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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
121/222

二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3

                    セイルとユリアの大冒険 3


                   第一章・旅立ちの三部作・最終編




                   ≪セイルの思惑、成功につき≫




深夜。 ジェノサイダーが街で暴れ出した頃。


仮眠を取ったセイルは、寝ずに兵士達と見張りを続けたアンソニーに礼を云った。


「済みません、勝手に休みまして」


塔型の中庭に有る建物内にて。 窓際に佇むアンソニーは、笑みを薄く。


「なに、死人は寝る必要も少ない。 起きている疲れは無いからね」


暖炉に弱く炎が熾る。


セイルが起きた事で、中庭の塔型の建物一階に一同は集まっていた。 兵士を指揮する男性一人に、一般兵士7名。 マーリの率いるチームも居る。 暖炉の間近で、椅子なども置かれた広間部分に皆が居る。


黒いピアリッジコートに黒塗りの軽鎧を着けたマーリは、セイルへ向き。


「で? これからどうする?」


セイルは、仮眠している間に何度も届いた見張りの知らせを全て聞いた上で。 ジェノサイダーが動く少し前の最後の様子から、もう直ぐ此処にジェノサイダーの一味が来ると予想した。


「最善の策で攻めましょう。 此処は、今は見張られていません。 ですから、兵士の皆さんはこの敷地から出て、敷地に入る表門の向かいに在る朽ち掛けた屋敷に隠れて下さい。 もし、戦いの声が上がったら、出来るだけ不意を突く形で攻撃して下さい」


兵士を束ねるのは、色黒で筋骨隆々とした体格の分隊副長ボビー氏である。 セイルの話を聞いた彼は、金属製のアーメットヘルムを片手に。


「解った。 相手の背後を攻める事を心掛けよう。 テトロザ様から、全ては君に従えと命令を聞いている。 その命令は、必ず達成する」


セイルは、ボビー副長に頷きを贈ってから、今度はマーリに向き。


「マーリさん、手勢は総勢何名ですか?」


仲間と護衛の一人を見るマーリは、


「私を入れて7人だ。 仲間の5人に、用人補佐で一番剣の冴えが鋭いカルカッテを連れてきている」


と、言い。 セイルに采配を仰いだ。


マーリの仲間を見るセイルは、肉弾戦に強き者はマーリを含めて4人だと思い。


「マーリさん達は、外側の屋敷に入る大扉の外。 左の壁際に有る納屋に隠れて下さい。 相手が我々を確実に潰すなら、後ろから入って、只攻撃を仕掛ける様な真似はしないでしょう。 一番可能性が有るのは、表と裏からの挟み撃ち。 宝物を手に入れる事を一番に考えているなら、裏から入る攻撃は奇襲にすると思われますから」


マーリは、その話に腕組みして。


「フム、有り得ない話では無いわね。 で? 私達は、その表に来た一団を迎え撃てばいいのね?」


その理解に、セイルは自分の仲間を見て。


「それだけでは、相手を逃がす可能性も在ります。 それに、聞くにジェノサイダーには、精霊魔法を遣う者と、魔想魔術師も居るとか。 魔法をこの建物や、外周の建物に撃ち込まれては大変です。 ですから、僕以外の仲間も同行させます。 魔想魔術師は、此方のアンソニー様と。 精霊遣いは、此方のユリアちゃんとぶつかる様に仕掛けて欲しいんです」


セイルの話に、マーリやらユリアなども眼を見張る。 マーリが直ぐに。


「何だと? では、セイル君はどうするの?」


壁側によけた椅子に立て掛けられた安物の剣二振り。 それを見るセイルで。


「僕は、一人で外周の建物に潜みます。 奇襲にゾロゾロ裏か来るとは思われません。 一番暗殺の能力に長けた2・3人が来ると予測します。 僕は、逆にその侵入者を迎え撃ちます」


「本気っ?」


マーリの思わずの一言。


クラークがセイルに寄り。


「私も同行します」


と、云うのだが。


セイルは、クラークに右手を出し。


「それは困ります」


ユリアは、セイル一人で勝てるのか心配で。


「セイル…何で一人で?」


「うん。 相手が殺しのプロで集団なら、強い相手を確実に削る必要が在る…。 昼間に、一人は捕まえられたけどね。 聞いた所では、他に剣に秀でた相手が3人は居る。 相手がどう襲撃してくるかは、この目で見極めた上で戦わないと。 僕一人なら、裏手に忍び込んで見極められる。 相手が少人数なら、狭いあの場所は僕に有利だし」


クラークは、食い下がろうと。


「ですが、御一人では…」


セイルは、危険は承知と云った顔で。


「クラークさんの槍は、狭い場所では本領が発揮出来ない。 しかも、僕と攻撃を入れ替えての連携には、あの崩壊した部分の多い建物内部では狭く。 不利を招き兼ねません。 他の人では、アンソニー様以外に共を出来る人は無く。 逆に、魔術師の魔法を魔法で相殺出来る上に、意識を乱せる魔法の遣い手であるアンソニー様は、魔想魔術師を潰せる最強の相手。 だから、僕と行動を共にするより、リスクを削る意味では表に回した方が上策です」


ユリアとアンソニーは、セイルの思いが良く解った。 魔法を人に向かって平気で遣える者は、戸惑いも手加減も無い。 この戦いの中で、セイルは剣士でも唯一魔法に対抗出来る手段を持ち合わせている。 だが、兵士の皆を含め、他の者は魔法を無力化する術を持たない。 マーリの仲間には、僧侶が二人に魔想魔術師が一人。 だが、暗殺者などの凶悪な者を相手にした経験は無い。 強烈に強い強欲や殺意・・悪意。 こうゆう意思を前にすれば、恐怖が先行する。 セイルは、死人を一人も出したくないと云う思いから作戦を立てているのだ。


アンソニーは、この場に居てセイルを見る皆を前に。


「彼が言いたい事は、相手が悪意や殺意に染まった狂乱者達であり。 無闇に魔法を乱発されたら、死人が出る事を恐れていると云う事だ。 クラーク殿を此方に回すのも、前に在った襲撃を聞いても解る通り。 相手が強いからだ。 裏から、こっそりと2・3人だけが来るなら、セイル君の云う通りにするのが望ましい。 信じて臨むか、疑って乱すか」


と、ユリアを見る。


ユリアは、言わずとしれてると。


「セイルの云う事に、今まで間違いは無かったわ。 アタシは、セイルがそうしろって言うなら、そうする…」


すると、セイルは剣を取りに動き。


「では、もう動きましょう。 此処に敵が来るのも、もう直ぐかと思います」


マーリは、仲間を見て頷いた。 もう、議論をする時間も無いと思えたからだ。


クラークは、セイルを見て心配しか浮かばない。 そんなクラークの肩に、アンソニーが手を置き。


「さ、行こう。 もう、賽は投げられたのだから」


アンソニーの言葉に、クラークは眼を伏せる。


(これも運命か。 やはり、あの剣神皇の祖父を凌駕する器なれば、命を危険に晒し続けねば成らないのか…。 降りかかった火の粉とは云え、まだ16のセイル殿にこの戦いは厳しい。 だが、生き残る余地が無いとも云えん…)


クラークは、いざとなったらセイルの助けに向かう事を胸に秘める。


さて。


役人の一団を束ねるボビー副長は、雪が止む暗闇の庭に出る。 表門の在る外庭に出れば、雪の敷き詰まった一面と、建物や敷地を嘗ては囲った高い壁の部分崩壊した様子がもう闇に紛れて。 只只、寒い空気が支配する暗闇と静寂の世界であった。


「行くぞ」


兵士を大勢殺害した悪党や凶悪な冒険者との戦いを前に、兵士の7人は皆が余裕の無い顔をしている。 ボビー副長は、セイルの指示に従って闇の向こうに朽ち掛けて佇む屋敷へと向かった。


一方。


「いよいよだな」


白い息を吐き、気を引き締めるマーリの一声。


セイルを抜いた一同11名は、中庭から兵士の一団と外周の建物に入ったのだが。 其処から建物の中を歩いて北東方面の勝手口に回る。 嘗ての勝手口は、ドアを成していた物は朽ち果てて無い。 その枠を成すブロックの様な石組みの壁も、奇妙に歪んで壊れかけていた。


マーリを先頭に外に出た一同。 マーリの仲間は、誰もが無口で喋らない。 やはり相手のジェノサイダーの名前に怯えているのが伺えた。


マーリが、自分の入るチームを2・3呼んだのだが。 その中の4人は、先の襲撃で怪我をしてしまった。 マーリを信頼し、結束力も高いチームそれぞれだったが…。 博物館を襲撃された時、薬の影響も有る賊は獣の様に狂っていた。 女性を見ればあの争いの中でも興奮して、獣の如く半狂乱で襲い掛かろうとするし。 武器を叩き落とそうが、負傷させて行動力を奪おうとしても。 爪や歯を立て襲い掛かって来た賊共は、確かにモンスターと似た恐ろしさが有った。 


あの異常な賊を相手にした戦いで、マーリと付き合いの長い冒険者達も憶病風に吹かれた。


今回マーリの連れてきた仲間は、怪我人を抜いた中での寄せ集めである。 その中でも僧侶は、一人は信仰厚い女性の僧侶だが。 もう一人は、知識の神を信仰する学者で、信仰よりも知識欲が強く魔法の強さはさほどでは無い。 僧侶二人は、怪我人を助ける役に。 魔想魔法が遣える男性には、皆の視界を保つ為に光を頼む。 他のマーリ以外で、剣や武術の腕を期待出来るのは、剣士の女性アニー、戦士で棍棒や格闘術を嗜む無口でノッポの男性ホアキン、そしてマーリの護衛係に成ったカルカッテだ。


カルカッテは、マーリの命令と絶対的な使命が有り。 また、博物館を襲撃した賊を討ち果たすと云う意義が有る。 しかし、冒険者の面々は、パトロンとしても自分達を頼るマーリへの友情や義理人情だけが意義であり。 本心としては、危なくなる前に手を引きたい部分も有る。 彼等の目に、セイル達は迷惑な存在としか映っていない。


貴族で在るマーリは、その辺の思慮を推し量る所は鈍かった。 襲撃の影響も有り、そこまで頭が回っていないとも云えるだろう。


さて。 外に出て、辺りを警戒しながら忍ぶ様に進むマーリ。


勝手口を出たクラークが、アンソニーやユリアの前を歩く。 すると、急に右脇を行くカルカッテから。


「貴方は、槍を遣うのか?」


と、聞かれ。


「如何にも」


と、短く答えた。


カルカッテは、セイルの素性や自分たちの事を知らないのだろう。


「私は、マーリ様に従う。 貴方のリーダーとか云うあの若者に従う気は、無い」


クラークは、それでも同じ事だと思う。 だが、此処でそんな議論をするのは無意味とも悟り。


「それでも良い。 この危機を脱するには、皆の協力が不可欠だ。 今は、勝つ事にのみ専念するだけよ」


淡々と言われたカルカッテは、貴族としては格式の高いマーリの家に仕える自分で。 それに見合った剣技を身に付けたと云う自負が、何故か揺さぶられた。 静かなクラークが強い事は、カルカッテも肌で解る。 だが、あの少年の様なセイルが強いとは、彼には思えない。 自分より弱いセイルが、単独で裏を張るなど不安であった。


だから。


「私の見る所、貴方の方がずっと強いと思える。 裏から強者が来るなら、何故に貴方が行かぬのかが解らない」


これから気の抜けない戦いを前にするクラークは、的外れな物言いに返す言葉が見当たらず。


「…」


と、黙った。


ユリアは、そのカルカッテの口調にムッとしたが、これから戦う方が心配で言葉も出ない。


アンソニーに至っては、セイルの強さが解らないのは当然だと理解している。 セイルが巧みに隠しているし。 彼の強さは、まだ固まりきった成熟に達していない。 寧ろ、今燃え上がったばかりのマグマと同じだと思っている。 アンソニーのカンでは、セイルがこの戦いで死ぬとは思えない。 寧ろ、もっと羽ばたきそうな気がするのだ。


さて。 嘗て昔、納屋の隣に在る下働きが住んでいた石造の小屋。 その入口にマーリは立ち。


「この中に。 中から窓を窺えば、篝火の置かれた広場が見張れるかも知れぬ」


外周を成す建物の正面玄関前。 大扉の前は階段が在り。 その階段前は、馬車を横付け出来る広場に成っている。 見張りを置くに丁度良い広場は、焚き火が残され。 まるで見張りが続けられているかの様なままに成っている。 兵士がちょっと前まで居た様な形跡が、外周の建物の表門前に残されていた。


入り込んだ小屋の窓に、もう窓は嵌っていない。 暗闇の此方から、篝火の焚かれた正面の広場はよく見える。


ユリアは、中に入ってから窓の外を見て。


「よく見える。 いい場所に小屋が在るのね」


すると、後から入ったアンソニーが。


「昔から貴族の馬車には、ランタン等の照明器具が完備されていたんだ。 庭や表の玄関先が見える位置で有れば、主が夜遅くに戻っても出迎えるに容易いだよ」


「ふ~ん、どこまでも御主人様が中心なのね」


「主従とは、そうゆうものなのだよ」


「ふぅん」


フード着きのマントを羽織るユリアは、杖を握って小屋の奥に向かう。


ユリアは、まだセイルと同じ16歳。 少女の様にも見えるユリアを見るマーリの仲間は、これから起こる戦いに子供が必要なのか…。 不安と迷惑を浮かべたそんな顔を見せる。 マーリが居ない場所なら、何か言い合いでも起こりそうな所だろうか。 それこそ、子守りにアンソニーとクラークが居る様な感じなのだろう。


さて、二手に別れ、潜むのは終わった。


最後に、剣を腰に一振り佩き。 もう一振りは、手に。 セイルは中庭を出て、壁の切れ間から外周を成す建物の一階に踏み込む。 白い息を抑えて歩くセイルは、ミカロに教えた亀裂に向かった。 崩壊した壁の御陰で、吹き抜けに一部屋が廊下から見える場所の直ぐ近くである。


セイルのカンは、危険を強く伝えていた。 殺す事を前提に攻める相手は、卑怯な手も躊躇わない。 特に、ジェノサイダーのリーダーは、情け容赦など微塵も持たないと云われる。 セイルも大金持ちの家で、噂や情報が下手な一般人より遥かに集まりやすい環境に居ただけに。 その聞けた噂を総合しても、非道と云う意味では天才的な一団が相手だと理解している。


テトロザの持ってきたジェノサイダーの情報でも、犠牲を生む事に肯定的で、仲間を使って殺して暴れ回らせる事に掛けては徹底的。 時には町を滅ぼし。 兵士の分隊を皆殺しにした事も一度や二度では無い。 殺す相手の家族を犠牲に巻き込み。 家や屋敷のみならず、周囲に被害を出す事も当たり前。 若い女性の受けた被害は、それは筆舌に尽くせぬ有様だとか。


しかし、セイルはその話を聞く内に、ジェノサイダーの手口にパターンが在るのを見た。 先ず彼等は、魔法を使って騒ぎを起こしたり、先制の一撃を与えてくる事が多く。 建物の中に押し入る時は、特にそうだ。 しかも、何れの手口を聞いても、非常に使用人の死に絶える事が多く。 ジェノサイダーの到来は、彼等が去ってから解る事が多い。 セイルからするなら、大抵これは不思議な事で。 この様子は、騒ぎを恐れて、皆殺しをする悪党や強盗集団の手口に酷似している。


(恐らく、魔法で騒ぎを起こして、逃げたり知らせに向かう者から順を追って殺してる。 挟み撃ちや、包囲網を敷いて、皆殺しを狙ってるんだ…)


こう思ったセイルだけに、それをさせる訳には行かなかった。


セイルがジェノサイダーと直接関わるのは、今回が初めてだ。 だが、間接的に…なら、今回が初めてでは無い。 実はこのセイル、ジェノサイダーに対する一つの遺恨が在る。


殺し屋集団としてのジェノサイダーの結成は、もう10年を超える程に古く。 かなりの活動が続く。 しかし、その加わる面々は、時を重ねる毎に増えたり、減ったりしているらしく。 その悪行は、マーケット・ハーナスでも在った。


セイルがまだ10歳の頃。


セイルは、非常に使用人とも仲が良く。 母親と父親の影響から、ユリアや孤児院の子供と商業施設に遊びに行く事も屡々だった。


そんなセイルだが。 特にセイルの家の系列に与する運送業者に、セイルへ海の事を教えてくれた男が居る。 独り者で、船乗り一家の長男ながら非常に無口で、結婚もしないで船長をしていた中年男性だ。 港へこっそりと遊びに来たセイルを、唯一人短い言葉で叱り飛ばした人物であり。 セイルは、逆に人間として真っ直ぐな相手だと感じた。


しかし、その男の動かす船が、ジェノサイダーに襲撃されて炎上し掛けた船を助けに行った。 内海に停泊していた超大型客船が炎上し、その助けに向かった船長の男性も巻き込まれて殺された。 無惨に斬られ、帰らぬ人と成ったその男性だが。 セイルの祖父は、自業自得だと一蹴した。 しかも、勝手な行動だと言い。 祖父エルオレウは、その男性の一家が営む運航船を扱う店を、自分の傘下と成る系列から切ったのである。 


マーケット・ハーナスの国政を務める商皇10傑。 その長を務めるエルオレウは、船を出して警察役人が返り討ちに遭ったにも関わらず。 逃げたジェノサイダーをまた戻らぬ限り、国としては構うなと云ったとか。 自分の既得権益の領域に関わらない限り、時として平気で対処をせぬ所が在る祖父。 ウマの合わないセイルからするなら、祖父の行いもジェノサイダーも許せる相手では無かった。


ユリアも、ジェノサイダーが殺した事を知らないだけで。 慕う船長の船を迎えに、セイルが港へ行く事も知っていたし。 セイルが海の事を知りたくて、日焼けした無口の船長に色々と尋ねていた事も記憶に在るだろう。 


セイルにするなら、敵討ちが出来る機会でも在った。 そして、祖父の見逃した相手を潰せる機会でも在る。 セイルにとって、ジェノサイダーは単なる火の粉では無かったのだ。


この裏の事情は、酷く複雑で在り。 また、後々にセイルも知る事に成るので在る。






               ≪血戦の火蓋は、静かに切り落とされる≫





マーリの一族が嘗て住み暮らしていた居城。 その背後に回る様に、影が南方から忍び寄ってきた。 ジェノサイダーの一団と、リエルの率いる一団。 そして、道案内に駆り出された御者をしていた悪党と、ミカロが一緒である。


ミカロがセイルと在った外壁の裏側に到達した悪党の集団。 レプレイシャスと名前を偽るガルシアへ、リエルが寄り。


(奇襲を仕掛けよう)


と、云うと…。


黒いコート風のマントに身を包むガルシアは、ニタリと笑みを浮かべ。


(いや、二手に別れる。 一隊は、大勢で正面に周り、ハイニーズとサロペンが魔法をブチ込んでから慌てて出てきた輩を殺して行け。 裏からは、俺とレイが行けばいい。 中庭の塔に隠された宝物を確かめに向かいながら、知らせに走る奴を殺していく)


リエルは、挟み撃ちで逃がさない気なのだと解る。


ガルシアは、更に仲間に寄り。


(ハイニーズ、サロペン、手加減は要らん。 建物の正面をブッ壊せ。 ゴストン、デイヴ、出てきた者は残らず殺せ)


眼を血走らせ、もう殺戮する事を予想して興奮し出すジェノサイダーの面々。


再度リエルに向くガルシアは、


(お前達は、俺の仲間の討ち洩らしを殺せ。 建物に入ったら、誰一人として表から逃すなよ)


と、云う。 その低い声は、もう戦闘態勢に入っている証であり。 割合に悪くない見てくれのガルシアが、殺意を目に宿して悪魔の様に云うのだ。


流石のリエルも、ある種の畏怖を感じて身震いを覚える。 リエルは頷くだけで。 脳裏では、


(これがこの男の本気か。 なる程、これは怖い)


と、動物的な感覚から感想を浮かべる。 今のガルシアには、リエルも卑怯な手を使わなければ勝てる気がしない。 それ程の残虐性が、眼や顔に窺える。


真っ暗な中で、もう庭と他の敷地が雪で境も解らない。 仄かに表の方が明るく見えるので、外周を成す建物の正面広場前には、兵士が陣取って居ると予想出来たガルシア達。


(行けっ)


顔を動かし命令したガルシアの言葉に、ハイニーズ、ゴストン、サロペン、デイヴが動く。


リエルは、ガルシアへ。


(なら、表に回る。 建物の中で、見張ってる仲間と落ち合うのだろう? 宝物が有る時は、此方が預りラヴィン様に届けるからな)


ガルシアは、頷くだけだった。


リエルの率いる一団が、先に動いたジェノサイダーの面子を追う。


ガルシアの脇に出たレイと云う人物が、


「で? 中で落ち合うの?」


と、云うと…。


ガルシアは、その質問に答えず。 ミカロを視線と顎で呼び、目の前にミカロが来ると。


「その亀裂に案内しろ」


「へい。 こちらです」


セイルに案内された時と同じく。 ミカロは、八角形を成す一階の建物に侵入出来る壁の亀裂へと、ガルシア達を案内すべく先行し出す。


昼過ぎに通った雪の踏み固められた道を行く。 膝上まで積もった雪の中で、明らかに人の行き来が有ると解る。 裏手に向かう影に成る場所だが、レイは随分と踏み固められた道だと怪訝に思うのだった。


美しい美声を放つレイと云う面体の解らぬ者が、ミカロの後を行く。 碧眼が闇で色が解らず、不気味な深みの有る眼だけが見えている。 ガルシアが後を行き、その後ろに付いたのが御者をしていた男。


だが。


ガルシアが、不意打ちの如く振り返った。


「っ?!!!!!!」


御者をしていた悪党は、口にガルシアの握っていた雪を押し当てられ。 腹部には、鋭利な刃物が刺し込まれた。


「…」


流石に人を殺し慣れたガルシアである。 悪党の男の腹部に刺した刃物を激しく抉り回しながら。 絶叫を上げようとする男の口を押さえ、口の開く隙間に雪を押し込みながら俯かせる様にする。 声が出ない仕様で殺す技で、雪の上を走る風の音が強い一瞬を狙った行動だった。


微かな呻きや嗚咽の断片が耳に触った気がしたミカロは、何か在ったかと振り向こうとすると…。


「亀裂は大きいのか?」


と、ミカロの視界を塞ぐレイが云う。


「あ・・いえ。 人一人が入れる程度でさ」


「なら、私が先行して入る。 何処だ?」


「はぁ」


ミカロは生返事を返すと、気味の悪い感覚を背負いながら亀裂に向かう。


この時ジェノサイダーの面々は、雪の積もった屋敷脇の庭で在ったと思われる場所を行き。 表庭の比較的雪の積もりが浅い場所に回った。 庭の中でも、元の正面ロビーに向かう花道であった付近は、兵士や馬車の往来が有ってか雪が薄い。


そして…。


外周を形成する母屋の建物。 其処に入る大扉の前は、幅広い30段以上の階段が残され。 馬車が停車する広場には、兵士が見張りの為にと焚かれた篝火が3つ程置かれる。 表庭からその広場に踏み込む通りには、花道を飾る石のアーチがボロボロに風化しながら残っていた。


その様子をハッキリと確認出来る所まで、庭から迫ったジェノサイダーの面々。


もう、声を押し殺す事も止めた彼等で。


「ハイニーズ。 ご丁寧にランタン代わりが有るぜぇ」


サロペンは、炎の精霊を呼び出すに遣う火が、篝火で事足りると云えば。


「うううううああああああ~、ひぃぃぃぃぃ~。 あつあつのひひひひひひ……」


知らぬ者では、ハイニーズの感情が解らないだろうが。 ゴストンは、得物の武器を引き抜き。


「ハイニーズも御喜びだぜ。 焼いてっ、刻んでっ、滅多刺しだぁっ!」


後から来たリエルは、相手を見る前から喋るなど有り得ないと思う。


(なる程、確かに狂ってる)


ガルシアと云う切れるリーダー無しなら、共に行動するのは命取りだと思えるリエルだ。


しかし、早く殺戮を始めたいデイヴは、サロペンに迫り。


「早くするのよっ!!!! さもないとお前の心臓を抉りますぞっ?!」


瞳孔の開き切った不気味さ極まりないデイブ眼が、殺気を孕んで迫る。 男の女言葉が、不気味に響く。 しかし迫られたサロペンは、驚く事もなくニヤニヤと喜んでいて。


「うひひひ、俺とハイニーズが一番手だ。 後手は後ろで見ていろさぁぁ~」


と、躍り上がる様に篝火の在る方に走る。


その様子を見るリエル一味は、何処にでも居るワルガキ達が暴れる様な雰囲気を感じた。 人を殺す前にして、こんなはしゃいで悪態を見せる彼等が非常に狂って見える。


所の不良ワルガキが、悪さをして騒ぎ喜ぶ様な素振りで走るサロペン。 その後ろを、両手を広げる様に左右へ開き、ボロマントをはためかせる様にして追うハイニーズが居る。


篝火の焚かれた明るい大扉の玄関前に、サロペンとハイニーズが到着する。 デイヴとゴストンは、先に行く二人が潜った石造のアーチを、二手に別れて外側から周囲を警戒しながら進む。


この時、サロペンの杖が持ち上げられた。


「ヒャハハハっ!!!! 滅落したこの辺は、死人の気配がプンプンしてらぁっ!!!!! 此処は死人が良く似合うぜぇぇーーーーっ!!!」


そう歓喜の叫び声を上げたサロペンの眼が、ドス黒い血の色のオーラを帯びる。


一方。 ハイニーズは、短い杖を持ちながら篝火の元に。


「お先に行くぜっ!!! 破壊を齎す魔法の剣よぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


朽ち掛けた木の大扉が、少し高みの階段上に見える。 城と言って良い外観の屋敷の大扉に向かって、サロペンは剣の魔法を撃ち込もうとしたのだ。 青白い光を放ち、サロペンの頭上に大男並みの大剣が形造られた。


大扉前の広場に入ったデイヴとゴストンは、辺りを見ながら誰か出てこないかと注視する。


「いけぇぇえーーーーーーーっ!!!!!!」


サロペンが杖を振り下ろし、剣の魔法を飛ばす。 デイヴやゴストンの後ろに追い付いたリエルは、飛ばされた魔法が大扉を突き破ると確信した。


が。


闇の中を何かが走った。 黒い稲妻を帯びた何かが、放たれた剣の魔法の行く手を阻み。 大扉へと上がる階段に所で、


“ビシィィィっ!!!!!!”


っと、空気を震わせる振動を上げた。


「うぉあっ!!」


「どぅおおわわぁぁぁ」


間近に居たサロペンとハイニーズは、その不意打ちと云える現象に驚いた。


デイヴは、黒い稲妻が飛んできた方を見て。


「何者ですのぉぉっ?! 姿を見せなさい…、殺してやるぅぅっ!!」


と、殺気を込めた声を投げる。


すると。


「全く無粋にも程が有る。 学院にて、魔法の正しい使い方を習わなかったのかな?」


広場の左奥。 篝火の灯りの影響で真っ暗に見える闇の中から、アンソニーが浮かび上がる様に現れた。


死人の顔色ながら、貴賓の溢れた美しい顔立ちをするアンソニーを見て。


「う・・そだろ? コイツ・・モンスターだっ。 死人だぞっ?!」


と、サロペンが云う。


驚いた様に体を揺らすハイニーズは、篝火の中に杖を入れ。


「いでおっ、モロ・バビリオぉぉぉンっ!!」


と、炎を引き摺り出す様な仕草をすると。 篝火の炎が風の方向も無視し、急激に上に燃え上がる。 すると、炎の中から真っ赤な火に包まれた蛾が現れたではないか。 火の粉を鱗粉の様に落としながら、人の顔程の蛾が飛び立つ。


「せ~れ~まほおおおだぁだぁぁぁぁ~」


ハイニーズが杖をグルグル回せば、宙を飛ぶ炎の蛾は弱々しく落下しそうに成りながらも動く。 アンソニーに腹を見せる様な姿勢に成った炎の精霊は、炎を纏う鱗粉を飛ばそうと羽ばたいた。 所が、羽ばたきも束の間、精霊の動きが宙で止まる。


「おいっ、ハイニーズっ」


ゴストンが何をしてるのかと言い寄ろうとすると…。


「あうあうあうあう…。 しぇ・・しぇいれいがぁぁぁ」


突然にハイニーズは頭を抱え、その場に蹲っているではないか。


リエル達も前に出てきた中で、アンソニーの後ろから。


「いい加減にしてよっ!!! 精霊だって生きてるんだからっ!!!! 消耗品みたいに扱うならっ、精霊遣いなんかしないでよっ!!!!!!!」


ユリアの大声である。


「なっ、何だァっ?!!」


宙で動きを止め、静止していた精霊を見るサロペンは、蛾の姿をした精霊が煌めく火の粉に変わり。 そして篝火へと戻っていくのを目にした。 今まで見たこともない現象で、何が起こったのか解らない。


アンソニーの脇に出てきたユリアは、右の肩に水の精霊である水蜘蛛と宿し。 左の肩には、炎の鳳が浮いている。


サロペンも魔術師の端くれである。 遣う事にばかり生きて、感じる事を怠ってきた彼だが。 ユリアの召喚している精霊の属性ぐらいは解る。


「バカな…。 反属性の精霊を従えるっ?!」


一方のユリアは、怒りを目に表し。


「精霊魔法は、破壊の為の物じゃないっ!!! これ以上、精霊を悪用させないんだからっ!!」


ギラギラろ眼を見開くデイヴは、ユリアとアンソニーを獲物とみなし。 得物であるナイフを手に歩き出す。


だが。 今度は其処に、長柄の槍を携えたクラークが現れ。 ユリアやアンソニーの脇から、大きく前に踏み出して来ると。


「なんと云う汚れたまなこよ。 理由は在ろうが、己らの所業は許せぬぞ」


と、デイヴの眼を見据えた。


「…」


ピタリと立ち止まったデイヴは、クラークの眼力に留められた格好である。


狂喜して攻め込んできたと云えるジェノサイダーの面々と悪党達だが、たった3人の登場で静寂に堕ちる。


リエルは、数の有る手勢を広げ、3人を見るのだが。


「意外に易く誘き寄せれたな。 宝物を狙うクズ共めが」


マーリの声がして、ユリア達3人の周囲に、潜んでいた全員が合流した。


デイウは、戦闘態勢が相手も万全であると見て。


「罠だわ…」


と、呟いた。


頭を抱え、震えるハイニーズを他所に。 殺気と陥れられた感覚から、ワナワナと口を歪ませるサロペンが杖を握る。


所が。


緊張が高まる中で、攻め入って来た悪党達の後ろの闇が、急に殺気を孕みながら蠢いて来る。


「はっ。 誰か来るっ!! しかも・・大勢?!」


リエルの部下の一人が、雪を踏む音を背後に感じて振り返った。 表庭の向こうから、何かが近付いて来たのだった…。

どうも、騎龍です^^


8月中でセイル編を終わらせた後、またお送りする内容の整理に入ります。


ご愛読有難う御座います^人^

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