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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
129/222

ウィリアム編・Ⅳ

                    冒険者探偵ウィリアム


                それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 4


                ≪ウィリアムを呼び込む、事件からの声≫

                       


夕方。 美しい夕日が、湖を赤く染める。


「…………」


人気が殆ど無くなった湖畔の砂辺を、ウィリアムは歩いている。 戦ぐ風が冷たく、もう水浴びをする陽気では無い。


(波…か)


海でもない湖なれど、打ち寄せては返りゆく波が、“サワッ・・・サワッ”と湖畔で調べを奏でる。 波打ち際を行くウィリアムの背後から、二匹の白と黒の猫が“ニャーニャー”と追いかけて来ていた。 シロダモ老人から強引に持たされた獲れたての魚と、日干しした開きの魚の匂いに釣られて居る野良猫だろうか。


「ダメダメ、これはあげられないよ」


湖の南側から、北側を見ると。 山を背景にする自然の風景美が素晴らしい。 一人で、そんな風景を見ながら歩く湖畔は、確かに味わうに価値が在る一時をくれている気がしたウィリアム。


だが、ウィリアムを運命が暇にさせないのは、挑戦者として旅立った宿命だからだろうか…。


「うぉぉぉーーーーぃっ、ウィリアムっ!!」


湖畔から街に砂辺を戻った方から、スティールの大声が。


「はぁ?」


今頃、若い女性でも捕まえて、“良い事”にでも興じていると思っていたスティールの声に、ウィリアムは嫌な予感を覚えた。


ウィリアムが砂辺を街に向かって行くのに対し。 もう屋台などの出店が消えた大通り脇の広場から、ウィリアムの方に向かって駆けて来るスティール。


ウィリアムは、その慌て様からして直感し。


「スティールさん、何か事件でも有りましたか?」


ウィリアムの10歩手前程で、止まってハァハァと息をするスティールは手を前に出した。


“待ってくれ”


そう言っているのだろう。


「ふぅ」


溜め息と共に、スティールとの距離を縮めたウィリアム。


膝に手を置いて、呼吸を整えたスティールが身を起こすと・・。


「ウィリアム、殺人事件だ。 お前を呼びに来た役人が居るぞ」


「?」


ウィリアムにとっては、スティールの前半の話は驚きでは無い。 が。 後半の言葉は、全く飲み込めない。


「どうして、俺が呼ばれるんですか?」


焦るスティールは、切羽詰った様子で。


「とにかく、宿に戻ろうゼ。 歩きながら話す」


「解りました」


夕日に染まる大通りに上がり、レンガ造りの4・5階の建物が片側にだけ並ぶ通りを行く二人。


スティールは、自分を警戒して猫が追って来ないのを見てから。


「ウィリアムよ、前に逢ったフラックターって役人を覚えてるか?」


懐かしいと云うには時が浅いが、忘れられない事件で在った下級捜査官に名前に。


「えぇ。 ジェリーさんの事件で、我々に捜査状況を説明してくれた方ですよね?」


「おう。 ソイツが、今、此処に居る」


「はぁ?」


ウィリアムは、ジェリーの事件で下級捜査官だった彼を思い出し、どうして此処に居るのかが解らない。


「俺もさっき出会って驚いたがよ~、アイツあの後に出世してやがった」


「“出世”・・」


「あぁ。 何でも、広域に渡る事件を捜査する中で、捜査の大元をしてる場所から、地方に出向して事件の情報を集める捜査官に成ったらしい」


「へぇ。 それって、結構な権力持ってますよ。 地方に来ても独立した捜査権限と、兵士や役人を借り受けれる権限も有ると聞きました」


「おうおう、そうらしいな。 んで、アイツがお前を頼って来た。 どうしても、力を借りたいとさ」


「・・何処で、俺が此処に居ると聞いたんでしょうか。 昨日、書簡を届けた辺りですかねぇ…」


考えるウィリアムに、スティールは首を振り。


「いやいや、今朝だと。 お前が湖を回る為に、左回りの遊歩道を行っただろ?」


「えぇ。 湖の脇の森林公園の中を通って」


「その時、其処に聞き込みに向こうも行ってたらしいゼ。 お前が遊歩道に入っていくのを、本人が見てたってさ」


「ふぅ、そうですか」


スティールは、ウィリアムが背負う枝にぶら下がるモノを見て。


「所で、その臭うのは何だ?」


「干した魚ですよ。 こっちに持ってるのが、獲れたて」


「何だぁ? 漁師の元にでも行ってたのか?」


「えぇ、まぁ。 俺達が泊まっている宿の酒場在りますでしょ? そこで働く料理人の夫婦の親御さんに会いましてね。 コレ、届ける様に頼まれました」


すると、スティールが顔を困らせ。


「ウィリアムよぉ、お前・・今回の事件には呼ばれてるゼぇ」


「はぁ?」


ウィリアムも、奇妙な言い方に想像が届かない。 だが、次のスティールの口から出た言葉は、流石に衝撃的であった。


「昼間、その料理人の夫婦が参考人として連れてかれた」


「えっ?!」


「おっでれ~たで、スゲェ美人の娘が居てよ。 何か疑いかけられたか知らないが、両親揃って連れて行かれてさぁ。 わんわんと泣いてたよ」


ウィリアムは、流石にスティールの云った言葉をそのまま感じる。


(ホント、呼ばれたかなぁ)


そう思いながら。


「で? スティールさんは、その慰めに頑張った・・と?」


すると、スティールは悔しがり。


「それがよぉ~、聞いてくれよっ!! アークに邪魔され、リネットとクローリアが家に連れて行っちまったんだよぉぉぉぉ」


「はははは・・、そりゃ~そぉうでしょうねぇ。 んで、他に女性の収穫は無かったんですか?」


すると、スティールはケロっとして。


「いや、残り数日は此処に滞在する予定の、お金持ちの女の子数人は確保した。 一人とは、今夜にムフフ」


「………」


ウィリアムは、スティールを観る眼をジトっと細める。


「ウィリアム~、そんな羨ましそうな眼をするなよぉ~」


「いえ。 羨ましいなんて想いませんよ。 ただ、迷惑は自分持ちで頼みますよ」


「わ~てる、みなまで言う~な」


ウィリアムは、それでと。


「所で、あのフラックターさんが、直に俺を頼りたいと言う理由はなんでしょうかね」


「いや、そこまでは言ってくれなかったなぁ。 とにかく、昼過ぎに捕まった料理人の夫婦を助けるにも、或る殺人事件を解決しないといけないらしい。 でも、地元の捜査をする役人は、剛直な捜査ばかりして参考人を片っ端から捕まえて締め上げてるみたいだ。 下手にネを上げる奴が出たら、犯人で無くても犯人にされそうな様子だってぞ」


「無茶苦茶な捜査ですね」


「でも、誰が殺されたか知らないが、捜査を担当する上級捜査官だかの“刑事官”がゴリ押しでやってるらしいで」


「しかし、そんないい加減な捜査で、良く事件を解決出来ますねぇ」


「んだな~。 冤罪だらけ違うかぁ?」


「全くです」


…。


二人は、そんなこんなと話をしている内に、賑わう噴水広場へと戻ってきた。 チームで泊まる宿は、噴水広場を真ん前に望める立地にある。 書簡の報酬が多かったので、少し良い宿にしたいと云う仲間の意見を尊重した結果だった。 この宿でも、一泊の値段が60シフォン前後。 見た目にしては、手頃な料金で。 中には、入浴の料金も入っているとの事だった。


ウィリアムとスティールが宿に入ると、左手の酒場の方が騒がしい。


「なぁ~んかウルセェな」


スティールが先に覗くと…。


「おいっ、マルセイが捕まったってマジか?」


「おう、ジュリエットはどうなるんだろう」


「わかんねぇ~」


こんな話が、近くのテーブルで飲む労働者3人から聴こえる。


「…」


無言のままに、スティールが奥の料理を注文するカウンターを見ると…。 何やら詰め寄る人の様子と喧騒が聞こえていた。


後から来たウィリアムは、別の間近のテーブルで飲む5・6人の労働者に近寄り。


「すいませんが…。 向こうが騒がしいんですけど、何が有ったんです?」


すると、前歯の掛けた厳つい年配者が。


「何もどうも。 料理人の夫婦が揃って捕まっちまったんでよ。 今日から数日は、この酒場は酒のみとさ。 外の屋台から料理は持ち込み出来るがぁ・・。 なぁ」


そう投げ掛けられた別の大柄な中年男性が。


「うん。 此処のオヤジが出す魚料理は、そのへんの料理とは一味違う。 この酒場の料理も込みで、此処に泊まる客も居るぐれぇ~よ。 その料理が出てこないんじゃ~、触れ込みで泊まった客や・・此処を常連にしてるヤツとかは、キレるがなぁ」


当然と思うウィリアムは、2・3頷き。


「あ~、なる程。 そうですか・・、コレどうしよう」


労働者は、ウィリアムの持つ魚を見て。


「ほぉ~、日干しじゃないか。 何処から買ってきた?」


ウィリアムは、軽く事情を話す。


「かぁ~、あの料理人の夫婦って、元は凄腕の漁師だったシロダモさんの娘夫婦だったかいよ。 魚の目利きに掛けては、誰もが一目置く料理人夫婦だったが・・。 なる程なぁ~」


それを聞いた、また別の労働者が。


「それなら、噴水広場で屋台を出してる店で、魚料理屋をしてるレイノスって奴に渡しな。 アイツは、元は此処で料理の修行をした一端の料理人よ。 腐らせるぐれぇ~なら、その方がいいと思うゼ」


これは良い事を聞いたと思うウィリアムで。


「有難う御座います。 そうさせて頂きます」


と、礼を述べて外に向かう。


見ていたスティールは、


「ウィリアム。 俺達の部屋で、フラックターの使いが待ってる。 早めに頼むゼ」


「わかってますよ」


外に戻ったウィリアム。 噴水広場が真ん前の宿であるから、出れば直ぐに賑やかな屋台の群れが広がる訳だ。


「…」


空を見上げたウィリアムは、薄雲が広がるのを見て。


(空気に潤みが出てきてる。 明日は、朝から雨かな)


屋台を出す主人を回り、レイノスと言う人物を探してみる。 すると、地酒のワインを立ち飲みで出す老婆から。


「あ~、レイノスぅ? あの小僧なら、向こうの宿の近くで出してるよ」


と、ぶっきらぼうな物言いで云われる。


「こ・小僧・・ですか」


そう口に出したウィリアムを、ジロっとした薄目で見てくる老婆は、汚れた継ぎ接ぎの衣服で手を拭きながら。


「あ~に言ってんだい、アタしゃもう90だよ。 お前さんも含めて、60までの男なんざ~みぃんな小僧だよ」


「そ・そうですか。 失礼しました」


「ふん」


鼻息で自分をあしらう老婆と別れたウィリアム。 広場に出された屋台と、長椅子・簡易的な椅子に座る人々を縫う様にして、自分たちの泊まる宿の噴水を挟んだ向こう側に行った。 すると、魚を焼く香ばしい匂いが有り。 匂いを出す屋台の内、ウィリアムは一つの屋台に近付いた。


「…」


見れば、鉄板と炭火の焼き場を狭い屋台の中に用意して、物静かな青年が黙々と魚を調理している。 魚を鉄板で焼くにしても、香草を遣う物とタレを引くモノを丁寧に分け。 堺に態とコゲを作り、タレが香草焼きの方に来ない様にしている。 炭火で焼く方も、丁寧に切込みを入れられた魚が、大きさや炭火の強さに合わせて串焼きにされていた。


(此処かな)


その調理をする人物は、黒い上下で、上着は半袖の斜め止めのボタンをしている衣服であり。 短い短髪に、青いバンダナを巻いていた。 ロイムより少し高いくらいの小柄な男性だが、日に焼けた顔は中年の印象を受ける。


ウィリアムは、魚の調理が終わるまで待っていた。 木の椅子に座り、噴水の際に沿って置かれた簡易的な丸テーブルにて、魚料理を待つ客に出し終えるのを待った。


日暮れ。 空の大半が暗くなり、西の一部が赤みを残す頃合い。


「すみませんが・・」


ウィリアムが声を掛けると、次の魚の下処理をしようとしていたその男性が顔を上げた。


「いらっしゃい・・」


張りの無い掛け声であった。


「自分は、冒険者でウィリアムと云います。 レイノスさんですか?」


「え? あ・・はぁ」


「この魚・・、扱って頂けると助かるんですが…」


魚を見ると、男性は眼を少し大きく開き。


「いい開きの日干しですね。 これは、地元の物ですね?」


「えぇ。 実は、色々と有りまして…」


ウィリアムは、正しく事情を説明する。 すると、男性は驚き。


「え゛っ?! おっ、親方と女将さんが・・捕まったって?!!」


「いえ、まだ参考人と云う事なんで、時期に釈放されると思います」


ナイフを握る手が浮ついて、男性は横に置いた。


「そうですか………。 そうゆう事なら、その魚は受け取りましょう。 出来の悪い弟子でしたが、魚を腐らせるなと女将さんから教わりましたんで」


「すみません、感謝します」


すると、レイノスと云う男性は、ウィリアムへ。


「あの、本当に大丈夫でしょうか。 お嬢さんが、近いうちに見合いをすると聞きました。 親方と女将さんは、お嬢さんを非常に大事にしております。 何分、お嬢さんはとても御綺麗な方なので、周りから変な誘いを掛ける貴族や商人とかが多いらしいんで・・一人だと心配なんですが」


「自分は見た事がありませんが、仲間の女性二人が自宅まで送り届けたとか。 大丈夫だと思いますよ」


「あぁ、そうでしたか・・。 すみません、色々と訪ね返しまして」


とても気弱そうで、真面目な印象を受けるレイノスと云う男性。 ウィリアムは、どうして独立したのかが気になった。 だが、それをゆっくりと聞く暇は無く。


「では、これで失礼します」


「あ、態々済みません」


独立の理由に因っては、魚を突っ返されてしまう事も考えたウィリアム。 だが、態々頭まで下げられて別れる事に。


(こんな真面目な人が、慕う親方の元を易易と離れますかねぇ。 何が在ったか・・気になりますが。 俺の踏み込む処では無いですね)


ウィリアムは、足早に宿へと戻った。


男5人が寝泊り出来る5人部屋。 白い壁には、緑の風景画が塗り込まれた様な感じで書き込まれていて。 広々とした感覚は、空間とインテリアの配置に気を使っていると思える内装だ。 手頃な部屋にしは、小さなシャンデリアが天井に備わり。 食事も可能な四角いテーブルが、仕切りの無い隣部屋に或る。


60シフォンの値が破格とも思われる部屋の中で。 白髪と成った髭に口元を隠す老人捜査官が、入ってきたウィリアムに向かった。 黒い上下の繋ぎは、国の制服だろう。 胸には、フラストマドを象徴する杖と剣の刺繍が或る。


「ワシは、刑事部捜査官のマッジオスだ。 君が、ウィリアムかね?」


ウィリアムは、少し待つ事に痺れたと云う感じの老人を前にして。


「はい、お待たせしました」


と、一礼した。


威圧感の見える捜査官マッジオスと云う人物は、ウィリアムと同じぐらいの背丈をした老人である。 真っ白の髪を見るに、もう年齢は60を軽く超えていると思われた。


ウィリアムは、奥のテーブルに手を差し伸べ。


「向こうで話を聞きましょうか」


と、云うと。


「いや。 このまま、捜査本部の或る局部に出頭して貰いたい。 フラックター様が、直ぐにでも現場を見せたいとの仰せだからの」


ウィリアムは、随分と急な話だと思い。


「急ぎますね。 何か、理由でも?」


すると、マッジオスと云う老人は、眼を鋭くさせ。


「お主が何をして、フラックター様に気に入られているかは知らぬがな。 我々は、忙しい。 本来なら、お前達の様な冒険者などに構う暇など無いのだ。 つべこべ詮索せず、さっさと局部へ出頭して貰おうか?」


その眼を見ていたウィリアムは、マッジオスと云う老人の目から嫌悪を感じた。 が、それが丸々自分達に向けられていると云う訳でも無い。 待つ事にイライラしているのは解るのだが・・。


「なるほど。 でも、我々も理由なく出頭させられる筋合いは有りません。 フラックターさんが用事在ると云うなら、自分から足労するのが筋かと思いますがね」


ウィリアムは、カマを掛ける意味でこう云うと・・。


更にムッとした面持ちに変わるマッジオスは、


「うむむ・・、平民出で何が少しの手柄を立てたフラックターといいっ。 我儘を通すお前達といいっ。 ワシはっ、どうしてそんな奴らを相手にせねば成らんのかっ。 命令だっ、出頭せぬなら捕まえるまで」


と、実力行使に。


部屋に居たラングドンとロイムとスティールが驚いた。


このマッジオスの姿を見たウィリアムは、フラックターがあの手柄を言い触らして権力を振り翳している訳では無いと察知した。 リオン王子直々の前で、フラックターは働いた。 これは名誉な事であり、出世したら自分の権威を示す上で口にしていい。 それを、このマッジオスが知らないとは、フラックターも真面目に仕事をしているらしい。


「来いっ」


と、ウィリアムの腕を掴むマッジオス。


「おいっ」


「乱暴は止すんじゃ」


止めるスティールやラングドンへ、ウィリアムが。


「行ってきます。 後を頼みますよ」


と、だけいい置いた。




                      ★




ウィリアムは、素直に街の南西部に在る警察局部の施設に連行されて行った。 警察捜査局部とは、石造建築物の丸い大型の建物で、暗い夜の中では不気味に見える。


前日も行った場所だが、夜に向かう道はまた違った印象を受けた。 連れて来られる間、通りで擦れ違う人の数はどんどん少なく成って行く。 夜には、人気の無くなる場所なのだろう。 大通りと、交わる中通りにのみ街灯が灯るのみ。


ウィリアムは、右手に荒縄を括りつけられながら、引っ張るマッジオスへ。


「此方は、夜になると暗いですね」


「…」


所が、マッジオスは全く無言だった。


サークル状の警察局部に連行されたウィリアムは、煌々と明かりの付くロビーから大階段を上がる。 途中で擦れ違う下級役人などが、マッジオスへ敬礼を見せる。 この施設内は、以外にも明るい雰囲気で。 歩く人々が制服の役人でないなら、何処かの城の内部とも見受けれる様な感じを受けるだろう。


3階まで上がり、其処から重厚な趣の在る前まで長い廊下を引っ張られた。 マッジオスが足を止めた部屋の前には、扉にしては随分と大きめな扉が美しい木目を見せていた。


「フラックター様、ウィリアムと云う者を連れてまいりました」


扉の前でマッジオスが言えば、


「ご苦労様です、中に通して下さい」


と、あのホロー殺人事件で、現状説明をしてくれたフラックターの声がする。


(本人に間違い無い)


ウィリアムは、一体フラックターに何が起こったのか。 そう考えると、此処で急に興味が湧いてきた。


連行の為に縛った縄を解くマッジオスは、ウィリアムを睨みながら近付いてくると。 急に声を低くして。


「中に入れ。 無礼な真似をしたら、牢屋にブチ込むからな」


ウィリアムは、何の事情も知らずにこう云うマッジオスが可笑しく思え。


「はい、精々気を付けます」


と、薄笑いを浮かべて扉を押し開く。


マッジオスが、薄笑いを見せるウィリアムに対して憤る中で。 広い専用の個室の中に居た人物が、ウィリアムを見る。


「やぁ、久しぶりだね。 リオン王子様との一件以来だ」


と、立派な黒い制服に身を包むフラックターが、態々自分からウィリアムへと近付いていく。


(なぬ? 今・・あの若造何て云ったっ?!!)


マッジオスの耳に、“リオン王子”と云ったフラックターの言葉が、二度と消えぬ烙印の様に焼き付く。 そして、一体何が在ったのかと、激しく想像が沸き起こるのであった。


一方。 部屋の中に踏み込んだウィリアムは、向ってくるフラックターに。


「随分と出世しましたね」


と。


顔付きは変わらないままに、身なりが良くなったフラックターだが。


「いやぁ、辞退はしたんだけどね。 ロレンツ様に、下から上がる者の手本に成って欲しいって、そのまま押し切られてしまった」


ウィリアムの前に立ったフラックターは、身分など気にせずに深く頭を垂れた。


「済まないが、リオン王子様へしたように、今度は私に手を貸して欲しい。 短期間に解決して、義兄様を助けたいんだ」


マッジオスは、その場で硬直する様に立ち尽くした…。


(冒険者に、あんな丁寧に頭を下げた…)


…。


扉をウィリアムが閉め。 部屋に有るソファーに二人で向かい合う様に座ると、フラックターは説明をしてくれた。


今日から、3・4日前。 コリンと云う名前の老婆が、街の南東部に在る家で殺された。 小さな家が密集する場所で、古いレンガ造りの家がブロックの寄せ集めの如き様子で立ち並ぶ下町らしい。


さて。 問題なのは、この老婆が金貸しをしていたと云う事実。 殺された家から、貸した相手の一部の帳簿が発見された。 金貸しの生業を長くしてきたらしい老婆らしいのだが。 貸す元手の金、担保として必ず取る貴金属や土地の証書などが見当たらないのだとか。 故に、殺しの動機は、金銭のトラブル。 及び、老婆の隠し持つ資産目当てと云う結論に至っているらしい。


今、捜査の主任から外され、自宅待機に成っているフラックターの義理の兄とは、別に。 昼間に連行された料理人の夫婦。 他、数名の疑いを掛けられた貴族や商人や一般人は、新たに捜査の主任と成ったキキルと云う人物に締め上げられて居るらしい。


フラックターは、強引でいい加減な捜査しかしないキキル捜査官では、事件を解決出来ないと思った。


何より、事件当日にフラックターの義兄は、老婆の住む区域の間近に在る所まで出向いている。 他の事件を調べるためだが、老婆の死体が見つかる前日で在った事と。 老婆から、まぁまぁの金額を家族に内緒で借りていたのが不味かった。 今、一番疑われているのがフラックターの義兄で。 帳簿に名前の有った者を締め上げるのも、彼の他に在る疑いの目を潰して行く為ならしい。


更に、周囲が驚く事が有る。 今までいい加減で、杜撰と怠惰的捜査しかしなかったキキルと云う捜査官にしては、今回の働き方は異常な程だと云う。


フラックターは、ウィリアムなら犯人を見つけれると思ったらしい。 ウィリアムもまた、フラックターの立場からして、事件ばかりに行動を割けない身の上を推し量り。 遣れるだけは遣ると約束をした。


ウィリアムは、幾つかの疑問を持ったまま、フラックターの用意した馬車に乗り込んだ。 本当は、先ずはと地下の保冷庫で遺体を見たかったのだが、一足違いで医者の検分に出されたらしい。


避暑地で、夜が肌寒いこのロファンソマでは、夏風邪も多く。 異国の外来客が交わる為に、他の病気も多いらしい。 医者でも、遺体解剖の出来る優秀な者は、それなりに忙しい身なのだろう。 国から払われる微々たる金で、他の儲かる業務を先送りには出来ない事情が在った。 遺体の解剖は、大抵が数日先に成るのが通例ならしい。


さて。


馬車に乗り込んだウィリアムとフラックター。 安物の狭く揺れる車内にて。


「フラックターさん、王子やロレンツさんにお変わりは?」


「いえ、皆は元気です」


「それは何よりで」


「えぇ。 ロレンツ様は、ウィリアムさんの事を良く口にされてました。 洞察力や推理力より、物事を一つ一つ汲み見る備な気持ちを皆に解きます」


「はは、それはロレンツさんでもしている事でしょう?」


含羞むフラックターだが。


「えぇ。 でも、冒険者でも出来る事を、役人が出来ないのは情けないと・・」


「なる程。 本来、役人の方々が好かない冒険者を挙げて、ライバル意識的な側面から促している訳ですね」


「流石は・・。 ウィリアムさんの事を、普通に解いても効き目が無いとロレンツさんは申していました」


「でしょうね。 自分は、生まれや育ちも、他人とは少しズレてますから」


こう云うウィリアムを見るフラックターは、ウィリアムの生い立ちに興味を持った。


が。


「フラックターさん、所で」


一呼吸の間を置いて、ウィリアムが返す様に聞いてきた。


フラックターは、ハッとして。


「えっと? はい、なんです?」


「義兄さんは、お金を何の用で借りたのですか?」


すると、馬蹄と車輪の音が聞こえ、話し声など外に聞こえない状況なのに。


「あの、小声で済みません。 恥を晒します」


と、言ってくる。


「ほう」


「実は、私の姉が、メイドの身から義兄とその義母上様に乞われて輿入れ致しました」


「“輿入れ”と云う事は、お相手は大きな商人か・・貴族?」


「はい。 この街に永く住まう子爵家で御座います」


「へぇ、それはそれは」


「私自身は、平民というか下級役人の家でしてね。 年の離れた姉様が貴族に嫁いだ御陰で、すんなり役人にも成れた方なんですよ。 身内に貴族が居れば、その名前を出せるんですが。 ウチの父親は、姉様の家に恥を掛けるのはするなと言ってます。 ですから、自分も表に出した事は有りません」


「なるほど」


「ですが・・。 もう、10数年昔の事なんですがね。 義兄が酔った勢いから、別の貴族の娘に手を出したそうなんです」


「それは・・また」


「はい。 何でも、まだ姉様と結納を済ませる前後の頃で、建前として侯爵家様の晩餐会に招かれた時らしいです。 そして・・ですね。 その当時で、相手の娘さんが身篭りましてね・・。 生まれたのが娘なんですが、相手の女性は子供を孤児院に棄てたんです」


「貴族の裏話としては、有りがちな話ですね」


「みたいですね。 もしその子が男の子なら、今頃は跡目争いにでも使われそうですが。 ・・で、義兄様は、それを知らなかったらしいんです。 けれど、数年前にそれを知り。 密かに逢っては、生活の面倒を看ていた様なんですが…」


「はい、はい」


「その娘が、結構な才女でしてね。 親として、どうしても学習院に入れたいと思い立ったらしく。 多額の金を、必要としたんです。 家の金を使うと、家の家財に眼を光らせる義母上様にバレますので。 一生掛けてでも返す気で、老婆から金を借り受けたらしいのですよ」


「ふむ、親心ですね」


「はい。 事件で明るみに成りまして、そりゃ~義母上様が烈火の如くお怒りに・・。 しかし、私の姉様は出来過ぎと言いましょうか。 そんな子供が有るなら、何故に早く身受けしなかったかと・・。 不貞より、親の責任を怒りましたそうです」


「フラックターの御姉さんと云う方は、人間が出来てますね。 普通、嫉妬しそうなものですが・・」


「はい。 でも、姉様は姉様で、若い頃は、酒でしくじる事の在った義兄様なら、それぐらいは在りうると思っていたそうなんです」


「はぁ~・・、それぐらいは想定内だったと?」


「はぁい。 何せ義兄様は、その・・顔がよろしい方で、異性から特に見栄えのする方なんです。 社交的な場に出れば、他の女性に色目を使われても不思議では無いと。 これは、私も同じです」


「なぁる」


「正直、しっかりして大らかな姉様を気に入ったのは、義兄様の義母上様でしてね。 義兄様も、何かと家では我儘も通りません」


「それはそれで、男としては肩身が狭いですね」


「はぁ。 寧ろ、その監視の眼を緩ませて卒なく遣っているのが姉様でして・・」


ウィリアムは、フラックターの姉と云う人物に興味が惹かれた。 只美しいとか云うより、そうゆう人間的な魅力に興味が行くウィリアムである。 そして、更に次の疑問も浮かんで。


「ですが…。 何を担保にして、お金を借りたんですか?」


すると、聞かれたフラックターは、少し首を傾げては不思議がり。


「それが・・。 これも、疑いを向けられる要因に成っているらしいのですが。 義兄様は、貴族としての証で、家紋を入れた特製の護身ナイフのみだったと云うんですよ」


「それだけですか? まぁ、身分の保証には最適の物品ですが・・、価値は微妙でしょう?」


「えぇ。 ケチで、がめついと云う噂の老婆でしたが。 借り受ける理由を、老婆の手先として聞き取る男が居まして。 義兄様は、その男に言っていたのですが・・。 義兄様の言い訳を聞くと、老婆が急に現れましてね。 不思議と金を貸してくれたそうで。 ま、逃げるなとは、念を押されたらしいですがね」


これには、ウィリアムも腕組みして。


「ふむ、それは変わってますね」


「はい」


ウィリアムは、フラックターの手に入れた資料の他に、こんな細かい情報も見載せないと云う心境だった。


金貸しの老婆が殺されたと云う事件。 一体誰が犯人で、どんな模様に成るのか。 その解明は、ウィリアムの手に委ねられようとしていた。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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