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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
134/222

ウィリアム編・Ⅳ

                      冒険者探偵ウィリアム


                  それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 9



                   ≪短いながらも、長い嵐の一夜 【前】≫




ウィリアムと云う人物は、“機”を良く理解していた。 状況が良しと有らば、少々の疲労など無視出来る精神力が備わっていた。 聞き込みから戻った夜。 そろそろ深夜に近付こうと云う頃合いながら、ハイドゥン卿に頼んでいおた事が動き。 状況が狙った処に至った瞬間、動く事を決める。


激しい風雨の最中。 二台の黒い大型の乗用馬車が、街の南部に向かって行った。


一台の馬車に乗るのは、ハイドゥン卿を始めとした、役人の面々。 もう一台の追送する馬車には、ハイドゥン卿の付き人と思われる男性二人に、ウィリアム達二人と、ジャンダムが乗る。 付いてくる兵士達は、二台の馬車の後方に掴まっていた。


立派な黒と青それぞれのバロンズコートに身を包む二人の男性は、対峙する様に座るウィリアムとスティールを見ていた。


先に、型の作りが礼服の様な黒いバロンズコートに身を包む中年男性が、対面に座るウィリアムに。


「これから行く所に、何が在るのだ?」


と、聞く。 長めの髪を正しくオールバックにするその男性は、ハイドゥン卿から“スミニク”と呼ばれている。 鍛えた肉体に無駄も隙も無さそうで。 傍める右手には、青い柄の長剣が携えられている。


ウィリアムは、静かに。


「行けば、解ります」


と、短く濁す。


一方。


「中々の剣だな。 特注かね?」


スティールが携える剣を見て聞くのは、短い髪をした20代と思われる落ち着いた男性だ。


「あぁ、ちょいと金が多く有った頃に、既存の形の物を特注に鍛え直した」


嵐の夜道を飛ぶように駆け抜けていく馬車の中から、外が見れる小窓を見るスティールが返した。


「そうか、剣の造りを見るに、良い鍛冶屋が鍛えた様だな」


青い格式を重視したデザインのバロンズコートを着る男性が、穏やかな顔でそう云う。 やや高さが目に付く鼻に、抜ける様な白い肌の男性で。 髪を長くすれば、スティール同様に女性受けそうな美男である。 “スミニク”と呼ばれる男性より、頭半分高く。 ウィリアムやスティールからするなら、少し見上げる視線に成る人物だった。


この若い美男の名は、“ラディオン”。 スミニクも、ラディオンも、護衛を兼ねた用人として、剣術等の武術に嗜みが有る様だった。 ラディオンは、白い柄の槍を携えている。 その槍を見るに、スピアの部類に近く。 上下のどちらかから、槍先が出るタイプの物と思われた。


ウィリアムとスティールの間には、正しく座ったジャンダムが居る。 ジャンダムは、この対面して座る二人が立派な人物と思われた。


(流石は、ハイドゥン卿の従者様だ。 落ち着いているし、心構えもしっかりしている)


ジャンダムが関心するのには、目に見えた一つの出来事が根幹と成っている。


先程。 警察局部の施設を出ようと、1階のエントランスロビーに降りた時だった。


「これはこれはハイドゥン卿様。 こんな夜更けにお出でに成られた上に、お急ぎでお出掛けですか?」


ウィリアム達の全員も居た面前で、でっぷりと肥えた大樽の様な禿げ男が近付いて来た。


その男を見たハイドゥン卿は、あからさまに嫌悪の視線を向け。


「ロナロイス殿か。 我々は、職務遂行の一連で動いておる。 一刑事局の総務を預かる御主に、全てを話さねば為らぬ理由は無い」


と、完全に突っ撥ねる様な物言いだった。


近付いてきたロナロイスと云う男性は、首と云う部分が完全に消え失せ。 まあるい顔が、肥えた大柄の体の上に乗っかっていると思っていい人物。 この街の商人でも10指に入る大店の一族で有るロナロイスは、キキル刑事官と極親しい間柄で有る。


午前に姿を消したキキル刑事官だが。 確証の無い証言では、ハイドゥン卿が怒鳴り込んで来た直後。 このロナロイスが、こっそりと二階の地下牢に向かう通路へと入っていくのが見掛けられたとも有った。 証言の全ては、アリマ長官を始めに皆も聞いている。


ハイドゥン卿がこのロナロイスを忌み嫌うのは、キキル刑事官と仲が良いと云う事も在るのだが。 それに加え、前々から政務を司る役人の微罪を度々に見逃すロナロイスは、キキル刑事官の一族の犬と噂される男。 監査をすると云う役職も有るが、曲がった事が嫌いなハイドゥン卿は、それが気に入らないとかで。 このロナロイスに要件が有るときは、殆ど誰かを使いを出す事で用事を済ませていた。


さて。 ロナロイスが歩いて来て、ハイドゥン卿の間近に近付こうとした時だ。


「そこで止まって貰おう」


ハイドゥン卿を護る様に、従者のスミニクが間に立った。


そして、ロナロイスの歩を止める様に、スミニクから数歩前の所に出るのがラディオンであり。


「済まないが、これから急ぎます。 我が主のすることに、一役人が馴れ馴れしく言い寄るのは止めて頂きたい」


と、ラディオンは云う。


感情を打ち消して、ニタリと笑うままに立ち止まるロナロイスだが。 それ以上近付く事は無かった。


ジャンダムは、ハイドゥン卿が外に出るまで、微塵の微動も無くロナロイスの前から動かなかったラディオンを見て。


(これが、貴族の従者と云うものなのか。 胆が据わっていると云うか、身を呈して主を護る盾の様だ)


と、関心した。


馬車に乗っても、堂々としながらも落ち着いている。 一番下っ端で、毎日を職務に明け暮れる日陰の自分とは、この従者二人は大きく違う存在だった。 ハイドゥン卿と云う者を護る事で、酷く光って見える存在だと思えた。


さて。


スミニクとラディオンは、ウィリアムとスティールを見て顔を動かさない。


一方。


ウィリアムとスティールは、二人に視線を合わさず。 また、話を続かさずに、淡々と黙っていた。


馬車が走る外は、明かりを灯した店など無い真っ暗な商業区の中で。 区内を縫うように建物の犇めき合う道を突っ切り。 強風をやり過ごす為に、込み入った道を馬車は延々と走った。 


ウィリアム達が泊まる宿では、もう皆が寝てしまっているだろうか。 そんな夜更けの中で。


もう一台の馬車の中では、貴族で在るハイドゥン卿が一人で前のシートに鎮座する様に座り。 その相対する向かいには、マッジオス副刑事官とフラックターが間を空けつつも席を一緒に座っていた。


「・・、ほう。 あの若者は、そんなに切れる人物で在ったか。 冒険者にしておくのは、ちと勿体ないのぉ」


ウィリアムに興味を持ったハイドゥン卿は、フラックターにウィリアムとの出逢いなどを聴きたいとせがみ。 軽くだが、ホロー殺人事件の経緯を聞いていた。 聞けば聞く程に魅力をウィリアムに感じ、出来たら自分の片腕にでも引っ張りたいと思う。


マッジオスは、本人が居ない前で。


「ですが、高が冒険者。 どこまでが実力か、まだまだ見定める必要が有りまするわい」


と、嫌味を乗せる。 嫌味と敬語が混ざり、語尾がおかしくなっていた。


処が。 ハイドゥン卿は、マッジオスを見ると。


「だが、その若者の導きで、キキルの馬鹿者に暴行されていた兄を早く救い出せた。 キキルは、一足違いで逃げたがな。 あの若者と、このフラックター殿が来なければ、事態の収拾にはもっと遅れて対処していたであろう」


マッジオスは、苦虫を噛む顔で在るが。 格上のハイドゥン卿が認めるなら、それも仕方無いと。


「まぁ・・、そうでしょうな」


「うむ。 更にな。 かのウィリアムと云う若者、キキルに暴行された者達へ適切な救急処置をしてくれた。 さっき聞いたのだがな。 彼の病人の見立ては、医師は完璧だったと…。 何処の医者が診たのか、と、聞き返された。 同業者の腕のある者が認めるのは、確かな実力の証だ」


ハイドゥン卿が強く認める事で、フラックターは安心した顔に成り。 マッジオスは、何も言えず不満の貯まる顔に成る。


そして、ハイドゥン卿の話は、更に自宅待機と成ったラインレイド卿の事にも踏み込み。


「それに、だ。 ラインレイド卿には、事情はどうあれ早々に復帰して貰わねば成らん。 キキルを捜査するなら、尚更だ」


と、強く云う。


義兄の事が出て、フラックターはその理由を聞きたく。


「どうしてでしょうか?」


「ん? フラックター殿は、義兄殿の歴(学歴や成長過程)を知らんのか?」


「え? あ・・、姉様が結婚してからの事が、多く・・」


「そうか。 ラインレイド卿は、の。 20の頃まで、王都の大学学術院に通っていた。 剣術もこの街で手解きを受けた後、向こうでは゛王国の盾”と称されるハレンツァ様に師事を仰いでいた」


マッジオスは、上級学校にギリギリ入れた自分なので。


「幼き頃から、ラインレイド様は優秀だったのです」


と。 その言い方は誇らしげで、まるで主従関係を見せる様だ。


頷くハイドゥン卿は、更に。


「だな。 そして、その数年後に、全く同じ道程を歩んだのがキキルの弟よ」


マッジオスも、フラックターも、これには眼を張った。


フラックターは、聞いたことも無い話で。


「へぇ・・。 キキル刑事官の弟様とは、そんなに優秀な方なんですか?」


「おう。 だが、その成績は、御主の義兄の方が上だった。 歳は少し離れては居るがな。 街の行政の長に成ったキキルの弟も、何事にも先輩と成るラインレイド卿には、年配者としてだけではなく。 同師・同学の先輩と後輩の礼儀を持たねば成らん。 だからこそ、キキルの事を突っ込んで捜査するなら、ラインレイド卿が適任なのだ。 我々ですらこうして捜査するにも、実際は波風が立つ。 だから、こんな夜中に動くのだ。 とにかく、早くラインレイド卿に復帰して貰わねばな」


平民と貴族の狭間で、義兄の事を多くは知らないフラックターである。 初めて聞く話に。


「そうなのですか・・。 過去は、未来の行く末に色々と関係するものなのですね」


「そうだな。 もし、ラインレイド卿の歴が変わっておったら。 今回の件では、もっと厳しい窮地に追い込まれていたのかも知れんぞ。 そうなればキキルも、ラインレイド卿に対して、何の気掛かり無く無実の罪を押し付けられた筈だからな」


フラックターは、何故にキキル刑事官が躍起になり、義兄を陥れる計画を邁進させていたのか。 少しだけ理由が解った気がした。


(そうか、義兄様と市政統括にそうゆう関係が発生していたから、直接に手を出せなかったのか。 だから、捏造してでも事件の犯人に仕立てて、罪人にしようとしたんだな)


二つの馬車の中で、それぞれに様子が在る。 馬車は、下町の広がる区域へと踏み込んでいた…。





                          ★




その頃。 警察局部の大階段裏にて。


「おぉ、良く来れたな」


あの太った総務のロナロイスは、階段の裏に潜む小男に気付いた。 急にカツカツと床を叩く音がしたので、誰も居ないのを何度も確認しながら階段に近付いた結果だ。


「ロナロイス様、その後の経過は?」


階段の裏に近付いたロナロイスに声掛けるのは、小柄ながら軽快な雰囲気を持つ警察役人の制服を来た男だ。 色黒だが、見た目はまだ若い青年である。 制服がかなり濡れているのを見るに、この嵐の中を歩きで来たのだろうか。


ロナロイスは、廊下や階段を見て人気が無いのを確認し。


「来い」


と、首を巡らせると、トイレに向かった。


小柄な役人は、ロナロイスの後ろに隠れる様に追従する。


ロナロイスは、ノッシノッシと歩きながら。 もう灯りの落とされた薄暗い廊下へ曲がり。


「キキル様は、ご無事か?」


小柄な男性役人は、小声で。


「はい。 今は、郊外の地下へ隠れて居ます」


廊下の先に、ポツンと明かりが点く場所が有る。 トイレの入口で、中も弱められたランプが点いている。


ロナロイスは、トイレに男性役人と入り。 大便器の在る個室の中に男性役人を入れた。


「戸を閉めろ」


自分は入らず、戸を閉めさせたロナロイス。 もう一度廊下を見に行き、それからまた戻ると。


「事態は、楽観の出来ぬ処だ。 一応、手は回されている様だがな。 ハイドゥンや中央から来たラインレイドの義弟を始末しても、流石にキキル様が安泰とは行かぬ。 アリマ長官が、方々に手を回された」


「何と…。 キキル様の弟君のお力添えが有っても、ダメでしょうか」


まだ若い役人の声は、まるで臣下の礼儀を知っている者のそれである。 キキルの事を、この状況でも心配する素振りが窺えた。


先程。 ハイドゥン卿の前に、平然と進み出ようとしたロナロイスだが。 今は、面影は大分に変わっている。 酷く困惑した表情で。


「そうだな・・。 始末が終わって、ラインレイドを陥れた後。 騒ぎの熱りを冷ます意味で、少し王都か・・アハメイルに休暇で御旅行でもされた方が良い。 一年もすれば、時が事実を洗い流そう」


「そこまでの大事とは…」


「いや、仕方無い。 ハイドゥンとラインレイド。 それに、中央から来たラインレイドの義弟を始末すれば、いや応なしでも波風が立つ。 中央から本腰を入れた監査が来る前に、キキル様をこの都市から離さなければ…。 このままでは、ジョエル様にまで類が及ぶ」


この一言に、若い役人は驚き。


「そっ・それは…」


ロナロイスは、廊下に注意の視線を巡らせながら。


「うむ。 それだけは、何が何でも避けねば成らん。 先代のマクバ様から、我々に依頼された事だ。 キキル様をどうこうせぬなら、有耶無耶にするしか手は無い。 そのためには、少し大事でも始末は必要だ」


「…そ、そうですか」


“始末”と云う物騒な言葉だが。 その対象が貴族である。 若い役人の男性も、大事に成るのは理解出来る。 だからこそ、悩む様な受け答えに成るのだろう。


一度耳を済ませて辺りを窺ったロナロイスは、個室の様な仕切りに口を寄せ。。


「とにかく、キキル様に伝えよ。 私か、手の者が迎えに行くまで、潜伏を続けて欲しいと。 始末が終わる前に出て来られては、事態の収拾には更なる非常手段が必要に成る・・とな」


「は・・はい」


ロナロイスは、また廊下を見に向かい。 誰も居ない事を確認すると、またトイレに戻り。


「いいか。 私が入口に立っているから、横の窓から外に出ろ」


「は、解りました」


「いいか、この嵐の中だ。 この敷地の中を巡回する兵士は少ない

だろうが、敷地を抜けてからも気を付けろ。 街中の巡回警備は、アリマ長官とハイドゥンの手が回り。 何時もより、分隊を多く出している」


「解りました」


ロナロイスは、廊下に出る所に有る流し場に立ち、太った体で入口を塞ぐ様にすると。 水亀の水で手を洗い出した。


「……」


便座の個室からそっと出た若い役人は、ロナロイスに会釈だけすると。 窓を大きく開けて出ていった。 強風と雨が窓から入り込む先を見つめるロナロイスは、肥えた体を揺すって歩き。 窓を閉める動作に移る。


(上手く行くのか…、解らん。 キキル様を・・逸その事………。 いやいや、大恩有るロチェスター家に楯突く事は、間違っても許されんな)


思うロナロイスの顔は、ハイドゥン卿に見せた不気味な顔では無かった。 まるで、苦悩に心焦れる一人の人間だった。



…。 一方。


暇を持て余すままに、宿で寝るアクトル達。


嵐の影響で眠れずにいたロイムは、灯りも落とされた部屋で暗い天井を見つめている。 窓が風に吹かれてガタガタと鳴り。 雨が時折に叩き付けられる音が、なんとなく怖い。


隣の大きめなベットに寝るアクトルは、精神的な疲れに眠りを妨げられていて。 少し蒸し暑い空気に、不快感を感じて眼を開けていた。


「ロイム、寝れないのか?」


ロイムは、自分と同じくアクトルが眠れてないのを解り。


「アクトルさんもですか?」


上半身を下着で寝るアクトルは、上に掛ける薄い布団を剥いでいて。


「ん。 変に疲れて、酒も飲んで無いから寝れない」


すると、ロイムが。


「僕・・胸騒ぎがするんです」


と。


アクトルは、暗い中でロイムを見て。


「何だって?」


宙をみているロイムは、気持ちが何処かに行ってしまっているかの様な口調で。


「今夜、ウィリアムが危ない気がするんです」


アクトルは、今度は顔を少し擡げ。


「“危ない”?」


ロイムは、暗い中で言葉のみに。


「感じるんです」


と、言った。


すると、其処にラングドンが加わり。


「もしかすると、“プレディクセンス”かも知れんな」


ロイムとアクトルは、反応するかのようにラングドンに向く。 アクトルは、何か不吉な事なのかと。


「何の力だ?」


“センス”は、大抵は能力と云う意味だからだ。 アクトルが聞けば、ラングドンは落ち着き払った声で。


「精霊魔術師と魔想魔術師は、時としてに予言の力に優れる事が在ると云うな。 魔想魔術師は、仲間意識が強くなればなる程。 その素質に左右されるが、予言が出来る様に成る事が有る。 最初は、予感と云うか、胸騒ぎなのだが。 年齢と経験を重ねると、かなりの的中率と現実味を持って予言出来る様に成ると云う。 ま、普通の者では、予感めいたもの止まりで行くのだがの。 お主達は繋がりが深い故に、その力が働き掛けているのかも知れぬ」


アクトルは、それだとウィリアム達が危ないと思い。


「マジかよっ」


と、身を起こす。


だが、ラングドンは起きず。


「落ち着け。 今、ワシ等に出来る事は無い」


アクトルは、立ち上がり。


「あぁっ?!」


「今夜も帰らぬと云うのは、夜に何処かへ出掛けるからじゃろう。 恐らく、書簡を届けた警察の役人が居る場所に、ウィリアムやスティールは居ない可能性も有る」


「だがよぉっ」


声を抑えながらも、危ないと思うとアクトルも焦る。 居ないなら、行った場所を聞けばいい話だと思う。


しかし、それでもラングドンは慌てず。


「今回の事件は、聞くに複雑で大変そうじゃ。 部外者が動いて騒げば、要らぬ迷惑を起こす。 あのウィリアムは、そうは簡単に死ぬ男では無いわぇ。 逃げた役人の家は、偉い貴族なんじゃろ? 攻める手順を間違えたら、只では済まんぞえ」


ウィリアムの様に思慮が廻るアクトルでは無いだけに、何も言えずに黙る。


其処に、ロイムが。


「アクトルさん、大丈夫。 僕が心配なのは、襲われるかも知れないってだけ。 相手がウィリアムだから、大丈夫だと思う」


と、少し弱く頼りなさげな声で云うのだった。


アクトルは、スティールも強いし。 ウィリアムは、更に強いと理解はしている。 今、此処で騒いでも、何がどう出来るのか解らない。


「…、天候が悪いからよ。 心配させる様な事云うなよ」


と、腰をベットに戻す。


ロイムは、只小さく。


「ごめんなさい」


と、云う。


何か別の事を考えたいアクトルは、ラングドンに。


「爺さん」


暗い中から、ラングドンの低い声で。


「ん~?」


「そのなんたらセンスってのは、本当に当たるのか?」


「さぁ。 ワシは、プレディクセンスを得るまで仲を深めた仲間を見た事が無いからな。 知識として知っているに過ぎんよ。 だが、予言そのものは実在するようじゃな」


すると、ロイムが。


「うん。 予言は、有るよ。 僕も、お爺ちゃんの弟に為るオジサンに言われたもん」


“来ると解ってたよ。 ま、後は自分次第じゃ”


「って。 僕がカクトノーズの学院に入学して来るのを、僕が生まれた時に感じたんだって」


アクトルも聞いて知っていた。 ロイムの祖父の弟とは、魔法学院カクトノーズに住まう魔法遣いの中では、かなり人物だと。 どれほど偉いのかは、ロイムもハッキリとは知らないらしい。 ロイムと云う人物が、そうゆう上の事をあまり気にしない性格で在ると云うのと。 そのロイムの後ろ盾と成った人物も、あまり他言にするなと口止めしたからだ。


「そうか…。 だが、漠然と云われると、逆にモヤモヤして寝れん」


アクトルは、荒い動きでベットへ横に成った。 何か有った場合にと、飲まずに居た事を酷く後悔した彼だった…。



さて。



ウィリアム達は、殺された老婆の家に向かった。 ハイドゥン卿の私兵が二人馬車に残っただけで。 馬車の外に掴まって乗ってきた兵士4人は、そのまま付いてきた。


12人と云う人数だが、流石に嵐の中だ。 水を弾くコートを羽織るそれぞれが闇に紛れるので、誰に見つかると云う訳も無く。 雨が一端弱まり、また本降りに成る前に家に着いた。


「ご苦労様です」


キキル刑事官の部下の代わりに、兵士が交代で見張る事に為った事件現場。 先んじて明かりを灯しに来た兵士一人が、先頭で入って来たハイドゥン卿に敬礼をした。


「ふぅ、酷い雨だな。 ご苦労である」


先に来ていた兵士は、入って右手に物を掛ける場所が在るので。


「は、お気遣いありがとう御座います。 上着は、此方に掛けて雨水を切りますので、お貸し下さい」


「おぉ、そうか」


上着を脱ぐハイドゥン卿だが。 ウィリアムは、そのまま井戸の在る左手側に回って向かう。 スティールも、それに着いて行く。


「ウィリアム、井戸か?」


「えぇ。 この井戸、円型じゃない」


雨の中で井戸を見たスティールは、その井戸を見て。


「あ~、マジだ。 つか、この井戸の形って・・」


ウィリアムは、スティールに濡れたフードを被ったままに向いて。


「坑道でも、こうゆう形の空気穴在りますでしょ?」


「おう。 アークに聴きゃ~解ると思うが」


「ですね。 さ、中に入りましょう」


最後に老婆の家に入ったウィリアムとスティール。 建物の中では、老婆の寝室に入る前に皆が集まっていた。


ハイドゥン卿は、手持ち用のカンテラを翳し。


「ふむ。 本当に明かりを置くのに必要な物が何もないな。 寝室には珍しいが、寝る為だけと云う事か?」


すると、フラックターが。


「ですが、ハイドゥン卿。 此方に出された椅子といい、ベットの脇に置かれた机といい。 凡ゆる物が移動された形跡を残すのに、どうしてベットだけはその形跡が無いのでしょうか?」


「ほぉ・・。 これは、確かに」


カンテラを片手に寝室の内部へと入るハイドゥン卿は、元に直された机の上にカンテラを置くと。


「何かを探すなら、ベットの下も当然探す筈だな。 シーツや布団には相当な乱れが在るのにも拘らず。 ベット自体に動かした形跡が無いのは、確かに不自然だ」


兵士二人がベットに近付き、それを持ち上げ退かそうとする。


しかし…。


「ふっ!」


「ん゛んーっ!!」


何処にでも有りそうに見える簡素な木のベットだが、大の男二人掛りでも全く持ち上がる気配すら無い。


「兵士が二人も掛かって、なにを…」


腕力には自負が有りそうなマッジオスが近付き、ベットの下に手を入れて持ち上げようとするも。 軋むベットは、全く動く気配すら無かった。


フラックターは、床にベットを動かない様に備え付けるなど見た事が無く。


「うわ・・、全く動かない」


其処に。


「では、我々も」


「ですな」


ハイドゥン卿の護衛兼用人であるラディオンとスミニクが加わろうとする時。


「無駄な事は止めましょ。 それは、仕掛けの為に備え付けられてるんですよ」


と、ウィリアムの少し砕けた言い草がした。


一同の顔が、居間への入口に向かう。 薄く濡れた上着を叩くスティールと、ウィリアムが入って来る所だった。


ハイドゥン卿は、怪訝な顔を示し。


「“仕掛け”だと?」


ウィリアムは、頷くだけでそのままベットの足回りを通り過ぎ。 この部屋に一つだけ在る壁の出っ張りに向かった。


「この部屋の中で、最も不自然なのは・・動かされた形跡の無いベット。 二番目は、家を形成する上でなるべく対角線上か、対にする様に造られる筈の壁柱ですが。 この部屋では、此処に一つしか無い」


フラックターは、部屋を見回し。


「あぁ、建物の強度を保つ為に、重さの掛かる所を太くする壁か。 柱の様に張り出す、出っ張りの事だね?」


ウィリアムは、カンテラの方を見て。


「それから、3つ目。 其方の壁の下。 よ~く見ると、何故か床の木と、壁と当たる部分が奇妙にすり減ってます」


その話に、ハイドゥン卿は、直ぐにカンテラを手にして壁際を見る。 ハイドゥン卿の周りに、マッジオスやフラックターもやって来た。


疑うマッジオスは、しゃがんで壁と面した隅を触り。


「んん…? ん~・・この縁の具合いは、確かに摩耗している様な………、のぉ?」


と、フラックターやジャンダムに向く。


フラックターは、カンテラの明かりの照り返しで今一解らないのだが。 ジャンダムは、しっかりと頷き。


「そうですね。 僅かですが、床の木の縁部分が磨り減り、防腐・撥水の為に塗った樹液の塗料が剥げてます」


マッジオスは、ジャンダムをマジマジと見て。


「解るのか?」


「は。 自分の生家は、樹液を発酵させて塗料や飴を作る職人です」


マッジオスは、それを継がない彼を見て。


「稼業を継がずに、役人か? お前、次男か?」


ジャンダムは、図星の様に頷く。


「ワシと同じか」


すると、フラックターも。


「一応、自分も次男です」


ハイドゥン卿も合せ。


「私もだ」


4人が、それぞれを見る奇妙な間合い。


ウィリアムは、其処に水を打つ様に。


「そこ、ずっと居ると危ないですよ」


ハイドゥン卿がまっ先に振り返り。


「この場が、か?」


「えぇ。 皆さん、ベットよりも此方へ来てください」


マッジオスやジャンダムは、何が起こるのかと怪訝な顔で動き。 ハイドゥン卿は、何とも理解の行かない様子だった。 スミニクとラディオンの両名は、観察をする様な眼をして、何かとウィリアムを見つめていた。


そして。


皆が退くと。 ウィリアムは、石の壁に付けられたランプや蝋燭立てを備え付ける土台と成る金具のみが在るのを指差し。


「土台と成る金具は此処に在るのに、此処にランプは無い」


マッジオスは、胡散臭そうに。


「こんな下町の家だぞ。 金がな…」


と、言いかけて。 老婆の稼業を思い出しては、声が止まる。


ウィリアムは、更に続けて。


「この金具、元は何かが付いていたと云う形跡も無い程に有りの侭。 なのに、よぉ~く見ると、表面が汚れている。 この表面の摩耗の仕方やくすみは、手で永きに亘って触られて来た感じですね」


と、金具を触る。


ハイドゥン卿は、カンテラを持ち上げ金具を良く見ようとした時、ウィリアムの手が金具を触れたままに上へと動いたのを見た。


「動いた・・」


すると。


“ガクン”


と、何かが動く音が。


フラックターは、ベットが下がったのを見て。


「うわわっ、ベットが動いた…」


皆の目がベットに向かう時、ウィリアムはベットへと向かう。


「おかしいと思ったんですよねぇ~。 この家の脇に在る井戸って、坑道や地下施設に空気を入れる時に作られた“空道”と同じ形してるんですから」


スティールは、ハッと思い出し。


「あぁ。 マジだ」


ハイドゥン卿も。


「“空道”? あの、先ず坑道や穴を掘る時。 定期的に空気を取り込む穴を作る・・、空気の井戸と呼ばれるアレか?」


ウィリアムは、ベットが一段下がったのを見て。 ベットが更に下へ押せるのでは、と判断して。 足元に成る縁を触りながら。


「えぇ。 もう、今は鉱山などでしか見られませんが。 まだ街が大きく作られ始めた頃まで遡ると、井戸と空道を区別するために、その形を変えて石で作ったそうです。 只の穴では、地震や大雨で空道が埋まります。 穴が壊れない様に、石で作る。 更には、空道は菱形か、四角で。 内側を見ると、人が上れる様に手足を掛ける出っ張りが上まで設けられてるんです。 今しがた見ましたが、大分にすり減った形跡が有りました」


と、云うと。 ベットを押した。


すると、先程までハイドゥン卿やマッジオスなどが立っていた床が、急にグっと跳ね。 壁側に持ち上がったではないか。


「おっ」


「何と」


「ほぇ~」


驚く声が上がる中で、ウィリアムは上がった床の元に歩いて行くと。


「やっぱり。 これは、“道守”に任されていた地下への階段だ」


スティールは、ウィリアムの脇に行って。


「“道守”っていや、空道とかを管理する奴だろ? 俺の村にも、道守の一族が居たで」


「へぇ、今でも田舎には残るんですね」


ハイドゥン卿は、ウィリアムの隣に並ぶ場所に来て。 地下へ降りる古い石階段を見ると。


「本当に、何か在った…」


と、呟く。 そして、この事実を直ぐに察して居た若者を見つめる。


「ウィリアムよ。 この穴は、何か重要な意味が在るのか?」


一方。 言われても階段を見下ろすウィリアム。


「昔は、水道を引くのに苦労したそうです。 坑道を掘る様に、体を酷使して穴掘りをする職人が居て。 その職人達の命を預かるのが、“道守”と呼ばれる者だったそうです。 道守は、空気の穴で在る空道を管理し。 街が出来上がった後は、街に引かれる水の管理をしていたとか」


ハイドゥン卿は、カンテラを更に照らす様に階段へと向け。


「街が出来た後も、か?」


何故か、神妙な面持ちで階段を見るウィリアムで在り。


「はい。 街が出来始めた頃は、今のように世界の大半が平和では有りません。 あちこちで内乱が起こったり、領土の削り合いが行われていたとか。 その当時で、街を攻める方法の一つが、飲水を立つ事。 井戸に毒を入れても、流れる川の様に作られる井戸ですから、直ぐに水は綺麗に成ります。 が、地下水道には、必ず水を一定量貯水する水瓶に似た淵が有りまして。 其処に毒を入れられると、流れに洗われずに井戸水を薄く永く汚せるそうですよ」


「だが、それでも毒は薄まる筈では?」


すると、ウィリアムがハイドゥン卿を見返し。


「水の流れを塞き止めるのと同時に行えば、被害は甚大ですよ。 スタムスト自治国が内乱時代に、その手法で街一つが潰された過去も在ります。 この国でも、毒に因る事件がアハメイルなどで多発しました。 地下水脈を止め、毒を流す手法でね」


「…」


ハイドゥン卿も軍人の端くれで在る。 軍の戦法の下法には、毒を使った過去の事例に習う物も在り。 それは、使っては為らぬ禁止戦略の一つと成っていた。


ウィリアムは、階段に眼を戻すと。


「国が代わって統治者が変わっても、道守は狙われ続けました。 街の地下を征す事は、街を陥落させる力が在ります。 逃げ道、水道、地下蔵。 見えない地下は、色々な用途で使われ。 混乱期には、街を攻める最初の場所として狙われた頃が在ると。 次第に、国は街の地下を知る道守を役人に取立て、国の管轄にして行った。 街を領土として、貴族が支配していた時代から、国が街を管理する様に移行すると共にです」


「…なる程」


超魔法時代の詳しい事は良く解らないが、残る歴史書などをを見る限り。 街を治める貴族の離反が、国の保つ勢力を大きく左右した歴史は、事実で在り。 栄える土地を求め集まる人が、貴族が、街を最初に築いた頃からの話で有る。 国が街・町・村と規模を測り定め。 国の役人が管理を始めたのは、ほんの2・3百年前からの事だ。 貴族統治時代からの残り物が、こんな所に在ったのである。


ウィリアムは、井戸の方を見て。


「あの空道は、そのまま井戸として利用されたんでしょうが。 この階段は、埋められずに残ってたんでしょうね。 殺された被害者は、それを知って隠し部屋にでも遣って居たんでしょうか…。 この奥に、何が在りますか解りませんが…。 それが、一つの事件を解く鍵に為るといいですね」


スティールは、その場にしゃがみこみ。


「ん~、ウィリアム的な言い方をするなら…。 妙に涼しい風が来てるから、どっかに続いてるな。 ついでに、階段に埃が少ない。 誰かが行き来してた証だな」


と、推理の真似をする。


フラックターは、笑えない顔をで。


(見れば解りますよ)


と、思った。

どうも、騎龍です^^


一日遅れですが、更新です。


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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