ウィリアム編・Ⅳ
冒険者探偵ウィリアム
それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 3
≪湖と生きる都市・ロファンソマ≫
青い大きな大きな湖が、緑海と思える広大な山林の中に見える。 山を越えてきた鳥が見たら、其処は羽を休める最高の水辺に見えるだろう。
水郷都市とも云えるロファンソマ。 その象徴たるこの湖は、今の名前で“ロザリア湖”。 嘗ての領主の妃の名前である。 だが、土地の人々は、“アッソド=ファムラタ”(偉大なる水鏡)と云う古代の名前を用い。 完全に国立都市と化した今では、その両方の好きな名前で良いと云う事に成っている。
さて。 朝の陽が大分上がり始める頃。 湖の南側では、白い砂浜の様な湖畔が広がっていて。 温度が上がる陽の上がった頃から、人が出て各々が水浴びに興じ始める。
「つっめたぁ~い」
「水掛けちゃうよっ。 ホラホラ~」
「遣ったわね~」
色違い、デザインの違う明るい水遊び用の衣服を着る女性達が、水辺のアチコチで黄色い声を上げたりして戯れている。 他の都市では、こんな光景ははしたないのだろうが、此処では街を彩る華に成るのだ。
「んんん…、堪らんねぇ」
湖に来たスティールは、鎧やプロテクターも外して剣のみ。 黒いズボンに、白い長袖を巻くり上げた姿で、その光景を公園広場前からニヤニヤとして見ている。
「フン。 しっかり監視してやるからよ」
その脇には、アクトルも居て。 仁王立ちしては、監視の体勢を整えていた。
一緒に来たロイムやラングドンが、リネットやクローリアと共に砂辺に降り。 湖の間近に向かっている。
スティールは、隣のアクトルを見上げ。
「あの~、自由でイイんじゃ~ないっすかね?」
と、ビビるままに云うのだが。
「バカ云え。 お前の迷惑は、こっちにも飛び火するんだっ。 港で、腰が抜ける様な借金をこさえたバカは、何処の誰だっけか?」
ガックリ項垂れるスティールで。
「其処かぁぁぁ…」
「ったり前だ」
こう云うアクトルだが、本気で何処までも監視する気は無い。 ただ、少しは自重しろと言いたいのだ。
さて、湖畔の白い砂辺に眼を移すと・・。 遊ぶ人々が浜辺の様な湖畔の砂地に寝転んだり。 家族で来て、使用人に仕度をさせては、午前から穏やかなティータイムを楽しむ者も。 そして、心地よい風の吹く場所なだけに、砂地に生える大きなシダを日傘にして読書をする者も居た。
湖畔の白い砂地を歩くロイムは、女性が街では見ない露出度の高い衣服で、無邪気に遊ぶ姿が綺麗に見え。
「あぁぁ…、イイなぁ~」
と、見とれ。
ラングドンも。
「うむぅ。 骨を埋めるなら・・此処かのぉ」
と、二人して女性ばかりを見る始末。
「全く、男と云う生き物は・・」
呆れるのは、何時にない軽装のリネットで。 七分丈の紅いズボンに、少しヘソを出した所で余りを横にして縛る長袖姿。 明るい黄色の長袖に、胸元までボタンを外し、下に着るインナーの薄紫色のシャツが艶かしい。 鎧を脱ぐと、鍛え抜かれた体がスレンダーで、男としては見る価値が有ると思えるプロポーションで在る。
普段通りにローブ姿のクローリアは、リネットに向いて。
「でも、リネットさんは、この場所が似合いますわよ」
「ん?」
「鎧を脱いだ姿は、とても素敵です」
「・・そうか?」
自分の姿を見るリネットは、その意味が解らない。 これが普通なだけに、当たり前で解らないのだろう。
だが、湖畔に来る者の中には、少し気取った若い男達もいたり。 軽装の冒険者らしき者達も居る。 そんな男達から見ると、淑やかなクローリアと、少し強気そうなリネットの二人は、遊んでいる女性達とは違う色眼鏡で見えるらしい。 何度か声を掛けられて、嫌に成ってしまった二人で。 湖畔を前に商売をする屋台の群れへ、一人食べ歩きに向かったアクトルの後を追う事に為る。
その頃。
「え~、スティールさんって、そんな凄いチームの一人なんですかぁ?」
「やだぁ、憧れる」
「剣が上手でカッコイイなんて、何かずる~い」
「アタシも、剣術習って冒険者したい」
早速、4・5人の若い女性を捕まえたスティールは、少しキザな様子で会話を流す。 アクトルと離れて直ぐに、もう獲物が釣れた様で在った。 色々と経験してきたスティールの冒険の話に、ネタ尽きが来るのも一日では無理だ。 上流の閉鎖空間に居るお嬢様達にしてみれば、下々の事情や冒険談議に事欠かないスティールのお話には、怖いもの見たさの様な興味しか湧かない。 砂辺に座り、キザな台詞や細かい気遣い。 そして、少し官能的な内容も含む経験を語り、女性達の心をガッチリ掴み始めていた。
「ねぇ。 スティールさんて、お幾つなんですか?」
と、白い水着にから食み出でそうな、豊満な胸をする女性が寄り添う。
「ん? 俺か?」
二人が急速にくっ付く姿に、他の女性も負けじと話掛けて来る。
(フッ・・、俺の魅力爆発だね。 悪いな・・ウィリアム)
何が悪いんだか…。
★
さて。
姿の見えないウィリアムは、一人で湖の北側に在る住居区域に来ていた。 ロファンソマの街中でも、北西部の貴族区と、中央に広がる商業区以外は、街の人が住まう場所なのだが。 ウィリアムは、地元の土着の人に会いに行った。
青いズボンに、珍しく明るい黄色の長袖を着るウィリアム。 朝一番に、一人でバザーに向かって、汚れた古着を売り払い。 新しく買った古着が、コレだった。
冒険者は、所々で衣服を買い換える。 新しい物など、高いだけ。 寧ろ、様々な物が一同に集まる、自由市場で古着を買うのが丁度いいのである。 モンスターの戦いや、請けた仕事で衣服も傷付く。 個人の好き好きにも寄るが、ウィリアムやスティールは、他の国や土地に移ると買い換える様にはするタイプ。 ロイムやアクトルは、綻びを直すタイプであった。
さて。
湖を取り巻く森林公園。 その中を通っている遊歩道のレンガ道を行くと。 湖の北西の開けた高原の野原では、半分が開拓されて農業地に変わっていた。 其処から、東に抜けて山を前にする森林地帯に入ると・・。 森を虫食いの様に開き、北の奥の山の麓まで点在する此方の住居郡が見えた。 聞いて回る話に因れば、在る集落では、薬草や貴重な植物、鑑賞・売買用の花などを育てる所有らば。 湖に近い集落では、専らの漁師の集まり。 湖の左回りを行きながら、その様子を見ながら話を聞くウィリアムで。 薬草の知識の交換や、此処でしか見られない植物を見せて貰う。
冒険者が突然来る訳だし、人によっては拒絶も喰らう。 だが、ウィリアムにしてみれば、それは承知で
在った。
が。
山の方に少し入った場所で、針葉樹林を中心とした林の中。 薬草にかけては、この辺の集落でも一番と云われる一族の家を訪ねて。 そこで見せられた、青黒い瓜に。
「あ~、これは高原に実るスイカですね」
長身の痩せた老人は、長い顎鬚をそのままに。
「解るか? 基本的には、食用では無い」
ウィリアムは、珍しい物に眼を見張りながら。
「えぇ。 皮は、乾燥させて胃薬や痛み止めの混合用に使われますよね。 果肉は、苦味と甘味が在って、同じく乾燥させては粥などに。 滋養効果が高いですから…。 でも、実、その物を観るのは初めてです」
老人は、素直な白い眼をウィリアムに向け。
「詳しいな。 確かに、薬師らしい」
「あはは、ご理解頂けて良かった」
ログハウス調の丸太で作られた二階建ての家の前。 家庭菜園の様な畑が、林の所々に点在する森の中。 北には、雲が頂に掛かる山が背景に為る中で。
「ま、座りなさい」
と、長い巨木を半分に切った様なテーブルと、切り株が置かれ椅子に為る所を薦める老人で。
「すいません、失礼して」
と、腰を下ろしたウィリアム。
二人は、緩やかに流れる時間の中で、薬草の事情についてあれこれと話し合う。
その話の中で。
「実は、麻酔に遣う薬の一部が枯渇していてな。 今、斡旋所に依頼を出しているのだが、中々」
「麻酔・・ですか。 原料は、モンスターの毒とか?」
大抵の薬草や毒草は、此処で揃いそうなもので。 無い物となると、動物・怪物の物に為ると予想しての返答である。
「おお、解るか。 いやいや、相手が大型のモンスターらしくての。 昔は、西側の村などから流通していたのだが、最近では求められる量が増してのぉ。 過分では無いが、斡旋所に頼んで求めてみたのだ。 明日が期限なのだが…、聴きに行った孫が直ぐ戻るなら・・無理かもの」
ウィリアムは、昨日に売り渡した斡旋所での主の話を思い返し。
(この人が・・、あの期限が迫った仕事の依頼者かよ。 意外に、世間は狭いですね~)
と、思いながら。
「高い追加料金を後で請求されないといいですね。 モンスターが強いと、斡旋所の主さんの中には、追加料金を払わせる方も居るらしいですから」
と、話を繕うと・・。
「ふぁっふぁっふぁ、それは困るのぉ~。 だが、斡旋所を営むのは、ワシの姪っ子でな。 多分、それは無いと思う」
「・・・・・」
ウィリアムは、思わず口を開けた。 まさか、身内の依頼とは…。
(ほ・・ホントに、面子のみを保つ買取りだったのか…)
ウィリアムは、次期に来る朗報を一々云うのも気が引けて、薬草の話を続けた。
この老人と話をする内に、別の老人がやって来た。 頭は完全に禿げ、腰も曲がって杖を着き。 黒っぽいローブを着た人物で。
「マドーナ、元気か?」
山道を来て、庭の菜園脇から顔を出したその老人を見て、ウィリアムと話す薬師の老人が立ち上がり。
「おぉ、シロダモ。 これは久しいな。 ワシは、眼が良く見えん以外は変わりない」
シロダモと云うやって来た老人は、ウィリアムを脇目にして。
「魚が今年は豊漁でな、近いうちに薬草との交換をして欲しいと思うて来たのじゃが…。 お客さんがいらっしゃる様じゃの」
すると、マドーナと呼ばれた薬師の老人が。
「うむ。 冒険者のウィリアムと云う若者だ。 学者で、薬師の知識が高い。 此処に、地元特有の薬の元を見に来た様じゃ。 他の国を回って来ているから、他所の冒険話を聞かせて貰っておる」
「ほう、それは面白そうな。 ワシも加わろうかの」
「うむ。 さ、こっちに座るがいい」
ウィリアムは、新たに現れた老人の眼が、自分を値踏みする様な疑りが在ると直ぐに解った。 が、田舎の人には、知らぬ余所者を嫌う人も少なく無い。 知らぬ互いだから、どう思われても仕方が無いと思う。
さて。
薬師の老人が、ウィリアムへ。
「所で、先程の続きを聴きたい。 マーケット・ハーナスの北方に、モンスター討伐と樹香採取に行った続きを」
「はい」
最後のドラゴンの下級種との決戦などを語るウィリアムに、この場から他所の国へ動いた事の殆ど無い二人の老人が質問を繰り返した。 薬効のハーブが入った紅茶が何時しか出され、甘い砂糖漬けの果物などが口休めに成った。
殺人事件などは、人の過去を晒す故に語らぬが。 股聞きの冒険談議でも、老人達にとっては新鮮でも在る。 薬草の話や冒険話をしている内に、昼が過ぎた。
ウィリアムは、森の高い木に日差しが遮られるのを見上げ。
「此処は、どの木々も高いですね。 随分と樹齢を重ねる大木も見れますし、人の手が入っているとは思えませんね」
すると、長話で気を許し始めたシロダモ老人が。
「若者よ、自己紹介をするが。 ワシは、湖周辺の漁師の長もしていた事が有るシロダモと云う。 この辺の森は、殆どが切り開かれた様に言われておるがな。 実は、切り開かれたのは、ほんの一部での。 この山に近い集落は、火山が大昔に落した焼けた岩石の跡地なのだとか。 森が焼けた・・、云わば剥げ地を集落にした格好なのだとか」
ウィリアムは、深く頷いては。
「なる程。 だから、どの畑も整地されて無い様な歪な広さなんですね?」
この返しに、マドーナ老人が代わって。
「そうじゃよ。 この高く聳える杉や檜に守られ、朝露の過度を防ぎ、夏の日差しを程よく浴びて。 本来なら高原と森林の間に育つ筈の薬草を、此処でも栽培出来るのじゃよ」
「へぇ、大昔からの生活が、此処に根付いての有り様なんですね」
「うむ、そうじゃ」
すると、漁師の長で在ったシロダモ老人は、ハーブの効いた紅茶を啜ってからこの話に加わり。
「若者よ。 お主が此処に来る途中に、渓谷の跡地がそのまま街道に成っておる場所が在ったじゃろ?」
「あ、はい。 元は水が流れていたとは思えない程に、暑い所ですね」
「うむ。 あの場所は、ワシ等の先祖様が此処に住まう前の古い古い大昔は、本当に川だったと言い伝えられておったそうな。 所が、山が胎動してあの場所だけ持ち上がり、上流から続く川と段差が生まれ、寸断されたそうじゃ」
ウィリアムは、通ってきた渓谷街道の事をよくよく思い出し。
「そうなると・・、元からあの渓谷は、かなり深い渓谷だったのですね。 それが大地の営みの胎動から持ち上がり、雨雲を遮断する程になってしまった・・。 渓谷街道の入口で聞きましたが、あの街道に雨が降るのは数十年に一度だとか」
「おお、流石に情報を良く求めておるわえ。 そうじゃ、あの渓谷街道に雨が降るのは、数十年に一度。 大雨と強風を伴った嵐が来た時だけじゃ」
薬師のマドーナ老人が。
「ほう。 それなら、今年はどうじゃろか。 例年より蒸し暑く、山から吹く風の流れがやや弱い。 嵐が来そうな感じじゃぞ」
「うむ、今年に来る可能性は十分じゃな」
ウィリアムは、寸断された川の方が気に成っていて。
「あの、寸断された上流の川は、どうなったのですか? それに、川が寸断された以上、上流域と、元の下流域と軋轢などは無かったのですか?」
杖に両手を置き、少し感心した様に眼を開くシロダモ老人が続けるには・・。
「うむ。 元々、その頃までこの森に在った湖は、水溜まりみたいなモンじゃったとか。 伝承では、渓谷が年々水を細くし、枯れるに従って下流域に集中していた集落や村が消えていった。 水を求めてこの森に入植したワシ等の先祖様は、森の民になるしか無いと思うて居ったとか」
マドーナ老人も。
「古い文献には、此処が湖に成ったのは、山の神様のお怒りが有ったと在るな。 確か、湧き水の貯まる場所を、我々が尽く奪ったからだと」
「昔話だと、そう成っとる。 じゃがこの湖は、大地が沈下して出来上がった様じゃ。 若い頃にの、王国の中央から来た学者さんと知りおうて。 ワシが協力を申し出ては、船を出しては湖に潜り。 湖の地形を調べた事が在る」
「ほぉ~。 お前、昔はそんなに好奇心旺盛だったのか?」
「ふん。 新たなる薬草を求めては森の奥に住み込みし、家族を放ったらかしたどこぞのバカと一緒じゃ」
「かっかっっかっ、似たものじゃの」
マドーナ老人の笑いに、薄笑いを浮かべたシロダモ老人で在り。 同じく微笑むウィリアムへ二人が向いては、話は続きに入り。
「この辺の深い湖の際は、硬い硬い岩盤が剥き出しに成っとる。 一緒に調べた学者さんが云うには、渓谷の一部が隆起した御陰で、川の水が何処からか地下に入り、地下水として此処に湧いていたのだと。 更に、かなり大きな地震と、火山の噴火などが有り。 大地がこの湖の形に落ち込んだと云う話じゃ。 今でも川から湖へと注ぐ水は、一度地下を通って此処に湖を作るべく湧き出ているとか。 現に、湖の際の岩盤から、所々で水が沁み出しておる。 王国から来た学者さんは、その後に冒険者を雇い。 山の北東に分け入り、地下に落ちる滝を見つけたらしい。 山から続く川が、大地の裂け目に滝と成って落ちているのじゃ。 その水が、此処で湧き出して湖を形成しとる」
此処まで云うと、シロダモ老人は感慨深い様子で。
「ワシ達にとっては、本当に神様の恵みと云っても良いの。 大地の神様、水の神様は、ちゃ~んとワシ達生きるモノを助くる場所をお創りに成られた」
これに同調するかの如く、マドーナ老人も空を見上げては瞑目し。
「有り難い・・、有り難い事じゃ」
シロダモ老人も、少し項垂れ。
「こうして毎年、魚と云う糧を得られる。 本当に、有り難い事じゃ」
二人の感謝を見たウィリアムだが、その川の上流の話に興味をそそられた。
「あの、その地下に落ちる滝って、此処から何の位の場所に在るのですか? この目で見てみたいのですが…、不味いですかね?」
すると、二人の老人は見合う。
シロダモ老人は、王国から来た学者も行った道なので。
「此処から、山を3日ほど行った場所だそうだが…。 別に、行くのは悪いと言わんじゃろう」
すると、マドーナ老人が。
「それなら、少し間を置いたらどうじゃ? 今、南の空が怪しい。 明後日辺に、嵐が来るやも知れぬ。 それを過ぎたら、私の息子に途中までの案内をさせよう。 欲しい薬草を、そろそろ取りに行って貰おうかと思っていたしの。 お主達が一緒に付き添ってくれるなら、モンスターと出会っても安心出来そうじゃ」
ウィリアムは、確かに空の雲の流れに違和感を覚えていた。 時折、黒い千切れ雲が南から来始めた。 思った通り、台風と云う嵐が来る可能性も在る。
「そうですね。 ま、此方も仲間に相談して、少し仕事もしてみての噛み合いで決めます。 薬草が欲しいなら、我々は何時でも護衛は引き受けますよ。 商業区の、“マルロード・ア・ロジル”と云う宿に滞在してますから」
「ふむ。 なら、今出している依頼を取り下げて…」
マドーナ老人が、そう言いかけた時。
「おじぃ~~ちゃ~~んっ!!!」
と、まだ子供の印象が残る声がする。
話をしていた一同が声の方を向くと、三本松が並ぶ山道から、オーバーオール風のズボンを穿いた少年が駆けて来る。
マドーナ老人は、ウィリアムに。
「孫のジョンだ」
と、言ってから。
「ジョン、元気な声を出してどうした?」
駆けて来た少年は、手提げの着いた丸い瓶を持っていて。
「見て見てっ、頼んでおいた原料が、こ~んなに手に入ったよぉっ」
12・3歳の少年は、ガラス瓶に入った薬の原料を見せる。
マドーナ老人は、大瓶に入った液体を見て。
「ほぉ~、随分と取れたものだな」
「うんっ。 オバさんが云うには、東から来た冒険者が、モンスターを倒して持ってきたんだって。 マンティーロガって云うんでしょ? この毒を持ってるの」
「うむ。 人の何倍も在る大きなモンスターらしい」
「うわぁ~、そんなモンスターを倒して毒を持ち帰るって、凄く強い冒険者達なんだね」
好奇心に眼を輝かせる少年に、マドーナ老人は。
「ジョン、それを地下倉庫に仕舞っておくれ。 明日、ワシの作業を手伝っておくれよ」
「はぁ~ぃ・・」
元気な返事を途中で止めたジョンと云う少年は、祖父の前に居るウィリアムに眼を留めた。
マドーナ老人が。
「この方は、冒険者のウィリアムだ。 我々と同じ薬師で、知識も深い」
「・・こんにちわ」
目礼をするジョンに、ウィリアムは会釈して。
「こんにちわ。 この辺の珍しい薬草を、お祖父さんに見せて貰ったりしてました」
頷くジョンと云う少年は、頭だけ下げて家に向かう。
マドーナ老人は、ジョンを見送って微笑み。
「アレは、人見知りが有ってな。 知らない人には、何時もあの調子じゃ」
同じくジョンを見送ったウィリアムは、空に顔を上げ。
「そろそろ、ここも薄暗くなりましょうね。 夕方に為る前には、仲間の元に戻らないと」
「おお、そうか。 なら、斡旋所に何時でもいいと云う内容で、薬草採取の仕事を出そうかの。 どうせ、屯しとる輩はその知識も無ければやる気も無い。 主の姪に、旨を伝えておこう」
立ち上がるウィリアムは、微笑み。
「了解しました」
すると、シロダモ老人も立ち上がり。
「では、ワシもこれで失礼するかな」
「おぉ、そうか。 シロダモ、気を付けてな」
「うむ」
シロダモ老人は、ウィリアムへ。
「所で、若者よ」
「あ、はい?」
「御主の泊まっておる宿の一階に、大きな酒場が入っておるじゃろ?」
そう聞かれたウィリアムは、確かに大衆的な酒場でも大きな酒場が一階と二階に亘って広がっていると思いながら。
「えぇ・・、何百人とお客が入れる酒場ですよね」
「おうじゃ。 あの酒場の料理人は、ワシの末の娘夫婦が切り盛りしておる」
「へぇ、そうなんですか。 昨夜に食べましたが、魚料理が凄く美味しかったですね」
「まぁ、の。 ワシの知り合いが此処の漁師から魚を買って、其処に卸しとるで」
「なる程、活きのいい新鮮な魚を扱っている訳ですね。 シロダモさんは、時折行くのですか?」
すると、シロダモ老人は、少し口を濁し始めながら。
「ん・・。 所で・・そのぉ・・。 まぁ、同じ街の中じゃが。 これが、意外に近くて遠い場所での。 孫娘の顔を見たいんじゃが、中々忙しくて向こうが来んのじゃ」
「はぁ・・」
急に話が見えなく成った気のするウィリアムが生返事をすると。 シロダモ老人は、禿げた後頭部を掻き。
「今頃なら、午後の漁が終わる頃じゃろ。 御主、上等な魚一匹持っていって、序に魚でも仕入れに来いと言ってくれぬか?」
他人もいいところのウィリアムだ。
「あ…、自分が・・ですか?」
「嫌かえ?」
「いや、そうでは無くて…。 余所者の自分で、それが務まります?」
すると、苦笑いの表情をしたマドーナ老人が。
「シロダモ、また喧嘩したのか?」
「う・うむぅ」
頻りに頭を撫でるシロダモ老人。
ウィリアムは、親子喧嘩だと聞いて。
「そうなんですか?」
「うむ・・」
マドーナ老人は、ウィリアムへ。
「若者よ。 このシロダモの孫娘は、その辺にそうは居らん美人での」
「はぁ」
「シロダモの末娘夫婦は、また一人娘じゃから異常に可愛がって居る」
「はぁ」
「それでの、美しい一人娘にヘンな虫が付かない様にと、箱入りにしておるのじゃ」
「はぁ~」
「漁師なんてのは、見れば解るが厳つい男の集まりだで。 其処に、一人娘を往かせられんと娘夫婦は云うらしい」
「………」
事情が解るにつれ、呆れたウィリアムは、思わず。
「あの~・・、それならシロダモさんが泊まりに行けば~・・・・・・」
すると、シロダモ老人がムッとした面持ちに変わり。
「誰が行くんじゃっ。 自分の娘じゃが、あの娘は気味が悪い程の顰めっ面じゃい。 美しく優しい孫のジュリエットを見に行くならまだしも、あんな強情で我侭な娘など見に行きとうは無いわいっ」
何とも面倒な話をされたと頭を抱えたウィリアム。
(おいおい、何だそりゃ)
大体、箱入りにしていたら、さすらいの冒険者風情である自分が面会出来る訳が無い。 更なる一番の気掛かりは、スティールが居る事。 ある意味のジョーカー的な存在が居る以上、そんな美人の事に関わるのは面倒に繋がりそうな気がする。
(ま、魚を親に渡して、旨だけ伝えようかな…)
ウィリアムは、出来る事だけで引き受けようと思った。 マドーナ老人の手前でも有るし、無碍に断るのも悪いと思ったからだ。
だが・・。
この一連の通じ合いが、この直後にとんでもない事へと繋がっていようとは、ウィリアムでも察知の出来ない運命の導きと云えただろう。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、有難う御座います^人^