二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
≪決められる前に、決める≫
いよいよ、荷物が旧貴族区に運ばれる日が来た。
静けさが広がる朝。 極夜の区域からは抜け出すアハメイルは、冷め冷めしい曇りの朝を迎えている。
その頃。
巡回警備以外に、軍部は目立った行動を取らず。 役人は、今までで捕まえた悪党達の取り調べなどで、朝から慌ただしい仕事を強いられている。
また、連日の遊び疲れが祟る中弛みの頃合いで、街中は人気も少なく静けさが強い。 早朝から働く限られた者以外、街に人の姿は見えない有様であった。
一方。 年末の馬鹿騒ぎを大金で支える者達…。 貴族や大商人の多くが住み暮す貴族区に眼を移せば、何処も寝静まっていて。 起きているのは、昨夜に降った大雪を処理する下働きの下男や、屋敷内で動くメイドぐらいだろうか。
処が…。
馬蹄の音が通りに響き、雪化粧をした貴族区を走る馬車が一台。 行先を見るに、向かうは貴族区の奥へ。 朝帰りにしては遅い頃合いで、芦毛の馬が2頭で、乗用の一番小さい車両を引いている。
馬を操る御者は、低いハットに雪をチラホラと乗せ、黒いロングのオーバーを着る。 襟を立たせているのだが、顔をしっかりと見せる様な姿では無く。 どうも、俯き加減で辺りを警戒している。
この馬車。 不思議な事に、旧貴族区との境に或る石積みの壁沿いに、北西方向に向かう。 貴族区と旧貴族区の境に或る壁を北西に向かうと、荒廃した昔の墓地などが見える場所に行くのだ。 人気も無ければ、家が或る訳でも無い。 荒廃した平地に、大小様々な区画に区切られた墓地跡が見えるだけなのだが・・。
走る馬車から見て、左手に続いていた貴族の屋敷の列が、途切れ途切れに成り始める頃。 右手に続いていた積み上げられた石の壁が、急に古く壊れかかった様な粗末さを窺わせる様に為る。 すると、急に馬車は、走るのを止めた。
黒い石造建築で、派手さの無いと見受けられる屋敷の裏手。 石垣と庭木で、屋敷からも、また馬車側からも互いが見えない場所で、御者は席を立ち。 そして雪で地面が見えない通りに降りた。 降りても警戒は怠らず、用心を重ねた上で馬車のドアを開いた。
黒い上質のマントを纏い、気取った雰囲気を醸し出す白のシルクハットを被った初老の男性が、ステッキも持たず馬車を降りる。
「此処か?」
御者の男性は、鋭い視線を辺に向けながら。
「そうです。 あの石垣の壊れた部分から、敷地内へ」
マントの腰の辺りに、武器と思われる出っ張りを窺わせる初老の人物。 顔つき自体は、キチンと整髪された鼻髭といい、スッキリとしたナイスミドルとも云える紳士面なのだが…。 その斬り付ける様な目、高慢さの窺える高い鼻は、どうも近寄り易い印象では無かった。
馬車に乗っていた紳士は、顎を遣って。
「そこから歩くしか無いのか?」
と、御者に云えば。
「そうですね。 旧貴族区への一般的な門は、全て兵士の管理と成ってる様で…。 時間が許したなら、門を開く様に脅しを掛けれましたが。 運び込まれるのは昼で、受け渡しが今夜。 下手に動けば、勘づかれるとも限らな次第でして」
「そうか…。 面倒だな」
「では、私は此処で。 馬車を見守ります」
「手筈は?」
「石垣を超えて右手に向かって行けば、手引きの者が居ると思います」
「で? お前は、此処にず~とか?」
「いえ。 人の住む家の裏なので、この先の打ち捨てられた寺院の裏に居ます」
初老の紳士は、白いものが混じる髪を首筋に窺わせながら、顔を石垣に向け。
「レプレイシャスの命令だから変装して来たが、これなら門番の兵士を殺して入った方が容易いぞ? まぁ、今はそうも云えぬがな」
と、歩き出す。
初老の紳士は、曲がりの強い見通しの利かない通りを左右と何度も確かめた上で、崩れた石垣の間から体を横にして入った。
「…」
石垣を越えれば、見えるは左を中心に雪が積もった雪原である。 枯れ木が所々に生えて見え、何かの括りを示す格子柵が所々に壊れ、雪の上に少しだけ姿を見せる。 それこそ残骸の様なものが突き出て見えるだけ。 替わって、右手を見ると…。
(ん? アイツか)
右手には、崩壊した家の瓦礫や、半壊した屋敷が遠目に見えている。 その方角に、黒い何者かが立っていた。
初老の紳士は、雪の上を滑る風にマントを揺らしながら、黒い何者かの方に向かって歩いていった。
その、少し後。
その場から、旧貴族区の奥に向かう事、約半里(約1キロ)。 崩壊した建物の瓦礫や、壊れた柵等で囲われたすり鉢状の場所にて。 先程の初老の紳士と、黒い覆面に蒼い厚手のマントを羽織る何者かが戦っている。
その二人の様子を見るに、明らかな劣勢は初老の紳士と思われる人物で。
「クソっ!! 罠とは卑怯なっ!!!!」
と、覆面をして顔を判らなくする相手に、歯軋りして喚いた。 頬に薄っすらと斬り傷を作り、シルクハットも何処へやら。 完全に余裕を失ったその顔は、負けを意味していた。
紳士は、この覆面の人物にマーリの一族が住んでいた嘗ての屋敷に案内すると言われ。 此処まで来てみれば、突然に戦いを挑まれた次第。 この場に来るまでは、腰の低いコソコソとした悪党下がりだと見えた覆面の人物だが。 いざ斬り合いに為ると、一筋縄で行く相手では無い事に驚かされた。
紺色の布で覆面をする者は、安物の長剣を正眼につけ。
「“卑怯”…。 目的の為には手段を選ばず、廃棄場に火を放って兵士さんを殺したでしょうに…。 自分にだけ都合良く云うなんて、流石は悪名高い冒険者チームの一員ですね」
この声、少し篭ってはいるものの、明らかにセイルの声だった。
そして、セイルに襲われているこの初老の紳士を装った人物は…。 ジェノサイダーの一人である、”デュナウド”だった。
「おのれぇぇ…」
大声を上げても、誰にも聞こえない場所に誘い出された彼は、突然に襲い掛かって来たセイルに完敗状態。 作りの良い幅広の長剣バスタードソードを、右手に構えるデュナウドだが。 眼を見るに若そうな少年と青年の間と思われる相手に、全く歯が立たない。
「ふんっ!」
雪の上でも構わず踏み込み、セイルの顔に一撃を薙ぎ付けたデュナウドだが。 軽く引いて見切ったセイルは、素早くデュナウドの左手に踏み込む。
(不味いっ!!)
デュナウドの斬り込みは、彼の繰り出した一撃必殺。 渾身の斬り払いである。 完全に剣を持った手が流れた瞬間に懐左手に踏み込まれては、防ぐ手段が無かった。
「はぁっ!!」
掛け声と共に、セイルの左手に持つ剣が振り上がった。
(ぐぶっ!!)
そこに走ったのは、痛みは痛みでも焼ける様な衝撃。 デュナウドの左腕より、肩まで衣服が裂けて血が飛んだ。
勝負は、此処で決まった。
痛みに体勢を崩したデュナウドは、左腕を斬られてもまだ遣れると、右手の剣を防ぎに側める。 だが、振り上げたセイルの剣が、返す形で其処に振り降りる。
「ぎゃぁっ!!!」
滾る様なデュナウドの声が上がる。 右手の甲が斬られ、指へと繋がる骨3本が切断された。
「ごのぉぉぉ…、おま・・お前…」
剣を雪の上に落としたデュナウド。 膝を折って雪に跪き、苦し紛れにセイルへそう云うと。
「荷物を運んだ冒険者…って言ったら、解ります?」
構えを解いたセイルは、デュナウドの眼を見て言った。
(あ゛っ)
デュナウドが眼を見開いて驚く処に、セイルは踏み込んだ。
「がふっ…」
デュナウドの鳩尾に、セイルの持つ剣の柄が突き込まれたのだ。 痛みに呻きながらガクリと崩れるデュナウドは、薄れゆく意識の中で。
(つ・・つえぇぇ…)
デュナウドが弱かった訳では無い。 不意を突かれ、自分の間合いを確保出来ないままに、相手の剣術に呑まれた。 心が落ち着かないままでは、本領も発揮するには難しい。 永らく一人で剣の腕を磨く事に久しかった彼は、その辺の怠慢が命取りだったのだろう。
セイルは、近くに潜ませた兵士の男性三人を呼んで、デュナウドの止血だけすると。
「では、手筈通りに」
見張りの仕事から駆り出された兵士の三人だが、セイルの剣の腕に驚いて居る。
「はっ」
「心得ております。 この者は、密かに兵舎へ運び込みます」
「しかし、本当に御一人で行かれますか?」
覆面を解かないセイルは、短く。
「はい…」
と、だけ残し。 一人で、デュナウドと来た方に戻っていく
★
セイルが何故にデュナウドを待ち伏せ出来たのか。 これは、一体どうゆう事か。
実は…。
昨日。 テトロザから襲撃を受けた事と共に、残された手紙を見せられたセイルだが。 手紙に宝物を渡して確認が取れたら、女性は返すと書いて有る事に着目して。
「テトロザさん、犯人がこう云う以上。 宝物の引渡しの現場に、人質の女性を連れてくる可能性は低いと思います。 現場に連れて来て奪い返される危険を伴う行為は、一番の面倒ですから」
困るテトロザも、また。
「はい。 それは、十分に承知して居ります。 このジェノサイダーと云う輩共は、非常に殺戮を好むとか。 私の見立てでは、宝物を引き渡したが最後。 誘拐された女性は、直ぐに殺されまする」
セイルとテトロザの意見が合致したその話に、ユリアがパッとテトロザを見る。 相手の言い成りに成れば、そうなる可能性は高く無いと思われたが。 セイルは、人質の女性を救う手立てを思い付き。
「でしょうね。 悪名高い彼等ですから・・。 ですから、その一番厄介なジェノサイダーを、結託する悪党達から切り離しては? と、思うのです」
打ち明けられたテトロザは、
「前から動いている悪党と、ジェノサイダーを…ですか?」
と。 その顔は、半信半疑と云う感じである。 何せ、相手の事が殆ど解らないからであろう。
所が、セイルは真剣な顔をテトロザに向けるままに、こう云う。
「はい。 ジェノサイダーを討てば、今度はこの事件を考える者達が、我々に対して直接出ざる得ない。 それに、ジェノサイダーさえ討てば、手下か見張りによこした悪党の尾行が出来ます。 短期決戦で、一気に事態を収拾させる策を取らないと」
テトロザも、それを聞けばセイルの意図を読めて。
「つまり…。 ジェノサイダーだけを倒し、悪党の一味は捕まえず逃して、その後を追う。 そのダシに、ジェノサイダーを態と誘き寄せて、戦いを挑むと?」
「はい。 人質を取った相手側には、此方の出方に対処する優位さが在ります。 無理をして動くより、捜査機関や襲撃した場所を見張る方が楽。 彼等も目立たないまま、此方の出方を窺う様な選択するでしょう。 此方が下手に動けば動くほどに、全てが筒抜けに成り。 況して人質を取られている以上、時間稼ぎなどの下手な小細工は通用しない。 だから、マーリさんと計って、本当に此処へ宝物に似せた物を、何でもいいですから輸送したと見せかけて下さい。 そして、相手にその情報を流して下さい」
テトロザは、誘き寄せるしかないと思いつつも。
「ですが…」
セイルは、そこで眼を鋭くして。
「もう、相手は待ちませんよ。 リオンの運ぶ首尾より先に、此方が負けたらどうする気ですかっ?!」
珍しく声が大きく成ったセイル。
テトロザも、返す言葉が出ない。
其処に、アンソニーが。
「して。 今後、我々はどうするのだ?」
セイルが、直ぐに。
「僕とアンソニー様で、マーリさんを見張ります」
「ん? “見張る”…とな」
不思議な事だと言いたげなアンソニーで。 それは、聞いているクラークやユリアも同様。
セイルは、テトロザに向くと。
「悪党の尻尾を掴むには、言伝をする時は絶好の機会。 密かに我々二人で、その悪党を逆に尾行するんです。 アジトまで行けば、それでよし。 今までは、此方が調べられる番でしたが。 今度は、逆です」
アンソニーは、危険な行為だが。 相手の内情を把握出来ると思い。
「なる程、それは妙案だ」
セイルは、更に。
「相手方の出方を少しでも盗み聞き出来れば、裏も掻けます」
と。
死んでいるアンソニーはまだ別にしても、セイルやユリアなどをダシに遣う事に気の引けるテトロザだったが。 切羽詰ったこの状態を打破出来る案が浮かばず、とにかく動くしか無いとセイルやアンソニーに言いくるめられた。
こうして、セイルの目論見通りに、マーリが変装して悪党に会いに行った後を追い。 悪党の尾行に漕ぎ着けた二人。
所が…。
あの夜。 レプレイシャスが情報を疑り、旧貴族区へ見張りを派遣した事で。 セイルは、大胆な一手を実行した。
深夜の闇を利用し、旧貴族区に向かう3人の悪党。 彼等が、見張りの立つ旧貴族区へ通じる門をどう潜るか…。 これを見届けたセイルとアンソニーは、悪党3人を捕らえた。
組織に忠誠を誓った彼等だが、アンソニーが魔法の魅惑魔術で恐怖に戦いた一人を支配して、受けた命令を聞き出した。
良く聞こえなかった彼等への命令では、明日の朝にジェノサイダーの一人が様子見に来ると…。
これを聞いたセイルは、下手な誤魔化しが効くかどうか解らなかった。 ジェノサイダーのチーム事情を、的確に把握出来て居なかったからだ。 そこで、見張りの真似をして誘き出し、捕らえようと試みた。 セイルの手応えでは、デュナウドが弱いとは思って居ない。 気を引き締めてかかれた分だけ、セイルに落ち着きが出て。 それが優位を齎したに過ぎない。
セイルは、この相手方の行動に穴を開けた。 もし、このまま手を打たずに、放置したらどう成るかと考えた。 だが、警戒されて、暴れる行為に出られる事が何より恐い。 しかも、相手方の悪党グループを統括する要が、何処に居るか解らない中だ。
(欺ける所まで、欺いてしまおう)
セイルは、ジェノサイダーを潰せるまでは、何処までも欺こうと決めた。
デュナウドの送致を任せたセイルは、アンソニーの待つ場所へと向かう。 アンソニーが来なかったのは、必然的に他に悪党の仲間が居たと云う事。 あの旧貴族区と貴族区を隔てる新旧の壁の切れ間。 そこで二人は、二手に別れて待ち伏せて居たのだから…。
壁の切れ間から貴族区に出たセイルは、互いに連絡を取り合う場所に指定された木の元に。 すると、根元に出来た虚に、手紙が在る。
ー西側の道を行くと、廃墟と成った寺院が在る。 そこで待つー
アンソニーは、馬車を追った。 もう打ち捨てられた様な古い石造寺院の在る敷地に入った馬車は、その寺院の影で隠れる。 物陰で見ていて、動く気配が無い様子から。 旧貴族区に入った者を待つのだろうと思い、 戻って、手紙を隠した。
手紙を回収したセイルは、寺院と隣り合う貴族の家の壁沿いから、迂回して隠れながら寺院へと近付いた。 寺院の敷地に入ると、闇の様な寺院の建物から、アンソニーの手が見えた。
さて。 真っ暗な寺院の中で落ち合ったセイルとアンソニー。
(遅かったな、大丈夫かい?)
と、云うアンソニーに対し。
(済みません。 捕まえるのに、少し時間が掛かりました)
と、セイルが返す。
(おぉ、捕まえたのかい? 流石だね)
(ですが、これからが博打です)
セイルは、一人で寺院の外に出ると、徐にバレバレの警戒を見せながら馬車に向かって行くのだった…。
≪イチかバチか≫
馬車でデュナウドを此処まで運んだ悪党の一味である男は、馬を操る席に隠れる様にして待っていた。 襟の高いオーバーコートで顔を隠し、炯炯とする目だけを視界に巡らす。
(遅いな…)
雪が止んだだけの曇天の空だが。 此処に来てから、随分と明るく成った気がする。
其処に。
(んっ?!)
雪を踏む音が近付いてくるのが耳に触った。 車体に隠れる様に、少しだけ顔を馬車の脇に出せば…。
(誰だ?)
覆面をした何者かが、此方に近付いて来るではないか。 しかも…。
(何だ…、見張りに行った仲間か? しかし、何という警戒の仕方だ? 周りをキョロキョロ見るだけで、自分の歩みに気を使ってる素振りも無い。 しかも、顔に覆面とな…、素人にも程が在ろうに)
その近付いてくる相手のしている事が、全て幼稚な作業と思えた男。 素人の仕草を丸出しで、全てが気に入らない。 さて、此方に近付いてくる覆面の人物が、丁度木陰に入って車体の脇に差し掛かった時。
「何者だ?」
と、男は席から雪の上に飛び降りた。
「っ?!」
ビクンと驚いたのは、覆面の相手。 踏み出した足を滑らせ、その場に腰を落としてしまったのである。
男は、覆面の人物に近付くと。
「お前…、俺達の仲間か?」
すると、覆面の人物はガクガク頷き。
「ロムズさんに・・やっ・雇われましたぁ」
語尾を恐れから上ずらせる覆面の人物。
(なんだ…、こんな部外者を雇いやがったのか?)
男は、見張りに向かった男の一人の名前が出て、何と杜撰な行動かと呆れた。 今回の仕事に関しては、極力部外者を利用しないのが鉄則。 ラヴィンとクドゥルがゴロツキを襲撃に使ったのは、完全な捨て駒と割り切ってだからである。
覆面の人物は、雪の上で座り。
「あっ・あの…。 ジェノサイダーの方から、貴方に伝言を預かってき・ききっ来ましたぁ」
男は、サディステックな目の鋭さを覆面の者に向け。
「“伝言”? そんな話は聞いてないぞ」
「そっ・それがぁ…。 昨夜ですがぁ、見張りをしていたオイラなんですがね。 少し離れたボロ屋敷で、ロズムさん達がゴーストに遭ってしまいましてぇ…」
男は、確かにモンスターが夜に出ると聞いていただけに。
「チィっ! それで?」
「はぁ・・。 先程来たジェノサイダーの方が、怪我したロズムさんと、もう一人を足手纏いだとききき・きっ・・斬りまぁしたぁ」
この話を聞いた男は、使えない様なら見張りを変えると言っていたレプレイシャスの事を思い出す。
(そうか…、その命令も受けていたか)
と、思いながら。
「一人は残ってるのか?」
「はぁい。 そ・それで、このまま…夜まで見張りを続けると仰るんでさぁ」
「…、で?」
男は、眼を細めて云えば。
「へぇっ?!」
と、オドオドした様子で聞き返す覆面の者。
「何か、変わった動きは無かったのか? 何の為の見張りだと思ってるんだ?」
と、上から高圧的な物言いで、男は覆面の者に聞く。
「へっ・へぇっ」
パッと大慌ての様子で頭を下げた覆面の者。
「きっ・昨日の夜からっ、槍を持った誰かが何人か…。 あああっ・後、確実に誰か居ますぜぇ」
「見たのか?」
「いえっ。 ですが・・、内庭の中に立つ塔型の建物に、夜に為ると薄明かりが…」
「…、お前が確かめたのか?」
「へい。 外側の建物は、内部が結構崩壊してまして。 其処は、偶に誰かが見回りに来るぐらいでさ。 ですから、その建物に忍び込んで見張ってました」
「フム。 その外側の建物とは、侵入し易い訳だな?」
「へい。 ロズムさんが言うには、北側の建物に入り易い壊れた場所が、襲撃には使い易いとか言ってました。 確かに、壁が大きく壊れてて、軽く壁を跨げば入れる場所なんすけど…」
男は、そう云う覆面の者を見つめ、少し間を置いた。
その間。
(全く、素直に事が運ばないとは…。 嘘かどうか真偽を確かめるか? だが…。 こんなド素人みたいな動きのヤツに、あのジェノサイダーの一人が負ける訳が無いだろうし…。 朝には、何やら博物館に運ばれた様だし、博物館の動きさえ見張ればいいか…)
と、思う男。 実は、昨夜に新しい交代兵士の大隊が到着した。 しかも、兵士の交代等の移動も予測されるから、アハメイルの市内に幾つか在る警備兵の駐屯地の見張りや、“核所”と呼ばれる街の政治を司る中枢を更に見張る必要が在る。 何か動きが有るなら、直ぐにジェノサイダーに動いて貰う必要が在るからだ。 だが、その見張る手が足りない。 この男も、デュナウドが戻ってアジトに帰ったなら、直ちにその見張りの応援に行く手筈だったのである。
モンスターと戦うだけの腕が在る訳でも無く。 長く待った気分の男は、見張りをデュナウドに任せようと思う。 ラヴィンとレプレイシャスに報告し、その後の采配を仰げばいいと思った。
覆面の若そうな声をした者に、男はドスの効いた声で。
「解った。 が・・、いいかっ?! お前は逃げるなよ」
と、云う。
覆面をした者は、情けない様子で土下座し。
「はっ・はいぃ。 弾みで盗みを繰り返して、此処まで逃げてきた身なんです。 金に成るなら、何でもしやすぅ。 手配書きが回ってるんで、別の国に逃げたいんでさぁっ」
その姿を見た男は、よもやまさかこの覆面の人物が、既にデュナウドを捕まえたとは思えなかった。
「・・そうか。 なら、良く聴け。 受けた仕事を放棄するなら、どんな事が有っても組織が狙う。 今回の仕事を上手くこなしたなら…、俺が組織に口利きしてやる。 どうせなら、悪党の一味に成った方が無難だぞ」
覆面の者であるセイルは、再三再四に頭を下げ。
「スンマセン、スンマセン、助かりますっ」
優越感を知り、格差を知ると、人間性の低い者は相手を見縊る。 完全にセイルの偽りを飲み込んだ男は、辺りを見回し。 そして、覆面の者を足で小突く。
「あぁっ」
雪の上に転がった覆面の者。
馬車に乗る気を見せ、動き出す男は言葉荒く。
「何時までも座ってんだっ。 早く見張りに戻れっ」
セイルは、ヨロっと態と弱々しく立ち上がり。
「へっ・へいっ」
と、頭を下げた。
馬車の運転席に登り掛けた男は、
「また後で、誰かが繋ぎ連絡を受けに来るだろう。 今夜は、寝れないと思えっ」
覆面をしたセイルは、頭を下げ下げして背を見せる。
それを見た男は、その簡単に相手へ背を向けた事が不用心過ぎて、今回の一件が終わったなら始末しようかと思った程だ。
また、別の場所でその一部始終を見ていた王子は…。
(フッ、何という迫真の演技か。 アレでは、私でも騙される)
建物の中から見ていたアンソニーも、セイルの芝居に目を見張った。 ジェノサイダーを誘い出す為に、自身を蔑ませてでもと云う気持ちが見えていた。 セイルは、唯一点に目的を見据えて進んでいた。
★
馬車を操っていた男は、暗黒街に在るアジトへと戻った。 まだ、昼に成らぬ頃で。 報告を受けたラヴィンとレプレイシャスは、互いに眼を交わす。
ラヴィンは、レプレイシャスへ。
「どうする? 誰かを差し向け、仲間の安否を確認するか?」
すると、彼は気も無さげに。
「いやぁ、いい。 どうせ夜には行くんだ。 デュナウドは俺と同じ力量だから、危なかったら逃げる位は易い。 それより、朝方に運び込まれたとか云うブツは、まだ移動させて無いのか?」
「いや、まだ無い」
レプレイシャスは、剣の柄を触りながら。
「ま、運ばれたかどうかは、デュナウドが現場を見張るからな。 真偽は、何処かで解るさ」
「…随分と楽観的だな。 敵の内情は云ったハズだが?」
レプレイシャスは、顔を見せぬラヴィンへ。
「実力は…な。 だが、此方の手の内が悟られている訳じゃ無いし、攻め込まれる雰囲気も無い。 ビクビクする必要も無いし、こっちには人質が居る。 こっちが打った先手の効力は、相手方には十分に事足りる武器だ」
ラヴィンは、そこで言葉を止めた。 人質とした女性は、別の隠れ家に監禁して在る。 太った年配の女性だが、此処に詰める悪党達やジェノサイダーの面々には、甚振りに最適なエサに近い。 非常時も考え、今は生かして置く必要が有るので、此処に置かなかった。
ラヴィンは、ロイジャー率いる悪党集団を市内へ散らばせ、必要な場所を見張らせている。 先日の夜に、ジェノサイダーに小悪党を殺させた御陰で、街に巣食う組織に与しない悪党の集団は成りを潜めて居る。 ある意味、我が物顔で隠密行動が可能ならしい。 ロイジャーの手下は、酒場などを繋ぎの場にして、素早い情報網を確立していた。
ラヴィンは、これから街を牛耳る幾つかの悪党一味の内、二つの頭目と面会をする予定だ。 脅しを掛け、手伝わせようと云う腹で在る。 ホローが死んでから、この街の暗黒街の勢力図も少々変わりつつある。 ラヴィンは、あわよくば組織に引き込もうと考えていた。
ラヴィンは、此処に詰めるロイジャーの手下を一人呼び。
「いいか、旧貴族区に行って、詳細を確かめて来るんだ。 出来れば、場所の情報をもっと深く」
ラヴィンの前に腰を屈めて進み出た中年の傷を顔に持つ悪党は、
「へい。 解りやした」
と、直ぐに出ていく。
ラヴィンは、レプレイシャスへ。
「俺は、リエルとその手下を引き連れて、そのまま深夜まで戻らん。 運び込まれた一報が入ったら、お前に任せる」
レプレイシャスは、顔を隠して物静かに佇むリエルと云う頭目をチラりと見てから。
「女とどっかに行くのか…。 いい気なもんだ」
ラヴィンは、性欲の欠片も無い言葉で。
「此処を根城にする悪党達の新参と会ってくる。 手は、多いほどにイイ」
レプレイシャスは、その魂胆を直ぐに見破る。 仲間の方に踵を返しながら。
「なぁる。 手数を増やすのと同時に、いざって時の捨て駒を確保する訳だ」
「察しがいいな」
「まぁな」
ラヴィンは、背を見せて隠れ家の片隅に帰るレプレイシャスを見るままに。
「一つ言って置くが、リエルは女でも無ければ男でも無いらしい」
これには、レプレイシャスも気に留めて振り返る。
「何だと?」
「両性具有らしい。 しかも…、顔の半分が男で、半分が女…」
レプレイシャスは、初めて聞く話で。
「おいおい、悪党の前にモンスターじゃないか?」
と、悪い口を。
ラヴィンの横に居るリエルは、ピクリともせずに居るが。 リエルの手下は、渋い表情で少し違う方に顔を動かす。
ラヴィンは、首を少しだけ動かしては、
「モンスターとは、口が悪い。 だが、下手に刺激をしないで欲しいのは、本音だ。 性的に興奮すると性格が入れ替わり、使い物に成らなく為るとか」
レプレイシャスは、リエル見ながら。
「へぇ~、…ちぃ~っと見てみたい気もするが…」
「その時は、暇な時にしてくれ。 今は男だが、女の性格に切り替わると好色に成る。 三日は相手をしないと、殺されるぞ」
レプレイシャスは、何という絶倫かと。
「三日ぁ?」
今度は、ラヴィンが外に出る素振りで振り返ると。
「そうだ。 今まで、相当数の男や女が餌食に成ってる。 女のリエルは、虐待を非常に好む快楽強行者に変わるらしい。 観たいなら、仕事を終えてからにしろ」
話を聞いたレプレイシャスは、首を竦めて。
「そりゃ~遠慮させて貰う。 まだ、死にたくないんでね」
ラヴィンは、一言。
「そうか」
と、だけ残してドアを開ける。 冷たい空気が、雪を連れて吹き込んで来た。
ラヴィンの後ろ行くリエルは、出る前にレプレイシャスをチラっとだけ見てから出る。 見られたレプレイシャスは、いい知れぬ悪寒を背に受けた。
(…異常だな。 見られた瞬間、獲物に見られた感じがしたゼ)
自身の仲間に異常者が多い分、その感性も磨かれている。 ラヴィンや他の悪党とは違う、異質的な異常者の雰囲気が見られて感じ得た。 リエルと云う頭目が、何故に頭目で居れるのか…。 その意味は、そうである事で必然と云う訳だ。
そして、ラヴィンが出て行ってから少しして。 昼が過ぎる頃に為ると、博物館から馬車二台が出たとの情報が舞い込んで来る。
決戦の場所は、確定したのである。
どうも、騎龍です^^
私的な諸事情により、更新が遅れます。
ご愛読、有難う御座います^人^