ウィリアム編・Ⅳ
冒険者探偵ウィリアム
それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 13
【急進展】
ウィリアムとスティールが戻った日は、何事も無かった。 強い風雨を伴った嵐も、夕方を目前にする頃には峠を越え。 夜の入りには、少し強い風は残ったが、夜空には美しい星空が広がった。
殆ど飲食をせず寝たウィリアムとスティールだから、夜にはガッツリと食べたいと思う。 だが、宿の一階に在る食堂は夫婦が入院して戻らず終い。 屋台などで買った物は持ち込みは可能で、酒は在ると云うから屋台の群れに行ったチームの面々。
ウィリアムは、個人的な意識からレイノスと云った男性を捜した。 彼は、この前の所と同じ場所で魚を焼いていた。
「こんばんわ」
ウィリアムは、焼かれる魚を覗きながら声を掛けた。
「あ」
レイノスは、洗って使いまわす安物の器に焼けた魚を乗せる処で。
ウィリアムは、
「続けて下さい。 今日は、お客として来ました」
「あ・・、はぁ」
魚を皿へと乗せたレイノスは、皿を持ってウィリアムに一礼だけし。 近くの長椅子に座る客に届けに行った。
ウィリアムは、横の生簀替わりの水瓶に入った魚を見る。 カンテラの灯りの下で、活きの良い魚が泳いでいる。
(新鮮ですね。 形や大きさを見ても目利きがいい)
戻って来たレイノスへ、ウィリアムは水瓶を見ながら。
「この黒いナマズと、その白いコイを塩焼きにお願いします」
レイノスは、深く一礼して。
「はい。 親方と奥さんを助けて頂いて、感謝ばかりです。 腕の全力掛けて、作らさせて頂きます」
「もう、知っておいでですか?」
魚を取るレイノスは、少し恥ずかしそうに。
「あの・・、言って無かったんですが。 自分の父親は、今も役人やっとりまして。 昨日の昼間に、貴方らしき方が親方や女将さんなどを助け出して下さったと耳に…」
「あぁ、そうでしたか」
「はい。 何でも、今はお嬢様が御看病を為さってるとか。 とにかく、早く眼を覚まして貰いたいと願ってます」
頷きを返すウィリアムは、レイノスの魚を捌く手を見た。
(上手い。 滑りを取ってから頭を切って、そして腹を捌くのに寸分の無駄も無い。 何処かのキチンとしたお店で働いてもいい腕だと思いますがねぇ)
捌いた魚を水で洗い。 直ぐに残る鱗を取って塩を振る。 加減良し、網焼きに入る手際もまたいい。
そんな光景を見るウィリアムは、
「レイノスさんは、何処かにお店でも持たないのですか? この屋台の群れの中でも、腕は良い方だと思いますが?」
と、問うてみる。
すると、照れたレイノスが。
「いえいえ。 私は、どうも商売の方まで上手く無い様です。 料理人としても半人前ですが、儲けようと云う処までいかないんです」
「なるほど」
ウィリアムは、見てからに人の良いレイノスに、それは確かに云えると思う。 魚を料理する値段を見ても、魚の値段と少しの手間賃しか取ってない値段だ。 他の大衆的な店に行っても、少なくても倍。 形式張った構えの店なら、数倍は取られても仕方のない感じもする。
正直、商売には少しの狡さが必要である。 サッパリと日々を生きる額を稼ぐにしても、物を選んで利益を増減して配分し。 そしてそれを客に売る。 一般の誰もが手に取る様な物には、利益を多く見ず。 金の有る者が欲しがる物には、少し貰う。 など、様々な考え方で利益を得る事を考えるのが商売の醍醐味でも在る。
だが。 このレイノスの様な人は、そうゆう利口さが無い。 職人肌で、もう最低限の金しか取らない。 いや、それしか思えない。 利口に立ち回る事が下手で、出来ない人間なのだ。
ウィリアムは、前金とばかりにお金を出し。
「宿で食事が出来ない今は、時折厄介に成るかも知れません。 何か、今度は変わった魚でも頂けると思い出に成ります」
と。
金を見るレイノスは、苦笑いを浮かべ。
「少し多いですよ」
「いえいえ、前は急に持ち込みましたし。 これから、魚については我儘言って見るかも知れません。 昼間までの嵐で、今日は仕入れも大変だったでしょう? 気持ちですよ」
「・・スイマセン」
実はウィリアムは、レイノスの屋台の側面に傷を見ている。 何かが風で飛んでぶつかったか、何かしたのだろう。 屋台は彼の店でも在る。 こうゆう物は、直ぐに修繕しないと、機会を見つけるのが難しく為る。 日々の忙しさに逐われるからだ。
レイノスは、宿を見てから。
「食事は、宿ですか?」
「えぇ」
「なら、リーフで包みますか?」
皿替わりに、大きな葉っぱで包む持ち帰りの形を提案されたウィリアム。
「それで。 お皿を再度持ってくるのも面倒ですからね」
「はい、承知しました」
ウィリアムとレイノスの他愛ない会話は、魚の焼き上がりと共に終わる。 宿に焼き魚を持って行けば、肉だの野菜だのの料理を皆が持ち寄って食べていた。 焼き加減の良い魚を食べて、ウィリアムはもう一休みグッスリ寝ようと思っていた。
が。
朝日もまだ昇らぬ明け方前。
急に男性陣の寝泊りしていた部屋のドアが叩かれた。
「済みません、済みません」
その声に眼を覚ましたのは、ロイム以外の全員である。
逸早く起きたウィリアムは、直ぐにベットから出て。
「はい」
と、ドアに向かう。
この時、寝惚け眼ながらスティールが無言で剣だけを掴んだ。
ウィリアムがドアを開ければ、其処にはランプを持った宿の従業員が立っていた。 鼻髭を優雅に生やした中年男性で、何時も夜勤業務に従事して対応する人物だった。
「あの・・、お客様。 下に役人の方が迎えに来て居りますが…」
「はいはい、解りました」
と、云うウィリアムへ、その従業員は更に。
「重要な話が在るので、昨日と同じお二人だけで来て欲しいと…」
ウィリアムは、それは心得ているとばかりに。
「解ってます」
と、だけ。
ウィリアムが素早く身支度を整えるのに合わせて。
「スティールさん、行きましょう」
「うぃ~」
立つスティールは、上着を着ただけの出で立ちである。
ウィリアムも軽装で、プロテクターなどは付けないままだ。
アクトルは、もうこうゆう事態を心得て来て居るので。
「生きて帰れよ」
と、ベットにゴロンと寝る。
ラングドンも、デリケートな事件で有る事は薄々に理解し始めているので。
「ま、何か有ったら言ってくれい…」
と、横に成る。
ウィリアムとスティールは、何事も無かったかの如く出ていった。
この時、アクトルは何か大きく物事が動きそうな予感がフッと過ぎった。 頃合いが頃合いだし、役人が迎えに来なければ成らない事態が起こったと云う事で在る。
(さて、どうなるやら…)
アクトルが寝るフリをしながら考える頃。 ウィリアムとスティールは、迎えに来た馬車に迎えられる。 しっかりした大型の黒い馬車で、中には何とマリューノが乗っていた。 スリットの深く入った赤いスカートに、長袖の白いブラウスを着る彼女は、初対面の時よりずっと女性らしい。
ゴクリと唾を呑むスティールに対し、先に乗り込んだウィリアムは鋭い眼をして。
「どうやら、進展が在った様ですね。 マリューノ様ご自身が、我々を直々に迎えに来るなんて」
マリューノの対面側シートに座るウィリアムは、静かに足を組み。 その脇に座るスティールは、マリューノの胸や見える肢体を見ながらチョンと座った。
「出していいわ」
外に声を掛けたマリューノは、優雅に自身も足を組み。
「御察しの通り。 一杯進展が有りすぎて、どれから言っていいか迷うぐらいよ」
そのクールで少し意味深な言い方に、ウィリアムは善し悪しで進展が在ったのではないかと思う。
「いい進展・・だけでは無いですか?」
「えぇ」
素直に返すマリューノの言葉で、スティールも顔を本気にさせた。
一番の悪い進展と云うのは、キキル刑事官の取り調べを受けた数人の内、2人の人物が亡くなったと云う事である。
一人は、殺された老婆に雇われていた知恵の回らない大男の方だ。
そしてもう一人は、ハイドゥン卿の兄で有る。
驚くスティールは、ハイドゥン卿の身内と聞いて。
「貴族のオッサンには、もう知らせたのかっ?」
腕組みをして、非情なさめざめしさを見せるマリューノは、只一つ頷いて。
「貴方達を迎えに行く前に、その訃報を知らせて来たの」
それを聞いたスティールは、クっと横を向き。
「クソったれっ」
と、小声で呟く。
マリューノは、ウィリアムに眼を向けて。
「君が手当てした御陰で、他の人は持ち直してるみたい。 でも、その死んだ二人は、キキルに問い詰められて事実を曲げる供述を強要されても、頑として断った中の二人みたいね。 雇われの二人は、被害者の老婆が悪辣で高利を貪る金貸しだと供述しろと強要されても、ボロボロに為ってまでも応じず。 オルトリクス氏は、捕まった夫妻に対する偽りの讒言を強要されたりしても、暴力に屈する事なく応じなかったと…」
キキルの仕業で在る事から、スティールは怒りを滲ませた力むままに。
「こんなの在りかっ?! いくら役人で貴族だからってっ、許される事じゃ無いだろう?!! 何で・・何で死人が出るっ?!!!」
すると、ウィリアムが。
「スティールさん、仕方無いですよ。 恐らく、病気の種類はジェリーさんの命を奪ったのと同じ、感染症だと思います」
“ジェリー”の名前に、スティールは愕然として。
「なっ・何だって?」
「洞穴や地下と云うのは、非常に湿気の逃げ道が無くなるのだそうで。 自然の岩の洞窟では、水が汚水として蟠る事が在るのだそうです。 昨日に聞いた話では、キキル氏は暴行して気を失った人に、その染みでた汚水を気付け変わりに掛けていたとか。 傷口から汚れや黴菌が入り込み、体を蝕んだのでしょう。 感染症は、酷いと半日で命を落とす場合も在ると云いますから」
スティールは、真っ直ぐに王国に忠誠を誓い。 任された仕事に対して、誠実に向き合っていたハイドゥン卿が可哀想に成った。
「これが・・あの真当な貴族の人の兄貴が受ける現実ってか? 法もクソも無いなら・・、俺がキキルとか云う野郎を斬って遣るのに・・。 クソッタレがよっ!!!!」
マリューノは、チラっとだけ殺気立つスティールを見ながら。
「軍医の人が云うには、もう手遅れだったみたい。 二人とも随分と高熱を出して、痛みと熱に苦しんだそうよ。 傷口の色が黒く変わって、診た事の少ない症状だったって」
ウィリアムは、その話に益々冷めた顔付きへと変貌して。
「そうですか・・。 で、他の進展も御伺いしましょうか」
「・・そうね。 先ず、キキルが捕まったの」
ウィリアムは、眼を細めるだけ。 だがスティールは、怒りが燃え上がる様なキツい眼に変わった。
マリューノは、あくまでも淡々とした口調で。
「これまでの事態から踏まえるとお粗末な話だけど、君の提案が思った以上に上手く行ったの。 ジョエル様への説得が成功して、彼の直筆の書簡で裁判部にキキルを訴える訴状を出して貰った訳。 だから、キキルを庇う人が激減したのよ。 密告から、商業区の片隅に在る閉店された飲み屋に潜伏するキキルが見つかって、深夜頃に兵士に捕まった訳」
それを聞いても、ウィリアムは他人事の様に。
「そうですか・・」
と、流す様に云うだけ。
だが。
「まだ、有るのよ」
そう話を繋げるマリューノに、顔を向ける二人。
「ジョエル様から直々にご指名を受けて、正式にキキルの捜査はラインレイド卿が行うわ。 老婆の事件も彼が担当するから、君も顔を出して欲しくて迎えに来たの」
聞いて顔を上げたウィリアムは、まだ遠くの空が少しだけ白むだけの夜空を天井のガラス窓に見ながら。
「明けてからの筈が、キキル刑事官が捕まった事で早急に成った訳ですか」
「えぇ。 今頃は、ラインレイド卿も警察局部に来ているかも。 頭の良い方だから、君と相性は悪くないと思うわ」
顔を戻したウィリアムは、長い付き合いをする訳でも無いから、それは重要な事では無いと思う。 だが、新しい捜査主任が決まる訳だから、もう自分達は必要無いかも知れないと思った。
死人が出た事で無口に成ったスティール。
今後の展開がどうなるか見極めようと思うに至るウィリアム。
二人が黙った事で、マリューノも形式張った話を続けた。 キキルの弟で在るジョエルは、兄・キキルに対する全ての擁護を止める様に周りへと云ったそうだ。 特に、ハイドゥン卿の云っていたクッシャラン卿に対しては、直に行って謹慎を言い渡したらしい。
これは、ウィリアムとスティールも驚きだったのだが。 街の中で、役人や兵士や街の住人がキキルを庇うのは、ジョエルの人間性や貴族としての器量の大きさが有るからだそうな。 だが、商人や貴族の古い旧家がキキルを庇うには、もっと隠された別の理由が有りそうだと。
重苦しい話が終わる頃。 馬車は、そのまま警察局部の厩舎へと入って行った。
裁判部に戻るマリューノは、厩舎で降りたウィリアムに甘い言葉を囁いてから、用人と云うか僕の様なあのサリバンと大男を従えて先に消えた。
厩舎で降りた所で、少し立ち話をするウィリアムとスティールの意見は、深入りし過ぎず引ける所で引こうだった。 そう云う意見に至る一番の要因としては、捜査体制が大きく入れ代わるだろうから、無理に突っ込んで出しゃばる必要は無いと云う事で有る。 フラックターに迷惑を掛けるのが、一番困る事だと互いに認識し合った。
心理的な意味合いで正直な処。 ウィリアムも、スティールも、キキルと市街統括ジョエルと云う貴族の兄弟喧嘩の様な話に、ある種の醒めが来た。 フラックターの義兄が復帰するし、捜査の手が足りるなら無用に付き合う事も無いと思っていた。 死人が出た事とキキルが捕まった事で、少しやる気が失せた事も在るのだが。
そんな二人がエントランスロビーに入る。 昨夜は、嵐と似た大騒ぎが在った所で在る。
すると。
「ウィリアムさん、来て下さいましたか」
聞き慣れ始めた声に顔を上げる二人の視界に、あの昇格したジャンダムが見える。 大階段の二階踊り場に居て、二人を見つけると降りてきた。
ロビーを突っ切り大階段を上がって行く二人と、降りてくるジャンダムが落ち合ったのは、途中の上がった方から一つ目の踊り場付近。
少し力の無いスティールが先に。
「おいす。 最悪な方向に向かってるな」
と、被害の度合いを含めて云えば。
頷いたジャンダムの顔は、結構な緊張感の逼迫した様子だ。
「ウィリアムさん、是非にラインレイド様に御面会下さい。 どうか、このまま老婆の事件だけは最後までお願いします」
ウィリアムとスティールは、互いに見合って。 先に、スティールが。
「おいおい、謹慎させられてたフラックターのアニさんが復帰出来たなら、俺達が協力する必要無いだろう? 優秀な捜査陣と云われる一番の部署なんじゃないのか?」
ウィリアムも。
「フラックターさんは、何と?」
と、聞く。
だが。
ジャンダムは、ロビーを走る役人を見ながら。
「キキル刑事官が捕まり、只今取り調べ中です。 ですが、裁判部から今までのキキル刑事官の行なった事件捜査の再調査命令が出まして。 陽が上がったらもうウチの部署処か、他の部署の人を借りても足らない程に忙しく成ると思います」
腕組みしたスティールは、まだ今一事態を把握してないので。
「そんなに忙しく成るのか?」
「当たり前ですよっ。 もう、裁判部には、今までのキキル刑事官が挙げた事件判決に対する不服申し立てが多数届け出されたそうです。 キキル刑事官が担当した事件は、その総数が千を超えます。 その内、8・9割の再調査命令が出そうな勢いなので、もう我々だけでは無理かも知れません」
スティールは、昨日の朝方にウィリアムの云った事が本当に成ったと思った。
「おいおい、ウィリアムよぉ」
解り切っていたウィリアムは、涼しげに。
「の、様ですね」
ジャンダムは、二人に続け。
「その都合で、各部署に配属されてない下級役人が100人体勢で、一時的にその捜査に加わるそうです。 アリマ長官の指示でして。 処が他の部署の主任は、キキル刑事官の家に楯突きたくないと日和見を決めたらしいんです」
ウィリアムは、そんなにキキル刑事官が怖いのかと疑問に思い。
「ですが。 ジョエル様と云う市街統括様が捜査に許可を出した訳ですから、その捜査をする方がいい様に思われますがね。 何か、参加すると都合の悪い事でも在るんでしょうかね」
「さぁ・・」
この返しに、ウィリアムは鋭く。
(もしかして、他の方々も所々で同じ穴の狢なんじゃないでしょうかねぇ)
と、思う。 過去の洗い出し捜査に着手する事を拒む理由が有るとするならば、自分に“身に覚え”が有るからだと考えるのが早い。
ジャンダムの案内で、フラックターの居る階の更にもう一段上の階に連れて来られた二人。 黒い剣の先の様な扉の前にて、ジャンダムがノックをし。
「主任、冒険者のお二人をお連れ致しました」
すると、早い返しで。
「直ぐにお通ししなさい」
と、男の心地よい声が響き。 ジャンダムが手を掛ける前に、内から扉が開かれる。
ジャンダムは、右に身を選けさせて。
「さ、お先に」
ウィリアムとスティールは、見合ってから肩を並べて中に入った。 落ち着いた部屋の中には、幾つもの机が左右の壁に並び。 其処に座る役人達が此方を見てきていた。
ウィリアムは、机の合間や、空いた間の壁際に本棚が置かれ。 本では無い紙がギッシリと詰まっているのを見た。
(資料ですか・・。 何となく、捜査をする雰囲気が在りますね)
中に踏み込んだ二人の行き先に、白い外地に赤い内地をしたマントをする将校の様な人物が立ちはだかった。 背も高く、堂々とした威風を感じられる人物で。 その顔をシャンデリアに灯る灯りから見たスティールは、何とも印象に残るいい男を見て。
(なぁぬぅっ?!! 俺よりい・・、いやいやっ!!!!! 俺と並ぶいい男が此処にもっ?!)
中年から初老を迎える前の落ち着いた男の良い雰囲気をそのままに、見てからに貴族らしい細面のいい男と云うか。 貴公子だった若き頃の香りを残すその人物。 ウィリアムとスティールが前に来ると、デスクを背にしたその人物は、その場に身を屈めた。
軽いざわめきが、部屋の中に居る役人から上がる。
その行為に眼を見張ったのは、ウィリアムとスティールも同様だ。
部屋の中で一際大きいデスクの脇には、眼を瞑ったマッジオスも居る。
膝を折ったその人物は、頭を垂れたままに。
「この警察部捜査陣の一翼を預かる主任、ラインレイドと申します。 この度は、我が義弟のフラックターの頼みを受け、我が身に被せられた汚名を拭わせた事に感謝を述べると共に、非礼を詫びたい。 一貴族ながら自分の不手際から疑いを生じさせ、このような混乱に至る要因を作ったのは、この私に大きな一因が有る。 君達の優秀さと、その行動の迅速さに敬意を評したい」
ウィリアムは、この人物がフラックターの義兄だと解り。
「その気持ちは、解りました。 ですから、身を元に戻して頂けませんか? 我々は、今後の事を御伺いに来たまでです」
ラインレイドは、ゆっくりと身を立たせた。 そして、ウィリアムとスティールを用意させたソファーに座らせる。 自信は、身をそのままに。
「マリューノ様から昨夜に、警察部へ裁判部直轄命令が出された。 今の我々は、実質は裁判部の指揮下に有る。 私に下された命は、あの金貸しの老婆の事件解明と、キキル元刑事官の関与の有無の実情調査。 そして、キキル元刑事官の過去に行なった裁判の洗い出しである」
ウィリアムは、なるほどを頷く。
スティールは、思うままに。
「んで? 俺達を此処に呼び出した理由は?」
それには、後ろに控えていたマッジオスが。
「お前達を、マリューノ様がよこしたまでだ」
と、云うのだが。
ラインレイドは、脇に顔を向け。
「マッジオス、少し黙って居れ」
と、言葉を鋭く云う。
「・・は」
マッジオスは、抑える様子をそのままに答える。
顔を前に戻すラインレイドは、
「済まない。 だが、彼が云ったのは事実でな。 君達をマリューノ様が迎えて、連れてきたのだ」
と、マッジオスの言い分を肯定する。
ウィリアムは、もう自分たちは携わる必要は無いと感じ。
「では、我々は此処までで宜しいのですね?」
と、了承を得ようとした。
しかし。
「いや、出来るなら最後まで協力を頼みたい。 私としても、君達を呼ぶ事に成っただろう。 マリューノ様の眼は、先を見透かして居られる。 だから、君達を連れてきたのだ」
ウィリアムは、スティールと見合ってから。
「と・・、云いますと?」
深々と頷いたラインレイドは、口を緩やかに開き。
「・・お恥ずかしい話ながら、この一件に対して他の捜査陣は日和見を決めました。 実質で捜査に動くのは、我々の捜査陣と急に配属される下級役人です。 捜査に手間取り、この捜査は非常に長引くと思われる。 正直、我々は老婆の事件に関して、君以上に深く捜査出来ないと思われる。 地道な捜査は、我々の主体で得意とする所だ。 だが、そこから上がってくる証拠を分析して、鋭く捜査を進める行動力と洞察力を持った者が居ない。 だから、君に老婆の事件に協力を申し出たい」
スティールは、ウィリアムなら出来ると思いながらも。
「お役所の其方は、それでもいいンすか?」
「構わぬ。 捜査をするのに、時間の新鮮さを伴って関わった者が有利なのは明らかな事だ。 我々より、君達の方が深く事件に突き込んで居る以上、我々が後を引き継ぐだけしても、同じ線に辿り着くまでに数日を要すだろう。 私の腹心の者と、配下の者二人。 応援で来る役人三名に、最初からこの事件に携わるジャンダムも遣わす。 どうか、私の代わりに事件を解決して欲しい」
スティールは、リーダーで有るウィリアムの気持ち次第だと思い。
「ど~するよ」
と。
すると、ウィリアムは直ぐに。
「キキル刑事官が集めたものも含め、地道な聞き込みで集められた証言は貰えますか?」
ラインレイドは、勿論と。
「当然だ」
「では、快方に向かった違法捜査の容疑者に対しての面会の権限及び、貴方の持つ命令権の一部をジャンダムさんに預けて頂けませんか?」
これには、ラインレイドは意味が理解出来ず。
「ジャンダムに?」
「はい。 彼は初動の捜査から携わって居ますし、役人でも有る。 我々だけでは動き回るのは、混乱を招く恐れも在ります。 誰か、貴方の命を代行出来る権限を持つ者が必要です」
「マッジオスの後輩で、副主任の者ではダメか?」
「良く考えて見て下さい。 今回は、政治や金権の絡む権力層も巻き込む事件に発展して居ます。 捜査陣の内部には、何処の誰が取り込まれているか解らず。 また、その責任は重い。 無名で、力関係に関係の無い真っ直ぐな人物が、その命令権を預かるに相応しいと思います」
「一時的に、と云う事か」
「はい。 他の捜査陣が日和見を決めたのも、自分から見るとおかしいです。 ジョエル様と云う市街統括様から命令が在った上、王国の代行として弾劾の任を預かる裁判部の直々に因る命令も有ってなのにも関わらず。 名誉より優先したのが見物…。 その裏に有るモノは、もしかすると…」
此処まで言われれば、ラインレイドも敏く気付き。
「あ、自分達の保身の準備か…」
「えぇ。 キキルと云う方だけで無く、裁判部の最下層と警察局部の捜査陣のナアナアな癒着部分が有るのでは? キキル刑事官が幾らジョエル様の兄でも、裁判部が略式裁判の中身を確かめない訳は有りませんし。 無実の者を簡単に罰するのは変です。 捏ち上げるが捜査陣に在るなら、捏ち上げを認める側も必要に為る・・とは思いませんか?」
少し下限に俯くラインレイドの口からは、
「確かに・・思い当たる節は……在る」
と、出た。
ウィリアムは、更に加えて。
「そうなら、今後の捜査に妨害も有り得ます。 もしもの為に、ハイドゥン様とは連絡を取り合った方が宜しいと思いますよ。 あの方なら、そうゆう曲がった事を嫌う方ですから、良い協力関係に成れると思います」
「・・ハイドゥン卿。 今回は、謝りきれぬ事態を招いてしまった。 兄上殿が、あんな汚い捜査の果てに死んでしまったのだからな…。 どう謝っても、償い切れぬ」
すると、スティールが。
「でも、遣らなきゃ仕方無いだろう? あの貴族サン、命懸けで此処まで運んだんだぞ? 御宅が本気で償う気持ちで捜査に臨まないと、他に誰がするんだよ」
グっと強く眼を見開くラインレイドは、視線をそのままに。
「解って居ります。 今回の一件で、辛い目にばかりあわせて来た娘を抱き留められた。 親として、一貴族として、そして国の役人としてこの乱れを見過ごす訳にはいかない。 この一命を掛ける気持ちで、任務に当たります」
スティールは、この人物が覚悟だけは握り締めていると感じ。
「なら、婆さんの事件は、ウィリアムに任せな。 コイツなら、どんな事件でも解く。 御宅が不正の洗い出しに専念出来る様に、片方は俺達が預かった」
苦笑いのウィリアムだが、捜査はする気だったので。
「ま、お引き受け致します。 ですが、過分な期待は為さらないで下さい。 それから、フラックターさんにも感謝を。 自分が動いたのは、彼の真っ直ぐな熱意が有っての事ですから」
「そうですか、それは有り難い。 不肖な自分ですが、あの義弟の存在は大きい。 再度、後で礼を述べます」
少し体勢を崩すスティールは、
「ホントだぜ? アイツが俺達を頼らなかったら、先がどうなってたか。 ハイドゥンのオッサンも、自分の手下にやられてたかも知れない。 フラックターは、姉ちゃんも大切だから必死だったんだろうがな。 アンタ、貴族云々抜きにして果報者だ」
と、対等な言い方をする。
マッジオスなどは、それにムッとするのだが、ラインレイドは只々頷くばかりで。
「妻からも聞きました。 本当に、私は果報者ですな。 せめて、この一件に全力を賭し、何かでも返さなければ…」
ウィリアムとスティールは、互いに見合い。 一度萎えかけたやる気を取り戻したお互いを確かめあった。 やはり、この老婆の事件だけは、最後まで遣り抜く決意を固めたのである。
フラックターや、彼の姉がラインレイドと云う人物を助けたいと思うのも解る。 身内で在ると云うのもそうだが、形ばかりで威勢を周囲に張り散らす人物では無かった。
こうして、夜明けと共に捜査は始まる。 ウィリアムが、たった数日で事件を解決するとは、この時は誰も想像して居なかったのは確かだった。
どうも、騎龍です^^
遂にウィリアムⅣの第一部も佳境に入ります。 第二部、第三部は冒険的内容に成るので、冒険者奇譚で有る以上は、熱の入る作成をしたいと思ってます。
ご愛読、ありがとう御座います^人^