二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
そして…。
ヘンダーソン達が王都に連行された。
王都では、会話を許して自白させようとするエリウィン達が、悪党達に自決されて事を聞き出せずに困っていた処だった。
そして。 ヘンダーソンを始めとして次々と捕まった者達の取り調べが、警察役人の建物の彼方此方で始まる。
そんな中だ。
リオンと共に戻って来たポリアは、泣いたり喚いたりしながら連れて行かれるヘンダーソン達を、薄暗い建物内の廊下で見つめていながら。
「似てる…」
と、呟く。
脇に立つリオンが、
「ん? ポリア、何て言った?」
と、聞き返すと。
ポリアは、仲間の見ている前で、リオンに振り返り。
「リオン。 この犠牲の多い状況って、一昨年の暮れからシュテルハインダーの街で起こった事件と似てる」
ポリアの真剣な眼差しを、その鬼気迫る様な顔を見たリオンは、直ぐに言葉が出ない。
寧ろ、二人から2・3歩離れた場所に立つマルヴェリータが。
「そうね。 宝物を狙った事といい、被害が大きいといい、悪党達が集まってる事も似てる。 何か…権力の絡んでいそうな状況までも似てるわ」
ゲイラーは、その時はKが最終的に全てを片付けた事を思い返し。
「あの時・・、ケイは言ったよな? あの事件の先には、何処か離れた場所から続く糸が在るって…。 事件を引き起こす大元の元凶は、別の遠く離れた場所に在って。 金や権力なんかでその糸を動かしてるって…」
リオンは、ポリアを見て。
「まさか…、ヘンダーソンがその元凶とでも?」
リオンを見返すポリアは、顔を微動だにせず。
「かも。 リオン…徹底的に調べて」
ポリアやシュテルハインダーの捜査機関を通じ、北の古都で起こった事件の全容を聞いていたリオン。 確かに、ポリア達の云う事が引っ掛かった。
「ポリア、その点については、全て任せてくれ」
「うん、リオンに任せる。 ハレンツァ殿の敵も在るけど、これはもうその事だけでどうこう云う問題じゃない…。 中途半端にしないでね」
「恩に着るポリア。 それから、まだエリウィン殿の一家が安全とは云えぬ。 ポリア、済まないが…」
リオンの気持ちを察するポリアは、手を出して喋りを遮り。
「解ってる。 もう夜も遅くなってるし、私達も屋敷に戻るわ。 昨日から、グランディス・レイヴンのサーウェルス達も泊まってるから、留守を長くするつもりも無いわ」
リオンは、心強いチームが此処に居たと思い出し。
「そうか。 サーウェルス達に、俺から宜しくと伝えてくれ」
「うん」
ポリア達一行は、冬の王都らしい雪の中を、馬車に乗り込んで帰って行く。
リオンは、この一連の事件が何処まで波及し、どういった事件が炙り出されるか。 その事に徹底した調査をしようとする決意を胸に、兄トリッシュを始めとした者達が不眠不休で働く王宮へと戻った。
この一連の裁きや事実の解明は、Kとポリアが共に解決した古都の大事件に繋がる。 故に、全ての決着は、その事件の解決を描いた上で、最後に書き著したいと思う。
今回の主役へと、その話の場面を移行しよう。
≪追い詰められたセイルが用意するのは…≫
世界で最も領土の大きいフラストマド大王国。 その国内でも、二つの大都市で巻き起こる事件。
アハメイルでは、被害を最小限に食い止められた事で、朝には騒ぎを収拾出来た。 テトロザが先ずはと、セイル達の隠れ住む古城に駆け付けたのは、襲撃を受けてから少し経った昼前。 海から吹く風が、湿った空気を運び。 大陸に蟠る寒気の影響で、アハメイルに大雪を降らせる頃だった。
その旧き昔には、マーリの一族が住んでいた古城の中央。 塔の形をした建物内にて、知らせを受けたセイル達。 博物館が襲撃を受けたりして犠牲が多く出た事に、ユリアは泣いて蹲る。
アンソニーとクラークは、椅子に座ってテトロザと向き合うセイルの後方に立って聞いていた。
「…と、こうゆう現状で御座います」
セイルは、テトロザから説明を受け。 普段は優しい笑みを湛える美しい表情が、今は感情を亡くしたかの様な面持ちで在る。 俯くままに、
「そうですか…。 やっぱり、出る処に出るしか無いみたいですね」
と、云うので。 テトロザは、セイルに返す様に。
「と…、申しますと?」
セイルは、悪党達が残した置き手紙を手にしていて。
「下手に時間稼ぎをすれば、相手も何をし出すか解りません。 ですから、決着を着けるんです」
そう言ったセイルを見るテトロザは、よもやまさかと思い。
「セイル様、まさかあの悪党達と戦うつもりで御座いますかっ?」
セイルは、残された手紙と事態を踏まえ。
「しか、ないです」
この一言を聞くテトロザは、あまりの事に口を噤んだ。
悪党達が残した手紙には、宝物を引き渡さないと破壊行為を行うと書いて有った。 しかも、残虐行為に於いては、世界でも指折りの定評が有る“ジェノサイダー”の名前で。 このチームは、過去に幾度と破壊行為で大火災を起こしたり、惨殺行為に及んだりと悪名高い。 言った以上、必ず行為に及ぶ確信が持てる相手だった。
しかも、相手方は人質を取った。 その事実を確認すべく、セイル達が泊まっていた宿に行けば、昼間から見えない者が居ると云う。 その者とは、シンシアの下に付いて、使用人やメイド達を仕切り回す使用人の長に就く女性だった。
実は、この使用人達の長に居座る女性とは、男爵の娘に成り。 年齢としては、シンシアなどより5つは上に成る。 非常に上下に厳しい女性ながら、顔を分けて遣うのが上手で。 シンシアに・・と云うより、エメラルダの一族に取り入って居る。 痩せる前のシンシア同様にふくよかな体型の彼女は、アンソニーが消えてから塞ぎ込みがちで表に出ないシンシアの代わりを勤め。 偉そうにいい気に成っていた訳だ。
だが。
その女性がシンシアの代理として、港に貴族を迎えに行く途中で、突然に行方不明に成った。 それが、襲撃の起こった日の昼間の事である。
テトロザが密かに確かめれば、急に姿が消えた女性の事で、エメラルダの周囲は騒ぎに成っていた。 その消えた女性と同行する形でで、彼女を港まで乗せて行った馬車と。 その馬車を操る御者や、女性に付き従った男手までが消えていたからだ。
置き手紙には、宝物を運んだセイル達と親しい女性を誘拐したとの事なので。 この誘拐は、人を間違えての誘拐に成る。 本当の事を知らないままのシンシアは、優れない体を押して働き。 消えた彼女の捜索に、この忙しい中で働き手を割いて向けているとか。
テトロザから全てを聞いたセイルの決断は、早かった。 ジェノサイダーと直接戦う腹を決め、テトロザにこれから動いて貰いたい行動の旨を伝え。 テトロザとセイルの作戦会議が始まった。
テトロザとしても、迂闊に表立っては動けない。 変に兵士を動かした大掛かりな捜査で、街を虱潰しに調べて回る事をしうるなら。 人質の命は亡き者となり、この年末の賑わいを見せる街で暴れ回り、破壊をすると書いてある。 手紙の内容から、もう事態は切羽詰ったものと成ったと判断。したテトロザは、セイルと綿密な打ち合わせをした上で、一人で出ていった。
兵士数名が見る中。 塔型の建物の1階に居るセイル達は、リーダーである若者の周りに集まって居る。
セイルの左脇後方に佇むアンソニーが、自身の手を握り見て。
「どんな相手でも倒す。 王国と市民、そしてシンシアに対する驚異は、どんな事が有っても排除したい。 それに、私の持つ物に纏わる悪意など、此処で潰さなければ先の旅は出来ぬ」
と、云えば。
セイルの右脇後方に立つクラークも、自身の槍を見て。
「あの悪辣非道なジェノサイダーと関わって、このままのさばらすなど、このワシのプライドが許しませぬ。 戦うと云うなら、全てを一念に賭けましょう」
と、覚悟を見せた。
セイルの前には、薄暗い中でユリアが立っている。
「セイル・・負けたくない。 これ以上の犠牲は、要らないよ」
強気の彼女が目を赤く腫らせて、云う声を震わせている。 犠牲が出た上に、シンシアの身の回り、マーリの身の回りに危険が襲った事に対しての感情が、この言葉や顔に集約されている。
セイルは、ユリアの手を貰って。
「ユリアちゃん。 ・・一回で決めるから、頑張ってね。 人を相手に戦うけど、手加減は無理だよ」
「うん。 大丈夫…、悪いヤツなんかに・・やられたくないから」
今のユリアの肩に、珍しく精霊が居ない。 ユリアが出現を嫌がったのかも知れない。
セイルは、もう行動の順序を決めていた。
ユリアから手を離すと、
「アンソニー様。 此処は、ユリアちゃんとクラークさんに任せて。 明日には、マーリさんが仲間を連れて来るでしょうから。 作戦を行う上でも、我々は詰めに…」
と、立ち上がる。
アンソニーは、目に魔力を薄っすらと浮かべ。
「失敗は許されぬ。 だが、君の様な策士が仲間とは心強い。 この計画、必ず成功に導こう」
殆どがモンスターに堕ちて、心だけが人で在るアンソニー。 その妖しくも畏怖すら呼ぶ姿には、兵士達が怯えた程で在った…。
★
雪が強くなり。 例年以上にアハメイルの街を白くする。
襲撃を受けたマーリは、執事のヘレーニム以下、戦えない使用人やメイドを軍部に移動させた。 その上で、古くから仕える剣術に秀でた用人3人を指揮に据え。 動ける者だけで、警備隊を組織した。 夕方には、冒険者のチーム4チームも警備隊に加わったのだが。 その中には、新しく金で雇った冒険者チームが2チーム。 その一組は何と、あの高飛車なアジェンテと云う女性冒険者の率いるサルヴァートゥーレの一団だった。
少し時を戻した昼過ぎ。 斡旋所にチームの要請をしに向かった用人と共に、マーリの元に彼女等が来た事にマーリが驚いた。 金を積んだ事より、この大騒動に興味を惹かれた彼等が、我先に警備を引き受けてくれたとか。
博物館の応接室にて、ソファーに座っていたマーリがアジェンテを見て。
「アジェンテ? どうしたのぉっ?!」
と、驚く声を出す。 何故なら、同じ学者で強気な性格も似るアジェンテとマーリは、距離を置いていた。
その理由は、まだお互いが20歳前後の頃に。 遺跡調査の名目でマーリの雇ったチームに、同行したいが為にとリーダーへ色香を使って加盟させたアジェンテが居て。 その後の旅先で、マーリとアジェンテは幾度も大喧嘩した経緯が在る。 とにかく発見の手柄や、収入品の権利を、あの手この手で手に入れようとしたアジェンテ。 元々の契約は、全て情報を集めて捜索費用を負担するマーリに、発見しうる物品の所有権は全て預ける筈だったのだ。 仕事の契約内容を聞きもしなかったアジェンテは、駆け出しで功を焦っていた。
この仕事の中で、アジェンテの我儘から強いモンスターを目覚めさせ。 戦って勝ったはいいが、大怪我をしたマーリ他冒険者達。
この決着は、アジェンテの除名は勿論だが。 斡旋所から、冒険者のリーダーに厳しい罰が与えられた。
アジェンテは、この一件以後も色香を武器にしたが。 自分がリーダーをしないと気が済まなく成り。 マーリもまた、信頼の出来る仲間を持つ事に気を傾ける様に成る。
そんなこんな事が在り。 それ以来、どうも顔を合わせても会話に至らない間柄の二人だった。
さて。
タイトで短い皮製のスカートを穿き。 ミンクか何かの動物の毛が、襟首周りから腹辺りまで着いているロングコートに身を包む学者アジェンテ。 派手な出で立ちで仲間を引き連れる彼女は、マーリを見返し。
「随分と物騒な事件に巻き込まれてるじゃないかい。 事件の内容が知りたくてね、こうして参上したまでよ」
喧嘩した頃に比べて、随分と大人に成ったマーリだ。 直ぐに顔を冷静に戻し。
「アジェンテ…、下手したら死ぬわよ?」
と。
コートの裾から生足を魅せるアジェンテは、腕組みしてソファーに座るマーリを見下ろし。
「内輪で物騒を抱え込んだのかい? アンタがそんな覚悟を顔に出すなんて…、よっぽどだろう?」
マーリは、隠す必要の無い部分だと。
「事件の裏には、世界的に大きな犯罪組織が関わってるわ。 事件の中身は、国を揺るがしかねない事。 決着が着く2・3日だけ、手を貸して貰える?」
マーリが神妙にこう言った事で、アジェンテも真顔に。
「話だと、この施設を警備するんだろ?」
「そうよ。 不本意だけど、私、明日は仲間と此処を留守にするわ。 だからアジェンテ達は、いざって時は主力に成るわよ」
襲撃を受けた主が、博物館を留守にするとは聞捨て成らないアジェンテ。
「此処を留守って? 何処に行くんだい?」
「貴族としての体裁を繕う所よ。 大きな事件まで起きたから、出ない訳には行かないの。 一応、これでも当主だから」
マーリの眼と、アジェンテの眼が噛み合った。
「…。 もし、アタシ達が仕事を断ったら?」
と、アジェンテが揺さぶれば…。
「そうね。 もう一度斡旋所に遣いを出すわ。 この対応や話の内容に、嘘偽りは無いから」
と、マーリはサラリと言ってよこす。
アジェンテは、マーリを瞳に入れて動かさず見守った。
マーリは、冷静な態度に終始し。 アジェンテに何を臭わす態度も見せない。
アジェンテは、普段に会えば自分を遠ざけるマーリの様子が、今は見えないと思い。 これは、嘘じゃないと判断して。
「・・ん。 引き受けよう。 3日と云えば、丁度年末最後の日。 仕事が終わった後は、貴族の持て成しでもして貰おうか?」
その偉そうな要求を聞いたマーリは、笑みで頷き。
「いいわよ。 事無きで終えたら、仕事に関わった冒険者の全員を泊めて、此処でパーティー開いてあげる」
アジェンテは、マーリの眼を見たままに。
「なら、お互いに無事で終えたいものだな」
と、言えば。
「そうね。 何度も襲撃なんて受けたくないわ」
と、マーリが苦笑いを返す。
マーリの仲間で在る女性の僧侶が、アジェンテ達に博物館の裏に広がるトイレや寝る場所を案内する頃。 マーリは、テトロザからの手紙を受け取っていた。 応接室にて、手紙の内容を見たマーリは、薄く眼を閉じ。 物思いに堕ちた。
………。
事が、一般人を大きく巻き込んで大事に成った。 犯人を捜し出したい処の軍部や警察局部なれど、それをすれば今度は無差別で死人が出る事に成るだろう。
恐らく、軍部はもう見張られている。
セイル達、そしてテトロザが席を軍部も悩む。 犠牲を払うか、悪党に屈服するか、この二者択一を迫られている。 マーリが眼を通した手紙に書き込まれた内容は、唯一その二者択一の選択肢に、第三の選択肢を捩じ込む方法だと思った。
(仕方無いわね)
ここまで来た以上、それなりの犠牲や危険と云う代償は何処かで払う必要が在る。 それならば、最小限で発端と成った者が払うのが筋と言えよう。
マーリは、殆ど寝ていない中、気持ちを引き締めて仲間の冒険者を呼びに向かった。
≪選んだ選択肢では無く。 強引に作った選択肢≫
襲撃の噂が広がる街中に、深々と雪が降る。
物騒な事件が有った文化区域から、馬車で行くこと少し。 離れた商業区での酒場では、その襲撃話が持ち切りで。 少しでも詳しい噂を持つ者が、“奢り”と云う旨い汁が吸える様子が見えた。 ゴロツキに近い者、炙れた冒険者、裏事情を聞き込んだ者など、金や酒に変えて勝手なことを言い触らす。
また、外の往来を行き交う人混みの中で、金持ちや貴族が偉そうに闊歩し。 事件の噂を話し合っては、まるで遠く離れた国で起こった事をさも怖がる様な。 軍部が犠牲を最小限に抑えた事で、噂だけが売り回られ。 その往来を見るに、賑わいが衰えている様子は無かった。
だが。
酒場が、普段より夜遅くまで最高潮を保つ頃。 商業区の中程で、暗黒街にも近い通りを歩く者が一人。
この者、黒いマントともローブとも見て取れる服をスッポリと被り、面体は判らない。 だが、店から洩れる灯りも殆どない路地を、一人で行く。 この暗黒街周辺に成る場所に一人で来たのなら、中々の度胸と云えるだろう。 フードの上や肩に雪を乗せ、周りを見ずに建物の間を抜ける道を行くこの者は、一体…。
さて。 この何者か、石で出来た階段を数段上り、つづら折りに成る短い坂道を行き。 港沿いへ向かう急な坂道の上に架けられた石橋の上に着た。
すると…。
「ほぉ~、ノコノコと来るとはねぇ~。 軍部ってのも、案外脅しに弱い様だ」
言葉端をいい加減な口調で締める、聞くに荒くれた雰囲気を窺わせる男の声。 この声の主は、橋の向こう側の物陰から現れた。 月明かりも無い闇の中、出て来た男の声をした者も、やって来た黒い姿の何者かも、互いに灯りを持ち合わせない。
すると、黒い衣服をすっぽり被った人物が。
「宝物の在処は、博物館では無い。 博物館の持ち主で在る一族が嘗て住んでいた古き古城に、明日の昼に運び込むと云う事だ」
と、言う。 その声、どうやら女声である。 少し篭っているが、中々上品な声音の女性と思えた。
橋の中腹に進み出た男の方が、
(おいおい、いい声した女だぜっ?!)
と、卑しい妄想を働かせようとする時。 黒い衣服の何者かは、そこで踵を返し。
「約束通り、軍部にはこの事を伏せて在る。 だが、これだけは言って置くそうだ。 あの宝物の中に、貴様達が望む物は何もない。 只の、王子縁の品が在るだけだと…」
その黒い衣服の者に、興奮し出した男は狙いを定め。
「へっ、それは見るまで解らなねぇ~さ。 さ、俺と此方に来いよ]
と、歩み寄った。
処が。 黒い衣服を着た者は、サッと雪の積もる前の方に飛び退き。
「阿呆。 私は、言伝を伝えに来ただけだ。 何で貴様の様な者に、見す見す拐かされなければ成らんのだ?」
この態度に、現れた男はいきり立ち。
「お前ぇっ、俺の言う事が聞けないってのかぁっ?!」
と、鋭い声を出す。
だが、相手の黒い衣服の人物は、逆に冷めた口調で。
「フン。 お前の様な輩が来ると、向こうも読んで居たのだろう。 だから、金で私を雇った上に、下らん言伝を頼んだのだ。 私は、約束を果たすまで。 お前が何を言おうが、関係無い」
と、取り付く島も無い程にキッパリと言い切る。
これに、男は更なる苛立ちを強め。
「このアマぁぁっ! お前が云う事を聞かないならっ、生かして在るババァをブッ殺すぞっ?!! それでもイイのかぁっ?! あぁっ?!」
ある意味この様な脅しなど、誰の目から見ても下らないに程が在る。 この男、勝手にペラペラと良くも喋れるものだ。
しかし、それでも黒い衣服の女性は背を返し。
「私は、仕事をしに来ただけだ。 お前が何をしようが、それは雇い主の貴族と交渉するがいい」
男は、去ろうとする相手の捨て台詞に驚き。
「何だとぉっ?! おっ・おいっ、待てっ?!」
だが、女性は歩き始め、折り重なる様な道を歩きながら。
「どうやら、誰かを既に拐かして居る様だな? 何とも卑劣な…。 お前の様な輩が犯人の一部では、そのババァとやらも長生きは出来まい。 これからまた会う雇い主には、折れて言い成りに為る必要が在るかとでも報告して置くか」
と、言いながら坂道前の階段に着き。 そこで歩を止め、橋の上の男を見上げる黒い衣服の女性で。
「精々、後は気を付けるんだな。 お前の様な者など、サッサと役人に捕まるといい」
と、橋の上の男に言葉を残し。 来た道の方に向かって階段を降りる。
「あっ、おい待てっ」
女性の後を追おうとした男だが、橋を行き過ぎた所で歩を止める。
「クソっ!! 本人が来ると思ったのにぃっ、声は似てるが別人かよっ!」
この男。 マーリの周辺を探っていた悪党の一人で、マーリとその仲間の事も調べ上げる役目をしていた。 マーリの容姿も知っていれば、その仲間で若い僧侶の女性も見ていた。 歳相応の女性らしさがそれぞれに在り、男の欲情を滾らせて見ていた訳だが。 今夜か、明日か。 此処に来るのは、マーリだと予想していた。 残した手紙には、彼女を指名したからだ。
だが、それは違った。 男の目から見ても、来たのは雇われた何者かだ。 人質のことに関しても、何の躊躇いも見せず。 また、事態の行方に、大した憂いも懐いて居ない様に見えたからだ。
処が…。
いや、違っていない。 実は、確かに今の人物はマーリなのだ。 少し距離を離した物陰に、彼女の仲間が隠れて見守っていただけで。 彼女は単身で、指定の呼び出された場所に来ていたのだ。 今の遣り取りは、セイルの指示であり。 間近でマーリの声を聴いた事も無い悪党に、声音を変えたマーリの声が、彼女の普段の声と結び付く直感力が無かっただけだ。
しかし、目の前に来た女性を逃した彼にも、大事な仕事は在る。 脅迫した相手から聞いた意思を、ラヴィンの居る場所に運ぶと言う役目だ。
姿を偽ったマーリを追わず、この男は暗黒街の方に歩き出す。 無論、辺りに気を配り、気配を十分に窺いながら…。
しかし、用心をしている男を追う影が在る。
一つは、暗い空中を跳ぶ様に動く建物の屋根に。
もう一つは…。 後ろを特に警戒して、建物の物陰に隠れたりする男の前方。 一定の距離を置き、待ち伏せする様に。 この尾行は、プロや上級者のする遣り方である。 相手が何処に行くか見当も付いていない中で、この様な尾行の遣り方は得策では無い。
だが。 尾行を警戒する男は、頻りに後ろを警戒している。 彼の脳裏には、覆面をしたマーリの残した先程の言葉が残ってしまって居たのか。 それとも、“尾行”が後ろからするだけのものとでも思っているのか…。
雪が降る暗夜は、暗躍には格好の条件と云える。
男は、二つの影が尾行する事も気付かず、暗黒街のアジトまで行ったのである。
★
ジェノサイダー達が隠れる、あの石造の廃屋屋敷。 其処には、各悪党一味達の手下共、10数人足らずも一緒に屯する。
その屋敷入口が開かれ、雪を頭に載せた男が入ってきた。 麻布のマントに、みすぼらしい衣服を重ね着した服装で。 旅人の姿にも似ているが、男の顔は、何とも嫌な目付きに汚い皮膚が印象的な悪党面である。
雪を払うその男に、只だだっ広い部屋の処々で屯していた者達が集まって来た。
「おい、ノノス。 守備はどうだった? 泡良くば…現場に来た女を連れて来る気だったんだろ?」
“ノノス”と呼ばれた男は、雪に濡れた栗色の癖っ毛を掻き上げながら。
「それが駄目だった。 あの貴族女め、要件を他人に言伝する様に頼んだみたいでさ。 一応来たのは、声からして冒険者の女らしいが…。 ありゃ~結構ウデが達つ。 下手に手を掛けたら、斬り付けられたかも知れねぇ」
ずんぐりむっくりの小太りな悪党が、
「なっさけねぇ~なぁ」
と、云うが。
「おいおい、俺は、ラヴィン様に頼まれてんだ。 それが無けりゃ~言伝に来た女を尾行してたさ」
不毛な悪党同士の会話が続こうと云う雰囲気の中で、後から来たレプレイシャスが。
「ラヴィンは、別の隠れ家の下見に行った。 要件は、俺が聞こうか。 相手の出方は?」
と。
ノノスと云う男は、悪党達と共にレプレイシャスに向いた。
元貴族らしいこのレプレイシャスは、所々に綻びや汚れの見える黒いピアリッジコートを着る。 赤い皮のベルトで留める腰回りには、長剣の他にダガーなども射し込まれていた。 鎧や子腰当てなどを脱いで居るが、背も高いから威圧感が在る。
ノノスは、少し警戒の色を顔に浮かべながらも。
「イイぜ。 どうせ、ブツの在る場所へ踏み込むのは、アンタ達が主だからな」
と、前に進み出る。
ラヴィンは、事が大事に成るだけに、どうしても逃げる時の為に強行が出来る部隊を温存したかったらしい。 クドゥルの率いる部隊は、装備も揃って腕もある。 例え兵隊相手でも、一個師団など大部隊を相手にしなければ、戦って即座に全滅に至らない。 ある意味、逃げる時程気を遣う。 ラヴィンは、逃げる時の切り札を残したかったのだ。
ラヴィンの思惑を叶えるには、このレプレイシャス率いるジェノサイダーが必要不可欠で。 戦に発展しない間は、彼等が強行的な行動の全てを行うと決めて在った。
ノノスから話を聞いたレプレイシャスは、
「あ? その屋敷だかって、誰かが一度見たって聞いたが?」
と。 一応、今までの細かな経緯は、ラヴィンと一緒に全て聞いた彼だ。 一度、斥候の役目を受けた悪党が、その旧貴族区に在るマーリの一族所有の城だか屋敷を見たと。
ノノスは、
「俺の仲間が行った。 只、今夜の話では、“運び込む”と」
レプレイシャスは、明日の昼に運び込むと云ったので。
「ふぅ~ん。 襲撃したデケェ~博物館に無くで、明日に話の場所へ運び込む…。 話のツジツマを縫い合わせりゃ、今は何処かに隠してる訳だ。 その~、何とか王子の宝物とやらは?」
「多分は…」
レプレイシャスは、随分と筋書きが出来てる話だと思い。
「なぁ~んか、その話が気に入らねぇ~。 これからでもいい。 その旧貴族区の指定場所に、誰かを張らせろ。 もしかしたら、罠を張ってるかも知れないぞ」
ノノスは、有り得ない事でも無いと。
「あぁ。 これから、一度見に行った事のあるヤツが交代で来るから。 ソイツと一緒に誰か行かせる。 旧貴族区は、夜にはモンスターも出るって噂の場所だからな。 冒険者でも無い奴を、一人では行かせられない」
レプレイシャスは、何とも渋い表情を見せ。
「まぁ~ったく、悪党も唯の人って訳だ」
と、憎まれ口を。
ジェノサイダーの他の面々は、暇さえ有れば寝ている。 起きているのは、レプレイシャスと面体の解らないレイと云う人物だけだ。 その顔を覆面で隠すレイは、隅からその一部始終を見ている。 ジェノサイダーの面々の中で、一番得体の知れない人物であった。
所が、此処でもう一人、ジェノサイダーの面子が眼を覚ます。 切れ長の目に、細い顔。 鼻から上を見れば、中々のイイ男面なのだが…。 鼻は、左肩上がりの豚鼻。 口は、尖った感じで、顎が人一倍長くしゃくれているのだ。 このひと度見れば、早々には忘れない顔立ちをしているのが、魔想魔術師のサロペン。 冒険者だったが、魔法を人に遣う事に躊躇いが薄く。 この道に自分から望んで堕ちた人物だ。
レプレイシャスは、頭を掻きながら。
「サロペン、まだ寝てていいぞ?」
と、云うのに対し。 身を立たせ、悪党達の集まる方に歩き出すサロペンは…。
「目が覚める…。 なんか、あまり遠くない所に、死霊モンスターが居る様な気配がする」
と。
レプレイシャスは、人の多い街の中心だと思って。
「おいおい。 2・3日前にそこで殺した三下が、もうゴーストにでも成ったとか言わないよな?」
だが、天井を見上げるサロペンは、眉を潜めては不気味がり。
「そんな弱いモンスターの気配じゃない様な…。 この辺の近くに、ヘイトスポットでも在るんと違うか?」
「バカ云え。 こんな街中でヘイトスポットが有ったら、それこそ大騒ぎだ。 暗黒街の悪党共が、蜘蛛の子散らすみたいに逃げ惑う」
サロペンは、屋敷の周囲に蟠る気味の悪い気配に、気まずい顔を浮かべて水を飲みに右隅へ。
レプレイシャスは、サロペンの感覚に間違いも少ないので、外に出て見ようと。
すると…。
「う゛ぅ~、寒っ!」
「酒くれ」
と、4・5人の悪党達が入ってくる。
こうなると見張りが先だと、レプレイシャスは外に出るのを止める。
それから少しして…。
旧貴族区に、見張りをするためにと出ていった3人の悪党達。 その3人の後を、また影が尾行し始めたのだった。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^