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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
138/222

ウィリアム編・Ⅳ

                     冒険者探偵ウィリアム


                  それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 11



                  ≪嵐の中の明け方 混乱は続き…そして≫




裏切りを先読み出来たウィリアムの御陰で、先ずは最初の面倒を片付けたと云う処。 だが、まだまだ本当の解決は出来ておらず。 何より、この次をどう動くかが問題だ。 老婆の残した遺産の仕舞われる倉庫内で、助かった一同は会議に至っていた。


ハイドゥン卿も、マッジオスとその対応に困った。 縛り上げられた兵士や護衛用人を見るマッジオスは、大いに不安な顔で。


「ハイドゥン様の回りでこの状況ならば、街中では誰が敵で誰が味方か解りませぬな」


渋い顔のハイドゥン卿は、猿轡をされているスミニクやラディオンを見て。


「ま、この二人はな、元々は街の重職を担う政務官の護衛を任されていた警護兵に属していた。 ワシが募集した護衛用人の仕事に引き抜いた形だから、この反抗は納得が出来ないとは思わぬ。 だが、兵士の方は由々しき事態よ。 この兵士は、皆が中央から派遣された駐屯兵で、この街に長居する逗留組み。 それがこうも反抗に加わるとは、少し驚きだ」


急な衝撃に、頑丈な宝物箱に腰を卸すハイドゥン卿は、頻りに顔を撫でている。 緊張と今後の展開が不透明な故に、どうしてよいやらとかなり困っているのだろう。


其処へ。


「ど~やら上も味方は少ないぞ」


スティールの声がした。 ウィリアムとスティールは、スティールに槍を突き込んだ兵士を締め上げていた。


対応の見通しが出来ないフラックターは、入ってきたスティールへ直ぐに。


「どうゆう事ですか?」


スティールの後からは、ウィリアムも入ってきて。


「被害者の家に残した兵士の内、見張りで先に来ていた方はこの事態を知らないそうです。 ですが、御者を務める二人も同じく。 また、巡回捜査に加わる兵士の2・3割は、反乱に加担していると…」


それを聞くマッジオスは、キキル刑事官が逃亡してから半日足らずでこの状態は異常だと。


「何と云う事だ・・。 こんなに早く、誰が反抗を纏められるのだろう」


すると、心当たりが思い浮かんだハイドゥン卿が。


「うむ・・おそらくだが、駐屯軍地元補佐官のクッシャラン卿だろう。 彼の一族は、まるでロチェスター家の番犬の様な立ち位置だ。 ワシは、年の離れた兄上が家督を継いでいた身だったからな、若い頃から中央に出て軍人一筋だった。 長い事この街に居なかったから、今はまだ出戻りの様なモノよ。 何かにつけ、彼が私の補佐をする事が多い。 この捕まえた者達辺りから、情報が漏れていたと云えるな」


ウィリアムは、ハイドゥン卿が内情に詳しそうなので。


「その方は、そんなに権力が有ると?」


ガクリと頷くハイドゥン卿で。


「クッシャラン卿はこの現地にて、送られる物資で賄えない軍の消耗品や食料を供給する現地補佐官なのだよ」


「なる程。 地元の商人にも顔が利き、尚且つ買い付けの都合を付ける意味からも街の行政担当なんかとも昵懇なのですね?」


1か2を話して、9・10を理解したウィリアムに、ハイドゥン卿は眼を見張り。


「良く解ったな、その通りだ。 クッシャラン卿は、この街の貴族や商人とも絆が深い。 キキルの父親も、そして現当主のジョエル殿も彼を遣って嫌がらなかった」


ウィリアムは、実に不利な状況だと認識し。


「う~ん。 強力な権力に頼むか。 若しくは、キキル氏をどうこうするより先に、弟のジョエル様と云う統括に事態を告げて諭すしか無い状況ですねぇ」


すると、ハイドゥン卿はウィリアムへ。


「のう、ウィリアムよ」


考えるウィリアムは、ドア前でハイドゥン卿に顔を向けた。


ハイドゥン卿は、スティールとウィリアムを交互に見た後。


「ワシに、一つ考えが有る。 危険なのだがな・・・。 どうかその・・、警察局部に戻って貰えないか?」


ウィリアムは、誰が敵で誰が味方か判らない場所に戻ると聞き。


「もしかして・・、奥の手って処ですか?」


グっと重々しく頷くハイドゥン卿で。


「・・そうだ。 此処まで至っては、もはや裁判部に委ねるしか方法が無い。 キキルのしでかした事を理解した時は、力の一部を行使して貰おうと思うた。 だが、この乱れはいかん。 これでは、何れリオン王子の視察時に、何か良くない事が起こるか。 噂や密告から中央に知れ渡り、王命でこの街の貴族が大掃除を喰らう。 普通なら、それも仕方無かろう。 だが、この街は国境都市としては、微妙な協力関係に有る。 余計な恨みは、後に良くない事へ繋がるからと控えておった。 だが、此処で裁判部に任せなければ、王家の示す法治の理が守れん。 もう、貴族の絶対社会は無くして行かねば…」


ウィリアムもスティールも、貴族のハイドゥン卿からこんな言葉が出るとは思わなかった。


同じく貴族の身で在るマッジオスは、ハイドゥン卿に飛び付く様な物言いで。


「ですがっ、貴族を排除するような事が必要でしょうか?」


すると、ハイドゥン卿は薄暗い中でも眼を鋭くして。


「良いか、マッジオス殿。 我々貴族は、思いあがり過ぎた。 その証拠に、街に生きる者の命より、貴族の存在が重視される事が多い。 正直、貴族が居なくても街は存続し、人は繁栄するのだ。 アハメイルに居ると、それが良く解る。 日々の生きる自由を得る者は、貧しくとも健やかだ。 その暮らしを、我々が権力で牛耳って居た時代、どれだけの裏切りと犠牲と秩序の乱れが起こったか…。 王と王子に拝謁し、セラフィミシュロード様に拝謁しても、民を労わる事を第一とする政治を心掛けて居る。 悪事を行う悪しき者は裁き。 普通に生きる者を護れないなら、貴族など必要無い。 兄が怪我をして、その全てを助けたのは周りの一般民だ。 貴族の誰も、助けてくれなんだ。 ワシは、王に忠誠を誓い。 王が説く法治と民の繁栄こそが、これからの平和の証だと信じて疑わん。 その道をねじ曲げる者有らば、凡ゆる手段を講じてでも王の説く政道を助くる。 その為ならば、この身も捧げる覚悟は出来ている」


その話を聞くスティールは、ウィリアムへ。


(真当な貴族ってのも、意外に多いな)


と、耳打ちすると。


(一部の汚い方が、逆に目に余るんですよ)


と、返ってくる。


スティールは、内心で。


(違げぇねぇ)


覚悟が聞けた此処で、ウィリアムは敢えて。


「行くのは構いませんが、この頃合いに裁判部の方が居ますかね?」


と、現実的な話に移る。


マッジオスは、何も言えずに黙るのみ。 ハイドゥン卿の話に、何か思う処が有るのだろう。


覚悟を決めた様子のハイドゥン卿は、少し疲れた体をゆっくりと立ち上がらせ。


「どの部局も、誰か役人は残る。 裁判部の最高裁判官の御3方は居ないだろうが、その遣いは居る筈。 先ずは、其処に連絡を着けねば」


スティールは、縛られる者を見回し。


「しっかし、コイツ等は放置しても構わんの?」


ハイドゥン卿は、それが目下の面倒だと思う。


「さて・・、誰を残すか。 それとも、残さず行くべきか…」


フラックターは、完璧に縛られているので。


「なら、自分が残りましょうか?」


皆の目が、フラックターに移ると。


「バカを云うな」


と、マッジオスが。


「え?」


ポカンとしたフラックターを無視する様に、マッジオスは立ち上がったハイドゥン卿を見上げ。


「此処は、私が残りましょう。 フラックター殿は、アリマ長官が指名した指揮官で在り、共に行くのが良いと思います」


ハイドゥン卿は、それを許諾する。


「だな。 では、上に戻るか」


戻ると決まったからには・・。 スティールは、ウィリアムを見返し。


「よし。 こうなったら、とことん付き合うか」


「ですね。 では、先ずは身近な処から清掃して行きましょう」


ウィリアムとスティールは、此処から素早かった。 二人で先行し、ジャンダムと先に見張りに来ていた兵士の二人と合流。 反抗に加わっている兵士を呆気なく捕まえてしまった。


更に、嵐の中を馬車へと戻り。 ジャンダムともう一人の兵士を囮にして、馬車2台の御者も奇襲。 他に人も居ないので、直ぐに馬車までは取り戻せた。


更に。 ジャンダムが後続の馬車を操り、その車内には捕まえた兵士二人とスティールが。 先頭になる馬車には、ウィリアムが御者に成り。 フラックターとハイドゥン卿が乗る。 一緒に来た兵士は、ジャンダムの脇に座っていた。


既に朝方に向かう空は、一部の暗雲がうっすらと白み始めている。


さて。


幾らウィリアムが賢き者でも、その見通せる範囲にも限界は有る。 目の前で起こった事を観察して、先を予見する事は可能だ。 だが、見てない所で起こる事など、どうしても無理である。


実は。 嵐の様な混乱は、寧ろ警察局部にこそ在った。


深夜の街の巡回警備から戻る隊には、兵士と警察役人が合同で組み込まれていた。 所が、彼等が巡回から戻ると広いエントランスにて、総務部の役人ロナロイスが勝手な命令を出す。


“ハイドゥン卿に疑わしき在り。 これより、兵士と役人は別に行動す”


警察局部に残る者では、高官に当たるロナロイス。 その発言は、中途半端な効力と成り。 役人や兵士の中には、アリマ長官やハイドゥン卿が戻るのを待つと云う者も出れば。 全くロナロイスの命令に従うと云う少数派も出た。


処で。 役人の隊を纏める者は、アリマ長官が残っているのでその裁可を仰ぐとロナロイスに言った。 これには、ロナロイスも困る。 言い合いを起こしたロナロイスとその隊長の間で、遂に大声で口論が起こった。 大階段の前に仁王立ちするロナロイスに向かって、普段命令を下す事の無い人物が勝手に指揮をするなら、アリマ長官か、誰か指揮権を与えられた責任者が必要だと云う役人の隊長。


ロナロイスがキキル刑事官と仲が良く、今回も妙な火消しに動いているのを快く思わない役人が多い。 キキル刑事官の独断で、昼間の様な騒ぎが起こり。 アリマ長官は、正しい命令巡視と透明な確認作業を徹底する様に強く云った。 その矢先の朝方で、明らかでは無い誰の命令かも解らない様な責任者変更など、役人達でも飲み込めないとの声が多数を占めた。


フラックターの存在を含めて、アリマ長官の任命した責任者は何処に行った・・? と、云う事に成った。 ロナロイスも、勝手に自分が任命を受けたとまでは言えず、口論は激しさを増す。


次第に、兵士や役人100名近くの間で、キキル刑事官の捜査と。 ジョエル統括に対する処遇についての口論が起こる。 今まで役人の面汚しで在り、貴族の地位をイイ事に生き延びたキキル刑事官を詰る者や罰する事を望む声が多数を占める中で。 この街の行政に長らく携わったロチェスター家の功績と重要性を問う者も。


夜も明けきらない朝方に、警察局部のエントランスロビーで物凄い喧騒が湧き上がって居た。


そして。


「貴方では話に成らないっ!! 自分は、失礼ながらアリマ長官に目通り願って来ますっ」


と、ロナロイスの脇を通り抜けようとした貴族出の若者隊長を、


「ま・待てっ! 私はっ、これでも総務の部を預かる者だぞっ?! 言う事を聞けっ」


と、引き止めようとしたロナロイスは、自分の手を振り払った隊長に焦り。 その感情に任せて殴り付けてしまった。


「うわっ。 な・・何をするっ!!!」


階段に倒れてから直ぐに顔を上げた若き隊長は、理不尽な暴力に怒りの眼を向けた。


思わずの咄嗟に出た手だ。 ロナロイスも慌てて謝る。


「すっ、すまぬ。 思いより手が先んじてしまった・・」


と、殴った若者を助けようとするのだが…。


「汚い手を掛けるなぁっ!!!」


殴られた方は爵位家血筋の分家の貴族で、ある程度の出世は見込まれた者だ。 しかも、ハイドゥン卿から今回は厳しい詮議が行われるから、長官の云う事をしっかり聞く様にと諭され。 自発的に巡回に加わって兵士と共に行動した改革思考の強い人物。 ロナロイスの様な上手く世渡りする者が、何よりも嫌いな性格で在った。


「キキルの犬が、隊長を殴ったぞっ」


別の役人から、こう声が上がり。


「おいっ、罷りなりにも上官だぞっ?!」


と、ロナロイスを擁護する少数派の役人が諌めるのだが。


「何を云うっ。 昼前には、アイツがキキル刑事官に密告しに行ったという目撃話も有るんだぞっ」


「アリマ長官が誰に任せたのか、ちゃんと示して貰わないと困るっ。 秘書官に目通り願おう」


役人の間で、こんな言い合いが起こり。


また、同じく居る兵士の中では、反抗に加担する者が煽動を始めている。 ハイドゥン卿の事を疑い、悪く云う者が出たのだ。


だが、ハイドゥン卿の統率性は、決して悪いものでは無い。 ハイドゥン卿の兄の頃から遣える私兵や駐屯兵は、そんな事を言い出した最初の数人は何を考えているのかと云う話に為る。 大方の兵士が、ハイドゥン卿の行動に正しさを見出しているので。 反抗に加担する者達でも、深く傾倒したごく一部の者以外は何も言えずに黙った。


人間は、大勢に寄って集られると、仲間が欲しく為る性質なのだろうか。 役人と同じく居るエントランスロビーにて、反抗に加担する意思の強い者の一人が、黙っている仲間に詰め寄った。


“何故、何も言わないのか?”


周りから言われて焦り、興奮した中での行為だが。 それは一体どうゆう意味かと、周囲の兵士には疑問が湧く。


「おいっ、お前達見回りの時から、何か変だったな。 何を企んでいるんだっ?!」


「何も企んで居らんっ。 此処に居ない、ハイドゥン様こそ何処に行って居られるやら…」


「そんな事より、今の一言は何だっ?! 何で、コイツをお前が責める?」


「そうだっ、大体ハイドゥン様が何処に行こうと、隠密行動なら誰にも告げぬのは当たり前だっ! 今回は、特殊な任務で動いているのだ。 それより、規律を乱す様な事を云うお前は何だっ?!」


遂に、兵士と役人がそれぞれに別れ、エントランスロビーで大騒動が起こった。


階段を行かせない様にするロナロイスと、彼に協力する一部の役人に喰い掛かる警察役人達。 ロビーの周囲では、ハイドゥン卿を疑い統率を乱そうとする少数を取り囲み、悶着を起こし始めた兵士達。 響めきや喚き声がエントランスの筒抜けと為る天井部に木霊し。 明け方に、誰も想像していない事が起こった。


この真っ最中に、ウィリアム達は帰還した。 先行して辺りを窺いながら厩舎より表入口に回ったウィリアムとスティールは、大騒動の真っ只中を見て。


「は・はぁ? ウィリアム・・なんじゃこりゃ」


目が点に成るスティール。 役人や兵士が一部の者を相手に掴み合い、殴り合いをしているのだ。


馬車を動かしてズブ濡れに成ったウィリアムは、髪から滴をボタボタと落としながら。 明らかに呆れから来る様な冷めた表情を浮かべ。


「解るなら苦労無いですよ・・。 国の機関が、こんな事に成るなんて…」


ウィリアムとスティールが施設への入口で棒立ちする所へ、後ろから追い付いたハイドゥン卿がやって来た。 左右には、フラックターと兵士一人が居る。


「どうし・・、なっ……」


大乱闘に発展するエントランスロビーの中の様相に、ハイドゥン卿も呆気に取られた。


ウィリアムは、中から聞こえてくる大声を聞いて。


「どうやら、一部の反抗派が何か云ったのでは? アリマ様に掛け合うだの、ハイドゥン様は無実だと言ってる方々が多いですよ」


大階段の中で、あの太ったロナロイスが激しく殴られているのをスティールは見て。


「ほら、あのオッサンが、ボッコボコに殴られてらぁ」


外の風が吹き荒れる。 皆の衣服や髪が強風に吹かれ、激しく揺れ動く。 外の嵐の風が、この大騒動の声するもかき消す。 だが、見ている限り、乱闘の勢いは納まる気配すら見せなかった。


ハイドゥン卿は、最早こうなったら一刻の猶予も無いと。


「入るぞ」


と、先陣を切って中に入った。


ハイドゥン卿に何か有っても困るので、ウィリアムとスティールが護衛する様に両脇へ着いた。


「何をしておるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」


大乱闘の騒ぎを超える大声が、筒型のエントランスロビーに響き渡った。 流石は、軍人の鍛えた声だ。 厳しい訓練の際は、この声が兵士を引き締める。 云わば、この声そのものが有事の際、訓練の時の号令である。


「はっ?!」


「ハイドゥン様だっ」


「総員っ、直れっ!!!」


兵士達がその声に驚いて、その場に直る。 殴られて立てない者でも、その場に座り直した。


この状況に連動して、役人も騒ぎが収まった。


「・・・」


エントランスの中央付近に近付くハイドゥン卿は、兵士達を見回し。


「お前達っ、この騒ぎは何事だっ?! お前達に今夜与えられた仕事は、一体何だっ?!!」


怒ったハイドゥン卿を前に、陰口を叩いていた者までが黙って何も言えなく成った。


一方。


強かに殴られて片目が歪み、痣で化粧をする様な顔をするロナロイス。 ヨロヨロと手を伸ばし、手摺に寄り掛かりながら。


「お・おかえり・・か」


声を聞いたハイドゥン卿は、ロナロイスを見上げて。


「直ぐに病院へ行くが良い。 もうこれからは、我々の手から事件は離れる」


ロナロイスは、意味が解らない事をハイドゥン卿が言い出すので。


「なに・・なにをい・・うの・・で?」


ハイドゥン卿は、乱闘に参加した兵士や役人を見回し。


「たった貴族の身内一人の過ちで、国の治世を預かる部署が此処まで乱れるなど、有っては為らない事だ。 ロナロイス殿、もう我々では収拾が付かん。 これから、裁判部に事を委ねる」


この一言に、ヨタヨタとしたロナロイスが愕然とした顔付きに成り。


「そそそ・そんなっ!!! はぃっ・ハイドゥン卿っ、何を・・根拠にぃぃ」


手摺りを頼りに、身を持ち上げ立て膝に成ったロナロイス。


だが。 ハイドゥン卿は重要な書簡を見つけている。 だから、ロナロイスを見上げ。


「もう遅いのだ、ロナロイス…。 キキルが何を為出かしたか、証拠を見つけた。 お前と結託をしていた用人二人も、既に捕まえて在る。 だが、この様子では正しく捜査は行われまい。 だから、裁判部に委ねるのだ」


厚い唇をブルブルと動かし、痣だらけの顔の肌色の部分を蒼白にしたロナロイス。 裁判部に事を委ねると言う事態は、後にどうゆう事に発展するのかは想像出来る。 だが彼は、その証拠や核心の何も知らない。 もう何がどうなるのかを知りたく、身を乗り出すままに。


「何を見つけたのだっ?! 結局キキル様は・・、なっ・なな・・何の為にこのような事を起こしたっ?!」


ロナロイスの言葉を聞くハイドゥン卿は、少し唇を噛む仕草をしてから。


「此処で他人には云えぬ。 言えることは、貴族の面汚しだ」


と。 ハイドゥン卿は、ロナロイス達がキキル刑事官を護る事で、とにかく当主ジョエルと本家を護ろうとしているに過ぎない事を理解した。 だが、その遣り方や配慮の仕方が間違っているのは、言うまでも無い。


キキル刑事官がロナロイスに説明したのは、


“役人の都合で我が家が潰される”


と、だけ。 この状況に至ったロナロイスは、解る様に説明しろと思い何かを言おうとした時だ。


「ハイドゥン卿・・、やはり貴方もそう思うか」


老いた声が、静まるこの場に響いた。 兵士も、役人も、ロナロイスやハイドゥン卿も、そしてウィリアム達も階段の更に上段を見上げた。


「アリマ長官・・」


直ぐ間近に迫る老人を見たロナロイスは、観念めいた声で名前を云った。


階段を降りるアリマ長官は、別に女性を従える様にしていた。


その女性を見たハイドゥン卿は、思わず。


「あれは・・」


と、眼を見張る。


アリマ長官は、ロナロイスの元まで来て。


「ロナロイスよ。 お前達がどれだけ庇おうが、もう駄目じゃ」


ロナロイスは、もう縋るのと憤るのが混ざった様にアリマ長官へ掴み掛り。


「アリマ様ぁっ!!! 貴方とてっ・・ロチェスター様とは昵懇の間柄では有りませぬかっ!! キキルの愚行で、ロチェスター様の御家を没落させるおつもりなのですかっ?!!! 嗚呼っ、大恩有るあの家に・・どうして・・どうして楯突けるのですかぁぁっ!!!!」


この話に、兵士や役人の数人が俯いた。 同じ思いなのだろう。


だが。 ロナロイスに掴まれたままに、アリマ長官はその場にしゃがむと。


「ロナロイスよ。 お前達は、遣りすぎたのだ」


「・・・は?」


「お前が余計な事をせぬ状態なら、キキルだけを捕まえて、その罪を罰に問い。 最悪、ロチェスター様には、今期の統括を辞任して頂くぐらいで済んだ。 何も無ければ、次の統括選出会議にはジョエル様が再出されて、再任されただろう。 じゃがな、このように役人や兵士が肩入れをして国の治世を揺るがす様なら、それも難しく成る。 ロナロイス・・、出た被害が大きい」


諭す様に言われて愕然としたロナロイスは、眼に涙を貯めて。


「わっ、わ・我々が・・出過ぎたと?」


重々しく頷くアリマ長官で。


「うむ。 その御陰で、事が裁判部にまで露呈したわえ」


ギョッとしたロナロイスは、“裁判部”の名前に力が抜けた。 王家から直々に任命を受ける裁判部の責任者は、王命以外の凡ゆる権限の干渉を受けない。 その権威に楯突く者は、王家に反旗を翻す事と同じなのだ。


ハイドゥン卿は、項垂れそうなロナロイスへ。


「ロナロイスよ。 そこにおわすのが、裁判部の最高3判事の御一人で、マリューノ様だ。 普段は表に出ない方で、市街監査を主に為さっている」


そう言われてロナロイスは、アリマ長官より数段上の段でエントランスを見下ろす女性に眼を向けた。 体にピッタリとした黒い衣服に身を包み。 片手に細剣を握るその30前後と思われる長い髪の女性は、鋭い眼を一点に向けている。


ウィリアムは、絶えず周囲に気を配っていた。 話は聞いているし、事態はハイドゥン卿が話を付ける事だと思っていた。 一番怖いのは、ハイドゥン卿を失う事だと思っていた。


が。


(イイ女だな)


マリューノと呼ばれる女性を見たスティールは、その形良い胸の張りや鋭い眼を見て思う。 処が、そのマリューノの視線は、此方に注がれている。 しかも、ハイドゥン卿へ。


(知り合いか?)


その時、マリューノと云う女性が口を開いた。


「地方駐屯軍監査・交渉役ハイドゥン卿殿。 先程、“証拠を見つけた”・・と、言いましたね?」


その物腰の艷やかで意味深の有る間合いを持ちながらの言い方は、男性の眼を惹く。 ウィリアム以外の男性が、彼女の云う姿に顔を上げた。


上向いて頷くハイドゥン卿で。


「今、此処に持って居ます。 この証拠を、其方に委ねます。 どうか指揮権を行使して、正しく捜査を行える様に取り計らって頂きたい」


「ふむ・・」


緩やかな動きで、エントランスの皆を見るマリューノだが。


「処で・・、ハイドゥン卿。 その従える二人は、何者か?」


「は。 冒険者の二人に御座います。 今回の事件の不正を指摘した鋭き者にて、協力を仰ぎました」


「・・珍しい事ですね」


「はい。 ですが、私の護衛を担う二人の用人が、兵士の一部を誑かし。 先程、証拠の品を奪おうと致しましたが、この二人の助太刀で危うきを脱しました」


「なるほど、それは良い人材を雇われましたな。 お知り合いですの?」


すると、ハイドゥン卿は、後ろに突っ立つフラックターに向いて。


「中央よりお出での、このフラックター殿の伝で御座います。 この二人の冒険者は、アハメイルでも活躍が在ったとか。 それで、信用致しました」


片手を頬に当て仕草を決めるマリューノは、大きく一つ頷いて。


「では、ハイドゥン卿並びに冒険者のお二人。 それから、中央よりお出でのフラックター殿。 このまま、裁判部に出頭して下さいませ。 少し命令の暇を与えますから、アリマ長官共々この醜い愚行の後始末をしてからで構いませんよ」


この時、初めてウィリアムがマリューノを見上げた。


「あの」


声を出したウィリアムに、皆が顔を向ける。 一介の冒険者風情が、何を云うにも恐れ多いと云う視線が殆どだった。


マリューノの目が、ウィリアムを見てスッと細まり。


「何か?」


ウィリアムは、嵐の朝方を窓に見ながら。


「この状況では、秘密を知るのは極少数で宜しいかと思います。 機関的に部外者の我々が、一緒に話し合いに参加する必要が有りますか?」


するとマリューノは、細剣を指揮棒の様にしてウィリアムに向け。


「これ。 事件の捜査に加担した以上、貴方方も重要な参考人ですよ。 話次第では、解決のその時まで軟禁下に置かれる事も在ると覚悟なさい」


スティールは、その無慈悲な話に肩を竦めて。


「こわぁ~いね」


ウィリアムは、淡々と。


「ですね」


と、返した。


アリマ長官は、街の見回りを兵士に委ね。 役人は、今までの情報整理や事件の解決にのみ動く様に命令を出した。 キキル刑事官の事件は、裁判部の仕切りに任せ。 この事件に対する個人的な如何なる捜査及び関係行動を禁じた。 その行動が発覚した時は、個人に対して裁判部から直接の裁きが行われると成った。


兵士は、街の市内の巡回警備を行いながら、キキル刑事官の身柄確保に向けた捜査を行うとした。 ハイドゥン卿は、ハッキリと兵士達に云った。


「良いか。 ジョエル市街統括を含めた貴族とは、正しく王家に忠誠を誓い。 その示された法治の理を護る礎で在る。 その責務を穢す者は、誰で在ろうが裁かれなければならない。 もし、ワシの云う事が間違っているので有るならば、今から王とジョエル統括に同じ質問の書簡を送り。 その話を聞くしか他に無い。 既に、王都には質問状を送ってある。 だから疑う者は、ジョエル様に質問をぶつけると良かろう。 只、我々軍部は、これよりも継続した巡回警備活動を行い。 街の安全と乱れを無き様に、一連の決着が着くまでこれまで以上に強化して行う。 これは、責任者の私からの命令である」


殴られて動けない兵士以外が集まった場で、その話に言い返す者は現れなかった。


壁側でその様子を見るウィリアムとスティールは、この先どうなるやらと不安に成った。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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