ウィリアム続編・新たなる魔域 最終話
ウィリアム特別編
ウィリアム達が洞窟を出たのは、次の次の日だった。
無理をするつもりは無かったウィリアムだが。 全身を火傷の様な水ぶれた姿ながら、マラザーフは奥さんの事が心配だと言い張り。 ラングドンも、今日を逃すと雨の中の帰りに成ると進言。
判断を迫られたウィリアムは、スティールとアクトルの状態を聞いた上で。 リネットが調子良い事を判断材料にして、村へと戻る事を決めた。 リネットの怪我の治りが早く、雨の御蔭で思った以上に火傷の怪我は悪くなかった。 クローリアが二日間癒しの魔法を定期的に遣い。 ウィリアムは疲労回復の薬を皆に配った御蔭だろう。
一同揃って外に出た。 前々日に倒したモンスターの死体に、殆どモンスターが集まった形跡は無かった。 やや薄曇りの空だったが、日差しは雲の切れ間から強く降り注ぐ。
ヨロヨロのマラザーフにアクトルが手を貸し。 魔法の遣い過ぎで虚脱気味のロイムとラングドンは、もう戦う気の失せた様子。 帰る事を決めたウィリアムは、スティールやカタニスに頼るしかないと思っていた。
だが。 オールドヒュペリオンと戦い、まだ少し手が震え気味のスティールは、
「リネットかクローリア・・、俺の手を治すのに胸を貸してくれ」
と、発言し。 本当に死滅されかかったのを見たウィリアム。
(懲りねぇ~)
もう、何も云う気が起きない。
所が、だ。
問題が発生したのは、村に着いてからだった。
それは、モンスターと戦う事無く帰れたと思った夕方。 やっとこさの様子で、宿に帰ると・・。
「おっ! あぁ・・・帰ってくれたかっ」
と、馬車を操る御者二人が縋り付く様に来た。
その様子にウィリアムは、予想出来る範囲で。
「もしかして、初日に採取した樹香を・・盗まれました?」
と、探って見たのだが。 所が、事態はもっと悪い。
「違うんだっ。 確かに樹香を狙いに来たヤツ等は居た・・。 だが、その事を企んだ首謀二人を、村長が手打ちにっ。 死んだ片方の男は、俺やアンタ等を雇った大店の一人で、大商人カーディフさんの親戚なんだよ・・」
この話の内容には、ウィリアムでも目を丸くしたほどである。
「え? 一体、何が在りました? もう少し詳しく」
御者と宿屋の女将の話である。
ウィリアム達が樹香採取に本腰を出した、4日前。
宿の一部に保管していた樹香を狙って、賊が侵入した。 元々、御者の男性の一人は、冒険者だった経験が在り、。 この宿の主は、村に近付くモンスターと戦う腕っ節が在った。 夜に進入した賊だが、二人に呆気無く取り押さえられてしまった。
さて。 役人に突き出す為に、先ず曲者の面体を検めると・・。 その賊数人は、砂金採りの労働者だった。 他の村からや、首都の方から来た雇われ者ばかりで。 あの村長を使って無理をさせようとしていた二人から、多額の金を貰っての犯行だった。
しかし、その頃。
村長は、娘の身体が一向に良くならない事に疑問を抱いていた。 そして、ウィリアムに諭された事も在り。 娘の飲んでいる薬を、元々から村に住む薬師に見せた。 すると。 その薬は、一言で言うと興奮剤に近い薬で、健全な者が疲れた時に飲む滋養強壮薬でしかないと・・。
恐らく、村長は縋っていたのだろう。 娘を助けれると、僅かな可能性に。
しかし、それは裏切られていた訳だ。 怒り狂った村長は、中央から派遣されている兵士を借り、村を混乱させた罪で二人を捕まえ、盗みの首謀者として斬って捨てたらしい。
村長の権限で、村を乱したり扇動する様な者は、一存での処罰が出来るとか。 叩けば埃の出る二人だからと、感情に任せて・・。
村の大半が迷惑していた二人だ。 村長の行動の行き過ぎも、村人には酷く映らなかったのだろう。 村長は、もう引退を決めた様で。 中央に、新たなる者の任命を望む書簡を送ったと云うのである。
ウィリアムは、村長をその後見たのかと質問するが、誰も首を左右に・・。
(マズいっ)
ウィリアムは、村長が死ぬ可能性が在ると示唆。 そのウィリアムの勘は、正に当たっていた。 兵士を同行して村長の屋敷を尋ねると、丸で心を失った人形の様に放心した村長が居た。 ウィリアム達が話掛けると、村長は壊れそうな様子のままに奥の部屋を指差し助けを求めてきた。
村長の指先には、隣の部屋が開かれたまま。 駆け込んだウィリアムは、ベットの上で微かに呻く女性を見た。 間違った薬の御蔭で、逆に体調が乱れていたのだろう。 急に激しい発作を引き起こした娘さんは、瀕死の状態であった。
村長は、娘と無理心中しようとしたのだが、二日も決心が着かず。 遂に、娘が苦しみ出し、殺すに殺せなくそのままに・・。
一緒に来たスティールの手を借りたウィリアムは、村唯一の医者の元へ、村長の娘を担ぎ込んだ。
村の医者は、かなりの高齢な人物であった。 その老人の医者は、村長の娘の病気を知っていたが、薬が無いと・・。
だが、薬師としての技能は、天才と云って良いウィリアムだ。 この数日に掻き集めた薬で、その薬を作った。
正に、薬を飲ませる時は、間一髪だった。
終わった後、村長の胸倉を掴んで叱り付けたウィリアムを見て、スティールはウィリアムの温かさを再認識した。 レナ一件で、なんとも遣る瀬無い事態を暴いている。 何度もそんな事を味わいたい者等、そうそう居無いだろう。
娘の容態の落ち着きを聞いて、神に許しを請う罪人の様に、泣き・・泣き、泣き抜いた村長が居たのである。
ウィリアムとスティールが宿に戻ったのは、もう朝方だった。 何とも慌しい一日だった。
次の日には、のんびりする事も無いままに、樹香を荷台に乗せて戻る事にするウィリアム。 薬の調合を医者に伝えたウィリアムは、医師の他に兵士、酒場の女将、村長の親しき人に後を頼んだ。
そして、昼過ぎの小雨が振り出す中、荷馬車に乗り込んで村を離れたのである。
★
それから、数日後。 まだ小雨が降る街道を走る馬車の中である。
幌が風に動く手前側に対面して座るは、ウィリアムとスティール。 二人、なぁ~んとなく雨の降る外を見ている。
スティールが、ウィリアムを見ずに。
「なぁ・・ウィリアム」
と、云えば。
ウィリアムも、
「えぇ・・、まぁ」
と、緩慢な口調で返す。
スティールが、更に。
「だなぁ・・。 ん、イイねぇ」
と、云うと。
ウィリアムは、
「悪くない・・感じでしたね」
と。
リネットやマラザーフ達は、何を言い合って居るのか解らない。
唯一解るのは、アクトルである。 細めた目でそんな二人を見て。
「意外に、いや・・何処までもスキモノだな」
じれったく思えたロイムは、面倒なので。
「スティールさん、さっきから何言ってるの?」
と、聞くと。
「ヌフフ・・」
と、不気味な笑みを浮かべるスティール。
リネットは、ヘンタイが笑ってると思い。
「気味が悪い」
クローリアも。
「ですわ。 どうせ、女性の事でしょう?」
アクトルは、其処へ。
「どうせ、村長の娘だかが可愛かったんじゃ~ないのか?」
と、言ってみた。
急にニヤニヤしたスティールは、両手を厭らしい手つきでニギニギさせて。
「そぉ~ぬわんだよねぇ。 年齢の割に童顔なのにさぁ~、胸が大きくて・・ヌフフ」
ラングドンは、思わず。
「何じゃ、見たんかっ?」
と、好奇心を丸出しの反応をして、リネットとクローリアに睨まれた。
頷くスティールは、更なる厭らしい手つきで。
「あぁ・・、昨日の夜。 だって、ウィリアムが触診するし~。 医者ン所まで付き合っちゃってさ・・」
と、回想を語る。
「全くっ、何たる不埒なっ」
「ホント、最低ですわ」
リネットとクローリアは、嫌な話に顔を背ける。
だが、雨の中でウィリアムの回想も在った。 瀕死の彼女に自分を宛がい、兵士を下げさせて村長を部屋に押し込んだスティール。 どうしたら、彼女は助かるのかを必死で自分に問うた。 ウィリアムは、スティールの声に後押しを貰う様な勢いのままに、次々と事を進めた気がする。
自分の娘の元で泣いていた村長に、スティールはこうも言った。
「アンタさ。 イイ歳してほとほとバカだな。 真っ当な意見を無視して、あんな金回りだけがイイ奴等の口車に乗ってよ。 金さえ有ればってモンで、命が助かる訳でも無いだろうに・・。 親は、アンタだけなんだろ? 最後まで、ちゃんと一緒に居てやれよ」
村長の胸倉を掴み叱った自分の言葉以上に、スティールの言葉は、村長に堪えたはずだった。
(ま、イイ部分なんてくすぐったいだけッスからね・・)
目の前で、ヘンタイ人間を演じるスティールが手に取る様に解るウィリアムは、余りの解り易さにせせら笑いすら出る。
湿気の多い風で、モンスターの体液で爛れた顔の所々がヒリヒリとする。 仕事の裏表の遣る瀬無さを感じるウィリアムと仲間を乗せた馬車は、雨の街道をひた走った。
そして、更に数日後。
午前中にヘキサフォン・アーシュエルに戻ったウィリアム達。 仕事を請けてから、20日近く経過していた。
斡旋所にウィリアム達が戻っただけで、軽いどよめきが起こった。 地元の屯組みや、あのヒュリアなどは、仕事にしくじって他国に逃げたと噂をばら撒いていただけに。 大量の樹香や、希少なモンスターの一部位を持ち帰ったウィリアム達に、何も言えなくなった。
ウィリアム達が、ブレンザへ森の現状を報告する中で、煙管を放置する程にブレンザが驚く。
「何だって? あの・・オールドヒュペリオンまでも居た? た・倒すのに苦労したろう? アイツは、身体に帯電する上に、他のモンスターを呼び寄せる」
スティールは、薬や武器・防具の材料に使われる角を持ち上げ。
「あぁ。 手は痺れるし、エラい強かった。 正直、泣きそうだった」
と、ヘラヘラした態度で云う。
しかも、ブッカーの様な新生種が多いのには、ブレンザは困った顔をする。
「うぅ・・、他にも採取の依頼が来てるのに・・」
ウィリアムは、今回一緒に行ったカタニスやマラザーフを見て。
「上級者以外は、経験の在る人と一緒に行かせるべきですね。 それから、森の奥へ行かせるのは、極力避けるべきですよ。 どうしてもと云うなら、大掛かりに結界を張って、イービルループの出来た辺りを封印するしかありません」
マラザーフは、ブレンザへ。
「ほんなら、オイラはこれで。 おっ母の様子が心配ダスから。 報酬は、後で受け取りに来るダス」
と、皆にお別れを告げて一旦別れた。
興味も在るカタニスは、大店の主達を待つ。 自分達の採って来た物が、どれぐらいの印象を与えるのかと。
ブレンザは、ザワつき煩い周囲を見回し。
「喧しいねぇ。 騒ぐ暇が在るなら、依頼でも請けな。 これから、チョイと忙しい。 今日は、屯なんかよしとくれ」
主の判断は、かなりの強い権威を持つ。
ウィリアム達の活躍に刺激され、何でもイイからと仕事を請ける気のチームやら、成功・失敗の報告をする為に待つチーム以外は、渋々ながら斡旋所を出て行った。
ウィリアムを睨む様に出て行くヒュリアは、イライラして仲間に当り散らしながらである。
そして。
ウィリアム達の到着が知らされた後、昼過ぎだろうか。 14・5人の商人達が次々と到着。 昼下がりに全員の到着を待って、採取されたモノは公開された。
その一声は、“オー”だの“ワー”だのと歓声に近い。
ブレンザは、依頼を特別な形で請けていた。 依頼元は、この大店達だが。 依頼の受付と仲介をする斡旋所に、全ての事を一任するのを大条件とした。 これは、普通の依頼と似通っているが、実は大変な違いが在る。
それは・・。
樹香を品定めする大店達へ、ブレンザは言う。
「今回は、本来なら危険極まりない依頼を、優秀な冒険者にゴリ押しで遣って貰った。 先に言った通り、樹香の量を均等化し、今の値段に応じて依頼承り分のみの物品を回すよ。 過分量は、斡旋所で引き取る」
厚手の皮服に、動き易い商人の好む服装をする小太りの中年が。
「主さん、そりゃ~酷い。 樹香は、全て我々に売って欲しい」
ブレンザは、ウィリアムが思った以上の量を採って来た事を逆手に。
「おや、あんた達は、多かれ少なかれこれぐらいだと相場を決めて、報酬の金を出したに過ぎない。 相場以上の働きが有ったら、過分の物は斡旋所の物にすると・・。 最初の契約で、そう言い交わしたハズだよ。 契約にも、そう明記してある」
すると、背の高いタキシードを着た紳士風の男性が。
「それはそうだが・・、これ以上薬の値段を上げる訳には行かないんだ。 半分以上の量が余ってるんだろう? 我々に売って貰えないか?」
次々に要望を言う商人達。 ブレンザは、カウンター前に集まった商人達の雁首を見回し。
「なら、今夜にオークション会場へ来なよ。 前に手に入った薬草分と合わせて、競をしてあげよう。 それで、勝手に競り落とすがイイさ」
大店達は、“競”と聞いては自分達の領域だと思い。
「よし、オークション会場だな」
「絶対に開いてくれよ」
「必ず参加する」
と、次々に口にする。
遠目で見ていたウィリアム達は、ブレンザが強か者だと呆れた。
大店の商人が金を置いて解散しようとする時。
「チョイト、カーディフさん」
ブレンザは、背が低く若い紳士風の男性を呼び止めた。
新興勢力の大店であるカーディフは、ブレンザに振り向く。
「何だ、主さん?」
ブレンザは、煙管を咥えながら。
「御宅さん、村に手下を派遣してるみたいだねぇ~。 今回、随分と冒険者が迷惑を貰った様だよ」
と、意味深な細目を向ける。
少し痛い所を持ち出されたという顔をする、カーディフと云う男性。
「だから、何だ? そ・そんなの・・どの商人もやってるさ。 狩人や・・薬師を抱えて、薬を調達するなど・。 と・当然ではないか」
ブレンザは、ゆる~く頷くと。
「そうかい。 でも・・その二人、数日前に死んだらしいよ」
この一言には、カーディフの顔はガラっと変わり。
「なぁっ・な・何だってぇっ?!」
村長の娘に偽った薬を渡し。 しかも、今回の依頼を妨害する様な盗みまでを主導したなどとは、全く知らなかったカーディフ。
細目を窓に向けるブレンザは、紫煙を噴き。
「斡旋所としては・・役人に申し出る。 後で、それなりの罰金を払って貰うよ。 拒むなら、協力会が然るべき手を回すだろうねぇ」
冒険者協力会は、裁きに対して金などでは買収されないのは鉄の掟。 この徹底した態度は、冒険者の歴史上、国を揺るがす事もあれば、時の大商人と内紛染みた争いを繰り広げた事も在る。 未だに、勝手に依頼を冒険者に回し、不正や悪行を斡旋所に押し付ける様な輩は、人知れず暗殺されるとか。
商人であるカーディフは、ブルブルと震え出し。
「幾らっ・幾ら出せば逃げれるっ?!」
と、血相を変えた。
横を見るブレンザは、
「まぁ・・、それなりに頂こうかね」
と。
「わわわっか・解った。 今・・用意出来る金額は・・よ・用意する」
夏の今に、斡旋所が冷え込んだ。 尋常な話では無かったからだ。
商人達が帰り。
再びブレンザの元へ集まるウィリアム一同。
ブレンザは、涼やかな声で。
「明日に、もう一度来ておくれ。 報酬を渡す。 宿代が無いなら、アタシの知り合いの宿を取って置くよ」
ウィリアムは、カウンターに残された樹香や薬草を見て。
「随分と残しましたね」
煙管を咥えて、燻らせるブレンザは頷き。
「あぁ。 あのバカ共に全部くれてやったら、下に回る時は倍額だ。 夕方に、安いルートの競に落す。 これだけの量が有れば、少しは保つだろう。 北西・北東・東の森でも、樹香は採れ始める。 それまでを繋げれば・・」
「そうですか」
ブレンザは、ウィリアム達へ首を巡らせると。
「しかし、大したモンだねぇ。 依頼以上に、村の頼みを聞いて来るなんざぁ・・。 あのカーディフって男から巻き上げた分から、多めに報酬だすよ。 それから、モンスターの部位も競に掛けて、それなりの手当てを回すからね。 ま、明日の昼過ぎには、金も用意出来よう」
ウィリアムは、ブレンザを見て嬉しそうだと見て取れ。
「そんなに面白かったですか?」
「あぁ~。 成果が優秀過ぎて、名前を広める資金も必要無い。 頼んだ以上の成果、後処理もシカッリしてるからね。 云う事無い」
そんなブレンザへ、スティールが。
「所で、あの村長に、カーディフって野郎の事は飛び火すんの? 村長辞任すって言うし、迷惑は困るゼ」
微妙な話だと、おもむろな動きで視線を外す様に横を見るブレンザ。
「どうだろうか。 ま、何らかの癒着が在るなら、理由はどうあれ・・全くお咎め無しとは行かないだろうねぇ~」
スティールは、不満を浮かべた顔で。
「金の在るヤツは、裏に回ると不幸しか作らないな・・。 弱みを突かれる相手は、堪ったモンじゃねぇ~よ」
同じ思いのウィリアムは、短く。
「ですね」
と、云うと。 ブレンザに顔を戻して。
「では、宿を手配してくれませんか? それから、明日に此方のラングドンさんと、リネットさんが、チームに加入する手続きもするので。 それだけ、含んでおいて下さい」
ブレンザは、吹き出す紫煙を止め。
「・・、引き取り手が出て来るとはね。 世の中、色々だよ」
と、呟き。 煙管をカッと玉座の様な縁に打ち付け。
「解った。 夕方にでも、“メルレード宿屋”に行きな。 今から手配を向けるから、いい部屋を用意させるよ」
ウィリアムは、エレンの事が気に成っていたので。
「解りました。 では、知人に会ってから向かいます」
ウィリアム達は、外に出る事にした。
★
エレンの元を尋ねたウィリアム達は、必死に悲しみを堪えながらも目を赤くさせた彼女に会う事に。
没収が決まった、店と家の一緒に成った居間に、老僕のポルスに案内された一同。
「ウィリアムさん、あり・あ・・ありがとう・・ございます」
嗚咽に喉を詰まらせるエレンは、黒い喪服のドレス姿。
スティールだけでなく、元のチーム一同。 何が起こったかを理解した。
ソファーに座り、俯くウィリアムは。
「もう、お亡くなりに・・」
「・・い、はい・・・。 一昨日、ミレーヌ様からの・・連絡で、危篤・・と」
寺院と病院の併設された施設へ入院していた、エレンの実母であるソレア。 夜霧の影響で、夏風邪が増えたヘキサフォン・アーシュエルで、その患者から貰ったのだろうか。 高熱を出し、咳き込みながら息を引き取った。
寝ずに看病したエレンは、母親から抱え切れない程の感謝の言葉を受けた。 たとえ、一月も一緒の時を過ごせなかったとしても、今生の最後で出会えた事に感謝すると・・。
エレンを必死に護った育ての母であるルイスにも、彼女は感謝を重ねた。
エレンは、もしかすると家財などの全てをを失うのかもしれないが。 今まで引き裂かれていた絆は、繋ぎ止めれそうな気がした。
ウィリアム達が訪れたこの日は、ルイスの移動の日でもあった。
労働刑、18年。 ミレーヌ達を束ねる長官からは、死刑が妥当だとも声が上がった。 ケウトは、死刑と云う終身刑。 ローウェルは、死刑を前提に裁判の審議が行われている。 エレンには、役人側も情状酌量の余地が大いに在ると判断されたが。 ルイスに対する見方は、人それぞれに偏った。
ミレーヌは、エレンを護ろうとしたルイスの母親としての気持ちを汲み。 10年少しの刑を打診したが。 密輸などの影響に加え。 ダレイの言い成りに成った時期、ローウェルに唆された部分を厳しく見る裁判部と、揉めに揉めた。 そして、死刑・終身刑は免れたものの、18年と云う長い労働刑をかせる所で、裁決が決まった。
何も知らないルイスは、朝の送致前にエレンと会えた処で。
“お母さんを、大切に・・”
と、呟く。
エレンは、ソレアが死んだ事を告げた上で。
「ずっと、帰りを待ってます。 これ・・私の縫い直したものだけど」
と、冬は寒い北の監獄村に連れて行かれるルイスに、厚手のカーディガンを手渡した。
本来なら、北門の罪人が出る門には、見送りは出来ないのだが。 少しだけ猶予を与えたミレーヌは、その受け渡しも目を瞑った。
まだ霧が立ち込める街中で。 エレンは、ルイスを見送ったのである。
全ての話を聞いた一向は、重い雰囲気に包まれた。
スティールは、苦し紛れで。
「大変だったな、大丈夫か?」
と、エレンに。
正直、ポルスや使用人夫妻は、そんな状況じゃないと顔を伏せるのだが・・。
涙を浮かべたエレンは、ウィリアムに。
「ウィリアムさん・・、実は・・」
エレンの店で、大型の店内に買収した店を一纏めにした別店舗が在ったが。 その保持存続は、認められるとの事。 それから、向日15年は、店舗の増補は出来ないと。 そして、船の操業許可を取り消されたのだとか。
「エレンさん。 どうやら・・砦一つは、手元に残るんですね。 これから、再出発ですね」
ウィリアムは、これからはエレンが主として、難局の人生を渡るのだと思った。
頷くエレンは、ウィリアムに深く頭を下げて。
「ウィリアムさんには、本当に感謝します。 ・・事件を解決出来なかったら、今頃私も・・母二人も、ローウェルさんとケウトさんに消されてしまったかも。 でも、ウィリアムさんの御蔭で、希望を残せました。 これからは、私が全部を護って・・義母を待ちます」
エレンは、ウィリアム達一同に。
「本当に、ありがとう御座います」
と、再度・・・。
スティールは、女の強さをまた垣間見た気分で。
(強ぇ~・・。 こうゆう女にだけは、敵わないな・・)
と、思った。
ウィリアム一同が帰る時、エレンは見送りに出て。
「食料品は、私の店にして下さいね。 ちゃ~んと、オマケしますから」
と、云う。
ウィリアムは、エレンの強さに。
(受け継いでる・・、ご両親の芯の強さを)
と、笑顔を返して別れたのである。
どうも、騎龍です^^
ウィリアム編が終わりました。 次は、セイルとユリア編の旅立ちの章最終話に突入します。
2年を経て、アクセス数が500万近くに成り、これからも本に出来るまでは頑張って掲載してゆこうかと思います。
では、ご愛読、ありがとうございます^人^