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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
130/222

ウィリアム編・Ⅳ

                     冒険者探偵ウィリアム


                  それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 5



                  ≪事件の現場に残る跡、それは手掛かり≫



馬車で揺られる事少し。 商業区の中を突っ切り、街の南東部に広がる住居区域の中心部に来た。 馬車が停まり。


「フラックラー様、現場に到着しました」


御者の役人が、車体の前に付く網野目をした小窓を開けて言ってくる。


「ありがとう。 では、案内して欲しい」


「心得て居ります」


外に出たウィリアムは、高さの無い家が密集する中に通る大通りへと降りた。 街灯も無く、家からこもれるぼんやりとしたランプなどの灯りもが、稼ぎや身分に合ってか弱々しい。 遠くまで夜空を見渡せる場所であるが、星は雲のカーテンに隠されていた。


(確かに、下町ですね)


レンガ道路の造りが雑で、歩く足にやや凹凸感が伝わってくる。 それでも、隙間なくはレンガを詰めて、接着用の粘土でも合わせて敷いて有るのだろう。 雑草が隙間から出ている様な、荒れ果てた感じは無かった。


「いや~、流石に真っ暗。 しかも、道が悪いよ。 お尻が痛い」


ヨロけて降りるフラックターは、貧しいながらも育ちはお坊っちゃんの様な印象を受けた。


木の短めの柄をした槍を持つ役人が、馬車を停めて降りて来る。 二人居て、残る一人は馬の見張りである。 馬泥棒は、馬が陸路交通の要で有る以上、何処にでも起こりうる犯罪の一つだった。


さて、その被害に遭った老婆の家と云うのが、また歩く所に有る。 下町の貧民街の真ん中付近らしく。 何処の道から入っても、クネクネと細い道を行かねば成らない。 家と家が左右に隙間少なく並び。 パッと見て、闇夜の中では壁と思える様な場所に、真っ暗な空間が在るだけの様な夜の道である。


しかも、こんな家が寄せ集められた密集地だ。 少しの大声でも出せば、差ほど弱まる事もなく外に筒抜けと成る訳で・・。


「おいっ、酒は無いのかっ?!!」


「アンタ、もう止してよ」


「ウルセェっ!!」


「キャっ、………」


こんな会話も聴こえるし。 他では、男女の交わりの声が漏れてくる所も有る。 所では、酔っ払った男女の喧嘩の声もした。 それだけ、夜が深まりつつ有る頃合いだと云う事だが。


「はぁ、何処も下町は凄いな。 隣同士の家がくっついてるみたいだし、路地が狭くて街灯も無い」


暗い中でブツブツ言い、顔を顰めるフラックターだが。 こんな様子は、島で慣れきったウィリアムである。 フラックターが驚くのが不思議と思え。


「フラックターさんの住んでいた家は、こうゆう場所では無いのですか?」


周りを警戒するフラックターは、やや小声で。


「違いますよぉ。 一応、役人の住める官舎区の一軒家で、狭いながらも庭ぐらいは有りましたよ」


「なるほど」


ウィリアムは、一つの曲がり角から家の前に走る脇道の先に、一人ポツンと立っている少年を闇夜の中で見た。 恐らく、家に入れない訳でも有るのだろう。 だが、これが自分の居た所では当たり前。 無用に関わる事もせず、見過ごして行く。 面倒も最後まで看ないのに、短絡的な情けで口を利いても仕方が無いのを解っていた。


さて。 随分と密集地の奥に入り込んで。 


「此処です」


と、案内されたのは、明かりの点いた石造りの平屋。


入口が開かれっ放しの様子に、ウィリアムは不審に思い。


「入口の戸は・・、壊されたのですか?」


すると、役人の男性が何処か困った様子を見せて。


「はい。 キキル刑事官が、立て付けの悪い戸を蹴り飛ばしまして…」


捜査をする人間が、現場を荒らすとは些か変わっている。 ウィリアムは、気性か、そうゆう場面だったのかが良く解らない。


「ふむ。 ・・そうゆう人なんですか? それとも、最初に踏み込んだ?」


「いえ、どちら違います。 いや・・、正直良く解りません」


これには、ウィリアムとフラックターも。


「はぁ?」


「何だって?」


と、声を出す。


役人の無精髭が目立つ中年男性は、壊れた戸の無い入口でウィリアムやフラックターを見て。


「それが・・。 キキル刑事官と云う方は、今まで事件の現場に来た事が無い人です。 基本的に、部下の好き勝手に捜査させ、犯人を決めつけると直ぐに裁判へ。 冤罪で判決が下された事例も多く。 何度か冤罪が認められ、職務停止を受けた事も・・。 今回は、殺された老婆の名前を聞いた直後、現場にすっ飛んで来て、その……」


ウィリアムは、今回に限って有り得ない事例が起こったのだと理解して。


「詰まり、現場に最初に踏み込んだ訳でも無いのに、ドアを蹴り壊した訳ですか・・。 しかしまぁ、良くそんな方がその地位に居れますね?」


すると、フラックターが。


「キキル刑事官は、家柄がいいんですよ。 任命権を持つ統治責任者が、前は父親。 今は、弟と成っていて、恐らくクビに出来ない様にしてあるのでしょうな」


頭痛がしそうなウィリアム。 こんな事が平気で在るから、貴族社会は政治学者などに言わせると無用で。 商人から言わせるなら、扱い易い腐界(不正の渦巻く場所)と云われるのだ。 だが、もうウィリアムの眼は、早くも其処に異質性を見出している。 それを確認すべく、役人の男性へ。


「あの。 もしかして、キキルと云う刑事官は、仕事に対して完全にやる気が無いのでは?」


すると、役人は大きく頷いて。


「はい、そうなんですよ。 ですから、態々此処に来た事が驚きですし、イライラしてドアを蹴るなど想像もしてませんでした」


「…」


ウィリアムは、それを心に留める。


(これは、今までは無かった事・・。 今回に限って・・そうした…。 その理由は、何だろう…)


そう思いながら。


「とにかく、中を案内して下さい」


「はい。 では、此方へ」


家の中に入る役人の男性曰く。


「一応、そのままに成っています。 押収された物は、一部の者の貸し付けが書かれた帳簿だけで。 関係無いと思われる物品や他には、手を付けてません」


と、云った。


が。


ウィリアムとフラックターが踏み込むと。 食事をする四角テーブル他、見て直ぐに家具を把握しきれる簡素な部屋が、随分と荒らされている。 壁に沿って置かれたと思われた食器棚が倒されていて、皿や少ないカップが粉々に・・。


同じく捜査官として下働きをしてきたフラックターは、その現状に。


「これは、凄い惨状ですね・・。 相当に焦って何かを探したんでしょうな」


と、云う。


しかし、役人の男性が。


「あの・・、それが…」


と、口を濁すので。


「ん? どうしたんですか」


と、フラックターが問うと。


「確かに、我々が通報を受けて来た時。 棚は倒され、少ない本棚も乱れていました。 ですが、此処まで散散たる様子にしたのは、キキル様です」


「なっ、何?」


驚くフラックターは、そのまま言葉が出ない。


だが、ウィリアムは、その現状を見て。


「つまり、キキルと云う刑事官も此処にきて、犯人と同じく何かを荒々しく探し回った・・?」


役人の男性は、逆らえない身をもどかしくさせる様に俯き。


「はい・・」


そこでウィリアムは、フラックターに。


「あの」


と、声を掛ければ。 有り得ない事に驚いたままのフラックターは、もう嬌声に近い声で。


「へぇっ?!」


と、聞き返す。 理解の行かない事ばかりに、フラックターも焦り困惑している為だろう。


ウィリアムは、聴き易い様にと少し声を穏やかにして。


「この状況は、犯人と・・キキルって方が作り上げた訳でしょう?」


「あ・・あぁ。 そっ、そうだね」


「と、云う事は、・・詰まり犯人と、キキルと云う方は似たもの・・。 キキルって刑事官の方も、此処に居た老婆と関わりが~・・在るんじゃ在りませんか?」


この一言に、フラックターと役人の男性は激しく眼を噛み合せる。


「ま、まさか」


と、狼狽えて云うフラックターに対し。


「いえ・・、否定は出来ません。 捜査費用の流用は疎か、事件で押収された金品に手を付けて、謹慎を何度か受けた方ですし。 金貸しの取立てが警察局部にまで来て、斬り付けたと云う噂もありますし…」


フラックターは、嘗ては自分の上司も裏金を貰って捜査に私情を挟んでいたが。 此処にも似たような者が居るのかと呆れ。


「はぁぁぁ・・、どうして僕の行く先々でこんな…」


だが、ウィリアムはそれだからこそと。


「フラックターさん。 事件に対しての我々の捜査は、まだ始まったばかりですよ。 内部の汚職なら、他に被害が出て。 隠せ切れなく明るみになり、そのままダラダラと解決されるより。 内部からの自浄能力で解決しないことには、住民などに対してケジメが着きません」


「あ・・、そうですね。 スイマセン」


気を持ち直す為に、自分の顔を擦るフラックター。


捜査の手を伸ばすウィリアムは、役人の男性へ。


「遺体は、何処にどうして在りましたか?」


鋭い指摘をしたウィリアムの言葉に、男性は聞き入っていた。


「あっ、は・はいっ」


言われてはハッとして、居間の中央に敷かれた紅い絨毯を指さす。


「此処です。 此処に、仰向けで倒れて居ました。 ただ、後頭部を何かで殴り割られて居るのに、胸にも貫通しかけた刺し傷が有りまして…」


ウィリアムは、腰を降ろす場所に敷いたり、椅子かソファーに敷く用に作られた柔らかい絨毯が。 何故か床に敷かれているのが気に係る。


「この絨毯は・・、此処に敷かれていた物だったんですか?」


「いえ。 この家を訪れる者で、金貸しの仕事を手伝う者に聞き込んだ所。 この絨毯は、近くに倒されている、あの一人用のソファーに敷かれた物だと言っていました。 本当なら、何方も寝室の在る隣の部屋に在った物らしいですね」


「そうですか・・。 所で、血の痕が少ないですね」


現場を見るウィリアムは、頭を割られた上に、心臓まで刺されたと云う割には、周囲に見る血量が異常に少ないと見える。 臭いもするのだが、殺人の行われた現場にする独特の臭いでは無いと思った。 今までの経験上から来る特徴と、この現状の有様が噛み合わずに気に入らない。


役人の男性は、捜査官の様な物言いで現場を見て、聞いてくるウィリアムが何様か解らない。 だが、フラックターが、ウィリアムの質問は、自分の質問と同じと思って欲しいと言われているので。


「はい。 それは、此方も気になってます。 同じ同僚の中には、殺された現場は別じゃないかと云う者も・・」


「一部の方だけがそう仰ると云う事は・・、大半の方は、此処が現場だと思って居るのですか?」


役人の男性は、しゃがみこみ。 そして、絨毯を捲る。


「我々が到着した時。 この絨毯がぐっしょりとした感触で重かったんです。 しかも、下の床を見て下さい」


役人が捲る床には、黒ずんだ液体が木の板を敷き詰めた床に染み付いている。 臭いからしても、血で在るのだが・・。


その光景を見たウィリアムは、直ぐに絨毯を捲り上げたままにして欲しいと、役人の男性へジェスチャーする。 そして、黒い染みの周囲に眼を向けながら屈み込み。


「何ですか、この二重三重に薄まりながら広がるシミは・・。 え? これは、水じゃないですか?」


と、念入りに指で床を触れ出した。


「あっ、勝手な事は・・」


と、云う役人に。


「いいっ、彼の遣ることに手を出さないで欲しい」


と、言い切るフラックター。


「はぁ・・」


ウィリアムを良くは知らない役人の男性である。 事件の現場は、捜査する役人からするなら、事件可決までは誰にも触れられたく無いテリトリーに成る。 それを、素性も解らない若者に触られたく無いのは、普通に考えて当然かもしれない。


だが。


黒ずむシミが年輪の様な歪な輪を生んで、しかも、端に向かって薄まるシミを見て、ウィリアムは確信する様に。


「これは、血と水が混じってますね。 しかも、この黒ずんだ血、一度固形化した血が再度溶けた様な感じですよ」


と、意見を述べ。


「すみません、絨毯を戻して下さい」


と、役人の男性に云う。


「はい・・」


なんの意味が在るのか解らない役人の男性だが・・。


今度は、絨毯の濡れた処に近付き。 絨毯の伸びる繊維を万能ナイフで選けては、下地を見るウィリアム。 そして、老婆の遺体が在った場所を備に見てから。


「やっぱりだ」


恐る恐るの様に間近に近寄るフラックターは、早く何かが知りたくて。 気持ちが言葉と成って、口から外に出る。


「何がですか? 何が“やっぱり”なんですか?」


役人の男性に教えられなくても、ウィリアムは遺体の心臓部が在った場所の絨毯を指差し。


「見てください」


フラックターも、役人の男性も其処を見る。 絨毯にかなり顔を寄せれば。 其処には、まだ水分を持っている血の固まりの小さな物が入り込んでいた。


確認した二人が、身を持ち上げているウィリアムを見れば。


「普通、日中の暑さからして。 夜が涼しいとしても、流れ出した血が大量でも、殆どが血糊の様な状態か、絵の具が固まる様に凝固します」


役人の男性が、先に。


「そう言われれば・・。 昨日の別件で起こった刺傷事件でも、かなりの血が広がった現場でしたが。 思い出すと半日でかなり乾いてました」


フラックターも。


「まぁ、そうだろうね」


また絨毯に前屈みと成って近付いたウィリアムは、血の固まりをナイフで突っつき。


「普通の血が飛び散り凝固すれば、絵の具が乾いた様に成りますでしょ? でも、この血糊は、血液が固まってから落ちた様な・・。 こいつは、既に死んだ遺体から出たものです。 しかし、異様にヌラヌラと湿っている。 これは、絨毯に染み込んでいるのが水だからですよ」


フラックターは、


「み・水・・」


と、一番濡れた絨毯の部分に指を押し当てる。 そして、付着した物を見ると。


「・・確かに、血だ。 だが、エラく濃度が薄い様な気がするな。 ベットリしないし、色が薄い」


役人の男性も、フラックターの指を見て。


「そうですね・・、誰も触れて見るまではしてなかった…」


ウィリアムは、役人の男性に。


「所で。 刺された心臓の傷は、かなり抉られた形跡が有りませんでしたか?」


役人の男性は、直ぐにウィリアムを見返し。


「よっ、良く解りますねっ? 遺体を見ても無いのに…」


「いえね。 犯人は、傷口の内部を刺した後に少し抉ってる事は、此処を見れば解るんですよ。 ホラ、臓器らしき肉片も見えます」


此処でフラックターは、顔を歪めて。


「あ・あの・・、処でウィリアムさん。 死んだ遺体から血は出ないと思いますが・・。 市場から買ってきた生肉を切っても、血は出ませんよね。 死んだ遺体を後から傷付けたなら、どうして・・血が?」


「えぇ。 ですから犯人は、傷口にお湯を掛けたんですよ。 此処で死んだ様に少しでも思わせる為に。 普通、肉片には血がべっとりと付着します。 ですが、よく見てみるとこの肉片は、血が拭われた様に付着が少なく綺麗なんですよ。 しかも、少し不自然に白い色をしてます。 この状況を見て判断するに、そう思えるのですよ。 遺体の胸の幹部を見れば、もっとハッキリした事が云えます」


「え゛っ?!」


驚く役人の男性に、ウィリアムは続け。


「スイマセン。 この絨毯も押収してください。 そして、医者に見せた方がいいですよ」


役人の男性は、パッとフラックターを見る。


頷くフラックターは、


「君、言うとおりに。 彼の云う通りなら、殺人の現場が変わる。 事件を捜査する上で、これは明らかにしなければ成らない事だよ」


「あ、はいっ」


ウィリアムは、証拠として重要な物に為りうる為に。


「馬車に戻る時に、そっと畳んで運びましょう」


と、云った。


「そうだね、うん。 そのほうがいい・・いい」


フラックターは、ガクガクと頷いて了承する。


さて。


家の東側。 仕切りとしての壁に少し隠す形で、右手に在る竈や水瓶の置かれた炊事場が在る。 ウィリアムは、炊事場と、居間の奥から左手に入る寝室を軽く見て確認だけすると。


「所で。 現場を聞きまわっての証言や、気になった事は有りませんか? 借りた資料には、そのへんが全く書かれていないので、教えていただけると助かります」


「あ・・はい」


役人の男性が云うには…。


通報が在ったのは、朝も陽が上がり始めた頃で。 発見者は、隣の住人。 扉が開きっ放しに成っているを見つけ、此処に住む老婆が居るなら有り得ない様子だと中を覗いて気付いた。


通報に因って役人がこの家に踏み込んだ時、家の中は荒らされていた。 家具の凡ゆる物に移動された跡が在り、戸棚や背丈の低い本棚は倒されていた。 そして、昼にこの現場へキキル刑事官が現れ。 ドアを壊したり。 現場を引っかき回しては、粗探しをすると云う暴挙を働いた。


彼が捜していたのは、老婆から金を借りた人物が、担保にと預けた物品と借りた証拠の証文である。 何故、キキル捜査官がその存在を知っていて、また、それを探しに来たのかは解らないとの事だ。


聞き込みで入った証言は、死体発見の前日に老婆が出掛けるのを見られていた事。 老婆の元には、時折男性が足を運んできていた事。 この二点が、重要な証言だと踏んでいるらしい。


ウィリアムは、其処まで聞いて。


「先ず、前日に被害者が姿を見掛けられたのは、昼とか・・夜ですか?」


「いえ。 朝だそうです。 少し足が弱っていた被害者の老婆は、杖をついては大通りの方に向かったとの事でした」


「なる程。 後の証言で、男性が来ていたと云うのは、細かく言いますと?」


「それが、不特定多数・・と云う訳でも無い様な。 しかし、顔触れは10人以上と思えます。 時には、労働者の様な者も有れば、紳士的な男性も居たと。 背格好から、見た印象も多種で、知人は多かったと思っております」


「そうなると・・、金貸しに絡んだ顧客か。 若しくは、それ以前からの付き合いが在った男性・・、と云う訳ですか?」


「恐らくは・・。 他に女性が来る事も在った様ですが、近所付き合いは殆ど無いそうで。 誰が知人なのか、目下捜査中と云う事に成ります」


横に成ったままの一人用ソファーの前で。 証言を元に考えるウィリアムは、下に俯きながら。


「・・そうですか。 では、殺された被害者の過去は?」


「良くは解って居ません。 金貸しの手伝いをしていた男二人ですが。 一人は、騙されて借金を背負わされた中年男のオズワルド。 もう一人は、頭の回りが生来につき悪い、デクの棒な男のソナーンと云いまして。 老婆が二人を拾い上げ、金貸しの仕事を手伝わせる代わりに養っていた様です。 二人が老婆と出逢ったのは、もう中年から初老に成り代わった頃の様でして。 二人とも、被害者の過去を深くは知らないとの事です」


ウィリアムは、それは少し変な感じがする。


「本当でしょうか? 全く解らないとは、少し不思議ですね」


すると、役人の男性は、言い返す様に。


「これは、証言からですが。 二人とも、老婆には素直に従っている感じだったと云います。 また、二人を連行して話を聞いた自分としては、嘘を言っている様には思えません」


「なる程。 仕事上の関係は?」


ウィリアムは、役人の男性の云う事を、反論や意見無しに受け入れた格好から、更に聞く。


「あ~、デクの棒の様な男のソナーンは、腕っ節の関わる仕事をして。 もう一人のオズワルドは、表向きの顧客対応に従事していた様です。 金に厳しく、仕事に情を挟むなと厳しい老婆でしたが。 二人には、不自由の無い金を渡していた様でしてね。 借金を背負わされた男は、その借金を老婆が肩代わりしたとの経緯から、まるで従者の様な仕えようと見えました」


「そうですか・・。 その御二人は、今は拘留されているんですか?」


「はい。 キキル様は・・」


役人の男性は、一度フラックターを苦く見て。 何とも言いにくそうにしながら。


「その・・、ラインレイド様の容疑が固まるまでは、重要参考人の全員を拘留せよと云う命令が…」


ビクンとしたのは、フラックターだ。


「なっ何ぃっ?! 義兄様の容疑が固まるまでだとっ?!!」


ウィリアムは、キキルと云う刑事官は、どうしてもフラックターの義兄を犯人にしたいのだと理解した。


(どうして、そこまで? それにしても、あの床の下はどう成ってるんだろう・・)


ウィリアムは、脇目に暗い寝室を見ていた・・。


この時、外ではサラサラと云う雨音がし出した。 早くも、雨が来たのである。





                       ★ 




次の日の朝。


建物の並ぶ軒下を通り、大通り沿いを通って朝帰りしてきたスティール。 “ムフフ”には、しっかり行ってきた様子で在る。 昨夜夜半から降り続くシトシト雨の中を戻ってきたので、衣服の上半身は濡れていた。


「ふぅ~」


濡れた頭や衣服を軽く払い、直ぐに垂れ落ちそうな滴をロビーに入る前に落とす。 そして、押戸の入口を開いて薄暗い受け付けの在るロビーへと踏み込み。 其処から、毎晩賑わう酒場を見れば、全く人気のない空間が広がっていた。


ウィリアムが云うに、この誰も居ない虚無が好きだと云う。 人の賑わいが、活きる人のエネルギーを直に見て感じられるのは当然だが。 毎日賑わう場所が、一時だけ静寂に包まれるのもまた、同じだと云うのだ。


(なぁ~んにもねぇ。 アイツらしい好み・・かね)


そうだけ思うと、顔見知りになりつつある受付に出てきた従業員に挨拶し。 黄色い石の階段を登って行った。


(ウィリアムは、大丈夫だろか)


昨夜に出掛ける際、ロイムやラングドンに批難を浴びた。 だが、ウィリアムと云う人間を知り出すスティールにしてみれば、これぐらいの事で窮地に陥るウィリアムでは無いと思っている。 次の日まで戻らないなら、それから少し慌てても問題は無いと踏んでいた。


それは、部屋に戻ると明らかに成るのだが。 その前に…。


「おはようございます」


「おはよう。 ご苦労さん」


階段で、早朝から働く支給係の少女と擦れ違う時に、笑みを浮かべ挨拶を交わしたスティールで。


「あっ、お客さんズブ濡れじゃないですか・・。 コレ、お部屋に御配りするタオルですが、お一つどうぞ」


と、メイド姿の少女が白いタオルを差し出してくれば・・。 スティールは、キザながら穏やかな微笑で受け取り。


「ありがとう。 気が利くね」


と、御礼の言葉を返す。


「いえ、私の仕事ですから…。 ではっ」


そう云う少女の顔が、少し照れているのが解るスティールで。


「朝からイイ笑顔をありがとう」


と、更に声を掛ける。


支給の仕事をする少女が、下の階へ逃げる様に走っていくのが可愛く思えた。


さて。 仲間が寝泊りしている部屋に帰れば、もう起きていたウィリアムが奥の部屋に座っていた。


(戻ってら)


そう思うスティールは、グーガーと寝ているロイムやラングドンの中に、アクトルが居ないのが気になった。 そして、髪の毛をタオルで拭きながら、ウィリアムの居る部屋に向かう。


「おや、スティールさん。 ムフフから、ご帰宅ですね」


物静かな物言いで、落ち着き払った声音のウィリアムである。


「おう。 お前が、あの程度で泣き寝入る性格じゃないのは、こちとら十分に承知だ。 ムフフから戻って居なけりゃ、少し心配しようかと思ってた」


「察しがイイですね。 何か飲みます? お湯は、貰いましたよ」


「おう。 んじゃ、ハーブティーでも頂くか」


ウィリアムは、少しおどけた笑みをスティールに向け。


「いいんですか? せっかくの女性の匂いが、紅茶の香りにすり代わりますよ」


どっかり椅子に座るスティールは、キザに微笑み。


「へっ、紅茶の匂いぐらいで消える様な、薄っぺらい夜じゃ無かった。 の~みつ過ぎる位だったから、少し余韻を薄めたいのさ」


ウィリアムが微笑み流すままに紅茶を作れば、スティールは寝ている二人の方を見て。


「アークが居ないな」


「あ・・あぁ。 何でも用心棒替わりで、数日女性陣に付き合う様ですよ」


「はぁ?」


茶葉をお湯の中で、穏やかにくゆらせるウィリアムの説明に因ると・・。


両親を連れて行かれたジュリエットと云う女性だが。 リネットとクローリアが家に連れて帰れば。 其処には、ジュリエットに思いを寄せる貴族や商人の使いやら、本人が待ち構えていたらしい。


両親を連れて行かれた事で、もう泣いて動けなく成ったジュリエットであり。 それを見た貴族や商人のバカ息子達は、心配と云う口実を理由に、ズケズケと家の中に入り込む勢いだったとか。


家には、ジュリエットの父方の祖父が一人で居たのだが。 もう脅しすら見せる様子の貴族の息子などに、言い返す事も出来ず怯えてしまった。 慰めると云う口実を盾に、余りの無礼な行動で。 しかも、ジュリエットを何処かに連れ出そうと言い出すバカまで現れる始末。


老いた祖父は、困ってクローリアとリネットを頼ったらしい。 クローリアは、心配に成ってアクトルを呼びに来たのだとか。


スティールは、出された紅茶に、香りの付いたラベンダーシュガーを入れながら。


「かぁ~、アークが用心棒って・・」


ウィリアムは、素直に。


「適役で・・」


と、言いかけた処に、スティールが被せる様に。


「俺が行きたかったっ」


愛情の捌け口として、既に数人確保している上に。 此の上、まだ欲しがるかと呆れては、眼を細めるウィリアムで在る。


「の~みつなムフフして来たんでしょ? 下半身は、一つしか無いんですよ?」


すると、ギリっとウィリアムを睨むスティールが。


「喧しいっ! 5人や10人で萎えるオレじゃねぇっ」


「はぁ・・」


余りの絶倫アピールに、正直ゲンナリしたウィリアムだが。


「処で。 事件の方はどうだ?」


と、スティールに聞かれると、真顔に変わり。


「えぇ。 少し日数の必要な展開に成りそうな・・。 ま、解っている事を云うなら、捜査を担当する役人の長は、どうも滅茶苦茶な事をしたがってますね」


「“無茶苦茶”?」


「えぇ。 すんなり云うなら、態と冤罪を生もうと・・」


すると、スティールの目が斬り合いの時の様な鋭さを生み。


「“冤罪”? ・・ジェリーの時みたいにか?」


ウィリアムは、フラックターの姉が嫁いだ家の事情から、今回の事件までの経緯を語る。 すると、スティールは、ワナワナする様な顔色で。


「全くっ、人が人らしい事をしようとする時に限って、下らねぇ邪魔が入るんか。 うざってぇ、その役人を斬っちまえっ」


「それが出来るぐらいなら・・ね」


「まぁな。 歳喰っても、お偉方のバカ息子じゃ手出しもムズイわな」


「はい」


ヤケ酒をする様に紅茶を飲むスティールは、カップを皿の上に置くと。


「ウィリアム、絶対に解決しろよ。 一昨日のお前じゃないが、防げる悪意は潰せる。 必要悪なら、俺が手を汚したるわ」


性根が真っ直ぐで肝も座ってるスティール。 思慮の至らなさは在るが、純粋さも失っていない処は、ウィリアムも嫌いではない。


「解ってますが。 ・・俺が、スティールさんの手を汚させる様な解決の仕方は、しませんよ」


「フッ、だろうな。 で? 手は、足りてるか?」


ウィリアムは、昨夜は寝てないスティールであるのを理解してる上で。


「来ます? 捜査の間は、捕り物でもない限りは見てるだけですよ」


「この雨じゃ、湖にムフフ相手が来ないさ。 暇潰しには、丁度いい」


頷くウィリアムは、脇目にスティールを見て。


「俺が願うまで、緊急時以外で剣を抜かないで下さいね。 フラックターさんの立場も在りますし」


「おう」


その返事を聞くと、ウィリアムは笑みを浮かべては優しい声で。


「いい子ですねぇ~」


バカにされた様で、ムスっとするスティールは、


「おい、俺は犬か?」


と、口を尖らせた。


ウィリアムは、更に微笑んでは、


「御手」


と、右手を出す始末。


「にゃぁ~っ」


スティールは、猫の鳴き真似付きでウィリアムの手を叩いた。

どうも、騎龍です^^


ウィリアムⅣ長編の、第一部。 探偵編に入ります。


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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