★番外編・特別話 五★
番外編 【魔剣を拾った者と、棄てた男 前】
プロローグ
街道に壁を築かせ、大地を白一色に染め上げていた雪が溶けた。
春の風が、北の大陸を吹き抜ける。 春を迎え、様々な草花が息を吹き返し。 街道を往来する馬車の移動が心無しか勢い良く見え。 旅する冒険者や旅人も、厳冬を越して装いも薄く為っていた。
「お、珍しい蝶だなぁ」
「キレイな蝶々ぉーっ」
若い冒険者達の一団が、紅い蝶がヒラヒラと舞っているのを見て。 春の訪れを感じ、会話を弾ませている。 春は、人に気分の解放を齎す時期でも在るのだろう。
そんな、四方に山が見えるこの街道。 道端には、春の草花が咲き誇り。 遠目には、山を覆う新緑が栄える。 またその花へ、生命を謳歌するように虫達が集まり。 山や森の中には、桜や遅咲きの桃などが花を咲かせる。 春の色とは、こうゆう景色そのものを云うのだろう。
所が、だ。
そんな生命の息吹が溢れる世界の中を、似つかわしくない人物が歩いていた。 包帯を顔に撒き、悪魔の如く漆黒の黒づくめな服装をした男で有る。 髪まで深く底無しの様に黒い。 その男は、何故か。 これから立ち寄る山間都市の方を見て立ち止まったのである。
その時。
「………」
一陣の強い春風が吹き付けて来た。 襟を立てた長いコートをその風にはためかせながら、包帯顔の男は、徐に空を見た。
(誰だ? 奴を俺に近付けるのは?)
その目は、鋭く。 天高く輝く日輪すら、射抜く強さが在った…。
【一】
ホーチト王国とフラストマド大王国の国境を、のらくらと走る大街道が在る。 ある程度北上した所でその道は二手に別れ。 どちらもスタムスト自治国の大都市へ向かうのである。
その分岐点とは、山岳の少ない平野に作られた衛星都市アジュ・ソヤナの街中で別れるのだ。
そのアジュ・ソナヤの街に、内陸の農村などを抜けて来る街道から辿り着く男が居る。 見た目は、全身黒。 だがよく見れば、深い藍色の上半身鎧を着て、全身をプロテクターなどで武装している冒険者風体の男だ。 長い髪を無造作に束ねては、背中に流し。 傷んだマントが、何気に似合う。
更に。 日に焼けた肌、精悍な顔付き。 無駄の無い動きに、視線の使い方…。 それなりに実力の解る者が観るならば、一目で剣術か何かに秀でる人物と見て取れる。
只…。
何よりも眼を惹くのは、その背中に背負う黒塗りの剣だ。 別に、造りの良い白い柄の長剣が腰に佩かれているのに。 その男は、何故かやや弓形に反る剣を背中に背負う。
アジュ・ソナヤの街へと入る南西側の門を潜ったその男。
その男を、後ろから見た別の冒険者が二人在り。 その中の魔法遣いと思わしき中年男性が。
「おいおい・・、マジかよ」
と、呟きを漏らす。
無骨な印象の太った仲間が。
「どした?」
すると、魔術師風の中年男が。
「アレ見ろ。 “カタナ”だぜ」
大型の戦斧を背負う太った男は、その男が背負う剣を見て。
「うぉっ、マジだ。 ・・アレ、本物かな?」
「いや、ど~だろな。 飾り物も多いって話だぜ」
「本物ならスゲェ~な」
「あぁ。 一本で、ン百万シフォンの値打ちさ」
「ひょえ~」
二人組の冒険者は、そんな話をしながら街中に入った所で右の通りに曲がった。
さて。
“カタナ”と呼ばれる異国の剣を背負う剣士は、何故か辺りをそれとなく警戒しながら通りを直進する。 脇を過ぎてゆく馬車や、擦れ違う人。 立ち並ぶ石造りの家の窓にも眼を遣り、相当に警戒していると云っても良かった。
アジュ・ソナヤの街は、岩盤が剥き出した山間部の台地に出来た都市である。 岩盤の大地の地下を流れる水が豊富で、大昔は水場の在る野営所だったらしいのだが。 商人の往き来が人を集め、何時しか貴族の誰かが此処に街を築いたとか。 夏は、すり鉢状の地形で、猛暑に襲われるのだが。 綺麗な水と、街のあちこちに空く風穴が、避暑を齎すのだとか。 昼間に猛暑となる街中だが、深夜は底冷えしそうな程に涼しいらしい。
しかしこの風穴は、地下の奥底に繋がっているらしく。 その出来た原因は、なんとモンスターである。 地面の堅い岩盤を喰い割り。 大型の天牛のモンスターで、アジュヴォスと云う怪物の幼虫が這い出でてくるのだ。 白い身体のブヨブヨした幼虫は、深夜に地表へと這出てきて。 肉と成る生き物を喰らっては、成虫に成る準備をするのだとか。
問題なのはその周期で。 悩む事に不定なのだ。
今では、這い出でてくる余兆は解っている。 風穴から吹き上げる風が生臭くなり。 吹き上げる勢いが、異常な程に極端に落ちるからだ。
過去には、この街はホーチト王国領土ながら、隣国フラストマド大王国から幾度も援軍を貰ったり。 時には大勢の冒険者がそのモンスター討伐作戦に参加し。 そして、命を散らした過去が在る。
近年も、40年程前にその現象が起こり。 前の時からたった20数年で這出てきたと、学者や国を驚かせた。
その当時の爪痕は、今でも街中の古い建物に残る。
この都市は、ホーチト王国に在る軍隊の内、約6分の1が駐屯している理由の一端は、その所為で在った。
さて。
あの、異国の剣を背負った独り身の冒険者は、往来の流れに紛れながら、都市の中心部に栄える商業区域に入った。
すると。
「おいっ、いいモン仕入れて来たじゃないか」
「おう。 此処じゃ~野菜は高値で売れる。 品質も守らにゃ~可哀想だ」
「有り難いね」
春の日差しが降り注ぐ下で、行商が引き連れて来た馬車の隊列が開けた公園に留まり。 集まってくる商売人相手に、仕入れてきた作物を売る光景が目に余る。
岩盤の上に作られた都市は、それなりに利・不利が在る。 その最たる不利は、作物を育てられない事。 山間部も、木々を切り開くと水を保水出来ず。 その結果。 この街は、梅雨の時期に水没した過去が在った。 その為、この都市の生活は、少し離れた農村や町に頼りきっている。
農耕大国のホーチトだが。 自国の周辺だけでは、このアジュ・ソナヤの街に居る人々の胃袋を満たせず。 結果として、協定を結び。 周辺国の国境地域にも、食料供給を頼んである。
一方で。
或る宝石店の店の中で。
「なんと・・、これほどに美しい琥珀が或るのか。 此方は、乳玉じゃな?」
行商の老人が、他国で裁く物品を求めて入った店で。 他国では中々お目にかかれない宝石や、薬石を見る事に成る。
採掘場も多いこの地帯では、太古からの遺産として。 宝石として珍重される琥珀や瑪瑙が産出され。 特に、虫が入り込んだ琥珀や、美しく黒に染まった黒瑪瑙、縞模様の縞瑪瑙は、此処の物が世界一と謳われる。
更には。
「此処の岩塩や薬石は、体にイイし。 美容にもイイ。 ホント、商売人の為に在る様な都市だな」
「そうかい? だがよ、此処だけの話。 この街出身の女に、そんな美人は居ないぜ」
「あははは、それは云うなって」
店先で、別の行商人が荷馬車一杯に商品を買い。 旅立つ前にと、店の主人と下らない雑談を交わしているが。 この土地の地下で採れる黒塩と緑塩は、薬として珍重される品である。 薬効成分の強い土に含まれた強い塩分が、専用の塩田にて結晶化される物である。 また、一部の土や石には、病気に効く物も在る。
行商人は、此処で農村や海沿いの街で仕入れてきた食料品を売り。 その金で、この土地から産出される物を買って行く。 売り買いの目まぐるしさは、辺境都市・国境都市にしては珍しい勢いが在る。 ある意味、ホーチト王国と、周辺国を山で繋ぐ大切な街で在った。
さて。
「………」
あの異国の剣を背負う冒険者は、賑わい溢れる繁華街を見て歩いていた。
時には。
「お~い、兄さん」
武器屋の主人が、店頭から声を掛けて来て。
「…」
向いたその男に。
「その背中の剣、ちぃ~っと見せてくれないか? 本物なら、店の有り金全て出してでも高く買うよ」
と、言ってくる。
男は、どう隠そうにも、独特の形状などから直ぐにカタナと解るこの剣に、黄色い声を幾度と無く掛けられて来ていた。
「……蛆虫が」
小さく言葉を吐き。 歩みを早めて行く。
この男が向かったのは、宿屋の集まる場所だった。 安い宿に入ると思いきや、構えの大きい立派な豪邸の様な宿に入った。
美しく手入れされた庭園を抜け、黄色い外壁に開いたロビーに入る入口へと踏み込む。
「いらっしゃいませ」
蒼の礼服に身を包む、礼儀正しい紳士が彼を出迎えると。
「……此処は、口は堅いか?」
冒険者の男の一声は、これだった。
片目に、ガラスの様な眼鏡を填める紳士は、首を少し傾げて。
「と、仰いますと?」
男は、背中の剣を横目に見て。
「この背中の剣は、ちと珍しい剣でな。 煩い商人が、剣を買い叩く商談を持ち込む為に宿を聞きまわる。 安い宿では、愛刀が面倒に巻き込まれるのでな。 信用の於ける宿を、何時も探すのだ」
仕様を弁える紳士は、静かに会釈し。
「左様で御座いますか。 それならば、是非にこの宿へ。 他人に何を聞かれても、他言するような事は致しません。 お客様がこの街で悪事を働いたと有らば、話は別ですが。 それ以外で、話すことは無いでしょう」
すると、冒険者の男は、スッと金袋を取り出し。
「一夜の値段は知らぬが、二日程泊まらせて貰いたい。 部屋は、小さくて構わぬから。 外から見られぬ部屋が良い」
「畏まりました」
一礼する紳士に対し、男は金貨を渡し。
「足りない分は、出る時に請求してくれ」
紳士は、金貨を受け取り。
「これで十分で御座います。 今は、昼時ですが。 仰って頂ければ、風呂の御用意も出来ます」
「個室で、か?」
「はい。 お部屋の別室に在る、固定の湯殿で御座います」
「そうか。 なら、利用しよう」
男は、紳士が呼ぶ中年のメイドに案内され、角の木々に隠れた部屋へと向かった。
…。 その日の夕方である。
夕日が木漏れ日と成って差し込む黄昏時。 少し薄暗くなった男の泊まる部屋が、ノックされた。
肌着の黒い6分丈の黒いズボンに、半袖の白いシャツを着ただけで椅子に座る男は。
「誰だ?」
すると。
「支配人のサイコムで御座います」
その声は、昼間に応対した紳士の声だ。
「…どうぞ」
ドアが開かれ、紳士が入ってきた。
「済みませんが、宿帳簿にご記入を願います」
一人部屋にしては、やや広い。 白い壁の部屋に、紳士は入ってきた。
「解った」
申し出を承知した男は、宿帳簿を差し出す支配人の方に向かう。
“ルイ・アシザセノード”
そう名前を書いた男。
その時、支配人の紳士は、そっと顔を近づけて。
「昼間に、二人程聞きまわりに伺いました。 喋ってはいませんが、周囲にも聞き込みをしている様子です。 お出掛けには、お気を付け下さい」
支配人の紳士を見た男は、静かに頷いた。
部屋に戻った男は、遠ざかる支配人の気配を見計らってから。
「…」
部屋のベットに立て掛けた二振りの剣に近付いた。
「…」
“カタナ”と呼ばれる異国の武器を見る男の目は、鬼鬼迫る強い目。 人殺しも出来そうな気配で、近寄り難い雰囲気だ。
だが。
その男の見つめるカタナが、突然に。
『ドウシタノダ? 同朋ヲ斬リ、興奮シテイルノカ? ソレトモ、後悔カ?』
と、剣から低く不気味な声がする。
すると、男は。
「違う。 その様な、生温い気持ちでは無い」
と、腰に下げていた長剣を取り上げる。
だが、“カタナ”と呼ばれる剣からは、会話をする様に声が聞こえ。
『ホゥ。 ダガ、悩ム必要ハ、無イ。 オマエハ、ドノ道モウ死ヌノダ。 モウ直グニ、ナ』
長剣を持った男は、椅子に向かう途中で止まり。
「決まった事では無いだろう? お前の云うその強い男を、この俺が斬り倒せば良いだけだ」
すると、カタナからは。
『無理ヲ云ウナ。 オマエノ様ナ、見エル腕デ勝テル訳ガ無イ。 見テナイオマエハ、自分ニ勝テル要素ガ少シ…。 イヤ、幾分カ有ルト思ッテ居ロウ。 ダガ、何度モ云ウ。 我ガ持チ主ハ、オマエナド相手ニモ思ワナイ、神ノ如キ強者ダ。 万ニ一ツノ可能性モ、オマエニハ無イ」
すると、男は、明らかに不快を感じた目を向け。
「今頃に為って、随分な云い様だな? この前までは、分が悪いとしか言わなかっただろうに・・」
すると、カタナは…。
『ウハハハ。 私ハ、独リデ移動スル事ガ出来ン。 寄生虫ガ、本当ノ宿主ヲ求メテ、次々ト寄生スルノト一緒ダ』
此処で男は、睨み付ける様な鋭い眼をカタナに向けたままで。
「貴様・・、騙したのか? 俺より前にも、誰かに…」
『フフフ・・、ドウカナ。 ダガ、寄生モ、御主デ終ワル。 我ハモウ直グニ、真ノ主ノ手ニ戻ル。 オマエハ、ソノ餌食ニ為ロウ。 イヤ・・、我ニ斬ラレルヤモシレン』
不吉な話に、男は怒りさえ漂う表情で。
「フンっ。 そうなるとは、まだ決まっていない。 俺が、その運命を変えて見せるっ」
と、云う。 本気で在る。
だが、カタナと云う剣は、更に。
『愚カナ。 我ヲ持ッタ時点デ、御主ノ運命ハ決シテイル。 ソノ証拠ニ、予言通リ。 御主ハ、人ヲ初メテ斬ル結果ニ成ッタデハナイカ』
「…」
剣に言われた男は、言い返す言葉を失った。
その後、何事も起こらぬままに夜を迎え。 そして、消灯が終わる深夜の入り頃。
あれから何処にも出かけぬまま過ごし。 今は、ベットに座る男。 “カタナ”と云う剣を下に隠し、暗がりの中でテーブルを傍に持って来ていた。 もう部屋を照らしていたランプも切り、窓から木漏れ日の様に差し込む月明かりだけを頼りに。
「………」
静かに剣を鞘から抜いた。 暗がりながら、剣の刀身は黒ずんでいた。 金属特有の光沢が、月明かりを受けても見せず。 生臭い異臭を仄かに湧かせる。
(俺も、遂に完全な人殺しか。 だが、今まで斬ったのは、何れも悪党だ。 しかも、手加減の出来る人数でも無かった)
言い訳をする様に、心に言葉を吐き出す。
テーブルの上には、温くなったお湯が桶に入れられている。 水を通さない泥を焼いた桶で、布を無造作に切った手拭いが浸されている。
「…」
男は無言ながら、動作は早く。 水を絞った布で、長剣を丁寧に拭う。
二日前。 南方の都市から北上したこの男は、カタナを目当てにする賊に尾行されていた。 野宿と成ったその夜に、襲撃を受けた。 相手は、総勢8名だと思われる。
“カタナ”が、先ず襲撃を予知した。 直に、殺気や異音で襲撃を察知した男は、襲撃を受けても動じなかった。 森に逃げ、夜の闇の中で一人一人殺して行った。 カタナを手にしてから、不思議と恐怖心は
消え失せ。 凡ゆるものを斬る事に対して、全く迷いが無くなった。
だが。
それまで、モンスターだけでは無く。 人を相手に闘った事も在る男だが、一度として命を奪おうとは思わなかった。 しかし、少しずつ変わり始めた。 “カタナ”を持ってから、殺さずにする事を考えなくなった。 斬る時、何故か急所が解る。 急所ばかりに狙いが定まり。 且つ、一撃で殺す事しか決められなく成った。
それでも、この不気味な剣を手放す気は無い。 いや、寧ろそうまで自分を変えられるこの剣の魅力に、完全に取り込まれているのだ。 まるで、昔の言い伝えに出てくる魔剣の様な剣だが。 魔剣を自分で扱える様に成れば、今まで出来なかった事が全て出来る様な気さえする。
(あの剣は、魔剣だ…。 だが、あれほどの剣だ、魔剣でもおかしくは無い。 これから俺が成長するには、揺るぎない逸品が必要なのだ。 死闘の度に剣を壊しては、話に為らぬ。 あの剣は、俺に導かれた物だ。 誰の物でも無い…。 誰の物でも………)
元から使っている剣を見つめる男は、不気味な気持ちを込めた瞳をしていた。 悪党がする濁った瞳に近かかった。
そうさせたのは、魔剣なのか。 それとも、この男自身なのか…。
★
その夜。 盛りも過ぎた頃合い。 店が犇めき合う繁華街の外れの、佇まいも小さく店内も狭い飲み屋で。
バーカンターの表面が随分と剥げ、木の色が剥き出しに為り。 其処に、使われた汚れが染み込んでいる。 そんな、微妙な凹凸を生むカウンターにて、二人の男が飲んでいた。
「なぁ、明日はどうする?」
そう云うのは、大柄でやけに胴長の男だ。 30代と見える印象で、少し伸びた髪が雑草の様に四方八方へ散っている。 座る椅子の脇には、大剣が立て掛けられいた。 黒いマントの下に、鎧でも着込んでいると思えるガタイで在る。
「そ~さなぁ・・」
そう言って、緋色の酒が入ったグラスを傾けるのは、痩せた四十男だ。 背は高くないが、麻色のマントは年期を感じさせる痛み方で、学者か・・狩人の様に動きやすい冒険に適した格好である。 腰周りの膨らみは、サイドパックであろうし。 皮製の篭手や、膝あてを付けている。 武器は解らないが、経験豊富な年配冒険者と思えた。
大柄の男は、昼間に斡旋所を訪ねた事を、フッと思い出し。
「なぁ、昼間に話をしてた男居るだろ?」
年配の男は、少し禿げの見える前髪を掻き上げながら。
「あ? “キング”の事か?」
「おう、そいつ。 そいつを仲間に加えて、仕事しないか?」
と、提案をする。
すると、年配の男は、眉間に皺を寄せ。
「馬鹿云え。 奴は、天性の“はぐれ”だ。 俺達なんかと長く組む奴じゃ無いぜ?」
大柄な男は、遅くに飲み始めたので。 今頃に丁度酔いが回って、大分に気持ちが大きい。
「なぁ~に、長く組む必要は無い。 一回か、二回のみでいいじゃないか」
処が。 年配の方は、頗る渋い顔で。
「お前、本気で言ってるのか? アイツは、正直な処で普通じゃない。 腕は確かだが、組むには適さない人間だ」
「そうなのか? でも、昼間には、奴の事を随分と褒めていたじゃないか」
また、グラスを傾ける年配の男で。
「ん~。 それは、奴の今までしてきた事が、それだけの事だからだ。 だが、アイツの別名を知ってるか?」
「いや。 俺が聞いたのは、“孤独狼の王”ってだけだ。 別の異名なんて、知らないな」
「そうか。 なら、覚えておくといい。 奴の別名は、“残存奴”」
「ざんぞんど?」
「ん」
「どうゆう意味が在るんだ?」
「ん。 キングの本名は、ルイなんたらって云うんだ。 奴は、冒険者に成り立ての頃から、剣の腕が冴える若者だったらしい」
「ほう。 んじゃ、幼い頃から、それなりの修行をしてたのかな?」
「かもな。 俺が、まだ若い頃さ。 アハメイルで奴を見た時は、冒険者…。 いや、剣士として一旗挙げる為に、冒険者としてして生きる事を決意したばかりの頃だ」
「アンタが若い頃? 何年前だよ」
「そうさな・・、12・3年以上前の事だかな」
「んじゃ、俺と組む5年以上も前って事か」
「あぁ」
お互いにグラスを空け、お代わりを老人バーテンダーに頼んでから。 年配の方が口を開き。
「キングは、最初の入り方が悪かった。 俺の目から見ても、奴は人付き合いの上手そうな人間じゃなかった。 無口で、必要な事しか言わない若造だった」
「そうか。 でも、そんなの皆似たようなものだと思うが?」
「かもな。 だが奴は、それに輪を掛けた様な感じだった」
「ふぅん」
「頭数を揃える意味で奴を誘ったのは、煮ても焼いても喰えない下衆でさ」
「嫌な奴居るからな」
「ん」
此処で、新たな酒が出された。 二人は手に取り、各々口を付ける。
「んで?」
大柄の男が、話の催促をして。
「ん。 請け負った仕事が、幽霊船が近付いた時に居残ったモンスター退治でよ。 街の南西に在る灯台の近くに、夜な夜な出没するゴーストを始末する仕事だった」
「ほう。 僧侶か、魔法遣いは必要だな」
「あぁ。 だが、その問題は無かった。 リーダーが、財宝や冒険を愛する遊興神の信仰者だし。 駆け出しの女魔術師も居たと思った」
「なら・・」
「そう。 仕事は、上手く行った。 だが、上手く行き過ぎて、取り分で揉めた」
「そりゃ~最悪」
「キングの奴は、全く活躍が無かったからとリーダーに言われてな。 全く分け前無しで、チームから放り出され掛けた」
「汚い遣り方だな」
「だが。 別の戦士も同じ境遇でよ。 しかもその戦士が、女に優遇したリーダーに逆上して、諍いがてらに殺しちまったのさ」
「なぁ~る」
「所が、その現場にキングも居てよ。 役人に捕まった挙句、戦士の男に濡れ衣を着せられた」
「マジか?」
「おう。 ま、女の魔法遣いだかが、後から証言して濡れ衣は晴れたが。 その時の事が遺恨に為って、奴は“はぐれ”の道を選んだ」
「ま、腕は確かなら、それも有りか」
すると。 年配の男は、渋い顔をして。
「馬鹿云ぇよ。 その御陰で、奴は死地に飛び込む仕事ばかりを遣る羽目に成ったんだぞ?」
「そうなのか?」
「“はぐれ”や“独り狼”なんて云われる奴は、ろくでもない野郎か。 若しくは、捨て鉢に成るかのどちらかさ。 生じ腕が達だけに、弱いチームだけじゃ~任せられないと思う仕事に、斡旋所の主の薦めで加えられる。 今まで、アイツに箔を付けた仕事は、どれもアイツ以外のチームは全滅。 若しくは、再起不能と成る奴ばかりが出てる」
「でも、キングは生き残った訳だろ? それは、実力じゃないか」
「あぁ。 生き残った・・。 そうゆう意味で云うなら奴は、幾度も危険な仕事を成功させては、結果“孤独狼の王”と異名を取るまでに成った。 だが、裏を返せば、それだけチームを見捨てて来た過去でも在る」
大柄の男は、そう言われて少し気味が悪く思えて来て。
「…、なるほど。 そう言われれば、そうかもな」
「キングのこなした依頼の中には、見捨てられて村人なんかの住人に助けられる冒険者も居た。 その話では、キングは仲間を助けず。 足手纏いは、下手をするとモンスターに差し出したって噂だ」
「…」
「ま、大方は、モンスターが怪我人に狙いを定め。 キングの方は、その隙を狙って戦っただけなんだろうがさ。 仲間を見殺しにされた様なチームの面々にしてみれば、一人で生き残り。 生き残る他の奴を無視して、さっさと引き上げるキングには、憎しみしか湧かないさ」
「…、過去の事が原因とは云え。 そこまで行くと、怖いな」
「だな。 何でも、大昔の傭兵ってのは、冒険者じゃなく。 モンスターや、戦争で戦う雇われ兵を指した。 その中には、キングと同じ行動をして。 貰える報酬を大きくした奴も居たと。 そして、そうゆう奴を、生き残る事しかせず、金の亡者と云う侮蔑の意味を込めて、“残存奴”と罵ったらしい」
「んじゃ、別の異名は、そこから持ってこられた訳だ」
「あぁ。 だから、さ。 アイツと組むなんて、それこそ命取りだ。 名前が勝手に売れている上に、最低限の成功しか保証しないキングだからな。 斡旋所の主も、ヤバくて、捨て鉢の様な仕事しか回さない。 全滅在りきを最初から念頭に置く遣り方なんざ、それこそ、命が幾つ有っても足りはしないさ」
「なるほど」
グラスの酒を呷った年配の男は、お代わりを頼んでから。
「奴と組む時は、奴を身代わりに突き出す気持ちで遣らないといけない。 背中も任せられない奴と組んで、何時見捨てられるかも解らない中で仕事なんざ、流石の俺でも無理だよ」
「そっか。 今まで、俺以外に長く組んだ仲間が居ないアンタだからな」
「あ~。 しかも、昼間に聞いた話じゃ、キングの奴“カタナ”を持ってたとか。 そんな高価なモン、商人や金に汚い輩からするなら、宝か金にしか見えねぇさ。 襲われる様な物を持つ奴と、ホイホイとチームを組めるかよ」
そう。 あの、宿に泊まる男の事は、昼過ぎに斡旋所で噂に成っていた。 “カタナ”などと云う異国の奇妙な武器など、隠さなければ眼に付いて仕方が無い。 目撃した冒険者がチラホラ集まり、噂から人物が特定されたのだ。
一歩遅れで、グラスを空ける大柄の男は。
「なるほどな。 腕は、惜しいがなぁ…」
すると、また出された緋色の酒が入るグラスを見つめる年配の男は、緩やかに頭を左右へと振り。
「いや。 あの程度の腕なら、そんなに惜しむ事でも無いさ」
老いたマスターが注ぐ酒を見ながら聞いた大柄の男は、大きく出たなと思い。
「ほ~ぅ、言い切ったな」
すると、年配の男はニヤリとして。
「あぁ。 だって、考えても見ろよ」
「ん?」
「キングは、一度だって上級の依頼をこなした訳じゃ無い。 一般向けの依頼に、強いモンスターなんかの突発的な悪い要因が重なって、其処に行かせる丁度いいチームが無く。 仕事に緊急性の条件が重なって、仕方無い事情だったり。 斡旋所の主が最低限の報酬で、最低限の結果を求めた事がそうなっただけさ」
新しいお代わりを出された大柄の男は、グラスを引き寄せながら。
「なる程な」
「恐らく、キングの奴にはそれぐらいしか価値が無い。 強いが…。 本当に強いなら今頃は、仕官や、有望なチームから誘いが来るさ」
「確かに」
「アイツは、最初の駆け出しの時で酷い目に遭い。 そして、自分の勝手な考えで、羽ばたく機会を棄てたんだ。 最低限の結果しか出せない奴が、今、世界を羽ばたくチームや。 あの美人剣士ポリアみたいに、羽ばたこうとするチームと比べるに値しないのがイイ例だろ?」
グラスを口に付けた大柄の男は、頷くのみ。
年配の冒険者は、続け。
「多分な。 世界に居る剣士をチームからバラして、キングと同じ境遇から冒険者遣らせても。 キングは、ずぅ~っとあのままで。 他の剣士は、またチームとして名を馳せて羽ばたく。 その違いは、きっと剣術にもある程度の差を生む筈だ」
「かもな」
「俺は、思うんだ」
「ん?」
「キングは、周りが作り出したもので。 本人は、それほどに強くない・・と」
口の中で舌を動かし、その答えを頭の中で探す大柄の男。
年配の男は、更に。
「人を抱えられる強さは、個人の腕を超える。 キングに、その強さは無い。 だからアイツは、キングのままで独りなんだ。 俺もまた、今までチームらしいチームを築けなかったのは、同じ理由だと思う」
その話を聞いた大柄の男は、口に近付けたグラスを離すと。
「だが、俺とは長いじゃないか。 俺は、アンタに背中を預けてるゼ?」
鈍い自虐的な笑を浮かべる年配の男は、
「あぁ、解ってるさ。 ・・それでな、ものは相談なんだが」
と、話を濁す。
「あ?」
大柄の男が、何を言いたいのかハッキリ聞こうと彼を見れば。
「その・・何だ。 スタムスト自治国のウォルムか、エルル・ルカ・ナンデまで行って。 正式なチームを創らないか?」
大柄の男は、その申し出を聞いては、キョトンとした丸い眼をし。
「おいおい、本気…か?」
年配の男は、グラスを呷ると。
「ん゛ん゛~、キクぜ」
と、酒が染みるのを喉に感じながら、更に。
「キングの事を話してるウチに、自分の今までが怖くなってきた。 引退するまでには、奴とは違う何かを掴みたい」
「ほぅ。 アンタでも、自分をまだ磨く気力が在るんだな」
「馬鹿にするな。 ・・ま、今しか、もう見直せる時期は無い。 別のチームに加わってもいいし。 バラの誰かを誘ってもいいさ」
此処で年配の男は、仲間で在る隣の大柄な男を見て。
「運が良ければ、お前みたいな気の合う奴に出会えるかも知れん。 そして、イイ女にも、な」
大柄の男は、相方の年配をマジマジと見て。
「それが目当てなんじゃないかぁ?」
年配の男は、苦笑いで。
「勝手に言えよ」
と、酒代をカウンターに出した。
どうも、騎龍です^^
このお話は、元々からソースだけ有った話です。 春先、モバゲーの方で、自分も話に登場したいと云う方が居て。 その為に、しっかりと形創った番外編なのです。
ま、色々と在り。 夏にupしたかったのですが、延び延びで今日に至りました。
Kの出る話ですが、その内容は完全に番外編と言って良いかと思います。 全3話予定ですが、文字数が微妙なにで、前編・後編で終わるかも知れません。
それでも、エターナルの一部なので、此処に掲載致します。
ご愛読、ありがとう御座います^人^