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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
124/222

二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3

                  セイルとユリアの大冒険 3


                 第一章・旅立ちの三部作・最終話




                  ≪相、打ちて  【後】≫




呼び出された水の女神は、癲癇かんしゃくかひきつけでも起こしているかの様なハイニーズに眼を向ける。 ブルブルと震えながらも呼吸を荒くして、虚空を見上げたままに膝を着き。 両手を左右に開いたままに、ただ・・ただ…。


「何という事でしょう…。 もう、命の灯火が消え掛かっているのね。 今まで精霊を殺して来た呪いが、魂を蝕んで侵食してるわ」


ユリアは、怒りを孕む眼で。


「自業自得だよっ…。 火食鳥も・・泣いてた」


精霊と心が通うユリアだ。 精霊の気持ちが、痛いほどに伝わる。 炎に宿る精霊が、ハイニーズの呪術でその精霊としての形を壊される時。 悲痛な絶命の声が聴こえていたのだ。 精霊と同調するユリアには、火食鳥の嘆きが我が身の様に伝わって来ていた。


ユリアがハイニーズを無力化した頃。 マーリ達や兵士が、悪党どもと激しく戦う場所で。


「大丈夫かっ?!」


槍の一撃で悪党一人の肩を刺しながら突き飛ばし、スピアで小回りの利く別の者を打ち据えたクラーク。


「ボビー副隊長がっ」


「さっきからおかしいんだっ」


刃向かう気の在る悪党を相手にする兵士二人が云えば。


「こっちもっ、カルカッテがフラフラしているっ!!!」


「何かの魔法かっ?!」


と、マーリと、その仲間が次々に口走る。


小太りの悪党が襲って来る。 ダガーの突き込みを槍で弾いては、ヨロめく相手を蹴倒すクラークで。


「此奴共は、武器に毒を仕込むっ。 傷を負わせられたならっ、直ぐに下がれぃっ!!!」


と、兵士達を圧倒し掛ける大男のロイジャーに向かっって行く。


先の不意打ちで、完全に先制を取れた兵士やマーリ達。 だが、10人を負傷させても、まだ相手に数では分が在った。


マーリの見込んだ用人カルカッテは、相手が悪党風情だと舐めて掛かったが故の負傷だが。 ボビーは、兵士を誰一人倒されまいとして。 兵士達の装備する長柄の槍のスクラムを活かす為、自らは剣を抜いて踏み込んで来た悪党達を塞き止めた。 その無理をしたが故に、多勢に囲まれる危険を幾度も迎えた末の負傷であった。


悪党達とて、短剣は投擲仕様の物と、至近距離の武器を使い分けている。 特に投擲仕様のダガーは、確実に神経系を侵す毒が塗られれている事が多く。 今回に至っては、ラヴィンからの指示で、全員が塗っている。 更に中には、得物の武器にも塗る者も…。


クラークは、怪我人を引かせ、兵士を護りに回した場合。 マーリやその仲間を入れても、4対20前後に成ると。 そんな劣勢に至ると思っても、


「兵士の者はっ、負傷者と主だった敵を捕縛して下がれっ!! 護りは、このクラークが引き受けるっ!!!!」


と、下がらせようとしたのだ。


一方のマーリも、カルカッテの事が心配であるし。 暗闇を利用しようと、篝火の灯りの範囲の堺にチラチラする悪党が不気味で怖い。


「クラーク殿っ、闇に入ってはバラけ過ぎるっ!」


此処で、剣を手に向ってくる悪党を、


「やぁっ」


と、マーリはやり返してから。


「離れ過ぎては、下がってる魔法遣い達も危ないっ」 


と、更に声を出した。


大男で、ユリアなどからするなら、見上げる様な悪党集団の頭目ロイジャー。 彼の振るう長剣を、鋭い振り払いで強く弾き返すクラークだが。 マーリの言わんとする事は、十分に解っている。 誰よりも先に出て、皆をユリアの方に退かせる為に、殿しんがりと成る気であるだけだ。


「解っておるっ!! ユリア殿の方に全員退けぃっ!! 一気にカタを着けるぞっ」


この、“一気にカタを着ける”。 この夜の闇に響く言葉は、悪党達にも聞こえた。


ボビーを護り、マーリ達より先に退く兵士達は、途中でデイブとゴストンだけは捕まえて引き摺る。


マーリは、その様子を伺ってから、


「下がりなさいっ。 さっ、篝火の方にっ」


と、仲間を促しながら、カルカッテを護る。


ジリジリと引きながらも皆を護り、堅牢にして鉄壁の盾と成るクラーク。 そのクラークを、睨みながら攻めるに攻められぬ間合いを保って追うのが、悪党の残党達。


頭目ロイジャーは、クラークに一人では歯が立たないと思うが。 仲間やリエルの手勢も含めて20人ぐらいが集まったのを確認すると。 欲望と悪意・殺意がギラギラと滾る憎しみめいた眼をひん剥き。


「“一気にカタを着ける”ぅ? 遣れるモンなら遣って見ろっ!!!!! どうせ死ぬぐらいなら、一人でも多くブッ殺してやるさぁっ!!! さぁっ、続きを始めろぃっ!!」


と、怒声で捲し立てた。


この時。 怪我人が見えた事で、ユリアはセイルに向かう手が何時に成るか心配に成る。 セイルから、ハイニーズの事を含め託されたユリアだから。 この場に来た仲間に死人など無く、一安心してセイルを見に行きたいとも思う。


「レナース、もう少しだけ力を貸してね」


と、杖を握り締めながら水の女神に云うと。 そのまま仲間と下がりながら、此方に来ようとしるマーリの方に向かうのである。


「あっ、危ないですよっ」


「おっ、おいっ!」


待機する僧侶や、魔法の光を杖に宿して掲げるマーリの仲間が、ユリアの行動に驚くのも無理は無いのだが…。


水の女神を宙に携え、兵士達の前に出るユリア。 カルカッテを連れるマーリの仲間が過ぎた所で止まると。


「凍える冷気よっ、敵を包む檻に成ってっ!!」


サハギニー、水蜘蛛がユリアの左右に浮き。 ユリアの頭上には、水の女神が浮かんで魔法を繰り出す。


頭目のロイジャーが、その右手に在る剣を前に振り出して。


「野郎どもっ、殺っちまえっ!!」


と、号令を掛ける時。


「おうっ!!」


と、声を返した大柄の悪党の前にて、急に何かが現れた。


「わぁっ」


クラークの脇に見えるユリアに目掛けて、一歩を踏み出そうとした目の前に何かが生える様に現れたのだ。 応呼した悪党は、勢い余って現れた物に顔をぶつける。 痛みと冷たさがぶつけた部分に感じると云うのが、その男の感想であろう。 現れたのは、透き通る様な太い氷の柱であった。


「あっ? 何だ、この柱はよっ」


別の悪党が、現れた氷柱を見て云う。


だが。 その現象はそれ一つでは無い。 篝火の灯りが届く範囲に出てきた悪党達の周りに、次々と透明な氷柱が地面より天に向かって生えていく。 悪党達を一箇所に集める様に。 そして、逃がさない様に。


「おぉっ、氷の柱が…」


驚くクラーク。


「凄い、悪党を固まりから逃がさない様に生えてくる」


マーリもまた、魔法に感嘆を見せた。


悪党達が次々と生える氷柱に驚き、一箇所に固まって囲まれて動けなく成る頃合い。 ユリアは杖を大きく振り回し。


「全員凍えちゃえっ!! 唸れ吹雪っ」


と、更に呪文を繰り出す。


「おいっ、一体何だコレっ?!!」


「逃げれねぇっ!! 閉じ込められたっ」


「柱の隙間探せよぉっ!!! 壊せねぇのかぁぁっ?!!」


悪党達が大きく騒ぎ、氷の柱を壊そうとしたりする中で、その周囲に吹雪が巻き起こる。 雪を伴った風が吹き始めたら…。 マーリやクラーク達の面前で、悪党達を取り囲んだ氷柱さえ見えなくなる程に激しい吹雪が…。


「あ・・こんな…」


「これが精霊魔法か…」


マーリの仲間や兵士などが、その凄絶な魔法の有様に驚くばかりで。


「助けてくれぇぇーーっ!!!」


「わぁーーーーーっ!!!」


「寒いっ!!! あぁっ、寒いっ」


吹雪に呑まれた悪党達は、もう死に物狂いの様な助けを呼ぶ叫びを上げる。


「ん、うぅ・・」


強力な魔法を維持する事で力み。 小さく呻くユリアは、マーリ達や兵士の皆を見て。


「ま・魔法を止めるからっ。 悪い人・・・つか・つつ・・捕まえてよっ」


と、苦しそうに。


今のユリアは、必死な感情から上位精霊を呼び出したものの。 この雪が多い場に助けられて呼び出せるのであって、決してユリア自身の実力が伴ってるとまでは云えない。 ユリアが上位の精霊を呼んでも、その呼び出せる間は限られるだろう。


仲間のクラークは、ユリアやセイルから精霊魔法と精霊についての事を幾分聞いていた。 だから、ユリアの精神に圧し掛る疲労が、既に限界に来ていると看破出来た。


「ユリア殿っ、もう良いっ!! 後は我々が捕まえ、セイル殿に助太刀するっ」


頼れるクラークの言葉に、歪む顔を綻ばせたユリアは杖を下ろし。


「もういいわ・・ありが・とう」


と、その場に崩れるのだった。


「ユリア殿っ」


「チョットっ?」


慌てるクラークとマーリだが。


「ユリアは大丈夫よ。 さ、早く捕まえて」


水の女神は、クラークにそう云う。


それを見ていたフラフラのボビーは、解毒の魔法を受ける最中ながら。


「ば・バカ・・ものっ。 任務を・・すっ・遂行せぬ…かぁ」


と、自分を心配して集まっている兵士達へ、叱りつける様に云うのである。


「はっ。 皆っ、行くぞっ」


男の色白な兵士が、動ける5名の仲間に云う。


「はっ。 ボビー副隊長っ、ご無事で」


「任務、遂行致しますっ」


兵士達は、此処が最後の踏ん張り処と敬礼を胸に翳し、悪党達の方に向かって行く。


身動きの出来ぬボビーだが、剣は手から放さず。


「まだ・・、これしきの・・」 


と、向かった兵士達を見送るのである。


兵士が動いた事で、それを見たマーリも動ける仲間を見て。


「捕まえるっ。 魔法の光をこっちに」


と、魔術師の仲間を指で呼んだ。


マーリ達と兵士の一団がロイジャー達悪党集団の残党の元に向かう。


クラークは、膝を着いて大きく肩で息をするユリアに駆け寄り。


「ユリア殿っ、大丈夫かな?」


白い息を絶え間なく吐くユリアは、この寒い中でも声が出ず。 頷くに留まる。


クラークの視線は、怪我人に移り。 悪党数人とジェノサイダーの仲間は、身動きの出来ない拘束に至っている。 用人カルカッテは、もう建物の壁に凭れて動けない状態だが。 副隊長ボビーは、無言の我慢で悪党達を見張っている。 残った兵士一人と、男女の僧侶が強ばった緊張の面持ちで見張りをしていた。


(なんとか制圧に至ったか。 アンソニー殿は、一人誰かを逃がして。 そのまま追跡を試みる様だから、直ぐにセイル殿の元に向かわねば…)


状況に一安心を得たクラーク。


そんなクラークの間近に、闇玉がフワリと現れ。 更に、サハギニーがトコトコとやって来る。


闇玉は、クラークの右肩の宙でフワフワと動きながら。


「オイっ、槍のオッサンっ! 早くセイルを助けに行ってくれ。 ユリアとあの仲間は、オイラが護るっ」


サハギニーも。


「槍の友よっ!! 敵を逃がしたり、セイルに何か有ったら大変だっ。 此処は任せて、セイルへ助けに行ってくれ」


「・・解った。 ユリア殿や、皆を頼む」


クラークが云えば、闇玉は見えぬアンソニーの方を向いて。


「あの王子サンは大丈夫だぜぇっ。 残り二人…、いや。 一人に成ったっ!」


クラークは、アンソニーの方を向き。


「そうか。 なら、心置きなく行けるっ」


と、立ち上がる。


闇玉は、ススッとクラークの前に出れば。


「あの死んだジイチャンの敵討ちだっ!!! ヘマして敵を逃したらっ、毎日扱き下ろすからなっ!!」


と、感情を露にして、モワモワと動く。


そんな闇玉を見るクラークは、精霊が人に感情移入している事に少し驚きながら。


「当然じゃ。 必ずセイル殿を連れて、敵を捕まえるわいっ」


クラークがマントとバロンズコートを二重に閃かせ、建物内部に戻るべく階段に向かう。


その光景を見ていた水の女神は、ユリアの脇に居て。


「あの生まれたての精霊が…、人に感情移入するなんてね」


強力な魔法を使った事で、一気に襲う疲労に言葉を出せないユリアだが…。


「ウルセェっ。 ユリアのダチは、オイラのダチに為る時も有るんだよっ!」


と、闇玉が水の女神に言い返す。


水の女神の脇に飛び出すシェイドが居て、


「水の女神様。 生まれたばかりのあの子の口の悪さ、許して下さいませ」


と、云うのに対し。 水の女神は、寧ろ言葉遣いなど気にしても居ないと云った眼差しで、また闇玉を見る。


「いえ、いいのよ。 でも、生まれて間も無い子が、こんなにも早く確固たる意思を持ち始めるだなんて…。 光の子セーラと同じく、不思議な事だわ…」


水の女神の眼の中で、闇玉とサハギニーが既に縛られた動けない悪党の方に向かう。 魔法と云う特別な行為以外は、人に干渉する物理的な行動は起こせない下級精霊なのだが。 ハレンツァの事を口にして、憤りを悪党達にぶつけているのが印象的である。


水の女神は、その不思議だと思える眼差しをそのままに、へばったユリアを見たのだった…。




さて。 一方で。


「おーいっ、もう寒さで凍えて、悪党どもは動けないぞっ。 武器を取り上げ縛り上げろっ!!」


兵士の一人が、全身に白い氷の粒を被って凍える悪党達を見る。 あの檻と化した氷柱は、既に消え失せ。 猛烈に渦を巻いて起こった吹雪も、嘘の様に止んでいる。 凍死寸前の悪党達は、刃向かう処の状態では無かった。


マーリは、悪党達が腰に下げるロープなどにも眼を向かわせて居て。


「縛る紐が足らぬなら、相手の持ち物を利用しなさい。 一人も逃すなっ、刃向かう様な容赦も要らぬ。 少々の手荒い真似も許す故、全体に逃すなっ」


「了解」


「解った。 しかし、精霊魔法ってスゲェ~な」


「あぁ。 この人数の相手を、簡単に制圧したんだからな」


マーリの仲間は、無駄口も動かして作業に移る。


兵士達は、此処の安全を早く確立しようと。 身動きの出来ない悪党達を次々と引き摺り、縛る事に黙って動いた。


粗方のカタが着く時には、リエル以外の悪党達を動けなくしたアンソニー。 闇の中で見るに、逃げ腰のリエルがダガーを抜くのが、ハッキリと見えるアンソニーであり。


(頃合いだね。 人質の居場所を、早く突き止めなければ…)


と、思い。 セイルから借り受けた日用の片刃ナイフを抜いた。


逆に、相手の居場所が目の光だけと云うリエルは、仲間がもう応答しない事に焦っていて。


(いけないっ!!!! 自分だけでも逃げなきゃっ!!)


感情が女性に入れ替わりそうなのだが、女王様の気質の性格が表に出ない。 恐怖に怯える事が何よりも先んじて、人格の入れ替わりも狂って出来ない始末ならしい。 毒をたっぷりと塗ったダガーを、光る相手の眼に目掛けて投げた。


アンソニーは、飛んできたダガーを右手で掴み取り。


「返す」


と、日用のナイフを投げる。 闇夜の空を走るナイフは、リエルの左上腕部に突き刺さり。 衣服を破り、肉を斬って飛び抜けた。


「あうっ!! 馬鹿なぁぁっ!!!!」


しかし、驚くは此処からだ。 痛みと共にヨロめいたリエルは、何を思うか雪の庭に蹲る。 アンソニーが間近に居るのは承知のハズなのに、逃げるは愚か、武器すらも雪の上に放り出し。


「駄目っ!!! いやっ、いやぁぁーーーーっ!!!」


と、叫び上げたのだ。


アンソニーの見える視界では、リエルが大慌てで雪を掴んでは、苦痛に堪えながら傷口に押し当てる仕草をする。 敵と相対する中で、相手を無視する程に慌ててそんな事をすると云う事は…。


(あの者の様子からして、この投げられた武器に付着する毒とは、相当に人にとって危険な物の様だな。 人に遣う分には気が咎めぬ様だが、流石に自分が受けると現状の事もそっちのけ…。 何とも愚かな者共よの)


アンソニーは、改めて毒の塗られたダガーを忌み嫌い。 足元に近い場所に気絶するリエルの手下を見ると、皮の鞘に納まるダガーを蹴り飛ばした。 留め金が壊れ、遠くの庭の先に消えてゆく。


リエルが別のダガーで、腕の傷口の肉を僅かに抉って呻き上げる間。 アンソニーは、動けなくしたリエルの手下を見て回り。 余計な武器をベルトごと奪ったりした。


(だ・ダメだっ。 もう…逃げるしか無いっ!!!)


腕の傷口を押さえるリエルは、もう此処から少しでも遠くに行く事しか頭に無くなった。 此処に攻め込んだ時まで、ジェノサイダーがやり過ぎる事ばかり考えていたのだが…。 現実は、そんなに甘くは無かった。 寧ろ、此処に裏から入ったガルシア達が来ないのが、非常に不気味である。 もう捕まったか、若しくは来れない様にされたか。 敵として相手にするアンソニーやクラーク等の力量からして、何れかとしか思えなかった。




                        ★




さて。 少しだけ時を戻そう。


ユリアがハイニーズを動けなくして、精霊魔法の禁忌で生み出された炎の人形を消滅させようとする時。


「うらぁっ、はぁっ!」


裂帛の気合いを持って斬り込まれたガルシアの剣を、セイルが少ない動きよけて。 続け様、ガルシアの剣が跳ねる様にセイルの首に目掛けて横殴りに払われる。 屈みながらセイルは、ガルシア脇に斬り掛かる。 しかし、ガルシアも左手で投擲用のダガーの柄だけを持って、腕を交差させる格好で剣を防いだ。


二人から少し離れる所では・・。


レイの遺体が相当に燃え。 更にセイルへ投げ付けられた固形燃料が、そろそろ燃え尽き様としている。 廊下の内壁に等間隔で設けられた仕切りの様な出っ張りの角。 そこに、風などで寄せられた枯葉や木の枝など体積したゴミが、引火してジワジワと燃えるのも見えていた。


そんな灯りが届く範囲内で、二人は闘っている。


技と速さが光るセイルに対し、使い込まれ染み付いた剣術で戦うガルシアは、打ち合う数だけで20数合。 互いによけた手数も入れれば、倍は手合わせているだろう。


王都では、ラヴィンの腕を買った様な言い草のガルシアだったが。 やはりその腕は、若い頃に修行を積んだ物が残るだけ在った。 剣だけに頼まない喧嘩殺法や、ダガーを投げる等の卑怯な手も平気で遣う彼だが。 その実力は、流石にラヴィンより一枚上手で在るとセイルは感じる。


更に。


頬を薄く斬られた紅い筋を作ったりして、フードやマントのあちこちが斬られるセイル。 また、ガルシアも、頬や金属の腕輪から外れる腕に細かな生傷を幾つも作っており。 そんな二人を玄人が見れば、薄皮一枚を削る死闘の攻防を繰り広げているのが窺えるだろう。


「このっ」


「んっ!」


生意気なと、右手だけで剣をセイルに薙ぐガルシアに対し。 両手で剣を持って打ち合わせたセイル。


「このぉぉぉっ」


上から乗せられる格好に成った事で、ガルシアは体重も掛けてセイルを剣で押す。 セイルは背が低い分だけ、剣を潰される様な格好で押し込まれた。


力をグイグイ込めるガルシアの目が充血して、ギョロリとした眼をセイルに向けると。 セイルは、躰を右に傾け。


「はっ!!」


押し込む事に集中し過ぎて、力に掛かる方に身体が泳ぎそうなガルシアの腹部を蹴る。


「おうっ・・」


体勢を崩して下がるガルシアだが、セイルも攻めずに間合いを取る。 今の押し合いで手首に重荷が掛かり。 少し感覚が鈍ってしまったからだ。


「ふぅ…」


大きく一呼吸をしたガルシアは、剣を握り直し。 そしてセイルを睨み付けながら、何とも苦い笑みを浮かべた。


「やるなぁ。 一応は鎧着てるのに、蹴りの衝撃が腹に滲みたゼぇ? 所でお前よ、何でそんな安物の剣なんか持ってるんだ? まさか、相手を舐めてるのかっ?!」


手首の痺れが薄らぐ中、セイルは時が欲しく…。


「家族には、内緒で飛び出して来たんです。 そんな高価な物品を持ち出す暇、在りませんでしたよ」


すると、ガルシアは憎たらしいとばかりに横を向き。


「けっ」


と、唾を吐くと。


「お忍びで旅する割にゃ~チームの名前がビック過ぎらぁ。 此処で俺に勝ったら、一気に羽ばたけるぜっ」


と、前を向き。 大きく前に踏み込んで、セイルに向かい出す。


ガルシアが話を遣って不意を突く事を想定していたセイル。 相手が動き出した事で、痺れが取れかかった腕に力を込め、ガルシアとの間合いを見ながら踏み込む。


しかし。


腕の力が入りきらなかったセイルの剣は、斬り合わせる具合いに鈍りを見せた。 踏み込みの間合いは一緒。 先に反応して突きを繰り出すセイルだが、手首に力が入らない分伸ばす速さが遅れる。


逆に。


「ふんっ」


と、後の先を受ける様な間合いで反応し。 突きを見切ったガルシアが、鋭くセイルの剣を斬った。


鈍い“ガキン”と云う音に反応し、パッと退いたセイル。


確かな手応えに不動のガルシア。


(斬られた…)


と。 セイルは、完全に切断された剣を見る。


対して。


「よう、急に鈍ったじゃねぇ~か」


と。 ガルシアは、勝ちを確信した笑みを向ける。 セイルには、もう代わりの武器が見えないからだ。


(マズい…。 他に手段は…一つしか無いのに)


セイルは、折られた剣を見て背筋が凍った。


セイルの内心を読めたと思うガルシアが、一歩を踏み出すと。 警戒したセイルは、大きく引いた。


辺が少し薄暗く成り始めた中で。 ガルシアは、殺気と歓喜を混ぜた狂喜の眼をセイルに向け。


「うははははっ、一瞬の油断が俺に運を付けたな。 さぁ、どう遣って殺してやろうかっ。 あぁっ?!!」


勝った気に成ったガルシアは、持ち前の残虐な気性が顔を擡げた。 セイルを徹底的に甚振り、切り刻んでやろうかと思ったのだが…。


「まだだっ」


声を上げて、セイルは更にポーンと大きく退いた。


二人の間は、10数歩に至る。


ガルシアは、セイルがまだ諦めを窺わせない言葉を吐いた事で、踏み出した二歩目で立ち止まる。


「? お前、ふざ・・」


負け惜しみか、ハッタリをかます気かと罵ろうとしたのだが。 フードを取ったセイルのその眼が、美しい紫色のオーラに輝くのが見えた。 自分の仲間のサロペンが、魔想魔法を遣う時に酷似していると瞬時に判断出来る。


折られた剣を見たセイルは、精神を集中させ。


(エンチャンターでも…魔術師でもない。 魔想の力を、元から在る物に這わせて武器を生む。 僕の…僕だけの力っ!!!!)


セイルの精神が、疲れた中で研ぎ澄まされる。 前に、アンソニーの眠る居城の地下にて、ケルベロスストライカーと云う強敵を相手に、未知の領域に踏み込んで魔力を爆発発揮させた。 一かバチの行為で、セイルの体が疲弊し。 その結果、魔法の剣を遣う事が躊躇われていた。


が。 もう、余裕は無かった…。 


神官戦士でも無いセイルが、魔力を眼に浮かばせる。


「おっ・・お前っ。 魔法が遣えるのかよっ」


固定概念を覆す光景であり、ガルシアは毒気を抜かれる思いだ。


セイルは、瞬間に瞑目し。 もう、他に手は無く。 全力を持ってガルシアを倒す事にだけ、一念を置いた。 本来、攻撃を主とした魔法を、如何なる事情に於いても、に遣う事は、一般の考え方からして良い事では無い。 だが、その一線を踏み越える時が来た。


「魔力よ。 魔想の力を借りて、一時の形を成せ。 具現は、我が意思なりっ」


カァっと眼を見開くセイルの声に、蒼白い光が壊れた剣を覆う。 そして、魔想の力が折れた部分から先に伸び。 ガルシアの眼に映る中で、信じられない剣が生み出された。


「な・あ? 魔法の・・剣だと?」


殺し屋として、世界を股に掛けたガルシアであり。 冒険者として、最初は放浪者と成った彼だが。 魔法で剣を生み出す剣士など聞いた事が無い。 剣術に魔法を乗せるのでは無い。 剣を生み出す魔法で造られた剣で、剣術をするのだ。


セイルは、魔法を遣い存続させる為に精神的な負荷を受けるのだが。 魔力の御陰で剣が手に馴染み、重さを感じない利益も感じる。


(行ける。 少しの間なら、これで行けるっ!!)


戦えると思えた。 セイルは、此処で一気に勝負を着けようと。


「行きますよっ。 勝負は、まだ終わってないっ!!!」


弓弦が放たれる様に、素早い踏み出しからガルシアへと駆け寄るセイル。


(クソっ、あんな奥の手が在るものかっ?!!)


驚きが強く、心が落ち着かないガルシアは、動転したままに。


「せいっ!」


ガルシアと略頭が揃う高さに飛び上がるセイルは、腰のバネが利いた鋭い薙ぎ払いをガルシアに見舞う。


「小癪なっ」


と、セイルの繰り出す剣を斬り払おうとしたガルシアだったが…。 剣と剣が噛み合った一瞬。


「うおっ」


ガルシアの剣が、剣撃とは思われぬ別物の力に弾き返される様な衝撃を受けた。 “バギーーーンっ!!”と云う音と共に、跳ね返される力で大きく仰け反る様に後退したガルシアである。


着地して剣を見るセイルは、


「魔法の力が、炸裂するエネルギーを維持してるんだ」


と、感想を口にするのに対し。


弾かれた衝撃で、手が痺れるガルシアは堪ったものではない。 セイルを鋭く睨み、ワナワナと口が歪む。


「テメェ・・、こんな奥の手持ってるのに、最初っから使わねぇのかよっ!!!!! ったく、何処までも俺様を舐めやがってぇぇぇ…。 死に晒せやぁぁーーーーーっ!!!!!!!!!!」


剣士として、勝てると思うたびにその意思を覆されるのも嫌なものだろう。 二度も剣を折る度に勝てると思え。 その都度に覆される。 襲撃した身であり、あまり此処に長居出来るとは思っていないガルシアで。 しかも、誰も此処に来ない事に焦りも出てきた。


そして…。 レイを殺したセイルを、だ。 負けて倒せないのは、ガルシアにするなら悔しいにも程が有る…。


しかし、だ。


ガルシアが動く事で、再び交刃の間合いに踏み込んだ互い。 セイルが、身を半回転させる様に斬り払えば、有りったけの力で殴り付ける様に剣を打ち合わせるガルシア。 だが、それでも剣が噛み合うと、ガルシアの剣は弾かれる。


見えない強い力に弾かれた直後にヨロっと後ろに一歩引いて、何とか持ち堪えたガルシアだが。


「鋭っ!!」


軽いステップで半歩踏み込みながら、更に旋回して斬り上げるセイルの剣。 その切っ先が、ガルシアの胸板辺りを斬った。


「んぐっ!!!」


初めてガルシアが、体勢を崩して大きく後退した。


(手応え在ったっ!)


セイルは、確かに斬った感触を手に覚える。


セイルの前、数歩先。 燃えるレイの遺体が、黒焦げて燃える部分も少なく成った中。 胸を押さえたガルシアは、鈍い苦痛を感じて立膝で居る。


「…、クソ」


マントと鎧の上に置いた手を見れば、黒ずんだ液体で濡れている。 鎧すらも切断された格好で、胸部を少し深く斬られているらしい。 渋く舌打ちしたガルシアは、自分の遣った事だが。 無残な姿に変わり果てたレイを見て。


「なぁ…。 どうやら、俺等の夢は叶いそうに無いぜ。 こんな所で、信じられねぇぇ・・クソガキに出遭っちまった」


もう、燃える炎の灯りも少なく成り、天井が薄暗く成った。


剣を下段に付けるセイルは、ガルシアからまだ揺るぎない戦意と云うか。 自分に向けられた殺気を感じる。


(来る…。 この人に、説得なんて通じない)


人殺しの“悪道”と云うか、殺伐とした道を貫いたガルシアだろうが。 最後に見せるその姿は、戦い抜くだけの覇道に通じる気配だった。


「もし、負けたとしても。 お前になら、仕方無いか…」


と、ガルシアは立つ。


薄暗い中で、ヌルリと不気味にセイルを見るガルシア。


その気配に、人の殺気としては異様な執念が含まれる不気味なものが含まれる様で。 背筋に寒気を覚えたセイル。


(無理・・、無理だ。 僕には、この人を手加減して捕まえる技量は無い。 ・・決まる。 どっちかが、死ぬ)


セイルは、この後の一瞬で何方かが死ぬと予想した。


そして・・。


「うるわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!」


もはや、それは人の咆哮では無い。 ガルシアが獣の様な声を上げ、セイルに向かった。


相手を見たセイルは、ガルシアの右脇に抜けるのが、斬り交わす中で最高の一手だと直感する。


そして…、その一瞬を時を刻んだ。


一撃必殺の一念を秘め、大きく上段に振りかぶって肉薄して来たガルシアであり。 剣を握るガルシアの手首が動き出す一瞬を見切り。 跳ね跳ぶ様にガルシアの右、狭い間へと剣を薙ぎ払いながら抜けるセイル。


「…」


「…」


剣を振り下ろしたガルシアの前に、セイルは居ない。 立ち尽くすガルシアの右後ろに、青白く光る壊れた長剣を払い抜いたセイルが居た。


力強く凝らす眼のセイルに対し、ガルシアの眼は…死んだ様に成っていた。 グラリと体が揺らぎ、その場に崩れたガルシア。


「み・・見事」


と、俯せた体勢から呟くだけで、血を吐いて動かなく成った。


極限に張り詰めた緊張の糸が、風に解け散る花弁の様に消え飛んで行く。


「………ふぅぅ・・」


セイルの剣に纏わる魔法が、剣の形の影を描いて消えていくのだった。


「セイル殿ーーーっ!! 大丈夫ですかっ?!!」


クラークの心配する声が響いて来る。


(勝った・・、切り抜けられたんだ)


そう思うと。 短い間とは云え、魔法を維持して存続させ続けた代償が、全身に津波の如く襲ってくる。 魔法の修行をしっかり積んだセイルではない。 攻撃の魔法を剣に乗せるより、格段に精神疲労を負う行為をしたツケは酷いものだった。


その場に膝を崩したセイル。


処が。 此処で奇妙な事が起こる。


クラークがセイルを見つける前に、弱い炎の灯りで生まれるセイルの影が、何故かダブって片方が動いた。 セイルの影から抜け出した影は、レイやガルシアの踏み込んできた亀裂を抜け。 粉雪が舞う夜の闇に消えて行ったのである。


この影、なんなのだろうか…。

どうも、騎龍です^^


次か、その次で最終話と成ります。


ご愛読、有難う御座います^人^

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