二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
≪欲望に魅入られる者達・噴出す脅えと蟠る情欲≫
王と王妃が離宮へ離れて3日ほどすると、政務へ出仕する者が半減していた。 休んだ大抵の貴族は、急を要する仕事では無いのか、王に従って喪に服すと許可を願い出た者ばかり。 仕事の在る者は、やや寂しくなった王宮に出仕していて。 日々の仕事に勤しんでいる。
王都で行われる祝賀に向け、国内の貴族か王都へと集まる。 来るに聞くはハレンツァの訃報に、喪に服す王と王妃の事。 国葬が行われた広場に、地方の貴族達が花を手向けたりしているのも目立ち始めた。
身分の低い貴族や政務官として職に就く者も、亡きハレンツァを偲んで寺院に祈りを捧げたり。 家族で国葬の行われた記念碑に出向いたり。 王都の彼方此方で彼の死を悼む者が、それぞれに在る。 それは、ハレンツァの人徳が高かった事を示す様で在った。
だが。
そんな中。 無断で出仕しないままの者が居る。 貴族が住み暮す区域でも、王城から離れた北西の区域に、雪の中で佇む変わった屋敷が在る。 広い庭を四角く囲う格子の塀だが。 その塀越しに、何処の方角から見ても同じ様な面構えをして見える屋敷が在るのだ。
そして、朝からまた雪が降り始める中で。
「えぇ~いっ!!!! 早く脱がぬかっ!!」
と或る一室にて、怒声を張り上げた誰かが居る。 誰であろうか、それはクシャナディースであった。 彼は喪に服す訳でもないのに、軍人としての仕事を放棄したかのように屋敷に居た。 円形の変わった屋敷を持つ彼は、その屋敷の中庭に塔型の離れを作り。 今は、新妻と共に其処に住んでいる訳だが・・。
自身の寝室のベットが横たわる間近で、上半身を裸にして叫んだクシャナディースが仁王立ちしている。
「あああ・・お・お許しを・・」
豪華なシャンデリアが煌々と灯り、真新しい青い絨毯が敷かれた広い寝室。 彼を目の前にして、床に伏せて許しを請うのは、まだ16・7と思える様な若い女性だった。 運動などした事の無さそうな華奢な体つきで。 白いネグリジェから透けて見える肉体は、肉付きが少ない細身。 この様な細身の娘が令嬢と云うか、姫と育てられたのでは、偉丈夫のクシャナディースに怒鳴られたら、それこそ恐れ戦いて何も出来なく成るだろう。
だが、何故か怒っているクシャナディースは、ギラギラと滾る様な目を尖らせ。
「お前が我が子を生む気が無いからっ、ワシはヘンダーソンの様なヤツにバカにされるのだっ!!! さぁっ、少しは休んで居ただろう? 脱げっ、脱がぬかぁっ!!」
クシャナディースは、自分の背丈からしたら、丸で子供の様な女性に掴み掛かった。
「あぁっ、お許しをぉぉぉーーっ」
「ウルサイっ!!!」
クシャナディースに胸倉を捕まれた女性は、軽々と身を起こされる。 その顔は本来なら愛らしさが際立ち、花園にでも居て蝶や花と戯れているならさぞ絵に成ろう。 だが今は、脅えを露にして強張り、口元には薄っすらと痣が見えていた。
そんな彼女を、丸で殺し兼ねない睨み目で見るクシャナディースだが・・。 彼女に同情の念も持たぬ野獣と変わりは無い様に見える。 涙目の彼女が幾ら滴を落せど、クシャナディースには何の訴えにも成らないのは明白だった。
そして、部屋を扉一つ隔てた廊下には、中年の礼服を来た執事か、用人らしき男性が倒れていた。 顔には、真新しく殴られた痕が診られ。 鼻がやや曲がり、鼻血を床に流している。 彼は、クシャナディースの妻と成った姫に付き従う者だった。
恐らく、ヘンダーソンに注意を受けて苛立ったのだろう。 不満ををぶつける様に、昨夜から妻を抱いたクシャナディースであったが。 朝方に一人でベットを離れ、眠れぬままに酒を飲んでいた。 そして朝になって少しすると、性欲を持て余す野獣の如くまた寝室へと遣って来たのだ。
彼の妻に従う用人として来ていた男性は、廊下でクシャナディースとばったり鉢合わせした。 酔ったクシャナディースは、性格が変わって野蛮に成る。 そんな状態で夫婦の営みなど、殆ど暴行に近い。 用人の男性は、もう少し休ませて欲しいとクシャナディースを諌めた。
だが、寝ずに酒を飲んで居たクシャナディースだ。 もう判断の鈍った彼は、無頼の悪党と変わりが無い。 諌めも聞く耳持たず、彼を殴り倒して寝室へと踏み込んだ次第である。
男性との経験も知らず、純粋に初恋の恋愛を重ねていたらしい妻の彼女にとって、金で売られた相手が悪過ぎたと云えようか。
時として、貴族社会にはこうゆう事が起こる。 望む相手が強引だと、少女の内から30も40も年上の男に嫁がされる事も屡。 それが幸せな方向なら良いが、悪い方向では目も当てられぬ訳で。
妻の泣き叫び許しを請う声が、衣服を裂かれ、欲望に狂う男の荒ぶる声に掻き消される。
恐らく、この場面を見る限り。 誰もがクシャナディースを“極悪人”か、“気狂い”の様に思うだろう・・・。
しかし、クシャナディースとて、それ程オグリ公爵の様なバカでは無い。 あの老人が自分に公爵の姫を嫁がせたのは、己の影響下に末永く置ける高位の貴族・・・と云う足掛かりが欲しいが為。 公爵の血を引く訳でもないクシャナディースなど、云わば種付けに用意された雄馬に等しいのである。 クシャナディースの子供が生まれ、公爵家存続が世間に認められなければ、あの老人の望みは叶わず。 布いては、自分の価値も消え失せる。
妻を強引に抱くクシャナディースは、それだけ焦っていたのだろう。 自分に必要価値が無くなれば、只の金食い虫として汚名を受けるだけでは済まされない。 下手をすればあの老人から切り捨てられ、殺されるかも知れない。 剣の腕は達クシャナディースだが、長く深い付き合いをして来た高位貴族家は、この王都に他は居らず。 ヘンダーソンと老人の采配に乗っかる、云わば新参者なのだ。
この女性に対して見せる彼の苛立ちは、最近のヘンダーソンが吐く嫌味からで在り。 それは、通じて身の安泰を願う危機感からだった。 もし、いざと成れば。 この妻と成ったうら若き女性も、口封じに殺される可能性も有る。 あの老人の性格からして、それは容易に想像出来る。
正直な所、クシャナディースも出世欲が僅かに勝って、なんとかあの老人に加担しているが。 計画に引き込まれる前の頃は、ヘンダーソンと老人を怖がった位だ。
だが、一度走り始めた計画に加担した以上、もう逃げる事は許されない。 そう、自分が持つヘンダーソンや老人の弱味など、向こうにして見れば取るに足らぬもの。 自分を表で動かす操り人形にしたのだ。 ヘンダーソンや老人は、計画に加担する以前の自分の裏側まで知っている。 喧嘩をしても、勝ち目の無い相手なのだ。
(云えぬがっ、お前も托生の運命なのだっ!! 子を産めぇぇぇいっ!!!!)
クシャナディースは、目の前の女性を孕ませる事に目の色を変えた。 生きる為に、生き残る為に、自分の身を安泰にする為に・・。
女性の許しを請う声が微かに窓から漏れていたが、それも次第に聞えなくなった。 雪は、この日も深々と降り続ける。
・・・。
此処で、もう一人の動向が問題だった。
それは・・・。
薄暗い部屋である。 高い場所に在る窓から、白んだ昼間の陽が微かに差し込み。 その牢かと思われる部屋の周囲は、古びて黒ずむレンガ張り。 部屋の片隅では、使い込まれた暖炉に熾きが出来ていてる。 その炭が焼け、半分燃えた薪の乾くパチパチとした音が妙に部屋に響いていた・・・。
部屋の中央に目を移すと、白い何かが蠢いている。
「じゃ・・シャニス・・さ・まぁぁ・・、もぅ・・もう・・おゆる・・しを・・・」
幽かな声が、薄暗い部屋に放たれる。 その白いものは、全裸の女性であった。 張りの在る胸を露にし、長い金髪を背中に敷いて乱していた。 部屋の中央に築かれた石の祭壇の様な台の上に、その女性は横たわる。 力無くもがく手は、鋼鉄の棒に鎖と手枷で固定され、頭上へと伸ばしたまま・・。
その女性の脇には、長い丈のガウンだけを羽織る裸体の男性が居た。 少し無精髭を生やしているが、やや細身の身体は無駄の無い様子で。 女性の寝かされている直ぐ脇に置かれている水瓶から、金柄杓に汲んだ水を飲むと。
「ユーシス。 お前、解ってるだろう? まだ、俺が元気だって事を・・」
と、また水を汲み。 そして口に含むと・・、寝かされている女性に迫り、口移しで水を飲ませるのである。
そう。 この男が、あの老人の孫であるジャニスだ。 顔は青年らしい風貌で、キツイ視線と卑下な印象を与える口の歪ませ方を直せば、中々の男前。 何処かカリスマ的な風貌を臭わせる雰囲気が在った。
一方、裸のままに居る女性は、あの老人の下に居た女性ユーシスの様である。 白い肌に然り、その肉感の魅力的な身体に然り、確かに男の目を惹くに値う容姿だった。
だが・・。 彼女の胸を見るに、相当遣われ男性の相手をして来た様な柔かさが在り。 この身動きを封じられている中で、弱弱しくも嫌がり逃げようとする印象を受けるが。 しかし、その顔はもう恍惚と呆けて、何処かこうゆう事に至って尚も悦んでいる様な印象も・・・。
口移しに水を飲ませたジャニスは、そのままユーシスの唇を飽き足らず奪い。 彼女が少し荒く呼吸をし出すと、放し・・。
「フン。 あのジジイにとことん教育されたお前だ。 これぐらいの交わりなど、まだ半端って所だろう? その悦ぶ顔・・・、イイなぁ~」
ジャニスは、そう言ってガウンを脱ぎ、水瓶近くの籠に放る。 そして、ユーシスの上に覆い被さった。
ユーシスとジャニスの顔が間近に成り、汗で湿った彼女の髪を触るジャニスは・・。
「ユーシス、お前は違うオンナだ。 あのクソジジイに慣れたのも、その快楽に溺れるが為だろう? 国家の力関係を変えるなど、今は時代が許さぬさ・・。 あんな昔の威光に縋るオンボロは棄てろ・・、俺に乗り替われ」
そう強者の様に上からの面持ちで言うジャニスを見つめ、妖艶にニタリと笑うユーシス。
ジャニスは、そんなユーシスを見て狂喜を身に感じ。
「それでいい・・・それでいいのさっ」
と、ユーシスを貪り始めた。 白い肌に盛り上がる胸を、手と口で奪うジャニス。
すると・・、クネリクネリも弱弱しくもがくユーシスだが、その顔は笑みに満ち。 ジャニスのする事に、もう堪えられる悦びを味合わせられていると云った様子でしか無い。 妖艶な美しさを持つこの女は、一体どちら側に従っているのか解らなかった。
このジャニスと云う男。 祖父には“気狂い”と云われ。 父親には、“変人”と云われている。
それもその通りで。 母親の死に際は、階段の上で澄ましていたし。 人の死ぬ姿とは、文学的に書かれるそのままなのかと云う疑問を、本当に池に人を突き飛ばして溺れるのを観察しようとしたり。 絵を描く事で集まった学習生の前で、いきなり自分が裸と成って布一枚だけ前に付し。 デザインの元にしろとポーズを決めた事も在る。
更には、父と行ったアハメイルでの生活で、暇だからと金で雇った冒険者に無理難題な仕事を請け負わそうとするし。 下水道に流れた人の死体に集まったスライムの模写をしたいと、勝手に行くし。 傾いた会社を苦に、自殺しようとしていた男性と組んで商品開発で一山当てた事も。
だが、その無謀にも見える彼だが、数理計算の知識は中々のもので。 暗算の処理も速ければ、算段を立てるのも早く。 そして、建築の設計から、描き出すデザインの才能は周囲が認めている。 更に、意外に弓を使わせると、集中力の高さから的を外さぬ腕前が在る。 ある意味の天才肌だった。
彼は、もう寺院の設計や新しい文化施設の建設を終え。 その計算された幾何学的美術要素から、若いながらに高い評価を得ている。 彼は、欲望と美と思考に夢中であり。 自分の祖父が企てる様な計画は、もう今の時代にそぐわないと読み切っていた。
ユーシスの胸を弄り、やや汗さえ匂う身体をも舐める彼の脳裏で。
(・・んはははっ、クソジジイめっ!! 俺を骨抜きにしたと喜んでいるだろうがなぁ~。 この通り、テメェのオンナを物にされてるとは思わなだろう。 ジジイの計画の裏で、俺の計画が進んでいる事も知らないとは・・。 長生きし過ぎて、頭にヤキが回ってる。 ユーシスは俺のものさ・・、この家もな。 どこぞの公爵の姫だってぇっ?!!! そんな汚されても居無い雌など要るかっ!!! 人の歴史は、汚れと再生と破滅・・・。 このユーシスの様に、汚れても尚に美しく壊れたものこそが素晴らしい・・・。 見てろ、ジジイ・・。 お前の思い通りに、俺らや世界が回ると思うな)
と、自分の祖父への憎しみめいた思いを吐き捨てるのだ。 祖父に対抗すべく、理知的に画策を巡らし。 その知的に計算する事に因って生じる興奮を、抱くユーシスに向けるのであった。
確かに、一般の人と比べるに、彼は随分と変わっている。 だが、彼の思想は先端に在った。 王ですら、もう古いと思う彼だが。 今に王を廃すれば、世界は混乱し国同士の戦争が起こる。 そうしたら、軍事権を持つ貴族階級が戦争を支配し、王の位置が彼等と入れ替わるだけとも解っていた。 自由で、我儘の許される思想社会の到来は、もっともっと後だとも・・。
果たして、強引にも昔に還ろうとする狂気が強いのか。 それとも、先端の思想から、新たな世界を描く鋭敏なる思想が強いのか。 狭い一つの家族と云う枠の中で、世界の将来を描く二つの人間が摩擦を起こす。
それは、どうゆう結末を迎えるのだろうか。 この事件の中で、それはどんな糸を引くのだろうか・・。
★
そして。 出仕しない者の中には、ヘンダーソンも居た。
喪に服す素振りで休みを貰った彼だが、家に戻っても家族等と会う事も無く。 離れである小さい別邸に篭り、昼前の少し明るく成った頃に身支度を整えて馬車に乗った。 尾行されても構わないのか、馬車でゆるりと揺られて動く。
昼間に迎える少し前から、昼下がりまでの少しの間の夜明け。 その頃にヘンダーソンが最初に向かったのは、前当主が一時的に危篤に陥ったサージネルス家。 5大公爵の序列3番目にして、王族に縁の繋がりが深い公爵家だった。
だが、ヘンダーソンは、其処で思いも因らぬ待遇を受ける事に成る。 尋ねたロビー先で彼を迎えたのは、今の当主である若い女性で。
“ヘンダーソン殿、悪いのですがお引取り願います。 祖父は、ハレンツァ様の喪に服したいと、誰とも会いたくないそうですわ”
王家の執務官であり、御傍用人の地位を口に出してまで食い下がろうとしたヘンダーソンだが、二日前にポリアンヌが逢いに来たと聞いては、諦めるしか無かった。 クランベルナードの一番お気に入りであるポリア。 彼女が自分を嫌っていたのは有名であり。 彼女が此処を訪れるなら、誰も彼女が嫌う人物を相手にしないと解ったのだ。
サージネルス家の若き当主である女性は、ポリアとも年齢の近い人物であり。 また、ポリアの家とも新密度が高い。 危篤に陥ったホファンは、最初先々代の当主として居た。 50を過ぎた所で、頭のキレる酒好きな息子へと家督を譲り渡した訳だが・・。 その息子が、酒が祟って早世する。
これだけ聞けば、そんなに込み入った事でも無いとお思いに成られるだろう。 所が・・。
結構好き勝手な事をしたホファンの息子は、最初の妻を気に入らず追い出し。 貴族出の人妻を誘惑した上に、愛妾として囲った。 だが、その愛妾に自分の娘が生まれて間も無く、大病を患い呆気なく死んだ息子。 更に巡りあわせか、彼の後を追って自殺した愛妾。 周りに何も言わせない気の強さを持った情夫が死に、人妻は残されて茨の後生を過ごす事を受け入れられなかったらしい。
そんな流れで、この屋敷に戻って貰った妹の一家に助けを借りつつ、再度家督を自分に戻したホファンは孫娘を大事に育てた。 その孫娘が、幾つか年下ながら、通う学院で一緒だったポリアと仲良くなったのは、リオンを通じて。 今では便りが無くとも、ポリアがホファンの危篤を聞いて訪れる間柄なのだ。
実は、本人には自覚が無いのだが。 ポリアは、ある意味で貴族界の異端児に近い。 彼女の訪問を心待ちにする大貴族は多く。 ヘンダーソンは、やや嫌われ者に入る。
立ち去る事を余儀なくされたヘンダーソンは、雪が舞う外に出ながら。
(何たる事だっ! あの跳ねっ返りが動いているっ?!!! クソっ、小娘との親密さを望む貴族は、私などを遠ざける・・。 うむむ・・・これはいかん)
自業自得なのだが。 ポリアが王都を離れるまでは、自分の行動範囲が自然と狭められ出したと思うヘンダーソン。 貴族からの門前払いなど、流石に今のお役目に就いて初めてに近い。 胸の内に湧き上がる苛立ちを押さえ込むだけで、彼にして見れば精一杯だったであろう。
高位の貴族は、得てして冒険談議などが好きだ。 ポリアのチームは、リーダーの彼女を中心に名前も売れているし。 ついこの間も、アンソニーの一件で強力なモンスターを退治している。 ポリアと交際を持つ老貴族などは、そんな話を聞きたがってポリアに手紙を出していたのだ。 ハレンツァの死の前から、王都に居るのは知れ渡って居たポリアだ。 その催促や挨拶状が旧本家邸に届けられ、気が向くと彼女は出向いていた。
更に。 其処でハレンツァが死んだと成れば、その家族の身柄を引き受けているポリアである。 彼女に一時的に避難したご家族の様子を聞いたり。 また、その協力を申し出たりして、ポリアの家と親密な関係を築きたいと思う貴族が多くて不思議は無い。 彼女に手紙を出す上で、貴族同士の讒言を避ける為にも、ヘンダーソンと表立って仲良くする時期では無かった。
そう、王の傍に居れない取次ぎ用人・執務官などと・・・。
この事を密かに噂として聞いていたヘンダーソンなだけに、王が離宮へと消えた今。 彼女に嫌われた自分が、今更に恨めしく成って来た。 だが、その全ての原因は彼に在る。
仕方なく次にヘンダーソンが向かったのは、王妃の実家である。 自分と親戚筋で、歳も近かった王妃であり。 何かと用人の自分を頼った王妃だ。 此処なら、邪険にされず根回しが出来るとヘンダーソンは思った。
しかし、王妃が本格的に王と喪に服してしまった手前、王妃の実家もそれに習って喪に服すのは礼儀である。 況して、ハレンツァは孫の王子達の模範と成る良い教育係のような人物。 彼を亡くした後の喪に服す中で、軽々しく客と会うなど無礼に値う。
一応、王妃の兄で当主代理に面会は出来たが、ヘンダーソンがどうにか王妃に会えぬものかと相談すると・・。
「何を云うかと思えば・・ヘンダーソンっ。 君は、我が一族の者成れど、この時にその様な非礼を良くも抜け抜けと云えたものだな。 王の側近者である君は、誰にも増して亡きハレンツァ殿の喪に帰順し。 王が、我が妹である王妃と共に離宮より出られるまで、屋敷に篭って祈り居るのが務めであろうっ。 一刻を争うかも知れぬと云う用事で在ったが、一体何だ? 我に云えぬなら、只今、ご命令で王宮を預かるセラフィミシュロード様の両名に、その火急の用事とやらの話を通すのが筋であろうっ!!!」
と、叱られる始末。
「それは、そうですが・・」
言葉を濁すしか出来ないヘンダーソンへ、真面目で堅物の当主代理は更に苛立ち。
「緊急でない用事なら、即刻立ち去れぃっ!!!! 我が一族の名前に泥を塗る様なら、私は承知せんぞっ!」
と、まで。
王妃の家系は、古い貴族筋では有った。 だが、一時の昔に誇った威勢に比べれば、その栄光は遥か昔の事と言って良い。 王妃として、一族の者が輿入れ出来た今だが。 一族としては、出世に拘るより先ず貴族として名前負けしない威厳と、王家に対する忠誠を持つ事が一番。 王妃の一族として、恥を見せない様に。 後ろ指を指されたり、王妃に余計な気遣いをさせない様にする事が大事と思っている。
一族の中でも頭の回りが良く、事務処理に秀でたヘンダーソンは或る意味で一族の誇り。 その彼が、王や王妃に帰順した行動を取らないのは、王妃の兄である彼には我慢成らなかったのだろう。
クランベルナードが何故に喪に服したか、その意味を理解し始めたヘンダーソン。 追い出される様に本家を後にし。 馬車に乗り、別の貴族を尋ね様とするヘンダーソンだが・・。 その車内で。
(うぬぬ・・、これが狙いではないかっ!! この様な空気の中で、隠れて何かを行おうとしても波風が立つっ!! これでは、動けば動くだけ怪しまれるっ)
ヘンダーソンが思う画策は、古びた礼儀と云う物に因って自然と阻止される方向性を見せた。
(嗚呼・・。 我々の計画は、一体何処から狂っていたのだろうか・・・)
馬車の中で、ヘンダーソンは思い悩んだ。
思う様に立ち行かなく成り始めた画策。 馬車の中で項垂れるヘンダーソンは、計画を最初から思い返し始めた。
思えば、此処までの道のりは長かった。 まだ若いヘンダーソンは、あの老人の口添えも在り。 結婚したばかりで、右も左も解らぬ王妃にも味方が必要だろうと云う観点から、王室執務官の下っ端に配属された。
だが。
強力な権力を望むヘンダーソンとあの老人の関係は、更に以前からの付き合いであり。 クランベルナードへ王妃に成る親戚を引き合わせろと命令を受けた時から、計画は動き続けて来た。
王妃の子供は、3人。 その何れかを洗脳しようとした最初の計画は、ハレンツァや若きポリアの様な外部の存在で邪魔された。 リオンと云う暴れん坊は、騎士としての道や兄を思う心情を鉄壁に鍛え上げ。 テトロザと二人で、ヘンダーソンと老人の撒く悪しき芽を、片っ端から摘み取って来たのである。
王妃の親戚筋で、王妃と遠からぬ従姉弟と云う立場を利用し、着々と執務官の中の階級を上がるヘンダーソンだったが。 どうにも同じ叛乱分子の芽を増やし切れないままに来た。 自分の家族や極近い親近者を手元に寄せ、王家の近場と成る仕事に斡旋して権力の安定は図れたぐらいだろう。
何よりポリアに嫌われたり、王子達と親密な関係を築けなかったのは、致命的だったのかも知れない。 トリッシュには、ハレンツァや他。 リオンには、テトロザや他。 その下の三男は、姐的なポリア他の親密な者が居て。 ポリアに嫌われた時点で、クランベルナードにやや遠ざけられたりして、王子達との距離が埋まらなかった。
一方。
そうしている内に。 ヘンダーソンの行う部分的な根回しが、途中から芳しく無いと読み取ったあのミグラナリウス老人であり。 今度は、貴族に足掛かりを作ろうと画策したのである。 極悪商人ホローと繋がり、あのバカな公爵のオグリ等も影響下に収めた。
だが。 ホローと老人の繋がりは、商売相手の域を出なかった。
ホローは、老人が密かに語る絶対権力を持つ貴族社会の中で、自分の存在は下に成ると理解。 計画が成功したあかつきには、貴族に取り立てると云われたのだが・・。 同士としての繋がりは遠慮し、多額の金と引き換えに。 ホローの悪徳商人としての勢力拡大と、捜査機関から手が回らない様にそれなりの内通者たる貴族や役人の手配を受けるだけに留まった。
つまり、ホローはそれだけ現実主義者だったのである。 名誉や家柄に縋り拘るより、儲ける事を画策する方が好きだったのかも知れない。
ホローを支配下に収め切れない老人は、他の悪徳商人とも繋がりを模索し。 その中で知ったのが、あのクシャナディースだ。 勢力を拡大し掛けた地方商人を無実の罪で陥れ、商業ルートの乗っ取りをしたクシャナディースは、老人には悪くない人材だった訳だ。
だが。 ここ近年でその金蔓も一気に減った。
一つの要因は、リオンとテトロザ。 二人は、何かとキナ臭い事件には首を突っ込み。 老人が商人を通じて荒稼ぎをしようとする悪事や、貴族の権威を強固にしようとする画策を潰して来た事が挙げられる。
更に。 オグリ公爵と老人の繋がりを知らなかったホロー・・。 いや、ホローには、老人の足を舐める貴族など気にするに値しない。 老人も含め、貴族は全て金蔓としか思っていなかった訳だが。 そして、人として使い物に成らないオグリ公爵が、まさかあんな格好で係わり合いを持っていたとは・・。 ヘンダーソンと老人も驚くしかなかった。
老人は、公爵として護らねば成らぬ物を、安直に易々と身代にしたオグリ公爵に憤り。 また、それを金儲けにしようとしたホローが、自分では到底手に負えないと判断した。 老人は、ホローに王家の宝物をオグリ公爵へ返却する様に手紙を出した。 だが、ホローがこの金を産む物品を手放す訳は無かった。 多額の金を積んでも、名誉をチラつかせてもホローは応じなかったと云う事実。
老人は、密かにヘンダーソンから手を回させ、ホローが行う盗品売買を露呈させ。 更には、ホローの飼う野党の群れとの仲違いを画策した。 其処で、通り掛った様に関わる別の貴族も居て。 老人は、一見すると陰ながらホローを擁護すると見せ掛けながらも。 一方では、ホローの手下として縛られた悪党達へ叛旗を翻す様な唆しを仕掛け、遠くから糸を引く形で葬ろうとしたのである。
その計画は、まんまと成功した。 通り掛りの冒険者の活躍で、上手い具合にホローとオグリが一網打尽と成り。 また、オグリ公爵の口から老人の事が漏れる危険性も在ったが。 其処は抜かりの無い老人である。 密かに手を回し、兵士を通じて精神を乱す薬を飲ませた。 貴族の気持ちの引き締めを狙うリオンは、オグリ公爵の刑の執行を早め様と厳しい取調べを課し。 連日の取調べで可笑しく成り始めたと思われたオグリ公爵は、早い段階で処刑と成った。
この一連の危険の芽を摘み取る計画に当たり。 ゆっくりとクシャナディースを公爵まで引き上げる計画が、公爵へ一気に押し上げる計画に移行した。
金で買収する公爵家の姫は、最初はオグリ公爵のバカ息子に嫁がせようと云う内々の計画だったが。 父親に輪を掛けたバカである息子では、頼りに成らないとヘンダーソンが進言。 格上げを遂行中だったクシャナディースだが、早々に公爵まで強引に老人が押し上げる事に決めた。
さて。 その計画と同時進行で途中から推し進め始めたのが、アンソニーの屋敷に有る王子の証を示す印字の調達であった。 老人がどうしてそれを知っていたのか・・、ヘンダーソンも知らない事だった。
計画当初は、手下をを封鎖区域に忍び込ませ、密かに旧王子の屋敷を家捜ししようと云う計画だった。 だが、いざ見張りの者を眠らせて封鎖区域に進入出来たと思いきや、想像を絶するモンスターが蔓延り。 更には、アンソニーの屋敷は何と魔法で封印されている。 これで、最初の計画は中止を余儀なくされた。
其処で、下調べを進めたヘンダーソン。 其処から解った事は、以下の密約。
元々から、モンスターの棲む森や湖である事は解って居た歴代の王は、斡旋所と密かな契約を結び。 斡旋所へ年間で纏まった運営補助費を出す代わりに、封鎖区域で暴れるモンスター在らば、これを速やかに討伐させていたのだ。 更に、湖や森で増えるモンスターを討伐させ、その数を縮小させると双方で約束をした事を知る。
この事実を知った老人は、予てから悪事を助ける組織と連絡を取り合っていて。 長年に亘り、ヘンダーソンと右腕・左腕としてきたラヴィンと相談。 急遽計画を変更し。 子供を封鎖区域に遣らせゴタゴタを起こしては、冒険者にアンソニーの屋敷までの道を作らせる事に・・。
何とか、子供達を封鎖区域に侵入させる事に成功。 数組の冒険者を飼い犬にして、セイル達が子供達を救出したと聞き。 アンソニーが出て来た事は知らぬが、クシャナディースに封鎖区域の見回りを申し出させる。
王は、それを保留にしたが。 モンスターが外に出る事を相当に恐れても居たので。 ヘンダーソンとクシャナディールの長時間に亘る押しにより、見張りを手の内の者と交代させる事に成功する。
実は、この間にアンソニーが現れ、王は事態を知る。 リオンがアンソニーを助け、とにかくアンソニーをどうするかと云う難問が立ち塞がり。 クランベルナードも、煩いヘンダーソンとクシャナディースに折れたと云う内容だった。
見張りを交代出来た事で、ヘンダーソンは計画を達成出来ると思った。
所が・・。 夜に捜索へと向かわせた手の者は、またもやモンスターに食い殺された。
一人だけ大怪我をして逃げ帰った者により、またも失敗を知ったヘンダーソン。 計画を先頭で仕切る上で、この知らせには打つ手なしと呻いた。
しかし、だ。
此処で、王が上手く動いてくれた。 自分達の望む物を、冒険者を使って持ち出してくれると云うのだ。 ヘンダーソンは、王妃に取り入って王と接する機会を増やして居た事が、此処で功を奏したと思い。 セイル達の身分を知らないので、クランベルナードに宝物の管理の重要性を示唆。 その御蔭で、やっと宝物の管理を任される事に成った。
やっと計画が上手く行くと思ったヘンダーソンなのだが・・。
ラヴィンが封鎖区域で宝物強奪の襲撃に失敗。 しかも、預けられた宝物は、どれも王子の所蔵する美術品や宝物のみと来た。 ハレンツァは意味有り気に、王子の印字や軍事権を示す物など無いと云うのだが。 しかし、兵士に聞けば確かに在ったと・・。 しかも、宝物を護る冒険者達が、王と親しいセイル達と云う点に気を揉んだ。
ヘンダーソンは、何とか綻びは在れど上手く行っていた計画が、大詰めの処に差し掛かって尽く破綻する事に苛立ち。 そして、疲れ始めていた。
今の状況では、表立って動けない。 どうにかして王妃にだけでも面会し。 王の魂胆や、人前に出て来なくなったと云われるトリッシュ、姿の見えないエリウィンの居場所などを聞き出さなければと思う。 だが、こうなると動けば動くだけで目立ち、警戒しているリオンはおろか、その命を聞くポリアの兄二人に目を付けられてしまうだろう。
ヘンダーソンは、ラヴィンが去った今。 残された組織の手下が無粋で、何事も強引にするだけで事足りると思ってる輩らしいので困った。
(ぬぬぬ・・、ラヴィンめが残れば良かったものを・・。)
ラヴィンは、もしも王子の権威を示す印字等が見つかった場合を想定し、一番信頼の出来る自分が行く事にしたらしい。 それだけ、あの面体も人数も解らぬ殺し屋集団ですら信用が出来ず。 また、組織の集めた悪党達も、一枚岩の結束力が無いと云う事なのだろう。
次に向かう屋敷も間近と云う頃。 遂に、ヘンダーソンも心配が計画遂行の一念より勝り。 馬車の内側から、外に声を掛けれる小窓を開くと。
「おい、別邸に戻れ。 ちと、用が出来た」
無言で頷く御者は、馬に鞭を打ち。 先の曲がり角を曲がって、何処かの貴族の家の脇を行く。
断続的に降る雪が、また本降りに成りつつあり。 もう直ぐ、平和だった1年と、未来の平和を願っての年始を祝う祝賀祭の時期が近付いていた。
ヘンダーソンは、遂にこの式典の手配からも遠ざけられた。 ポリアの兄から、その式典は王宮を預かる王子以下、今の執行部が執り行う事にしたと通達を受けたからだ。
焦るヘンダーソンは、自分の身の振りを考えねば成らない所が近い気がして来る。
あの老人には、目の前に居る建前で忠節を尽くす様な事を言ったが。 内心では、そこまでの覚悟など在りはしない。 最終的には、一族を捨て。 あの老人とクシャナディースを囮にしてでも、自分が助かる方法を模索すべきと思う。
そう考えると・・・。
(もしかして、ラヴィンが居無いのは好都合か・・・)
と、思えて来るヘンダーソンだった・・・。
だが、それはあくまでも最終的な事態の話。 今は、まだどうにか成る処だと思える。
(ラヴィン・・、どうせなら印字か紋章を持って参れ。 王子のソレが在れば、王都以外の軍隊を密かに動かす事は可能・・。 南方のアハメイルと他でクーデターを起こせば、国が混乱する。 混乱さえ起これば、それなりに手立ては在る・・・)
焦りに責め立てられるヘンダーソンは、追い詰められ始めて。 少しずつ壊れ始めていた。
どうも、騎龍です^^
ご愛読、ありがとう御座います^人^