様は、そんな古きからキキル様と親交が有った訳ですか?」


「・・の様だ」


と、肯定したラインレイドは、更に昔に遡り。


「確か、過去に幾度か捜査資料や証拠が消える事が有っただろう」


「あ・・、確かに」


「それは、マッジオスがキキル殿の手下に求められて抜き取った物だそうだ。 マッジオスは言わなかったがな。 マッジオスの親からマクバ様の依頼として、キキル殿の望む事は叶えよと言われてたらしい」


ロダは、マクバ様と云う人物を今一解って居ない為に。


「あの、マクバ様とは、そんなに威光が在った方なのですか?」


「有名な方では在ったな。 私は貴族社会の仕来りなどは嫌いだった方だから、付き合いは薄い。 だが、私の父もかなり親交を深めた。 新鉱山の発掘命令、新興勢力の商人に対する課税政策、森林や湖の長期的保護…。 その市街統括時代の政策の手広さと仕切り回しには、多大な評価が在るのも事実だ」


「そうなのですか…」


ラインレイドとロダが、マッジオスとマクバと云う二人の事に関して話す頃。 先にエントランスロビーへと降りたウィリアムとスティールは、同じく先に降りてきた二人の捜査員が、此方がに配属と成った下級役人数名と合流しているのを見ている。 壁際に凭れる二人だが、スティールが。


「なぁ、ウィリアムよ」


「はい」


「お前、何時頃からあのマッジオスのオッサンが疑わしいと思ってた?」


「そうですねぇ。 初めて被害者の家に行く頃には、誰か内通者が居るとは思いましたね」


「そんなに早くかい。 にゃんで?」


腕組みを解いてまで、ウィリアムに顔を向けるスティール。


「いやぁ。 キキル氏とラインレイド様の関係を聞いた処、全く挨拶する以外の親交は無いと」


「ほう・・、それで?」


「そんな親交も無い方が、何で借金の事でいちゃもんを付けたり出来たか。 情報源を考えるに、ラインレイド様にごく身近な誰かが密告したとしか…」


「なる程な」


「マッジオスさんとハイドゥン卿の指揮で被害者の家に行った時。 マッジオスさんは、キキル氏に対しては、ハイドゥン卿程の嫌悪を見せなかったのも確信に近付く一つでした。 恐らく、我々が捕まえたハイドゥン卿の護衛用人二人の元に残ったのも、彼等の身柄を引き受けに来るのがどちら側かを見極める意味も有って。 マッジオスさんは、態と残ったのだと思えました」


「そうかぁ?」


「えぇ。 正直、あの時に一番大事なのはハイドゥン卿で在り。 守らなければ為らないのは、ハイドゥン卿の持つ手紙。 手紙を意味を我々以上に知るマッジオスさんですから、彼が本当にあの場所に残る必要は無い。 我々の縛り上げは、逃げられる様な甘い縛り方では有りませんでしたから…。 ラインレイド様をどうしても助けたいのなら、何よりハイドゥン卿に従うのが筋。 ハイドゥン卿の王家に対する気持ちを聞いた時の彼の顔は、苦渋に満ちていた」


「確かに、辛そうだったな」


「多分は、裁判部が動けば、もう後に在るのはキキル氏の身の上に及ぶ危機。 キキル氏の一族に対する忠誠心と、貴族・役人として王家から禄を貰う忠誠心が軋轢を生んだのだと…。 ハイドゥン卿が裁判部に行くと決めた時、彼も覚悟を決めたと思います」


「誰かに仕えるっちゅ~のは、大変だのぉ」


「“猛牛”と異名を取ったマッジオスさんにしては、あの地下水路の倉庫に在る彼の全ては微妙に違っていました。 二心に責められて、その面影が成りを潜めていた様に思えます。 自分をフラックターさんの命を受け、強引に引きずって行った彼では無かった様な気がしたんです。 そして、今朝。 キキル氏の取り調べの直後だと云うマッジオスさんの顔・・、見ました?」


「あぁ。 なぁ~んつぅ~か、死人みたいだったな。 俺達が来ても悪態一つ無かったし、寝てんのかと思ったが…。 お前、あれで確信を表に出したのか」


「えぇ。 もう、捜査の手を加速させたいと思いましたのでね。 馬車の中で、捜査陣の方々が日和見を決めた事を聞いて、捜査妨害が起こると予見出来ました。 一般人にも被害出ているのに、綺麗で生温い解決なんか見たく無い。 痛みは伴いますが、世代交代する頃合いにも丁度いいでしょう」


「あ? 誰の?」


「キキル氏の家ですよ。 人柄の良い若い方に集約させた方が、今後の先行きとしていい。 一般の方があれだけ庇うジョエル氏です。 もう、腐った取り巻きは要らないでしょう。 それに、あのマリューノさんも少し考えが甘い。 自浄能力を出す・見せるってのは、自ら必死に為って遣るモンですよ」


「はぁ~、お前もコワいねぇ」


「自分に協力を仰ぐって事は、こうゆう事です。 事前説明なんかしませんよ」


「はは、お前がこの世で一番怖っ。 ま、薄汚い貴族をボッコするのは、嫌じゃないけどなぁ~」




二人が会話を終える頃。 少し遅れて顔色の悪いジャンダムとロダが降りてきた。 強ばった二人の顔は、必死で何かをこなすしか無いと云う気持ちの現れで。 配属された下級役人に対し、命令と捜査行動の説明をするロダは、喋る度に気合いと執念を込めたモノに変わる。


見ていたウィリアムとスティールは、もう誰にもこの流れは止められない気がしていた。


そして、同じくして外では…。


穏便に済まそうとマリューノを宥める裁判部の下層役人が、彼女に叩かれ、蹴られ、怒鳴られて居る光景が伺えた。 マリューノは、別場に在る兵舎と駐屯軍総司令部の元に向かう気だったらしい。 もう生温い解決など通用しない事を思うマリューノに対し、裁判部の下層達は“トカゲの尻尾切り”でどうにか成ると思っている。


何時もの女性らしさを消したマリューノは、


(ドイツもコイツも馬鹿ばかりだわっ!!! ハイドゥン卿の遣わした使者の応えに、王国の行政査察・諜報部が来たらどうするのよっ!!!!! それまでにっ、少しでも早く決着に向けた捜査をしないとっ!!)


と、ウィリアムの望む様に必死だった。




                         ★





さて。 捜査に本腰を入れたウィリアム達。


ウィリアム、スティール、ジャンダムの3人は、マリューノの出した馬車とは知らずに猛走する馬車を見送った後。 軍医病院へと向かった。 白樺の森の中の静養地の様な場所で、晴れた空の下に黒い屋根と灰色の壁をした大型の宿舎館の様な佇まいを見せていた。


その二階の一角3部屋に亘って収容されているのが、キキル元刑事官に暴行された者達だ。


先ず。


「何じゃとぉっ?! お前さんみたいな若いのがぁ、あの手当てをしたのかい?!!」


今日この施設に詰める医者は、ウィリアムが彼等を助けた時に被害者達を預かった医者であり。 検死を担当した医者とは別の、老練な医者だった。


一礼したウィリアムは、診察室で老人の医師と面会し。


「あの・・」


亡くなった二名の内。 被害者の老婆に雇われた二人の男で、顎の骨を砕かれた大男のソナーンについて聞きたかった。 重症だった様に見えたもう一人のオズワルドが助かり、何故にソナーンが亡くなったのかについてだ。


「おう、その事よ。 ワシは、お前さんの見立て通り。 どちらにも消毒効能の高い薬湯を飲ませ続けろと云うたのだ。 だがの。 あの亡くなった大男の方は、内蔵が傷ついて居っただろう?」


「はい」


「だから、熱い薬湯を苦しがって、看護役の若いのが少ししか飲まさなんだのよ」


ウィリアムは、ギュっと眼を凝らし。


「それでは・・」


老人医師も大きく頷き。


「おうよ。 汚水を気付けとして掛けられたもう一人の者とは別に、亡くなった二人は飲まされたもしたらしいのぉ。 その薬湯の消毒作用で苦しんだ所で、飲ませるのを抑えたら弱る一方じゃわい。 ワシからキツく看護役を叱ったが、助かる見込みも少なかったのも事実よ」


確かにその事はウィリアムも理解はしていた。 それではと、これから誰かでも面接したいとジャンダムと共に云うと…。


「そうじゃなぁ…。 話せるとするなら、酒場の料理場を仕切っておった夫婦のダンナの方。 それから・・、後は商人の太った男。 起きているなら、被害者に雇われとった男も出来るぞい」


「では、差し障りの無い程度で、面会をさせて頂きます」


「うむ」


こう行った医師だが、直ぐに言葉を繋げ。


「そう言えば、あの・・美人の娘さん。 ジュリエットとか云うたか?」


これには、スティールが瞬時に反応して。


「おうっ、どうしたっ?!」


「それがのぉ…」


両親以外では、数少ない親交相手だったハイドゥン卿の兄が死に。 その亡骸が先程引き取られたのだが。 あまり食事も取らずに、両親の看病をしていた彼女には、その刺激は強すぎたらしい。 嘆き悲しみ、そのまま気を失ってしまったとか。


「まっ、マジかよっ」


と、一人でジュリエットの元に行きそうなスティールだったが・・。


「じゃがの、昨日も来てた偉い役人さんに担がれ、休憩室に運ばれたんだが…。 ワシが具合いを診てる間に眼を覚まして、その役人さんにアレコレと云うんじゃよ。 他の言い寄ろうと来る貴族のバカ息子を怯えとるのにのぉ。 あの役人さんは、一体誰じゃぁ? ワシは長く此処に勤めるが、見たことない役人さんじゃ」


ウィリアムは、誰か解らず。


「あの、何方ですか?」


「いや・・、名前を忘れたわい。 何せ忙しくての。 じゃが、まだ休憩室に居ると思う。 顔を見たらどうじゃ?」


気になったウィリアムは、面会の終わった最後にそうすると言った。


病室に向かった一向は、目覚めている者達に事の次第を告げ。 ジャンダムを窓口として聞き取りを行なった。 だが、借りた二人の云う事は同じで、老婆の過去も知らないと云う。 更に、オズワルドと云う老婆に雇われていたあの男性も、苦しいながらに捜査に役立つならと質問に受け答えをしてくれた。 しかし、その内容に新しい情報は無かった。


一つ変わった点が在ったとするなら、キキル元刑事官に暴行された人達の見舞いにフラックターが来ていた事だ。


帰りがけの廊下で会った一同で。


「おう、どうしたよ」


と、スティールが声を掛ける。


廊下の階段近くで出逢ったフラックターは、神妙な顔付きで。


「手が空いたので、様子を見に来ました。 先程、ハイドゥン様が・・亡骸のお兄様を迎えに来まして。 もう一人の被害者の男性も、夕方には火葬されるそうです」


その話に、眉間にシワを寄せるスティール。 被害が拡大したと云う事に加え、やはりハイドゥン卿の兄が亡くなった事が暗い影と為る。


フラックターは、病室を見て。


「ジュリエットさんが、お世話に為り続けた方だそうで。 先程は大声で泣いて、気を失いました。 別場の休憩室に運びましたが・・。 下らない言い寄りをする方が時折来て、役人と悶着に成るそうです。 この後に及んで、何たる事か…」


ウィリアムが何か言おうとしたより先に、何故かスティールが不思議な事を言い出した。


「おい、フラックター」


「あ、はい?」


「お前、まだ忙しいのか?」


「あ・・、もう必要な情報は粗方集まりました。 数日様子を見て、アハメイルに戻ります」


「この事件の解決を見ずにか?」


遣る瀬無い苦笑の顔で、頭を摩るフラックターで。


「もう、そんなに期限が許されて無いんで・・。 ウィリアムさんとスティールの御陰で、義兄様も助かりましたし。 不本意では在りますが、後は任せます」


「そうか…。  んなら、お前もう少し此処に居ろ」


「え?」


聞き返すフラックターに、スティールは続けて。


「あのジュリエットって娘は、まるで免疫の無い初な少女みたいな娘だ。 俺が近寄っただけで、会った初日に泣かれそうに成った程だ。 だが、お前には支障無く話せるみたいじゃないか」


「あ・・、いやぁ~。 多分、煩い貴族の方々を追い払ったからじゃないかと…。 特別な関係では無いですよぉ」


と、フラックターが云うと…。


「ふ・フラックター・・・さん」


か弱い女性の声が、フラックターの後ろから聴こえる。


皆が声の方に向けば、白いワンピースドレスに身を包むジュリエットが居た。 階段に備わる木製の手摺りを頼りながら、ナヨナヨとした体を支えて居る。


「ジュッ・ジュリエットさんっ、どうして来たんですかっ!!!」


慌てて助けに向かうフラックターで。 フラックターが彼女の体を支えると、ジュリエットもフラックターを頼る様にして。


「父と・・は・母がしん・・ぱいで」


ウィリアム達が見ている中で。 無理して上がってきたジュリエットを叱りながらも、手助けをして病室に運び出すフラックターが居る。


その様子を見るスティールは、完全に呆れた顔で。


(ウィリアムよ、何の脈も無い様に見えるかぁ?)


不思議な絢を見る様なウィリアムは…。


(我々よりは、遥かに脈は在りますね)


腕組みして傍観するスティールは、


(やっぱりなぁ~。 悔しいが、任せるか)


と、云えば。


(悔しく無いですし、任せましょう)


ウィリアムは、まだまだ捜査は始まったばかりと歩き出す。


(うぉいっ、ウィリアムぅぅっ)


ジュリエットの両親が居る病室に入ったフラックターは、すぐには出て来なかった。


後ろ髪を惹かれる様にして軍医施設を出るスティールだが。 ジャンダムは、素直なままに。


「いや、いい感じでしたね」


ウィリアムは、丁度良いお守り役が出来たといわんばかりに。


「外から来た王子様ですかね。 此処で面倒が起きると煩いんで、フラックターさんが居るのはいい事です」


納得はしていないが、仕方無いと云う顔をスティール。


「フン。 次は、何をするんだ?」


朝日が随分と上がり、昼に近付く頃合い。 ウィリアムは、そろそろ金を借りた他の人々が来ると思うので。


「地下水路に有った担保の数々…。 あの持ち主に話を聞くとしましょう。 何か違う話が聞けるかも知れません」


スティールは、すっかりその事を忘れていた。


「そうか、ゾロゾロと来やがるんだろうなぁ」


処が…。


警察局部に戻り。 物品の受け取りに来たのは、召使いが殆どだった。 執事や小間使いが会議場に集まり、ウィリアムは少し細めた様な瞳をその人々に向けている。 警察局部2階の円形会議室には、北側に議長などが座る壇上席が在り。 南に向かって段々の横に長い一列の机と椅子が、やや弓形に沿う様に15列ほど続いていた。


「おいおい、ウィリアムよぉ」


借りた本人が誰一人も来ていないと聞くスティールは、これには驚き。 どうするのかと見てきた。


ジャンダムは、どうして良いか困ってしまい。


「ウィリアムさん、どうしましょうか?」


「さて、どうしましょうかねぇ」


呼び寄せるに当って、事情を説明出来る人物をよこす様にとは言って有る。 ウィリアムは、事情聴取をして。 その話の内容次第で返すか、否かを決めると言った。


ま、ウィリアムは、大方を予想出来た。 金に厳しい老婆は、本人でなければ金を貸さなかっただろう。 只、何が有るか解らないと、借りる側も身近な誰かを連れていった。 それが執事や小間使いだったと云う事だと。


一番南側の列の席にて。 ジャンダムを面接官として、聞き取りが始まった。


一人一人と借りた理由から、担保に入れた物品の確認作業。 そして、借りる際の経緯に付いて聞くウィリアム。


「あの・・、どうか我が主の奥様にはご内密に…」


ヒョロ細い執事の話では、借主の主は酒場の踊り子に貢ぐ金欲しさに借りたと云う。


次に。


「おいおい、早くしろよな」


と、偉そうな大男の小間使いには、証言が嘘なら捕まえて強行も厭わないと震え上がらせてから事情を聞けば。


「それが、ウチの家では主が浪費家でして・・。 来月に行う結婚式の費用すらままならない状態なんでさぁ」


と、泣き言を云われる。


それから次々と聞く話は、殺しに至るには程遠い情けない話ばかりだった。


スティールは、その下らない話に呆れ。 暇だと飛んでる虫を目で追ったりし。 ジャンダムは、情報として紙に書くのが無駄だと思う。



処が、その頃。



兵舎と簡易司令廟(砦の別称)の在る行政区の更に南方では、近年稀に見る緊迫した様子が在った。


「全軍ーーーーっ、直れっ!!!!!!」


交代兵としての余剰人員の全兵1500が、第一演習上と成る兵舎脇の広場に集められて居た。 夏の陽気で生い茂った芝生の上に整列した兵士が、木製の壇上へと注目している。


壇上には、立派な制服に身を包む兜を脇に抱えた将軍らしき人物が居て。


「良く聞いて欲しい。 この皆の中では、古株と成る者の記憶に在るかも知れぬが。 前任の騎兵部隊指揮をしておられたオルトリクス殿が、昨日にお亡くなりに成った」


と。


兵士の中に、軽い響めきが起こった。


壇上から左に眼を移せば、其処には俯き静かなハイドゥン卿などが居て。 壇上の裏に作られた階段と踊り場には、マリューノとその部下が控えて居る。


将軍らしき人物は、黙祷を捧げた後で。


「これから、此処に集められた者達は、我が命として裁判部の指揮下に従って貰う。 皆も知っていると思うが、逃亡したキキル殿が捕縛された。 亡くなったオルトリクス殿は、無実の罪をキキル殿に被され、酷い暴行の上に病気と為って死に至った」


集められた兵士達の顔は、見る見ると悲壮感の漂う引き締まったものと変わる。


将軍らしき人物は、兵士一同を見回してから更に続け。


「良いかっ!! 我々は王家の代理として、この街を護る為に赴任している。 貴族だけを護る為でも無ければ、遊びでも無いっ! 警察局部が混乱し、一部の捜査陣以外は命令違反をしておる。 今、秩序を維持出来るのは我々のみだっ!!! お前達任せられた任務は、王家に対する忠誠心を示す機会で在るっ」


と、マリューノを壇上に誘った。


裁判部に疑われたのは、警察役人だけでは無い。 ハイドゥン卿が中央に意見書を出している事から、軍部も一部兵士の反乱が在った事を咎められない様にする為には、もはやキキルの事件を遡及に解決する手助けをする必要が在る。


裁判部から来たマリューノは、預けられた兵士達を数隊の部隊に分け、裁判部下層、警察部の捜査陣、キキルに肩入れする者達への調査に差し向けた。 裁判部の上層部に居る数名の指揮官が出張って居て。 これは異例な捜査と成った。




                         ★




昼を大きく回り。 警察局部に居るウィリアム達が、受け取りに来た人々から一通りの聞き取りを終えた頃。


「ウィリアムさん。 これと言って手掛かりに成る様な話は無かったですね」


と、紙の束と成った情報資料を揃えるジャンダム。


「ファ~・・。 言い訳も聞きすぎると、何が何だか解らなくなるなぁ」


と、大あくびをしたスティールだが。


ウィリアムは、涼やかな顔で。


「まだ受け取りに来ていない方が数名居ます。 人の多い頃合いを嫌う方には、いい情報を持って居る方がいらっしゃるかも知れません」


“ホントかよ”


と、スティールが云う前に。


「あの、金を借りたカタを返して貰えるのは此処かい?」


低い男の声がする。


三人が会議室の入口に向けば、背の少し低い身なりの良くない男性が居た。 汚れの見える灰色のズボンには、膝に穴が見え。 ツバの広いアーメットハット(ハンチングに近いもの)は、穴が空いて綻びが窺えた。


ウィリアムは、小さい声で。


“来た”


と、云うと。


「此方にどうぞ」


前の列の席を薦める。


だが。 その訪れた男性は、


「俺は、金を借りてたんだがよ。 小口だから、担保は無い。 とにかく、婆さんの葬式にでも遣って欲しいと思って、金を返しに来た」


と、言い。 ズタボロに近い小袋を取り出した。


すると、ウィリアムは鋭く詮索を入れて。


「妙な事ですね。 一体、何方にこの返却作業の事を御聞きに為られました?」


ジャンダムの前に金の入っていると思しき小袋を置いた男は、ジロりとウィリアムを見る。


ウィリアムは、寧ろギラギラとするぐらいに真っ直ぐな瞳で。


「この返却作業は、借りたと解るご本人に直接伝わる様にして。 しかも、他言無用と釘刺しもしてます。 街中でこの事が噂に成っているとは思えないのですが…」


その次の瞬間。


パッと振り返る男性と、席を飛び出し机の上に乗るウィリアムが同時で。 足早に会議室の出入口に向かう男性より先に、机の上を走って男性の前を塞ぐ様に飛び降りたウィリアムが居た。


「あ゛っ」


逃げ去ろうとする男が驚く時。


「もう、事件を解決する緒は一つも逃しませんよ。 さ、貴方にあのお金を持たせたのは、何処の何方でしょうか?」


驚いた男は、後ろに逃げ道を探そうとするのだが。


「おっと、逃がさないぜ」


今まで聞く耳持たないと云った感じで暇を持て余して居たスティールが、既に男性の背後に迫っていた


「…」


その男は、観念したかのように逃げるのを止めた。 だが、黙秘を貫こうとして、座らされた後はジャンダムの問いに何も応えない。


しかし、金の入った小袋を手に、その取り調べを見ていたウィリアムが。


「あの被害者の老婆には、商人か・・貴族などの知人が居た様ですが」


と、唐突に質問すれば。


「………」


捕まった男は、明らかに焦りから視線を逸らす。


ウィリアムは、更に。


「貴方は、何処かの商人か、貴族にでも御仕えしている身分では?」


と、追い詰める様に、ゆっくりとした言葉で云う。


すると、男はウィリアムを睨み。


「お前・・、何処まで知っているんだ? 一体、何をする気だ?」


ジャンダムは、何がどうなったのか解らずに、何かを言おうとするのだが…。


(黙ってろ)


スティールが、ジャンダムの肩を掴んで体を引き寄せて言った。


ウィリアムは、男性の隣で据わりながら。


「さて・・、どうしましょうかねぇ~」


と、意味深な雰囲気で口を悪くさせる。 まるで、何かの犯罪でも企てている様な口振りなのだ。


その男の視線が、ウィリアムの視線とぶつかる時。 ウィリアムは、更に追い打つ様にして。


「穏便に済ませたいのなら、貴方に金を預けた人物の事を教えて貰いましょうか? それとも、ロチェスター家の大馬鹿者が大きくした騒ぎに乗じて、大掛かりに捜査して捜した方が宜しいですかね?」


「聞いて・・どうする気だ?!」


男が明らかに云うのを嫌がる素振りで。 その様子を見るスティールは、小声で。


(コイツはぁ~何か在るぜぇ)


ジャンダムは、嫌がる理由が何なのか全く解らず。


(です・・かね)


ウィリアムの高圧的な攻めは、男の口をこじ開けた。 男は、この街の一角に住まう伯爵から金を受け取り。 見舞金として届けに来たと云うのだ。


捜査の鬼と化すウィリアムは、もう休むと云う事を知らぬ。


「ジャンダムさん、話を聞きに行きましょう」


席を立つウィリアムを見て、


「あ、はい…」


と、行動力に呆れるジャンダム。


スティールは、ウィリアムがもう邁進の一手しか頭に無いと思う。


「………」


捕まる事を嫌って喋った男は、項垂れるしか無かった。


此処で、所を移し…。


昼下がりの午後。 嵐の後の晴天に恵まれた街中には、さしたる混乱は見られない。 行政区で起こる混乱は、今の所は街中へ“風の噂”程度に伝わるのみ。 キキル元刑事官が捕まった事も、酒場などで話す内容にはそれぞれ温度差が在り。 大事の様に話すのは、冤罪の被害に遭った者達ぐらいだろうか。


だが、容疑者として捕まった人々が暴行され。 そしてその内から二人の死亡者が出た事が噂に為って広がるのは、もはや時間の問題だろう。 兵士や警察役人の一部暴動は、嵐の御陰でまだ噂に成る事は殆ど無いが。 夜の時間にのみ蠢く無頼の男達や、冒険者より悪辣な面構えの悪党達が昼間に街を歩くのが少し目立つ。 何か、彼等を昼間に動かす力が働き始めて居るのは、その世界に通じた者なら敏感に感じる筈だろう。


ウィリアムに急っ突かれて剛胆に動くマリューノは、不穏な動きが目立つ前に解決出来るのだろうか…。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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