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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
115/222

二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3

                 セイルとユリアの大冒険 3


                 第一章・旅立ちの三部作・最終編



                     ≪表と裏の攻防≫



朝が来る。 昨日も、一昨日も来た。 当然の毎日。 毎日と云う繰り返しは、変わらない。 だが、その一日一日の内容は、当たり前の事ながら変わる。 起こるべき出来事も、変わってゆく。



朝方。


暗い夜のような中で、湖から引き込まれる水が水路を流れる入口が有る。 王城の北側の山の麓を流れる川から引いてくる水が、王城を取り囲む堀へと注ぐ水路に入る場所であり。 石で造られた人工の整備された水路に変わる場所であった。


この川は、地下温水や、河川に面する街から流される温泉水に因って、どんなに寒くなっても凍らない川である。 冷え込みが厳しい朝から明け方と成る昼手前頃になると、水煙が上がって水面が見れない程なのだが。


「んぐ・・」


川縁の雪が積もり野原が見渡せる場所に在るのが、水路の管理をする者が来る小屋で。 其処には、石で出来た船着場が在るのだが、人気の無いこの頃合いで川の中から船着場へと手が伸びた。 今にも力が抜けそうな手は、斬られた傷痕も見えるもの。 その人物は、厚手のコート風の衣服に切り裂かれた痕を見せたアッシュだった。


しかし、小屋には弱い灯りが灯っていて、アッシュが身を半分水面に出した処で、小屋の扉が突然に開いた、


「アッシュ様ですかっ?!!」


小屋に身を隠して居たのは、ハレンツァの手の者が襲撃されていた時、モジューロゥ達を追跡していた女性である。 アッシュとの合流場所で待っていた彼女だが、こんなアッシュを出迎えようとは驚きである。


「う゛うう…」


船着場に身を上げようとするアッシュへ近寄り、大慌てで助ける女性の密偵。 辺りに気を配りながら、明かりの灯る小屋の中にアッシュを連れ込んで見ると。


「あっ」


蒼いコートは、動きやすい様に細かな網目のチェーンを編み込んだ特殊な物で。 腕の無い者の仕業では、ダガーに斬り付けられ様とも簡単に切り裂け無い代物なのである。 だが、アッシュの全身には、10箇所を超える傷痕が出来ていて。 しかも、その全てがコートの鎖を切り裂いて付けられたものだった。


アッシュの部下である女性は、アッシュの身の怪我を確かめながら。


「アッシュ様っ、あの者と闘ったので御座いますね?」


体を動かせない程に疲労した様子のアッシュは、ズブ濡れの覆面を解けさせ気味に部下を見て。


「お・恐ろしい・・てだ・てだれ・・だ。 あ・あい・・打つかくご・・で、互いに・・この様よ」


「では、向こうも深手を負っている訳ですね?」


「う・うむ。 だがっ、わっ・・私より傷は浅ぐっ。 なか・・まに、たったた・・助けられた」


女性の部下は、もうアッシュを何処かに運んで手当てしないと危ないと判断し。


「アッシュ様。 夜に助けた方は、今頃にリオン様に面会していると思われます。 今は、もう喋らずに…」


アッシュは、リオンから命じられた最低の仕事を出来たのだと思い。


「そ・・そうか…」


と、気を失った。


「アッシュ様っ!! いけないっ、出血がまだ止まっていないっ」


アッシュへ最低限の手当てをする部下の女性は、焦って繋ぎの為に待つ仲間の元に向かった。 背負ってモタモタしていたら、アッシュの命に関わって来ると思われたのだ。


アッシュは、彼女が呼んできた仲間に運ばれ、リオンの手配が利く寺院へと運ばれた。


モジューロゥと闘ったアッシュは、長い時間を闘っていたのである。 ある意味、それは死闘と云っても良かった。 アッシュも、モジューロゥの左手の指を数本斬り落とした。 一見するとアッシュの方が優勢に見えるが。 アッシュの負った傷の数が多い。 互いに広い場所で闘っていたいたら、先にアッシュが深手を負って斬られていたかも知れない。


さて。


朝に起こされ、王城の一角に在る隠し部屋に呼ばれたリオンは、私室でハレンツァの手の者が救出された事。 そして、アッシュが酷い怪我をした事を聞かされた。 密偵の副官的存在の覆面男から告げられたリオンは、座った椅子から身を勢い良く立たせ。


「してっ。 双方の容態は如何にっ?!!」


「はっ。 アッシュ殿の傷は多数にて、出血も多く昏睡の状態に。 ハレンツァ様の手の者もまた、腕と肋骨を折り、追っ手の投げた刃物に塗られた神経の毒にて意識が戻りません」


リオンは、今此処で双方を死なすには行かないと。


「ならば、助くる為に医者を呼ぶっ。 傷を塞ぎ、徹底した看護の元に置くのだ。 ハレンツァ殿の手の者を死なせては成らぬ。 アッシュもまた、同様だっ。 金を惜しむなっ、バレても構わぬぞっ」


「しかし、大仰にしては・・」


と、密偵が諌めると。 リオンは、怒りの形相を露にして。


「喧しいっ!!! 俺の私兵と手の騎士も護衛に出すっ!!! これ以上の犠牲は要らんっ!!!!!!」


と、大声を出したのだ。


「はっ」


リオンの怒りを受けては、密偵の男性も従うしか無かった。


ハレンツァの手の者を必死に助けるのは解るが、アッシュも同じとは考えが及ばないだろう。 だが、アッシュとリオンの関係も、一筋縄では無いのである。




そして、この朝は事態が大きく転ぶ時でも在った。


それは、あの宝物を運んだ御者が、遂に王都アクストムに戻ったのである。


ヴィクトリーロードと呼ばれる王都の正面玄関と云って良い通りが在る。 横幅だけで、馬車が何台横になれるか解らない長さで、王城の正門前まで一直線に伸びる道である。 道の左右には、佇まい様々な大型店舗が並び。 街路樹も等間隔に植わった見目麗しい、一直線の道。 雪化粧をした木々と、店と、道が織り成す風景美は、世界でも指折りの名所としても知られる。


暗い朝。


多数の馬蹄の響きが、ヴィクトリーロードに積もる雪に因って収められている。 騎士数名が率いる兵士の大隊が歩いていた。 その最後尾にて、騎士二人に挟まれ、兵士に取り囲まれながら行くのが、あの御者である。 馬車を引く馬が7頭程に増え。 後ろで引かれる馬も整列して30頭を超えていよう。


実は。 交代の騎士や兵士と共に王都へ帰還する途中。 ワダルの町に立ち寄ると、兵士と騎士の予備人員の召集が届けられた頃だった。 この御者を護衛する一団は、王都からワダルへ到着する交代兵が到着するまで、用心してワダルに駐屯した形をとった。 その時、馬の入れ替えも行われ、病気や年老いた馬、繁殖に回す馬を王都に運ぶのを任された御者だった。


しかも。


ワダルの町にて、御者を狙う襲撃が一度だけ在った。


この一件の危機を防いだ護衛の騎士達は、テトロザの命が本当に危険を含んだ物だと実感。 その後、最後尾にお供を引き連れる様な、御者を隅に置く甘い護衛の様子は無くなった。 ワダルの町で過ごす残りの数日、王都に向かう旅先。 常に御者の男性を守る形態で行軍し。 リオン王子の極秘任務をしたと途中で聴いた騎士の隊長は、冷や汗を顔に浮かべたのは云うまでも無い。


御者を護衛して王城に入ると、騎士の隊長は、彼が御者としての仕事を終えるまで数名の兵士と見守り。 その後、ハレンツァと親交厚いリオン部下で在る執務官に謁見。 一連の命令の終了と、御者の身柄を引き渡した。


御者の男性は、王室行政参謀室と云う政治参謀部の一席を任される傍ら、リオンの政治・事務的な意味で片腕を担うアンサムス伯爵に会わされた。 50前の日焼けした人物で。 温厚そうなスマートな印象の貴族だ。 髭も蓄えず、何処にでも居そうな平凡な人物に見える。


アンサムスは、御者の男性を待合い場のソファーに案内すると、騎士隊長である別の人物の召集を文官に命じた。


白い壁と壁を彩る国旗や絵画や装飾的オブジェの武器、そして北と南に暖炉の灯る落ち着いた広い参謀部室。 8名からなる参謀部の副管長がアンサムスである。 黒白こくびゃくの模様を魅せるピアリッジコートを着て、下に正装の出で立ちを窺わせる。 紅茶を煎れたアンサムスは、穏やかな面持ちで。


「この通り、私以外に誰も居らん。 ハレンツァ様の喪に、大半が服しているのでな」


と、御者の男性に言えば、御者の男性は、恐れ多いと頭を何度も下げ。


「そうですか、この度は帰還が長びいて済みません」


「いやいや、それは気にせずとも良い。 旅の間の経緯は、全て聞いておる。 ワダルから馬を世話して連れてくる御者が高熱をだしててな。 お主と、他の者二人を頼ったまでよ」


「あ、知っておいででしたか」


薄暗い中、紅茶と菓子を御者に出すアンサムスは、


「うむ。 お主の一族についても、ハレンツァ様から聞いていた。 リオン王子が、この仕事が終わった

あかつきには、翌年を待って処分を撤回すると云う。 これからは、汚名も雪げる様に成ろう」


と、物静かな語りを崩さずに云う。


御者の男性は、長旅で少し窶れた顔を引き締め。


「あぁ・・、そうですか。 その様に御威光を賜われるだけで、私も、命懸けの任務を全う出来た事に誇りを持てます」


と、深く頭を下げる。


アンサムスは、御者の男性を見て頷き。


「御身の曽祖父と祖父が起こした不祥事は、若い頃に王へ成りあそばしたクランベルナード国王陛下により裁かれたのだったな」


「はい・・」


「それから30年。 爵位消失を受け、随分と大変で在ったろう。 今回の命をお主に授けたいと言ったのは、ハレンツァ様だ」


「へぇ?!」


驚いて顔を挙げた御者の男性に、アンサムスは続け。


「お主の兄であり、警察局部の捕り物役として働く者の長男と、ハレンツァ様の末子であるエリウィン殿が、同じ学院の学友なのだよ。 しかも、厩舎馬番のお主が世話した馬を、幾度か借り受けたエリウィン様やハレンツァ様であり。 子息同士で親交の在るお主の兄上殿からの推挙で、お主を推薦された様だ」


知らなかった事実に、御者の男性は頭を下げ。


「そのような縁の巡り合せからでしたか。 あぁ・・、年老いた母にっ・ろ・・朗報を伝えられまする」


と、感涙に言葉を詰まらせ始めた。


いつの時も、罪人に対する世間の目は冷たいものだ。 その苦労を見て来たエリウィンが、時折に触れ。 御者である彼の事や、仕事に真面目な御者の兄の事を父親のハレンツァに言っていた。 ハレンツァもその事が有って、彼をリオン王子に指名した。 汚名を雪ぐ気持ちが強いと聞いていたので、任務も忠実で全うすると見込んでらしい。


アンサムスは、泣く彼を見ながら。


「だが、これからが本番だぞ。 今、あの宝物に関わる誰もが狙われておる様だ」


その話に顔を上げる御者の男性は、


「それは、・・真で御座います。 わぁ・私も、ワダルで襲われて御座います…」


「うむ。 だから、お主の家族には、密かながらに護衛を付けさせておる。 だが、親戚筋とまでには行かん。 それに、如何なる時も警戒せねば成らないから、油断は出来ん。 お主達兄弟の妻や子供達は、別の場所に移動させる手筈を整えた。 だが、お主の母親殿はご病気であるし。 実父の事が在る上、気丈な貴族の方でいらっしゃるから、移動せず囮になる成る覚悟すら持っている。 これから帰るお主からも、御母上を説得して欲しいのだよ」


その話を聞いた御者の男性は、ハッとして言葉を失った。


彼の一族は、つい30年近く前まで、貴族としてアンサムスと同じ伯爵を頂いていた。 彼の曽祖父と祖父は、金で監査の手を緩める汚職をしていたのである。 しかも、御者の彼の母親が、その実子に当たり。 プライド高い母親は、貴族を剥奪されても尚。 息子の二人に貴族としての心構えや、王国に忠誠を誓う教育を施した。 そして、貴族として、国に忠義を示す気質は並々ならない処の在る女性であった。


貴族の中でも忠義の念の強い者は、王族と王国に身を捧げる覚悟が出来ている。 それは、理屈云々では無く。 貴族と云う地位を頂くに当って、それだけの覚悟と気構えを持つのは当然と云う。 云わば古い騎士道精神や、貴族教育の流れが未だに残る風潮からだろう。 御者の母親は、云わば薄汚い“汚職”と云う汚名を着せられ、その汚名を恥じる気持ちから気高く在ろうとする一念に筋金が入っていた訳だ。


「解りました。 では、これから直ぐに・・」


と、云う御者の男に対して、アンサムスは頷き。


「家まで送る。 本日には、移動の手筈を取る故な。 出来る限り早く頼む」


「はっ。 一族の安全まで御計らい頂き、感謝の言葉しか御座いません」


そうする内に、アンサムスの呼んだ大柄の騎士隊長が来た。 御者の男性は、騎士隊長と共に家に帰った。




                           ★




御者の男性が家に戻る頃は、昼を前にした薄暗い空模様の頃。


彼の家は、王都の住居区の外れで、南方の貧民が多く住み暮す場所に在った。 兄の夫婦と自分の妻や子供を合せ、12人が狭い間取りの家に暮らしていた。 石造建築の四角い味気ない家で。 周囲も似たり寄ったりの大小の家が点在する場所である。


こんな場所だから、兵士が見守るにも支障が出るのは当然だった。


貧民の住み暮す下町に来る頃。 騎士隊長は、御者の男性に。


「恐らく、其方の兄上が夜勤から戻り次第、居場所を変える手筈と成っている。 もしかすると、もう始まっているやも知れん」


「随分と急ぐのですね」


「ん。 当事者である其方だから云うが、お主の運んだ物品に関わった者が、今までに何人も被害に遭っている。 宝物を狙う輩からするなら、この王都では、今はお主が一番の有力な情報源かも知れないのだ」


「つまり、狙われる可能性が高いと?」


「そうだ。 ハレンツァ様の御親族の方々も危ないと、セラフィミシュロード様の御家に避難されているしな。 此処の処、数日は殺人も多発している。 とにかく、被害の拡大だけは避けねば成らん」


すると、御者の男性は、非常に覚悟めいた顔をして。 雪がちらつき始めた中で。


「騎士様。 私めは、何が有っても情報は口外しません。 例え、捕まっても」


騎士隊長は、御者の男性を見返し。


「リオン王子は、これ以上の犠牲を出す事。 それ自体を嫌っている。 お主からの情報の漏洩など、心配しては居らぬ」


「…」


御者の男性は、静かに俯いた。 だが、母親は、国の仕事には忠義と信念の一念を持って臨めと彼に教えた。 表には出さなかったが、彼の心にはその教えが居座っている。 礼節や節度は、徹底した教育で叩き込まれた。 だから、自分が宝物を狙う輩からするなら、情報源に為りうると理解出来た。


(母上。 俺は、貴方の子です)


此処に来るまでに、町で一度襲われ掛けた彼。 もう、覚悟が出来始めていた。


彼が騎士隊長と家に戻ると…。


「ん?」


御者の男性の家を少し遠目に見れた騎士隊長は、まるで無人の廃屋の様に扉が開かれた様子に違和感を覚える。 周りの塀と云う仕切りすら無い住居の密集地なのに、その家だけ人が住んでいるとは思われない様子だからだ。


「待て」


騎士隊長は、御者の男性を止め。


御者の男性は、開かれっぱなしの家を少し離れた先に見ながら。


「どうしましたか?」


と、問う。


騎士隊長は、剣を留める金属の留め金を外しながら。


「妙だ。 兵士が一人も居ない」


「え゛?」


「中を見てくるから、此処で待て。 何か有ったら、声を出すんだ」


「はいっ」


騎士隊長は、ゆっくりと家に近付いて行く。 確かに、騎士隊長の勘は当たった。 家の中に顔を覗かせれば、兵士らしき様相をした者が3人程倒れている。


「むっ、これはっ」


家の中を伺いながらも、倒れている兵士に近寄ると。


「おいっ!! しっかりせぬかっ?!」


声を掛ければ、呻く兵士。 生きてはいたが、外から入る明かりに見える彼の手が、紫色に変化しているのが見えた。


(いかんっ、これは毒かっ?!!)


兵士の身を検めた騎士隊長は、背中にダガーが刺さった傷を見つける。


「くそっ」


家の中を見れば、暖炉の火が灯るままに争った形跡が窺える。


「母上殿っ?! 大丈夫ですかっ?!!!」


大声を上げて、隣の寝室へと踏み込むのだが・・・。


「ぐっ、しまったっ!!!」


簡素な木造のベットに寝ていた筈の老婆が消え。 近くには、兵士が一人倒れている。


騎士隊長は、兵士の一人を抱えながら。


「オーバーンっ!!! オーバーン聴こえるかっ?!!!」


と、大声で御者の男性を呼ぶ。


怪我をした弱る兵士4人を一箇所に集めた騎士隊長は、外に待たせた御者の男性を迎えに出た。


が。


「居ない?」


姿が見えず、彼の待たせた場所に走る騎士隊長。 待たせた場所の雪が、異常に踏み取られて地面が見えている。


「な・・何たる事だっ!!!」


騎士隊長は、彼ががどわかされたと理解した。


直後。 大通りを行く荷馬車を呼んで、兵士を医者の元に運ぼうとした騎士隊長の元に。 兵士3人と戻ってくる男性が居て。 この彼が、警察役人の下級捜査官に就く御者の兄と成る人物だった。 家族を安全な場所に移動させた兄は、弟と二人で残る母親を説得しようと思って来たのである。


騎士隊長から話を聴いた兄は、


「母上も一緒に連れ去られたっ!! 嗚呼っ、母上の云う事を聞いたのが裏目に出たっ!!!!」


騎士隊長と話す兄は、そう言って嘆く。


“とにかく、一家の長として、子供達や妻の安全を第一に考えなさい”


兄弟の母親である女性は、非常に落ち着き払った言葉でそう云ったらしい。 最近、殺人が多くて、何か危ない雰囲気を感じていた兄は、母親の言い付けを受け。 先ずは、自分の家族と弟の家族を安全な場所に運ぶ事にしたのである。


兵士4人が居た事に安心を得た彼だったが・・。 まさか、極夜の時期ながら白昼に襲われるとは、驚きだった。 不安は在ったが、直ぐに弟と騎士隊長が来ると云うので、油断したと云える。


そして。 兵士の余剰人員も掻き集めた騎士隊長は、周囲の聞き込みと捜索を開始。 アンサムスに緊急事態を告げた。


その中で、兵士の一人が。 雪舞う王都を動き回る騎士隊長に、


「隊長、一つ伺っても宜しいでしょうか」


「んっ?! 至急の用事かっ?」


苛立つ騎士隊長へ、兵士は少し怯えながら。


「あ・あの・・重要な事か解りませんが。 召集に応じた兵士や怪我した兵士の他に、一人見当たらない者が居ます」


「何ぃ?」


「20日程前にアハメイルから戻った者で、5日前頃から我々の任務に加わった筈なのですが・・」


雪を頭やマントに着ける騎士隊長は、兵士に詰め寄る様に接近し。


「そ奴は、兵舎の者か?」


「解りません。 調べてみましょうか?」


「・・・ふむ」


これに引っ掛かった騎士隊長は、兵士の二人を警察役人の施設に向かわせた。 警察局に戻った御者の兄が、誘拐事件として操作を求めている頃であろうと判断。 自分の命で、彼に兵士二人と捜索に当たれと命じたのである。


昼過ぎの王都アクストム市内に、兵士が慌てて走り回る様子が目に付く様に成った。


その頃。


ずた袋の大きい物に入れられた御者の男性オーバーンは、急に何処かで降ろされた。


騎士隊長が家に入った直後。 棍棒の様な何かで殴られ踞った所で、轡を嵌められた上に踞った自分を強引にずた袋に入れる何者かが居た。 朧気な感覚だが、複数の人物が居たと思えた。


その後、担がれて荷馬車の荷台へと放り込まれた。 自分も御者で、幼い頃から馬の扱いはしてきた。 臭いや動きで馬車の荷台だと云う事ぐらいは直ぐに解る。


「くっ・・ぐう」


呻く彼だが、ずた袋の上から縄でグルグル巻きにされてしまったらしく。 全く身動きが出来ない。


馬車は、何処かに入り込み。 御者の男性は一度別の馬車に乗り換えさせられた。 今度は、後ろに荷物を入れる場所を持つ乗用の馬車である。


そして、それからまた馬車は走り出し。 そして、随分と走った。 そして、やっと停ったと思ったら、何処かの冷たい場所に運び込まれたのである。


「おいっ、早く聞き出すぞ」


男のドスの利いた声がして、


「へい、今」


オーバーンの身を包んで居たずた袋の上が下げられ、顔だけ出せる様に成った。


「んぐぅ」


視界が開けたオーバーンだが、依然としてこの場所は暗かった。 そのまま大男らしい影に担がれ、階段を上がる。 すると、薄暗いながらランプの灯りが灯る部屋に上った。


「ん゛っ?! んんんんーっ!!!」


瞬時に呻くオーバーン。 部屋の片隅でランプの灯る下に、ぐったりとする老いた母親を見つけたからだ。


ローブにフードで顔も服装も隠す大柄の人物は、オーバーンを乱暴に床の木の上に放る。


「ぐふっ」


ドサっと置かれて、転がったオーバーン。 落とされた衝撃で咽せる彼の目の前に、引き摺る様な足が有る。


「・・・」


見上げてみると、腕や顔や足に布で包帯代わりの手当てをした悪党顔の中年男が居る。


実は、これがモジューロゥだった。 アッシュと闘って、相打ちになりそうだったモジューロゥだが。 手下の応援が来て、なんとか助かったのである。


「コイツかぁ~?! 例の御者ってヤツはぁ?」


怒りや憎しみが声に混じる言い方のモジューロゥ。


連れて来た大柄の男が、


「へい。 間違い在りません」


と、言えば。


「そうかぁ~、よぉ~し」


大柄の男に、轡を外す様に命令したモジューロゥ。


口が自由に利ける様に成ったオーバーンは、何よりも先ず。


「母上っ!! 大丈夫ですかぁっ?!!」


と、大声を。


すると、モジューロゥは杖代わりの木の棒を、いきなりオーバーンの顔に叩き付ける。


「うがぁっ!!!」


ぶたれて転がるオーバーン。


「大声出すなぁ。 あんまり聞き分けが悪いなら、お前の母親をブッ殺すぞ」


モジューロゥが脅しめいた言葉を吐く。


だが、呻いて気を確かに持とうと頭を振ったオーバーンは、痛みを堪えて擡げる顔をモジューロゥに向けると。


「お・お前達の狙いは・・、私のは・・運んだ荷物の事・・か?」


モジューロゥは、言う前から話に出た事で、早々に話が着くと思い。


「おお~、こりゃぁ~イイ。 話が早まりそうだ。 そう、お前の運んだ荷物についてだ」


すると、オーバーンは、ほくそ笑む顔で。


「そう・そうか…。 どうやら、まっ・まだ見つかって無いらしい」


モジューロゥは、足を引き摺り近付きながら。


「おうよ。 だから、教えて貰おうか? 何処に運んだ? 何処に在る?」


と、聞く。


オーバーンは、気を失っている母親を見てから、間近に来たモジューロゥの足元に唾を吐いた。


「ペッ」


そして、やって来たモジューロゥを見上げるオーバーンは、


「私は何も知らん。 とんだ見当違いで誘拐をしたもんだな」


と、笑みを浮かべる。


相手に余裕の笑みを見せられるモジューロゥは、頗る憎たらしい。 目じりをヒクヒクと動かすままに、


「お前ぇ、何がそんなに嬉しいんだ?」


と、木の棒をオーバーンの顎に押し付ける。


オーバーンは、グリグリと顎を突かれても、覚悟は決めてるとばかりに。


「おま・え・・達が、もうに・げら・・れ・・・ない。 いまご・ろ騒ぎになっ・成ってる」


モジューロゥは、危険な賭けを承知で、仕方なく危ない橋を渡る行為に出ただけに。 御者ごときに指摘されては、正直な所で腹が立つ。


「そんなことはぁ解ってるんだよっ。 だから、吐けぇぇぇぇぇぇぇ・・」


木の棒の先をグリグリと押し付け捻り回す。 擦れてオーバーンの皮膚が削れ、血が滲む。


だが。 オーバーンは、


「あ・生憎・・しゃべるつ・・つもり無い。 口がじっ・自由なら、何時でも・・自決出来る」


と、強気に。


御者の態度に、絶対者としてのプライドを刺激され。 怒りに身体震えるモジューロゥである。


「このぉクソ野郎っ!! お前の母親を嬲り殺してやろうかぁっ?!!」


辛うじて声を抑えて言うモジューロゥだが。


オーバーンは、決意を秘めた目で睨み返し。


「私の母親は、拷問などに屈する事を教えなかった。 落魄れたとしても、私は貴族の心を持った母の子だ。 お前が母を殺すと言うなら、此方が先に死んでやる」


と、口を噤む。


その様子に危険を察知したモジューロゥは、


「このっ!!!」


と、杖代わりの木の棒を振り付けた。


「ぶぐっ」


舌を噛む前に阻止されたオーバーンであり。 オーバーンの頬を木の棒で突きながら、轡を再度しろと命じたモジューロゥ。


モジューロゥは、今まで何でも力づくでやって来た節が有り。 こういった事で、思惑が頓挫する事を何よりも嫌う。 仕方が無いので、母子共に拷問する事に決めた。


一方、その頃。


事態を聞いたリオンは、王都に在する将軍の手元に置かれる筈の兵士を数百名ほど召集。 自分が指揮を取り、エリウィンも覆面させた上で借り出し搜索に乗り出した。 夕方に成り、陽も完全に落ちた夜の様な頃合いで。 雪が吹雪く気配すら見せ、寒い中である。


この時。 リオンの兄であるトリッシュは、歴史的な事実を纏めた書類を作成した上で、ヘンダーソン及びミグラナリウス老人の調査をする事を極秘に決めた。


実は、あのクシャナディースに腹違いの娘を出した公爵ハルツベリモント卿。 彼に買収された商人と云うのが、貧民街に生きていて。 彼の妻と娘は、半ば強引にメイドとしてハルツベリモント卿の愛人にされていた。


財産と妻子を奪われた商人は、リオンの密偵と接触した事で、言われの無い讒言を受けて財産を買収されたと語る。 何故なら、彼が買収の代わりに貰い受ける筈の巨額な大金は、知らない悪徳商人に巻き上げられた。 その相手の営む店の名前は、ホローの営む貿易組織である。


ウィリアムの解決した事件に関わり、その後始末をしたリオンが居るのだ。 ホローの営む商業組織を軒並み潰したリオンであるから、その名前を知らぬ訳が無い。


しかも、ハルツベリモント卿に、シフォンと同対価の金を払ったのがクシャナディースでは無く。 彼の営む店の懐でも無い。 以前から政治的な金の流れの中で出てくる存在不明の大店で、ミグラナリウスの一族に寄付をする店の名前で送られたのだ。


トリッシュは、リオンにこれで政治的に表から捜査が出来ると言った。


リオンは、これ以上の犠牲は要らぬと、自ら先頭に立って指揮をする。 自分が表でこの事件を解決することに尽力し。 世間の目を自分に向ければ。 兄トリッシュがポリアの兄二人と内情捜査をする上で、目立たない働きが出来ると考えたからだ。 ミグラナリウス老人に然り、ヘンダーソンに然り、クシャナディースに然り、今は蚊帳の外で王宮内に出て来ない。 絶好のチャンスが此処に出来上がっていた。


長年に渡った陰謀に向け、 遂に捜査の手が動き出したのである。


だが、危険が薄らいだ訳では無い。 寧ろ、強行的な凶暴さを牙むいて、関係者を狙う動きを見せていた。

どうも、騎龍です^^


ご愛読、ありがとう御座います^人^

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