ウィリアム編・Ⅳ
冒険者探偵ウィリアム
それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 6
≪雨の中で…≫
「しっかし、お前と俺の組み合わせって、雨の日が多くねぇ?」
灰色をした、皮張りの傘をさすスティールとウィリアム。 ロイムとラングドンが良く寝るので、宿に置いてきた。 二人は、フラックターの詰める警察局部へ、労働者が仕事に向かうのに合わせる様にして歩いて行く途中であった。
スティールの軽い言い掛かりに、しれぇ~っとするウィリアムで。
「俺の所為では在りませんよ。 誰かさんが、女性を潤わすからじゃないですか?」
その淫らな表現に、スティールはニヤリとして。
「弟子よ、今日は冗談も冴えてるな」
流石にこの表現で褒められても、大して嬉しく無いと云った苦笑いを浮かべたウィリアム。
だが、真顔に成ったスティールは、事件の事を考えながら。
「だが・・。 始まったばかりとは云え、昨日の事を聞くに遣る事が多いなぁ。 ま、お前が遣るのは、推理や現状の整理・・。 後は、証拠の炙り出しだろうがよ」
ウィリアムは、良く解ってると思い。
「スティールさんの脳でも、経験を重ねると成長するんですね。 その通り」
「お・ま・えっ、少しは目上に口を慎めぇぇいっ」
「尊敬出来る目上以外は、出来ません」
「はんっ。 ・・だが、金貸しの婆さんの過去ね・・。 下働きとか、娼婦とかは、言うに月並みだろうがよ。 住んでた所からして、苦労してそうな婆さんだな」
「ですね。 あの住まいの在る場所といい、近所に固定の知人が殆ど居ないといいね。 ですが、金に厳しい割には、優しい面も在る様で…。 本当に、苦労はされている方だったのかも知れませんよ」
「だが、殺された理由は別にして、物取りの様な感じだがなぁ。 荒らされた割には、何も奪われた形跡が無いってのが変だのぉ」
「・・、それには、もう目星がついてます」
スティールは、驚く様な話に眼を向け。
「んぁ? もうかいよ」
「えぇ。 ですが、其処を暴くにしてもですよ? 今は、俺やスティールさん以外では、フラックターさんだけしか信じられませんからね。 今直ぐに暴いた所で、それが決定打に成るとは思えないんです。 なぁ~んか、今回の事件も二重・・三重に隠れた奥がありそうな感じがするんですよねぇ」
スティールは、そう云うウィリアムを脇目にして。
「お前のそうゆう勘は、神懸かってるからなぁ~。 だが、簡単な事件では無い様な感じがするな」
「えぇ」
二人が歩く通り上には、雨具代わりのローブを来た人の疎らな往来が見える。 時折走り去る馬車の馬が、うっすらと白い息を吐いている。 標高の高い場所に在るこのロファンソマは、夏でも雨が降れば肌寒く成る。
「しかし、雨が降ると寒いなぁ。 うぅっ。 上着が欲しいゼ」
スティールが寒がると、改めた衣服のウィリアムが、しっかり下着を着込んで居るので。
「そうですかね。 長袖ですし、それほどでも」
と、話す内に左手が開け、大型の円形の施設か見えてくる。
スティールは、その白亜の大型施設を遠目に見て。
「しっかし、公園みてぇな中に、あんなデッカイ施設必要かねぇ」
「あの施設には、一部に軍部の部署が入ってるそうですよ。 政治犯や、捕虜などが出来た時に拘留するとか」
「ほう」
「後、公園の様な内部の奥は、開けた場所でしてね。 何でも、兵士の訓練場に成っていると、フラックターさんが言ってましたね」
「共同なのね」
「ですね」
二人は、雑談を交えながら、施設に向かって中に入った。 フラックターにウィリアムが面会したいと云えば、入口の見張りが昨夜の馬番をしていた役人の男性だったからだ。 すんなり通して貰えたのには、スティールも無言で感心と云うか、驚きを思う。
暗がりと成らない様に、朝からシャンデリアには蝋燭が灯り。 壁掛けのランプにも、弱めた炎が灯る。 役人が不粋に思える城の様に綺麗なエントランスロビーを行き、正面奥の大階段へ向かって内部を行く二人。
美しい乳白色の壁、一つ一つに模様の描かれた床を見回したスティールが。
「なぁ~んか、綺麗な内部だな」
と、差し掛かる階段へと片足を上げた。
「えぇ。 見た目は・・。 でも、少し複雑に成るこの内部の造りを見るに、用途は軍事目的と言いましょうか、警戒警備の施設の様な気がします」
肩を並べ、階段に上がるウィリアムが云うので。
「そうかぁ?」
と、スティールは再度内部を見回して見る。
階段を上り始めながら後ろに軽く振り向いたウィリアムで、説明に移った。
「はい。 正面入口から見ると、この大階段しか眼に入りません。 一階内部に通じる廊下や大廊下は、死角に成る場所に通っています。 この大階段も、螺旋階段が四角を描く様に真っ直ぐでは無い。 これは、大勢の侵入者が来ても、直ぐに上に来させない小細工の一つなんだとか」
「そうなの?」
「えぇ、本で読みました。 時間を少しでも階段で稼げば、上に居る方々が気付いてから行動を起こすのに時間が出来ます。 剣や武器を取る、逃げる、他の者に知らせる、その行動に移る時間なんて、少しの時間が有れば最低限出来ますからね」
「ほぉ、そんなもんか」
「こう云った城や館の姿で、石が使われるのも理由が在ります。 壊し難いし、燃え難い」
「そらぁ~、そうだ」
各階に向かう通路が踊り場から伸びるだけで、階段は吹き抜けの上へ続く。
「ウィリアム。 フラックターの居る階は?」
「3階ですね」
「結構上在るが・・、何階建てなんだ?」
「聞いた所では、7階だと」
「下には、メシ食う所も在るのかね?」
ウィリアムは、スティールが空腹なのかと思い。
「だから、何処かで食べていきますか~って聞いたでしょうに?」
「うぃ。 急に腹減ってきた」
3階まで上がると、ウィリアムは、フラックターの居る部屋へとスティールを連れていく。
「フラックターさん、ウィリアムです。 入っても宜しいでしょうか?」
と、大扉の前で声を掛けた。
すると・・。
「どうぞ、御入りください」
と、大人びた女性の声がするではないか。
ウィリアムも、スティールも、眼を見張ってお互いに見合う。
「失礼致します」
ウィリアムが扉を押し開けば・・。
「此方へ、どうぞ」
と、二人をソファーに案内する女性が居た。
「はぁ・・」
「はい」
二人は、少し影に成る女性に近付き、ソファーに腰掛ける中で明らかに成る女性を見た。
二人が見るその女性は、パッと見て美人と云う顔の女性では無かった。 が。 少し切れ長で大きな瞳をし、気持ちの緩みが伺えない薄く微笑する唇。 知的・・と云うべきか、礼儀や物事への振る舞いを弁え、大人の淑女としての全てに親しみが深いと窺える人物である。 クリーム色の髪をローレルの様に結い上げる髪型は、少し昔の貴族女性に流行った髪型である。 見た目の年齢は、40前後だろうか。 目尻に、相応の皺がうっすらと見えた。
二人が会釈だけしかせず、静かにソファーへ座ったのは、その女性が気に入らなかったのでは無い。 その女性の立ち姿がキリッとして乱れがなく。 また、淑やかさと貴賓が備わる雰囲気を、会話で乱したくなかったのかもしれない。
ウィリアムとスティールが並んで座ると、女性も対面の席へ腰を下ろし。
「私は、フラックターの姉に成ります者で、エリザと申します」
と、頭を下げてくる。
ウィリアムとスティールは相手を知り、思わずハッとした。 驚くだけのスティールだが、ウィリアムは直ぐに一礼して。
「これはご丁寧に。 身分を弁えず、先に座りまして済みません。 自分は、冒険者をして居ます、ウィリアム・オリンスターと云う者です。 此方は、仲間のスティールさんです」
すると、フラックターの姉であるエリザが、二人を見て。
「お二人の事は、弟より聞いて居ります。 この度は、我が夫の落ち度を助けて欲しいと弟が頼ったとか。 お力添えを頂き、誠に感謝を・・」
ウィリアムは、フラックターが居ない事が気に掛かり。
「いえ。 フラックターさんとは、アハメイルで面識が在るので。 所で・・、フラックターさんは?」
「弟は、今は下に。 直に戻ると思います。 私の分も含めて、軽い飲食の出来る用意を取りに行ってます」
「あ、これは済みません。 我々の様な者にまで、ご迷惑をお掛けします」
すると、エリザは乱れない真っ直ぐな眼をウィリアムに向け。
「いえ、いいのです。 元はと云えば、夫が正しく責任を果たさず。 また、それを読み取れず、今日まで引き摺ってしまった私共の至らなさが生んだ出来事ですから。 親として、腹や何だが違うと、子供を隠して育てるなど情けない事。 罪無き子供を、日陰に隠して埋もれさすなど、親のすべき事では有りません。 貴族の名を頂きながら、自分の子供の身より体裁を繕うなど情けない事だと思います」
何の躊躇いも無く、そう言い切ったエリザ。
スティールは、そうは簡単に行く話でも無いと思い。
「すいません。 俺は、生まれが低いから口が悪いのは許してくれ。 確かにそうだけど、夫として隠し子を簡単に表に出来ないのは、心情的に仕方無い様に思えるんですが・・」
すると、エリザは首を振り。
「それは、本人の身勝手です。 こっそりとでも隠して面倒を見るぐらいなら、ちゃんと引き取るのが責任だと思います。 私は、常常に夫に言って居ります。 恥をかくより、人でなしをする方が、遥かに人として間違って居ると。 隠して隠し続けて構わない事も多いでしょうが。 人の一生が掛かる事に、見栄や体裁を気にしたり。 影を差す様な真似をするのは、不義、不仁の行いです」
ウィリアムは、其処に割って入り。
「所で。 ラインレイド卿が密かに育てられていた御息女とは、今も学習院に? 確か、お金を借りて入れたのが、去年か今年かは解りませんが・・春先とか。 夏季の今は、休みで戻られると思うのですが・・」
エリザは、その話に眼を穏やかにして。
「今、離に戻って居ります」
「“離”?」
「えぇ。 丁度、夫が謹慎を受けました。 この期に、父親としてしっかり対峙して欲しいと言いましたので。 夫も、人目を不忍に話が出来ると、離に」
スティールは、それは違うと思い。
「家族に成るんなら、一緒じゃないと・・」
エリザは、また首を左右に振り。
「昨日まで他人だった様な存在で、しかも父親しか知らなかった子供です。 年も16歳と微妙な頃。 一つ一つ、順を追って整理させなければ、本人が曲がってしまう。 今、気落ちした夫は、弱っくなった分だけ素直です。 言いたい事、確かめたい事、子供と親がお互いを見るのに、他はまだ邪魔ですわ。 私は、二人が壊れない様に見守るのが、今の自分の勤めだと思って居ります」
スティールは、その意味が良く解らない。
だが、ウィリアムは、何とも良く出来た女性だと思える。
「奥様は、新しい娘さんが可愛いのですね?」
すると、エリザは何の詰まりの無い様子で頷いた。
「えぇ。 息子ばかりで、女の子が居ない家族です。 夫によく似たあの子は、一目で気に入りましたわ。 少し気丈で、とてもハッキリとした性格・・。 しかも、臆する事もなく、堂々とこの家に来ました。 あの子は、これからが必要です。 過去を跳ね返せる眼をしています。 それに、魔力も高いらしいので、あの子が云う様に魔法を習わせたいと思います」
ウィリアムは、とても不思議だった。 この目の前の女性には、人間臭さが無い様な気がする。 まるで、教えの中から出てきた様な人物で、こんなにも素晴らしい人が居るのかと思う。
「其処まで、割り切れるんですか。 素晴らしいですね」
すると、エリザは笑を薄め、少し遠い目をすると。
「割り切れてる訳では有りません。 我儘で、大切な物を壊したく無いだけですわ」
ウィリアムも、スティールも、その静かな本音の切れ端を聞いて何も言えなかった。 エリザにも、様々な心持ちが在るのだが。 それを表に出すだけが仕様では無いと、雰囲気で言われているに等しい。
沈黙が間を埋める。
だが。
その静寂を破り、勢い良く扉が開いた。
一斉に、ドアを見た部屋の中の一同。
「あっ、ウィリアムさんっ」
顔を見せたのは、フラックターである。
「おはよう御座います」
と、ウィリアムが正しく言い。
「昨日ぶりだな」
と、スティールが気さくに云う。
「フラック、もう少し静かに扉を開けなさい」
立ち上がるエリザは、弟の方に向かった。
「すっ、済みません姉様」
エリザに頭を下げるフラックターで、その後から手伝いで手押しの給仕用台車を押し運んで来る役人男性が居る。
ウィリアムは、それが昨夜に事件の現場に同行してくれた役人だと解り。
「あら、夜勤のままに残ってたんですか?」
台車を中に押入れ、ドアを閉める役人の男性は、
「事件が頻発していて、手が足りないんです」
と、閉めきると。
「あの、先に伺いたい事が」
役人の男性から、ウィリアムへ聞き返される。
ウィリアムは、何事かと思い。
「はい?」
すると、役人の男性は、ズンズンとソファーの方に向かって来るではないか。
見ていたフラックターは、それに慌て。
「おっ、おいっ。 彼は違うって!!」
何事かと思うスティールが、ウィリアムと近付いて来る役人の男性を見る。
その中で。
「君は、犯人では無いよね?」
唐突な一言が、役人の男性から出た。
「…」
黙るウィリアムであり。
「おう?」
と、顔を歪めるスティール。
役人の男性は、対面のソファーの背辺りに立ち。
「君が云う通りだった。 遺体に熱湯を掛け、血が流れ出た様に思わせた様だって。 更に再度溶かした血をその場に撒いた形跡が在ると、医師が。 心臓付近の抉られた傷は、死んだ後に付けられたモノで。 しかも、胸部の皮膚が火傷していた。 熱湯に因る火傷で、死んだ後から掛けられたそうだ」
ウィリアムは、眼を一回瞑って。
「そうですか、・・やっぱり」
と、眼を開く。
スティールは、役人の男性が何をもってウィリアムを犯人扱いするのか、全く理解出来ないのだが。
「オッサン。 コイツを疑うのは、かなりの筋違いだ。 コイツは、小さい頃から薬師の修行を積んで、医者の助手もしていた経験が在るらしい。 しかも、この国じゃ~ないが、幾つもの事件を尽く解決して来た過去もな。 死体を・・検死だか、検める眼は、下手な医者より上かも知れないゼ」
信じられないと云う身動ぎの役人の男性で、
「本当なのか?」
と、スティールに聞き返すのだが。
スティールは、フラックターに首を振ってから。
「そこの御偉い奴が、何で出世したか知らないのか? 要因は、此処に居るウィリアムが、国を揺るがし兼ねない大事件を解決したからだぞ?」
「え゛ぇっ?!」
役人の男性は、驚いたままにフラックターを見る。 ロレンツやリオン王子が、あのホローの事件を解決したことは、既に地方でも有名に成っている。 冒険者・・旅人・・交代で入れ替わる兵士などに依り、噂と成って響いて来ていた。 その中でも、フラックターは異色の活躍をもって、今の地位に出世したと云う情報も含まれたし。 また、事件解決の裏には、頭脳明晰な冒険者の力が在ったとも・・。
(この若いのが・・、あの公爵家が絡んだ一大事の事件を解決に導いた? と・・云う事は、リっリオン王子か・・テトロザ様には御面会してる可能性がぁぁ・・)
やっとウィリアムの存在を理解し始めた役人の男性で。 近々、数日の周辺視察として、リオンが各都市を回る事も思い出す。 この事は、早馬で前持った通達として、五日前に知った事だ。
役人の男性は、フラックターが何故に彼を優遇したか理解した。 眠気も覚める様な素早い敬礼をして。
「済みませんでしたっ」
と。
だが、ウィリアムは・・。
「あの・・。 それより、貴方が云った事を詳しく知りたいのですが・・」
★
フラックターの姉が、ウィリアム達にまで食事の支給を買って出た。
慌てて辞退しようとするウィリアムと、何とも言えずに困るスティールなのだが。
“夫の濡れ衣が晴れるかどうかの時。 私には構わず、捜査の事に集中して下さいませ”
エリザは、そう言って支給に動いた。 支給の形を終えた所で、エリザは全てを理解する様に無言で一礼を交わしただけで。 静静と家へ帰ってゆく為に退室した。
フラックターの代わりに役人の男性がエリザを見送る為に、警備も買って出ていく。
紅茶の香りが蓄積し出す部屋には、ジェリーの事件で一緒に成った3人だけが残された。
フラックターは、姉の思いを誰よりも強く理解している。 だから、余計な雑談無しで、老婆の遺体の検死報告をした。
ウィリアムの見立ては、ピッタリ一致した。 老婆の遺体には、死後に熱湯に近いお湯を掛けられた形跡が在り。 それは、抉られた心臓付近を中心に、だと云う事だ。 絨毯を濡らしていたのは、やはり水。 血は、固まった物が熱湯で溶かされた物と判断出来るらしい。
ウィリアムは、聴き終えると頷き。
「でしょうね。 凶器が無く、遺体は不自然な場所に、不自然な形で在った。 血を床に撒くまでの工作は出来ても、壁などにまで撒く量が無かったか。 或いは、その工作をするまで余裕が、犯人に無かったか…。 どちらにせよ、殺害の現場は別に在る筈です」
フラックターは、ウィリアムを心底頼る気で。
「ウィリアムさん、これからどうします?」
「そうですね・・」
紅茶を一口啜ったウィリアムは、湯気を見ながら。
「金貸しをしていた老婆が、後ろから殴られています。 犯人は、そっと老婆の背後に忍び寄ったか・・。 或いは、老婆が背後を許せた相手かも知れません」
「なる程」
「家では無い場所に出掛けて行き。 そこで、背後を襲われた・・。 話からして、頭の傷が相当に酷いとか。 かなりの血液が周囲へ飛び散った筈なのに、その現場を見つけられた通報が、今だに無い訳ですよ」
「詰まりは・・、他人から見られない。 または、見付かりにくい場所で、コリンと云う老婆が殺された訳ですよね?」
「そうです。 遺体が発見される前の日、老婆は足が悪いのに何処へ行ったんでしょうか。 色々と知りたいので、今在る証拠を検めたいですね」
フラックターは、この言ってる意味が解らず。
「はぁ? “今在る”・・ですか?」
ウィリアムは、フラックターをしっかり見て頷き。
「そうです。 押収された帳簿とやらと、拘留されている人達・・」
「あっ、・・嗚呼」
言われて気付くフラックターで。 まだ、任される役職に似合う思慮が足りないと云えるだろう。 ま、成長も見込んで、ロレンツは彼を指名したのだろうが・・。
しかし、ウィリアムは、直ぐに。
「ですが、捜査の主任がキキルと云う人物で在る以上。 フラックターさんの権限で、何処まで踏み込めるかは……微妙ですよね?」
フラックターは、一々頷くばかりで。
「そうですねぇ・・。 初動で動いた役人は、誰の下にも付かない一般役人ですが。 証拠品の管理や参考人を抑えているのは、キキル刑事官の直属の部下。 私が掛け合っても、すんなり会わせるかどうか・・」
「ふむ・・」
ウィリアムは、正式な役人では無い。 勝手に現場周辺に聞き込みを行える様な、独立した特権が在る訳でも無いし。 基本的には、役人が捜査するのが正当な捜査だ。 だが、まだモヤモヤとして、確かめたい事が山積している。 その一つ一つを、これからどう片付けて行くかが問題だった。
考えるウィリアムにも、切り札は在る。 だが、その切り札を相手に取られない形で手中に納めたい。 下手すると最悪な事態としては、事件を担当する捜査陣諸々が犯人に成る可能性も在る。 慎重に事を進めなければ、有益な証拠を全て消される可能性も有るのだから・・。
二人が黙る中で、スティールはふっと思う事を口にする。
「所でよ。 昨日にウィリアムを迎えに来たあのオッサンは、誰なんだ? 強引に引っ張って行ったが、ちと勝手過ぎないか?」
フラックターは、眉間を撫でながら。
「あ~、あの方は、マッジオス副刑事官と云いまして。 我が義兄様が任されていた捜査陣直属の副官です。 気丈で、何事にも猛牛みたいな性格で取り組む方でしてね。 主に、捕り物や情報集めを任されていた方ですよ。 直情が災いしてか、主任的な立場を任せて貰えなかった方らしいです」
「ほう。 んで、何でそのオッサンをウィリアムを迎えに置いていった?」
「実は、昨日の昼間まで、私も自分の仕事に逐われてまして。 私がどうしても迎えに行きたいので、一緒に行ってくれるのを誰かに頼もうと思い、彼に。 義兄様を助けたいのは、彼を含めた義兄様の部下の共通の想いだと思いましたし」
「ふぅ~ん。 その割にには、強引だね」
「でしょうね」
苦笑いで云うフラックターであり。
それを見るスティールは、何処か情けない様な気がしてか。
「解ってたのかよ」
と。
すると、少し溜め息混じりで俯くフラックターは、何とも頼りな下げな様子で。
「あのマッジオスって方は、分家ですが男爵家の家長。 位が上で、代々遣える義兄様には従順ですがね。 一般人でも一応は身内に成る自分にすら、男爵家として威風を向けるプライドの高い方でも有るんです」
「ほう、それはクソ面倒な話だな」
「えぇ。 今回は、自分の方が役職上の権威が上で、しかも義兄様を助けるにウィリアムさんの力が必要だと云う話から従ってくれましたが。 もう、無理でしょうな」
「下らん」
「本当に・・」
二人が話を終える時。
ウィリアムは、また聴きたい事が出て。
「そう言えば、あの役人さんも熱心ですね」
フラックターは、今日も一緒の男性役人かと思い。
「姉様を見送りに行った彼ですか?」
「えぇ」
「それはそうですよ」
「理由が有ると?」
「はい。 彼は、次の月から、義兄様の捜査陣に加わる予定だった方ですから」
「なるほど・・」
スティールは、冷めかけた紅茶を啜った所で。
「専属の役人に成ると、給料違うのか?」
「基本的には、変わりないんですが・・。 先ず、初動の役人は、事件を解決まで捜査出来る訳も無いですし。 次から次へと、初動捜査をし回ったり、兵士との合同で見回りをするなどの下働きばかりなんですよ。 やはり役人で有る以上、関わった事件を解決までやりたいのは本音ですし。 仲間と云う輪の中で共同作業をするのは、只の役人には無い人の輪と言いましょうか。 繋がりが在ります」
「名誉つぅ~か、気持ちの問題みたいなモンか?」
「えぇ。 ハッキリ言って、初動捜査で犯人を挙げられればしてやったりですがね。 現行犯でも無い限り、初動の役人が手柄を挙げられる機会など、匆匆に有る訳ないんですよ。 犯人を挙げたり、事件解決の功労は手当てに反映させられます。 直接的には、捜査陣に配られる活動資金なんですが。 捜査陣に加わると、追加的な手当てが刑事官から出るんです。 名誉的にも、給料的にも、捜査陣に加わる方が絶対にイイ訳ですよ」
スティールは、役職の裏側に有るしきたりの様な物を見る様で嫌だった。
が、ウィリアムは、更に。
「でも、どうしてあの方が? もしかして、初動で犯人を挙げたとか?」
フラックターは、読みが鋭いとウィリアムに向いて。
「流石に。 彼は、今までに見回りで泥棒や強盗を何度か捕まえた功績が在りますし。 先月に、連続した放火犯を捕まえたらしいんですよ。 ですから、彼を義兄様の捜査陣に加え、義兄様の捜査陣へ運営費の追加が決まっていたそうです」
スティールは、フラックターの兄に指名が行った事が凄いと思い。
「ほぉ~。 んなら、御宅の義兄さんって、此処じゃ割と出来る方なのか?」
すると、フラックターは少し胸を張り。
「バカにしないで下さいよ。 義兄様の捜査陣は、この施設に置かれた15の捜査陣の中でも、犯人を捕まえた数が一番なんですから。 一般の役人からでは、一番組したい捜査陣と言われています」
「なぁ~る。 今回のしくじりが無ければ、アンタも出世した身分で会えたし。 お祝いのパーティーかなんかでも開けた訳だ」
ウィリアムも、スティールも、これには頷くだろうと思っていたのだが。 急にソファーへ背を丸めながら落とすフラックターは、少し苦笑いで。
「どうでしょうか・・。 出世はしましたが、周りはそう扱ってくれません。 ま、僕などは、まだまだ見習いの様な者ですから・・。 正直、本当に認められるには、もっともっと時間が掛かると思います」
ウィリアムとスティールは、そんな力なく云うフラックターを見ては、お互いに眼を交わす。 フラックターはフラックターで、色々と或る様子で在った。
スティールは、この自信の無さは良くないと思う。 だが、付けるのも、取り戻すのも、身につけるのも自分だ。 変に言葉を多く掛けて、思わせるだけでは意味が無い。
「ま、まだまだ、これからだな」
ウィリアムも。
「そうですね。 さて、それでは・・・」
と、話し合いを更に進めようとした所で。
「あら?」
と、廊下の方を見た。
スティールも、ウィリアムの反応に合せ。
「何か・・、大声しなかったか?」
全く聞こえなかったフラックターは、キョトンとして。
「えっ? そんな声なんかしましたか?」
と、体を捩って後ろに向く。
すると、騒ぎでも起こっている様な声が聞こえだし。 その声がどんどん近付いて来たかと思うと…。
野太い男の声で。
「責任者は居らんのかっ?!」
すると、今度は対応している男性の声で
「あのっ、御面会の手続きをっ」
また、野太い声がして。
「やかましぃっ、家族に会うのに御面会の手続きも有るかっ!!」
また、対応する声が。
「キキル様は、今は捜査に出掛けて居ります。 どうか、少し間を於いて…」
もう、その言い訳がましい対応に、野太い声が更に怒り出して。
「この無能めっ!!! あの噂に酷い怠け者のキキルがっ、捜査に出るなどあるものかぁっ!!!! それが本当ならっ、それこそ怪しい事じゃわいっ!!! もういいっ、刑事総括長のアリマに問うっ」
「そっ、それはっ」
こんな遣り取りが、廊下を行きながら廊下の奥へと向かって行く。
ウィリアムは、スティールを見て。
「実に気になりますね。 キキルとい名前も出てましたし」
スティールも、ウィリアムを見て。
「なぁ~にが起こったかなぁ」
二人は、何か企む様な目で、フラックターを見る。
「えっ? えぇっ?!!」
フラックターは、何をするのかと怯えた。
どうも、騎龍です^^
どんどん、定期的に話を掲載していきます^^
番外編のK編を同時進行で制作していますが。 10月下旬掲載で、進めています。
ご愛読、ありがとう御座います^人^