二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
≪リオンの駆け引きと、闇の裏舞台の騒動≫
さて。 トリッシュが引き起こした騒動は、リオンが王宮の表に戻っても続いていた。 その慌しさは、今度は逆にリオンには都合良く。 戻っていた密偵や情報を探す手下が戻ってたので。 私室にて打ち合わせを済ませてしまった。
そして、後は父親とポリアに面会するだけと成った彼であり。 暗がりの広がる王宮に出たリオンは、真っ先に父親であるクランベルナードへ謁見に向かった。
極夜と云う気象現象が、夕暮れを夜に変える。 平地で夕日の沈む彼方を見れば、淡い陽の残り香の様な明るさを伺えるが。 四方を湖や森などに囲まれる盆地の様な王都アクストムは、薄暗くなり始めるのも早かった。
冷え込む夕方。
国王執務室に引き篭もりがちのクランベルナードは、食事の量も少なく。 妃であるリオンやトリッシュの母親を心配させていた。
折りしも、クランベルナードに謁見を申し出たのは、ヘンダーソンの方が早く。 クランベルナードへ、リオンの専横が目立ち過ぎると密告を受けていた最中だった。
執務室のデスクの前に座り、頭を後ろに凭れさせる国王である。 その顔は憔悴し、寝不足の顔を虚ろにしたクランベルナー王は、
「リオンにも、アヤツの思いが在ろう・・。 好きにさせてやれい」
と、言うだけ。
しかし、食い下がるヘンダーソンは、
「陛下っ、リオン王子の横暴は、丸で自分が時期王にでも成ったかの様・・。 トリッシュ様の権限を無視した発言などは、目に余りますっ!!」
と、声を上げた。
トリッシュの傍に付けた二人が、リオンとのやり取りをヘンダーソンに伝えて来た。 トリッシュを動かしては、エリウィンの居場所を炙り出し。 そして、自分達の事を調べる回るリオンの動きを、ついでに乱そうと考えていただけに。 トリッシュの傍に付けた二人を引き剥がされるなど、ヘンダーソンにとっては“横暴”としか思えない。
近くの赤い暗幕の裏には、奥方も堪えた様子で控えていた。
(あぁ・・、リオン。 何を考えているの?)
王妃には、自分の影響を保持できるのには、ヘンダーソンの身も在ってと思っている。 何を画策する訳では無いが。 王妃である自分の云う事を聞いてくれる手足が、ヘンダーソン。 トリッシュやリオンなどの王子の行く末を憂いで居る王妃からすれば、ヘンダーソンはキレる用人なのだ。 そのヘンダーソンと我が子が仲違いなど、見たくない事態なのである。
其処へ。
「随分な言われ様だな。 俺が、何時に兄上を蔑ろにしたか?」
と。
この場の誰もが知った声だ。 クランベルナード王は、顔を前にし。 ヘンダーソンは、膝を折った態勢から後ろへ。
静かに開かれていた扉を潜り、リオンが入って来ていた。 薄暗い国王執務室なれど、声だけでも解るリオンの登場は、場の雰囲気を引き締める存在感が在った。
疲れたクランベルナードは、噂の渦中に居るリオンの登場に。
「リオン、未だ話中だぞ。 物事には、順序が在る」
と、弱い声で窘めを促した。
が。
歩み進むリオンは、ヘンダーソンが此処に居る事に利を見出した。
「父上、ならば・・。 何より私が先です」
クランベルナードは、何事かと。
「どうゆう事だ?」
「はい。 実は、ハレンツァ殿が亡くなる直前です。 このヘンダーソンとクシャナディース卿が伴い、ハレンツァ殿に圧力めいた話をされていたとか。 父上から、最近の不穏な出来事の調査を命じられた私としては、その事を強く問い質したかった所です」
そう言ったリオンは、此処でヘンダーソンへ。
「ヘンダーソン。 ハレンツァ殿へ、何を申された?」
と、問い質しに掛かった。
ヘンダーソンは、ムッとした顔をして。
「幾ら王子とは言え、言い掛かりとは卑怯なっ。 私が、クシャナディース様と一緒に、お亡くなりに成られたハレンツァ様を脅したと申しまするかっ?!」
クランベルナードも、話が話なだけに。
「リオンっ、それは実証が在って言って居るのか? 噂を真の様に言い、疑いを向けている訳では在るまいな?」
だが。 リオンは、ヘンダーソンの目に向けた視線を外さずに。
「父上、今に解りましょう」
と、だけ言い。 ヘンダーソンへ一歩寄って。
「ヘンダーソンよ。 その時の話の内容は、今は亡き父親殿から聞かされたエリウィン殿以下。 立ち聞きをしていたメイドに等に、大方聞かれて居る。 話に因るなら、ハレンツァ殿が冒険者と一緒に持ち帰った品。 その中にの物にどうこうとか。 一体、どうゆう事か?」
と、踏み込んだ詰問に入る。
すると、ヘンダーソンも口を返さずには居れなかった。 此処で正当な理由を出し、ハレンツァに疑いを向けるのがイイと。
「・・それは、王から受けた命令に因る末に御座います。 私は、あの旧王子邸から持ち帰った品々の管理を、此処におわすクランベルナード王陛下から直に承りました」
リオンは、ワナに掛かったと思い。
「ほう。 して?」
「えぇ。 しかし、一緒に運び出しに関わった兵士に因りますれば、持ち出した宝物には王子の印字等の品が在ったらしいと・・。 ですが、私に渡された品物には、その様な物は何一つ在りませんっ!! もしっ、ハレンツァ殿が勝手に抜き出したのなら・・、彼は反逆すら考える者なのかも知れませぬ故に。 私は、公爵家クシャナディース様の立会いの下、その事を問い質しに面会したまでに」
ヘンダーソンがそう言うのに合わせ、クランベルナードの目がギュッと細まった。
そして、リオンも目を細める。
口を先に開いたのは、クランベルナードで。
「ヘンダーソン。 御主には、詮議を掛けられる身覚えは無いのぉ・・。 話は、此処まで。 控えよ」
と。
何かを言おうと、クランベルナードへ振り返るヘンダーソンだが。
「ヘンダーソン、控えよ」
と、クランベルナードは、直ぐに繰り返した。
「・・・、は」
反論した手応えが中途半端のままに、ヘンダーソンはこう言われた。 丸で、追い払われた感じである。
リオンは、ヘンダーソンが出てゆくまで見送る。
そして、戸がが閉められた。
デスクを鋏んで対峙する親子。
やや俯き加減のクランベルナードは、リオンへ。
「今の言葉・・どうゆう意味だろうか?」
「父上、偽りの裏返し・・・かと」
「ふむ」
「ハレンツァ殿は、アンソニー殿の身分を記した印字や王子の権限を証明する紋章の品を密かに抜き取り。 そして、私に直に預けました。 何でも、アンソニー殿が目覚め、この城に来た夜。 何者かが入れ替わりで、封印区域の内部に侵入しています。 モンスターに食われた遺体を密かに検めましたが、貴族の手の者と兵士らしき装備の者などが・・」
すると、クランベルナードはグッと顔を上げ。
「リオンっ!!! この国はっ、そんなに乱れているのかっ?! この平和は・・ただ在るのでは無いぞっ!!!!! どれ程・・どれ程の犠牲が昔に有ったかっ・・・。 まだ・・まだ何かを策謀せねばなるまい時世かっ?!」
リオンは、ハレンツァを犠牲にした事に、自責の念を抱く父親の叫びを聞いた気がした・・。 だが、現実は解決を見て居無い。 父の為、兄の為、リオンは・・・。
「父上。 これが策謀だとしても、我々兄弟が取り除きます」
「リオンっ・・」
「今、ハレンツァ殿へ父上が命じた任務を、ご子息であるエリウィン殿へと引き継がせ。 その手伝いを兄上がして居ります」
「なっ・・」
驚くクランベルナードの思いは、暗幕の裏に控える王妃も同じ。 トリッシュが、自分から何かを率先して行うなど、非常に珍しい事だ。 況して、不穏な危険に対して動くなど、今までの彼では在り得なかった。
リオンは、更に続け。
「父上、兄は・・。 いえ、時期王に成られるトリッシュは、私に捜査の実施を再度命じました。 我が兄弟二人で、ハレンツァ殿の仇及び、この不穏な事件の糸引く者を捕まえます。 どうか、今暫くは、知らぬ存ぜぬを決め込んで下さい。 それから、エリウィン殿を捜す宮中を、父上の御力で沈めて下さいませぬか?」
だが。 クランベルナードは、トリッシュに大した驚きが終わって居無い。
「あ・あの・・・トリッシュが、そう言ったのか? あの・あ・・トリッシュが?」
リオンは、一歩下がっては控えて。
「はい。 弟として、時期に王に成る兄上の命は、どう在っても偽れませぬ」
クランベルナードは、リオンがもう一線を引き。 王子として、弟として、これからも兄を支える覚悟が出来上がっていると見た。 父親として、これほどに嬉しい事は無い。
「・・わっ・わわ・・解った。 それがトリッシュの命と在らば、それに従おう。 私は、エリウィンに蜜命を出したとして、これから数日はハレンツァの喪に服して篭る」
こう言ったクランベルナードは、リオンをしっかり見て。 瞳より一筋の糸を零しながらも。
「これから王宮の事は、お前と、トリッシュで仕切れ。 喪に服している間・・この父をっ・・政務に引き摺り出す事は、絶対に・・どうあっても罷り成らんぞっ」
今まで、リオンに事を任せる事は在っても、トリッシュには無かった。 病気がちで、ひ弱な印象の長男トリッシュは、王と王妃の過保護の傘に在った。 父として、王として、トリッシュとリオンの両名にこう言える時が来ようとは。 時期王をトリッシュに譲る時期を窺っていたクランベルナードにしてみれば、それは大変に嬉しい事である。
「はっ。 仰せの通りに」
「うむ。 して、セイルやアンソニー殿などは安全か? ユリアやクラーク殿に、この国の汚事で危険を及ぼすのは悪い。 しかと、アハメイルにも通達を出せ」
「はい、心得て居ります。 もうテトロザにその事を頼んで在りますれば。 明後日には、交代に向かう兵を増強して、腕の立つ騎士数人にも臨時の召集を」
「うむ。 全て任せる」
リオンは、一礼をして。
「父上、これで失礼致します」
「大儀であった。 トリッシュに頑張る様伝えよ。 お前も、怪我など無い様にな」
「は」
下がったリオン。
一人に成ったクランベルナードの元に、長年連れ添った王妃が寄る。
「アナタ・・」
「大丈夫だ。 ハレンツァの犠牲の影で、息子や若い貴族の成長を見せられるとは・・。 だが、ハレンツァの犠牲を無駄に出来ぬ」
「えぇ・・」
「お前には悪いが、これから起こる事は目を背けれぬぞ。 誰が首謀者であれ、誰が関わっていようが、私は断罪の行為だけは弱めぬ。 トリッシュへ引き継ぐ前の大仕事だからの」
「・・・」
黙る王妃は、言葉が繋げない。 ヘンダーソンは、自分の家系に繋がる者。 彼が疑われるのなら、その周辺。 つまりは、自分と身近な誰かも加わっている可能性が出て来る。 ヘンダーソンへ何も詮索をせずに返した我が夫の様子からして、怪しかった。
だが。 トリッシュが自分から何かに動くなど思いもしなかった。 ハレンツァとは対等に話すのが当たり前だったトリッシュにとって、今回の事件は成長に繋がったらしい。
(あぁ、何事も無きに・・)
悪い予感は外れ、良い部分の兆しだけを望む王妃。 都合の良い事なれど、人としての切なる我儘であろう。 そう、願いだった。
・・。
宮中では、トリッシュまで消えて騒ぎが拡大し掛けていた。
だが、クランベルナードが命令を出して、騒ぎは収まる。 そして、正式に数日の喪に服す宣言がされ。 王と王妃は、離宮に退去。 宮中の運営は、トリッシュとリオンの二人に任せられ。 その核として任命を受けたのが、ポリアの兄の二人。 長男のアルフォンヌと、次男のルシャルルム。
剛健な容姿ながら文武両道で、まだ30半ばにして若き政務大臣を務めるアルフォンヌ。 そして、法律・祭事の大臣である策士・切れ者のルシャルルム。 この二人は、ポリアに会わなければ“不動の志士”と噂されるほどの堅物なのだが。 ポリアには、全く頭が上がらないバカ兄貴らしい。
王子側、王側、どの方面とも中立で。 貴族の中でも最も権威の高い公爵筆頭の家から、臨時の代理大臣が選出された。 この急激な変化に一番驚いたのは、クシャナディースとヘンダーソンだろう。 もう帰宅しようかと云う矢先で、次々と王から命令が出されたのだから。 王室御用取次ぎ用人としての肩書きを持ったヘンダーソンが、全くの不知の中でである。
クシャナディースの私室で会った二人。
慌てているクシャナディースは、
「ヘンダーソンっ!! 今に発令された内容を聞いたかっ?! 何故っ、我に教えぬっ?!!」
と、ヘンダーソンに詰め寄る。
「解らぬっ!! 私にも、何がなんだか・・」
唖然として頭の中が混乱するヘンダーソンは、クシャナディースに詰め寄られてもどうしようも出来なかった。
ヘンダーソン以下、遠ざけられたお傍用人や役目に就く貴族などが揃い。 夜に成る頃に、国王執務室前に詰め掛け王に面会を求めど、騎士と兵士に阻まれ返された。
「命令をお聞きに成られていなのかっ?!! どの様な用件だろうが、全てセラフィミシュロード様の御両名に通して頂きたいっ!!!」
押掛ける貴族達が、王への面会を阻まれ。 苛立ちの極みから王の近くに居る権威を振り翳そうとするが、全くの無駄だった。 何せ、騎士と兵士はリオンの手の者で。 その命令は、王から直に。 誰も逆らえない。
しかも、その支配の全てがポリアの家に集まった。 これは、リオンの計らいだった。 リオンとポリアの兄は、非常に考え方も似た王家を基準とし、王家に帰順した忠誠の念を持つからであった。
★
リオンは、後戻りは出来ない賭けを仕掛け。 父親を動かして、宮中をかき乱した。
乱れた縮れたものは、それぞれに元に戻ろうとする。 大抵は、成りを潜めると云うか、混乱を収める上で鎮まるものだ。 だが、その混乱で何らかの不利益を被る者が居るとするなら、その者は不利益を回避すべく動く。 表立って動かなくても、闇に紛れ、平静を装いながらも動く。
リオンは、ネズミの如く動く悪い虫を退治に掛かった。
そして、此処に動くネズミが一匹。
あの老人の下へ、変装した姿でヘンダーソンが訪れていた。 普段の気取った刺繍の入れられたマントなどは着て居らず。 街人風の衣服に姿を変えてだ。
夜更けに近付く最中。 急な訪問で起こされた老人は、ヘンダーソンの格好を見て。
「ふふ、何だその姿は? 何か有ったか?」
玉座の様な椅子に座る老人が言うのに対し。 数段の階段を隔てた場所に膝間付くヘンダーソンは、示し合せたハズのクシャナディースが居無い事に不安を感じながら。
「御老っ、大変でございます」
「ん?」
宮廷内で起こった事を聞く老人は、その皺くちゃの顔を厳しいものにして。
「・・・。 ヘンダーソン、それは真か?」
「はっ」
此処に、ラヴィンはもう居無い。 あのジェノサイダーと云う暗殺集団と共に、南のアハメイルへと旅立ってしまった。 積荷の所在を突き止め、欲する物を持ち帰る為に。
「ヘンダーソンっ、まさか・・・露呈したのでは在るまいな?」
苛立ちを言葉に隠す老人は、そう身を乗り出さんばかりに云う。
老人の顔を恐れから直視出来なかったヘンダーソンは、少し身じろぎして引き。
「いえ、そこまでは・・」
と、言ってから、今度は縋る様に顔を上げて。
「ですがっ、リオンとエリウィンめは、少々感付いて居ります。 私とクシャナディース卿でハレンツァに例の物の在処を聞いた事が、それに繋がったかと・・」
「なんとっ? うぬぬっ、バカめがぁっ」
「申し訳在りませぬ。 やはり、苦労してでもトリッシュに聞かせるべきでしたっ」
「・・・」
歯軋りをした老人だが、ヘンダーソンへ。
「で? 我に近付きつつ在るのか?」
「いえっ、そこまでは。 恐らく、私とクシャナディースに・・」
「で? 如何するつもりなのだ?」
「はぁ。 最悪、クシャナディースに罪を着せて抹殺し。 私は、逃げる形を・・。 御老さえご無事であれば、企ては如何様にも出来ると思います」
「くっ、リオンとエリウィンの小倅を始末出来れば良いが・・。 それをしたら、もう騒ぎは静まらぬ。 此処は、それしか手が無いか?」
「かと・・・。 ですが、上手く過去の王子の遺品さえ手に入りますれば、クーデターも可能かと。 今は息を潜めながら、その双方を狙い伺うに限ると・・」
「うぬ。 それに賭けるか」
「所で」
「なんだ?」
「あの始末をしている連中ですが・・・」
「あぁ・・、ラヴィンの残した一団か?」
「は。 よもやとは思いますが・・、エリウィンの身の回りに手を伸ばして居ませぬと心配してますが?」
「なぁにを。 ハレンツァの倅を預かるのは、セラフィミシュのご一族じゃぞ。 かの一族に手を出したとすれば、我の大義名分が砕け散る。 それは、断じて在る筈の無い事じゃ」
「おぉ・・。 それを聞いて安心致しました。 今、宮中の主は、トリッシュとリオンであり。 その手足として仕切るのが、かのご一族の若き次席御当主の兄弟両名。 もし、何か在りますれば、我々の息の根は止められましょう。 私の加担が解れば、それは王妃様にまで飛び火し兼ねぬ事態。 其処までは、・・今は其処までは出来ませぬ」
「解って居る。 王妃のご一族は、我とも遠縁。 その繋がりが証明される今だからこそ、我は新生を狙って居るのじゃ」
「では、今晩はこれにて。 火消しに動きますので、御老はこのままに。 あのアハメイルに向かった者達から、何か知らせが在りますれば、呼び出しを」
「おう・・、方々に回す元手は在るか?」
「はい。 未だ、前に頂いた物が」
「おぉ、そうかそうか。 もし必要なら、取りに参れ」
「は」
老人は、ヘンダーソンを労う様に立ち去らせた。
(うぬぬ。 ハレンツァを殺したのは、些か早とちりだったか。 今は、ラヴィンなども居らぬ。 アレの残した残党では、暴れるか殺し続けるのが関の山。 事態を収拾するなど、出来様ものか。 ラヴィンが戻るまでは、このままの状態を貫く以外に無いのぉ。 ヘンダーソンよ、上手く立ち回れ。 お前を始末する時は、我の安全が確実のものと成った時よ)
覚悟を再確認する老人は、右手の引っ込みに控える礼服姿の中年男へ。
「もう、今夜は休む」
「は。 では、寝室へお連れ致します」
長身で礼服姿の男性に立たせて貰う老人は、裏手の階段に向かいながら。
「所で、この二日程ユーシスが見えんが?」
「それは、ジャニス様の所かと」
「何と? 離れの中屋敷か?」
ヨチヨチと歩く老人へ手を貸す礼服姿の男性は、階段に気を配りながら。
「はい。 御命令を護ろうとしたユーシスですが、お孫のジャニス様に気に入られ過ぎた様ですぞ。 ヘタをすると、丸一日以上監禁され、男女の情事を強要されているとか・・」
「ふふ、アレもまだ若い故の。 ユーシスの調教され切ったカラダは、離れ難い魅力だ」
老人の手を引く礼服の男性が。
「連れ戻しましょうか?」
と、聞くのに対し。
自分が手解きをしたクセに、老人は驚くほど嬉しそうな笑みを浮かべ。
「放って構わぬ。 あのバカ孫は、父親にも、我にも似ぬ気狂い故な。 此方の屋敷に来られたら、迷惑で仕方ない。 ユーシスで釘付けに出来るなら、それも良かろう。 あの画策好きなジャニスには、丁度良い目晦ましだわえ」
「・・・承知致しました」
階段を降りて、寝室へ連れられた老人は、部屋の中に備わった手摺に身体を預けると。
「よいか? この事は、内緒じゃ。 ワシの息子に知れたら、ちょいと厄介だからの?」
「はい。 心得て居ります」
「うむ。 情け無い事に、ワシの息子はどいつもこいつも不甲斐無い。 ジャニスの父親とて、アハメイルで国防に携わり、リオンの腹心を気取る阿呆・・。 他のバカは、ワシが自ら手を下して始末するに及ぶ愚か者じゃった。 気狂いの孫であるジャニスの子供には、ワシの意思を受け継がせるべく教育を徹底させねばなるまい。 90を越えて、未だに心の落ち着く日々が来ぬとは、何とも虚しき事よ」
この話を聞かされる礼服の中年は、この老人こそが時代にそぐわない外れ者だと解っていた。 だが、高額の報酬に加え。 元は殺し屋の様な落魄れた自分を、今は用人に取り立ててくれた恩義も捨てられない。
「もう遅い頃合い。 早めに休まれませ」
「おうおう。 そうさせて貰うかの」
手摺を伝い、ヨチヨチとベットに向かう老人。 この老人は、見ての通りに移動が不自由。 部屋など広くても、殆ど入り口とベットの往復なので、部屋に改築の手が入っていた。
大きなベットに向かった老人を見届け、中年の礼服男性はドアを閉める。
(主の酔狂も困ったものだ・・。 まさか、此処まで手を伸ばしていたとはな・・)
この男性は、一時期別の仕事を与えられ。 本家のこの家には居なかった。 だが、ユーシスに新たな命令を出す中で、手が足りないと戻された。
正直、老人の言う国家新生の企画草案を聞き。 この男性は、夢物語を語っていると思った。 だが、自分を引き立てた人物で、もう抜き差し成らぬ所まで行動を共にしている。 老人の頼みで、老人の愛人が産んだ次男や三男を殺したのは、この男であった。 迷いも少なく、老人の語る酔狂を国に言い立てると脅して来た息子達だ。 殺して、然るべき相手だった。
が。 世界的に暗躍する悪党集団を雇い入れ、本当に国家転覆の様な真似事に邁進する老人には、この男性ですら少々手に余る。
(困った・・、どうすればいいか)
迷うに、答えの出ない事だった。
★
さて。 また別の場所では・・・別の影が動く。
その夜も更け始めた頃。
不穏な気配を、ハレンツァの死と云う形で知る国民だが。 王都の民の多くは、喪に服す証の黒い紋章を模ったブローチやワッペンなどを喪章とし。 国葬を受けたハレンツァの死を悼んだ。
ハレンツァは、その異名も然る事ながら。 クランベルナードやその前の王の窮地を、言葉通り身を挺して護った。 国を揺るがす事態になり兼ねない事も在ったし。 また、市民とも良く接し。 困窮する家族の若者などを、自分の組織する兵士に登用する事もした。 彼が勉学の面倒を見て、役人に成った者も居る。
貴族の中では、威張り散らさない庶民派の人気格の一人だっただけに。 斡旋所ですら、喪章を戸に張った。 斡旋所の主は、過去にハレンツァと事件を共にした事も在るだけに、当然の行いだったであろう。
そんな、ハレンツァの喪に服す王都には、酒場の営業も早め早めの店仕舞いが行われる。 普段より早い時間帯だが、無頼のゴロツキや冒険者を相手にする陰湿な裏路地の酒場以外が店仕舞いをし始める頃。
「おい」
王都の商業区中央。 やや寂れ、細々と営む店が並ぶ目抜き通りから外れた路地で、明かりも見えぬ夜の闇が支配する通りの一角。 真っ黒のローブ姿をした何者かが、突然の様に声を掛けられた。
「・・・」
何者かは、雪が左右の店の壁際に集められた通り上で振り返る。 すると、影の誰かが立っていた。 闇夜に慣れた目で見る限り、数人の集団の様だった。 自分を呼び止めた声は、明らかに男である。
数人の先頭に立つ声を掛けた誰かは、人通りの全く無い小道を行く何者かに。
「お前、誰の差し金で俺らを嗅ぎ回ってる? 依頼主を云え」
と、低い声で脅しを掛けた。
身じろぐ何者かは、何も言わずに逃げ出した。 明らかに、相手が誰か察しが付いた様に・・。
「逃げ切れると思うのかっ?」
鋭い口調で言ったのは、集団の先頭に立つ誰か。
その言葉は、只の脅しでは無かったと逃げた何者かが知るのは、直後。
「っ?!!!」
曲がり角へ向かって急いだ何者かだが、自分が到達する前に別の誰かが現れ。 行く手を塞がれたと解る。
「余計な真似をしやがる上に、諦めも悪いか?」
逃げた何者かの背後へ、先に現れた数人の誰かが近寄り。 先頭の男の声をした者が、こう云う。
「・・・」
前後の行く手を塞がれた何者かだ。 この路地は、建物と建物の間が狭く。 ヘタをすると雪に詰まって通れない場合が在る。
(仕方ないっ)
一か八か。 何者かは、右手の雪に封鎖されていない建物と建物の間に逃げようとするのだが。
「おっとっ!!!!」
黒いローブ姿の何者かが駆け込む前に、集団の先頭に立つ誰かが右手を振り上げた。 シュっと空気を切り、宙を走った何か。
「う゛っ・・・」
逃げようとした何者かの項に、鋭い何かが刺さった。
ドサッと道脇の雪の盛られた所に倒れ込む何者か。
「いいんですか? 急所でしたよ?」
倒れた何者かの背後に回り込んでいた影の誰かは、集団の先頭に立つ者へ言う。
倒れた何者かに近付く集団の先頭を行く誰かは、
「構うこたぁ無い。 どうせ、コイツも口を割らん。 それにジジィが死んで、まだ動かす奴なんざ~察しが付く」
「息子ですか?」
「多分な」
数人の影の誰か達は、倒れて呻く何者かを取り囲んだ。 うち一人が、倒れた何者かを軽く蹴飛ばすのだが。 全く反応が無い。
「死んだか。 ま、聞き出せなくてもいいや。 命令が有り次第、押し込む」
すると、屈んで刺さった刃物を引き抜いた一人が。
「え゛っ?!!! マジですか?」
と、驚くのだ。
「なぁんだ? 怖いのか?」
すると、また別の誰かが。
「カシラ。 死んだジジィの家族が居るのは、あの“風のポリア”って異名を取る冒険者の家らしいですぜ。 腕の達者な使用人も多いみたいですし、当主も相当の腕前とか。 別の方法を取った方がイイんでないですか?」
「バカやろう。 正面からダメなら、放火するなり、人質取るなり遣り方あんだろうが」
「あぁ・・、そっちですか」
「全く、強い誰かでビビってどうする」
「へい。 ですが、勝手に大事は不味いんじゃないですか?」
「フン。 貴族の依頼は、制限が多くていけ好かねぇ」
刃物を投げ。 逃げる何者かを殺した誰かは、拭いを掛けられた刃物を奪う様に受け取り。 暗い夜道の一方へと歩き出す。
真っ暗な中で、その後姿を見る手下らしき集団は、
(・・・タカが外れてるゼ)
(何で、アイツがカシラに成れたんだ?)
(知らねぇ。 前のカシラは、野郎に殺されたって話だ)
(・・・)
(俺達も、そろそろヤバいな)
(あぁ。 組織に加担してる以上、逃げれもしない。 潮時には、逃げてぇ~よ)
(全くだ)
こんな会話をしながら、闇に消える残りの集団。 まだ、狂気の跋扈は続いている。
大きく二手に、王都と南の大都市に分かれた陰謀の手。 セイル達。 そして、リオン王子は・・。
どうも、騎龍です^^
ご愛読ありがとう御座います^人^