二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
≪徐々に迫るその時の手前≫
「うはぁ~、寒い」
白い息と共に小声を出して手を揉むユリアは、瓦礫と化した壁の上に立つ。 崩れた壁の残骸に影を差す残った古い石壁の影から、辺りを窺っていた。
荒れ果てた土地が広がる中で、放置された古い屋敷などが遠くにチラホラ見えている。 不思議な事に、何が在ったのか屋敷や塀が何処も彼処も半壊していたり、崩壊していたり。 まるで、“廃墟と化した街”と云える光景が広がっていた。
瓦礫の大半は雪に埋没し、生えている一本の孤立した様な木は、どうも生気を失って枯れているかの様に雪の中に佇む。 今日も小雪が舞い、風がやや強い。 この無人の屋敷だけが取り残された区域では、益々寒さが身に沁みる。
ユリアは、この場所に移って今日で三日。 この場所が、何でこんなに精霊の力を感じないのか怖く成っていた。 その理由を知るセイルとアンソニーは、テトロザと共に出ている。 二人は、リオンの経過報告を聞きに出ていた。
マーリは、この場所を不要に成ったからと云った。 一般には、商業区が海沿い方面に大きく拡大し。 土地として古い柵と貴族支配の強いこの旧貴族区は、次第に住む人が減り。 商業区に近付いた今の場所が栄えたと。 そして、此処にも病気の蔓延等が在り、居続けた年寄りが死に。 入れ替えが起こったのだと。
確かに、此処には少しだけ人の住む場所が在る。 前の仕事でも行った貴族区と、この旧貴族区の境辺りには、確かに人が住んでいる。 しかし、マーリの屋敷が在る奥地は、全く人の住む気配が見えない。 何故、こんなにも屋敷や土地が放置されたのか。
さて。
マーリの屋敷は、円形の石壁の塀を巡らせた中に、六角の塔型の母屋を基準とし、そして五角形と八角形の建築物が所々に繋がる変わった屋敷だった。 六角の母屋を取り囲む屋敷の土台に当たる一階が、八角形の屋敷で在り。 その二階には、五角形の屋敷が・・。 何処か神殿建築を臭わせる設計で、古くに好まれた屋敷であるらしい。
だが、その屋敷を取り囲む石壁の半分は崩壊し。 放置された屋敷自体も、所々に壊れた様子を見せる。
ユリアは、クラークやマーリの使わした男手と共にニセの宝物を隠した。 中央母屋の地下で、埃臭い場所に・・。
しかし、罠は二重三重に張り巡らせてある。
このマーリの旧屋敷には、セイル達と数人の役人が居るだけ。 表立って警備しているのは、海岸沿いの住宅区の一部で。 元は、旧倉庫だった所に作られた不用品や廃棄物を集めて置く襤褸屋。 管轄は国の物なので、テトロザが急遽手配した。
もし、廃材置き場の方に賊が押し込み。 其処で一網打尽に出来れば、それで丸く収まる。 このマーリの旧屋敷は、賊の捕縛に失敗した時の二の手なのだ。 セイル達に、無用な危険を近付けたくないテトロザの配慮と云えよう。
ユリアは、闇の精霊や雪と風の影響で出て来る精霊以外が出て来ない様子から、この場の過去に疑問を抱いた。 丸でアンソニーの眠っていた屋敷の周辺と似ているのだ。
(まぁ~ったく、何でこんなに寂れるのよ。 こんなの、普通じゃないわ)
そう思いながら、フードで顔を隠し。 マントを確り留めてコソコソと母屋の建物に戻っていく。
今は、昼前。 クラークは長年の経験から、保存の持ち運べる食事でも色々とこさえる。 ユリアは、少なく熾した火の影響を心配して、見に出て来た次第。
かなり大きい屋敷で、それだけでも目立つと思うユリアだが。 屋敷の方に戻り掛けたユリアだが、この荒涼した雪に埋れる区域にて、生き物をオーラを近くに感じて・・。
(えっ?!!!)
と、立ち止まった。
「・・・」
こんな場所だ。 人が歩いていると、生命波動のオーラが良く解る。
(かっ・隠れなきゃ・・・)
慌てるユリア。 ユリアの肩に現れていたサハギニーが、“隠れろー隠れろー”と云わんばかりにアタフタする。
壁にへばり付いたユリアは、
(サハギニー君・・・、ど~しよ)
すると、サハギニーは、
(ワイが先ず見るからっ。 ユリアは、其処にいろーっ)
と、急いで飛び降りる。
ユリアと精霊達は、言葉を交わさなくても意思の伝達は出来るし。 ユリアが心を赦さない者には、基本的に精霊は見えない。 魔法遣いが単にユリアを見れば、精霊の力をぼんやりと蟠りとして感じるだけだし。 同じ精霊遣いでも、“精霊が其処に居る”としか感じられない。 ユリアの持つ異能は、それだけ特別なのだ。
(サハギニー君、気を付けて)
(おっ・オイサ~)
サハギニーは、ユリアの肩から飛び降りた所で滑りそうになり、アタフタしながら雪で殆どが覆われる瓦礫の上によじ登って行く。
今しがたユリアが見ていた壁際に、コソコソと向かうサハギニー。
一方のユリアは、自分から遠く離れる事も出来ない精霊達なだけに、サハギニーの向かった方に、カニ歩きをする様に一歩・・・一歩・・・と注意して動く。
サハギニーは、ちっさい足でエッサエッサと雪の上を走り。 山の様な斜面を登って、壁際に戻った。
(あ、何か居るっ)
サハギニーが見ると、この屋敷の壁から少し離れた向こう。 元は敷かれたレンガで道が在ったと思われる通りを鋏んだ先。 半壊して雪が舞い込んだ屋敷の中に、二人組みのマント姿をした何者かが居る。
(なぁ~んか怪しいヤツラだっ)
サハギニーは、ユリアに振り向き。 間近に迫ったユリアへ、
(ユリア~、誰か居るゼぇっ)
サハギニーの元に着いたユリアは、恐る恐るチラっと見てみると・・。
「おい、本当に此処かぁ?」
「さぁ~、大きな屋敷だと聞いたが」
半壊した屋敷から出て来た面体の解らない二人が、男の声でそう言い合っている。
(居るって、近っ! サハギニー君っ、アレ・・どぉ~見ても兵士さんとかじゃ無いよね?)
(んぁ~、ど~見ても見えないなぁ)
マントを着て、顔まですっぽりと覆う二人は、もう枯れきった木の下まで来て。
「つぅ~かよ。 人の居たのって、ど~見ても貴族区とこの元の貴族区の境辺りじゃないか。 確かに隠れるにはイイ所だが・・逆に此処じゃ~目立つだろう?」
「確かになぁ~。 あっ、おい」
「ん?」
このやり取りにユリアは、何か気付かれたのかと思い。 サハギニーと一緒に、“ビクンっ!!”としたのだが・・・。
「そういや~さ、此処って幽霊が出るらしいゼ」
「なぁ・・マジかよ」
「あぁ。 何でも、古い貴族の怨念がモンスター化して、何度か冒険者に退治依頼が舞い込んだらしい」
「おいおい、そりゃ~薄気味わりぃ~じゃねぇ~かよ」
「こんな所に、人が好んで来る訳無ぇ~って」
「だな。 しかも、どの屋敷も半壊か、崩壊してらぁ。 こんな所、他に無いゼ。 とにかく、一旦戻ろう。 オラぁ寒くて、もう手足が震えてる」
「同感だ。 向こうの廃棄場の方が、よっぽど怪しいゼ」
そう言い合う二人。
ユリアは、自分達を捜す誰かだと思って怖くなる。
幸い、セイルと云う賢い青年は、簡単に此処を探られない様に考えた。 運びこむに当り、足跡が消える様に裏口だった場所から入り。 馬車の轍なども、しっかり消した。 運び込んでから、断続的に降り続く雪の御蔭で、跡もすっかり消えている。
セイルとアンソニーは、廃材置き場が先に引っ掛かる可能性が強いし。 万が一、マーリの博物館がまた襲われては困ると。 移動するテトロザに付き添い、警戒しているのだ。
後3・4日すれば、リオンの居る王都から騎士と、リオンやテトロザと共に冒険者の時も一緒に居る仲間が来るらしい。 上位騎士の中でも最強のワイナー・トルティー。 魔想魔法と、気孔系格闘戦士のハイブリット遣いであるミント・トルティー。 リオンの恋人らしい王宮僧兵団の若き逸材、ローズマリー。
彼らは、冒険の時には名前を変え。 リオンと共にスター・ダストのチーム名で旅をする。
リオンは、情報源として最有力のセイル達を護るべく、自身の手の内でも最強のカードを遣したのだ。 それは、もう直ぐ王都と此処アハメイルは、年末年始の祝賀ムードで最高潮に達する。 王都は、ハレンツァの一件で沈黙しているが、アハメイルはそうは行かない。 この大都市で騒ぎを起こされたら、それこそ大変なのだ。
ユリアは、周囲を確かめながら、怪しげな二人が貴族区の方に向かうのを見て。
(見つからなかったぁ~っ)
と、安堵する。
一方のサハギニーは、
(捕まえなくてイイのかぁ~?)
と、不安げに云うのだが。
(セイル達も居無いのに、此処で捕まえたらヤバくない?)
(そぉかぁ~?)
サハギニーと共にユリアが見ている中で、面体の解らぬ二人は遠ざかった。
ユリアは、サハギニーを肩に乗せ。 クラークの元に急いだ。
ユリアは、壊れた壁の一部から、こっそりと八角形をした外回りの建物内に入った。 そして、迷宮の様な部屋と廊下を抜け、中庭に出る。
「おぉ~、ユリア殿。 遅かったですな」
丁度、水を作るのに雪を鍋に入れていたクラークと鉢合わせだった。
「くっ・くくくクラークさんっ」
慌ててクラークへと駆け寄ったユリア。 そして、そのユリアの肩で騒いでいるサハギニー。
「?」
クラークは、頬を紅くさせて慌てるユリアを見て、何か在ったと読み。
「ユリア殿、中へ。 さっ、中で聞きます」
クラークは、ユリアを母屋である塔型の屋敷へと導き。 自身も入って戸を硬く閉めた。
この屋敷には、二人の他に役人2名と兵士3名が居る。 男4人だが、1人は女性。 深夜にこっそりと遣って来るセイルとアンソニーに付き従い、兵士二人づつ交代で入れ替わる。 だが、この女性の役人は、帰る家は寄宿舎だからと一緒に居てくれる。 何でも、彼女も孤児だったらしく、同じ境遇のユリアを案じてくれる。 口数の少ない20後半の落ち着いた人物だった。
そんな兵士と役人達は、高い塔の上に二人と、下の広い一階部分との二手に分かれていた。
が、上からもあの遠ざかる二人が見えたらしい。 ユリアが入る前に、既に下りて来ていた。
ユリアは、クラークも含めた皆に事を伝えると・・。
「うむ。 ユリア殿、手を出さずに正解ですぞ。 その二人を捕まえれば、此処で何か在ったと知らせる様なもの。 セイル殿やアンソニー様が居無い今に、それは返って危険です」
古びた家具が壊れ掛けていたり。 深い色合いをした赤紫の絨毯が綻んでいたりする広いロビーは、同時に居間でも在る様だ。 蜘蛛の巣が張っていた暖炉には、薪が少なく燃やされる中。 クラークの周りに集まった一同は、見張りを塔の上だけにして。 夜までは見張りも極力控えて息を潜めようと話し合う。
交代している男の兵士を除き。 女性の兵士とクラークやユリアは、セイルの話を思い出した。
“悪党集団は、組織に呼ばれてもそれぞれグループで活動するのを基本とするそうです。 ただ、そのグループに指揮をする誰かで、“コア”と呼ばれる指令官を軸に活動するとか。 そのコアが此処に居無いなら、彼らは別々に動き回って居ると思います。 ですが、コアが居るなら、組織的に攻撃を仕掛けて来るでしょう”
セイルは、流石に一度襲われているだけある。 後に祖父から聞いた事を、しっかり覚えていた。
そして、
“問題は、先に此処を見つけられない事。 此処が見つかり、仮に襲撃を受けたら。 宝物がニセ物と解ると、大方取る手法はもうマーリさんの身柄に切り替わると思います。 此処も、そして必然的に廃材置き場の襤褸小屋も、ハッタリだと解ってしまうからです。 そうなれば、我々かマーリさんを強引にでも誘拐する手段に出て、一般の人に被害が・・。 リオン王子がカタを着けるまで。 もしくは、段階的に相手方にダメージを与え。 グループを一網打尽にするか。 大胆に動けない程に弱められさえすれば、時間を稼げるでしょう。 相手の何も把握できて居無いままに、マーリさんの下に手伝いに来る日雇いの方にも犠牲が出ました。 情報を見せないだけでは、危険は回避出来ません。 これからが、正念場。 派手では在りませんが、鎬を削る探り合いに成りますよ”
と。
セイルは、家柄から帝王学とも云える学問を受けていた。 ある意味、相手の心理を読んで人を動かす教育も、教育と商人と云う家系から培われ。 更には帝王学の一環で、簡単な用兵学も学ばされている。
セイルの見立てや状況分析は、同じ教育を受けたクラークやアンソニーからしても同感だった。 ただ、此処からはもう探り合いで。 現場の局所対処に成る。
今はまだ、リオンの正式な指令が無い状態で、一連の警戒・警備行動はテトロザとリオンの間の話。 テトロザも表立って動くに限度がある為。 遊撃隊の様な冒険者のセイル達は、ありがたい存在でもあった。
そして。
この数日、普段よりも悪党達が騒いでいるのが気に成る所だ。 役人達が捕まえた悪党達は、余裕の態度でふんぞり返っている。 犯罪に至る動機も曖昧で、非常に捜査が混乱している。
これは、在る捜査筋の裏情報で、確認など取れないものだが。 何処からか、裏社会に金が流れているらしいという事だった。 ある程度の遊ぶ金が入っているから、生活に困る事も無く。 また、傷害や盗みで捕まっても然程の罪には問われないからと、悪党達も高を括っているらしいのだ。
テトロザは、裏社会に金が流れる時は、何時も治安が乱れて良くない事が起こると解って居た。 流石の彼でも、不安を隠しきれない様子だった。
セイルは、今回の一件が関わっていると、小さく呟いたとか・・・。
★
一方で。 同日の朝。
「トリッシュ様、起きられましたか?」
特別な書庫に篭るエリウィンは、朝なのか遣って来たトリッシュに挨拶をした。
「エリウィン、無理をしてないかい?」
「はい。 昨夜は、少し深く寝ていました」
「そうか、それは良かった。 私も少し眠り過ぎたよ」
と、軽食を運んで来たトリッシュは、衣服も改めて居無いままである。 今は、朝もだいぶに過ぎた頃で。 高さの在る王城の一室から窓を見れば、遠くの空が白んでいたらしい。
雑談を交わしながら椅子に座ったトリッシュは、昨夜遅くまで書き出したものを眺めだし。
「しかし、よくよく調べてみると、我が王国の貴族の系図も怪しいものだね」
「はい。 この様に複雑とは、私めも驚きで御座います」
「問題なのは、“アルグレット”侯爵の血族だ。 あの粛清で、プッツリと消えている」
トリッシュとテーブルを挟んで対峙する様に座るエリウィンも。
「はい。 あの追放を受けた貴族の中で、最もお許しが難しかったアルグレット家で御座いましょうが。 歴史の表舞台から、こうも完全に抹消されているとは・・。 逃げたご家族は、まだ安定を保っていた頃の西の大陸へと逃げたらしいですね・・」
「うん、その様だね。 でも、この家族は気に成る」
「え?」
トリッシュは、読んだ書物の重要な部分を抜き出して書き留めた物を見て。 何度も目で読み返しながら・・・。
「アルグレット侯爵の処刑された当主には、男子は一人も居無いんだ。 その代わりに、女児が5人」
「ほう、丸で我が家の様な・・」
顔を上げたトリッシュは、エリウィンの家庭事情を知るだけに。
「そうだね、エリウィンまでは、全員女性だものね」
「はい」
軽く頷いたトリッシュは、また顔を俯けると・・。
「変なのは、この追放された家族がたった3人だけだと云う事。 使用人などを含めても、追放時に港まで護送されたのは、この記録に因れば10人に満たない」
アルグレット侯爵家は、王を輩出出来る公爵家とも近い一族であり。 その追放時に於いて、一番勢力の在った侯爵なだけにエリウィンは・・。
「それは、確かに変ですね。 我が家ですら、追放時に付き従った者が30名近くと記述が在りますが。 それより、此方が少ないとは・・・」
「それから。 アルグレット家は、ミグラナリウス家など幾つかの総本家でもある様だね」
「えっ?」
「表立った家名分けの記述は書かれて無い。 でも、古い記述を読み返すに、最初から貴族として表舞台に居たのは、アルグレット家だよ。 どうやらその娘を貰い、政治的手腕を買われたとして貴族の仲間入りしたのが、あの老人の一族であるミグラナリウス家だ。 名前が役目に出てくるのは、今から1000年ほど前だね」
「な・・何たる事だ」
一緒に調べていたエリウィンは、ミグラナリウス家の家督相続に何回か怪しい部分が在るのを見て、何だか気味が悪いと思っていた。 リオンに語った他にも。 自分の子供では無く、養子や婿・妻に貰った者が継いでいるのである。
「トリッシュ様。 もしかして、ミグラナリウス家は、アルグレット家の分身では在りませんか?」
「・・・、そう思っても変では無いね。 ただ、ミグラナリウス家創設後に、アルグレット家から一度も養子や結婚の記述が無い。 この家系図に出て来る名前が偽りか、若しくは別の手が在るのか。 とにかくこの二つの家は、お役目も似通った領域が多く。 議会などでは、同じ主張派に属している。 此処まで来ると、共に手を携えていると思えるね」
「益々怪しい・・」
「そうだね。 でも、明確な決め手が見えない。 もう少し、この粛清前までの議会録なんかを見て、時事録を検める必要が在りそうだよ」
「は」
だが。 トリッシュは、また別の記述も記憶していて。
「でも、不思議だ・・。 ハレンツァの家は、元は外来の貴族なんだね」
「そうなのですか?」
「うん。 その昔、我が王家と二分する王家の大元、レオ=ゴブロッド家に嫁いだホーチト王国の姫が居てね。 彼女に付き従って遣って来た騎士へ、我が王家が“サー・リジェネリック”(将校の特別な贈り名)を授けたらしい。 それから・・500年後。 レオ=ゴブロッド王家を二分する内紛が在って、其処で両家を焚き付け諍いに導いた貴族を斬ったのが、君のご先祖だよ。 そして、侯爵家の御嬢さんを貰って、ハレンツァ伯爵に成ったんだ」
トリッシュの語りで、エリウィンは過去の先祖の功を聞き続けた。 時には、戦争に逸る王を諌めたり。 時には、騎士としてその命を捨ててまでモンスターなど戦い。 また時には、国を揺るがす国難の時に、王国の為に身を捧げたりした事が在ったらしい。 追放を受ける切欠は、他に追放された貴族の一つと血縁が強まり。 時の国王の我儘に近い改革の速度を緩めようとした結果だとか。
トリッシュも王子である。 アンソニーの兄が妻を強引に殺められた事には、同じ男性として同情をした。 だが、実際に行われた改革の中身は、王の感情的な公私混同の部分も多々在り。 改革の全てを賛同出来るとは思わないと、最後に添えた。
聞いているエリウィンは、亡き父が自分に護るべき道筋を示している様な。 トリッシュを支え、心から王に仕える事が役目だと再認識させられる様な気持ちに成った。
二人は、此処で引き続きの調べ物を続けた。
★
「あぁ嘆かわしい・・実に嘆かわしいっ」
声を震わせ、握る羽根の付いたペンを机に突き立てるのは、あの老人だ。 ミグラナリウス84世。 本名は、ジャーチル・ヘドウィグ・ミグラナリウス。 彼もまた、ハレンツァ同様に名前を呼ばれない人物の一人。 だが、ハレンツァと大きく違うのは、彼自身が名前を棄て。 ミグラナリウスを使っている点であろうか。
さて、この老人が怒りに身を震わせているのは、返礼の挨拶を書こうとした矢先であった。 予てから計画の思想に協力的だった貴族へ、自分の下に一度挨拶に来て欲しいと書状を書き送ったのだ。
だが、その返事はどれも裏切りに近いものだった。
ー ミグラナリウス殿、ご機嫌麗しゅうに
今、国家の大老とも言うべきハレンツァ殿が亡くなり。 年末年始の祝賀行事まで、我が家では彼の喪に服す事に成りました。
王の威権の問題と、この問題は別物に御座います。
どうか、喪を終えて新たな年を迎えてから、またお互いに顔を合わせたいと存じます。 -
老人と予ねてから親しく付き合う貴族出、初老の当主が返した書状だ。
ミグラナリウス老人が会いたいと書状を書き送った者は、15家。 その全ての返答が、この内容に似通っている。 中には、王では無く。 貴族を代表するハレンツァの死を受け、老人とバカ話に興じるなど出来ないと云った関係解消とも取れる内容も有る。
老人からするなら、王族擁護に回った裏切り者のハレンツァなどどうでもいいのだが。 他の貴族は、計画の薄皮を夢物語の様に聞いていたに過ぎない。 老人の思う協力者と云う想像図が、大きく壊れた。
老人は、ラヴィンが傍に居無い今、急に孤独を味わう様で怖くなる。 こんな時なら、あの“バカ”を名前に付けてもいい様なオグリ公爵でも、傍らに居るのを喜べそうな所だ。
さて。
そんな事から気落ちするミグラナリウス老人を、そっと開いたドアから覗くのは、老人に仕えるあの中年男性である。 コート風の礼服を着て、スカーフネクタイとベストも着こなし、中々の似合い様。
だが・・、その顔は曇っている。
(どうすればよいか。 俺は・・、裏切りをしなければ成らないのか?)
老人以上に心が乱れる用人の男。 彼の懐には、差出人不明の手紙が在る。 いや、差出人は誰かなど直ぐに見当が付いている。 その相手が問題なのだ。 そう・・、恐らくはこの老人の孫で、“気狂い”と云われるジャニスであろう。
ー マクファーソン・レンドル殿。 フフフ・・・、君に良い知らせを。
昨日から、君の末の息子が消えているだろう?
いやいや、案ずるな。 彼は、今はと或る所でノンビリとしている。 用件が決裂するまで、彼は絶対安全と云っていいから。 まぁ、気楽にしたまえ。
用件とは、至極簡単だ。
これから、指定された日の深夜。 私の手の者と会って、話を聞いて欲しい。 そして、その話を快諾して欲しいのだ。 君がその願いを叶えてくれるなら・・ご子息は無事に帰す。
フッ。
正直、殺しなど面倒だから嫌いだ。 だが、君が拒否をすると云う事は、此方にもそれなりの飛び火を覚悟しなければ成らない訳で。 そのつまりは、大変だ。
日にちは、明々後日の夜。 君の住む離れから近い厩舎に行く。 恐らく、この手紙を読めば、私が誰か想像がつくと思う。
当日、良い返事を期待するよ。
では、頭の腐った君の主には内緒で宜しく。
追伸。
其方が差し向けてくれた美女は、在り難く頂いた。 だか、もう返す気は無いので、そのつもりで。
では、腐った老人には、くれぐれも内密に頼む。 ごきげんよう・・・。 -
この気取った書き回しは、ジャニス以外には考えられなかった。
(なんたることだ・・・)
マクファーソンは、気のおかしいジャニスに息子を攫われたのだ。 昨夜、口のモゴモゴとしか言えない妻が、手紙を手に上の子供達と泣いていた。
マクファーソンは、老人に相談しようとしたのだが・・。 今の状況では、何を相談しても気に留めないだろう。 仕方なく、どうしたらいいか悩んでいた。
ジャニスの元に行かせたユーシスは、戻らないままに4日を過ぎた。 恐らく、ジャニスに監禁されているのだろう。
何故、老人がユーシスをジャニスに遣わしたか。 それは、ジャニスが有る意味潔癖の性格で、異性をゴミと考える性格が災いしてだ。 この老人は、行く行くは自分の家を含め、ミグラナリウス・クシャナディース・ヘンダーソンの3家を公爵にして、5大公爵に3家をねじ込ませようと画策している。
この計画に当たり、爵位的階級と云う意味で向上意欲が無い老人の息子は、リオンの飼い犬に近く。 違う意味で狂人の如く振る舞い、欲望を別に向ける孫のジャニスは、老人の傀儡には成り得ない。
老人は、ジャニスの子供を教育し、自分の分身を生み出したかった。
老人は、その思考を祖母から叩き込まれたらしい。 実は、ジャニスの母親とはとても欲望の強い女性で在り。 老人の息子に嫁ぎながらも、この老人と関係を持ち続けた悪女に近い。 本来なら、ジャニスも母親の教育でそう成る予定だった。
が。
ジャニスは、生まれながらに異才を放つ神童と云われた。 そして、彼は自分を洗脳しようとする母親を、物心付く幼い頃から軽蔑視している。 まだ、彼と父親の会話は、何処にでも在る反発する息子と、言い聞かせたい父親の構図と云えた。 しかし、母親とジャニスは、生まれながらにウマの合わないと云うべきか。 生理的に相反する母子だった。
その答えは、乳飲み子のジャニスを乳母に棄て。 もっぱら夫の留守中に、実の夫の父親と姦通する母親の性格から来ているとマクファーレンは思う。
そして、ある時。 マクファーレンが老人の影の手先から、一応は堂々と用人に成り立ての頃。 惨劇は起こった。
この家の螺旋階段にて、ジャニスの母親が転落死を遂げる。
物音と悲鳴を聞きつけ、メイドや自分が現場に向かうと・・・。 首の骨を在らぬ方向へ回し、血を吐いて死んだジャニスの母親が居て。 階段の上には、まだ8歳のジャニスが佇んでいた。
マクファーソンの見たその時のジャニスは、異様なまでに無表情で。 慌てるメイドや騒ぐ下男達を見ても、何一つ動じる事も無い様子だった。
結局、母親の死を重く受け止めたのは、老人だけ。 元々から仲の悪かった旦那は、薄々と実の父親との姦通を感付いていたし。 一人息子のジャニスは、母親を親と思っていなかったから、死んでも悲しむ訳も無い。
一年して、ジャニスをアハメイルへと連れた父親は、別の温和な貴族女性と再婚している。 リオンとテトロザの付き合いからの見合い結婚らしく、この老人は結婚式に出席しなかった。 この時から、老人と息子の半疎遠状態は続いている。
ジャニスは、非常に勉学の成績は優秀であり。 芸術には優れ、描く才能は天才だと評価。 16の自分から、父親の伝で、王都の芸術教育の学校へ通う事に。 20前で、絵と建築設計のデザインでは、並ぶもの無しと云われた。
王都に戻っても、この専横激しい老人とは全くウマが合わず。 離れた別邸をアトリエ兼住まいとして、彼は借り得ている。 その金も、父親の懐から出た物と自分の才で稼いだ金で賄っている。 芸術界でジャニスは、将来アハメイルに住む鬼才ウォルターの跡を継ぐとさえ云われる。
実際。 ジャニスの才能を見抜き、王都の洗練された芸術学院へ入学を勧めたのが居る。 Kの知り合いで現れた、あのウォルターその人だ。 孤高を好む上に我儘で、回りを軽視するジャニスだが。 唯一本物の貴族と敬愛するのが、そのウォルターなのだ。
そして、このウォルターもまた20前後の若い頃に、当時は中年のミグラナリウス老人と出会っている。 当時から天才で通っていた彼だから、老人も仲間に出来れば心強いと思ったのだろう。 アハメイルにて開かれた祝賀祭に同席させて、彼に貴族至上主義を説いてみた。
一方のウォルターは、老人の下心が潜んでいるとは知らず。 親しい仲間から執拗に誘われて、気晴らしのつもりで来た祝賀の席で。 嘗ての老人に囁かれたウォルターは、上っ面で楽しむ素振りの貴族達を前にして、突然にこう言っている。
“王都とは、雪に閉ざされているのが悲しい定めだな。 大海を知らぬまま池に飼われた魚が、大海原を泳ごうと夢見ている。 貴族の庭の小池に住む鯉が、大海原の何を語れようっ。 冬の厳しい寒さを自力で生き抜かぬ虫の卵に、冬の厳冬を生き抜く生き物達の何を語れようかっ!!。 嗚呼、古えからの名家だけを振り翳す小物が、世界を春に導く王の険しき道の何を知り得るのか?!。 ・・・実に下らん、此処は化石の会合よ”
ウォルターは、老人に取り巻く様に諂い、老人の語る持論に賛同する貴族達へ言い放ち。 老人を一瞥だけして、祝賀の席を去った。 この王都で、決まりきった時を過ごしつつ過大な夢を持った老人を皮肉ったのである。 貴族としてプライドの高いウォルターだが、クランベルナードとは変わった意味で仲が良い。 時折、古い形式に拘る王家を批判するウォルターだが。 リオンとは、皮肉を交えて腹を割った話し合いも出来る男だ。 アハメイルの流行や商人の台頭を目の当たりにし、世界の流れの本流を肌で感じる鬼才には、ミグラナリウス老人が既に白骨化した化石と同じと思えたに違いない。
そして、その意見を賛同したのが、他ならぬ老人の孫であるジャニスなのだ。
老人は、水と油は合い寄れぬと解っているだろうに。 ジャニスを飼い慣らすべく、ユーシスを送った。
しかし、それが老人の思惑通りに行くかと云うと・・・。
固執して行く者は、あらゆる意味で何か大切な部分を軽んずる。 老人は、身近な家族さえ軽んじているのだ。 その歪は、何処までも矯正される事無く続いている。 そして、歪に耐え切れなく成った関係は、耳に聞こえぬ音を伴って壊れて行くのだ・・。
どうも、騎龍です^^
そろそろ、セイルとユリア編も終わりに近付いてきました。 話の完成度が高い主人公のものからと成りますので、ご了承下さい。
また、エッジスタにて、ファン登録して下さった皆様、此処をお借りしてお礼を申し上げます。 ありがとう御座います。
ご愛読、ありがとう御座います^人^