二人の紡ぐ物語~セイルとユリアの冒険~3
セイルとユリアの大冒険 3
第一章・旅立ちの三部作・最終話
≪緩やかな一時は、なだらかに流れ行く≫
深々と雪が降り始めた大都市アハメイル。
ハレンツァが死んだ事をまだ知らないセイル達。 マーリが用心棒として連れて来た冒険者達は、非常に結束力の強い者達で、セイル達が昼夜警戒する必要は無かった。 出来た暇を持て余すので、斡旋所で仕事を回して貰ったのだ。
仕事を請けたセイル達一向は、貴族や商人などか住み暮す区画へと入り込んだ。 街灯の作りも洒落ているし、道も歩道と馬車などの走る車道との区別が付いている。 外壁や垣根に囲まれた広大な庭を有する家が、道形に続くのだ。
雪が積もり出す昼間は、屋根に立つ使用人が居たり。 庭木の手入れに勤しむ庭師が居たりする。
マントにフードをする一同とは別に、通りには優雅な衣服の貴婦人達がパラソルを差したり、御付きの者に差させたりして、通りを歩く。 馬車の往来も頻繁で、年末に向かう年の瀬らしい雰囲気であった。
セイル達は、通りを行く人達に怪しまれながらも、斡旋所で教えられた住所へと向かっていた。 途中、警戒に回る兵士達に道を聞き、そこまで案内して貰えた。
白い外壁の丸みを帯びた建築物。 雪化粧した芝の庭。 伯爵ロンザリンド家の家は、立派な物だった。 二階、三階の窓には、レースのカーテンが閉まり。 尋ねても留守の様な静けさが有ったのだが。
「すみません。 冒険者の者ですが~」
と、セイルが声を出して、入り口の大扉を叩いた。 庭に入る門は開かれていたので、屋敷の前まで入って来たのだ。
直ぐに。
「何方様でしょうか?」
と、扉は開かれ。 丸渕のグラスを掛けた年配女性が現れた。 黒い礼服のドレスを着て、強く結ばれた感じのする唇は、気位の高さを示す。 垂れ目にも、強さが見受けられた。
セイルは、フードを取り。
「ロンザリンド様の御宅は、此方でしょうか?」
「ええ、そうですわ」
「私は、斡旋所で仕事を請けましたセイルと申します。 依頼主のアローズ様にご面会願いたいのですが、出来ますでしょうか?」
現れた女性は、セイルを見てから。
「私は、執事のメアリーと申します。 では、ロビーにてお待ち頂けますか? 主は、偏頭痛持ちでして。 今、お休みです。 お伺いを立てますわ」
セイルは、一礼を重ね。
「ありがとう御座います。 では、中で待たせて頂きます」
全員がマントの雪を払い、暖炉の在るロビーに入った。 玄関であると同時に、待機の場でもあるロビーは、その様相に家主の気配りが窺える。 寒い地方では、待たせるお客の為にも、ロビーにそれなりの配慮を見せるのが基本なのだ。 ロビーを広くか、奥行きの在る形にし。 温かい物を飲める場所には、暖炉を置く。
メアリーと云う執事の脇に控えていた若い男性に案内され、白い石の中に絵が施されたロビーに連れられたセイル達。 メイドの女性二人に見られたセイルとアンソニーは、一瞬で彼女達を虜にした。
「此方で、お待ち下さい」
ロビーの階段の脇には、壁に絵が掛けられた幅広い廊下が伸びる。 その奥には、待合いの場と暖炉が有った。 街をデザインした手織りの大きな絨毯の上に、テーブルと椅子も配されている。
「ハァ~、寒かったぁぁ」
ユリアは、暖炉の在る階段脇のスペースに行く。 赤い厚手のズボンに、動き易い衣服を重ね着した彼女は、マントを立て掛けのハンガーに引っ掛け、暖炉に手を伸ばしたのである。
「ユリアちゃん、はやいよ」
笑うセイルに、呆れ笑いのクラーク。
アンソニーは、寒さも関係無い身なので。
「いや、本当に寒さを感じない。 全く、思わぬ恩恵だ」
と、椅子へ優雅に腰を下ろす。
紅茶が出され、一呼吸が置かれた。
少しして、執事のメアリーが現れた。
「セイルさん。 それから、皆様方。 奥様がお会いになるとの事なので、二階へいらして下さいませ。 ご案内致します」
一同は、二階へ行く白亜の階段を上がり。 広間の一室へと通された。 黒の絨毯が敷かれた部屋で、壁という壁に絵やら何やらと・・。
メアリーは、窓の前。 揺り篭の様な木の椅子に座った人物に近付く。
「奥様、冒険者のご一行がお見えに成られました」
すると、薄暗い外を眺めていた人物は、静かに。
「そう・・、此処へ」
と、老いた声を出す。
「皆様、此方へ」
メアリーは、セイル達をその人物の脇に招いた。
セイル達が来ると、その人物は喪服の様な黒いドレスを着て、未亡人が赦される黒いベールを被る。 一向は、曇天下の鈍い陽の傾きの中で、老いた女性を見た。
セイルは、そのベールに包まれた女性が不思議で一礼だけ・・。
ベールをした女性は、緩やかな首の動きで皆を見ると。
「どうも。 私の頼みを聞いてくれる方が、やっと来たわ。 寒い中、ご足労に感謝します。 この家の当主で、アローズ・ルハメリ・ロンザリンドと申します。 お見知りおきを」
「ご丁寧に、恐れ入ります。 リーダーのセイルといいます」
喪服の老いた婦人アローズは、
「冒険者って、随分ガサツな方々が多いって聞きますの。 でも、無縁な方もいらっしゃるのね」
と、セイルやアンソニーを見ては、緩やかにそう言うと。 前を向き。
「依頼とは、幽霊退治ですの。 街の外に在る農場区域に、私の家が所有する小屋が有りましてね。 その小屋に、夜な夜な幽霊が出るとか・・。 何時から出るのか、どうして出るのか解りませんが。 亡き夫の買い入れたもので、手放す前に清めて置きたいの。 どうか、調査をお願いします」
セイルは、先頭に出て。
「失礼ですが、元々からの所有物・・では無かったんですか?」
貴婦人アローズは、少し俯き。
「えぇ。 結婚した夫は、10も歳の離れた農家の経営者でした。 この大都市に何か災害が在っても、食料を絶やさず供給する国の農業政策に携わり。 大きな国営の農場を任されていたの。 でも、去年に・・事故で死んでしまって・・・。 この度、娘夫婦に家督を渡そうと思いましてね。 余分な屋敷などを清算して、隠居しようかと・・。 そしたら、農場管理者の方から、幽霊が出るって聞いたの」
「そうでしたか・・。 でも、幽霊の目撃は、つい最近の事なんでしょうか? 今まで、依頼を度々に出された訳では無いですよね?」
「えぇ。 依頼を出したのは、先月か・・先々月ですわ。 依頼を出す少し前に、突然幽霊が出るって聞いたものだから・・。 でも、目撃は昔からの様です。 管理者に聞けば、夫が買った後から、働き手が幽霊を目撃していたとか・・。 でも、モンスターなのかどうか解らず、ズルズルと今日まで来たそうよ」
アンソニーは、セイルに。
「少し変だね。 元々から、幽霊が居た屋敷を買ったようだ。 元は、誰が持っていた物なのだろうか」
セイルは、そのままアローズに向き。
「以前の所有者は、お解りですか?」
アローズは、首を弱く左右に振り。
「確かなことは、何も・・。 小屋の事を管理していたのは、カツーニと云う不動産商人だそうですが、もう生きては居無いの」
「病気か何かでですか?」
「・・いえ。 その・・刑死です」
ユリアは、“ケイシ”と聞き慣れぬ言葉に頭を捻る。
セイルは、ユリアを見てからアローズに。
「刑死・・って、処刑されたのですか?」
「はい」
アローズの返事に、ユリアは驚き。 アンソニーやクラークも、目を見張る。
不動産商人カツーニは、春にアハメイルを襲った激震“ホロー殺人事件”と、その余波で芋蔓式に解明された“オグリ公爵不正事件”に関与していた一人であった。 ホローの組織下で、随分とあくどい地上げをした上、禁制の薬に手を出していたとか。 リオン王子の指揮下で、在る程度の埃を叩かれた所で死刑にされたそうだ。
アローズは、深い溜め息を見せ。
「はぁ・・。 実は、夫もその方とトラブルに成っていました。 決まっていた別の土地の売値を吊り上げようとしたとかで、随分と激しい口論もしたとか・・。 夫が死んだ今に思えば、下水路に落ちた死など不自然死ですが。 もう・・、悩み・・憤りも疲れましてね。 隠居を決めましたの」
セイルは、大体を理解したと思い。
「解りました。 では、明日から昼間に出向いて見ます。 幽霊を祓えるなら、試みて見ますね」
「すみませんね。 前に、僧侶の知人にお願いしたのだけれど、小屋に入る事も出来ないままだって・・。 幽霊に、小屋が占拠されているみたいだったそうだから・・。 頼る人が居無いので、お願いします」
アローズは、深深と頭を垂れて一礼した。
★
「しっかし、なぁ~んで今頃に退治? 旦那が生きてる時じゃ~ダメだったのかしら」
雪の降り続く通りに出たセイル達。 夕闇が迫る暗がりの中で、フードの墨にモジモジと隠れるサハギニーを見せるユリアが一言。
クラークも、頷くが。
「恐らく、何か理由が在ろうが・・。 とにかく、幽霊とやらを確認しなくてはな」
セイルは、アンソニーへ。
「幽霊なら、アンソニー様で十分ですね」
身体に回したマントを包む様に持ったアンソニーは、
「だね。 思念だけの霊でも、話は聞ける。 留まる理由を知れば、対処も考える事が出来よう」
と。 伊達に、ノーライフ・ロードに変化した彼では無い。 死霊系の下位モンスターなら、操る主が居無い限り自由に言い成りへと出来よう。
ユリアは、横目でアンソニーを見て。
「ふ~ん。 女性を誑かす以外に、一応は特技有るんだ?」
「・・・」
バツが悪く無視をする様に横を見るアンソニー。
そんなアンソニーを見て、苦笑しか出ないクラークやセイル。
アンソニーの虜に成った宿屋の中年女性シンシア。 毎日、アンソニーと共に居た御蔭で、随分と痩せて太めな中年美女に成りつつ有る。 今日は、シンシアの変わりように、従姉妹の女性がパーティーの分割主催を持ち掛け、2・3日は忙しいとの事。
ユリアにとっては、“ヘンタイ王子”としか見られないアンソニーは、彼女に強く出れる訳も無く。 自分の女癖の悪さの事で何を言われても、負けるしかなかった。
宿に戻った一同は、食事を終えて。 ユリアとクラークを連れ、セイルがマーリの営む美術館へ顔を出しに行くと。
「・・・」
一人で外に出たアンソニーは、雪化粧した広い庭を夜の闇にも関わらず散策。 怪しげな気配が潜んで居無いか確かめた。
そんなアンソニーが、借りの屋敷へと戻ると・・。
「あ、アンソニー様」
リビングには、身奇麗にしたシンシアが。 随分と痩せたシンシアは、穏やかで控えめな美女に見え出している。
「シンシア、忙しかったのでは?」
「あっ・・その」
問われたシンシアは、何時もの服装とは少し違っていた。 胸元が少し広く見える青いドレスに、ネックレスをしている。 髪の毛は後頭部に結い上げ、少し崩した様な感じが艶やかだ。
急にモジモジしるシンシアに近寄ったアンソニーは、彼女の顎に手を伸ばして。
「あ」
小さく驚いたシンシアの顔を、自分に向けた。
「美しくなりましたね・・、温かみを残したままに。 益々、手放したくなくなるじゃ在りませんか」
と、唇を奪う。
「・・・」
もはや、シンシアに抵抗の色は微塵も無い。 求めるアンソニーのはずが、何時しかシンシアが求める様になり。 二人の口付けは、激しさを増した。
アンソニーは、息苦しさで口を離したシンシアを抱き抱え。
「少しの間、乱れさせてあげましょうか」
と、言えば。
「嗚呼・・嬉しいですわ」
と、恍惚とした瞳で呟くシンシア。
彼女を寝室へと連れ去るアンソニー。 二人は、愛欲の炎に身を任せた・・・。
≪いにしえの・・幽霊屋敷?≫
アローズの依頼を請け、次の日には馬車でアハメイルの郊外へ。 曇り空の下、雪の街道を北西方面に行けば、街の外の一角に、大農園地帯が作られていた。 国が運営する農業地帯で、その運営や指揮は、農場を割り当てられた貴族が所有者となり、農家を家族単位で雇い作らせている。
農場地帯に入ったセイル達だが、雪化粧した畑に、農夫やその家族が出ているのに驚いた。
ユリアのフードに隠れる様に、肩にサハギニーと水の花精霊である“水中華”が顔を見せていて。
先に、サハギニーが。
「はぁ~、雪の中でも働いてるのかよ」
と、言えば。
「仕事が在るのよ。 アンタみたいに暇じゃないのさ」
と、顔の在る花で喋り、蔦の様な茎の身体をクネらせる水中華。
アンソニーは、雪の下に残した野菜を掘り出している農家達を見て。
「雪の下に置かれた野菜は、凍らない様に甘さを増すんだとか。 恐らく、時期をずらして街に出荷する野菜なのだろう」
しっかり整備された畦の様な一本道を歩き、作業する農家の男性に縁からセイルは近寄ると。
「あの~、ご苦労様です。 ちょぉ~っと、イイですかぁ?」
「ズルズル・・ん?」
鼻水を啜り、中腰の体勢から身を起こす男性。 30の終わりか・・40そこそこと云った感じの農夫だ。 空気の冷たさに、顔が赤く。 日焼けした顔が、風の強さで顰めている所為か、少し老けて見える。 重そうな厚手の黒いコートに、上着や帽子をする農夫らしい人物。
「なんだ? 冒険者かいよ」
と、云う農夫へ、クラークが。
「済まぬが。 この辺に、“幽霊屋敷”と云われる家屋が在るとか。 我々は、その幽霊を祓いに来た」
「お~お~、ロンザリンド様の区域だな」
「うむ。 此処から近い場所に在るはずなのだが」
「あ~、それなら。 ホレ、向こうの防風林の先だよ」
「あぁ、木で見えなかったか。 これは、失礼した」
農夫の男性は、セイル達を見て。
「いやは~、あの幽霊達を祓うモンが来るとはねぇ~。 大して迷惑してなかったからなぁ~、だーれも屋敷に近付かないだけで、ほったらかしのままだど」
クラークと見合うセイルが。
「では、皆さんも幽霊を見たんですか?」
すると、男性は驚く素振りも無く簡単に。
「あ~ぁ、昼間でも通り掛ると、窓からこっちを睨む幽霊が見えたりするんだよ。 あの屋敷は、もう新しい宿舎が出来てから、去年の夏まで使ってたがな。 ロンザリンド様がお亡くなりに成ってからは、だぁ~れも居無いハズだ。 浮浪者が入り込んでるなら、大抵何か食い物を探す様子が在るがな。 最近は、そんな感じはまぁ~ったくねぇ。 何せ、あの宿舎の管理監督をする現場長が、幽霊にビビって屋敷を取り壊そうって喚いてる始末なんだぜ?」
「そぉ~なんですか。でも、幽霊なんて出る要素が在るんですか?」
「いやぁ・・。 あ~、そう言えば・・」
「何ですか?」
「この区域で暮す一番長寿の農夫に、グレゴリオって爺さんが居るんだがな。 その人が言うには、農地に変わる前は、此処は国の作業工場だったらしいとか云ってた。 もう、300年前とか、400年前とかの昔らしいがな」
「そうですかぁ・・。 そのグレゴリオさんは、今も宿舎街に住んでいますか?」
「あぁ。 青い屋根の長屋で、防風林通りの並びに住んでるよ。 農作業の生き字引みたいな爺さんだが、若い頃に冒険者してたとかでさ。 アンタ達みたいな冒険者が尋ねれば、喜ぶと思うゼ。 結構気さくな爺さんだし」
「わっかりましたぁ~。 態々、色々と教えて下さってありがと~ございます」
「おう。 まぁ~、刺激の無いこんな場所だから、冒険者なんかと話できるのも話しのタネよ」
農夫の男性と別れた一行は、一列に並んで植えられている高い杉の木が見える方に歩き出しながら。 セイルは、アンソニーへ。
「アンソニー様、此処が元は工場だったとは、本当でしょうか?」
すると、アンソニーは農夫の居る方を振り返って見てから。
「どうだろうか。 この一帯は、大昔から様々な事に利用されて来たとか。 最初は、戦争をする為の武器工場の集合体とも聞いたし、雅が持て囃された貴族社会の絶頂期には、装飾品やドレスなどの飾る衣服が作られたとかね」
ユリアは、そんな面影も留めない農地を見回し。
「結構ワガママにコロコロと・・。 国王って、かなりいい加減で流行に流され易いんじゃない?」
「あははは・・」
笑ったセイルやアンソニーだが。 アンソニは、直に。
「最大の理由は、それが国益に成るからだろね。 売れるなら、作る。 所詮、国も金が無いと成り立たない。 一般市民から搾り取ったんじゃ、その内革命が起きるよ。 我が国は、滅んでいった国、交替して入れ替わる様々な国を見てきたから、そうゆう部分はしっかりしてるよ」
クラークは、一流英才教育を受けた身故に。
「それは、国を護る故の帝王学にも入っているのでしょうな。 いままで続く古い国が故に、新しい事や世界の流れを逸早く吸収する。 我が国の王族も、是非に見習って欲しい」
「おや、クラーク殿。 そんなに、水の国では古い学問が?」
「ええ。 一部分、国の古臭い風習を押し付ける所が在りましてなぁ~。 兄に嫁いだ嫁は、兄が死んだら弟以外とは契りを結ぶな・・や。 まぁ、訳の解らない躾教育ですぞ」
「ほほ~う、それは私の時代の慣例ですな」
「ま、家を護る意味では、それも仕方なしでしょうが。 弟の夫婦を別れさせてまでなど、バカらしい。 それなら、後家を分家にして。 弟の夫婦に家督を移すとか、最良の方法を考えるべきですな。 他にも、化石の様な習慣や慣例を教えられ、冒険者に成った後で恥を掻きました」
アンソニーは、クラークの様な人物が面白く思えた。
「ま、家を、家督を護るのが貴族の鉄則ですからね。 本人達の意思を無視する事も、昔は当たり前だったのですよ」
セイルとユリアは、そんな二人の話に耳を傾け。 あ~だこ~だと言い合った。
防風林の長い壁の向こう側に出ると、其処には人の集落と云って良い街が在った。 古い石造建築の建物や、レンガ造りの長屋などが集まり。 街の中を歩けば、酒場も在れば安い寝るだけの簡易宿も在る。 広場の雪を使い、子供達が遊んでるし。 商店の軒下では、農家の奥様達が喋っていたり。
「結構賑わいありますね」
と、セイルが云えば。
クラークも。
「ですな。 この街にも、結構な人が住んでいる様ですな」
と、街を見て頷く。
ユリアは、セイルに。
「ねぇ、真っ直ぐ幽霊屋敷に行くの?」
「う~ん。 先ず、さっきの人の話に出た御爺さんに会う。 昔ながらに住んでる人なら、屋敷の過去の何かを知ってるかも知れないし」
「ふぅ~ん、まどろっこしいね」
「まぁまぁ、大した回り道じゃないよ」
途中で住人らしき人に話をして、細かい行き方を教えて貰った。
その家は、防風林に沿った長屋続きの真ん中に在った。 放し飼いの鶏を追い掛ける様に、雪の積もった長屋前の細い通りを行くと・・。
「あ、此処だ」
セイルは、目印の番号が刻まれたドアを見つけた。
区画番号と、長屋の並び番号が刻まれたその家は、同じ長屋の3番目であった。
ノックをしたセイルは、
「すみませ~ん。 グレゴリオさんは、いらっしゃいますかぁ?」
「はいよ~。 何方だい?」
そんな声がして、扉が開かれる。 現れたのは、かなり高齢と見受けれる老人だった。
「なんじゃぁ? 見ない顔だな。 武装しちょるし・・冒険者か?」
セイルは、訳を話して情報を求めた。
頭は略と云ってイイ程の短い髪が残るハゲ頭。 背はヒョロっと高く、93と云う高齢者には見えない。 円く大きい目は、しっかりと見開かれ。 腰の曲がって居ない姿は、“矍鑠”(かくしゃく)と云う言葉そのものだった。
暖炉の焚かれた部屋に戻ったグレゴリオ老人は、セイル達を招き入れ。 そして、椅子に座って話をしてくれた。
問題の幽霊屋敷を“小屋”と称したアローズ婦人だが。 実際の大きさは、その言葉の思う所では無い大きさを持っていた。 高さ4階、横の部屋数60。 寄宿舎として改築されたその屋敷は、転々と人手に渡って、アローズの夫で5人目だった。
さて。
この寄宿舎。 見た目は大して古くは無いが、骨組みや地下倉庫などは、一昔前に建てられた作業場だったと云う。 フラストマドは土地が大きい分、その恩恵も多い。 固有の蚕や虫から取れる生糸は、シルクの宝石と謳われた事も在るとか。 数百年前に、その工場の母屋だった場所が、その幽霊屋敷。
グレゴリオの祖母は、100歳まで生きたそうで、農場化される前から、一族伝いにその事を聞いていたらしい。 しかも、あの一棟だけ建物が残された事にも、意味が在った。
昔、絹織物生産が絶頂期を迎えた頃。 昼夜を問わず生糸は紡がれ、機織り機でドレスやインナーとしての肌着が作られていた。 その各工程や工場を任されたのは貴族で、大変な数の人が働いていた。 だが、生産数を上げる為に、工場には固い岩盤を掘削して作られた地下工場も在ったとか。 其処で働かされていたのは、人攫いに遭った子供や女性、難民などだったらしい。
得てして、人を働かさせての隠し事は、人の扱いが悪ければ露呈するのは当然だ。 奴隷以下の扱いを受けていた人々の死骸などがら、黒死病や赤痢の様な感染病が発生。 この区域を病魔が襲った。 突然の異常事態に、国が動いた。 調べが入り、その一件は露呈。 多くの貴族が処罰を受けた。
その時、高価な絹を産む蚕などは死滅。 長年掛けて品種改良された“黄金虫”は消え去ったのである。
だが・・。
病気は、アハメイルの街をも汚染。 大量の死者を出した。 その被害を受け、アハメイルには、数年に亘って貿易が途絶えると云う被害も生んだ。 交易が出来なければ、大都市の人口を支えるあらゆる物が不足する。 餓死者、病死者、子供とお年寄りが大勢死に、アハメイルの人口が半減したとさえ云われる。
セイルは、本で読んだ内容だと、密航船に乗った避難民から出たと書かれて在ったと記憶している。 だが、この大惨事は、本にも載っていた。 どうにも、こうゆう歴史的事実は、曲がって伝わる。
グレゴリオの聞いた事だが。 祖母や先祖からの話では、病気の出た工場は、燃やし尽くされたハズと聞いた。 だが、何故かあの建物だけは骨組みが残り。 そして、改築されて寄宿舎に成ったのだと教えてくれた。 元々から、幽霊の目撃はされていたようだ。 だが、今回ほど幽霊が姿を見せる事は無かったとか。
グレゴリオは、言う。
「ワシが思うに、幽霊達は怒ってる。 何に怒っているかは解らないが。 あの屋敷は、ロンザリンド様に渡ってから、幽霊の目撃が無くなった。 徘徊する少女の霊や、機織りの音も一時はピタリと止んでいた。 だが、去年辺りからか、また出始めた」
セイルが質問し。
「あの、カツーニと云う不動産商人が、元の売主だとか」
「おぉ、よ~知ってるな? ありゃ~あくどい商人でよぉ、その前に持ってた貴族の娘をどうにかして、あの屋敷の権利を手に入れたらしい。 他にも、この区域の不良共に禁制の薬の味を教えたりしてなぁ。 始末してくれたリオン王子には、感謝感激ぃ~ってくらいじゃよ」
何処か間延びした喋りをしたり、飄々としたり。 中々の捌けたオジイサンであるグレゴリオ。
「あの~、ロンザリンド様以前の元の所有者の方は、幽霊に悩まされていたのですか?」
「いんや。 目撃はされていた。 だが、悪さをする訳でも無い。 それに、それまでの目撃は、夜や人気の居無い頃。 ビビってる奴は居たが、何か悪さをされた者は居らんかったよ」
「なのに、今は占拠ですか?」
「うむ。 聞く所に因ると、ドアが開かないそうだ。 中に入ろうとした現場の長は、窓ガラスを割ろうとしたのに、ダメだったとか」
腕を組むアンソニーは、その話を聞いて。
「ナルホド。 幽霊達が居座り、他を拒絶しているのだ。 一種の結界に近い状況だな」
ユリアは、ムカっと来て。
「そんなの、国で何とか出来ない訳?」
問われた形のアンソニーは、ユリアへ。
「貴族が申し出れば、落ち度に成る。 自力で解決しておかないと、購入者が責任を負う必要が出る。 この農場に権力を残したいのであれば、自力解決しないと」
ユリアは、訳の解らない責任転嫁だと呆れ果て。
「メンドー」
グレゴリオも続いて。
「メンドー」
セイルは、アンソニーが居る手前で。
「仕方ないですね。 強行突破だけして、お話聞きましょう」
アンソニーも頷き。
「それが早いな」
グレゴリオは、セイルとアンソニーを交互に見て。
「アンタ等、誰と話するんだ?」
二人は、同時に振り向き。
「幽霊と」
と、声を揃えた。
どうも、騎龍です。
いやはや、親近者の不幸や大地震と立て続けに遭い。 今は、停電とPCの不調に悩まされています^^; 随分掛かりましたが、前回のウィリアム編の様にベースが出来上がって居た訳では無いので、今回は苦労しております^^;
では、ご愛読、ありがとう御座います^人^