二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終編
≪表の側 裏の側≫
その時は、昼を過ぎた頃だった。 セイル達がマーリの元に勢揃いで遣って来た後で。 もう、一通りの打ち合わせが終わった後だ。
軍部に詰める名誉騎士で、リオンとも親交の深いラッファボー伯爵と云う人物が居る。 70に届くのも目前と云う年齢ながら、老い始めて尚も矍鑠とした姿で。 その年に入隊してくる新米兵士に、初期訓練と形式儀礼を指導する役目に就いている。 その人物が仰々しくお供の馬車数台を従えては、マーリの博物館に遣って来た。
「おお~、テトロザ殿。 何とも、面倒な事態じゃな」
博物館の正面ロビーにて。 テトロザと面会をするグゥマナス・ソージン・ラッファボー伯爵は、ツルツルに禿げた頭に毛皮の帽子を被り、軍服の上に厚手で襟に動物の毛が付いたオーバーを着ていた。 小柄ながらも鍛え抜かれ、スッキリとして居る初老の人物と見受けれるラッファボー伯爵である。
「グゥマナス殿、馬車の手配に感謝致します」
天井が高みへと吹き抜けて、ロビー中央に向かってサークル状の階段が盛り上がる様な内部ロビー。 底冷えのする中、人気の無い静けさが支配する広いロビーにて。 伯爵に出逢ったのは、テトロザとマーリのみ。
テトロザが大きく深く一礼をすれば、手を出したグァマナスは、万事を心得ており。
「なぁにを。 リオン王子と、そなた。 そして、私の仲ではないか。 リオン王子が中央で踏ん張ってるなら、我々は此処を死守するのが仕事。 此度は、何も聞かないままに手配を済ませる用向き。 此処で、御主の馬車に乗って軍部に戻る」
話を聞くマーリは、テトロザがもう最低限の手回しをしていたのだと理解した。
「忝い」
テトロザの挨拶一つを受けたラッファボー伯爵は、上着の襟を立て。 軍人特有の白い帽子を、御付きの騎士から受け取ると・・。
「そら、こうしてな」
と、付け髭までを用意して、テトロザに似た雰囲気を出した。
テトロザは、密かにマーリの博物館に隠れ込むつもりで、ラッファボー伯爵にこの事を頼んだ。 仰々しい馬車は、宝物を新たな場所に運ぶと思わせる見せ掛けに近い。
実は、セイル達とマーリの信用の置ける者達だけで、こっそりと運ぶ仕度を整え始めている。 一方で、普通の従業員と、一度は運び込むのを手伝って貰った作業員を合わせ、偽の宝物を運び出す仕度作業も行っている。 彼らは、騙されているとは知らずに、秘密裏の作業として、運び出されたと見せ掛けられた宝物箱を、せっせと裏口の片隅に運んでいた。
テトロザとマーリの仕掛ける二重の欺きは、もう始まっていた。
セイル達は、壊れ物や紛い物を運び出す幌馬車に宝物を乗せ。 偽りの作業をする者達は、ラッファボー伯爵の連れて来た大形な黒い馬車数台に乗せる運びである。
マーリやテトロザも、曲者を捕まえた訳では無いのが悩みだ。 動きが解らないまま、此方が見張られている状態。 博物館の従業員の中に、もう曲者や雇われた者が紛れ込んでいるとも限らない訳である。 相手の何も把握出来てない状態で、セイル達やテトロザなどに出来る事と言えば、欺くぐらいの事だ。
年末の今。 アハメイルの街には、各国の貴族などが遊びに押し寄せて来る。 芸人や踊り子など、集まって来る人の数だけでも膨大だ。 マーリの博物館は、人気も高く。 此処で宝物を護るのは、得策では無い。 寧ろ、人気が無くなる旧貴族区は、打って付けであった。
問題は、何処まで欺き。 宝物を秘密裏に軍部へ運べるか?
欺いて運び込む場所を、何処まで悟られずに居れるか。 一番安全な流れは、リオンが真犯人と云うべき影の首謀者を突き止める事であり。 依頼の料金が払われなくなる事態が起これば、組織は手を引く。 そのパターンが、何よりも望ましい。
だが、しかし。 もう、宿を特定さて掛かったと思えるし。 兵士を急襲して、情報を聞き出す強行も異常だ。 その事を踏まえると、宝物の存在が相手に特定された場合。 相手は押し込んで来る可能性も強い。 もし戦いに成ったら、一般人を巻き込むのは最悪の事態だと云うのは、携わる全員の一致事項である。
セイル達やテトロザやマーリも・・。 それだけは、どうしても避けたいのである。
狙う側と、狙われる側。 それぞれに相手の動きを想像し、姿を隠した戦いが始まり出した。
・・・。
そしてそれは、外を見れば解る。
空が、昼を回ると雪雲の厚みを増す。 北の大陸は、南端でも冬には雪が結構降るのだが。 フラストマド大王国は、国自体が北に上がり、南は半円状に引っ込んでいる。 其の為、真冬ならば南の港であるアハメイルでも、雪は多く降り積もる。 毎日の天気が目まぐるしく変わる事もしばしばだ。
さて。
「・・・」
マーリの博物館を黙って見上げた男が居る。 そのガッチリとした男は、人の行き交う雪の舞いそうな大通りで紅茶を売っていた。
マーリの博物館の周囲でも、西側の通りは大通り。 この学術的にも粋の集まった区域は、人の行き交う流れを止めるのも難しい。 しかも、日中に鋭い眼をした兵士を大通りで仰々しく行き来させるのも、返って人目を惹く。 だから、テトロザも人気の無くなる夕方までは、兵士の殺された通りと、博物館に入る表の通り以外は自由にさせてある訳だが。
世界でも、一番多くの人が住み暮す街であり、毎日大勢の人々が集まり、また各地方へ散るアハメイルだ。 日に起こる事件も多数だし、殺人も話しに聞くに珍しい事でも無い。 犯罪も多い分、街が、何処か物騒な物事に慣れっこの様な一面を覗かせる。
直ぐそこの通りに曲がった所で、兵士が二人も殺されたと云うのに。 その出来事を押し流すかの様な人ごみが出来る大通り。 屋台の様な出店が通りに面した植木の下で、細々とした営業をしているのが見えるのも普段の光景なのである。
そんな訳だ。 もし人ごみの中で博物館を監視する何者かの姿が在ったとしても、兵士が見つけるのは難しいだろう。 マーリの博物館は、その外装も立派で人目を惹き。 高さも有るので見る人など無数。 兵士やテトロザの悩みの種でもあるだろう。
昨夜に、兵士を勢い余って拷問した者とは、別に。 悪党の手先は身を変え、博物館を探っている。
露店の店で紅茶を買う為に、店の厚着をした店主に近付くのは、やさぐれた冒険者風体の中年男。
「ストレイトティーを」
「はい」
周りを確かめる冒険者風体の男は、顔を店主に近づけて。
(昼、何台かの馬車が入ったな・・)
木のコップに紅茶の熱いのを入れる店主は、仕事を続けながら小声で。
(あぁ。 裏側からは、毎日出る廃材を運ぶ馬車が・・。 行き場は、ゴミ捨て場だとよ)
(調べるか?)
(念の為に・・。 今夜、忍び込む)
(馬車は、何台だった?)
(二台・・。 普段は、一台から三台って言うからな)
(普段通り・・か)
紅茶の入った木の器を差し出す店主が。
(ん。 所で、聞き出しは?)
紅茶の入った器を受け取り、砂糖漬けされた乾燥の果物を選ぶ冒険者風の男は、声音静かに。
(難攻してる。 日雇いのクセに、妙な忠誠心を持ってるゴミが多い。 あの宝物の話に切り替えると、急に口を噤みやがった。 金に意地汚いヤツを見つけて聞かないと、こっちの素性がバレる)
(そうか・・。 初めてだな、こんなに手間が掛かるの)
(あぁ・・)
二人は周囲を見ながらも、何度か博物館を見る。 建物の大きさだけでは無く。 その内部も難攻不落の名城の様な様子に見えた。
そんな内部では・・。
セイル達は、テトロザとマーリに在った時点で、もう宿に戻らない事を決めた。 アンソニーの手紙を持った執事の遣いが、シンシアの下に赴いた。 シンシアの悲しみの顔は、手紙を届けた執事の遣いが見た。
だが、アンソニーの手紙を見て、シンシアは静かに。
“アンソニー様へ、無事にまた、戻る事をお待ち致しますと・・”
と、告げたそうで。 その言葉を聞いたアンソニーは、夜の入りに静かに瞑目して頷くのみ。
そして、それから2日が過ぎて行った・・・。
★
臨時の休館を二日作ったマーリの博物館。 その休館二日目の深夜である。
博物館から雪の降る深夜に。 静かなるまま物音も、話し声も微かに、3台の馬車が出た。
馬車を通りまで見送りに出たのは、誰も居無い。 静か過ぎて、馬の鼻息や馬蹄の音も響き少なく。 カンテラを灯さないままに行く馬車は、闇に溶け込んで居る。 路地に出て、左手の大通りへでは無く。 右の軍部へ向かう方面に走る馬車。
(出たっ!!)
隣の別の美術館の内側。 庭木と壁に鋏まれ、裏手の勝手口のドアが内側に張り込んで居た何者かは、そう思ってドアを少し開いた。 博物館の表門から、やや細めの通りを行く馬車の列を確認すると、直にドアを閉め。 馬車と平行する様に、壁に沿って走って行く。
馬車の先頭が、左右に分かれたやや大通りの道に出て、左に曲がった。
(よしっ、見失うもんかっ!!)
何者かは、太い枝が壁の上に伸びる葉の無い木に飛び付き、黒い服装に擬態の効果を得て。 スルスルと上っては、真っ暗な雪夜の道を行く馬車を確認。 身を屈めながら、そっと壁の上の庇の上に上がって、馬車を行き過ぎさせてから、道に下りた。
馬車は、早く走れば大きな音を立てるだろう。 しかし、雪の舞う中を走る馬車は、何故かゆったりと走る。
この後、少しして。
「いいわ。 行って」
マーリの博物館の裏口から、目立たない幌馬車が出た。 態々、マーリ自身が裏口通りを伺い。 馬車へ安全を伝えて、見送りに立つ。 弱い火のカンテラを持つ執事も一緒である。
馬車が裏口通りに出るのに合わせ、太い大通りと、裏口の通りの交わる物陰にて。
(むっ。 やっぱり、さっきのは囮かっ?!)
日中に屋台の様な出店で紅茶を売っていた頑固者そうな人物が。 今は、マーリの博物館の裏道を物陰から見張っていたのである。 表に動きが在ったのは解っていたが、バカみたいに飛び付くのも怪しいと見張っていたのだ。
(フン、手の込んだ事を。 だが、その位はお見通しだ)
店主をしていた男は、ローブのフードを深く被り。 3台の馬車が出て行った方向とは、全く逆の自分の居る方向に幌馬車が向かって来たのを確認。 幌馬車が海沿いの方に曲がったのを見届けると、建物の間を抜ける裏道を行き始めた。 この街の地理に相当の自信が在るのだろう。 酒の入っていた大樽や、木箱が積まれている事も当たり前な裏道だ。 その道を使ってゆったりでも馬車を追うなど、完全なる尾行の玄人であろう。
二重に間を置いて博物館を出た、其々の馬車。
そして、その後を追う者達。
先に出た3台の馬車は、貴族区に向かって分散した。
追っていた何者かは、闇の中で2人に成っていて。 先頭の馬車と二台目の馬車を手分けして追った。
馬車が入り込んだのは、大小立派な庭と建物をそれぞれに有する貴族区。 今では、商人もステイタスを求めて住み暮すので、その規模はかなりの広範囲だ。
馬車は、貴族区に入った途端に走る速度を上げた。
(あっ、なっ! クソっ)
焦った尾行者だったが。 一応の為に、仲間が大体の区域の出入り口を見張っている。 下手に追う姿を晒してまで、馬車を尾行する危険は出来ないと判断をした。 待ち伏せでもされたら、自分達が危ない。 この二日で、かなり綿密な尾行命令が出されていた結果だろう。
(仕方無ぇ、轍でも追わせるか。 繋ぎと連絡だけ取って、見張りに戻るしか無さそうだな)
尾行者は、貴族区の方に配置された見張りと連絡を取る事にした。
さて。 問題は、幌馬車の方だった。
ゆったりとした走りで、海沿いの道を走る幌馬車。 馬の吐く息が白く。 雪の舞う中で寒そうだが。
「・・・」
裏道を行く店主は、走って道の門で馬車を待ち。 見えると、先んじて回り込む。 手伝いに、組織の何人かが所々に居る手筈で。 恐らく、自分の他にも馬車を尾行しているだろうと思われる中。
(何処へ行く気だ? このまま行ったら、旧海運倉庫の跡地か、住宅区の分かれ道だな)
海沿いの大通りと行く馬車は、そのままずっと真っ直ぐに・・。
だが。 店主は、追って行く内に気付いた。 馬車の行く道の物陰に、人影が在る事を・・。
深夜でも、物乞いなどが物陰に寝ている事は多い。 だが、海沿いの道の木の陰などには、冬にそれは無い。 道に隠れる影はしっかりと立ち、影に成りながら隠れている。 だが、その気配は、玄人である彼には薄っすらと読めた。
(まさか・・、こっちが囮か?)
そう心に湧いた疑念は、馬車を追い掛けるウチに不安を齎す。 潮時を探るしか、思考が働かなくなりそうな思いを堪える。 何故なら、馬車の通る道に尾行者が立つなど有り得ない。 雪の中の走行とは云え、御者も闇に目が成れる。 木陰に人が立っていれば、上手く隠れないと見つかる可能性が有る。 そして、自分の仲間が尾行している雰囲気では無いのだ。
(・・一体、あの気配は何だ? 俺達の仲間じゃ無さそうだし。 別に雇われた奴らにしても、あの隠れ方は尾行じゃ無いぞ)
更に店主が気に成るのは、馬車の向かう先である。
(不安だ・・。 この馬車は、住居区や旧倉庫跡に用が在るのか? まさか、ボロ倉庫に隠す気・・。 だが、管理はどうする?)
馬車を見張る何者かが通りに隠れるなら、何処までも尾行は可能だ。 だが、この走る馬車を見守るかの様に居る影。 それが意味するのは、何か。 店主をしていた人物は、馬車も陰もが気に成る。
しかしこの時、更なる動きが。
テトロザの指示を受けた兵士達は、騎士と一緒に成りながら数人で小隊を組み。 マーリの博物館の周辺の見回りを強化し始めた。 馬車が出た後にである。
先に出た3台の馬車の尾行を諦め、博物館の見張りに戻って来た何者かだったが。 松明やランタンを使って、通りに面した店の間の物陰まで見る兵士の見回りを見る事になる。
(あ゛っ?!! 何だっ?!)
その見回りは、潜伏者を探し出そうとする素振りが在り在りとしていて。 先程の馬車の出る前とは、明らかに見回り方が違う。
(どうしたっ?! まさかっ、誰か捕まったかっ?!!)
数隊の部隊が、博物館周辺の人気の無い道路側を、それこそ備に捜索する様に見回るので。 戻って来た何者かは、見張る為に隠れるタイミングを見失った。
(クソっ・・・、仕方ないか。 今夜は、引き返そう。 なんかおかしいが・・。 博物館が逃げる訳じゃないし、見つかるよりマシだぜ)
急に動きが在ると思ったら、今度は見回りの激変である。 見つかって捕まるのは、最も避けなければ成らない事だった。
≪そして、静かなるままに消えて≫
馬車が出た次の日から、マーリの営む博物館は再開されている。 新しい古書などが展示となり、また大勢の客が来ていた。 博物館の内部に、警戒警護として兵士が居る以外、内装などに目立った変化は少なかった。
が。 再開されてから、二日が経過した頃。 一つの異変が明らかに成った。
閉館していた二日間の昼などには、マーリと共に姿を見せていたセイル達の姿。 それが、再開されてからは、館内の全てから消えている。 応接室・・会議室・・地下保管庫などからも。
そして、雪もチラつきそうな夕方の事だ。
マーリの営む博物館から、辺りを警戒して出る男が一人。 みすぼらしい中年の40男で、小太りながら卑屈な印象を受ける。
(急げ、急がねばっ)
もう入館客が少なくなる暗くなり始めた空の下。 博物館から出る客に混じって出るこの男は、昼間に博物館の所々に積もった雪を運び出し、下水に捨てる作業をしていた一人。 顔は、去年からこの街に住むのでマーリも見知る。
この男は、博物館を出ると大通りに出ては、繁華街の方に向かった。
やや俯きながら、急ぎ足のこの男が向かったのは、繁華街の中でも一番賑わう通りの酒場だった。 構えも大きく、5階建ての店内は、客を席へと誘い酒を配るウェイトレスも居るし。 男相手に接客する派手な衣装の女性も居る。
夜の女性は、店が雇うケースも在れば。 個人の出入りを自由にさせている店も在る。 此処は、後者の方に成るのだろう。
その店の前で。
「はぁ~、一仕事終わったね~」
「あぁ。 今夜は、パーっと飲もうぜ」
「サンセ~」
「宿代も結構稼げたし、年末までにもう一仕事するまえの景気付けしようぜ」
冒険者の一団がこんな会話をしながら、意気投合する様子で店に入った。 その後も、旅人や働きから帰りの者が酒場に入る。
冒険者達の後。 数人を経て、酒場に入ったみすぼらしい小太りの男は、
「いらっしゃいませ。 お客様、お一人でしょうか?」
と、入り口に立つ若いウェイトレスに声を掛けられる成り。
「こっ・個室だ。 予約で、401号の部屋の人に会いたい・・」
やや震える声のままに、そう言った。
「承りました~」
若いウェイトレスは、色々な客を相手にしている手前、この様な男性を相手にしても顔色を変えず。 4階の個室フロアへと案内をした。
個室は、家族のみとか。 恋人とか。 商談など、様々な用途に使用される。 廊下の左右に、壁を形作る曇りガラスの仕切り内側には、個室が在り。 各個室の入り口の木のドアに付く丸い窓は、カーテンが掛けられる仕様と成っていた。
「此方で御座います」
ウェイトレスへ礼も言わずに、案内されたままに部屋のドアを開けた小太りの男。
開かれた中に居るのは、身形だけ少し良くした商人風の男が居た。 スカーフネクタイをし、柄物もYシャツに黒皮のチョッキを着る姿は、商人の流行の一様なのだが。
「やぁ、良く来てくれた」
二人が向かい合うだけのテーブル席が置かれた個室。 その中で先に居て待つ男は、紳士っぽい左右分けの鼻髭をしている。 しかし、堅気の仕事をしてるとは思い難い、どうも目付きの宜しくない30過ぎの男性である。
「モルガンさん、お話が在ります」
中に入り、そう言う小太りの男。
“モルガン”と呼ばれた男性は、手を差し出し。
「ま、ドアを閉めて、其処に座り給え」
と、言葉を選んでいる様な雰囲気で言う。
小太りの男は、慌てて。
「あ、はいっ」
と、ドアに振り向き。 控えていたウェイトレスに、
「ちゅっ・注文は・・後で・・」
と、ドアを閉め。 窓にカーテンまでした。
ウェイトレスの若い女性は、何とも怪しげな雰囲気で閉めた客に。
(んっ、もう! ウチの店で、ヘンな商談とか止めてよねっ)
と、ヒールの踵を返す。 何度も、事件に関わる事も在った。 働く方からするなら、こんな客は願い下げであった。
だが。
部屋の中で、対面にモルガンと云う男の前に座った小太りの男は、黒い着古したオーバーを脱がずにいきなり話をし始めた。
「大変なんですっ」
「どうした? 落ち着き給え。 ゆっくり、話をしてくれ。 さ、水でも」
銀の水差しから、コップに水を汲んでやるモルガン。
「あっ・ありがとうございます」
小太りの男は、注がれた水を一気に飲み干し。 白い純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルへ、コップを戻して。
「実は・・、例の4人が忽然と姿を消しました」
その話が出た瞬間、モルガンと云う男が眼を鋭くした。
「本当か?」
「ええ。 閉館していた時までは、確かに居たんです。 ですが、一昨日に仕事に行って見ると、全く影も形も無くなっていました。 二日間待って見ましたが、日雇いの仲間内でも首を傾げる者が居るぐらいで・・。 どうやら、再開された日には居無いみたいです」
「・・、そうか。 それは、悪い知らせだな。 で?」
「はい。 4人の行き先を、それとなく兵士や執事さんに聞こうと思ったんですがね。 口止めの命が出ているらしく。 あの4人の事に対しては、兵士や使用人さんも無言でして・・。 突っ込んで聞く雰囲気では無く。 とにかく、こうしてお知らせに来た訳です」
「なるほど。 宝物の事も、奴等の泊まっていた宿の話も出来なかった訳か」
「はい。 あの運び込まれた何かの事に携われたは、マーリ様の気を許された一部の館員や作業員だけでして。 彼らは、マーリ様に厚い忠誠を持っております。 金で動く事は無く、聞き出すには別の手を考えなければなりません」
「どうやら、その様だな・・。 所で、お前の他にも、似た様な輩を金で雇ったんだがな。 解ったか?」
「あ、はい。 結構、普通に聞き回ってたのが何人か・・・」
「あからさまにか?」
「えぇ・・。 一人は、兵士に逆に質問され返されたみたいです。 何故そんなに、あの4人の事を聞くのか・・と」
手を組み、テーブルの上に置くモルガンだが。 その手は落ち着きを失って、小指がテーブルを打つ。
小太りの男は、モルガンがイラついているのだと解った。
このモルガンと云う男が、直に部屋を後にし。 酒場の奥間の窓から飛び降りて消えた。
さて。
深夜に近付き、客が大分に帰った頃。 酒場の個室は、一番最初に客だし作業が開始される。 まだ残っている客をやんわりと終いにさせるべく、ウェイトレスと支配人が一緒に回る訳だが。
仕切りだけの在る3階の多人数用のテーブルを回った二人は、4階に上がると。
「401? 使ってたのか」
と、云うのは、初老の支配人。 個室使用の有無を記帳する紙の束を捲り。 曇りガラスの壁に鋏まれた廊下を歩きながら、直後ろを付いて来るウェイトレスに。
「この部屋・・、注文在ったかね?」
「さ~。 私は、今日は入り口担当だったんで・・」
「そうか」
と。 部屋の前に着いた支配人は、ノックをして見るが・・無言。 ドアを開けて。
「おきゃ・・・」
と、云い掛けた途端、噎せ返る血の匂いが部屋から吐き出され。 テーブルクロスを真っ赤な血で染め上げ、小太りの男が床に横たわっていた。
「キャアアアアアアーーーーーっ!!!!!!!」
驚いたウェイトレスの女性が、その場にヘタり込んだ。 首筋を深深と切り裂かれた小太りの男は、既に絶命していたのである。
この夜から次の日の朝に掛け、殺人が十数件在った。 その中の4件は、マーリの博物館に日雇いの仕事を貰いに来た浮浪者などで。 警察役人の捜査は、テトロザの命を受けた者の手配で、密かに行われる事に成った・・。
★
「バカヤロウっ!!!!」
「うわっ!!」
何処かの暗い廃屋の中。 かなりの大柄で太った男が、細身で痩せたボロの布マントを着た何者かを殴った。 力強い腕力で殴られた方は、ゴチャゴチャした埃と蜘蛛の巣だらけの家具などの在る隅にまで飛ばされる。 そして飛ばされた何者かは、家具に当たり大きな音を上げた。
動物の毛にビッシリと覆われたオーバーを着て、頭部を黒いバンダナで隠し、如何にも悪党面と言える顔付きの大柄で太った中年男は、大いに苛立ち。
「クソっ!!! 兵士を殺して情報ナシじゃっ、警戒されるお膳立て作っただけじゃねぇーーかっ!! ブツの情報は、もう軍部にも知れてるハズだっ!!! あぁっ、チキショウっ!! 移動でもされたら、金が貰えねぇ処じゃねぇぞ!!!」
傍に在る破れたソファーをも蹴り飛ばし、荒い鼻息を撒き散らす太った大柄の男。
当たって壊したボロ家具の残骸を落とし、ヨロヨロと立ち上がった細身の何者かは、頭を振りながら。
「す・・すいやせん・・。 まさか、兵士があんなに口の堅いヤツだとは・・」
太った大柄の男は、闇の中でそう言った男の声をする何者か睨み目を向け。
「アホぅっ、だから言った筈だっ!! この都市の警察役人は生っちょろいが。 リオンとテトロザに指揮された軍の兵士は、他の国の兵士に比べて士気が高いっ。 況して今の状況からするに、口の堅い選ばれた兵隊に警護させてる可能性も在ると・・・」
「すいやせん・・すいやせん・・・」
頻りに謝る細身の男。
「もうイイっ。 もう・・、今は手を出すな。 とにかく、小さな事も見逃さない様に、お前も一緒に手下全部で見張れ。 いいかっ、バレるなよ? 中央から、ラヴィンの野郎が応援連れて来るだろうから。 アレが来るまでは、これ以上の騒ぎは面倒だっ」
「はいっ、すいやせん」
すると、大男は細身の何者かに。
「所で、何か他に情報は無いのか?」
「へい。 マイルのヤツに因ると、ラヴィンの旦那が言ってやしたガキと大人の冒険者達は、貴族御用達の宿に泊まってるみたいだとか」
「本当なのか?」
「いえ。 宿に入る所まで見届けようとしたらしいんですが・・」
「感付かれたのか?」
「ヘイ。 何でも、近付き過ぎたとか言ってやした」
「クソっ。 今回は、相手が悪いゼっ! あのクルーガですら尾行に失敗して、マイルも感付かれる。 その有名な・・クラークだかか? 大した野郎だなっ」
大柄の男は、冒険者の間では名前の売れているクラークを名指しで褒めた。 苛立つが、自慢の部下が尽く尾行に失敗しているのが、その感心に繋がる。
だが・・。
「いえ。 感付いたのは、リーダーのガキらしいんで・・」
「なぁにぃぃーっ?!!!」
この者達の会話を聞くに。 王都アクストムからアハメイルまで、セイル達を尾行しようとして。 途中で捕まり損っては、自殺した何者かの仲間なのだろう。 セイルは、まだ15・6の子供の様なリーダーと聞いていただけに。 感付かれたのがセイルと解ると、また、イラっとした顔をする大柄な男だが。
「カシラ、聞いてくだせぇ。 噂だと、あの4人のヤツラは、チーム結成して半月もしないで上級の依頼を請け負ったとか。 俺達もしかして、勝ち目の無いヤツラを相手にしてるんじゃないですか? だって、見張ってる博物館には、あのテトロザが来ましたゼ?」
有名なテトロザの名前が出ると、大柄の男は苦虫を噛み潰す。
「全くっ。 リオンが居無いウチだと安請け合いしたが。 コイツは、とんだ大事に成りそうだぜっ」
「はい・・。 出来れば、逃げたいですよ」
大柄の男は、逃げ腰の発言をした細身の何者かを睨み。
「なぁにを弱腰なっ。 今回は、辺境のコソ泥みたいにチイせぇグループの俺達まで借り出された。 組織に、俺等が出来る所を見せ付けて、一気に縄張りを拡大するチャンスなんだっ。 ダーク・チェイサスの本体と、3国を股に駆けた“ジェノサイダー”の奴らが此処に来る前に、俺達だけでも有益な情報を掴むのが必要なんだっ」
大柄の男に寄る細身の何者かは、どうしても解せず。
「カシラ。 何だって、そんなに焦ってらっしゃるんで? この仕事に対してだけ、オカシイぐらいにマジじゃねぇ~ですか」
すると、大柄の男は黙った。 何かを言い掛けながらも、グッと言葉を飲んでは、横を向く。
ローブとフードで顔の見えない細身の何者かは、
「カシラ・・、何か不味い事でも在るんでスか?」
と、更に。
下手にこう突っ込まれて聞かれ。 話を嫌う様に、細身の何者かから顔を背ける大柄の男。 だが、少し思案してから。
「・・・ま、一蓮托生だからしゃ~ないか。 コイツは、秘密の命令だ。 これから話すのは、お前の中だけに仕舞っとけ」
「へい」
「今回の組織からの呼び出しは、“限られた契り”って言う最重要の召集だ」
「・・普通の命令とは、違うんですかい?」
「この命令が発動されるとは、俺も夢に思わなかったがな。 組織に加担する悪党達でも、この招集命令は絶対なんだ。 しかも、逃げたり、仕事が破綻する失敗を犯した場合は、その失敗した悪党集団は丸々抹殺される」
「げぇっ?!! ま・ままま・・マジですか?」
「あぁ。 だから、今回の仕事で負けは許されないんだっ。 クルーガの失敗で、見失った落ち度が在る。 今回のお前の失敗で警戒されただろうから、もう後が無いだろう。 とにかく、何らかの強力で有益な情報や、ヤツラの弱点に成る様な何かを見つけねぇ~とマズイ」
「かっ・カシラ・・」
大柄な男の切羽詰った話に、痩せた何者かは従うしか無かった。
大柄の太った男は、間近に来た細身の男を見て。
「使い捨てに引き込んだゴミは、ちゃんと始末したんだろうな?」
「へい。 雇い工作に出したモルガンには、足が着く前には殺せと命じてありやす。 繋ぎがまだ来てないんで、新しい情報が有るかは解りやせんが・・」
「いい。 とにかく、俺達の所に役人や兵士が来なきゃ、な」
「解ってやす。 ですが、馬車の行き先は、片方解りやせんぜ?」
「だな・・。 その、住宅区の奥の廃屋に行った幌馬車は、抑えてあるのか?」
「へい。 見張りは、付いてやす。 でも、貴族区に入った馬車は、姿を消したそうでして・・」
大柄の男は、何か誘い込まれている雰囲気を嫌い。
「ケッ、貴族区の何処に行きやがったか。 似たり寄ったりの馬車が多いあそこで、見失った馬車を探すだなんて面倒くせぇっ!!」
「ですが、カシラ」
「ん?」
「一人、轍を追った奴が居ましたが、貴族区の奥で見失ってまさぁ。 もしかして、そのまま外に逃げられたんじゃ・・」
その言葉に、大柄の男は目を鋭くさせ。
「縁起でもなぇ・・。 あの区域から、外に出れるのか? 怪しい馬車の情報は、外から来たのか?」
「いえいえ。 ただ、貴族区の奥には、デカい屋敷の廃屋が点在する古い貴族区が有るとか」
「そうなのか? なぁ~んでまた、そっちを捨てたんだ?」
「詳しいことは、アッシにも解りやせん」
「・・・」
黙った大柄の男。
細身の男が、沈黙に新たな命令の芽を見出し。
「カシラ・・、気に成りやすかい?」
「あぁ。 博物館を持ってるってのが、随分と古くから由緒ある貴族なんだろ? そっちに、元の屋敷とか無かったのか?」
「さぁ・・、その辺までは・・」
「とにかく、虱潰しに全部調べろ。 貴族御用達の宿とやらにも、誰かやれ」
「へい」
セイル達を、宝物を追う者達は焦り。 暴れるに等しい蠢きをしている。
そう、セイル達の姿が消えたからだ。
この意味は、追う者達には由々しき事態だった。 兵士が護るマーリの博物館を襲う事は、もう王国政府に正面から抗争を仕掛けるのと同じ。 そんな事態に成れば、どっちが負けるかは一目瞭然である。
追う側からするなら、セイル達を押さえて。 宝物の在り処を聞き出したい処だった。
どうも、騎龍です^^
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