K特別編 セカンド 7
K特別編:理由
18深夜の奇襲
Kは、最初から予定していた通りに動いた。 ジュリアの館で思わぬ襲撃が起こり。 少し遠回りでは有ったが、マルフェイスの居所を突き止めた。
そして、もう・・・酒場に客がが疎らにしか居なくなる深夜の入り。 商業区東側の文化建造物が密集する建物群の一つで。 老朽化が激しい石造建築の旧神殿博物館を、ヴァイオレット率いる手勢50人が包囲した。 マルフェイスを捕らえる為に、押し入る事にしたのである。
事前に。
教皇庁で、“開かずの間”と常々囁かれる部屋で、Kとヴァイオレットが相談していた。
紫色のピアリッジコートに着替えて、鞭を片手に出発の準備を整えたヴァイオレットが。 貴賓室の様な内装素晴らしい部屋の壁際、リンドウの花を象ったグラスランプの間近に佇むKを見て。
「良いのか? 妾には、ジュリアに事を任せろと言うていたのに・・」
窓を見るKは、剪定された植木を見ながら。
「予定は、変更される。 嫌、あの危ない武装集団が相手と成れば、聖騎士では部が悪い。 今更、怪我人や死人を出した処で何にも成らないさ。 下手に、暗殺者のトップでも居て見ろ。 全員殺される」
ヴァイオレットには、どうも4・5年前のKと、今のKは違って見える。 今の方が、随分と甘く見える。 前は、もっともっと怖かった。
(確かに、前も居たな。 暗殺者のトップである“デス・ストイケル”・・・)
暗殺業界には、他の危険な集団や悪の冒険者集団とは全く違う組織形態を持つらしい。 そして、その暗殺成功率や、仕事の成果で極めて実力主義的な称号社会を築いているのだとか。 その、最高に君臨する称号が、“デス・ストイケル”。 意味は、古代に現れた死神王の名前だそうな。
ヴァイオレットも、4・5年前のエロールロバンナ暗殺計画の阻止に関わっている。 その時は、Kとヴァイオレットの二人に、Kに従っていた冒険者4名が一緒にアジトを奇襲したのだが。 その死神王の称号を持った暗殺者が一人含まれ。 ヴァイオレットが殺されかけた。
あの当時のKと、その相手の暗殺者の実力は互角に近かったが。 一瞬の早業で、Kが相手を斬った。 この時にKは暗殺闘武の真髄を会得し。 今に扱う技のアレンジを考えた。 正直、ヴァイオレットが見るに今のKの実力は、あの昔の比では無いと感じている。
(変わる物だな・・・人は・・・)
4・5年前のKなら、ジュリア達に手柄を譲る事もしなかったし。 ジュリアなどが殺されても仕方なしと思って居ただろうと思う。 人の命を考えるKが、ヴァイオレットには新鮮と云うか・・、不思議だった。
さて。
まだ、風に水気が纏わり。 北風が冷たい。 恐らく、陽が昇り出す早朝には、また雨が降るかもしれない中。 Kは、ヴァイオレットに神殿の包囲を任せて、一人で神殿に踏み込んだ。
ヴァイオレットも待っている性分では無いので。 何時もは自分と一緒に、人ごみの社会に隠れて生きる部下の中でも、相当な遣い手5人の内、3人は包囲に残して。 2人を連れて、Kの踏み込んだ後を追った。
この神殿の地下には、広い地下美術館が有った。 今は、もう伽藍洞だろうが、潜伏するには持って来いの場所である。
人が見上げる程の大きな正面入り口はもう閉ざされている。 侵入するのは裏口から。
「・・・」
広々とした何も無い、埃だけが溢れる神殿内部に足を踏み入れたヴァイオレットは、暗い前方からバタバタ・・っと何かが倒れる音を耳にし。
「何者だっ?!!」
と、誰何する男の声が直ぐに、“うぐっ”っと呻き声に変わるのが解った。
「ヴァイオレット、入って来るなら雑魚を縛ってしまえ」
Kの声が、暗闇の中前方から聞こえた。
ヴァイオレットは、直ぐに胸元に輝くピンクサファイアのペンダントに手を翳して、魔法の詠唱を行うと・・・。 急激に、光を放って明るく見せる“明かり魔法”が・・。 魔法を宝石に封じたマジックアイテムだ。 基本魔法は、心得を会得するなら誰でも使える。 ヴァイオレットは、魔想魔術も初歩なら扱える万能な鞭遣いなのだ。
「う゛う゛ぅ・・・」
「あぐ・・ああああ・・」
何も無い石の床に、埃塗れで転がる黒い服の男達が数名見えた。
そして、右側から闇の中で殺気が湧き上がるのを感じて。
「まだ残っているぞっ!!! 油断せずに倒せっ!!」
と、脇に従える男二人に言った。
さて。 Kはもう地下に踏み込んでいた。 ヴァイオレットの実力は知っている。 下手な遣い手など、子供の様にあしらうだろう。 だから、雑魚はあえて残した。
幅の広く、手摺りの石には美しいレリーフが彫られた降り階段を行き。 降りた場所を折れ曲がると、篝火が灯る広く奥まで吹き抜ける大広間に出た。 天井までの高さだけで、5メートル以上。 見渡す向こうの奥までは、巨木を横に寝かせられる程は有るだろうか。
明るい場所に出たKを、待ち兼ねたかの如く黒い覆面をした武装集団が取り囲む。 その数、30人は居るだろう。 それぞれに至近戦用の短剣や長剣を持っている。
「ほう、ジュリアでは無く貴様か・・・」
Kの右手奥から、マルフェイスの声がする。
武装集団に包囲される中で、Kはその声の方を見ると・・・。
「ほほ~。 アホウが、作り物の玉座に座ってるのか」
古代の出土品で王族が使用していたと思われる王冠と杖を展示するのに使われた、イミテーションの金鍍金の玉座が、この広い間の中央に備わっていた。 其処に、マルフェイスが王様気取りで、杯片手に座っていた。 隣の王妃の玉座には、マリックがぞんざいに座っている。
マルフェイスは、ギラギラした眼をKに向け。
「喧しいわっ!!!! このゴミクズがっ!!!!」
Kは、苦笑して。
「フッ、そりゃ~お前だろう。 駄目人間」
マルフェイスは、Kの口答えにイラっとしたのか。 憎しみ染みた目を向けて。
「オランドっ!!!! ズタズタにしてしまえっ!!! 逃げる時に、ジュリアにお前の屍を見せてやるっ!!! 殺せっ、殺せぇぇっ!!!!」
マルフェイスの言葉に合わせて、マルフェイスの居る方から武装集団の間を抜けて一人の男が姿を見せた。
その男の右手にある黄色い刀身の剣を見て、Kは軽く頷き。
「ほ~。 “フランヴェルジェ”ね。 中々いい~剣じゃないか」
覆面をせず。 訝しげな引き締まる面構え、鋭い眼光を湛える瞳、褐色の肌。 特徴的に面長な顔は、一度見たら中々忘れない顔である。 黒いスカーフを首に巻き、黒いYネックのシャツ、黒のズボン。 身体には、軽くて耐久性に優れたベルト型の交差する金属軽鎧を着ていた。 オールバックの髪は、クセで後ろの彼方此方に纏まって伸びている。
「お前、何者だ」
低い枯れた声でオランドと呼ばれた中年の剣士は、この状況で余裕過ぎるKに問う。
半身でオランドを見るKは、薄く笑った。
「お前の仲間・・、あ~槍を遣ってた大きいの。 簡単に此処の事をゲロしたぜ」
すると、オランドの顔が険しく成った。
「何をした・・貴様」
拷問でも耐える訓練を受けた者達の口を割らせるなど、中々誰でも出来る物では無い。
「さ~な。 俺に勝てるなら、教えてやってもいいぜ」
「・・・」
オランドが黙って剣を構えた。 “フランヴェルジェ”は、別名を“火炎剣”とも言う。 炎の如く刀身が波打って、大剣の部類に入る重量級の剣だ。
だが、Kは構える事もせず。
「全く、暗殺者紛いのゴミ共が。 “キル・リーパー”の力も持たない奴等が、挙って屯ってプロ気取りとは。 見てて泣ける。 それで、俺に勝てるのか?」
と、眼を細める。
「っ!!!!」
オランドの顔が、一瞬にして驚きに変わった。
「なっ・・なんだっ?」
「うっ・・後ろ?」
「いやっ、横だっ!!」
武装集団達が俄にザワつき。 Kの居る方では無い方向を見たりするのだ。
急に乱れ出す武装集団に、不安を覚えたマルフェイスはうろたえて。
「なっ・何をしておるのだっ!!! 早く斬らぬかっ!!」
しかし、Kを前にしたオランドの額には、早くも脂汗が滲み出す。 恐怖を纏うこの威圧感、闇夜に紛れて音も立てない足音、本人から全く気配が感じられない。
(こっこの男・・・本物の・・・暗殺者っ?!!!)
鍛錬を積み、戦う事を繰り返す中で気配を感じられる様になると達人だ。 だが、Kの気配が辺りの何処からでも感じられる。 目の前に一人しか居ない筈の気配を、自分達の背後や横から感じるなど有り得ない話・・・。 だが、Kの気配は、恐ろしい存在で四方八方から届いて来る。 生じに強い者ほど、その存在を感じれる。 オランドは、Kが何故にジュリアの家に差し向けた手勢の半数の刺客達を潜り抜けて来たか。 漸く理解した。
(ま・・・負ける・・・)
動けぬオランドは、絶望的に確信した。
Kが地下へ降りてから、少しの時間を置いて。 ヴァイオレットが、5・6人の武装集団を倒して部下二人に捕らえさせている間に地下へと降りてくると・・。
「まあ・・・」
四方の壁に、跳ね飛ばされたのか、動けずに蹲る武装集団の者共が呻いている。 そして・・・。
「ハア・ハア・・ハア・・・はあ・・・はああ・・・」
両腕を斬り落とされて逃げようと床を這いずる褐色の肌をした男を見つける。 オランドである。
(彼はっ?!!)
眼を移して見れば、金鍍金の王座の前でKはマルフェイスの服の首根っこを掴み。 マリックを地べたに這わせて踏み抑えているではないか・・。
Kは、持ち上げたマルフェイスの顔を睨み。
「お前等、舐めたマネして騒がせやがって・・。 刑でも喰らってあの世に落ちろ」
逆に、マルフェイスが持たれて必死の動きで暴れながら。
「うるさいっ!! 下郎っ!!! この私を簡単に刑死させる事が出来ようものかっ!!! 後で、吼え面かかせてやるっ!!!!」
辺りを見回しながらヴァイオレットが、Kに寄ろうとした時。
「お前・・・まさか・・・」
マルフェイスの迸った言葉に、パッとKが反応した。 何時ものいい加減な口調とぞんざいな態度をガラリと変えて、マルフェイスの顔を覗き見る様子が真剣に成る。 何故か、マルフェイスの横顔を一点に見つめていた。
ヴァイオレットは、それを見て思わずグッと踏み留まる。
(はっ・・・この様子・・・、前にも・・在った様な・・・)
ヴァイオレットが歩みを止めたのは、昔の思い出がフラッシュバックしたからだった・・・。 Kと、セルフォワージュの戦いは、逃げるセルフォワージュを追って北の石窟寺院の廃墟に追い込んでの壮絶なモノだった。 その時、セルフォワージュとKのやり取りで、ヴァイオレットは似た会話を耳にした記憶が在り。 Kは、その時に何かを悟ったハズだ。
(・・・何だ・・この・・胸騒ぎ・・)
ヴァイオレットは、何かまだ何か明かされていない事実が、不穏な調べを奏でて何処かで笑っている様な気配を覚えて気持ちが悪く成った・・・。
19権化の血統
まだ、深夜も深まり明け方までは1刻(略2時間)は残す頃。 早くも、冷えた気温で冷たい雨がまた降り出した。
シャラシャラとメロディーを奏でる雨音が幽かに響く教皇庁内を、ヴァイオレットが忙しく歩く。 手には、“封印文書”の文字が書かれた封筒を含む書類と、別に何かブ厚い辞書の様な物を持っていた。
「・・・」
ヴァイオレットの表情は、かなり真剣だ。 今日の夕方に、大臣達やジュリアの前に姿を見せた時よりも険しい顔付きである。
早足で教皇庁北西の別塔にある地下隔離牢屋に向かうべく足を急がせていた。
実は。 マルフェイス一味を捕らえて戻る馬車の中でKは、ヴァイオレットにある相談をした。
「ヴァイオレット、頼みが在る」
「ん? 添い寝か?」
誘惑の眼差しを向けて戯言を漂わすヴァイオレットを、Kは無視して。
「俺に、マルフェイスを取り調べさせてくれ。 もしかすると、とんでもない事態に及ぶかもしれないからな・・」
真面目な言い草で腕組みしたままのKは、馬車から覗ける小窓を見つめている。 走る馬車の速度が意外に早く、窓に付いた雨が直ぐに糸の様に伸びた。
「・・・」
普通なら、こんな願いは通る事では無い。 しかしヴァイオレットは、数年前にKの捜査能力も、把握・理解・推理能力を恐ろしい程に見せつけられた。 この、今のKの言葉に、さっき旧美術館で感じた不安が、不協和音を鳴り響かせ始める。
(何か在る。 まだ・・、前の様に何か在る)
ヴァイオレットの脳裏にこの言葉が繰り返された。 だから、馬車が教皇庁に到着するなり、捕らえた一味やマリックと、マルフェイスは別にした。 普段は決して使われない別塔にある隔離地下牢に移したのである。
自分の腹心護衛の男すら脇に歩かせずにヴァイオレットが、急ぎの歩きで地下に向かう。 螺旋階段を降りて暗い小さな篝火のみが照らす地下廊下を歩いて行く。 離れの別塔にある地下牢は、外からの入り口が無い。 この地下通路を行く以外に行く手段は無いのだ。 昔から、封印文書に成る様な政治的な大事件などの時のみ使われて来た経緯を持つ塔である。
そして、Kとマルフェイスはその塔の地下牢が広がる地下一階、埃と蜘蛛の巣が蔓延る牢屋が並ぶ中でも、一番奥に在る鉄の扉が分厚い禁固牢屋に入っていた。
「・・・・」
部屋の中、入り口の反対の壁際に置かれた古い机。 その机を前にして黙って座るK。
「このワシを、一体どうする気だっ!!! 薄汚いミイラ男めっ!!!」
小さく痩せた身体に似使わない太い怒声を度々上げるマルフェイスは、蓑虫の様にグルグル巻きに縛られて、冷たい床に横たわっている。
Kは、ヴァイオレットの足音を遠くに聞いて。
「どうもこうも無い。 お前の全てを暴くだけだ。 全く、ふざけているのは現実のみだ」
マルフェイスが、睨み目でKを下から見上げる時・・。
急に重たい鉄の扉が押し開かれ、ヴァイオレットが紫のピアリッジコートをはためかせて中に入って来た。
「持ってきたぞ。 頼まれた物だ」
Kは、ヴァイオレットからその物を受け取ると。
「君以外は人払いしろ。 聞かれては不味いかもしれないからな」
Kは、ロウソクの入った様な作りのカンテラに灯る明かりの下で、その手渡された書類を開きだした。
「・・・」
ヴァイオレットは、重い鉄の扉の外に居る僧侶衛兵を回廊の方に行かせてから、また中に戻る。
それから、僅かに沈黙の時が流れた・・・。
夜の氷雨は心地の良い子守唄だ。
アンジェラの家では、畑仕事手伝う依頼を請けて来ているステュアート達が、一同横に並んで布団と枕を並べながら床で寝転がっているし。
襲撃を掻い潜ったジュリア達も、気を落ち着かせる為に少し酒を含んで長い2日間の疲れを眠りで癒す。
誰も、Kがヴァイオレットと極秘の調査をしているとは思わない。
冷たい雨が降り注ぐ空の彼方に、秋の訪れと共に遅くなり始めた夜明けがもう少しと云う頃。 Kは、読んでいたブ厚い本を閉じた。
「ナルホドね。 マルフェイス・・、てめえ・・どうしてもジュリアの家柄と縁結びしたかったらしいが・・。 理由は・・、お前の生まれだろう?」
マルフェイスに背を向けたまま、Kは静かに言う。
「・・・、何がだ」
低い声を出したマルフェイスは、急に警戒した顔付きでKの背中を睨んだ。
マルフェイスを見下ろす形で、壁に腕組みで背凭れていたヴァイオレットは、横顔のKに。
「何が解ったの?」
すると・・・。 Kはゆっくりと立ち上がり、椅子をマルフェイスの方に向けて座り直した。 足を組み、ゆったりと据わると。 顎で、マルフェイスをしゃくり。
「コイツ。 マルフェイスは、恐らくメリッサの実の子供だ」
「えっ? ・・・・」
ヴァイオレットは、サラリと言われた言葉の意味に理解が着いて行かなかった。
二人が見下ろすマルフェイスは、Kの言葉で俄に横を向いて狼狽した様子が顔に見える。
マルフェイスを見て、Kは淡々と語る。
「お前の男爵家は、今に存在し無い消えた一家だ。 150年前に子孫が絶えた家に、何で今更跡取りが出来るンだ?」
「・・・」
黙るマルフェイスは、聞きたくないのかソッポを向く。
「まっ・・真か?」
驚き問うヴァイオレットに、Kはブ厚い辞書の様な物を後ろに見て。
「爵位名鑑に載ってる。 恐らく、メリッサの指示で誰も注意しない様に同じ名前の家が二つに枝分かれして存続していた様に見せかけたんだろう。 何せメリッサは、“ヴァージン・エンプレス”と異名を受けた潔癖の女傑のハズだからな。 子供が、しかも隠し子が居たと成っては、折角の清楚さが消えてしまう。 メリッサは、気位もプライドも異常に高い人だったらしいと云うじゃないか」
「しっ・・しかし・・それだけで・・メリッサ様の御子とは言えないハズ・・・」
ヴァイオレットもうろたえる。 メリッサの子供と成れば、その処断は教皇王の采配に委ねられる。 罪に問うことは可能だが、皇族の死罪の命令は教皇王にしか権限が無いのだ。
Kは、マルフェイスの首筋に顔を向けて。
「確証は、奴の首筋だ。 酒でも飲ませてみな・・。 いや・・あ~、興奮させるだけでもいい。 赤い、二重螺旋の痣が浮き出る」
急にマルフェイスはもがき暴れて、Kの話に動揺の様子を強めながら。
「なっ・・何を言い掛かりをっ!!!」
慌てるマルフェイスを見たKはカンテラを持って、給油ランプの明かりをマルフェイスの近づけて。
「ホラ、見てみろ。 急に本人が慌てた御蔭で、とぐろを巻いた蛇がぶら下って下に伸びる様な痣が見える」
ヴァイオレットは、マルフェイスの脇に屈んで、もがくマルフェイスの襟元を引き出した。
「なっ・・・・ほ・・本当に・・・」
「みっ・見るなっ!!!!! この薄汚い下郎共めっ!!!!!」
喚くマルフェイス。
マルフェイスの襟を戻して離れたヴァイオレットに、Kは椅子に座り直してカンテラを机に戻し。
「この痣が浮ぶのは、メリッサの兄妹・姉妹の中でも、メリッサと末の妹のセルフォワージュだけだ。 俺が、数年前に斬ったセルフォワージュの首筋にも、この痣が在った」
「!!!!!」
サラッと語ったKの話に、マルフェイスは慄くばかりの驚愕の顔を見せて。
「お・・・お前・・・今・・・なんて言ったあああああーーーーっ!!!!!!」
マルフェイスの怒声が、部屋に響いて共鳴し続ける。
彼を見下ろすKは、冷めた目を向けて。
「数年前、教皇王の暗殺を企てていたセルフォワージュを斬ったのは俺だ」
マルフェイスの顔が、急激な興奮と憤怒によって噴出した汗に塗れ。 ブルブルと震え出す。
その様子を見たKは、自分の斬ったセルフォワージュとマルフェイスの間に、何らかの親交が在ったのかも知れぬと思いながら、ヴァイオレットに向かって。
「覚えてるか? 死に際に、セルフォワージュが言ったセリフ・・」
“姉上の子に教皇王を継がせて・・・我が・・・一族で支配を・・出来たものを・・・”
ヴァイオレットは、Kが断崖の岩場で斬られたセルフォワージュの断末魔の声が蘇る想いがする。
「そ・・そんな・・まさかっ・・。 あ・・あの事件から、繋がっていたのか・・」
足持ち上げ膝を両手で抱える様に仕草を変えて、Kは頷き。
「あの暗殺未遂の時。 俺は、エロールロバンナに教皇女王から失脚させられたメリッサの情報を集める過程で、ある老婆と会った。 メリッサの元お傍周りで、失脚の少し前に突然の解雇を言い渡されて国外退去に成った人さ。 ほとぼりが冷めて、スラムに隠れて住んでいた。 その老婆の話だと、メリッサはかなり若くして教皇女王にさせられた。 見目が綺麗で、礼儀正しく真面目な性格だから、“処女の聖女”と言われたとか。 だが、就任してから2・3年後、晩餐会に招かれた折にあるペテン師で吟遊詩人を偽る美男にメリッサは一目惚れしたらしい。 そして、あろう事か。 夜な夜な教皇庁の奥で、“逢引”ならぬ“交わり引き”をしてたらしい」
知られざる教皇女王の秘め事に踏み込んだ話にヴァイオレットは、マルフェイスを見下ろして。
「それが・・・」
「ああ。 そのペテン師男。 凄く顔立ちが綺麗で、女性の扱いは凄かったとさ。 まだ若いメリッサを虜にし。 メリッサを誘惑しては金品をせしめ、メリッサが老いた傍周りを首にして、若く美しい女性を傍周り選ぶと、その傍周りをも誘惑してたとか」
「な・・・なんと云う・・・堕落だ・・」
唸るヴェイオレットは、マルフェイスの顔をマジマジと見た。 マルフェイスは、メリッサにも父親にも似ていない気がする。
続けるKは、マルフェイスの眼を指差し。
「コイツも、メリッサと同じ緋色の入った目だ」
見られるのを嫌がって顔を背けるマルフェイス。
マルフェイスの顔よりも、ヴァイオレットには気に成る事は話の続きだ。 Kに寄り。
「で、どうなったのだ・・・その後は・・」
「コイツが存在する通り。 メリッサは身篭ってしまったとさ。 その年は、メリッサは体調不良で公務もしないで、只管に大きくなったお腹の自分を隠した。 だが、メリッサの懐妊を知っていたメリッサの一族は、これ以上のスキャンダルを恐れてそのインチキ吟遊詩人を殺してしまった。 激しい思い入れで愛していたメリッサの嘆きは非常な物で。 出産間近で食事を取らなくなったりして大変だったらしいぜ」
ヴァイオレットは、公に出来ない生まれのマルフェイスだったと理解した。
更に、Kの話では。 出産後、直ぐにマルフェイスは別の子供の居ない元学者の家に里子に出されてしまい。 母親に成ったはずのメリッサは、わが子を抱けなかった。 母性の向ける矛先を失い、愛情を向ける矛先を失ったメリッサは、美しい男女を侍らせて異常な性愛を交えた寵愛をする様になったらしい。
Kは、歴代の爵位名鑑を脇に取り。
「歴代の名鑑に、マルフェイスの名前の血筋の系統図は途絶えて今に続かないのに。 教皇庁の登用記録には、しっかりと男爵の爵位で登用している。 この頃はメリッサが、40半ば・・か。 恐らく、コイツがこっそり名乗り出たか。 メリッサが、秘かに探したのだろう。 普通なら爵位が有っても、伯爵以上か、大學を修めてないと登用時にいきなり各省の直属配属は有り得ない。 なのにマルフェイスは、20歳前後の若さでありながら、最初っから財務省の下級に登用されてる。 親の七光り様様だろう」
ここまで話したKの話は、略事実なのだろう。 だから、マルフェイスは居直ったのか。
「ベラベラと喧しいっ!!!!! 親の威光で、そうなったのさっ!!!! 何が悪いっ!!! えっ?!!!」
その時だ。 Kは、スッと眼を細めて前屈みに成り。 マルフェイスの眼を射る様な視線で睨みつけ。
「じゃ~聞くが。 20年前、お前はジュリアの父親を告発したな。 総括運営資金の流用だとか」
「ああっ!!! したともっ、正義の告発さっ!!!!! 何ぞ文句でも有るかっ?!!!!」
と、内心にKの鋭い眼光に怯えながら、マルフェイスが強気に見せかけて言い放った直後。 響いた声が静まる時に、Kが問いを返した・・・。
「ぐぅっ・・・・」
マルフェイスは、瞳をガバッと開いてギョッとした眼をKに向ける。
ヴァイオレットも、Kとマルフェイスを黙って交互に見た。
マルフェイスの顔が、明らかに血色を失い始めて震えている。
ヴァイオレットは、今まで隠され続けてきた陰謀の本当の尻尾を見た気がした。
Kは、立て続けにマルフェイスを問い質す。 恐らく、こうではないかと推理した事を全てマルフェイスに問うた。
すると・・・。
「は・・・はははは・・・まっ・まさか、其処まで悟られるとはな・・・」
マルフェイスは、グッと顔をヴァイオレットとKに向けて。 遂にメリッサ・セルフォワ-ジュと血縁が在るのを感じさせる言葉遣いで、悪魔の権化の様な事をさも正当な理由が在ろうかとばかりに言い出した。
聴いているヴァイオレットは、マルフェイスも含めてやはりこの一族は頭が狂っていると認識した。 狂気をさも自分の権限の如く言うマルフェイスに、気分を悪くする思いが湧いたのである。
そして、マルフェイスが全てを言い終えて。 高笑いをして転がりながら権威失墜したジュリアの家の事を嘲笑う。
だが、その部屋に鳴り響く笑いは、突然として途絶えた。
そう・・・、終わったのである。
20、その後・・。
さて、特別な任務の遂行を行う為に、あの悪党達から襲撃された翌日。 ジュリアは気合を胸に秘めて、レイチェルや聖騎士二人と一緒に登庁した朝。 牢屋を見守る役人達に、捕らえて連行して来た悪党共を引き渡す過程で知った事実は。 昨夜に、マルフェイスが破壊活動容疑で旧美術館にて斬られて死んだと云う話だ。
Kの情報で、逃がさぬ為にヴァイオレットが差し向けた密偵が気付かれ。 マルフェイスが、逃亡を画策し。 駆けつけたKと、ヴァイオレットの率いる鎮圧部隊との間で、激しい戦闘に成り。 爆薬を使おうとしたマルフェイスをヴァイオレットが斬ったと云うのである。
マリックも捕まって居たので、ジュリアは牢屋に様子を見に行くと。 精神が変調を来たして異常に成っていた。 涎をながして、ず~っとヘラヘラ笑って居ながら天井を見ている。
(余程に凄い戦いだったか・・・、こう見ると哀れな・・・)
さて、朝からジュリアを長として緊急編成させた特別部隊の詰め所となる総括執務室には、こっそりと不正を告発・告白する者が休み無く訪れ。 古い不正の話では、30年近く前の物まで出て来た。
いざ仕事を始めて見れば、告発や告白された不正の事情聴取や、調査記録を作り。 聞き込みや、裏づけ捜査に至るまで考えると。 2000人を超す捜査員が、総動員で動かなければならない程の大忙し。
不正が事実上で発覚してしまえば、緘口令を如いても通常業務に支障が出る為に。 教皇庁全体は、平穏な何時もの様子とは違ってしまった。
ヴァイオレットは、自分のその存在を表に出さない。
また、ジュリア達、上級役人の部類に入る者は、弾劾総務長官の事を表に出せない訳で。 外に語られる名前は、ハルフロン以下大臣だったり、ジュリアなどの聖騎士だったり・・。
何より、聖騎士団長8名並びに、総師団長・副総師団長が賄賂と証拠隠滅の犯罪に手を染めて居たのだから、呆れるしかない。 この10名をこっそりと告発に来た兵士・騎士の数だけで20を超え。 罪の擦り付け合いを画策した団長達が来て、総師団長を悪く言いに来たり。 その逆も在り。 ジュリアは両方を厳しく裁くことを念頭に、捜査員を任命した。
こうなると全ては役人の出番と成る訳だ。 功労者のKは、全ての事が手を離れたのでのんびりしようと思ってジュリアの元を去ろうとしたのだが・・・。
「こらっ、手伝って」
と、ジュリアに留められる。
「はあ~。 冒険者を“ロハ”で働かせるのかよ・・」
ぞんざいな口調で、疲れを見せるK。 思いつきの一撃でジュリアは、預けられた捜査費用の一部を出す条件で、不正に関わった末端の悪党などの確保や、情報収集を依頼にすると。
夕方前には、正式な依頼に変わり。 農家の手伝いを終えて戻って来たステュアート達と、放火をしていた魔術師を捕らえた冒険者チーム、他に別のチームも加えた3チームが採用されて。 次の日から聖騎士や、役人達と交わって捕り物をしたり。 事情聴取に、街中を歩き回ったり。
遂にまた一緒のチームに成って、のほほ~んと動くK。 セシルは、ワナワナする訝しげな横目にてKを見て。
「アンタさっ!!! お見舞いに行くっていって何やってたのさっ!!! 役人が、アンタに敬礼してんじゃんっ!!!!」
「知らん知らん・・・見ない事にしよう」
Kは、なるべく関わらない様にする。
しかし、ジュリア宅の襲撃事件や、ゴルドフの連行、20年前のエリザベートの事件に、マルフェイスの元へジュリアが会いに行った時などで、Kは聖騎士に見られている上に。 その手腕を見せている。 仕事の手解き上、礼儀や節度を重んじる騎士や役人は、Kがジュリアだのハルフロンだのエロールロバンナと対等に向かい合う様を見て来ているだけに。 自然とその態度は敬意が現れる方向に行く訳で・・・。
「ご苦労さまですっ」
教皇庁に戻って来る度に、Kが敬礼を受けるのが、合流したステュアート達には異常に見える。
(あ~・・・今回は、派手にやっちまったな~・・・)
Kは、仕方無さそうにヘラヘラと笑うしかなかった。
そう。 Kは、ヴァイオレットに事実の隠蔽を指示したのだ。 ジュリアがこれ以上傷付く必要は無い。 諸悪の根源であるマルフェイスを、Kはあの牢獄の中で斬った。 煙るが如く血の臭いが充満し出すあの牢屋で、唖然としたヴァイオレットにKは。
“さ、早くマルフェイスの遺体を片付けてしまえ”
“なっ・・何だと?”
“ヴァイオレット、この事実にジュリアが耐えられるか? エロールロバンナが、簡単にマルフェイスの処断を決められる冷たい男か? 終身刑に処するのが関の山だろう。 マルフェイスは要らない一族だが。 生きて居れば、悪用する輩が現れるやもしれない。 こんな事実は、闇に葬るのが一番だ。 事実を知らないマリックなら、普通に刑に問えるはずだ。 マルフェイスも、この事実は誰にも言えなかったハズだ。 迂闊に洩らせば、エロールロバンナを護ろうとする回りが動くからな”
ヴァイオレットは、政治を考えて眼を閉じて従った。 エロールロバンナの教皇王就任で、不正も爵位政治も落ち着いて、国民主体に政治を考える時代へと流れを変えつつ在る。 これ以上の負荷をエロールロバンナに掛けて、尚且つメリッサの隠し子と云う混乱の原因を世に知らせる必要は、何処にも無いと考えた。
この日は、K達が遅くまで捜査や捕り物に動き。 ジュリアもまた、日が暮れても少し残って整理と報告書の製作に働いていた。
それから、3日後。 夕方。
ジュリアが指揮する部隊の詰め所は、マルフェイスやジュリアの父親が総括長官を勤めて居た場所に置かれた。 ヴァイオレットの指示である。
しかしジュリアは、マルフェイスが座って居た高みの壇上デスクには座らず。 使われていない円卓デスクを持ち込んで、あの大女の聖騎士と、襲撃の際に脳震盪を起こした若い聖騎士、そして別の中年の聖騎士の3人に。 書類作成の手助けや、財務管理書類の説明をしてくれる政務官など10名で、色々と話し合いを込めて仕事をしている。
「ジュリア様、今日はどうしますか?」
老いた政務官の一人が、暗くなった外を細長い窓から見て言う。
「ああ、もう暗くなったな。 今日は、此処までにしよう。 夜の整理も、毎日では疲れる」
皆、その声に片付けの支度にかかる。
久々にピアリッジコートの井出達のままにジュリアの仕事は続く。
「こう書き物ばかりでは、鎧が重く成りはしないか心配だ」
と、苦笑するジュリアは、出来上がった報告書を携えて。 皆を帰してから壁のランプの火を落として、一人でヴァイオレットの詰める“危亡の塔”に向かった。
これが、毎日の日課に成りつつあるジュリアであった。
毎日、徹底的に調べ上げた物のみジュリアは書類にし、ヴァイオレットに差し出す。 ヴァイオレットがそれを見て、頷くならハルフロンの元に出して裁判への立件と成る。
ヴァイオレットとジュリアとハルフロンは息が合うのか。 言い争いは無かった。 父親と兄の汚名を雪げるとジュリアは勇み。 その仕事振りは、“凍眼のジュリア”に相応しいものだったのだ。
さて、更に数日が過ぎた。
K達冒険者は、10日間の契約でその調査・捜査に加わった。 チームとして請けた以後。 Kは差し出がましい行動は一切しなかった。
各大臣達、ジュリアの纏める捜査・調査部隊の仕事振りにより。 古い不正を中心に、かなりの事件が炙り出ると予想され。 自己申告猶予期間だけで告白・告発された事件が150件を超える。
全て、順調に思えた。 そう、誰の眼から見ても。
そして。 ステュアート達とKが仕事を終える日。 様々な出来事が、津波の様に押し寄せた。
その、1つが。
「ケイ殿、迷惑をお掛けした。 真に・・真に、申し訳ない」
チーム“コスモラファイア”として、教皇王の身体を休める自室に呼ばれた。 ステュアート達の目の前で、教皇王エロールロバンナがKに頭を下げている光景。 皆、度肝を抜かれる思いだ。
(ああああ・・・頭下げられてるぅぅ・・・)
蒼褪めた顔のセシルは、ステュアートの首を掴んでガクンガクン振っている。
(うぐぐぐうう・・・じ・・じぬぅ・・・)
ステュアートは、教皇王への謁見とKの存在の偉大さに驚き。 更に、セシルに首を染められて死に掛かっていた。
オーファー・エルレーン・アンジェラは、もはや動ける状態では無く。 カチンコチンに固まって直立不動のままに。
麗らかに晴れた秋空が、開かれた窓の空に雲一つ無く広がっている。 長閑な昼下がりだ。
レイチェルに世話されながら、椅子に腰掛けてKを見上げる教皇王エロールロバンナは、随分とやつれた様子であるが。 立ち上がれるまでに回復しただけでも、幾分かは回復に向かっていると感じて良い様だった。
Kは、礼儀も何も無い立ち方でポケットに両手を入れながら。
「アホ。 俺に礼を言うなら。 先ずは、ハルフロンやジュリア達、そして、身を削って働く役人達にしっかりと姿を見せれる様にしてから言え。 ンなフラフラで、レイチェルに傅かれて。 お前は引退後の老人か。 国民思想の政治を、ハルフロンと一緒に目指したアンタが、後任も儘成らないままで何してる」
アンジェラは、“アホ”と教皇王に向かって言ったKに卒倒しそうに成って。
(アホってッ!!! アホって言いましたわっ!!!)
と、オーファーの首を掴んでガクンガクン。
(ぬ゛ぐぉっ・・・・せ・・せめて・・・胸に抱いて殺してくだされぇ・・・)
喘ぐハゲ頭。
エルレーンは、死にそうな顔のオーファーを見て。
(あははは・・・青ダコだわ・・・)
と、半笑いしか出なかった。
教皇王は、献身的なレイチェルを脇に見て。
「うむ・・。 その通りだ。 何時までも、嘆いては居れぬ・・」
穏やかな笑顔でエロールロバンナを気遣っているレイチェル。
Kは、その様子を見ながら。
「エロールロバンナ、ロザリアの身柄はジュリアに任せろ。 一人で置いとくのも心配だろう。 誇り高きジュリアと、この優しいレイチェルの傍なら安心だろ? お前に今必要なのは、ロザリアでは無く。 お前が成すべき事は、ロザリアの心配では無いハズだ」
エロールロバンナの表情が、グッと険しく成って俯いた。
「た・・確かに・・・」
「未だに、教皇庁や貴族の中では、貴族政治や権威政治に立ち返る事を望む者も居る。 アンタが、それを変えた本人だ。 悪い方に逆戻りさせない為にも、一刻も早い公務の復帰が求められる。 何時までも、ハルフロンやジュリア達に肩代わりさせるなよ。 俺が、今回此処まで動いたのは、その根を断ち切る意味も在ってだ。 死んだジョージも、エリザベートも、格差の少ない政治を期待してた。 だから、アンタの言葉をエリザベートも20年前に心に仕舞ったんだからな・・・。 忘れるな、この悲しみと罪を」
Kは、そう言って踵を返す。
「かえる・・・・はあ?」
Kが、何時もの彼らしくキザに去ろうとしたが・・・。 泡を吹いて死にそうなステュアートとオーファーが眼に入り。
(お・・お前等・・・此処まで来て・・・するか・・・)
と、ゲンナリして呆れてしまった。
さて、更にこの日、ゴルドフの裁判も開かれた。
「判決を言い渡す。 ゴルドフ・バレンシュタイン卿、前に」
黒い壇上に伸びるデスク。 黒い黒衣の裁判官。 半円の劇場の様な裁判場にて、縄を掛けられたゴルドフは、前に進み出た。 頭の髪の毛が8割白く染まり。 観念しきった顔は、10歳は老けて見える。
被疑者が立つ専用の小さいデスクの前にゴルドフは立つ。 もう、身に纏っているのは灰色の囚人服だった。
ゴルドフと対峙した、壇上の裁判官は。 まだ若さも残る中年の冷静な様子を見せる男性だ。
「バレンシュタイン卿、判決を下します。 そなたには、労働刑30年に処す。 本来なら、教皇王様の姉君になるロザリア様を暗殺せしめんとした罪は死罪相当だが。 エロールロバンナ様より極刑は控えよとのお達しがあり。 下爵処分として男爵に落とし。 労働刑30年で、意見が纏まった。 年に一度だけ、家族の下に数日帰る事を許す。 また、一からやり直す気持ちで刑に服せ。 以上」
家族も居る侯爵を賜るゴルドフだ。 全てが粉々に成ると覚悟していたゴルドフにとっては、この刑は寧ろ恩赦に近い。 ゴルドフの目頭に、熱い物が溢れた。 深深と頭を下げて。
「ははっ・・・。 謹んで、お受け致します」
実はゴルドフの嘆願で、サンチョスは無罪になって釈放されている。
他の冒険者は、執拗な質問攻めに屈して余罪を吐いてしまい。 未だに別件で取調べ中とか。
実はゴルドフは、弟を斬る気だったらしい。 もう、何時までも金を搾り取る悪い虫を生かせないと踏んでいたのだ。 しかし、弟は一行に戻らず。 Kが、ロザリアの元を訪れた。
だが、実は全ては終わっていた。
Kが、ロザリアに言ったのは。 ジョージの死もチャグリンの死も他言無用にして。 事件に関与した奴等を永久に罪から逃れられぬ様に黙って怯えさせようと云う内容だった。 そう、サンチョスがKを尾行しなければ、そこで全ては有耶無耶に終わった筈なのだ。
記憶の石をKは、誰にも知られずに秘かにハルフロンにでも渡し。 ジュリアの家の誤解だけを、ジュリアの後の手柄に加味して下爵を免れさせればいいと・・・。 生きている全員が、もう困らなければいいと思っていたのに・・・。
ゴルドフが、動いてしまった。 そして、真実へ向かう道にKを誘き寄せたのである。
未だに、20年前事件に関連して人が動いてるとKは知り。 この事件が、まだ終わっていないのではないかと悟った。 その御蔭で、此処まで突っ走ってしまったのである。
つまりゴルドフは、知らずに墓穴を掘ったのだった。
さて。 エロールロバンナ皇と対面を終えたKは、ステュアート達を外に返し。 ヴァイオレットの詰める関係者以外は立ち入れぬ奥の塔に向かって、面会した。
「いらっしゃい」
教皇王と、弾劾総務長官のみが滞在出来るシークレットルームは、“開かずの間”とも言われている。 だが、招き入れられたKが、再び改めてその部屋を見回す限り。
(何処が隠し部屋だよ。 リッチな貴族の私室みたいじゃないか・・・)
と、呆れる。 赤い絨毯は、美しく汚れなど見えないし。 ティーテーブルは、古めの高級品。 インテリアは、全てクラシカルアンティークの寄せ集めの様だ。
「・・・、随分といい所に住んでるな」
少しだけ開かれた窓から入る風に戦ぐ白いカーテンと、花瓶。 花の香りが、Kの立つ所まで届いた。 広い部屋の奥、仕切りの先にはベットまで見えていた。
微笑むヴァイオレットは仮面を外して居る。 その顔、正しくアダマンティアランで“朝方の歌姫”と言われているスカーレットその人である。 Kを前に、マーガレットの香りのする砂糖で紅茶を煎れるヴァイオレットは、かなり女らしい素振りだ。
Kは、ヴァイオレットが二つ目のカップに紅茶を注ぐのを予測し。
「要らんぞ。 ただ、別れの挨拶に来ただけだ。 仲間も待たせているしな」
ティーポットを傾けて止めるヴァイオレットは、その言葉にカップを一つずらして。 自分の分だけミルクを入れた紅茶を作りながら。
「もう少し、ゆっくりしたら? 昔話・・・聞きたいわ・・」
ヴァイオレットの声が、何処か誘う響きに聴こえる。
窓の外に差す昼下がりの太陽の光を見るKは、過去を思い出して少し詰まらなそうに。
「俺も、あの頃に比べると変わったらしい・・」
「そうね。 凄く・・変わったわ」
「そうか・・。 だが、変わってない所も在る」
ヴァイオレットはティーテーブルに優雅に凭れ座り、紫のドレスのスリットから態と膝まで覗けるように足組みして座る。 年齢を重ねた大人の色香が溢れているヴァイオレット。 Kを妖艶な目つきで見て、緩やかに。
「へえ・・・どんな風に変わってないの?」
すると、Kは踵を返した。
「女とは1回しか寝ない・・・かな? いや、愛した女以外はもう寝ない・・か。 じゃあ、な。 余程の事が無い限り逢う事も無いだろう」
と、退室の様子を見せる。
「えっ? チョットまっ・・」
呼び止めようとするヴァイオレットに、Kは横顔を向けて。
「もう、“1回”も済んでるだろ?」
その言葉に、ヴァイオレットは踏み出した掛けた足が止まる。 自分の肉体に焼きついた、冷たい男との思い出が蘇った。
紅茶の香りが漂う部屋からKが消えた。
(・・・あの時は・・あんなに冷たい男だったのに・・。 変わらない・・・ずっと変わらないと思ってたのに・・・。 今度は、温かくなって・・無視? ヒドイ・・・ヒドイ男・・)
ヴァイオレットは、フラれた思いでKの閉めたドアを見つめた。 そして、悔やんだ・・。 何で・・昔に求めてしまったのか。 今のKが、味わいたかった・・・。
本日は、W掲載となります^^