ウィリアム編・Ⅳ
冒険者探偵ウィリアム
それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 2
≪波乱に満ちた朝…。 そして、ロファンソマへ≫
朝。 夜明けが来て、朝日が昇るなら。 目覚めは、清々しいに限る。 だが、其処に不安定な要因が重なると、そうも云えない時が来る。
“ガオオオオオオオーーーーーーーーンっ!!!!!!!!”
このモンスターの発した爆発的な咆哮が、野営所東屋と野営施設に居る皆の目覚ましだった。
「はっ?!」
「何だぁっ?!」
スティールとアクトルが飛び起き、ロイムとラングドンも寝ぼけ眼で身を起こす。
誰よりも早く飛び出したのは、ウィリアム。 朝霧がまだ残る林に挟まれた街道の上に出れば、砦に似た兵士や騎士などが寝泊りする野営施設のすぐ脇に、大型のモンスターが。 しかも、かなり興奮していて、頻りに臭いを嗅いでいる。
(不味いっ、昨日の処置で出した血の臭いに寄ってきたか?!!)
倒れたと運ばれて来た男性に対し、昨夜ウィリアムが解毒の処置をした訳だが。 ウィリアムは、血の混じる水は、崖の様な裏手の奥に早く棄てたほうがいいと伝えた。 だが、兵士がその水を井戸の近くに置きっぱなしにしていたのだ。
それを知らないウィリアムは、昨夜の血の臭いがまだ施設に残り。 その臭いを嗅ぎ付けて来たと思い込む。
「何事だぁっ?!」
「モンスターが居るぞっ!!」
兵士や騎士が寝泊りする施設で、次々と驚きや焦りを含んだ声が上がる。
それを聞くウィリアムは、人に被害が出る前に倒すしかないと思えた。 兵士や騎士に期待するのは、御手に成ると判断したのである。
「スティールさんっ、アクトルさんっ、出番ですっ!!! マンティーロガですっ!!」
大声を出してから、モンスターの注意を外らす為に走ったウィリアム。
現れたモンスターは、大型の猛獣モンスターのマンティーロガ。 青い身体に、鋭い毒針を持った長い尻尾を垂らし。 見た目は、虎かライオンのメスを窺わせる容姿である。 このモンスターは、亜種のそのまた派生種で。 大元の原種は、マンティーロガよりも大きく、翼を持つマンティコア。 このロガですら、背丈でアクトルの二人分は在る。 原種のマンティコアは、その数倍とも云われるのだ。
「チィっ! こんな街道でマンティーロガだってかっ」
鎧も着けず、斧だけ手にアクトルが出れば。
「ヤツの尻尾は毒針付きだっけ?! 厄介な相手が目覚めの相手とはねっ!!」
もう剣を抜いた状態で持つスティールは、アクトルに危険を促す上でこう言った。
二人が井戸の方に迎えば・・。 野営施設からモンスターを引き離す様に街道に誘い出して、素早い動きで翻弄するウィリアムが居た。
スティールは、長い尾っぽの先の毒針が地面に垂れ伸びているのを見て。
「アークっ、俺が尻尾を斬る。 その隙に、腹に斬り込め」
アクトルも、その手段が一番安全だと。
「オーケーっ。 昨日の旦那の二の舞は、こちとら嫌だからなっ」
ロガの脇に回る為に、街道の脇に外れるアクトルに対し。 スティールは、全力で走った。
ロガの尻尾は、非常に長く。 尻尾の長さが、体長を上回る程。 その為、針で相手を刺すのは、止めの一撃のみで。 獲物が捕まらない限り、奇襲以外では尻尾の針を使うことは無い。 その尻尾を切断するチャンスは、正しく後ろからの奇襲であった。
尻尾間近まで、何も言わずに走り寄ったスティールは、ブルンブルンと地面付近で動く大蛇の様な太さの尻尾に剣を振るった。 スッパリと、針を先っぽに付けた尻尾が切断され、宙を飛んで近くの草むらに落ちていく。
“ギャオオーーーーーーーっ”
急に咆哮を上げ、暴れる様に後ろへと後退りをし始めるマンティーロガ。
それを面前で見たウィリアムは、アクトルやスティールが来たのだと思い。
「斬っても尻尾は気を付けて下さいっ!! 尾っぽにはっ、毒線が相当通って居るらしいですからっ!」
その言葉通り、バタンバタンと暴れる尻尾のその切り口から、灰色掛かった白い泡の様な液体が撒き散らされる。
「そうゆうのはっ、早く云えっ」
大きく横に退こうとするスティールで、言葉尻で飛び退いた。 街道の上を転がり、脇の草むらと為る切れ間にて立て膝に起きる。 視界の街道上に飛び散る毒液は、地面をジュゥ・・と黒く変色させた。
(マジかよっ?!)
マンティーロガは、そのまま暴れ馬の様にウィリアムへと街道を突進。 避けたウィリアムは、アクトルの居る方に逃げてくる。
其処へ。
「全く、朝から何たるモンスターが出るんじゃ? マンティーロガなど、魔の森周辺以外でしか見たことなど無いぞい」
と、街道の上を歩いてくるラングドンと。
「うわわ、ホントに図鑑で見たモンスターだぁ~」
驚くロイム。
ぐっすり寝て元気を取り戻したロイムは、直ぐに前で出て。
「ラングドンさん、僕が先に足留めしますから」
と、先に立って杖を構える。
ラングドンは、街道に見える自然を見回し。
「うむ。 大地の力で始末する故に、動きをしっかり止めてくれい」
と、応えた。
離れた向こうで振り返るマンティーロガ。 此方に向くロガを見てから、ロイムは杖を側めて目を瞑ると。
「あ゛ぁ~怖い・・。 魔想の力よ・・我が想像を具現せよ。 細かなる礫よ、現れっ」
ロイムは、扱い易い礫の魔法を唱える。
この時。 マンティーロガは、地響きすら感じられる重い走りで、ロイムに向かって走り出した。
強い魔法を使おうと考えるラングドンは、目を凝らし集中しながら。
「ロイムよ、怯えて今に放つな。 頃合いは、見計らうに限るっ」
怖くて、今にも直ぐに魔法を放ちたいロイムだったが、ラングドンに言われて少し頷く。 大魔法遣いの杖から溢れるオーラを心に受け、しっかりと突進してくるマンティーロガの顔を見たロイムだった。
“ウガァァァーーーーーっ!!!”
狂暴な咆哮を上げるマンティーロガだが、その顔は女性的な猿に近い印象で在る。 闇の力に染まる瞳の色さえ無ければ、さほどに怖い顔では無い。 が、耳まで裂けた大きな口から覗ける鋭い牙を見ると、恐怖しか思いは浮かばないのは当然であろう。
ロイムは、マンティーロガが林のアーチが掛かる街道から、この野営施設の在る開けた方に出てきた頃合いを見計らい。
「いっけぇぇぇぇっ!!!」
と、杖を振って礫を飛ばした。
マンティーロガの眼に向かって飛んだ魔法は、ロガの大きな眼とその周りに当って小さな炸裂を起こす。 流石に、硬い皮膚に魔法がぶつかり弾けても、皮の表皮が剥がれるぐらいだが。 眼や目元の柔かい部分に当たれば、皮を破って青紫の血を撒き散らす。
“ウガァ! グオオオーーン!!”
血が眼に入り、明らかに嫌がったマンティーロガが、ロイムやラングドンと10数歩前と云う所で突進を止める。
ラングドンは、魔法を行うに丁度良い所だと。
「よし、力が集まってきた。 行くぞいっ」
と、杖を大きく擡げ、旋回させると。
「大地の力よっ、我が敵を穿つ硬き硬き針と成れぃっ!!」
詠唱の様な言葉と共に、杖を大きく上に振り上げるラングドン。 すると、マンティーロガの腹の下に為る地面が、泡立つかの様に震え出す。
マンティーロガが、激しくもがいて眼に纏わる血を振り払い。 損傷の少ない左目で、カッとロイムを睨んだ。
その時…。
突き上げる幾つもの岩の針が、マンティーロガのやや白っぽい下腹部へと突き刺さった。
“グギャァァァァァーーーっ!!!!!!!!”
その吼え声は、誰の耳にも絶叫に聞こえただろう。
次々と隆起する岩の針は、マンティーロガを持ち上げる様に串刺しにする。
そして、最後には…。
「止めじゃっ」
ラングドンの一言と共に、アクトルの太い腕の様な針が、マンティーロガの胸部に目掛けて突き上げた。 ロガの弱い唸り声は、瞬時に消える。 突き刺さった針は、口から外に突き出すまで伸びていたからだった。
…。
「いやいや、助かった。 感謝する」
後からノコノコと外に出てきた騎士の男性は、生きた心地のしない顔を蒼白にさせていた。 まさか此処で、こんな大型のモンスターに出会うとは思わなかったのだろう。 ウィリアム一行に、握手までして礼を云う始末。 本当なら、自分達が率先して戦わねばならない処だろうに・・。
モンスターの出現で、また興奮と怯えに駆られた昨日の家族で。 その傍にいたクローリアと護りに残っていたリネットが、出発間際に成って仲間の元に戻ってきた。
ウィリアムは、少し疲れた顔のクローリアに。
「どうでしたか? もう、呼吸は安定しましたか?」
東屋の様な建物の中で、床に座ったクローリア。
「えぇ。 でも、ご家族の方が疲れてますわ。 戻るまで、心持ちが挫けなければいいのですけれど・・」
すると、何故かスクっと立ち上がるスティールで。
「それはいけないな。 元気が無いのは、不味い。 よし、俺がちょっと…」
外に出て行こうとするスティールを、バキバキ・ボキボキと手を鳴らして待ち構えるアクトルとリネット。
(おやぁ? 一人増えましたねぇぇぇ・・)
そう思うスティールが、直後に縛られて引き摺る荷物にされたのは、仲間全員一致の事で在った。
★
それから、二日後。 まだ陽も真上に成らない午前。
「着きましたね。 門が見えて来ました」
と、生い茂る森の中を通る街道の先を指さしたウィリアム。
北の大陸の東西南北は動き回ったアクトルも、初めて来る街に。
「風は涼しいし、湿気を帯びて心地いい。 首都や大都市ばかり回って仕事探すのが基本だが、こうゆう観光みたいな旅も悪くないな」
と、素直な感想を述べるのだが。
その隣で、俯いているスティールが。
「ふぅ~ん、そーなんだぁ。 人を縛ってさぁ・・、半日も引き摺って行く非道な人がねぇぇ…」
と、非難をボソボソと…。
ラングドンは、その胡散臭い雰囲気に呆れ。
「ほれ。 もう直ぐ下着みたいな服を着た若い娘が、わぁ~んさか居る街じゃぞい」
と、耳打ちすると。
「ふんっ」
いきなり、ビシィっとするスティールで。
「過去は、もう過ぎた事だ。 俺には、今から明日と云う美しい未来が在る。 行こう、女体の待つ水辺へっ!」
急に元気と成ってズンズンと歩を早めるスティールは、ウィリアムに並び。
「弟子よ、宿を直ぐに決めようか。 目的は、何時も一つっ!!」
「………」
その元気さにヒクヒクと顳かみを引き攣らせるウィリアムは、街で無用な波乱が待っていると覚悟した。
クローリアやリネットは、もう知らん顔でロイムを交えてアレコレと話す。
アクトルは、ラングドンへ。
「爺さん、アイツを元気にさすな。 面倒しか起こさないヤツなんだからよ」
しかし、そう言われても他人事の様に微笑むラングドンで。
「ふん。 辛気臭いツラなど、見とっても詰まらんわえ」
と、アクトルの言葉を鼻で飛ばした。
ウィリアム一行を追い抜き、荷馬車が先に向かって行った。 街道から入る門には、衛兵10人程が警戒する監視所が在る。 門の内と外に、数人の警戒をする兵士が先ず。 次に、門の内側に、道に沿う形で人相を見る監視小屋に入る数人が居て。 更には、高い門の中程に作られる監視場に、も、兵士が入って森や街道を監視していた。
門に近付いたのに合せ、兵士が多く居るのを丁度良いとウィリアムは、門の脇に立つ守衛の兵士に近付き。
「すいませんが・・」
と、声を掛けた。 実は、あのモンスターの現れた野営所で、騎士から頼まれた言伝が有り。 それを、此処の詰所で行う事にしたのだ。
案内に出てきた兵士に付き添われ、門を潜って左側に建てられたレンガ造りの詰所の中に入ったウィリアム一行。 二階建ての詰所の奥で、立派な繋ぎの制服を着た警備隊長の50代と思われる男性に面会した。
テーブルを挟んだ向こうから、
「伝言を頼まれた冒険者か。 ワシが、此処の警備隊下級兵士を束ねる隊長のセトル=ガウだ」
そのガウ隊長は、見るからに兵士らしい人物であった。 小太りだがガッシリとした大柄の体は、過去に鍛え抜いた訓練の培いを窺わせ。 陽に焼けた色黒の肌から鼻髭を少し白くさせた様子は、しっかりと人生を歩んできた苦労人の様にも見て取れた。 強面の顔は四角く、田舎育ちの頑固者にも見れるが…。
ウィリアムは、服毒事件とモンスターの出現を告げる。
すると、ガウ隊長の顔が少し和らぎ。
「おお、そうか。 別隊とは云え、我が同朋が助けられた様だな。 しかし、そのような大型のモンスターが…。 いや、良く知らせてくれた。 感謝致す」
と、意外にも素直な一面も見せてくる。
「いえいえ。 それより、此処は昔からモンスターが多いのですか?」
と、ウィリアムが問い返すと。 ガウ隊長は、顔を不安に曇らせて。
「うむ。 それがな、近年に成ってからなのだ。 北方の山深くに隠された遺跡が出現してから、急にモンスターが増えてな。 最近では、戦闘に成って兵士に被害が及ぶ事も在る」
ウィリアムは、マーケット・ハーナスで“イービル・ループ”が開いた一例を挙げ。
「もしかしたら、その遺跡が何らかの原因を生んでいる可能性も高いですね。 調査などは、行われているのですか?」
「一応は、な。 だが、昨年の末から、何度か冒険者チームを斡旋所も派遣したらしい。 だが、何れも帰らず。 また、捜索隊として編成した合同チームも、帰らずだったらしい」
これには、ウィリアムを始めにチーム一同が仲間の顔色を伺った。 簡単に流せる事態では無いからだ。
「それは・・、少し不安な情報ですね」
俯き加減で思慮をするウィリアム。
ガウ隊長は、ウィリアムヘ。
「済まないが・・」
こう言われたので、顔をガウ隊長へと戻すウィリアムで。
「はい?」
「我々兵士は、近年までの平和でモンスターとの戦いに慣れて居らん。 大型のモンスターなどが出したと有らば、斡旋所などに応援を頼む事も有ろう。 若しもの時は、力を貸して欲しい」
この申し出を聞くウィリアムは、仕方のない事だと思う。
「構いません。 そうゆう意味では、我々の方が経験も多少在ります。 街に居る間は、手間が開く限りお手伝いさせて頂きます」
ガウ隊長は、軍人らしからぬ柔軟な態度で頭を下げ。
「忝ない」
と、顔を上げると。
「兵士と云う軍人で、こんな弱気な事を云うのは間違いかも知れぬ。 だがワシは、この国の地方に在ったマゾフド村出身で、モンスターには一際の敵意が在るのでな」
すると、一同は納得の顔それぞれで。 ウィリアムは、頻りに頷き。
「確か……過去に在ったモンスターの進軍で踏み潰された、有名な村ですよね? 場所が悪くて、魔の森近くに在った村だと聞いていますが・・」
ガウ隊長は、鈍くも深く頷き。
「うむ・・。 ワシが、まだ4歳の頃だ。 今でも、あのモンスターの驚異が忘れられんのだよ…。 あの時も、兵士や騎士だけでは分が悪く。 高名な冒険者のチームが多数討伐に加わった。 ワシは、逃げてきたこの街で、討伐から戻った兵士や冒険者に拍手を送った経験が在る。 だから、さしてお主達を毛嫌いする気持ちは無い。 ま、何事も無く、この美しい街で観光を楽しんで欲しいのが本音だ」
ウィリアムは、そう言ってくれる彼に好感と敬意を持ち。 思うままに感想を述べる気に成ったので。
「そうですね。 この街は、国外からも観光に人が来るとか。 モンスターの被害が起これば、政治的にも微妙な重みを持つ可能性も在りますでしょう。 何か脅威が有らば、冒険者でも遣って構わないと思います」
ガウ隊長は、政治的な意味合いも理解しているウィリアムの物言いに。
「ふむ、若いながらに敏いな」
と、言ってから。 仲間の一同を見回してから。
「この街の宿は、大抵が酒場を持った宿でな。 どこも、天然の温水を引き込んで浴場を用意する。 湖が湧き水で出来ている程に豊富な水が、これまた美味くてな。 味のいい野菜や果物も採れるから、造られる酒も美味い。 外来の客が多い分だけ、美女も居る。 ま、ゆるりと汗を流してくれい」
と、気さくな話を残した。
ウィリアムも、姿勢を整えた上で正しく一礼して。
「ゆっくり湖などを見物しながら、酒を頂きます」
練れた人格、苦労して培った広い人間性は、他人の人格も推し量れる。 ウィリアムと、このセトル=ガウは、互いに中々の人物と見えぬ握手を交わした格好で別れた。 その証拠に、監視施設の外に出たウィリアム一行を、二階の窓から見送ってくれさえしたガウ隊長だった。
さて。
晴れ渡る青空の昼頃。 街路樹が豊かに生える趣に満ちた市街地を行くウィリアム一行。 観光都市のロファンソマは、自然が目立つ都市だった。 森林公園や、花園を数箇所に持ち。 通りや建物も、黒・茶・白灰・赤茶のレンガを使った作りと成っていた。
旅人や馬車の往来も多く。 また、旅人や旅客が、気軽な格好で街中を観光しているのが目立つ。 活気は、溢れる程に在るという大通りで。
「リーダー、一つ尋ねたい」
と、リネットが歩きながらに問うて来る。 スティールが食い込んで来て、自分でも答えれるんじゃないかと喚くのだが。 無視したリネットは、
「先程、あの詰所で不可解な事を言ったが?」
その一言の意味が見えないウィリアムも、煩くへばり付くスティールを無視して。
「はい?」
「いや、な。 モンスターの被害で、政治的な事がどうこう・・。 関係ない様に思えるのだが?」
すると、アクトルも。
「そうだな、モンスターが人の命令を聞く訳じゃないしなぁ」
軽装ながら幾分身なりの良い人々が、多く行き交うのが見受けられる公園が脇に見える中で。 ウィリアムは、通りの中央を行く高級そうな馬車を見送りながら。
「この街、観光の意味では有名らしいですよ。 お忍びで、諸外国の貴族の方々も来るとか・・。 もしその中に、有力貴族だったり、王族だったり居たら…。 そして、モンスターの被害に巻き込まれたりしたら大変じゃないですか? しかも、最近までモンスターなんか居なかったのに、近年に急に出現ですよ?」
少し考えたラングドンは、素直に。
「勘繰った考え方をする輩なら、何か有ったら文句も云うやもの」
国同士の国交事情に疎過ぎる仲間を思い、ウィリアムは少し呆れ調で。
「ん~、いえいえ。 そんな緩い状況でも無いと思いますよ。 国境都市にモンスター討伐とは云え、明らかに目立つ大部隊を送り込むのも波風立ちますし。 かと言って、出没するモンスターの被害に、微妙な地位の国賓や、お忍びで来ている貴族・王族が巻き込まれたら大変ですよ。 一番平和を訴える大国で、そんな事は有っては成らないことです。 下手な難癖付けられたら、争いに発展しますよ」
リネットは、その意味が良く解らず。
「そんな事をする輩が、何処に居るのだ?」
ウィリアムは、素直に生きてきたリネットは、政治や商業の暗部を知らぬままに居るのも当然だと理解しながら。
「一杯居ますよ~。 商人の中には、戦争や争いが多額の富を生むと理解する者も少なからず存在します。 各国では、今の平和な現状維持を王族が唱えて実践していますがね。 権力を握る一部の有力者は、領土拡大や世界的権威の獲得に、露骨な征服戦争や武力行使も厭わないと云う思想を持った人が居るんですよ。 これがまた・・ね」
それを聞いていたアクトルは、フラストマド王国で起こった事件を思い出し。
「そう言えば、ウィリアムとスティールの巻き込まれた事件も、政治的に関わる大きな事件だったなぁ」
ウィリアムは、走る子供達が通りの脇道に入って行くのを見つめながら。
「それだけじゃないですよ。 もう数年前に成りますが、俺が居た島で、あんな子供が4人も殺害されましてね。 事件の根っこを暴いたら、コンコース島の主権を顛覆させようとする、西の大陸から来た者の仕業でした」
同じく子供を見ていたリネットは、まだ5・6歳の子供だと知り。
「何たる非道なっ?! その子供達が何をしたと云うのだ…」
と、憤る。 内面は優しいリネットで、その一面や女性らしさを表に出す事をして来なかっただけ。 幼い子供が殺されるなど、見たくも無いし聞きたくも無い事だった。
だが、ウィリアムは、寧ろ少し冷めるぐらいに淡々として。
「それが、暗殺計画を聞かれたと勘違いしたんです。 子供達が秘密の隠れ家として使っていた廃屋で、その話をしていたそうで…」
ラングドンは、争いの絶えぬ西の大陸が齎す不穏な空気が、時折別の大陸に忍び寄る事を知り。
「他の国まで争いに加担させる気か…。 何とも汚い輩共じゃ」
しかし、ウィリアムは、寧ろ更に冷めた口調で。
「実は、各国の商人も、一部の方々がもう加担してます。 人身売買や、禁制品の密輸。 戦争をしている部族や独立部隊に、それぞれ別の顔で近付いて、物資や武器を売っている…。 平和なこちら側で、貧しい下に回らず余る物が・・、実際にそうゆう所に高値で売られるらしいです。 未だに、西の大陸で近年作られた工芸品を始め、高値で取引出来る西側産出の宝石なども、市場で新たな物品が取引されている。 西側との商売の取引で、そうゆう物が金の代わりに間へ入るんでしょうね。 そして、そうゆう腐った奴ら程、金を回す所を心得てる。 摘発を逃れる為に差し出される金品が、見て見ぬふりをする何処か・・誰かの懐に入って行く訳ですよ」
「…………」
黙ったリネットを始めに、仲間の一同が押し黙った。 然るべき地位に在る者だと云う事は、直ぐに解る。 だが、自分達とは住む世界の違った者達で、どうすることも出来ない領域であった。
ウィリアムは、更に。
「そうゆう方々からして見れば、世界が平和で在り続ける要因を守っている役人や王族は、云わば目の上のタンコブ。 そしてですが、そんな方々を平時には手を出しにくくても、こうゆう外国に遊びに来ている時は、また別。 互いに根っこが外国なら、事件を起こしても解決に至りにくく。 また、明らかに成っても、解決に時間が掛かる。 モンスター騒ぎが起こっているなんて、それこそ付け入るに最適の隙でしょうよ」
此処でウィリアムは、少しだけ顔を脇に向けて後ろを意識させる様子で。
「そう思うと…。 潜ってきた門に、立正の兵士が4人。 門の上の監視場に3人で、下の監視場にも3人。 施設の中にも、隊長さん以外にも4・5人の兵士が居ましたね。 他の国に置き換え照らし合わせて考えでも、この警備は首都並みの警備ですよ。 詰まりは、それだけ警戒をしてるんです。 多分、以前にも何か在ったのかも知れませんね」
ウィリアムの話を聞き、アクトルはこの街を前にも訪れた事の在るラングドンに。
「街への入口は、俺達が来た以外にも在るのだろ?」
「うむ。 ワシが覚えている限りでは、南方、南西、東側、北西…。 今潜ってきた門を加えても、5つは在る」
「そうか。 それぞれに結構の見張り立てるとするなら、この街に駐屯する警備兵は数千は居るかもなぁ」
「居るじゃろうな。 街道警備・・各地方の町や村に行く派遣の巡察兵。 山岳・森林の守備兵。 諸々考えたら、結構な数が必要じゃ。 モンスター騒ぎが起こってから、増強したって話じゃぞ」
「なるほど…」
ウィリアムは、コンコース島に居ても、各国からの事情が流れてくる事に敏感であっただけあり。 他にも、各国の不穏な事件を口にした上で。
「平和って、ただ在る・・ってモンじゃ~ないんですよ。 平和な中では刺激が少ないですからね、強硬姿勢な主義や、高圧的な意見が強く見られる。 ですが、ね。 一度崩れたら、平和程幾ら望んでも取り戻せない願いは無い。 やっと取り戻した時、どれだけの犠牲が出たかを知るんです。 事件でも、同じ。 欲望や思惑に駆られて、自分が正義の中に居る様な気さえする。 自分が登り詰めたり・・、新しい境地を切り開けると、脆い未来を美しく幻想的に誤解する。 その為に払った犠牲や命の重みなど、恐ろしい程に軽んじてね…」
犯罪などと関わりの少ないリネットは、今一飲み込めずウィリアムに。
「そんなものなのか?」
と、聞き返す。
緩やかに頷くウィリアム。
「最初に云った子供達の殺人。 実は、続きが有りましてね。 殺された子供の一人の母親が、その事件の首謀者で在る商人の家族を、自分の命と引き換えにと皆殺しを計ったんですよ」
「えっ?!」
驚くリネットに、口を抑えて言葉を失うロイムとクローリア。 スティールやアクトルやラングドンも、只為らぬと云う面持ちに移行していた。
初めての街を歩きながらも、ウィリアムの眼は何処か遠くで。
「事件の解明をした翌日。 もう悲しみと憎しみで狂ってしまった母親が、商人の越した新しい家を燃やして・・。 逃げ出してくるメイドやら家族を、剣で…。 数日は嘆き悲しんで、飲まず食わずで居たあの弱った体の何処に、人を殺す程に強く長剣を振り回す力が有ったのか…。 いや、憎しみや怒りが、全ての肉体的限界を無にさせたのかも知れません。 役人の方々と俺が駆け付けた時は、もう手遅れでしたよ。 悪魔みたいに高笑いする母親は、最後の最後に商人の一人息子を刺した。 俺達が見ている目の前で、自らも燃え盛る屋敷の中。 窓が取れて丸見えのリビングででしたね」
リネットは、もう理解出来る範囲を超えてしまった。 ショックすら受けたままに。
「その・・母親は?」
「燃え死にましたよ。 体が燃えてるのに、恨みを晴らせたと喜んでね」
余りの内容に、リネットは俯き。
「壮絶・・だな」
「無惨に子供を殺された事で、もう狂ってしまったんだと…。 子供達を直接殺害した人物は、金で雇われた殺人快楽者でしてね。 子供達の遺体が、もう直視出来ないぐらいでしたから・・。 それぞれの親は、もう遺体を見たと同時に泣け叫びましたよ。 今でも、俺の耳にあの泣き叫びの声が残ってます。 罪を犯したるものは、それ相応の罰を受けるんですね」
やり切れなさと苛立ちが募るアクトルが、其処で口調を少し荒っぽく。
「当然、捕まったクソ商人も死刑だったんだろ?」
「えぇ。 でも、その処刑前に死にましたけど」
「あ?」
「捕まってる時に、家族の焼死惨殺事件が有りましてね。 自分の家族を、無惨に報復と云う形で失い。 自分の責任を痛感した商人の方も、嘆きと自責の念から狂いました。 自分で舌を噛んで…手当ての甲斐無くそのままでした」
スティールは、青い空を仰ぎ。
「最悪の最後ってヤツか・・。 犠牲を多く敷いた分、戻ってきた痛みが壮絶過ぎたんだな」
同じ感想を心に抱く皆は、口を噤んだ。
涼やかな風が街路樹の枝を揺らし、幅広い通りを行く一般人の笑顔が眩しい。 平和であるからこそのこの日常であり、それが揺さぶられるなど誰も思っては居ない。 でも、そう思えないのが平和の証で有り。 また、明日からもその不安が無いと信じれる方が良かった。
そんな光景を見るウィリアムは、
「ま、色々有るんでしょうけどね。 我々冒険者は、世界の歯車に加わって生きる…。 だからこそ、そんな世界の闇の一つも払ったっていいでしょうよ。 平和な世界に、それなりの恩恵も受けてるんですから」
仲間の皆が、別の噴水公演を右手の開けた場所に見て、遊ぶ子供や語らう人々などを見つめた。 悲しすぎる話に心が重く、少しでも楽しそうな、日々の普通が見たかったのかも知れない。 確かに、ウィリアムの云う通り、自分達の力で除ける脅威が其処に有るなら。 体を張って止める事も、遣って然るべきだと思える。
そこで。 スティールがスルスルと前に出て、ウィリアムの左肩に手を置き。
「ウィリアム、そこで相談なんだが?」
「はい?」
少しキザな俯き加減のスティールで。
「ん。 この街の安全を見回る上で、早く宿を決めないか。 キャッキャ云ううら若い女性達が、悪い事に巻き込まれたりしたら大変だ…。 俺達が、見守らねば成らん。 ん、それが一番だ」
この雰囲気の流れから、こんな言葉を云う人間の気が知れない。 そう思うクローリアやリネットなどは、冷めた目をスティールに向けるのだが…。
一番クールな筈のウィリアムは、何故かフッと微笑むと。
「ま、それもいいでしょうかね。 有名な湖って奴を俺も見たいんで、早く宿を取るとしますか」
この一言に、スティールはニンマリして。
「弟子よぉ~、解ってるねぇ~」
ウィリアムは、威勢の良い店先の掛け声が聴こえる方を見ながら。
「でも、その前に書簡を届けて、斡旋所に行きませんとね」
スティールは、先刻承知とばかりに。
「金が無ければ、ナニも出来ぬ。 うんうん、いきまひょ」
呆れながらも、その軽薄さが逆に笑えるウィリアムで。
「しかし、スティールさんはオオカミですからねぇ。 女の子を見に行くのでも、首にロープはもはや必須ですよ」
スティールは、ウィリアムにニュル~ンと絡み出し。
「おいおい、師匠に向かってそんなご無体なぁ~」
「いえいえ、今までの経験に基づく結果・・じゃないでしょうか?」
「ウィリアムぅぅ」
抱きついてさえ来るスティールに、鬱陶しいと言わんばかりの視線を向けるウィリアムで。
「止め、絡まないで下さいよ。 それより、どんな宿にします?」
パッとウィリアムから離れるスティールは、道を行く若い女性を見ては・・。
「あっ、それなら女の子が居るヤド~」
「却下」
「んなら、呼べるヤド~」
「勘弁」
「仕方無いっ、連れ込めるヤド~」
「宿代個室で、一人払いでお願いします」
もう懐が寂しいスティールは、バッとウィリアムに向いては指を向け。
「お前っ、一緒に仔猫ちゃんの生活費を置いてきた仲じゃねーかっ。 お互いに懐ジジョーを知ってる間で、そんな無慈悲な事を云えるのかっ?!」
「さぁ~。 連れ込むんなら、迷惑は勘弁ッスね」
「カァーっ、これだから弟子レベルの奴ぁ~よっ」
どうしてこんないい加減な話に移行出来るのか・・。 流石に、ラングドンですらついて行けない展開である。
でも、ロイムはしみじみと。
「ウィリアムって、そーとースティールさんを甘やかしてるよねぇ」
アクトルも同意見。
「云える」
ラングドンは、ウィリアムと云う人物を推し量るにまだまだ時足らずと思う。
(暗殺の格闘技を遣うのに、あの知識力は確かに学者を超える。 薬学と医学のその技術もまた…。 不思議な若者も居るものだのぉ~)
と、思う。 これから、どうこの若者を自分が見ていくのか。 それが、逆に楽しみにも思えた。
さて、それから一行は公園を軽く見回ったりしてから、地方都市ならでは賑わいを商業区に入った。 冒険者や旅人に混じり。 明らかに軽装と云うか薄着の服をした者達が、果実や野菜の並ぶ市場にごった返す。
「すいませ~ん、この果物って地元産ですかぁ?」
短いヒラヒラのスカートや、片足の際どく見える腰掛けの布の様なスカートを穿いたうら若い女性達が居て。 店先に並ぶ小さな紅い果物を物色していた。
他にも、家族連れの人達も。 メイド連れや使用人を連れた格好で、薄着の出で立ちで気軽な買い物を楽しむ光景が広がるのだ。
頭に果物の乗った籠を乗せて歩く人や、手押しの荷車を運ぶ人々などが、直に売り込みを店に掛けて居るのも見える。
ウィリアムは、その活気を見て。
「悪く無いですねぇ~。 こうゆう人の賑わいは、好きです」
一方。 薄着で、肩や首筋が露出する衣服の若い女性を見回すスティールが、獣の様な目付きをギラギラさせていて。
「はぁ、はぁ、早く・・宿をおおおお・・」
女性で在るリネットやクローリアからすると、とうてい若い女性などにモテなそうなスティールだと思うのみ。
所が、ラングドンも・・。
「ん~、あんな若い嫁さん居たらのぉ~。 冒険者なんぞ、今直ぐに止めるのにのぉ~」
と、スティールと似た様に物色するのである。
少し離れた後から着いてゆくアクトルとロイムは、スティールやラングドンを見ては、互いに顔を合わせて苦笑いだった。
所が…。
「あら、キミ」
ロイムの前に、女性の声をした誰かの影が射した。
「むっ?!」
「なぬっ?!」
ラングドンとスティールが、その声の色っぽさに瞬く間の反応をする。
そんな中。
「えっ? あ・・」
いきなりの事で、どうしていいか解らないロイムの前に立つのは、ロイムより頭一つ以上は背の高い大人びた女性だった。 緩やかに曲がる黒髪が、長く胸元や背中に這い。 スタイルも良く、スラっとした生足が、スリットの深いヒラヒラしたスカートから伸びていた。
「キミ、冒険者ぁ?」
女性の喋る語尾が甘やかに弛み、性的な魅力を纏って耳に忍び込んで来る。
女性を見たロイムは、いきなりの事も在ってガッチガチに緊張し出す。
「あ・あぁ・・はっ、はいぃ」
そんなロイムを見たスティールが、その間に入ろうとするのだが…。
「のごぉっ」
襟首を掴まれてしまい、首が苦しく為る。
(誰がぁっ?!)
と、見れば、それはウィリアムで。
(まぁまぁ、ロイムに話した女性なんですから・・)
と、耳打ちされる始末。
「ふごっ、ろひむぅ・・」
口まで塞がれたスティールは、二人の会話に絡めずもがき出した。
さて。
大人びた女性は、ロイムの視線に少し屈んで合わすと。
「この街には、観光ぉ?」
ビシッっと身を正したロイムは、もう冷や汗を額に溢れさせ始めながら。
「はっ・はいぃっ。 しっ・しごし・・仕事のついでにかかかかかか…」
顔を赤らめ、明らかに女性慣れしていない様なロイムの素振りに、女性は微笑む。
「そぉ~なんだぁ。 私、クララ。 向こうの飲食店街で、“アマリルム”ってお店に勤めてるのぉ」
クララと云う女性に目を合わされて、見つめ合うままのロイムはもう沸騰しそうな顔で。
「そっ・そうですか…。 じっ・じじ自分はぁー、ろっ・ロイムとい~いまーすー」
と、会話に成りそうも無い緊張した棒読みの様な物言い。
もがくスティールをふん捕まえるウィリアムは、微笑すら浮かべてそれを見ていた。
クララと云う女性は、ロイムのその姿が可愛く見えたのか。
「緊張してるんだぁ~、かっわいい~」
と、開いているロイムの左手を、自身の左手で握ってくる始末。
「あわっ!」
驚くしか出来ないロイムへ、クララと云う女性は・・。
「夕方には、お店開くから。 お仕事が終わったらぁ~、お金持って遊びに来て。 ロイムちゃんには、私がずぅ~っと付くから。 ・・ねぇ?」
クララと云う女性が、首を緩やかに傾げて云うと…。
「はいっ!! お金全部持ってっ、うっ・うう・・・伺いますぅっ!!!」
ガクンガクン頷いて、約束を交わすロイム。
流石の光景に、クローリアやリネットも呆れて見ているだけに留まってしまった。
ロイムの手を放すクララだが・・。 立ち上がって、ウィリアムと足掻くスティールを見ると。
「・・あ、えっ・・え゛っ?!」
と、急に驚く顔へと変貌したのだ。
ガチンガチンに固まったロイムの表情が、少し和らぐ瞬間でも有り。 アクトルやラングドンが、何事かと思う。
スティールは、クララと云う女性の視線がウィリアムへ釘付けと成ったのを見て、もがくのを止めた。
(知り合い?)
そう仲間の誰もが思う中で。
「あっ、そそ…そんな、まっ・まさか………」
急に震える左手でウィリアムを指差し、右手で口を塞ぎながら、クララと云う女性が狼狽える素振りすら見せたではなか。
すると、ウィリアムが女性相手で珍しく。
「どうやら、元気そうですね。 色仕掛けの魅力にも、相当に磨きが掛かっておいでの様ですし」
と、知っている様な少し親しげな素振りでそう云ったではないか。
今度はこの語り掛けに、
“え゛っ?!!”
と、仲間一同がウィリアムに驚く時で在った。
クララと云う女性は、ロイムを見てから。
「まさか・・、ウィリアム…の仲間?」
と、またウィリアムを見る。
「えぇ。 そうです」
と、ウィリアムが云うと・・。
「あ・・いあや・そっその…」
と、更に更に狼狽え出すクララで。
「もうあの稼業は、とっくに足を洗ったんだよ? ほっ、ホントだよっ?! 店・・みっ・店の呼び込みは、ひひひ・昼間でもするよ…」
と、言い訳をし始めたではないか。
何事かを知りたくて、ラングドンはクローリアに近付き。
(あの女性は、リーダーの知り合いか?)
と、小声で聞くのだが。 困惑するのは、クローリアも同じで。
(さ・さぁ・・)
と、返すのみ。
そんな中でウィリアムは、クララを見ながら。
「解ってますよ」
と。
それを聞くクララは、ピクっとして。
「えっ?」
と、ウィリアムの眼を見つめてしまうのである。
相手の眼を見続けるウィリアムは、クララの右腕を指差し。
「利き腕で、ロイムの手を握らなかった。 あの稼業を続けているなら、今は右で触って・・左でしてたでしょ?」
その言葉に、クララと云う女性は右腕を触り。
「・・そうだね」
と、苦痛が香る顔色に変えた。
ウィリアムは、ロイムを見てから。
「“アマリルム”ですか・・。 甘い果実の名前ですね」
「あっ、え?」
急にウィリアムが喋った様な気がしてか、ハッと顔を彼に戻すクララは、聞き取れなかったので驚くばかり。
ウィリアムに掴まれたままのスティールは、そんなクララを見て。
(この女・・過去に犯罪をしてたな。 ウィリアムを見てからの顔が、ロイム時の顔じゃねぇ)
と、事情が読めてきた。
ウィリアムは、回りの通行人からも見られ始める中で。
「地元のお酒とか有りますか?」
と、クララへ投げる。
「あ・・、えぇ。 色々有るわ。 発酵乳と割ったリキュールは、店の売りよ・・」
只只、微笑のウィリアムで、クララの返答に頷くと。
「少し、この街に逗留しますんでね。 行ける日に、夕方から伺います」
その言葉を受けたクララと云う女性は、言葉を無くして立ち尽くす。
ウィリアムは、仲間へ。
「さて。 仕事を終わらせて、宿を探しに行きますよ」
と、スティールを放しては、歩き出すのだった。
「………」
クララと云う女性に見送られる形で、ウィリアム達は屋台や出店の並ぶ市場の通りを行った…。
★
「なぁ、どうゆう知り合いなのだ?」
何度目だろうか。 どうしても知りたいリネットが、ウィリアムに聞く。
「さぁ、そのうちに」
同じ言葉でまたはぐらかすウィリアムで、窓型をドアにしたような入口の斡旋所に入った。 この街の斡旋所は、ちょっと通りを入った所に在る飲食店の様な建物だった。 外からの見た目には、レンガ作りの四角い建物であり。 若者から旅人なども入りやすそうな、何処か落ち着いたクラシカルな雰囲気が在る。 店の前には花壇が有り、明るい黄色の庇まで付く建物が斡旋所とは思えなかった。
入口が動いた事で、呼び鈴が奏でる綺麗な音色が響く。
先頭で入ったウィリアムは、中を進みながら店内を見て。
(へぇ、大人の人が行くバーみたいな雰囲気・・だけど? 椅子もテーブルも無い・・・・の?)
壁掛けのランプが曇ガラスなので、少し照明の抑えられた雰囲気が落ち着いている。 一見すると、落ち着いた飲み屋か、茶屋の様な場所なのだが。 店内には、冒険者らしい者が誰も居らず。 また、椅子やテーブルすらも無い。
すると。
「おや、此処は初めての冒険者さん達かい?」
少し草臥れた感の在る、年配女性の声が聞こえてきた。
入った皆が声の方を向くと、店内の中央に屈強な大男が動くサークルカウンターが有り。 その一角に、何処にでも居そうな一般家庭の奥さん風の女性が佇んでいた。
しかしながら。 ウィリアム達からするなら、その前掛けをするふっくらした中年女性が、斡旋所に居る事が異質だと思える。 無造作に後ろで纏めた茶色の髪が、細い枝の様にあちこちからハミ出し。 着ている衣服も、継ぎ接ぎの部分も見える一般民の物。 化粧の様子はまるで無い顔は、肌に歳から来るシミが目立っていた。
「あれが、主じゃい」
ラングドンが、ボソっと云った。
カウンターの在るフロアは、他に何もない石を敷き詰めた床である。 窓には、カーテンが備わり。 部屋の角には観葉植物も在るだけ。 本当に斡旋所なのか。
ウィリアムは、カウンターの内側に立つ女性と向き合い。
「セフティ・ファーストのリーダーで、ウィリアムと云います。 ヘキサフォン・アーシュエルのブレンザさんから依頼を受けまして。 その完了報告をしに伺いました」
その言葉を受け、黒い皮の表紙をした本を取り上げる女性の主。
「ブレンザからねぇ。 あの色者が、他人を信用してそんな使いを…」
ブツブツ言いながら、何かを書き込む女性主だが…。
「あら、有ったよ」
内容に目を通した主は、細めた目をウィリアムに向けて。
「手紙は?」
「もう、捜査本部の在る施設に預けました」
「そうかい、早いね」
「いえ」
「ブレンザから、アンタ等に2000の報酬が約束されてる。 他に、報告は?」
ウィリアムは、服毒事件は横に置いて。
「そう~ですね。 来る途中の野営施設で、マンティーロガが現れました。 何とか倒しましたが・・」
その話に、タンクトップの白いシャツを着る屈強な男手二人が、ウィリアム達に向く。
女性主は、細めた眼の片方を上げ。
「“倒した”ぁ~?!」
と、疑りのニュアンスを含めた言葉を差し出してくる。
ウィリアムは、それでも淡々と。
「真偽を疑うなら、後で戻る街道警備の騎士様にでも伺って下さい。 ま、もう4・5日は戻らないと思いますがね」
「どうしてそう云える?」
ウィリアムは、やけに疑り深い主だと思いながら、仕方なく服毒事件の事も語った上で。
「この通り、ロガの毒針は高値で売れるので採取しました。 他に、薬の原料として、毒液・・。 それから、武器などに使われる物で、ロガの爪と牙も採取しました。 ヘキサフォン・アーシュエルの去り際が、何かと色々物入りだったので。 倒したモンスターの体は、倒した冒険者の物。 ですから、採取させて頂きました」
眼を見張る女性主は、ウィリアムがカウンターに出した物に手を伸ばし。
「ちょいと・・」
マンティーロガの毒液が入った大瓶を取り、その蓋を開けて臭いを嗅ぐ。
「ん・・、新鮮な毒だ。 これなら、相当の薬の元に出せる」
そう言って、ウィリアムの差し出した物を全て見て。
「よし、ウィリアムとか云ったね」
「はい」
「この物品、こっちに捌いて欲しい。 即金で、前の報酬と合わせて10000シフォン出そう。 金が入用なら、上乗せで1000・・いや、2000は出す」
そんな主の顔を見るウィリアムは、直ぐに高額な値段を出す察しが着いた。
「ん~。 どうやら、依頼達成の期限が迫る仕事の中に、この物品を必要とするものが在る・・。 そんな所でしょうかね?」
「ふぅ~」
深い溜息をして見せる主で。
「察しがイイね。 明後日までの期限で、毒液を頼まれてる。 他の物品は、オークションに出して運営の費用を蓄えたいのさ」
主の面子を保つ事は、金以上に得るモノは大きいとウィリアムは判断し。
「いいでしょう・・10000で構いません」
主も、男手の働き手も、釣り上げをしないウィリアムを見返した。
そんなウィリアムは、主人の女性を見返し。
「10000の代わりに、少し色々と尋ねさせて下さい。 色々と聴きたい事もありますし…」
と、談話に入った。
それから少しして…。 斡旋所を出る頃は、もう夕方で在った。
「ふぅ。 少し遅く成ったが、流石に我らがリーダーは抜け目がないぞい。 結構有力な情報も在ったのぉ」
ウィリアムの後ろに着くラングドンが言えば、アクトルは当然だと。
「そうゆう意味に関しちゃぁ~、ウチのリーダーは一筋縄じゃない」
リネットは、クローリアと肩を並べながら。
「なぁ、どうして最高額を貰わなかったのだ?」
と、聞いた。 少しでも金を多く貰う事の方が、抜け目ないと思えるからだろう。
「それは、斡旋所の主さんの面子を保つ為でしょう」
「はぁ? 初めて来た街の?」
少し直情で正直な様子を窺わせるリネットが、クローリアからすると可愛いと思い。 フッと微笑みながら。
「色々と、その運営に気を遣う斡旋所の主人です。 他所から来た冒険者に、自分達の事情が苦しいからと報酬を軽々しく吊り上げられては、後々に良い噂は立ちません。 あの斡旋所、地下に屯するスペースが在るそうですが。 我々が話している間、奥の階段の上がり際まで別の冒険者が来ては、此方の様子に聞き耳を立ててましたわ。 屯する人達は、斡旋所の主でも付け込む隙を窺うとか。 ウィリアムさんは、その辺は相手を思います」
「ふむ・・。 リーダーとは、そこまで見通すものなのか」
「ウィリアムさんは、其処までしますわ」
「なるほど」
「それに、面子を保たせれば、次に回して貰える仕事も悪く無いかも知れませんしね」
「あ、そうか」
リネットは、ハッと気付いた様に頷くと…。
クローリアは、ウィリアムの背中を見て。
「ウィリアムさんは、職業を挑戦者にしています。 最悪、斡旋所の主が回す依頼には、どんな内容でも拒否を持てません。 その辺の噛み合いを考えても、知らない間柄で初対面な主さんを敵に回すのは、やはり得策では無いと思いますわ」
「なる程・・、一々頷ける」
そう思うリネットは、ウィリアムを改めて見る。 ロイムやアクトルと話し合いながら、先を行くスティールやラングドンの合いの手に気を配るウィリアム。 先程まで、鋭く主へ情報収集をしていた彼とは、また少し違う趣で居るのが不思議な印象であった。
また、夕方の中通りを戻り。 宿屋が集まる噴水広場周辺に戻った。 色の入ったグラスランプの街灯が、噴水広場を明るく彩る。 噴水広場は、屋台の店が集まる場所らしく。 酒を飲みだした働き手や、冒険者の一団も見受けられる。
ロイムは、いい匂いがしてくるので。
「一回は、此処で夜を食べたいよね~」
と、言いながら。 楽師と踊り子が所々で踊る準備をし始めて居るのを眺める。
此処でスティールは、ウィリアムと肩を並べ。
「で?!!」
と。
ウィリアムは、強い口調で何事かと。
「はぁ?」
すると、スティールはウィリアムに向き、ガシィっと肩を掴むと。
「クララさんのお店に行く事だぁっ。 何時にするんだっ?!」
何を言いたかったを理解するウィリアムは、ギリギリと力を込めて握られる肩が痛くて半笑いに成り。
「あはは・・、明日辺りでいいんじゃ~ないっすかね。 いてて…」
スティールは、鋭い眼に歪む口で。
「お前とぉぉ~、あんのクララとか云う女性のカァ~コを、店でじぃぃぃぃぃっくりと聞いちゃるでなぁ」
「はは・・そうですか」
疲れた笑いのウィリアムは、横を見てスティールを見ない。
興味津々のロイムは、パッとアクトルへ向いて。
「面白そうですね」
しかしアクトルは、苦笑いだった。
(ま、どうせ事件絡みだろうな。 アイツ、あの女を逃したのか…。 それとも、逃げられたのか。 その辺は、聞いてみたいかな)
事件が絡むと、人の因業を見る。 アクトルからするなら、それを経験でも多くは聴きたいとは思わない。 因業の影には、悲しい事が多いからだった…。
どうも、騎龍です^^
ウィリアムⅣの最初数話は、Ⅳの話全てに関する序章に近いものに成ります。 ちと、長い話に成りますが、のんびり読んで頂ければ幸いです^^
大型の台風の後、急に気温が下がり。 随分と寝やすい夜が来て、風邪など引かない様にと思うこの頃です。
ご愛読、有難う御座います^人^