二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
≪加速度的に終焉へ向かう結末の糸…≫
朝方。 極夜の朝が夜を引き伸ばす頃。 闇に紛れ、静かに行進する一団が、貴族区と住居区の境に伸びる道を行く。
「ご苦労さまです」
その一団を率いる者とすれ違う時、敬礼をしたのは巡回の警備兵4人。
「うむ。 ご苦労」
小さい声でそう返すのは、10名前後の兵士と、一人の上級兵士の副官を従えた騎士の男性で在った。 フルフェイスも可能な、プレートスーツメイルと呼ばれる全身鎧を着る重装備指揮官の騎士。 その騎士が、普通なら兵士を連れて歩き回る時間帯では無い。 だが、昨日に起こった誘拐事件は劇的で、しかも噂が一気に広まった。 その一件の御陰で、巡回の兵士達も“何事か”を尋ねる事もない。
だが。
この騎士の率いる兵士の小隊は、他に3方からも一点を目指して進んでいたのだ。
騎士達が目指すのは、或る家である。
この騎士達の動きを、運命的に見付けれた者が居る。 それは、ヘンダーソンの元に寄り道したモジューロゥ達数名の悪党だ。 昨夜から、モジューロゥの手下30名弱が隠れ家のあの屋敷に集まっていた。 斥候役や武装部隊も全員を呼び寄せたのは、モジューロゥが今後をどうするか伝える為だ。 御者から宝物の在処を聞き出せたなら、強引にでも身を隠す事を進言する部下も多かったが故の指示である。
しかし、それがリオン達捜査する側に利益を齎した。 王都の彼方此方に散っていた悪党達を一箇所に集めた事に相当し。 一網打尽出来る絶好の機会を与えたのだから。
処がまた、寄り道したモジューロゥが騎士の一団を見掛ける事で、逃げる事を最優先にしろと彼に教える事にも成る。
夜道をコソコソと道を選び、隠れ家に戻る途中のモジューロゥとその手下数人。 曲がる予定の道を、10人以上の金属の具足を付けた者達が行く足音が行くのに驚いた。
(隠れろっ!!)
杖の代わりである木の棒を持ったまま、邸宅を取り囲む石塀に身を寄せたモジューロゥであり。 彼に代わって、先の通りの交わる場所に忍び足で向かう手下。
こっそり見に行った手下がモジューロゥの元に戻るなり、兵士と騎士の一団らしいと告げた時。 暗い中でモジューロゥは云った。
「にっ・逃げるぞっ!」
仲間をどうするのかと驚く手下達だが、モジューロゥは気付いた。
そう。 捜査の手が広範囲に及ぶなら、先ず見つかるとするなら老人の元から戻る自分達だ。 多くの巡回警備兵と接触を迫られる。 だが、今の見掛けた一団は、巡回警備する兵士達は違い、明らかに何処かに向かっている。 此方に捜査の手が伸びる形で、兵士が向かう場所は一箇所しか考えられない。 そう、自分達の潜む家である。
引き摺る足も忘れる様な慌て様のモジューロゥは、ラヴィンと合流して策を練ろうと云うのだ。
「カシラっ、仲間を全部見捨てるんですかっ?」
「そうですよっ。 暴れて逃げましょうゼっ」
雪の敷き詰まった通り上で交わされる押し殺した声での会話は、白い息が黒く伸びて冷え込みの厳しさを物語る。
だが、モジューロゥは、両目をギラギラと光らせ。
「馬鹿野郎っ」
と、一人の胸ぐらを掴んだ。 ナイフなどの装備がマントの下で動き、小さな音を立てる。
手下の男は、目だけ見える自分をこれ以上無い程に睨むモジューロゥに怯えた。
今にも彼を殺しをしそうな程に怒りを募らせた感情的な目で、手下を睨むモジュ-ロゥは云った。
「お前ぇぇっ、現場にリオンや騎士の大隊が来てたら全滅だぞっ?! 勝って逃げ切れる可能性がっ、包囲された状態でどう在るんだっ?! あぁっ?!!」
「しっ・しししかしっ・・」
言う手下の話を途中で封じる様に、モジューロゥは強く踏み込んで揺らすと。
「ウルセェっ!! 俺達が此処で全滅したらっ、アハメイルに誰も知らせないままに手が向くぞっ!!!! ラヴィンやあのジェノサイダー達を含め、集まった野郎どもが殲滅させられるっ!! 今回の召集は失敗が許されねぇっ!!!! お前っ、集まった悪党を板挟みで全滅させるつもりかぁっ!!!!!」
押し殺してはいる声だが、力が入って返って掠れる。 手下達は、モジューロゥがもう憶病風に吹かれたのだと思う。
背後に立つ一人が、
「それでも頭目かぁっ!!!」
と、声を荒らげた。
モジューロゥは、背後の手下をに脇目の睨み目を向け。
「とにかくっ、俺一人だけでも生き残るのが先決だぁっ!。 今を逃げなきゃ、どの道召集された悪党全員が口封じに皆殺しに成るっ」
その一言を合図に、遂にモジューロゥの日頃からの横暴や専横に嫌気がさしていた手下共の我慢が、限界に向かって舵を切った。 モジューロゥの言い方が悪かった部分もあろうし。 手下達は、今回の召集の意味を秘密にされていた為に、さほど深い意味まで把握して居なかった所為もあるだろう。
モジューロゥの左手後ろに居た一人の手下が、
「アンタは元々余所者だからそう云えるんだっ!!! 俺達はっ、前の親分の頃から一緒に危ない橋を渡って来た仲間だぞっ?!! そんな簡単に見捨てれるかぁっ?!!」
と、云えば。 モジューロゥが胸ぐらを掴む者も。
「そうだっ!!」
と、モジューロゥの手を払い退ける。
「テメェ等っ」
モジューロゥが怒りに身を任せて、得物をチラ付かせようと鎌の柄を握ると。 仲間を助けたいからと、手下の者の一人がダガーを抜くと。 他の者共も次々とモジューロゥへと刃を抜いた。
「なぁっ?! おっお前等っ?!」
奇妙な誤解が生じ、孤立したモジューロゥが驚く。
モジューロゥが窮地に立つ。
その頃…。
リオンの率いた一団が南方から来る。 先に着いた3組の小隊は、モジューロゥ達が潜む家を取り囲んでいた。
(準備は良いか?)
一気に攻め込む前に、リオンが3方の騎士を集めて確認を取る。 了解して散る騎士達。
リオンは、自分の率いた隊の副官として付いて来た中年の騎士に向け。
「私が先に単身で踏み込む。 聞いた処。 家に踏み込める入口は、低い掘り下げられた一階部分に、表裏の二つ。 後は、二階の裏手に造られた浮き橋からの勝手口のみ。 窓はどれも小さく、踏み込むのに合う入口では無い」
と、確認をすれば、副官の騎士が頷いて。
「はい」
「私が二階部分の勝手口から侵入する故。 その騒ぎでの混乱を上手く使って忍び寄れ。 恐らく、私の登場で、誘拐された母子は人質に立てられよう。 二階に悪党どもが集まったなら、一気に下から攻め込むのだ」
騎士の男性は、緊張の面持ちで。
「誘拐された御者の二人は、強行に突入して大事に成りませぬか?」
すると、リオンも眉に力の篭る目で見返し。
「慌てさせる事に終始を得れば、相手方も人質と言う利用価値から処断に至る判断が鈍る筈。 一気に私が捨て身で斬り込む。 此処で悪党達を殲滅する心を持て」
と、念を押した。
騎士の男性は、リオンが覚悟の一念を秘めていると解って。
「はっ。 では、一命を賭して当たります」
「うむ。 誠に切羽詰った任務で済まない」
「いえ。 このような大事、騎士に成ったからには当然に事。 寧ろ、王子と任務を共に出来る事を光栄に思います。 御者の親子は、殺される前に助けましょう」
「よし。 ならば、配置についてくれい」
「は」
クシャナディースとヘンダーソンが訪れていたこの家は、郊外の僻地の様な場所を整地して建てられた家だった。 石垣を積んで造られた一段高く造られた一階部分が、凹んだ地面に埋没し、通りから一階へと坂道の入口が作られている。 距離も差ほどに無く、城塞を担う高い壁に向けた屏を家の背後に持つ。 屏に登る専用の階段も近い為か、家の裏手には固められた高い通りが有るのだ。 そしてその通りから、5歩程の石造の橋が家の二階部分に伸びるのだ。
リオンは、灯りが窓から漏れる二階か三階に、人質の二人が居る可能性が強いと斥候の兵士から聴き。 王都に騒ぎが散らばる前に、急襲して一気に潰そうと決めた。
決意を秘めたリオンの行動は早かった。 一人で裏手の高い通りから回って、雪がチラチラと見える中で家の二階に通じる橋を渡る。
小雪がチラチラとまた風を伴って落ちる中、王都に働きに出る人の姿がチラホラと見え出し。 朝一で開かれる競りや市場の準備なども始まる頃であった。
或る伯爵家の前に伸びる通りの上で、モジューロゥが手下を相手に囲まれ刺される時。 朝方の静寂を破って、リオンが二階の裏口を蹴破って中に入った。
リオンの方は、短期決戦の様相に入り、鮮やかな手際とも思える運びだった。
「悪党共っ、我はリオン。 人質の親子を解放し、神妙にいたせっ!!」
その一声を放って、慌ててダガーや長剣を手に迫ってくる悪党達を斬り伏せる。
急な襲撃を受け、モジューロゥと言う指揮官を欠いた悪党達は、リオンの登場に混乱の極みに達した。 予想される通り、人質の親子を盾にしようとしたのだが。 瀕死に近い程まで御者を甚振り、高齢の母親もまた意識不明の様子。 人質として盾にするにも、動かすに楽では無く。 リオンが3階に駆け上がるまで脅せなかった悪党達。 リオンが3階に上がって親子を見つける頃には、騎士と兵士の部隊が出口を塞いで家に雪崩込んだ後であり。 30余名の悪党達の7割が討ち取られた後である。
家で湧き上がった怒号の嵐に、周辺の家の者も飛び起きた。
だが、その人集りが出来上がる頃には、御者の親子は救出された。 状況の判断が付かず、狼狽えるままに人質を盾にした悪党達は、親子を殺して良いのか判断が出来なかったのだ。 その状態をリオンに見透かされ、斬り込まれたのである。 リオンの捨て身とも云える豪胆な突撃で、親子の周りから引き離された悪党達。 騎士と兵士の圧倒的な圧力に屈し、殲滅されてしまったのだった。
商人達や、その手代で目利き達が競りに望む頃。 逃げ惑い、ヘンダーソンの屋敷へと戻ろうとしたモジューロゥが路上で殺され。 人質と成った親子が救出された。
たった数名だが、捕らえた悪党達の詮議。 頭目が見当たらないので、、街中に悪党達の残党探しを行う捜索隊が急遽組まれた。 一般の家庭が目を覚ます頃合いに成れば、モジューロゥの冷たくなった遺体も見付かり。 見回りの役人に収容された。 東の空が明るくなる昼前に近付く頃まで、雪に染まった王都が異様な慌ただしさに包まれる。
そんな状況は、直ぐにミグラナリウス老人やヘンダーソンの元にも届く処と成った。
ミグラナリウス老人の元を、朝方に離れたソルフォナース。 話疲れた老人は、孤立化して一人だった。 自室で睡眠中に老人。 その情報を受け取ったのは、ジャニスから何やら脅しを受けていた執事代わりのマクファーソンである。 老人と密会していた悪党共の頭目らしき人物が殺され、その悪党達も壊滅。 もはや捜査の手が老人に伸びると思ったマクファーソンは、決行を余儀なくされた。
あの夜、ユーシスから渡された毒物の包みと共に渡された紙には、こう書かれて在った。
ー我が一族の存続の為に、祖父を殺せ。 君の家族の面倒は、私が見る。 殺したあかつきには、連絡をくれー
この文字を見たマクファーソンは、連日悩んだ。 子供を奪われ、嘆き窶れる妻。 意味が解らず、狼狽える子供。
老人に仕えながら、しかし老人を殺す事ばかり考える彼に。 老人も不気味な気配を覚え、必要な時以外はメイドなどを傍に呼ぶ。
だが。 もう猶予は無いと思うマクファーソンは、老人の部屋に踏み込んだ。 元は殺し屋で在ったマクファーソン。 老人の枕元に向かうと、白いカバーに包まれた老人の遣う枕を力づくで引き抜き、寝ぼけたままの老人の顔へと押し付けた。 そして、ナイフを心臓に突き立てたのである。
声も出さないままに、ミグラナリウス老人は息絶えた。
「・・済みません」
獣の様な目をギラギラさせたマクファーソンは、入口を閉じてジャニスの元に向かったのだった。
★
さて。 王都が立て続けに起こる事件で慌ただしく動く中で。 トリッシュは、ミグラナリウス老人に多額の寄付をしていた大店の内情を調べる事に奔走していた。
エリウィンは、リオンの計らいで悪党達を取り調べ。 ハレンツァの死に対する一件を調べる任務を正式に受けて動く。
これだけでも、ある意味大事件。
だが。 まだ蠢く悪党達も残存するなかで、動き出した運命の歯車は止まりを知らない。
モジューロゥを殺した手下達4人が、王都郊外の外壁間際にて。 見回りの兵士を率いる騎士に人相検めを受けて、武器を手に争うのが昼下がり。 直ぐに騒ぎに成り、駆け付けた他の警備隊に囲まれ斬られる事を選んだ悪党達。
更には、夕方を目前にした頃。 王宮の衛兵に、火急の取次ぎを求める中年男性が来た。
「あのっ、至急にリオン王子に謁見を願いたいっ!! 私は、ヘンダーソン様が用人のシダルマンで御座いますっ!!!」
大声を上げて、尋常では無い慌て方をする用人のシダルマン。 衛兵が要件を聞くと、ヘンダーソンの一家が殺されたと云うのだ。 メイド3人、執事や下男が5名。 ヘンダーソンの妻と、子息・子女が2人だと云う。
殺人事件でも貴族の一家が皆殺しなど、然々に有り得ない事だ。 慌てた衛兵は至急の取次ぎを立てて、リオンにシダルマンを面会させたのである。
王宮3階に有る一室でヘンダーソン一家の惨殺を聞いたリオンの顔は、もう晴れ間に大雨でも来た様なと云った感じに驚いた様子で。
「まっ・・真かぁっ?!!」
と、大声を上げた程。
一緒にこれからの事を話し合っていた腹心のアンサムスや、高位騎士の中高年男性達も容易では無い事が起こったと思う。
直ぐ様にシダルマンと面会をすると動いたリオンは、王宮の玄関と成るロビーの先にある謁見の員室へと通す様に命令した。
王宮3階の会議室から足早に、アンサムスと高位騎士一人を伴って廊下に出たリオン。 流石に顔には疲労も少し窺えるが、それ処では無いと云った気構えの見える表情である。 下る階段に向かったリオンは、階段前の廊下を向こうからやって来るルシャルルムが目に入り、
「おぉっ、ルシャルルム殿っ!」
と、声を出す。
ルシャルルムは、丁度良いタイミングでリオンに会えたと。
「王子、丁度良い処に。 実は、少々お話が有りましてな」
リオンは、
「後に回せるか? 実は、一大事がまた起こった。 不測の事態だ」
リオンの前に来るルシャルルムは、普段と変わらぬ冷たき表情のままに。
「如何致しましたかな?」
「それが、ヘンダーソンの御一家が惨殺されたのだ」
その話を聞いたルシャルルムは、片眉だけを軽く上げ。
「ほう・・。 それは、確かに火急の大事ですな。 して、通報者は周辺の住民で?」
リオンは、首を振り。
「いや、用人のシダルマンと云う者だ」
その説明を受けたルシャルルムは、斜め下に視線を移し。
「ふむぅ。 王子、その謁見に私も同席致しましょう」
と、云ったのである。
仕事にしか興味を示さない男でも有るルシャルルムが、こうゆう事に首を突っ込むのも珍しい事なのだが。 リオンからするなら、切れ者のルシャルルムがこう云うのは有難く。
「おお、それは助かる。 貴殿が一緒に居るのは、次を案じ察するに容易い」
と、連れ立った。
さて。
王と王妃が座る座が据えられた奥間の謁見の一室。 赤い絨毯が敷かれ、王・王妃の座の後ろには、三面鏡の様な窓が有り。 中庭を見渡せる様に成っていた。 此処は、急な事情で密かに謁見をする一室で、さほどに広い部屋でも無かった。
リオンとアンサムスとルシャルルムがシダルマンと相対す形で、高位騎士はシダルマンの右手に少し離れた場所にて立つ。
黒い皮のコートを着て、肩などを雪解けで濡らす長身の用人シダルマンは、膝を折ってリオンを迎え。
「火急の大事にて、無理な面会を申し出ました事を御許し下さい」
リオンは、事が事なだけに。
「その様な前置きは良いっ。 早く次第を話せ」
と、云った。
ヘンダーソンが朝から消えた。 そして、昼前に数名の黒尽くめの曲者が押し入って来て、家族は殺されたらしい。
少し長い語りであったが、真剣に聴くリオンとアンサムス。
もう外が暗く成り、シャンデリアの灯りが煌々と灯る部屋。 シダルマンが全てを話終えて、犠牲が多大に出たとリオンが口を噤む。
しかし。
シダルマンの前に進み出たのは、ルシャルルム。 リオンやアンサムスも見ている前で、彼は美しい刀身のサーベルを引き抜くと。
「おい、嘘はそれぐらいにするんだな」
と、シダルマンに剣先を向けた。
「なぁっ」
「お待ちっ!」
驚くリオンとアンサムスが動き掛けた処だったが、ルシャルルムはシダルマンを見据え。
「御主、その賊が襲って来た時は、何処に居た?」
と、口先鋭く問う。
睨む様な眼をルシャルルムに向けるシダルマンは、
「納屋に・・」
「御主、納屋に居たなら、騒ぎを聞付け駆け付けた筈であろう?」
「御意に」
「ヘンダーソン殿には、御主の他にももう一人腕の達つ用人が居ったな?」
「は・・、バストラーダ殿です」
「二人して闘ったのか?」
ルシャルルムがこう聞くと、シダルマンの口が開かない。
リオンとアンサムス、そして、驚きの表情のままの高位騎士は、シダルマンの返答を食い入る様に待つ。
「…その通りで御座います」
「ならば、何処で闘った? 屋内か? 外か?」
また、シダルマンは少し黙ってから。
「…双方です。 屋内から、斬り結んで外へ」
ルシャルルムは、シダルマンの衣服を見て。
「お前、ヘンダーソンから云われなかったのか? ちゃんと工作をしろと…」
“工作”と云う言葉出た処で、リオンが。
「ルシャルルム殿、惨殺は嘘か?」
シダルマンから視線を外さぬルシャルルムは、
「惨殺されていたのなら、下手人は此奴でしょうな」
と、云う。
リオンやアンサムスの驚きの顔は当然だが、ピクピクと眉を動かしたシダルマンの顔がガラッと変わった。
「何の言い掛かりをっ?!!!!」
と、シダルマンが云うのに対し、冷たき微笑を浮かべるルシャルルムは言う。
「良いか。 惨殺の舞台で斬り結んだなら、御主の腕なら衣服に刃の打ち合った時に飛ぶ異物が付着する。 具足には、雪を踏んだ跡少なく、汚れも底周りのみ。 何より、御主の剣から微かな血の臭いがしておるのに、その首に巻かれたネクタイに血の飛沫した跡が微塵も見えぬ。 そのスカーフネクタイは、此処に来る前に結んだ物で在ろう? 雪が舞う中に急ぎで飛び出した形跡が、御主から微塵も見えぬわ」
シダルマンの顔が、ルシャルルムの話の進みに合わせて苦しく成るのが解る。
「御免」
高位騎士の40代男性が、腰から外され脇に置かれたシダルマンの剣に手を伸ばす。
「ぐっ」
剣を取られまいと手を動かそうとしたシダルマンだが。 半歩先にルシャルルムの剣先が喉笛に密着して、剣を取る事が出来なかった。
高位騎士が剣を鞘毎に取れば、ルシャルルムが。
「抜いて見れば、刀身が血煙で曇っておりましょう」
と。 剣を黒い鞘から抜けば、その長剣は血を拭った後に脂肪で曇る現象が起こっていた。 しかも、手元の部分には、血が凝固してながらヌラヌラと堆積する残りが見える。
リオンは、それを見て。
「この痕跡は・・、何人もの血が混ざって出来る様子と類似しているな。 しかも、悪党と斬り合っただけで逃がしているにしては、剣に着く血の跡が酷い…。 明らかに何人もの人を斬った剣だ」
ルシャルルムは、シダルマンの目を見据え。
「ヘンダーソンは何処だ? 彼が逃げる上で、行方不明の偽事件でも捏ち上げる為に、この様な凶行を行なったのであろう?」
こう問い詰められたシダルマンは、瞬きも出来ない程に緊張した面持ちで。
「何を・・そのようなぁ…」
声も震え出し、最後まで言い切れない。
全てを見切ったルシャルルムが、冷たき微笑を浮かべて。
「フン。 昼を前に、我が屋敷にヘンダーソン殿が遣わした使用人二人が、突然に暇を申し出て消えた。 後を尾行すれば、何処に行ったかな。 そろそろ、行き先を突き止めた我が家の使用人が、妹の居る屋敷に戻る頃合いだろうよ」
と、云うと。 ギョっと目を見開いたシダルマンは、硬直したままに成った…。
ルシャルルムは、リオンに脇目を向け。
「丁度この一件を、兵士を指揮する王子に任せようと思いましてな。 先程、捜して居りました。 何とも都合良くこの者が来た上に、一家惨殺とは…。 どうか、冷静に捜査を続けて下さいませ」
リオンは、シダルマンを捕らえて置き。 アンサムスと兵士や警察役人を連れて、夜にヘンダーソンの屋敷へと向かった。
ヘンダーソンの屋敷に向かってみれば、真っ暗な屋敷が廃墟の様に在った。 松明では火事も在ると、カンテラなどを用意して踏み込めば、其処には死体の散らばる地獄絵図が在った。
自分の子供すらも犠牲に敷いたヘンダーソンに対し、リオンは堪えきれぬ怒りに身を震わせる。
ヘンダーソンと云う男は、元から家庭を持つと云う意味では不能の男だった。 妻の産む我が子を、物としてしか見てない様子で。 夫婦生活も冷めて、妻が別の男性を相手にしても気にしない。 もう、彼の目には、権力しか見えていなかった。
だが。 それにしてもこれは酷い。 唯一の生き延びたメイドの娘は、井戸に飛び込んで凍死寸前で助け出された。 うわ言を云う彼女は、
「ようにん・・さまが・・よ・よ・・にんさまが・・・」
と。
リオンは、直ぐ様ポリアの元に迎えば、ポリア達がヘンダーソンを捕える為に馬車で向かっていて。 リオンと入れ違いで、ポリアの用事を受けた使用人が王宮の兄の元に事情を伝えに出ていた。
王都から離れ、南に少し。 川に渡された石の立派な橋。 その川沿いから雪に染まる森の中に入って、少し行った場所に有る洞穴にヘンダーソンは居た。 用人の一人バストラーダ。 そして、ポリアの家に遣わしていた使用人のノッポと太った男の二人を従えて。
外の茂みには、馬が4頭ばかり繋がれている。
洞穴の中で、焚き火を熾して暖を取るヘンダーソンは、用人のバストラーダへ。
「のう。 シダルマンは、どの程度で戻ろうか」
冷徹な無表情を浮かべる無精髭の厳ついバストラーダ。 凶行をした動揺など微塵も無い様子で。
「恐らく、夜に成ってからでしょうな。 今夜は、夜間に旅立ちと成りましょうから、今は御休みに成られませ」
「うむ」
ヘンダーソンは、一旦は国外に逃げようと試みていた。 老人を裏切る事にしても、この国に居残りたいとは思わなかった。 ヘンダーソンも、それなりのコネを国外に持つ。 老人の各資金の在処も知っていた。 逃げても、差ほどに困る事など無い。 寧ろ、無理やり体裁を繕う意味で養っていた家庭と云うモノを、どんな形であれ処分出来た事に気楽さを覚えている。 これが、ヘンダーソンの本質だった。
ヘンダーソンは、自分の画策が上手く行ったと確信していた。 朝方にモジューロゥが直々に会いに来た事で、彼は予知めいた感覚で危険を察知した。 この時期にモジューロゥが会いに来るなど、どう有ってもおかしい。 会って見れば、妙に仰々しく普段のモジューロゥでは無かった。
ヘンダーソンは、モジューロゥの態度に何か隠した陰謀の臭いを嗅いで、話を聴く事に。 その中で、クシャナディースを殺すと出た処で、明らかに変だと悟った。 今、クシャナディースを殺すのは騒ぎに成り、非常に面倒だ。
モジューロゥの率いる悪党達はやや強引で、動かすのに目立つ。 此処に来てクシャナディースを殺しても、波風を立てるだけで利益として得るモノは少ない。 寧ろ、王から遠ざけられ、身の振り先も微妙な自分が狙われるのが定石。 自分がどれだけ老人の裏側を知っているか考えれば、クシャナディースなど大した事では無い。
ヘンダーソンは、モジューロゥが自分の所在を確かめに来たと看破した。 逃げる事を決めるに至る決定打を得たのだ。 しかも、昼前には、モジューロゥの率いる悪党達が殲滅させられ。 モジューロゥらしき者の遺体も回収されたと。
この一連の情報を、一部は未確認ながらも受けたヘンダーソンは、凶行を決意する。 家族と使用人を捧げ物にして、逃げる手段を講じたのだ。 自分の父親も殺せと命じた彼は、もうこの国に未練は無かった。
だが。
ヘンダーソンの逃げ場は、もう無かった。
夜に入って少し。 突然に馬の走る馬蹄の音が近くに止まったと聞け。 様子を見ようと外にでた使用人の二人。 その二人をマルヴェリータの照らす魔法の灯りで見つけたゲイラーが、
「居たぞぉーーーっ!!!」
と、一声を挙げる。
ゲイラーとヘルダーがその二人を取り押さえようと戦う中。 マルヴェリータから光の小石を受け取ったポリアは、純白のマントにズボン姿で、川沿いの奥に一人向かった。
システィアナとイルガは、念の為に残して来ている。
洞穴から出るヘンダーソンとバストラーダだが。 入口に立たれたポリアの御陰で、ヘンダーソンは逃げれない。
「クソっ!!! じゃじゃ馬が出しゃばりおってぇぇぇっ!!!!!」
ポリアを見て喚くヘンダーソンだが。 メイドを殺したヘンダーソンを見るポリアの目のキツさも、尋常では無かった。 ポリアは、過去の事も有るから問答無用で斬り掛かる。 バストラーダは、ポリアをヘンダーソンと挟み撃ちにしようと、斬り合いながら体を入れ替えた。
が。
ポリアは、洞穴の入口にいる居るヘンダーソンに飛び掛る。 剣術に大した腕も無いヘンダーソンは、腹部に柄の突き込みを受けて洞穴内に飛ばされた。
「ヘンダーソン様っ!!!」
驚くのは、バストラーダ。 転がったヘンダーソンは、顔を焚き火に入れてもう半狂乱に陥る。
「ひぎゃああああぁぁーーーっ!!!!!! 熱ぃぃ!!!」
それを見届けたポリアは、ヘンダーソンが無力化した事でバストラーダを迎え撃つ。 モンスターと戦いを重ね、死地を潜り抜けてきたポリアの剣の前に、遣えるだけの剣術では技量に劣る。 バストラーダは剣を叩き折られ、ポリアに負けた。
「これまでかぁっ!!!」
雪の降る森の中で、舌を噛んだバストラーダ。 悪人ながら、ある意味で誇りを捨てなかった彼であった。
だが。 火傷に苦しむヘンダーソンは、ポリアに命乞いをした。 プライドも何もない、何とも惨めで憎たらしい姿である。 其処にリオンの率いる捕縛隊が到着して、ポリアは一家を皆殺しにした事を知る。 彼女はもう我慢が出来ずに、ヘンダーソンを殴り付けた。
「キサマぁぁーーーっ!!!! 己の家族を殺して命乞いかぁぁっ!!!!!!!!!」
雪の街道にて、ヘンダーソンを力の限りに殴るポリア。
あまりの勢いに、彼を殺してしまうのではないかと止めに入ったリオンや仲間達で。
「ポリアンヌっ!!! ヘンダーソンは王家が裁くっ!!!!! 事態が大き過ぎるのだっ、抑えてくれいっ!!!」
本当なら、自分が斬り捨てたいリオン。 喚いて怒り狂うポリアの心が、痛いほどに解った。 だが、事は国家を揺るがす事態に成る。 ポリアの一任で始末は付けられなかった。
例えヘンダーソンの家族でも、こうした事態に成れば怒れるポリア。
代わって、泣き叫び命乞いを続けるヘンダーソンに、兵士でも自決ぐらいしてみせろと思った。
だが。 この一年でフラストマド大王国を最も揺るがした大事件は、まだ終わらない。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^