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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
126/222

ウィリアム編・Ⅳ

                  冒険者探偵ウィリアム


               それは、街角の知らぬ間に潜む悪意 1



                  ≪夏の暑さを嫌って≫



夏の日差しが、昼間の高さに至る頃。


フラストマド大王国とマーケット・ハーナスの国境の中部。 南方国境都市ブルジョミンより、北北東に数十里の所。 元は、川が流れて居たらしい場所で、渓谷が干上がって道と化す街道が在る。 道の左右は、赤茶けた岩盤が剥き出し、剣を逆さにした様な岩肌が目立つ山が挟む。


強い日差しが照り付ける湿気の無い乾いた道は、砂が風に運ばれる程に乾燥していた。


その岩山に挟まれた街道を、数台の馬車が南東に向かって走っている。 その馬車を脇に寄って遣り過す冒険者の一団が在り。 その一団の中でも、かなりの大男と見て取れる人物が、麻布のフードを指で上げながら。


「おい、ウィリアム。 本当に、この先は涼しいのか?」


と、先頭で歩き出す人物に喋りかけた。


青く薄いマントに身を隠すウィリアムは、皆の方に振り返り。


「この先は、少し急な上り坂に成るそうですが。 この先の高原に築かれた中継都市のロファンソマは、湖を有する涼しい避暑地だそうです」


すると、杖を着く人物が灰色のフードを上げ。


「行った事の在るワシが説明しただろうに。 ロファンソマは、世界的に有名な避暑の都市で、北風が止まない気候風土から、“北風に抱かれる地”としても有名じゃ。 冬は、ちょいと雪が積もる豪雪地じゃが、夏は過ごすのに最適の場所じゃよ」


と。 新しくチームに加わった一人で。 自然魔法を扱うラングドンが、暑さに疲れた老い顔を非難がましくしてみせた。


筋骨隆々とした戦士アクトルは、渓谷街道を見て。


「なら、もう少し頑張るか」


と、歩き出す。


一番後ろで、ロイムの右手に居る白いローブ姿で杖を持つうら若い美女が。


「辿り着く前に、干枯らびるのは御免ですわ」


と、汗を拭った。 天然の赤毛が麗しく、陰りの在る色香が年齢以上に成熟させた美貌を備わせる。 また、男性の目の惹かれる所が丸みを帯び、何とも男心を擽る彼女はクローリアである。


代わって、青いローブを纏って、ハァハァへばるロイムの左。 白いマントを羽織り、全身鎧を纏う勝気な印象の若い女性が、クローリアに。


「貴女で干枯らびるなら、私はもう骨と皮しか残らぬ」


新しく加わった槍遣いの戦士リネットが、軽い憎まれ口を云うと。 クローリアは、苦笑し。


「それもそうですね」


と。


顔以外の全身を覆う鎧に身を包むリネットは、伸縮可能なスピアを片手に。


「ロイム。 随分と汗を掻いているが、大丈夫か?」


と、若いロイムを気遣った。


「ハァ、ハァ、・・はい」


スティールに、前の日に酒を相当飲まされたロイムで。 酔いも醒め切らない内に旅立った御陰で、もうヘバっていた。 リーダーのウィリアムが、自分を気遣って何度も休憩を入れるのが悪く思えるロイムは、辛そうでも文句も少なく歩いている。


先頭を行くウィリアムはそれを見て、隣を行くスティールに。


「スティールさん、ジェラシー感じてロイムを苛めるのは止めて下さいよ」


黒いフード付きのマントを羽織るスティールは、何故かリネットと仲が良く成り始めたロイムが気に食わないらしい。


「へんっ、早くヘバれ。 俺が背負ってやるっ」


その一言を聞くウィリアムは、内心に・・。


“仲がいいんだか、悪いんだか”


と、溜息を思う。 前を見たウィリアムは、街道の中腹に在る巨大な洞窟が岩陰を作る休憩所を見て。


「あそこで、昼にしましょうか」


と、仲間に云った。



ウィリアム達一行がどうして此処に居て。 そして、避暑地として有名な交易都市に向かっているのは、何故か。


ウィリアムが懐に入れている書簡が、その理由と言っていい。 ただ、これは公式な依頼ではなく。 非公式で、斡旋所の主であるブレンザからの頼み事であった。 依頼の主は、ミレーヌとも親交が在る政務官で、避暑に行った大商人へ宛てた手紙ならしい。


ウィリアムがもう仕事の量が減った事を踏まえ、そろそろフラストマド大王国へ戻り。 其処から、陸路で西に行くか。 それとも、海路で別の国に行こうかと話し合って居た所に舞い込んできたものだった。


避暑地への移動は、仲間の全員が賛成した。 特に、ラングドンの話に食いついたスティールが、もう全員を引き摺る様な勢いで行こうと決めつけた。


ロファンソマと云う都市は、旧き頃は湖の湖畔を中心とした漁業と農作物を出荷する別名の町であった。 其処が、夏にとても涼しいと云う事を聞いた昔の大貴族が居て。 自ら王に願い出て、領主として君臨したのがロファンソマと云う名前の起源だと云う。 詰まりは、その都市は、フラストマド大王国の領地なのである。


さて。


ラングドンが話したのは、この後の事で。 美味しい田舎料理と涼しい場所と云う触れ込みで、ロファンソマは、夏季の避暑地として有名に成った。 特に好まれるのが、絶え間なく吹く北風の爽やかさ。 そして、夏に泳げる遠浅の湖畔である。


ロファンソマの湖畔は、山側と街側と云う区別が在るのだが。 山側は、漁民などの生活区域で、一般の旅行客が遊び半分で入れる浅さでは無い。 しかし、街側の畔は、非常に浅く。 50歩以上湖に入って座っても、大人の半身が浸かる程度と云う浅さ。 しかも、波が非常に穏やかで、泳げない人でも水遊びが出来る。 しかも、人の体の汚れなどを目当てに、湖にしては色取り取りの魚が泳いでいて。 海で泳ぐ習慣が一般的では無いこの世界でも、湖では別と成る。 貴族の体裁を繕う大人達が、童心に還る様に遊べるのだとか。


そして、湖畔の水遊びは、家族、子供、女性が中心で。 ネグリジェや下着の様な水遊び用の服を着たうら若い女性達が、夏に成ると湖畔に目立つ。 裕福な街娘や、夏季の学業休みに貴族の娘などが来るのだとか。


こんな話を聞いては、スティールが黙って居る訳が無い。 ウィリアムの一切の意見を無視したスティールが、ブレンザに承諾を突き付けた。


ま、ヘキサフォンアーシュエルは、海沿いの大都市だが。 今年は、例年に増して南風に湿気が多い為か、寝苦しく、昼間も蒸し暑い。 更に。 別の国から腕の在るチームが、2団もやって来た。 ウィリアム達とも仕事を回される順位が拮抗して、競争に成り始めて居た処。 悪くない依頼の数も底が見え始め、街を移るには丁度良い頃合いと云えた。


これが移動を決めた要因なのだが。 最後のひと押しをしたのは、ブレンザが“タダ”でよこした情報がそうだ。


“ロファンソマの周辺では、最近大きな地震が在ったらしいよ。 山間の奥に在った遺跡に通じる道が開けたとか。 向こうに屯してたチームが、その調査に出て二月は戻らないとの情報も在る…。 しかも、捜索のチーム派遣は、既に4回。 どのチームも戻って来て無いからねぇ。 腕の達チームを欲しがってたよ”


冒険者として、こんな情報は聞捨てなど出来ない。 アクトルやリネットは、この話に乗った。 ウィリアムとラングドンは、遺跡調査に興味が向いていた。


・・ラングドンの場合は、スティールと同じ理由でも十分だと皆は認識している。



さて。


昼間の岩陰で休む一行。


「ロイム、顔が真っ赤だ。 向こうに地下水の湧く泉が在るから、もうっと水を汲んでこようか?」


リネットは、何だかんだと面倒見は悪くない。


「ハァ、ハァ、ずみまぜん・・」


丸みを帯びた岩に寝転がり、ロイムはバテバテ。 二日酔いで、灼熱の日差しが強い旅路は危険である。 汗を掻き過ぎたりして、体調が急変する事も多いからだ。


ウィリアムは、これから二日間は山に向かう山間街道を登るので。


「ロイム。 リネットさんが水を汲んできたら、この薬を飲んで。 高山病に成られると、困るから」


「あい~・・」


杖を弱く縦にして、プルプルと揺さぶるロイム。


そんな様子を見るスティールは、クローリアとリネットを独り占めするロイムが気に入らないらしく。


「軟弱者めがっ」


と、他所を向く。


間近で、干肉を切り取り、乾燥させたパンに乗せるアクトルは、呆れた顔で在り。


「お前、ロイムを苛めてもモテんぞ。 いい加減、諦めろ」


「フンっ」


「まぁ~ったく、自分で自分の格を落としてる様なモンだぞ?」


「ウルセェ」


女性の事に為ると、まるで子供の様な一面を見せるスティール。 別に本気でやっている訳では無いが、どうも面倒な事に繋がるのがアホらしいとアクトルは思う。


昨夜は、この峡谷街道の入口に当たる町のイーダで一泊した一行だが。 此処からは、3日の道を野宿で行かなければ成らない。 時折、馬車が通るが。 最近のモンスター出没情報の所為か、馬の走る速さが、心無しか早い。


そして、たった今も…。


馬蹄の音がすると思ったスティールとアクトルは、遠くから走ってくる馬車を見る。 どんどん近付いてくると思えた馬車は、黒塗りの車体を持った乗用の馬車で。 曲がり角に為るこの岩陰の休息所を、急な格好で曲がるのだった。


「・・・」


「・・・」


アクトルとスティールは、無言で馬車を見た。 車体の窓に、白い羽根の扇を揺らかす貴婦人が見えた。 厚化粧で、白いドレスの一部が見えなければ、貴婦人とは云えない女性とも見れた。 馬車の中から見返して来るその婦人の目は、何とも云えない嫌な目付きであった。


さて。 長めに休憩を取り。 この日は、夕方で野営基地の築かれた山林地帯の入口にて休む事に。


同じ野営基地に在る砦の様な施設には、街道警備の兵士が騎士と泊まった。 東屋の様な野営施設には、旅人は4人。 更に、馬車を連れた商人が3人で、その連れも含めると7人が居た。 冒険者と云えるのは、旅人の内、二人だけで。 チームとしては、ウィリアムのチームのみが居た。


夜の入りの事。


東屋の様な6角の石で造られた野営基地が幾つか合わさった外れに、兵士と騎士が休む砦に近い建物が在る。 その裏手に井戸が在り。 兵士共々共同で遣って、それぞれが胃を満たす作業に取り掛かったりしている。


ウィリアムは、軽く食事をしてから。 風が夏にしても湿気じみてるのが気になり、気候を体感すべく外に出た。 秋を知らせる虫の鳴き声はまだ無く。 生暖かい南風が、峡谷街道の方から吹いてくる。


(今年は、夏が少し長いかな・・。 春先も、雨が不規則だったし。 でも風は、台風のヤツかもなぁ。 明日で風が変わらないなら、ロファンソマにも何れは来ますね)


夏の虫が煩く鳴き始め、平地よりは気温が下がるのが早いのだが。 夜の入りと在って、まだ蒸し暑い。

煩い羽音を鳴らし、ウィリアムの顔に近付く蚊。 緩慢とした動きで、その蚊を捕まえるウィリアム。 一度握った手を放すと、街道を跨いで向かいの林へと向かう。


この時、馬車の音が峡谷街道から聞こえた。


(遅ればせながらの、泊まり客ですかね)


そう思うだけで、林の散策に向かうウィリアムだった。 夜の林を動くのは、学者としてウィリアムの趣味であり。 月明かりも在る今夜は、その行動に適していた。 昆虫、植物を夜に観察するのは、昼間と違う顔が見られるからだ。


現に。


(ん? 羽音が違う蚊?)


林に踏み込んで数歩。 似ているが、少しトーンの高い蚊の羽音に、ウィリアムは気が動いた。 音を発する小さな物体を捕まえ、器用に暗い中でも細い足を摘んで見る。 月明かりに、鈍い緑の光が見えた。


(これ、もしかして“翠蚊”(スイカ)じゃないかな? 確か、特殊な出血熱を媒介する事が在るって読んだなぁ)


その蚊は、翠と薄い黄色の縞模様を腹に帯び。 丸い胸部は、翡翠の様に鮮やかな緑色をしている。


更に、ウィリアムは、“ミィーミィー”と動物の子供が発する音を、木の幹から聞く。 月明かりが木々の枝の隙間を通り、暗い林の地面を所々照らす中。 その音を出す方にそっと行ってみると…。


(うわ、木の幹の表皮を喰い破って、セミが…)


ウィリアムの片手と似たような大きなセミが、メキメキと小さな音を立てて木の表皮を食い破って居る。


このセミは、イナカオウジゼミと云う吸血蝉である。 人を襲う事は稀だが、子供は注意が必要な昆虫である。 血を吸うのは、飛べるオスだけで在り。 メスは、飛ぶ羽根を持たず。 羽化した場所で、卵を腹に持ちながらオスの飛来を待つだけの変わった生活をするとか。 メスを早く見つけたオスは、4・5日の間に体力の続く限り交配を続ける事が出来るらしく。 高い栄養を血液から得ると考察されている様だ。


だが。


ウィリアムの目の前で、木の幹に擬態した大型のトカゲが、幹に出て羽を乾かし始めたセミを襲う。 夏の暑い温度で、トカゲや亀の類も活発の様だ。 図鑑や資料でのみ読んだ自然の営みが目の前で起こり、観察するウィリアムの学者としての知識欲を満たして行った。


月の見える位置が、斜めに上がり。 ウィリアムがそろそろ戻ろうかと、林を戻り野営施設に向かって少しして。 月明かりが注ぐ林の中で、自分を呼ぶ声を遠くに聞くウィリアム。


(ん? スティール・・さん?)


すると、遠くで。


「ウィリアムっ、何処だっ?!」


今度は、アクトルの声がする。 切羽詰る焦った声に、ウィリアムは走った。


アクトルとスティールが、ウィリアムを呼ぶ。 その声にどんどんと近付くウィリアムは、先ずはアクトルに近付いた。


「此処です。 どうかしましたか?」


木を数本隔てた距離まで近付いた所で、そう声を出したウィリアム。


「居たっ」


と、アクトルが言えば。


「何処だっ?!」


と、スティールが声かける。


林の中、月の明かりが差し込む開けた隙間で、アクトルを迎えたウィリアム。 ウィリアムを見つけたアクトルの顔は、相当緊張した顔だった。


「ウィリアムっ、直ぐに戻れ。 病人が出たんだ」


「え? ラングドンさんですか?」


「いやいや。 後から着た馬車に乗った家族で、旦那が泡吹いてブッ倒れた。 白目剥いて、もう意識が無いみたいでよ」


其処に、スティールも来て。


「おいおいっ、説明なんざ行きながらでいいだろう?!」


こうして、ウィリアムは野営施設に戻った。


野営施設の兵士や騎士が寝泊りする二階部分。 小さめの円卓が置かれた場所に、頭の全面が禿げた人物が寝かされている。 太った体型で、青白く成った顔は、40の終わりから50代と云った感じの男性だ。


「アナタっ、しっかりしてっ」


「パパァーっ!!」


足元に縋るのは、金髪のまだ若い感じのする女性で。 その脇には、金髪の4・5歳と思える男の子が、身なりの良い格好で居る。


気を失った男性の面倒を見るのは、この野営施設の裏で生活する狩人の男性と、僧侶として居合わせたクローリアだ。


「脈が低下してますわっ」


と、クローリアが慌てれば。


「もうダメだっ。 こんな症状は診た事が無い」


と、狩人の男性もお手上げ状態。


壁際で見守る30半ばと云う雰囲気の騎士は、蓄えた鼻髭を触りながら。


「食中毒か、それとも何か病気だろうか…」


と、兵士の二人を従えて話すのみ。


其処へ、ウィリアムが階段を遣って上がってきた。


「どうしました?」


部屋に居る一同の顔が、若きウィリアムの顔に向かう。


クローリアが、


「ウィリアムさん、この方がっ」


と、太った男性を見る。


ウィリアムが寝かされた男性の顔を見ると。


「もうダメだ。 体温がかなり下がってきてる」


と、背の高い男性で、ボサボサ頭に伸び放題の髭をした狩人が言ってきた。


狩人の男性と入れ替わる形で寝かされた男性の脇に立つウィリアムは、口から泡を吹いて倒れた男性を見ると、その痙攣すら弱まる男性の口から沸き上がる臭いを嗅いで、ハッと顔を上げた。


「大量の水をっ!!! これは毒だっ」


階段の所で止まっていたアクトルとスティールは、その一声に動いた。 井戸に向かったのである。


「毒だってぇ?!」


驚く騎士に対し、ウィリアムは・・。


「説明は後ですっ。 布などが在れば用意して下さいっ!! それからっ、桶などもっ」


そう云うウィリアムは、体の痛みも伴うツボを押し始める。 血行を上げ、体温を上昇させる為だ。


処置をしながら、ウィリアムは奥さんらしい若い女性に向け。


「ご家族ですかっ? 倒れられたのは何時ですっ?!」


急に聴かれた奥さんは、もう涙で嗚咽する喉を動かしきれず。 吃って、混乱する記憶を必死に呼び起こす。


倒れたのは、少し前だ。 馬車の中で、急に気分が悪く成ったらしく。 此処で休憩しようとした矢先にだとか。


「おいっ、ウィリアムっ!」


「水だっ」


アクトルとスティールが、木の桶に井戸の水を汲んできた。


ウィリアムは、奥さんや騎士を見ると。


「一カバチの勝負です。 荒療治で行きますよ」


と、鋭い視線を送った。


水を旦那へ強引に飲ませるウィリアムは、直ぐに旦那の腹を強く押して吐かせる。 ゲーゲーと云う嘔吐を繰り返し、白濁した泡の混じる戻し水に、回数を重ねる毎に血が混じる。


「…」


もう、殺しに掛かって居るか、拷問の様な光景に、奥さんは怯えて固まって動けない。 子供は、泣いてその場にしゃがみこむ。


吐いた水を見ながら、コップで水を流し込むウィリアム。


「もう毒が、胃の内部を傷付けてますね。 もう少し放ってたら、血を吐いて死ぬ処です」


旦那を押さえるスティールは、壮絶な現状にも関わらずに冷静で。


「助かるか?」


水を胃まで届かせる為に、一度身を起こす作業をアクトルとするウィリアムは、


「血の混じる量がまだ薄いので、胃を洗い切ればなんとか。 でも、この国でプルナウス・ローズの核を見るなんて、思いもしませんでした」


と、彼を寝かせて水を吐かせる行動に入った。


苦しさから、抵抗に似た暴れが手足に見られる旦那の男性で。 押さえ込むアクトルとスティールは、吐き出した水の堪った廃棄ゴミを入れる木の樽を見た。 汚れた水の中に、楕円形の赤黒い小さな粒が浮いている。


「この黒っぽい粒がそうか?」


と、スティールが聞くと。


男性を寝かせ、口元や喉を拭うウィリアムは頷く。


「はい。 黄梅の仲間ですが、バラやカーネーションに似た花を付けるのがソレです。 実は、アンズとイチゴの間の様な酸味が特徴ですが。 その味を消し飛ばす程の渋みが嫌われ、食用ではありません。 問題は、その種の中の中心に在る核。 中身の白い部分が、少量でも厄介でしてね。 人や動物の胃に入ると、胃液と混ざって毒となり。 胃の内側を溶かしては出血させ、身体のあちこちを犯します」


アクトルは、壮絶な作業は終わったのだと思い、一安心して。


「しかし、そんな毒の元を何時飲んだんだかな?」


ウィリアムは、男性の目を見たり、脈を取りながら。


「そうですね。 不思議なのは、吐き出した核がどれも噛み砕かれていません。 この核の外皮は非常に硬いので、その外皮が溶けるまでは無事だったのでは・・と思うのですが。 どうやって飲み込んだのか…。 それが不明です」


と、言いながら、目でクローリアを呼び。


「何ですか、ウィリアムさん」


と、彼女が来ると。


「クローリアさん。 この胃の上に手を翳し、癒やしの魔法をお願いします。 何度か分けて施せば、傷も塞がり、自然治癒の効果が高まるはずですから」


「はい、解りました」


クローリアが魔法を唱える行動に移る時。 奥さんが恐る恐るとウィリアムに近付く。


「む」


女性との絡みが発生するとスティールが反応した瞬間、彼はアクトルにふん捕まえられた。


平常時なら、目がパッチリと開いて感じの良さそうな美人の女性が、恐る恐るの足取りでウィリアムに近付き。


「あっ・あ・・あの。 しゅ・主人は…?」


水で手を洗うウィリアムは、口を塞がれながら持ち上げられ、ジタバタしながらアクトルに下へと連行されていくスティールを見ながら。


「一応、飲んだと思われる毒は、ほぼ全て吐き出させました。 水に混じる血の量からしても、さほどに胃は傷付いていないかと思います。 只、太った身体から見ても、心臓などに負担が掛かって居た為。 毒の作用で、急激に低下し始めた脈一つ取って考えても、心臓の運動にも強い影響が行ったかと思われます。 明日までに先ずは意識が戻れば、一峠を越えたと云えますかね。 とにかく、意識の回復を待つしか無いですね」


「そうですか…。 嗚呼、毒だなんて…」


白いハンカチを手に、顔を覆う女性。


ウィリアムは、騎士の男性と視線を交わしながら。


「所で、あの木の実は何処から?」


「あ、・・。 確か、昼下がりに飲んだ薬だと思います」


ウィリアムは、もう一度吐き出された水の入る樽を見て。


「アレを、薬・・ですか」


涙を拭う奥さんは、弱々しく頷き。


「はい・・。 最近、動悸がするとかで、うちの主人が買い求めて来た物です」


と、言ってから、ウィリアムに近付き小さな声でボソボソと…。


それを聞いたウィリアムは、死んだ様に眠りに落ちた旦那の方を見て。


「ま、お気持ちは解りますね。 ですが、何処から買い求めたやら…。 あの核は、火傷に利く塗り薬の原料以外は、違法な薬の主原料でしか無いんですがねぇ…」


嫌な感じだった。 そう、事件の臭いがしたのだった…。





                         ★




クローリアの魔法が終わるのを待っていたウィリアムは、騎士の男性に詳細を聴かれた。 倒れた主人とその一家族の住むマーケット・ハーナスは、もう此処では国外に成る。 騎士の男性に追従するご意見版の老人兵士とも話し合い、事の詳細を綴った書簡と共に、兵士と騎士が近隣の街へ家族を連れ。 向こうの役人へ引き渡したらどうかと、そうゆう話で纏まった。


男性は、担架で下の階の別室に戻され。 家族も、そこで一夜を過ごす事に成るとか。


兵士達の寝泊りする野営施設に、クローリアとリネットが女手として残り。 ウィリアムは、仲間の元に戻った。


六角の東屋の一つに、仲間は占拠する様に休んでいた。 ウィリアムが入ってきたのを見て、ランタンを点けっ放しにしておいたスティールが。


「お、戻りなすったな?」


石の床に寝転がる皆。 ロイムとラングドンは、疲れて地響きの様な鼾を立てている。 眠れそうに無いのは、アクトルやスティールの方の様だ。


ウィリアムは、入って近くに座り。


「しかし、急に服毒事件だなんて、何とも…」


アクトルが寝そべりながら。


「誰かが飲ませたのか?」


スティールは、少し複雑に考えてか。


「自殺じゃね?」


煩い鼾が近いと、ロイムの方をチラリと見たウィリアムで。


「どちらとも言えませんね。 御者の御老人以外は、下働きの若い下男とメイドの少女のみ。 下男は外で馬車に掴まっていたそうですし、メイドの少女は奥様と子供の後ろに居たとか。 馬車の中で飲んだのなら、自分か・・。 若しくは、ご家族が関わっていると思えますがね」


アクトルは、ウィリアムの見解が聞きたくて。


「お前は、どう思ってる?」


「俺ですか・・。 俺は、何とも」


その物言いが冷めて居ると思えるスティールで。


「判断は出来ないってか?」


「当然ですよ。 薬の仕入れは、御主人がご自分でとか。 理由を聴けば、年の離れた奥さんとの間に、もう一人女児が欲しいからと云う事で。 元気を維持する薬をを求め、あの毒を手に入れたとか。 ですが、此処ではそれを確かめる事は無理ですしね。 我々が必要以上に首を突っ込む事も出来ない状況ですし・・」


スティールは、それを聞いては男が騒ぐと。


「アッチをギンギンにってか? 薬に頼る様じゃ~もうヤバいんじゃね~の?」


アクトルは、目を細め。


「代わりにって、お前が手を出すなよ」


「出したいっ」


「アホぅ」


ウィリアムは、その不毛な会話を聴き捨ててから。


「ですが、奥さんはもう妊娠してますゼ。 それも、極々の最近で、本人も気付いてないかも知れませんがね~」


スティールは、悔しそうに驚き。


「なぬっ。 妊婦は・・主義に反する」


一方のアクトルは、本当に驚きの顔で。


「ホントかよ?」


荷物を枕に寝るウィリアムは、やや気怠い頷きをして。


「えぇ、目や身体の動きで。 下で待っていたメイドの少女が奥さんの体を酷く心配していたので、少し様子を聞いて察しました。 ま、今に言っても仕方が無い事ですし。 その内、自覚します」


スティールは、左右から老人と若者の鼾が床を伝って来るのが気に入らない。 だから、話がしたくて。 また、ウィリアムに疑問を投げ掛ける。


「所で、何で必要以上に関知しねぇの? 事件だで~っ、ウィリアムちゃん!」


「バカ言わないで下さいよ。 我々は、一応は仕事で来てるんですよ? 自分から他の事件に首突っ込んで、書簡を届けるのを後回しにする気ですか?」


「いやぁ~、だけどさぁ」


スティールとしては、あのウィリアムが魅せる事件解決時のカリスマ的雰囲気が見たい。


しかし、当の本人はやる気無しのご様子で。


「いいです、スティールさん。 ロファンソマは、マーケット・ハーナスと交流衛星都市に成ってますが、その統治権も所有権もフラストマドに在るんです。 マーケット・ハーナスから来たあの家族の事が事件なら、それはマーケット・ハーナスで解決されるべき。 裏も取れない此処で首突っ込んでも、迷惑にしか成りませんよ」


「あら、そ~なの?」


無知っぷりを見せるスティールに、アクトルが。


「“治外法権”だ、バカ。 俺らの村の北に在った町では、坑道の一部が隣の国に繋がってるからって、採掘が何度も中断したじゃないか。 時折、応援で行った村人の坑夫が、その中断に巻き込まれて稼ぎ半分で何度帰ったか…」


ウィリアムは、アクトルの話に興味がそそられ。


「へぇ、そんな事が有るんですか」


「おう。 まぁ、焼き物に遣う器の原料になる土ぐらいならいいが。 それこそ純度の高い鉄鉱石や、価値の在る宝石となりゃ~国は必死に成る。 基本、採掘された物の権利は、半分は国行き。 デカい鉱石の在る場所や、純度の高い物が出たら大臣が視察に来やがるんだぜ?」


ウィリアムは、金の臭いに釣られて来る虫だと。


「それこそ、金喰い虫がやって来るんですねぇ」


アクトルも、苦笑いで過去を思い出しながら。


「そうだ。 あの欲望に染まった大人の目は、正しく意地汚い金喰い虫だよ」


聞いていたスティールは、思い出すのも嫌だと。


「やめやめ、あんなキショい役人の話なんか」


アクトルは、嫌な想い出しか確かに無いと思って、話を変え。


「だが、ウィリアム。 そうなると・・、この服毒の一件は、家族を向こうに送り返して、か?」


「当然です。 下手をしたら、これは殺人未遂事件かも知れません。 このまま御主人が死んだら、“未遂”が取れて殺人事件。 マーケット・ハーナスで、しっかり調べて貰ったほうがいいとは、騎士の方に言いました」


「なぁる」


スティールは、それでもウィリアムの個人的な意見を聞きたくて。


「でも、お前の正直な予想はどっちだ? 自殺か、それとも他殺未遂か?」


少し考えたウィリアムは、スティールの顔が見える左に寝転がり。


「…、そうですね。 今の現状を踏まえると、他殺未遂が有力でしょうか」


「犯人の特定までは、無理だよな?」


「当たり前ですよ。 でも、御主人が自殺するなら、普通は御一人の頃合いを見るでしょう。 家族の前で、しかも旅行に行く途中でなんて、自殺だったら当て付けか、何か理由が出てきます」


「なるほどね、確かに。 あの家族を見るに、そんな様子は見えないもんなぁ」


「はい。 しかも、あの毒と成る梅の核を、噛まずに飲み込んでいたのが気に掛かるんです。 硬い核ですが、飲み込んで何時までも胃袋に在る訳では在りませんからね。 長い時間が経過すれば、核の外皮が溶ける前に排便として出てしまいます。 もしも事件で、誰かの策なら。 あの太った旦那さんを亡きものにしたい誰かは、確実に胃で毒にする方法と事実を知った者。 少なくても、そういう分野で腕の在る人物・・。 若しくは、その人物を巻き込んだ誰かでしょうね」


スティールは、其処まで聞くと身を半分起こし掛け。


「・・、なぁ。 お前でなくて、事件は解決出来んのか?」


するとウィリアムは、気にしない様子で寝る体勢に戻り。


「さぁ。 一応、ミレーヌさんの事を知り合いだと教えましたよ。 手紙を宛てるレナさんには、俺の見解も匂わす形で文書にするつもりです。 ま、あの二人が捜査するなら、なんとか成るとおもいますがね」


「ほほぅ。 察しが付いてるのかいな」


「レナさんは、相当頭イイですよ。 まだ若いってだけで、経験次第では誰も及ばない知能捜査が出来ると思います」


すると、急にスティールがほふく前進でウィリアムに突撃し出す。


「ほらぁっ、ほらぁぁ~っ!!」


いきなりの事に、アクトルは気味悪く引く。


(なっ、いきなりなんだぁ?!)


ウィリアムも、不気味な声に驚き。 急に迫ったスティールから逃げようと反対側へ転がり。


「なんですかっ?!」


と、警戒。


ジト目で、今にも恨めし気なゴーストに成りそうなスティールで。


「あんんんんんなに巨乳でっ、しかも可愛いーーーーーーーっレナちゃんだぞっ?! お前が寝床で全部の手解きをすりゃイイでねぇ~~のっ?!」


「…」


「…」


ウィリアムも、アクトルも、どう見ても自分が遣りたいが、出来ないから言ってるとしか思えないスティールにあきれ果てた。 どう言葉を発していいか解らず、二人して硬直したまま。


スティールは、悶々としたレナに対する欲求不満を、ウィリアムに向けるべく訳の解らない事を更に言い出す始末。


「はぁぁ…」


アクトルは、義兄弟の片割れが、もう芯まで腐ったと呆れて寝る。 何故か、急に疲れて来た。


一方。 更に喧しいのが出現した事で、ウィリアムもげんなり。


(クッソぉ・・。 鼾以上に煩いモンスターが出た)


恨み言をブツブツ云うモンスターが居る限り、自分は寝れない事を覚悟した。


その少し離れた処では、スティールの恨み言を跳ねかす障壁でも張っているかの如く。 大鼾を掻くロイムとラングドンが居た。

どうも、騎龍です^^


今、ウィリアム編と、その合間に入れる番外短編のKの話を制作中です。 年末までは、ウィリアム編が主流と為る予定です。


ご愛読、有難う御座います^人^

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