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エターナル・ワールド・ストーリー  作者: 蒼雲騎龍
K編
1/222

始まりの編:第一部:その男、伝説に消えた者。

本作品は、以前に投稿していた作品の改訂版です。


但し、携帯で編集している為、改行など一部がしっかりしているか、解らない部分が出ているかも知れません。 読み難い場所が在りましたら、誠にすみません。



      蒼雲 騎龍。

     prologue



‘ポリアンヌ’



これが、私の名前。



実家はね、御大層にも貴族で、ちょっと由緒があるの。



ま、世間で云うならば、‘お嬢様’ってとこね。



でも、色々と面倒が多くて、18歳で家出したの。



剣と魔法が謳歌するこの世界で、剣術を習ってたんだもの。 冒険遣らなくちゃ、お話になんないわよ・・・、ってね。



でも…。



でも、ね。 あの人・・・、Kとの出会いは、その時までの身勝手・気儘に生きてた私を変えた。



一度、たった一度の冒険で、冒険者と云う道の難しさや悲しさを、全て教えてくれた。 



多分、私ね。 おばあちゃんになっても、忘れないわね。




Kのこと・・・。




――――――――――――――




      第一章



【駆け出し冒険者達と、凄腕の冒険者】





その1.Kと云う男。




海からの風が、穏やかに晴れた街を吹きぬける。 春の風が、温かく優しい。



〔古代王国、ホーチト〕



王制が、悠久の年月を経るほどに続く古い国の一つ。



だが、今は。 王が統治すれど、経済を中心に国政権の殆どは、大臣などに任せた政治になっている。 また、この国の特徴は、様々な農業が盛んで在り。 時期に合わせた野菜や果物を買いに、世界から交易船が港へ押し寄せる。




そして、国王が住まう王都で在りながら、国内最大の交易都市でも在る‘マルタン’は、この国の商業の中心都市だった。



さて、そんなマルタンには今日も、世界を回る唯一の足で在る船で。 世界から運ばれてきた大量の物資が、港に下りる光景が広がっている。



その港から、街へ運び込まれる様々な物は、この大都市を賑わせる活力の一端を担っていた。



また、海を渡る唯一の手段の船だ。 荷物以外にも、様々なものを運んでくる。 



人…物…噂が、その主だったものだろう。



今も、船から降ろされる荷物とは別に。 港に停泊する数々の船より、大勢の旅客が降りていた。



だが、その人々に目を向けると。 旅客の中には、様々な姿をした人達が居る。



例えば、黒い礼服やドレスなどの、所謂の処で正装をした男女や家族。 また、マントや荷物を背負う、旅人の様な姿の者。



然し、そんな旅客の中に混じり。 全身に、鎧などの防具を纏い、武器を持って武装した者や。 一方では、貴族だの老人や身体に障害を負う訳でも無いのに、ステッキや杖を持つ者達まで居た。



その姿は、船乗り、旅行者、吟遊詩人や旅芸人と云った、一般の旅客とは明らかに異質な姿だろうが。



そんな姿をする彼等の数は、旅客の数に勝るとも劣らず。 そして、彼等を特別に旅客が怪しみ、船乗りや警備兵が咎める事も無い。




実は、世間一般で云う処で、彼らは[冒険者]と呼ばれる。 冒険者は、世界を旅するだけの旅人とは違い。 その持つ武器や魔法という力を遣って、文字通りに‘冒険’をする者達だ。



辺りの人々は、彼らを特別な視線で見ることは無い。 この世界で冒険者は、特別な存在では無いからだ。



寧ろ、‘駆け出し’との俗称で呼ばれる。 冒険者の新人や、芽が出ず屯する者などは、この世に溢れているし。



また、普通に今は働いている人の中にも、元冒険者だった者は、たくさん居るだろう。



そう、冒険者と云う彼等も、また只の人なのだ。 この、〔冒険者〕という職業が世界に生まれてから、遥かなる悠久の月日が流れていた…。




然し、まだ彼等が今に在り続けるという事。 それは、



‘意味が有る’



と、云う事かもしれない。



また、冒険者と見られる人々を含めて、船から降りる者、船に乗り込む者様々。 幾多の者達が、〔船〕という足に身を委ね、旅を続けているのが、港を見ると解って来る。



さて、いよいよ物語を紡ぐべく、街の中に目を移そう。



この、マルタンの街の中心を、東西南北に貫くレンガを敷いた大通りは、この首都の大動脈だ。



日々、港に着いた物資が、国内外の交易都市に運ばれたり。 国内外の交易都市から来た物資を積み込む為。 都市の中を走る幅広い通りには、荷馬車が犇めいてる。



無論、街の中を網の目の様に走る通り、または脇道には。 荷馬車以上に、様々な人が動いている訳だが。



港から、街の中心を横断する大道路へ向かう道に、かなり太い道が在る。 レンガ舗装をされていて、日昼はひっきりなしに人馬が往来する場所なのだが。



その道から所々で左へ右へと枝分かれする別の大通りは、繁華街や宿屋街へ向かうべく、人々の往来が夜遅くまで激しくなる通りだった。



そんな街の各方面へ伸びる大通りの中でも。 西方の繁華街に向かう或る一本の大通りには、特に冒険者の姿が数多く見受けられ。 それも、一人だけと言う者から、数人単位で固まり行き来する。 その数人は、見る頃合いに因れば、一般の人や旅客よりも多い時が間々あるのだ。



そんな大通りを行く人々の中に、取り分けてちょっと人目を惹く、冒険者らしき二人が居た。



内一人は、うら若い麗人で在る。 白い肌は、肌理が細やかで、透き通っているかの様だし。 膝までスリットの入った白いスカートから覗ける素足の太股や脹ら脛は、真珠が体に成った様だ。 凛とした美顔に、細く切れ長い眉が、これまた切れ長の瞳に似合っていて。 特徴的な髪は、太陽に当たるとキラキラ光る白銀色。 額辺りと横の一部以外の長い髪を後ろに纏め、赤いリボンにて螺旋巻きに固定して一本とし。 女性にしては、背の高い方となる彼女の、実に膝元まで垂らして在った。



その麗人が歩く道なりには、大小様々な店が建ち並ぶ。 その店の一つに、薬草の調合から薬の販売までをする所が在るのだが。 店の主人らしき初老の男が、手拭いを頭にして汚れた仕事着姿ながらに、歩く麗人を見掛けては、ボ~っと見とれてしまい。



「カァちゃんよ。 あれは・・、何処ぞのお姫様け?」



と、何の気なしに一緒に働く妻に言うのだが。



麗人に見とれた主人は、秤に掛けた受け皿に、零れ落ちるまで薬匙で粉末を乗せてしまう。



重たい壺を店の中へと運んだ、大柄な女性の奥さんは、



「アンタ、何だって?」


と、店先に来るなり、その光景を目撃。



「チョットっ、アンタっ! 何を勿体無いことしてるんだいっ!!!!!」



感情任せに怒声を張り上げる。



ハッとして、自分のしでかした事に気付く主人。



だが、その麗人を初めて見た男性なら、そう成っても無理はなかろう。 その麗人は、顔が美しいだけでは無く、格好もまたそこらのお嬢様とは違っていたからだ。



その格好とは、百合の絵の装飾が美しい、白銀製の上半身鎧を着て。 左の腰には、真紅の柄をした長剣を佩き。 背に回した白いマントが潮風に靡いていて、足には深紅の鉄靴を履く。 その出で立ちを吟遊詩人などが見たならば、



“古の神話を描いた絵物語に出て来る、麗しい戦いの女神が、そのまま人に成った様な…”



こんな大仰な例えでもしそうだが。 確かに、ちょっと不思議な、完成された美しさを持って居る様に見えた。



然し、こんな昼前の街中に、そんな御大層な神が歩く訳も無い。 完全なる武装した姿で在るから、彼女一人を見ても。



‘冒険者だな’



と、誰しもが思うだろう。



処が。 道ですれ違う人やら、店先に居る人の目を惹く麗人だが。



「あ゛~~~、な・ん・でっ! いきなり呼び出しされんのよっ」



苛立つ様子からして、何故か不機嫌そうな麗人の彼女。



そして、そんな彼女の隣を行く者は、



「ポリア様、そう苛立ちませぬ様に。 館の主人に呼ばれたのですから、恐らくは悪い話では在りますまい」



と、苛立つ麗人を努めて宥めている。



“ポリア”と、麗人を呼んだ、横に居る人物は背の低い中年男である。 横を歩く美女より、頭一つ以上は低い体で。 日焼けか、元々より色黒なのか解らない肌は、厚手の革をなめした様に引き締まり。 厚い胸板、太い腕、どっしりと引き締まった腰部からしても、屈強な筋肉の鎧の様な体をしていると、見て立ち所に解るだろう。 その見た目は、船着場にて重労働に従事する40過ぎた船乗りの様な、厳しい苦労人とも、訝しいげな渋い顔とも、感じられる人物だった。



だが。 ポリアと云う麗人に対しては、まるで臣下の様に言葉を選んで接している。



恐らく、この彼も十中八九は、冒険者なのだろう。 少し低めの身体には、ちょっと似遣わない戟槍を持つ。 ざっと見て、男の身長の二倍は長さが有ろうか、と云う武器で。 一方の身体には、肩、首周り、背中や胴と、守るべき場所に金属のパーツが当てがわれる。 俗称は、〔軽鎧〕と呼ばれるプロテクターを着て。 腕や足には、金属補強された丈に合う革の籠手、具足を身に付けていた。



この二人、見てからに‘美女と野獣’の様で。 特に、その美しさが飛び抜けている麗人は、他の冒険者や通行人に見られるのだが。



何故か、先程から苛立っている麗人のポリアは、まだ腹の虫が収まらないと。



「解ってるわっ。 でも、イルガ。 昨日、あ~んだけコケにして於いてよ。 んで、今日いきなり‘来い’って、言われてもさぁ…」



此処で二人は、往来を行過ぎる人や馬車を避けてから。 麗人のポリアより、‘イルガ’と呼ばれた、脇を行く槍を持った中年男が。



「確かに、仰るポリア様の気持ちも解りますが…。 然し、冒険者への仕事の斡旋は、館の主人の気持ち一つです。呼ばれたら、何はともあれ行きませぬと…」



こうポリアに言い聞かせる様に、姿勢を低くして言った。



イルガの言わんとする事を、ポリアも頭では解っているのだが。



「解ってる、解ってンのよっ。 あ゛~、もうっ。 こんな事なら、宿に残った二人も連れてくれば良かったわ」



と、言い捨てたポリア。



こう言ったポリアは、飲み過ぎにて頭痛のする頭を振った。



昨夜、ポリアとイルガの泊まっていた宿には、まだ仲間が二人残っていた。



一人は、魔法遣いのマルヴェリータ。 もう一人は、僧侶のシスティアナで在る。



これは、冒険者にしては情けない話だが。 昨日、〔斡旋所〕と呼ばれる場所に、仕事を探しに行ったポリア達は、見捨てられ掛けた報酬の良い仕事を見つけ、それを請けようとした。



だが、その許可を認める責任者と云うべき者が、斡旋所に居る主で。 彼に、仕事の難易度と、これまでのポリア達の実績を比べられ。



‘差が有り過ぎる’




と、拒否された。



然し、まだ若く気の強い処が在るポリアは、主に刃向かった言い方をした。



だが、冒険者としての実績は、その辺に炙れる‘駆け出し’と呼ばれた者と、全く変わりないポリア達。



だから、現実を教えようと思った主により、他の冒険者達も居る目の前で、散々に罵られた訳で在る。



悔しい話だが、実績の事に関しては大いに事実。 その為に昨夜は、仲間内で大酒を飲み浴びてしまった。



処が、だ。 何が理由か、それはサッパリだが。 急に風向きが変わったのか。 今日の朝になって、いきなり斡旋所の主から呼び出しを受けたのだ。



だが、宿の残った二人は、飲み過ぎて二日酔いになり。



“陽の下に出たくない”



と、ポリアに任せた次第で在る。



さて、街の中心地から西に大通りを行く事、少し。 広がる港の風景を含めて、海を一望する事が出来る、高台に差し掛かる曲がり道が在る。 その道の内側を前に面して、館が建っている。 成りは古めかしいが、黒くどっしりとした大きい館であった。



この館の前に、ポリアとイルガの二人が遣って来た時。



館の前の通りにて。



「じゃ、行こうか」



聞こえ方が心地良い、低音の声をした若い男性冒険者が、5・6人の仲間に声を掛けた。



声を発したのは、リーダーらしき青年。 青い刺繍入りの立派なマントの下に着た、赤い上半身鎧が春の日差しに照らされて、目映い光沢を反射する。 そして、その背中には、刃渡りだけでイルガの身の丈を軽く超えそうな、大型剣を背負っていた。



その一団を見たイルガは、既に見知っていた者達で在った為か。



「お嬢様。 あれは、“グランディス・レイヴン”の一行ですな」



イルガと並んで彼等を見たポリアは、一つ頷き。



「そうね。 この国生まれのチームじゃ、現役一番のチーム…。 はぁ~、あの様子だと、もう次の仕事を請けたみたいね」



ポリアの呟きを聞いたイルガも。



「その様ですな。 海上に現れたモンスターを、一日か二日で全滅させた・・と云う話もまだ温かいのに。 また、難しい仕事でしょうか」



この、イルガの返しに。 ポリアは、羨望の眼差しを込めて、更に西側の道に行く彼等を見送りつつ。



「ハァ、いいわね~。 正に、実力の違いだわ」



溜め息混じりに云うポリアは、グランディス・レイヴンと云うチームを見送った。



一流冒険者に恥じない風采すら匂わせる、美男の赤い鎧を着た男。 リーダーらしき彼を先頭に、後を行く一団には。 白い、〔ローブ〕と云われる全身服に身を包む、清楚感溢れる女性だったり。 その一撃で、樹齢五十年は超えそうな大木すら斬り倒しそうな、大きい両刃の戦斧を背負う。 戦士風の大男が後に続いたりする。



だが、何時までも見て居れないと、ポリアが館に向きを変え。



「イルガ、行こッか」



と、言えば。



「はい、何の用事か。 主に聴きませぬと」



と、イルガは返した。



そして、この二人を含めて、マルタンの街に来た冒険者が集う館。 この斡旋所こそ、冒険者と云う職業を成り立たせる場所で在る。



【蒼海の天窓】



これが、このマルタンに在る館の呼び名で在る。



然し、冒険者達の間では、〔斡旋所〕と言えば、各国各都市のこうゆう場所を指すので在った。



さて此処で、斡旋所の事をもう少し分かり易く云うと…。



歴史の事を含めて、かなり古くから存在する斡旋所は、〔冒険者協力会〕なる組織が運営する。



その細部は、後々に語ろうが。 先ずは、冒険者が斡旋所にて仕事を斡旋して貰う為には、幾つかの条件がある。



第1.二人以上の〔チーム〕を結成して、仕事を請け負うこと。



第2.仕事は、実力に合うチームへ、館の主人が選別して行うこと。



第3.モンスターなどの怪物や化け物以外に、武器や魔法の使用は極力避け。 悪党などと戦う場合に於いて、やむを得ない場合にしても。 周りの人、家などへの被害は、最小限に抑えること。



・・など、他にも幾つか在る。



基本的に彼等の‘仕事’とは、斡旋所に出された‘依頼’が全てで在り。 その内容も、手始めとなるのは、簡単な探し物から洞窟・遺跡調査。 時には、役人からの依頼にて、刑事活動まで多種に亘る。



その為、伝説に語られる冒険者の話には、国難を救ったり、夥しい数のモンスターの討伐したり。 果てまたは、稀少な遺跡発掘や、剣豪伝など様々…。 



その時代時代を生きる冒険者達は、そんな先人達の話に憧れたりして、有名になることを望んでいる訳だ。 



此処だけではなく、世界の主要都市や大きい町には、館なり何なりの建物として、斡旋所が存在し。 また、冒険者達も腕に似合った仕事しか、請けられない。 



更に、仕事の成果や仕事をこなした行動は、関わる人により情報として伝えられる。 嘘や作り事などをしても、直ぐにその殆ど全てが露呈する。



もし、そんな不正を働けば、二度と冒険者として生きて行けない、在る意味で人生を賭けた事後処理が襲って来る。



ま、その話は、後回しにして。



冒険者達は、仕事の果たし方や成果が反映して、より実力を試される仕事を得る。 その成功が素晴らしいなら、チームの名前を館の主に因って広めて貰える。



そう成るなら、世界を自由に渡り歩いても。 自分達を見知らぬ土地の斡旋所ですら、色々な仕事を請けられる事になり。 難易度の高い、然も高報酬な仕事を回して貰える訳だ。



さて、ポリア達は、1年半ほど前に集まり。 ‘ホールグラス’(砂時計)という名前で、チームを結成したが。 今の処は、何度も云う様に駆け出しのチームなワケで。 有名とは、お世辞にも言えない。



ま、リーダーをするポリアと、魔法を操る美女マルヴェリータの美貌が、‘絶世’と云う事だけで、ちょっと有名度が在るぐらいだ。



館の入り口に向かうポリアは、



「イルガ、中に入ろう」



と、言えば。



「はい。 お嬢様、良い話だといいですな」



と、返されて。



「だね」



と、困り笑顔を作った。



黒くガッシリとした館の扉に近付くイルガは、ポリアより先に扉を開いて、中に。



すると、



“リーーン”



と、呼び鈴が涼やかな音色を発した。



中に入ると、館の面前である高台通りに面した壁側は、殆どが透明なガラス窓で。 外からの日差しが館の中に入って、非常に明るい。



然し、この館。 外見からして、なかなか立派だったが。 中に入ると、やはり立派だと再実感が出来る。


先ずは、百人ぐらいで一斉にダンスパーティーでも開けそうな程に、とても広い広間が見える。 入り口から反対の壁や、左右の壁まで歩くだけでも、十歩・・二十歩・・三十、いやいやもっと歩く必要と成るだろう。



また、この広間の中央には、人が3・4人くらい内側に就ける広さの、サークルカウンターが在るだけ。 他に目立った物は、右手の奥に在る。 二階へ行く為の‘くの字’階段が見える程度。



だが、窓側と成る通りに面した壁以外。 奥と左右の壁に向かって、様々な姿をした冒険者達が、食い入るように向いている。



実は、この広間の壁には、冒険者に依頼された数々の雑務や仕事が、張り紙として掲示されている訳だ。


依頼の量が多い場合には、広間の空いたスペースに、〔掲示板〕なる仮置きの募集板まで出される。



その、今に来ている依頼の中でも、一般の駆け出しに解放されている簡単な物では、



“農作業の手伝いを数日”



とか。



ちょっと面倒な仕事では、



“迷い犬の捜索、求む”



なども在る。



冒険者の数を見渡したポリアは、昨日より格段に多いと感じて。



「あら、今日は面子が多いわね」



と、再度館内を見回した。



ざっと見積もって、館内にて仕事を探している冒険者達は、4・50人程居る。 普段は、平和なこの国なので、20人くらいしか居ない。



だが、依頼を見ている者を見る限り。 新米の冒険者や、他所から渡って来たらしき、これまでに見かけない冒険者達がチラホラ。



「イルガ。 どうやら、ライバルが増えたみたいね~」



「ですな」



またまた大変な事に成ったと、苦笑し合った二人。



リーダーで在るポリアが先頭になって、中央のサークルカウンターに向かった。



近付いた円卓の内側には、立って館内を見回す男と。 たった今、チェアーにどっかりと座った、固太りの中年大男が居る。



冒険者達を見回して居るのは、背の高い30歳くらいのバンダナを巻いた男性で。



一方の座った中年の大男は、薄い赤の上着に、茶色のズボンを穿いていた。然し、どちらが偉いかは、一目瞭然。 大男の方が、明らかに偉そうに見えるし、態度もデカイ。 また、丸坊主のくせに、モミアゲから顎にかけ、態と残した髭が線を引いていた。



サークルカウンターに近寄ったポリアは、その偉そうで態度のデカい中年の大男に向かって。 



「マスター、呼ばれたから来たわよ。 話って、ナニ?」



ぶっきら棒で、ツンケンとした言い方だ。



このポリアは、男性に恐怖症に近いコンプレックスがある。 だから、一度でも警戒したり、言い争いをした男性には、キツイ言い方を見せる傾向があるのだ。 然も、領家のお嬢様なのか。 育ちから、他人に対して礼節は払うが、決して謙りはしない。



一方、チェアーに座った大男は



「ん~?」



と、首を巡らせてポリアを見た。



「おう、来たか」



「話って何よ」



「おいおい、いきなりツンケンすんなってよ」



座ったままに、大男は苦笑い顔で言って来る。



だが、ポリアは横を向いて。



「昨日、あんだけコケにされたら、誰だってツンケンもするわよ」



と、既に喧嘩腰。



大男は、顎をポリポリ掻いて。



「当たり前だろうが。 腕に合わない仕事を請けるし、その上で俺の査定に、“ケチ”呼ばわりしたろうが」



此処でイルガは、ポリアに小声で。



「お嬢様、冷静に・・冷静に願います」



と、促す。



主と顔を突き付けたく無いポリアは、イルガの方に顔を向けながら頷いて。



「で? 早く用件を話してよ。 今日は、宿に仲間二人を残して来たから、お叱りなら手短にお願いしたいのよ」



すると、大男の主は、ポリアに近づくように卓上に腕を伸ばして、身体を乗り出して寄せると。



「お叱りじゃない、ポリア。 実は、一つ相談が有って呼んだんだ」



この主人が、まだ中途半端の駆け出しチームのポリアに“頼み”とは、相当に珍しい話である。



これまでの主の態度を思い返すポリアは、主人である大男を見て。



「マスターが、この私に“頼み”、・・・ね? 昨日の今日で、どうゆう事よ」



と、その麗しい顔を近付ける。



すると、ドカッと席に座り直した主は、



「うん、実はな。 昨日の夕方に、この街へ流れて来た一人の冒険者が居る。 その男は、お前さんが昨日に遣りたがった、あの仕事について訊ねて来た」



「へぇ・・え? 外から来た人が、何で・・」



「そう思うだろ? だから、俺も気に成って、その男に理由を尋ね返した。 するとなぁ~、ポリア。 その男の話を聞くに、どうもあの依頼には、理解の行かない部分が出てきたんだよ」



その曖昧な主人の話は、どうもポリアやイルガには、ピンと来ない。



「だ~か~ら、要件は何?」



と、ポリアが突っつくと。



「其処で、ポリア。 ・・・あの仕事、遣ってみる気はないか?」



主が、意味深に目を細めて、こう言った。



イルガと見合ったポリア。 ちょっと張っていた気合いを、今の話で抜かれた様に成り。



「・・え? 昨日、散々に‘無理だ’って言ってたのに?」



これに対して、片目をニュッと開く主は、



「嫌。 一応、‘条件付きで’・・って処なんだが」



「“条件”?」



ポリアは、限定的な話に顔を引き締める。



「おう。 その、一人で来た冒険者を、ポリアのチームに一時的に加える事。 それが、条件だ。 それが出来るなら、あの仕事はお前さん等に任せてみよう」



こう相談されたポリアは、眉間に皴を寄せて、腕組みをする。



「ちょ、ちょっと待ってよマスター。 “流れ狼”を加えろって事? 相手の事も知らないで、いきなりそんなこと言われても・・」



ポリアの言葉には、いかにも“拒否”と受け取れるニュアンスが含まれた。



だが、これは珍しい事でもない。 チームに人を新たに加えるのは、チーム全員の承諾が必要に成る。 また、一時なりとも知らない者を易々と加入させる事は、なかなか珍しい事だ。 新たに加入した人物の存在によって、チームの分裂も間々在る事なのだから。



それと、もう一つ。



ポリアが、今しがた口走った、“流れ狼”と云う言葉だが。 冒険者の中には、一人でいる一匹狼が居る。 仕事を探す時だけ、一時だけのチームを作ったり。 急ぎの時には、何処かのチームに入ったりするのだが。



処が、だ。 これがまたこの手の者を加えて、いい噂や話が少ない。



例えば、特に有名なのが分け前に煩く、自分勝手の利己主義な者か。



依頼を請けた後、仕事をする中で誰が役立ち、誰が不必要だったかを並べて。 自分がちょっとでも貢献しているならば、余り存在が要らなかった者の分の報酬を自分に寄越せ、と強情に主張するので在る。



こうゆう場合は、この一時的に加わる者が、自分で遣りたい依頼を持ち掛ける事が多い。 だから、持ち掛けた者が情報を多く持って居れば、この言い分を通す事が出来るとか。



他にも、チームに入るまでは、大人しくして見せて居ながらに。 いざ、依頼を受けて旅立てば、チームワークもクソも無く。 腕の有る者と未熟な者に違う対応をして、内部分裂を引き起こす者も居る。



所詮は、冒険者も実力の世界で在る事には、何ら変わりない。 有能な者を集めてチームを作ろうとする、そんな狡猾な者が居るのだ。 ま、こうゆうチームの末路は、良くて解散。 悪ければ、全滅と云う。 極端な事が多い。



他に聞く酷い話では、実力を付け始めたチームを妬み、仕事を台無しにさせて一人で逃げた・・・なんて話もある。



地元に生活基盤を持たず、各国の斡旋所を流浪して回る冒険者は、“流れ”とか“流れ狼”と呼ばれるが。 この手の一人者は、どこに行っても敬遠される。



然し、全ての流れ者が、全て悪い訳でも無い。 良いチームに巡り会わない、とか。 何らかの理由で心に傷を負い、一つのチームに長居しない者も、中には居る。



因みに、地元に生活の基盤を持ち、必要な時だけ冒険者をする者も居る。



こうゆう者は、〔根降ろし〕と呼ばれる。



根降ろしは、一般的に結婚した者。 他では、農業や漁業等、主だった家業が在る者だ。 仕事の切れ間だったり、季節の変化で暇となり。 収入を求め、一時的に加入する冒険者を遣るのだ。



農業は、厳しい冬が来る地方程に、出稼ぎが出来ないから・・と遣る者が居る。



漁業は、モンスターの襲来、季節の変化に因って海流が変わるなどして、不漁となる時に遣る。



中には、狩人や薬師が季節の山菜とか薬草や薬の原料を求めて、一時加入する事も在る。



そして、世界的に見れば、



“冒険者の三割程が、何らかの理由で一人に成っている”



とも、言われているとか。



此処まで長々と綴ったが、冒険者の世界にも様々な生き方が在るのだ。



さて、ポリアの不満を見た主の大男は、腕を組んで身を背もたれに倒すと。



「おい、ポリア。 俺は、適当にこんな事を言うほどバカじゃ~ないぞ。 その辺の“流れ狼”と同じヤツを、ポリアの様な駆け出しチームに入れたら、面倒に成るくらいの事は解ってる。 そんな面倒を、こっちがやらかすかよ」



こう言われると、ポリアも本気になる訳で。



「じゃ、一体何で、そんな事を条件にするのよ」



すると、半顔半目でポリアを見る主は、如何にも愚問だと云いたさそうな様子を見せて。



「決まってるじゃないか。 俺の本音は、あの男にこの依頼を任せたい。 が、何分にも一人だし。 恐らく、ポリア。 お前のチームに一番足りないモノを、あの男は持ってる気がしたからさ」



「私達に、‘足りないもの’?」



「おう。 男に話を聞けば、その男は病気に掛かり寝込んでいて、長らく冒険が出来なくなっていただけらしい」



「‘病気’・・ね」



「倒れる前は、普通に何処かのチームへ入っていたらしいしな。 また、学者としての知識は、随分と広く深そうだ」



「へぇ」



「それに、あの依頼事案の真偽を確かめに来た様子からして、先ず悪いヤツではないだろう。 頭の中身が、紙風船みたいにスカスカなポリアにとっても、プラスになる相手だと思うぞ」



「・・・」



その麗しい顔に、‘への字’の口を浮かべたポリアは、腕組みしたままに悩んだ。



(新たに、人を入れるなんて…)



然しながら、ポリアにしても、チームの悩みの種が知識だ。 ポリアのチームは、ブレインという存在が居ない。 お陰で、頭を使う仕事や知識を必要とする仕事の成功は、全くの0と言ってもいい。



話にいちゃもんばかり唱えても、結局は‘遣るか’、‘遣らないか’のどちらかだ。 心配や不満を解消するには、疑問を解くしか無いポリアだから、自然と…。



「んで、マスター。 その人って、どんな人なのよ」



と、不安げに思わずと聞いた。



ま、



“見知らぬ者をいきなりチームに加えろ”



と、訳の分からない話だから、無理もない事である。



漸く話が前進したかと、内心で感じた主は。



「あ~、それがな。 まだ、若い男だと思う。 顔が良く解らんから、其処はなんとも言えないがな」



此処でポリアの目は、疑心に染まる。



「え? 顔が解らないの?」



主は、一つ頷くままに。



「あぁ、‘包帯で隠れている’んだ」



と、言った。



だが、ポリアも。



聴いていたイルガも。



そして、誰より喋っていた主すら、身を固まらせて動かない。



実は、主人の今の話の中へ、いきなり何者かの声が被さった。



‘包帯で隠れている’



の話に、誰かの声がダブったのだ。



「・・え?」


と、呟いたポリアが、顔を動かし始め。



イルガも、別の声がしたと思われた主の横を見る。



だが、



「なぬっ?!」



一番驚いたのは大柄な主、彼自身だった。



主の横、サークルカウンターの外側に。 ポリアよりも更に少し背の高い、スラッとした男性が立っていた。 肌の色は白く、髪の毛は漆黒の漆の如く、身体はやや痩せ型だ。



然し、ポリアやイルガの目が凝らされるのは、彼の出で立ちが不気味だからだろう。



黒の皮ズボンに、黒い草臥れ加減の目立った襟のあるロングコートを着ていた。 だが問題は、その顔だ。 目・・鼻・・口を除いて、額から首までが包帯に巻かれて隠れている。 ‘仮面’を着ける者は、冒険者にも時々居るのだが。 こんなにハッキリと怪しい人物は、そうはその辺に居るものではない。



さて、急な事にビックリした主は、首筋に冷や汗を掻く。



「おっ、おぉ・・居たのか」



こう言ったその内心は、酷く乱れていた。



(全く、けけっ気配が・・無かったぞ? この場に居る者の気配くらいは、感じていたつもりなのに・・)



この主も、元は冒険者として生き、中々の仕事をしてきた男だ。 結婚をしてから根降ろしと成り、長らく冒険者をやっていたのだが。 数年前にこの仕事にスカウトされた為に、冒険者を辞めたと云う処。



然し、冒険者の力量を見計らって、見合った依頼を適切に斡旋するのが、この主の仕事。 そう成るとやはり、冒険者の力量を有る程度は見極めなければならない。 何時もだらけている様な素振りで居る主だが、来た冒険者の気配から仕事を選ぶまでの姿は、必ず見ている。



然し、そんな男が後ろから来たとはいえ、気配すらも感じられないとは…。



その包帯顔の男の姿に、ポリアは目を奪われている。



一方の包帯男が、主に向かって。



「マスター。 俺を加えてくれそうなチームは、在ったかい?」



と、問うた。



すると、普段はどんな冒険者を相手にしても、威圧感や余裕を無くさない筈の主だが。



 急に、平静を装う為か、毒気を抜かれた様に成り。



「あ? あぁ・・今、このチームに交渉中だよ」



包帯顔の男に、ポリアを見ながら手まで差し伸べ紹介する。



包帯顔の男は、ポリアとイルガを見た。



そんな彼へ、



「昨日、軽く言ったと思うが。 アンタが気になったあの依頼を、昨日の昼頃に請けようとしていたんだがな。 ちょいと力量不足だから、断ったのさ。 ま、アンタが加わるなら、調べぐらいは出来ると思うし・・」



と、普段とは全く違う口調にて経緯を語る主。



主に一度、視線を移した黒い姿の包帯男は、ポリアとイルガをまた見て。



「あ~、見た目はこの通りに変だが、怪しい者じゃない。 ちょっと病気を患って、こんなに成っちまったが。 こっち」



と、頭を指差す彼で在り。



「オツムは、普通に使える。 学者が職業だが、そこそこ薬の調合なんかも出来る。 この仕事を調べる間だけで構わないから。 チームに、一時だけで加えてくれないか」



本人からも相談されたポリアは、困ってイルガを見たりして。



「えっ、あ~えぇ・・と、あ・あのね。 私のチームの仲間二人が、まだ宿に残ってるの。 リーダーは、私だけど・・」



此処まで言ったポリアは、真っ先に浮かぶ疑問を口にした。



「ねぇ・・、決める前に、先ず聞いていい?」



戸惑うポリアの様子を見ていた黒ずくめの包帯男は、軽く頷くと。



「なんだ?」



「あ~・・・あの、何であの仕事を遣りたいなんて言う訳? だって貴方は、昨日、外から来たばかりよね?」



チームに異物が入る所為か、それとも緊張感と戸惑いから、意外な力が出たからなのか。



普段のポリアでは、こんな会話のやり取りをするのも珍しい。



斡旋所の主は、チーム結成のその時からポリア達を見ていたが。



(この、男嫌いのポリアが、ちゃんと会話してやがるゼ。 ま、普段は顔の良さから、大概は男に言い寄られての対話。 真っ当な会話じゃ無いから、無理も無いか…)



主の想う意見は、これまでのポリア達を反映している。 ポリアとマルヴェリータは、男が放っとけない程に美しい。



然し、二人して過去に何が在ったのか。 男性に対しては、強く一線を引く。 このポリアは、あからさまに男を嫌うし。 この場に居ないマルヴェリータは、男を受け入れる素振りを見せるが。 一度として、恋愛をした様子が無い。



そんな事だから、斡旋所に来ても。 仕事の話よりは、男達が色眼鏡で見た下らない話が掛かり。



“毛嫌うポリア。 醒めて無視したマルヴェリータ”



と、こんな感じの様子が日常の風景だった。



だが、今は違って居る。



ポリアと包帯男のやり取りを前に。 駆け出しの冒険者達が、簡単な農作業の手伝いをする依頼を持って来た。



その依頼事案の書かれた貼り紙を見たバンダナ男は、冒険者達のチーム名を聴いた上で。 仕事をする注意を促し、主に教えて来る。



(イイぞ、回してやれ)



視線を巡らせ許可をした主は、黒い革表紙の本を取り出し。 その中に、何やら書き始めた。



さて、ポリアと包帯男のやり取りに戻る。



「簡単な事だ。 あの事件は、ただの失踪事件じゃない」



「‘只の失踪事件’? 言ってる意味が、良く解らないわよ」



「そう言われても、な、恐らくそうだ。 実際に俺は、この事件の起こった町から、此処に流れて来た。 町に滞在した時、失踪の話を小耳に挟んでな。 少し違和感を覚えたから、聞き込みをしたのさ。 然し、誰に聴いても返って来る答えからして、行方不明と成った人物が、噂のような失踪をするとは思えない。 真相は、まだ闇の中だが。 この事件には、何等かの裏が在る」



この包帯男が何を言ってるのか、ポリアにはよく解らない。



確かに、ポリア達が請けようとしていた依頼とは、失踪した女性を探す事。 失踪した女性の婚約者が、その女性を捜して欲しいと、この斡旋所に依頼の遣いを寄越した次第だ。



包帯男の説明では、全く話が見えないポリア。



「どう・・おかしいのよ。 私には、サッパリだわ」


と、問うと。



包帯男は、円卓に寄りかかり腕を組むと。



「どう、と言うより、全てだ」



と、返す。



このやり取りの間に、また別のチームが、仕事を請けては出て行ったし。 館に居た冒険者達10人ほどが、仕事も請けずに出て行った…。





       ★




繁華街を抜ける大通りを、来た道の逆に戻るポリアとイルガが居る。



その二人の後ろには、包帯を顔に巻いたKが、静かに歩いて続く。 やや長い前髪が、彼の眼を隠し。 日差しが強くなる春なのに、真冬用のコートの下。 腰の辺りが、何故か膨らんでいる。 恐らくは、サイドバックをベルトに通して、腰回りに装着しているからだろう。




人の多い繁華街の昼間は、商店などに客が来て賑う。 こんな人通りの多い場所では、Kの姿は目立って仕方ない。



すれ違う冒険者達に、Kをジロジロと見られたポリアは、顔を半分後ろに向けKに。



「ねぇ、その顔は、病気で~って言ってたけど。 何の病気に罹ったの?」



通りの店構えを見たり、商品の値段を見たりするが。 見られる事には、全く頓着して無い様子のK。



「あぁ、俗称が有名な“パタリ病”さ。 別の渾名は、“剣士殺し”とも云うな」



なかなか有名な奇病を聴いたポリアは、イルガと二人してKを見て。



「え゛、あの死病の・・“パタリ病”?」



「あぁ、マジで死に掛けた」




あっけらかんと言い切るK。



“パタリ病”とは、大酒を飲む者が多い冒険者の中でも、特に剣士や傭兵に罹る稀な病気、と云われ伝わっていた。



その名の通り、突然にパタリと倒れては、高熱を発し苦しんで死ぬとか。 致死率が高く、生きた人間の話など聞いた事が無い二人。



イルガは、Kを改めて観察する様に見回し。



「中には、生き残れるのか・・・。 生存した話は、初めて聞いたわい」



と、感心して珍しがる。



一方のKは、顔を左手で撫でさすり。



「生還率は、かなり低いらしいが。 俺は、運が良かった」



「‘運’だと?」



「あぁ。 病気で倒れた近くの田舎町に丁度、立派な構えの寺院が在ってな。 倒れた直後に通行人に発見されて、そこに担ぎ込まれ厄介になった」



「ほう、それは確かに運が良い」



「だが、それからざっと半年、高熱が断続的に続いて。 オマケに、身体中が滅茶苦茶に痛くなったまま、更に一年。 いやいや、思い返しただけでも最悪だ。 ま、そのときの長い苦しみで、この通りに顔が歪んじまった訳さ」



Kの話に、ポリアは顔を押さえて。



「うわわわ~。 ちょっとは、控えようかしら」



と、呟く。



どうやら、女ながらに酒は強いらしい。



すると、店先を眺めるKが。



「病気に成ってみると、良く解るが。 人間は、健康が一番さ。 それにリーダー、オタクのその美貌を維持するのも、日々少しの節制からだぞ」



と、Kは言う。



全く、後ろめたさが無い訳ではないポリアは、鎧の上からお腹の辺りを摩って、イルガを見る。



するとイルガも、酒には強いだけに苦笑いを返して来て。 ポリアへ頷いた。



然し、この二人は、残した仲間を迎えに行く道すがらに、Kを品定めしようと云う気が在った。



処が、Kと話す短いやり取りからは、邪気と云うか、悪意のような気配が感じられなく。 言葉のやり取りも少ないながら、ポツポツとする内に。 気が付けば、昨夜から泊まっていた宿の近くに来ていた。



「ケイ。 アレが、みんなの泊まってる宿」



ポリアから聞いたKは、立ち止まると。



「じゃ、どうする? 中に俺も入るか? チェックアウトするんだろ?」



イルガは、Kの間近に立ち止まり。 ポリアは、宿へ向かいつつ。



「待ってて、呼んで来るわ。 お近づきと仕事の話は、お昼を食べながらしましょ」



立派な構えの宿を見上げつつ、返す様に頷いたK。



「OK、そっちに任せる」



と、そう言って、宿屋が立ち並ぶ宿屋街の道の併際に留まった。



ポリアは、一人で宿の中に消えて行く。



さて、ポリアの従者の様なイルガは、Kの横に来た。



「ケイよ。 御主は・・・、見た処に得物は何だ?」



コートに隠れ、武器がハッキリしないので、イルガはこう問うた。 コート脇の中で、固く張る物がうっすら見える。 恐らくは、丈のやや短い剣が在るのではないか、と予測はしたのだが。 一応は、聴いてみる。



宿の他を観るKは、



「大丈夫だ。 今は、ダガー(短剣)を遣ってる」



脇に立つイルガは、Kより頭二つは低い。 見上げるKがコートを少し捲ると。 腰にはいて在る、長さの違う短剣が見れた。



「ふむ、一番刃の長いのは、一般的な細剣ほどは有りそうだな」



「ざっと、お宅の腕ぐらいかな」



自分の腕を見たイルガは、Kに視線を戻しマジマジと眺め観て。



「病気の前から、学者だったのか?」



するとKは、口元を微笑ませて。



「前は、格好つけて剣や薙刀なんかも振るっていたが。 今は、もうそれも面倒になった」



「ふむ。 病気で、筋力が落ちたか」



「ま、そんなとこかな」



二人でボソボソと話していると、ポリアの声がして。 宿から三人ほどの女性が出てきた。



声に気付いたイルガは、宿の出入り口を見て。



「ん、出てきたわい」



Kも、同様にて。



「みたいだな」



こう言い合った二人の前に、ポリアが二人の女性と共にやって来た。



「ケイ。 こっちは、僧侶のシスティアナ」



「よぉ~ろしく~で~す」




トロ~ンとした幼い感じする言葉を遣うのは、見た目からして可愛らしい少女だった。 背は、イルガと同じくらいで、右手には木目が真新しい杖を持ち。 純白の、フードの付いた全身を包む衣服、‘ローブ’に身を包んでいる。 また、そのローブの背中には、金の刺繍にて。 金髪の穏やかで慈しみ深い表情をした女神が、羽を開いて描かれていた。



「はい、こんにちわ」



少し、のんびりな口調に変わり、彼女へKが頭を屈めて挨拶をする。



その後ポリアは、もう一人の女性も紹介する。



「ケイ。 それからこっちが、魔法遣いのマルヴェリータよ」



「こんにちわ、よろしく頼むわね」



こう挨拶したマルヴェリータと云う女性の声は、とても大人びた物だった。



ポリアより、更に少し背が高いマルヴェリータは、艶やかさが溢れる絶世の美女だ。 黒い髪が緩いウェーブを描いて、背中から腕の脇まで、身体半分を纏うようにして、腰辺りまで伸びている。



また、男性なら思わず目が行ってしまいそうな胸は、胸元から解るほどに立派な張りが在り。 胸元が全て開く、蒼いドレスに身を包み。 括れた腰と長身の身体とのバランスは、正に芸術的な完璧さが在った。 そんな彼女の右手には、純白のステッキが握られており。 ステッキの先端には、炎の鳥を模るオブジェが、子供の握り拳ぐらいの大きさで付いている。



「嗚呼、よろしく」



マルヴェリータに返したKは、イルガに向いて。



「イルガ。 お宅のチームには、滅多に見れない美人が多いな」



と、云うKだが。



彼がこう言うのも、イルガには頷けた。



ポリアは、その美しさが麗しい麗人で在り。



マルヴェリータは、艶やかな美しさが栄える美女で在り。



システィアナは、清純可憐な愛らしさの咲く、花の様な少女で在る。



三者三様に、美しさが在るからだ。



「あら、仲間も纏めて褒めて頂けるの? ありがとう」



微笑するマルヴェリータは、その赤い唇を優雅に動かす。 薄めに見開かれている瞳は、男の大半が釘付けになってしまうだろう。



然し、Kという人物は、マルヴェリータにも然して気にしない様子のままに。



「で? どうする?」



と、ポリアへ問う。



ポリアは、マルヴェリータを見て、



「マルヴェリータが、美味しい店に行くって言うから。 そこで、ご飯食べながら話しよ」



すると、マルヴェリータが微笑み。



「この町で、一番の店に案内するわ」



と、言えば。



「ほ~、それはそれは、豪勢なことで」



と、Kは軽くそう返すだけ。



タイトなチュニック風の上着を羽織ったマルヴェリータは、全員を連れて街の飲食店街に向かった。



さて、このマルタンの街は、交易都市にして城下町でも在る。 海側に面した港の周りは、広大な繁華街が在り。 飲食店が広がる区域、宿屋が広がる区域、卸売りから商店の集まる区域と分布が在り。 その区域の交わる地域は、馬車の往来が激しい大街道も通じ。 最も賑わう界隈と成る。



さて、宿屋街と隣り合う、飲食店街に向かった一行。 マルヴェリータの案内により遣って来たのは、宿屋街に食い込む地域でも、南に在る五階建ての店だった。 アクアマリン色の外装で、壁には趣を醸し出すためか、蔦が這わせてある。



店を見たKは、



「こりゃ~値が張りそうな」



と、感想を呟いた。 



この店は、この都市でも人気の有る有名な場所で。 料理も一流なら値段も一流と、格式を張るレストランだ。 海側の窓からは、海岸から港を一望出来るように、全ての部屋の間取りが計算されているとか。



店の前に来たポリアは、呟いたKの言葉を聞き逃さず。



「あら、解るの?」



と、問い掛けると。



外観を眺めるKは、ちょっと面倒臭がる様な雰囲気を出しつつ。



「ま、見てからに・・な」



短く返すのみ。



Kがこう言う時に、マルヴェリータが敷地に入る両開きの扉を開いて。



「さ、中に入りましょう」



と、皆を促した。



扉を開いて、鳴る呼び鈴。 敷地に入れば、ドアの開かれた建物まで伸びる白いタイル舗装の道に。 地面を隠す芝生や花や植物が、庭園を生み出していた。



然し、その短い道を歩いたKだが。



(ナルホド、金にモノを言わせて庭を造ってる。 潮風に弱い植物を、強い植物で囲い守っちゃ~いるがな。 コレじゃ、維持もなかなか骨が折れそうだ)



庭園を観察して、庭木や花の現状を察する。



一方、先頭を行くマルヴェリータが、蒼い外観の建物に入ると。 ホテルの受付の様な、立派なカウンターが在る。 その受付の奥から、タキシード姿で正装をした中年の紳士が現れた。 優雅ながらに礼儀正しい体つきで、対応丁寧に。



「いらっしゃいませ」



と、恭しく一礼を見せた。



その現れた紳士を、マルヴェリータは知っているのか、相手に微笑んで。



「お久しぶり、クレオさん」



一礼をした紳士クレオは、面を上げて。



「これはこれは、マルヴェリータ様。 本当にお久しぶりで、二ヶ月ぶりですな」



と、下手から笑って見せる。



どうやら、マルヴェリータとこの紳士は、本当に知り合いの様だった。



「クレオさん。 五階の部屋は、空いているかしら?」



クレオと呼ばれた紳士は、マルヴェリータの問いに一礼して。



「はい。 あの部屋は、貴女様御一家以外には、決して遣わせませんよ」



「ありがたいことです。 今日は、友人と来たので、料理は任せますから。 お願いね」



「はい、お任せください」



応えたクレオは、軽く手を叩いた。



すると、クレオの後ろから、二人のメイド姿の女性が現れた。



「御案内いたします」



右のメイドが、恭しく頭を下げる。 幾分長く勤めた雰囲気の、20半ばの落ち着いた女性である。



然し、短い間でもKの眼は、あらゆる細部まで行き届いて行く。



入り口のロビーの壁の絵、台、花瓶を見たKは、何故かスッと目を逸らした。



壁も、大理石をエメラルドグリーンに染めたものに、花や蝶と絵が描かれた細工の細やかな彩りを見せるのだが。



視線を外した瞬間、Kが口元を嘲笑った様に見せた。



格式や高級感を演出して、金持ちの自尊心を満たしているに過ぎないと。 彼は、笑ったのだろうか。



さて、メイドの一人に連れられて、五人は階段を上がって、五階まで上がる。 五階には、踊り場から伸びる廊下を直進すると、行き止まりで。 両外開きの扉が在る。



先んじて扉に向かったメイドは、扉を押し開いて。



「こちらへどうぞ」



と、一行を案内した。



そこは、広々とした会食場の様な、立派な間取りの一室である。 乳白色の美しいテーブルには、30人以上が楽に席に就けるだろう。 椅子の細部に亘った細工。 テーブルに施された模様。 その部屋に在る物全てが、どれも一級品と思わせる雰囲気が在った。



中に入ったKは、直ぐに目に付くテーブルを見ては。



「は~、年代物の〔グラッシク家具〕だ。 こんな物を置くなんざ、随分と金の掛かったレストランだこと」



と、テーブルを眺める。



先に入ったポリアは、彼の言ってる意味が解らない。



「グラ・・、え?」



部屋を見回して、歩き出したKが。



「家具職人グラッシクの事だ。 今から、そうだな・・・。 ざっと300年ぐらい前に居た、家具職人の大家だよ。 基本的には、王室なんかへ専門に、家具を作って卸していたんだがな…」



“王家が使っている物”



「と、云うだけだが。 それを欲しがった金の有る貴族や商人が、大金を払って買った家具だ。 また、そのグラッシク本人の出身地が、この国だ」



こう説明していたKだが、右奥の大きい絵を見るなり。



「おいおい、コイツはまた珍しい。 狂人作家、エルゴーニィールの大作だ…」



Kの観る其処には、悪魔の様に奇怪な化け物に襲われた街並みが、大きな一枚画に描かれている。 油絵だが、悪魔の描き方が、実におどろおどろしい。



マルヴェリータは、窓を開けるメイドの後ろに居て。



「見ただけで、良く作家が解ったわね」



と、海からの風を受けつつ感心した。



だが、直ぐに付け加える様に。



「でも、この絵は、私嫌いだわ。 見ての通り、不気味の一言よ」




と、存在を否定する様に言う。



同じく見たポリアも、イルガも、このおどろおどろしい絵には、マルヴェリータと同意見だった。



だが、絵を指差したKが。



「ま、この絵だけじゃ~な。 後1枚が、横に足らないから、その意見も仕方ない」



「え?」



驚いたポリアは、Kと絵を交互に見て。



「この絵、他にまだあるの?」



「あぁ。 この絵は、エルゴーニィールの大作、〔殺戮と救世〕の片割れと云うべき前半、〔殺戮の模様〕だ」



「さっ殺戮と・・救世って、凄い題名ね」



「この絵は、悪魔に襲われ地獄と化す街と。 その悪魔を倒す女神の絵が、一対の筈」



「へぇ~」



ポリアが、感心して頷くと。



Kが額に軽く手をやり。



「俺の記憶が、確かなら…。 もう一方の片割れの絵は、この街の王室美術館に在る筈。 片方だけでは、この絵の存在は嫌悪しか与え無い。 絵の為にも、寄贈してやればいいのに」



と、言うので在る。



そこに、奥の別の扉から。



「お待たせいたしました」



下で現れた別の若いメイドの女性が、支給用の台車にて。 先ずはと、飲み物を運んできた。



「とりあえず、座りましょう」



ポリアが、皆に言う。



聞いたKは、素直に椅子に向かった。



テーブルには、ワイングラスとティーカップが並べられる。



座るとKは、パチンと指を鳴らし。 メイドが向いたら、ワイングラスの飲み口を軽く手の平で塞いだではないか。



これは、



“酒は飲まない”



と云う事を、語らずとも伝える。 或る意味の紳士的礼儀と成る、テーブルサインで在った。



了承したとばかりに、メイドは一礼する。



酒を飲まない事を言わずに知らせるのは、メイドに対しての嗜みである。



その様子を観るマルヴェリータは、ポリアにそっと。



(かなりの知識人よ・・・。 随分と物知りな人ね)



ポリアも、感心したとばかりに頷く。



飲み物の用意をして、メイドが奥の扉から二人去る。



Kは、海や港を一望出来る窓を背にして座り。 その右にイルガ、左にシスティアナ。 Kの正面にはポリアが座り。 ポリアの右隣には、マルヴェリータが座った。



一応、落ち着いたポリアは、改めて・・と。



「じゃ、ちゃんと自己紹介するわね。 私は、リーダーの“ポリアンヌスリファール・アルネクリス・ヴィハルト”。 名前は長いから、ポリアでいいわ。 観た通りに剣士よ」



すると、Kが敏く反応。



「“ヴィハルト”?」




と、ポリアへ釘付けになり。



「おいおい、まさか冗談だろ?」



声を大きく上げたりして、大仰な態度は見せないものの。 明らかに何か、特別な意味が在ると、驚いて見せた。



そのKの様子に、ポリアとイルガの顔色が、ガラッと変わった。



隣に座るイルガは、探るように。



「お嬢様のサードネームが、どうかしたのか?」



然し、Kの視線は、ポリアの立てかけた剣に向かっていて。



「ふぅん・・そうか、それで紅い剣の柄か」



一人納得した様に、ポリアの椅子に備わる剣立てに在る、紅い剣の柄を見た。



サードネームに驚かれ、自身の剣の柄の色で納得されては、いよいよポリア本人も驚いた顔となり。 Kへ、呻く様に。



「まさか・・。 私のサードネームの由来を知ってる人が、他に居るなんて…」



ポリアの名前に驚いたKは、ポットに入った紅茶を慣れた手つきで注ぎつつ。



「此処に、オタクの仲間だけしか居ないから、俺も言うがよ。 “ヴィハルト”の姓は、隣のフラストマド大王国の公爵家に存在した、天才剣士の使ったサードネーム。 それを遣うなんて、その一族くらいなもんだ」



完全に素姓がバレたと思うポリアは、何故か不満げな顔となり。



「だって、本当の名前で旅なんて、絶対に出来ないじゃない・・。 でも、この名前を知ってるなんて、貴方は何者よ。 我が国の学者だって、王室学術院の長しか知らなかったのに…」



すると、紅茶のカップを持つKは、苦笑いを浮かべ。



「逆に、世間に散る古い学者の方が、その手の歴史や逸話を知ってるかもな。 ま~、もう古臭過ぎて、殆ど誰も覚えちゃない話だから。 使っていても、バレることは少ないかもしれないが、な。 もし、チーム名を大きく売れば、取り巻く事情も大きく変わって来るかも知れないぜ。 貴族として生きてる間に、その美貌を世間様に拝ませてるなら、見覚えの在る奴は多いだろうよ」



すると、大いに心当たりが在るのだろうか。



「………」



イルガとポリアが、二人して黙ってしまうではないか。



Kは、そんなポリアを見ると。



「どうやら、家を飛び出した口か? 強引に結婚でもさせられそうになって、飛び出した充てつけで、その名前でも付けたのか?」



Kの話を聞くポリアは、グッと息を呑んだ。



その様子を観たKは、首を左右に振ると。



「ハァ~、解り易く図星かよ。 な~るほど、跳ねっ返りが産まれちまったか。 あのお偉いオヤジさんも、それは苦笑いだな」



二人のやり取りを傍観していたマルヴェリータは、ポリアを見てからKを見て。



「何でそこまで解るの? ポリアの家の事、貴方は知ってるの?」



いよいよ普通では無くなったと、やや警戒して問う。



だが、Kは首を動かし否定を現し。



「いいや、深くは知らん。 だが、な。 ポリアの使う“ヴィハルト”の名前は、彼女と同じく在る大貴族の血を引く女性のモノなんだ。 正式な名前は、“マリシナ・ファムテュアーム・ヴィハルト”と云う。 剣術に秀でて、中でも細剣を扱わせたその腕は、天才と云うか。 正に、神懸り的な腕だったらしい」



処が、ポリアがそんな凄い人物のサードネームを遣って居るのに、これまでバレた事が無いので。 マルヴェリータは、まだ意味が解らないと感じる。



「でも、これまで使っていて解ったのは、貴方だけよ?」



「それは、そうだろうよ。 マリシナの名前は、一族も含めて全貴族が協力して、時事から抹殺したんだ。 記述が在るのは、他国の民間英傑辞典や、野史の中だけだ」



「野史? 野史って、真偽が定かじゃない。 所謂の‘言い伝え・昔話’でしょ?」



‘そうだ’



と、頷いたK。



「だが、その名前が表舞台に称えられないのには、実は訳が在る」



「理由が在るの?」



「それが無いなら、あんな事態には成らネェ~よ。 そのマリシナと云う女性は、婚約させらた皇族との結婚を断り。 何の名も無い市民と、恋に落ちてしまった。 だが、一族からも、王族からも圧力が掛かり。 その恋人とは、添い遂げられない事を嘆いた。 そして、その皇族との結婚式の日に、二人して派手に心中しちまったのさ」



此処まで聞いたポリアは、下を向いてしまう。 その動きは、話を嫌う様な、耳に痛い様な雰囲気を纏っていた。



そんなポリアを見て、Kは更に。



「自由が欲しかったのか。 自分の相手は、自分で見つけたかったのか。 まぁ、理由は何にせよ、飛び出したのは自分の意思だ。 俺は、これ以上はな~んも言わん」



と、ティーカップを置いて。



「俺は、ケイ。 学者だ。 “パタリ病”で、自分の事の記憶がチョロチョロ抜けて、本当の名前が思い出せないからな。 まぁ、この名前で頼む」



彼を見たマルヴェリータは、横で黙るポリアを気にしながら。



「私は、マルヴェリータ・ベルバラード。 魔想魔術師イリュージョナーよ」



すると、今度はマルヴェリータを見て、Kが口元を呆れさせた。



「おいおい、オタクもかよ。 このチームは、どんな有名人の集まりだよ」



と、言うので在る。




マルヴェリータは、Kを鋭くする眼で見返し。



「やっぱり解るのね・・、私の家の事」



「当たり前だろうが。 ポリアの使ってる名前に比べたら、解り易過ぎるぞ。 “ベルバラード”は、この国最高の商人である家に、200年前ぐらい前に嫁いだ王侯貴族の、サードネームだろう? かなり有力な王位継承権が在るのに、態々それを無くしてまで、一商人との愛を貫いた皇女の名前」



此処まで言ったKは、紹介されたポリアのチームを嫌がる様に。 右片手をヒラヒラ、左手を顔に遣り。



「ハァ~、溜め息しか出ないゼ。 なんてチームだよ、全く」




呆れ口調のKだが、ポリアの時と同じく。



「ま、人生をどうしたいかは、自分の意思だ。 こっちも、もう触れん。 面倒なだけだ」



イルガは、Kを警戒したままに、少し声のトーンを落として。



「ワシの名は、イルガだ。 ポリアお嬢様の従者だ」



敢えてKは、頷くだけ。



“見りゃ解る”



と、言って居る様なものだ。



最後に、天真爛漫なニコニコ顔のシスティアナが。



「わたし~は、システィアナ~ユリナエフ~でぇす~。 フィリアンタ教のぉ、そ~りょですぅ~」



それにも、Kは頷いて。 幾分か、柔らかい物腰の言い方で。



「背中の刺繍で、宗派は解る。 よろしくな」



と、応えた。



さて、此処で。 〔僧侶〕とは、何者だろうか。



この世界では、ざっと20を超える神々が崇められている。 僧侶とは、神々に信仰心を注いで、その神聖な力を授かりし救済の使徒である。 その魔法の力は、基本的に清らかで。 怪我を癒したり、毒や大体の病も治せる。 高位の僧侶に成れば、瀕死の人をも助け。 死人ですら生き返らせたと云う者も居た。



然し、僧侶の力の真骨頂は、その力に因る結界術で在る。



魔域に於いても、モンスターの侵入を阻む結界を張ったり。 神懸かりの領域に踏み込めば、広大な魔域を封印する事も可能だとか。



そして、最も信仰が厚く信者の多いのが、“フィリアンタ教”である。 “優愛・博愛・慈愛の女神フィリアーナ”を信じる一派だ。



この女神は、古代の伝説に登場し。 人に慈悲を与えた後に、人の男性と恋愛して結ばれ、天界に還らなかった・・。 と、変わった逸話を持つ女神で在った。



他には、〔自然神〕、〔海洋神〕、〔美と愛欲の女神〕、〔戦いの女神〕、〔知識神〕、〔運命と幸運の女神〕などの神が信仰されているが。



一方では、〔怒りと殺戮の女神〕、〔暗黒の女神〕、〔自由と放埒の神〕、〔破壊神〕、〔邪心と姦淫の神〕、〔死と滅びの神〕などの、暗黒面に堕ちた神を信仰する、暗黒の僧侶も存在する。


光の僧侶は、治癒と封印や浄化が信仰の主体と成る一方。 暗黒側の神は、破壊や混乱や我欲への解放が、信仰の主体と成る。



だが、だからと言って。 この光と闇の構図が、そのまま‘正義と悪’に成るとは、限らない。



その理由は、信仰するのが人間だからだ。



一方、マルヴェリータの扱う魔法も、此処で軽く紹介しよう。



〔魔想魔術〕は、想像力で生まれた魔法の姿を、〔魔力〕と呼ばれる人の体内に備わった力で、現実として具現化する超魔術だ。



だが、何でもかんでも具現化する事が出来る訳でもない。 解明された古代の魔法呪術語の、ほんの一部を操っているに過ぎない。



然し、熟練した遣い手になれば、大屋敷一軒と同じ様な大岩をも、魔法の一撃で粉々にする破壊力はおろか。 離れた所に移動したり、物を浮遊させたり、無くした物を見つけたりと、万能な力を発揮する呪術である。



この外に、呪術には幾つか種類があって、魔想魔呪術は、もっとも扱う者の多い呪術である。



さて、黙っていたポリアは、Kに向かって口を開いた。



「ねぇ、何で私の名前の由来を、そんなに詳しく知ってるの? 我が家の事を、貴方は知らないんでしょ?」



カップを手に取るKは、先にゆっくりと紅茶を一口飲んでから。



「それは、“炎剣ヴォルファリス”だよ」



と、教えたつもりだったが…。



「え?」



キョトンとするポリアは、イルガを見る。



その様子から、剣の事を知らないと解るK。



「おいおい、自分の一族に、昔伝わった稀代の名剣だぞ? 本当に知らないのか?」



余りの事で、呆れて聞き返す。



だが、ポリアは、イルガと二人して考え込み。



「そんな剣の事なんて、ちっとも知らないわ。 お父様から聞いたのは、悲恋の天才剣士だったってだけ。 お祖父様からは、私みたいに跳ねっ返りだった・・としか」



カップを手にしたままに、



「ふ~…」



と、溜め息をまた漏らすKだが。



「まぁ、剣に纏わる逸話からすると、確かに知らないのも道理・・かもな。 事実を後世に遺したく無くて、封印したんだからな…」



Kの独り言を聴くポリアは、全てを知りたいと云う欲求が巻き起こる。



「ケイっ、その話を教えてよっ!」



身を乗り出し、迫る勢いで聞き返した。



顔を押さえたイルガは、



(やはり、そうなるわいな)



と、困る。



貴族や皇族、王族が封印したがる事実などに、良い歴史は少ないからだ。



だが、包帯の隙間より、ポリアを見ていたKは…。



「いいだろう。 ド偉い貴族の血筋を引いたクセに、こんな危ない稼業に身を置くんだ。 ‘遣った’名前がどれだけ偉大なモノか、知るのも必要だ」



と、紅茶をまた一口啜ってから。



「天才剣士マリシナの持っていた細剣は、炎の精霊神が鍛冶屋に手を貸し。 その命を削って造られた、秘剣中の秘剣だ。 ‘ヴォルファリス’の剣は、マリシナが自殺を決めた後。 死ぬ前に、何処かへ隠したとされていて。 野史に残る一説には、彼女へ結婚を迫った皇族の本心は、その剣を欲したからとも云われる」



すると、ポリアの脇よりマルヴェリータが。



「ハッキリと残った話なの?」



「神懸かった武器や防具を取り纏めた、古い古い文献には載ってるぞ。 てか、ポリアは、本当に知らなかったのか?」


問い掛けられたポリアは、ショックな顔で。



「知らなかった・・何も…」



するとKは、ポリアを見詰めまま。



「ま、もう数千年前の逸話かもしれないが、な。 君の家は、代々に亘って剣の名手を輩出してる。 その歴史からすると、あながち嘘では無いと思うが」



語りながらカップを置いて、手をタオルで拭くと。



「さて、埋もれた昔話は、これぐらいにしよう。 自己紹介も終わったし、目下の依頼についての話といくか」



マルヴェリータに肩を掴まれたポリアは、ハッとして。



「えっ? あ・・、えぇ。 お願い・・」


改まった皆の前、語られ始めたKの話は、こうだ。



今から四ヶ月ほど前の事で在る。



この王都マルタンから、真北に行く事、約四日の距離に在る町〔オガート〕で。 一人の女性が突如、行方不明になった。



その娘の名前は、“クォシカ”。 農業が、産業のほぼ全てを占める田舎町、そんなオガートだが。 町娘にしては、綺麗な女性で。 町一番の美しさだったそうな。



そして、依頼者の“ラキーム”とは、町の町政を司る“町史”(ちょうし)という役職で。 町では、一番偉いらしい。 



さて、依頼から一聞すると。 婚約者が居なくなったラキーム氏が、愛する女性を探そうとしている・・様に見えるが。 どうやら、裏の実情は、そんな美しいモノではないらしい。



このラキーム氏は、実は町史といっても、まだ代行の身分で在り。 その名義としての任は、任命された父親にある。



最近、身体の調子が悪い父親に成り代わって、息子のラキーム氏が代行している訳だ。



だが、このラキームという人物の評判は、すこぶる悪い。



町は、野菜や果物の生産で、春から秋の終わりまで商人が訪れて。 農家や地主と、取引が盛んなのだが…。



ラキーム氏は、その場に時々現れては、双方に金をせびると云う。 然も、大の女好きで。 女性に付き合いを迫るのも強引で、気に入れば誰とでも、とか。



其処まで聴いたポリアは、苦虫を噛み潰して粉々にした様な…。 不満と苛立ちを込めた顔と成り変わり。



「まさか、その失踪って・・・。 その依頼者のクズ男から、クォシカって女性が逃げ出したとか?」



と、呆れ目を細める。



話を聞くだけでも、腹立たしい男のラキームと云う人物。



その意見にKは、大いに頷いて。



「町の人は、殆どの人がそう思っているな」



するとポリアは、目を瞑り。



「じゃ、捜さなくていいんじゃない? そんなクズの為に、疲れるのも腹立たしいわ」



と、最終的な意志決定をし掛ける。



処が、だ。



「それが、そうもいかない様だぞ。 彼女は、例えそんな状態に陥っても、失踪しそうな女性じゃないんだよ。 だから、俺もこの依頼が気になったんだ」



Kの意見に、一時的に仲間と成った四人の視線が集まる。



マルヴェリータは、まだ話が見えないと。



「‘失踪する様な女性じゃない’・・って、どうゆう事? ポリアや私じゃ無いケド、嫌な相手と結婚させられるなんて、在る意味で地獄だわ」



自分が冒険者に成った経緯を、自分からバラしている様なものだが。 境遇を嫌って飛び出し、冒険者をする処からして、気概は在るとも言える。



ま、ポリアやマルヴェリータは、別にして。



問い掛けられたKは、



「まぁ、それが普通だわな~」



と、他人ごとの様に云う。



その曖昧さに、ポリアは裏が在ると感じる。



「‘普通’・・じゃないの?」



「ふむ。 彼女を知る町の人は、ほぼ住人の全員だ。 其処で、周りの人へ聴くにして。 クォシカという女性は、失踪の半月以上前に。 ラキーム氏との婚約をキッパリ、解消している」



この事実に、ポリア達の眼が開いた。 驚きからだろう。



「然も、亡くなった両親を、非常に大切にしていたらしく。 地元の町では、評判の働き者だそうな。 更に、上乗せで付け加えると・・。 彼女は、亡くなった父親譲りの薬草取りの名人で。 町の薬師として人を助ける、芯の強いしっかりした女性らしい」



喉が渇いたマルヴェリータは、ワインを傾けてから。



「確かに、失踪しそうな雰囲気は、何処にも無いわね。 然も、婚約を解消してるだなんて…」



マルヴェリータのこの意見に、ポリアも、イルガも、頷いて見合った。



其処にKは‘トドメ’とばかりに。



「ついでに、今の現状を言うと…。 ラキーム氏は、二ヶ月後に結婚するとさ」



「はぁ?」



意味が解らないポリアが、困った顔をして。



「誰と?」



と、問い返せば。



Kは、下に指を向けて。



「このマルタンの街に居る、伯爵家の令嬢と、だとよ」



此処までの情報にて、ポリア達は訳が解らなくなった。



横の呆れたマルヴェリータからすれば、



「じゃ、もう捜さなくていいんじゃない?」



と、意見を述べて。



ポリアやイルガも、賛成である。



此処で、奥のドアに視線を動かしたK。



「そら、豪勢な料理が来たみたいだ。 食べながら、続きと行こうか」



他の一同が、奥の扉を見ると。



「御待たせ致しました」



と、声を発し。



先ほどに退室したメイド二人で、台車2つに料理を運んでくる。



その量を見たKは、包帯の間から見える眼を料理に注ぎつつ。 寧ろ、こっちが異常事態だと、横の一番常識が解りそうなイルガへ。



「なっ、何だぁ? えらい量が多いな」



処が、イルガは大した事は無いとばかりに。



「いや、あんなもんだろう」



と、言って寄越す。



(マジかよ)



呆けるしか、出来なくなったK。



だが、Kの驚きも最もだ。 丸鳥のグリルに始まり、サラダ大盛りのボウル。 パンは、焼きたての形のままに、丸々と出て来たし。 魚の切り身のムニエルとは別に、大型のスズキが姿蒸しで、特大の皿に乗る。 他、6種のメインと、10種のオードブル。 10人前ぐらいのパンに、スープも似たような量。



余りの量に、口元を引きつらせるK。



(お゛、おいおい・・。 此処は、大食い大会の会場か?)



と、小声で呟くのだが。


料理を見たポリアは、なんとでも無い顔で。



「先ず、食べよっか」



と、仕事の話は中断した。



さて、紅茶を片手に、固まるKの前で。 周りの連中ときたら、食べるは、呑むわ…。 イルガは、そのガッシリした体つきからして、食べるのも解るが・・。 ポリアやマルヴェリータに加え、システィアナも含め。 女性というのに、食べる食べる。



Kが量に気圧される間に、もう最初に取り皿へ盛った料理が無くなり。 その頃には、高級ワインも二本は空だ。



これまた、イルガは体つきから解るが。 女性のポリアも、マルヴェリータやシスティアナも、ジュースの様にワインを呑む。



マルヴェリータは、やや座り始めた瞳をして、少食で酒を呑まないKを見て。



「ねぇ、ケイ。 “パタリ病”の原因って、なんだったの?」



すると、横のポリアから。



「マルタ、お酒だって」



‘マルタ’は、マルヴェリータの愛称である。



「へえ~。 どれくらい呑んでたの?」



魚の蒸し物を、自分の皿に少量移しつつKは。



「そうだな・・。 一番呑んでいた時は、一日に白ワイン20本とか」



ギョッとするポリアが。



「一人でっ?!」



「あぁ。 仲間と呑みに行って、150本くらい空けた気がする・・」




イルガは、肉を食いつつ。



「そいつは、病気にもなるわな」



何かを思い出す様に、宙を見るKで。



「すきっ腹でも関係無く、水分補給の様に呑んでたからな…」



と、言うと。



次に、周りのポリア達を見て。



「オタク等も、気をつけたほうがいいゼ。 目の下が少し充血してる。 それだけ呑むなら、休肝はちゃんとしないと、こうなりますぜ。 生きていて、な」



と、フォークで、自分の包帯顔を指す。



すると、マルヴェリータが、ポリアを横目に見て。



「あ、明日から呑まないから、いいわよね」



罪を認めたく無いのか、半眼て遠くを見ながら頷くポリア。



然し、食べつつKが。



「毎朝、酷い咽の渇きと、頭痛が有るだろう・・全員」



その瞬間、



「う゛」



ポリア達四人が、咽を抑えたり、お互いを見たり。



涼しげに、淡々と食事をするKから。



「ま、30半ばで、美容や健康に嘆きたくないなら、酒は程ほどにしとけ。 それから食事は、しっかりと好き嫌い無く、だ。 人は、必ず老化と云う道を辿る。 それを遅らせるのは、食事・運動・好きな事をし。 そして、人を愛する事だ。 心の安らかな人、優しい者は、歳を取ってもいい顔をしているって訳だ」



すると、何故かマルヴェリータは、ポリアに意味有りげな視線を送り。



「あらあら、それじゃ~ポリアは大変ね~。 愛するってのは、男嫌いだから出来やしないわ」



すると、言われたポリアも、マルヴェリータをキッと睨んで。



「だから何よっ。 もう化粧しないスッピンは、老化してる若作りのクセにっ。 そのヨボヨボ顔を隠す化粧にも、も~限界あるんじゃないのっ!」



言い返されてイライラするマルヴェリータ。



「なんですってっ?!」



と、席を立って睨み返せば。



「何よっ、言って来たのはそっちじゃない! そのあっさりしないセ・イ・カ・クっ!。 マルタの魔法で、どうにかなんない訳ぇ?」完全にいがみ合う二人を前にして、イルガは疲れた顔をすると。



「お嬢様。 マルヴェリータも。 新しい仲間の前で、もう喧嘩ですか。 止めてくだされ」



と、諦め含みに言う。



一方のシスティアナに至っては、肉をフォークに刺して持ったままに。



「ポ~リアちゃんもぉ~、マルタしゃんもぉ~、お互いでだ~い好きなんですね~。 だから~喧嘩するんですぅ~」



と、Kに説明をする。



紅茶のカップを手にするKは、呆れた視線をチームの面々に送る。



(何だ、このチームは・・・。 あのマスターめっ、本当に曰く付きのチームを回しやがってからに…)



と、思った。



その後、いい恥曝しと云って良い、醜い言い争いをするポリアとマルヴェリータを、醒めた眼で見て。



(しっかし、“使えない顔だけチーム”って噂は、本当だな。 コイツは、少々強い衝撃的な事でも無い限り、イッパシのチームに成長するのは、正直ムズいぜ)



この様子を見るに、呆れるしかない。



そして、こんな様子では、もう仕事の話どころではなくなった。



さて、一気にワインをカッ食らうポリアは、急速に酔い初めてか。



「ねぇ~ケイ。 せっかくのお近付きなんだからさ~、アンタも一杯くらいやんなさいよぉ」



と、ワイン瓶を振り回す。



「アホか。 ソレで病気になったのに、やるかっつ~の」



「ちょっとっ、アホってなによ!!」



酔って苛立つポリアへ、



「おっ、お嬢様っ」



と、宥めに入るイルガ。



その的確な間合いに、Kが関心し。



「アンタも、色々と苦労してンな」



と、しみじみと言えば。



イルガも、しみじみと。



「ふむ、まぁ・・何事も慣れというヤツか」



「な~る」



納得するKに、酔っ払ったポリアとマルヴェリータが迫る。



“呑め、呑めない”



とか。



“食え、食えない”



と云う、下らない論争が続き。



隙を付くシスティアナが、Kの取り皿に料理を盛った。



結局、少食な方なのに、半ば強引に食わされてしまったK。



今夜の宿を探す為、店を出た夕方には、ヨロヨロと腹を押さえて歩いていた彼だった…。






――――――――――――――――




その2.町の失踪事件とモンスターの影。




       ★




オガートの町と王都マルタンを繋ぐ街道は、人と馬車にとって安全性の高い街道で在る。



周りには草原が広がり、所々に林や茂みが広がる程度。 野党とか、モンスターの出現も殆ど無く。 また、人が歩き、馬車が走るのは、草原より一段低く整地された道である。 石のブロックにて舗装され、馬車も躓く事も無く。 さぞ走り易いであろう。



さて、その日の空は、朝から鉛色の曇天だった…。



街道には、冒険者達が歩いていたり。 野菜を積んだ荷馬車が走っていたりする。 個人の運ぶ荷馬車は、二台三台ぐらいだろうが。 商人が買い付けて運ぶ馬車は、五台十台に及ぶ。



今、大集団と成って街道を走る馬車を、脇に寄ってやり過ごす馬車や人が在る。



その馬車一つに、日に焼けた色黒ながら鷲鼻で、なかなか渋い顔をした中年オヤジの御者が操るものが在り。 その御者は、天に顔を向けて、良くない雲行きを注視していた。



(空模様が悪いな…)



荷馬車の大集団をやり過ごしたので、軽く手綱を動かして馬を動かした。



処が、この馬車の荷台を覗いて見ると…。



「う゛~~ん…」



あの包帯顔をした冒険者Kが、この幌馬車の荷台にて魘されているではないか。



ポリアは、イルガやマルヴェリータと並び。 魘されているKの包帯顔を見ていた。



さて、僧侶システィアナは、長らく魘されていたKの横に跪いて、Kの身体を揺すり。



「ケイさ~ん、ケイさ~ん、だいじょ~ぶですかぁ~」



すると、



「ハっ!!」



気づいて身を跳び起こしたKは、辺りを窺ってから、大きく安堵のため息をする。



「は~~~夢か・・・。 ステーキに、押し潰される所だった」



この独り言に、様子を見ていた一同は、苦笑している。



今日は、チームにKが加わって、2日目。



朝、前日の食べ過ぎで、Kが酷くゲッソリしていたので。 マルヴェリータが気を利かせ、自分の父の店の馬車に乗せてもらった訳だ。 御者の人物とは、オガートの町にいつも野菜を買い付けに行く仕事をする、そんな役割を担った初老になりそうな男性だった。



悪夢から醒めたKは、喉が渇いたと水筒で水を呑む。



朝のKの予想通り、空の色は怪しい雲行き。 更に、オガートの町に入る朝からは雨と、Kは言った。



ポリアは、昨日の食事中にて中断された依頼の話を、此処で切り出した。



「ね、ケイ。 処で、昨日の続きを話してよ」



夢で魘された所為か、脱力する包帯男は、憔悴した声で。



「あ? あぁ・・え~と、どこまで話したっけか?」



そんなKを心配したマルヴェリータが。



「ねぇ、大丈夫?」



「あぁ、食い過ぎたみたいだ…」



と、腹をさする。



食わせた側、詰まり犯人の四人は、何だか悪いと苦笑い。



マルヴェリータは、話を依頼にずらそうと。



「え~と、ラキーム氏の結婚の所までは、確か聞いたわ。 マルタンに住む伯爵だかの令嬢さんと、御結婚とか」



その助け舟を得て、頷いたK。



「あぁ・・・それだ。 問題の一つが、ラキーム氏が結婚するのに、何で依頼を取り下げないのか・・・。 ‘姿を消した彼女を心配して’、といっているらしいがな。 ヤツの性格で、普通なら有り得ない事だ。 また、逆に考えるなら、捜さないといけない理由が、彼には在るのではないか。 依頼の内容を見返れば、クォシカと云う女性を捜す事より、生死にのみ拘ってる気がするのさ」



干し肉を齧るイルガは、



「確かに、な。 ゲップ」



肉の臭いを嫌って、イルガを見ないように俯いたK。 其処から無理やりに横に向いて、話を続ける。



「第二の疑問は、失踪したクォシカの家の中」



家の中がどうしたのかと、ポリアは。



「何か有ったの?」



「異常に気付いた人によれば。 彼女の部屋の中が、まるで強盗にでも遭ったかの様に、酷く乱れていたとか」



ポリアも、マルヴェリータも、



「え?」



と、同時に驚いて見合う。



「本当の事らしい。 然もその家は、ラキーム氏が」



“クォシカの帰る場所は俺の所だ。 クォシカの総ては、自分が預かる!”



「と、言って。 家も、土地も、取り上げてしまい。 然も、ラキーム氏の命令にて、家は既に取り壊されてしまったとよ」



「何よそれっ!!」



かなり勝手な仕打ちに、激怒したポリアが大声を上げた。



グッと身を潜めたKは、小声で。



「頼むから、大声は止めてくれ・・・胃に、ひ・・響く…」



「あ・・ごめん」



ポリアは、思わずの事に口に手を当てた。



Kは、胃袋の辺りを擦りながらに。



「更に、だ。 今日、クォシカの失踪を、誘拐されたと言っていた唯一の人物が、マルタンに帰る」



マルヴェリータは、首を傾げて。



「それなら今日、マルタンでその人に会ってから、オガートの町に行けばよかったじゃない」



「確かに、それも一つの遣り方だがな」



不思議に感じるマルヴェリータは、ポリアと視線を交わしつつ。



「会わない理由が有るの?」



「ん~、それがな。 その人物ってのは、クォシカと云う女性の唯一無二の親友で在り。 強引な遣り方で、彼女の家から私物一切を奪おうとしたラキーム氏から、クォシカの家に有った家財道具を守るべく。 自分から家に乗り込んで取り壊しを止め、使用人に命じ持って行ったらしい」



聞いていたマルヴェリータは、中々女性で出来る事では無いと。



「やるわね、その人」



「まぁな。 さて、失踪当時の事を探るには、当時の物に聴くのも手だ。 だが、失踪当時から残る物としたら、その引き取られた物以外に、他無い」



ポリアは、確かにその通りと思うが。 別の疑問も湧いて。



「でも、そんな物に手掛かりが在るのかな?」



「有るかどうかは、見れば解る。 部屋がそんなに乱れていたなら、事件の手掛かりが家財道具に在るかもしれないだろう?」



「例えば?」



「何にも無い此処で説明して、納得できるか?」


「う゛~ん」



捜査などした事も無いポリアは、全く意味が解らない。



「話を聴くにしても、ラキーム氏の依頼を請けたこっちを、向こうが直ぐに信頼する訳も無い。 証拠品は逃げないし、持ち主も直に町へと遣って来るんだからよ。 町に先回りしておけば、先ず大丈夫さ」



「でも、その人も、直ぐに町に来るんじゃない?」



「さて、それはどうだろうか」



「何で?」



「その人物は、オガートの町で大規模な野菜生産をしてる、大地主の娘だとか。 然も、既に父親の手伝いをしてるらしいから。 戻った今日は、知り合いなんかと、野菜の買い付け値の話が在るだろう。 多分、王都に一泊すると思う」



この意見に、マルヴェリータだけが。



「マルタンとオガートは、持ちつ持たれつの関係だもの。 それは、十分に有り得るわね」



オガートの町は、広大な農地で野菜や果物の栽培を行うが。 他の特産品は、薬草や薬の原料と成る、野生に自生した植物が少し。 マルタンと云う窓口を通して、他国各地に作った物を売る一方。 町に無い物は、調達する必要が在り。 その調達先のほぼ全ては、王都マルタンと成る。



そして、今回はマルヴェリータの頼みで、この御者の中年男も荷馬車の荷台を空けているのだが。 本来ならば、彼等の様な運び手が儲けを出せるのは、仕入れをしに行く時。 個人の頼みで、何か別の物を運んだり。 冒険者や旅客を、仕入れ先の街や拠点に運んだりして、小銭を稼ぐ事だ。



また、仕入れ先の街や拠点で、何か欲しい物品の要望が在るならば。 それを積んで行くのが、効率の良い遣り方。



オガートの街で地主をしているならば、マルタンを訪れた際には、昵懇の商人に面会して。 その手の話し合いをする事など、有りふれた程に行われている。



(商人や地主の生活を、良く熟知してるのね)



マルヴェリータが、Kを観察する中で。



腹をさするKは、



「安心しろ。 こっちは、日にち的な制限が無いからな。 別に、情報が集まり切らない内から、急ぐ必要はないさ」



と、ポリアへ言う。



そうとまで聞くマルヴェリータは、既にKが。



“もう、全て計画済みだ”



と、でも言っている様に見えた。



納得させられた様に頷いたポリアは、話を進める為に突っ込んだ。



「ね゛っ! 他に、情報は?」



「後は~、町に行って、確かめてからかな・・・。 あ゛っつ・・腹イテ…」



お腹を押さえて前のめりと成ったK。



マルヴェリータは、慌てて御者に止まるように言った。



外の茂みへ、Kが用を足しに行く間。



黙って聴いていたイルガは、ポリアに膝を寄せ。



「お嬢様、如何に思われますか?」


「さ~、町で聞いてみないと、なんとも言えないわ。 只、ケイは、随分とこの事件に対してやる気があるみたい。 お金も多い依頼だし、事件の解明が出来なくても、査定はされないんだから。 のんびりいきましょうよ」



その返しに、システィアナが両手を挙げて。



「さんせ~、ポリアちゃ~ん。 しごとがんばろ~」



そのゆる~い様子を見るポリアは、首を左右に振ると。



「アンタの言い方は、頑張るように聞こえないって…」



Kが戻り、また馬車は走りだした。



馬車の旅は、約三日。



夜に成れば、野原や茂みの近くにて、寝袋を使った野宿と成る。



この街道は、オガートからとマルタンの間を、‘街道警備兵’と云う兵隊が行き来して。 隙の無い警備をしているから、道としてはかなり安全なもので在る。



然し、警備兵の巡回が手薄な道や、内乱などが起こっている他の国だと、街道にすら盗賊や強盗が現れることも多いとか。



さて、マルタンの街から、オガートの町へと旅立って3日目。



朝からシトシトと、雨が落ちてくる。



「ふ~、ケイの予報通りね~」



ポリアが馬車の荷台から幌を捲って、外を見て言えば。



「風、雲、土の温度を感じれば、誰でも出来る」



と、Kがサラリと言った。



「アタシ出来ないし・・、べ~」



横を向いて、呟き舌を出したポリア。



町に近付いた頃から、街道の両側は、景色が変わり。 広大な畑が耕されて、黒い土が見えている。 畦と水路により区分けされ整地された畑。 ここで育った野菜は、世界に流通していく。 この広大な畑で作られる野菜や果実は、この国の大切な財源であった。



昼を前にして、ポリア達を乗せた馬車はオガートの町に着いた。



大きな楡の木が植わる横に続く柵の一部に、街道から分岐した道が続き。 木製の〔オガート〕と書かれたアーチを潜れば、そこからもう町の中。 土のむき出した道が先に伸びて、右も左も林が広がった。



荷台に居たKは、前の幌の開いた切れ間から御者に。



「建物が見え始めたら右の3軒目に、森に囲まれた様な木造の建物が見える。 そこで止めてくれ」



「あいよう、宿だね」



「そうだ、温泉が在るから、前に来て気に入ったのさ」



すると、頷いた御者のオヤジ。



「あぁ、あそこはいいな。 “美人の湯”って、有名な温泉だしよぉ」



その一言で、ポリア、マルヴェリータは、ピクッと反応した。



「え? 美人?」



「まぁ、良い所だわ」



Kは、関わり合わないようにして、ソッポを向いていた。



「びじ~ん、びじ~ん、びびびび…」



茶化しているのか、それとも本気か。 歌い始めたシスティアナを捕まえたポリアが、何かを言っているのだが…。



そんな仲間をKは見ない。 そろそろ、慣れ始めたらしい。



だが、間近に居るイルガは、口を左右に伸ばされたシスティアナを案じた…。



さて、町の入り口から続く林の間を抜ければ、開けた町並みが見える。 王都マルタンの様に、建物だらけではない。 大木や木々を間に挟む、落ち着きの在る閑静な町並み。



Kの言った宿は、石造りの家が並ぶ右側の二つ先に在った。 石で出来た低い塀が敷地を囲い。 宿は、敷地に生える大きな木々に囲まれるように在り。 木造だが造りが立派で、大きい屋敷の様な建物だった。



御者の男は、五人をその宿の前で降ろすと。



「それじゃ、私はここで別れます。 お嬢様、みなさんもご無事に」



御者の男性へと手を挙げたマルヴェリータが、



「ありがとう、街へ帰る時は気を付けてね」



と、感謝を添えた。



「へい、では」



御者の操る幌馬車は、町の奥に向かって行った。



この道の先には、噴水を中心とした円形の広場が在る。 広場は、倉庫や店などで囲まれており。 広場では、この町一番の賑やかな様子が見えると云う。



それと云うのも。 その広場の北側には、一階が窓や壁の無く、古い形の広間と成っていて。 所謂の‘集会所’のような場所が在る。 此処では、日々に亘って野菜や果物の取引が行われる。


また、この集会所の様な建物の地下には、蔵のような倉庫が階層式にて、縦に数階。 横に何十と並べ造られており。 毎年、この蔵の各部屋に野菜や果物を運んでは、雪を一緒に入れて温度を下げ、長期間貯蔵するのだ。



然も、処では各蔵の持ち主は、全て決まっていて。 雪入れの作業は、町人の総出で行われる。



さて、オガート町には、広場を中心に5軒ほどの宿が在って。 微妙に鄙びていて落ち着けると、王都マルタンの街に住む人は言う。



“収穫祭や暑い夏には、マルタンから貴族や旅行者が来る”



と。



所謂の、避暑地にも成っている、と。 こう言えばいい処か。



馬車を見送る四人より先に歩き出したKが、開かれている木の門を越えて。 石畳に沿って宿に向かう。 門より宿までは、石畳を道にして、よく手入れされている小降りの木々が佇んでいた。



季節が春なので、今はやはり桜が綺麗だ。 古木の桜が枝を伸ばし、一番高い所で春雨に濡れ始めつつ咲いているが。 庭の入り口から望める奥では、ひっそり桃の花も咲いている。 苔むした庭石、枝垂れている古木が、この宿の味わいを深くさせていた。



さて、開放されてある入り口の前に、Kが立って見上げると。 木造だが、古めかしいという印象よりは、どっしりとした大きい邸宅のようで在る。



(また、来ちまったな)



入り口を潜り受付のあるロビーには、前掛け姿の老いた女性が居る。 Kは、その人物に声を掛けた。



「婆さん。 前に言った通り、また泊まりに来ちまったよ」



小柄で、目の大きい老いた女性は、振り返ってKを見ると。



「おや、あら~また来たのかい?」



老婆と話すKの後ろから、ポリア達も来て内装を見ているのを目にし。



「アンタ、冒険者だったのかい」



と、老女は続けた。



この女性、この宿の女将である。 なかなか肝っ玉の据わって居そうな顔で。 痩せているが、馬力は有りそうだ。



「あぁ、女性三人に、男二人。 四・五日、泊まると思う」



そう聞いた女将は、ポリアやマルヴェリータを見て、



「おやまぁ。 こりゃ~‘美人’って言葉が、そのまんま人間に成った様な娘じゃないかい。 ウチの風呂に入ったら、男が虜になって死んぢまうねぇ。 あははは」



と、大笑い。



ポリアとマルヴェリータも、悪い気はしないので笑う。



だが、イルガの方を向くKは、小声で。



「どっちの親も、それを願ってらぁ」



と、小さく言えば。



直後、Kの横に来ていたシスティアナも。



「ねがってら~」



と、胸張って復唱する。



「いいよ。 部屋は、男女別で用意してあげよう」



そう言った女将は、働いている手伝いの女性二人に声を掛けて、各部屋への案内を頼む。



それが終わると女将は、Kに向かって。



「で? クォシカの事でも、ま~た調べに来たって訳かい?」



と、姉御の様な男っぽい口調に変わる。



有る意味、それは警戒と威圧も含んだ問い掛けだった。



だが、Kは・・。



「あぁ」



と、素っ気なく頷くのみ。



寧ろ、ポリアやマルヴェリータの方が。 何も言ってないのに、自分達の来た理由を知っていた女将に驚いた。



「女将さん、何で知ってるの?!」



すっときょんな声で尋ねられた女将は、少し呆れてポリアを見ると。



「伊達にね、歳は食っちゃ居ないよ。 それくらいは、冒険者なんか遣ってなくたって解る」



すると、案内される為に、女性へ着いて行こうとするKも。



「酷く、解り易いと思うがな」



この言葉を置いて、先に行こうとする。



ポリアは、Kの背中へ向いて。



「嘘っ?」



然し、肩を竦めるだけのKは、黙って案内に着いて行った。



見送る様に、Kを見ているポリア達。



そんなポリア達を見ていた老女の女将は、その感覚の鈍さに呆れて。



「ハァ~。 その様子からするとアンタ等は、駆け出しかい?」



またまた見抜かれたと、困った笑みを浮かべるポリア。



そのポリアに、世話が焼けると、老女の女将は言う。



「いいかい。 此処は、狭い町の中だ。 王都のマルタンとは、何もかもが違うんだよ。 ちょっとした噂なんて、暮らす人の少ない町の中では、直ぐに広まる。 冒険者達が、祭りもなんにも無い時期に、こんな町に長逗留なんて・・。 仕事の他、何が在るよ」



確かにその通りと、苦笑いするしか無いポリアは、



「そう・・ですね」



と、これのみ。



頷いた女将は、



「今の処、町が冒険者に頼んだ依頼なんてのは、ラキームの出したアレぐらいなもんだ。 然も、あっちの包帯顔をしたアンちゃんは、前にもクォシカの事を聞き回っていたし。 人数が増えて戻って来れば、大体想像つくだろうさ」



と、丁寧な助け舟を出してやる。



「そっ、そっか・・」



ポリアも、他の皆も、やっと事情が飲み込めた。



今の時期は、花見客が来るぐらいの、町を訪れる人が少ない頃だからか。



「早めに泊まってくれるんだから、お昼も出してあげよう。 部屋に行ってから、下に降りてきな。 クォシカについて、色々と話してあげるよ」



親切な対応に、ポリアは空腹だったので素直に。



「ありがとう、女将さん」



と、云うと。



頷いて背を見せた女将は、



「うん。 だからな、納得したならば、さっさとマルタンへお帰り。 クォシカを捜すなんて、詰まらない事なんだから」


と、投げ遣りみたいに言うのだった。



そのガラッと変わった素っ気無さに、一同は見合ってまた女将を目で追った。 女将は階段ではなく、廊下の先に見える、開けっ放しのドアの中へ消えていった。



「なんか・・・、私達って要らないみたい・・ね」



マルヴェリータの言った事は、ポリアも同感である。



みんなが案内されたのは、三階の窓側に在る部屋のだった。 女性三人は、五人部屋に案内された。



「うわ~、広~い」



喜びはしゃぐシスティアナ。



その部屋のベットは、間隔をゆったり取った感じで、窓前に並んでいる。 洗い晒しの白いシーツは、清潔感が在り。 右側の空いた場所に在る丸テーブルに、大きい構えの椅子が三つ。



そして、何も置かないドア側に面する壁には、鮮やかな新緑の森に包まれた。 この町を描いたで有ろう、風景画が掛けられて在った。



「この絵、優しい~筆遣いね」



ポリアが、絵を直ぐに見詰め。



マルヴェリータとシスティアナも、絵の前に来た。



案内をしてくれた、そばかすの多い若い町娘が。



「この宿の絵って、全部がクォシカの絵なんですよ。 女将さん、クォシカの絵が大好きだったから…」



「へ~」



答えたポリアは、勿論。 システィアナも、マルヴェリータも、その優しい筆使いの絵が好きになる。



荷物を置いた三人は、各部屋の絵を覗き見しながら下に降りた。



一方、イルガとKは、個室だった。 簡素な部屋だが、掃除はきちんと行き届いていた。



処で。 Kの部屋には、大きな絵が飾られて在り。 その題材には、公孫樹の森が描かれていた。 黄色の森が夕方の日差しで、陰の部分と陽に当たった部分と云う、美しいコントラストを見せている。



Kの見立てでは、この絵は記憶を元に描いたものでは無い。 この公孫樹の森の中で、彼女本人が見て描いた絵で在る。



「いい絵だな・・。 筆に、描いた人物の心が宿ってるみたいだ」



「えっ?!」



イルガとKを案内したのは、大人びた化粧っ毛の無い女性。



後にKを案内した処で、枕と毛布を棚が取り出している最中。 顔の解らない包帯顔をした、明らかに不気味なKを警戒していたのか。 言葉に驚いた様子を出して、Kを返り見る。



「あっ、あぁ、それね。 それ、行方不明に成ったクォシカの絵よ」



彼女の短い悲鳴や驚きにも動じず、絵を見続けていたK。



「なるほど。 前に案内された部屋には、春の中央広場の噴水が描かれた絵だったが。 こっちは、なんとも不思議な哀愁を感じる…」



案内した女性は、Kに絵を観る力が有ると、視たのだろうか。



「クォシカの描いた絵は、どれもいい物よ。 女将さんは、絵の代金を払おうとしてたけど。 クォシカは、少しも貰わなかったみたい。 絵を描く事・・よっぽど好きだったのね」



「なるほどな・・。 こんな立派な画家が失踪なんて、させる方が気違ってるわな」



すると、Kの意見に同調した女性は、窓から外を見て。



「ホントっ、ラキームは大嫌いよ・・」



と、声を抑えて言った。



その声には、明らかな‘嫌悪’が滲む。



絵を堪能したKは、荷物を置いて一階に降りた。



さて、老女の女将が先ほど消えた所が、皆が呼ばれた食堂である。 丸テーブルの席が、三~五人掛けで10組ほど。 他は、長テーブル席で、横に並んで席に就ける三人掛け、四人掛けの長椅子の組み合わせが、七列の五十席前後ある。



その食堂へと、ゆっくりやって来たポリア達。



「いい絵ばかりだったわね。 一つ欲しいかも」



先頭で、二階から階段を下りるマルヴェリータがこう言えば。



「でも、この絵は、この場所が合ってるわよ」



と、ポリアが後ろから言えば。



「そうで~す」



と、イルガと並んで降りるシスティアナが言う。



イルガは、Kとは別に一々待って、ポリア達に合流して降りてきた。



一階に降りて集団と成った四人は、ポリアを先頭に、喋りながらその食堂に入った。



処が、だ。 先に来ていたKを見て、四人は立ち止まった。



(ケ・イ・・?)



ポリアは、Kの姿を遠くから見て、何だかドキッとした。



食堂奥、中庭を望める窓の前には、丸テーブルが在る。 そのテーブルに就いて腰を降ろしていたKは、足を組んで肘を着き。 何を見るとも無しの様子で、外を見ている。



だが、不思議とその姿は、とても優雅で在る様に見え。 ポリア達が何時も見る冒険者の者達とは、明らかに何かが違う雰囲気が漂っていた。



独特な雰囲気を醸し出すKに、一瞬だけでも完全に見入ってしまったポリア。



「ケイって・・なんか品があるのね」



マルヴェリータへ、呟く様に漏らすと。



似た様だったマルヴェリータが。



「み・みたいね。 ・・不思議な人」



と。



其処へ、Kの居る場所とは反対側と成る左側奥から、老女の女将が料理を運んできて。



「ほら、何をボサっとしてんだい。 こっち来な」



呼ばれた四人は、Kの居るテーブルの席に着く。



「奮発して、いっぱい作ったよ」



こう言う女将にして、Kは出されたサラダを見つつ。



「この人達、マジで喰うゼ。 こんなんじゃ~全然足りない」



と、呆れ口調で言う。



処が、こう教えられた女将は、ポリア達を見て。



「そりゃ~面白い。 た~んと作ってあげるよ」


老女の女将の反応に、システィアナは少女の様に喜んで。



「おいし~のだ~い好きですぅ~」



横のポリアも、全く遠慮する様子も無く。



「頂きます」



そんな似た様な一同を見て、Kは窓を投げ遣りに見る。



(ちった~遠慮しろよ・・・。 出逢ってから、食ってばっかりだろうが)



その旺盛な食欲に、もう呆れるしかない。



女将が持って来た、サラダの入ったのガラスボウルに始まり。 その後、野菜のスープと野菜のグリルが続き。 川魚の塩焼き、魚の塩漬けの生切り身を野菜とオリーヴオイルで和えたもの。 更には、肉の塊を柔らかくワインと出汁で煮込んだものと続いて。 二種類の牛の部位のステーキ、ニンニク風味に炒めた穀物などなど。 どんどんと料理が出て来る。



自分に合った分量しか受け皿に置かず、横向きで食べるK。



一方のポリア達は、食べ方は普通なのに、出された皿を順次に空けて行く。



料理を運ぶ女将は、嬉しいと笑い顔。



「いい~食べっぷりじゃないかい」



最後のデザートは、果物と野菜で作ったケーキや、冷たいジュースだった。



さて、料理を出し終えた女将は、グラスに紅茶を注いで持って来た。 そして、空いたKの横の椅子に腰を降ろすと。



「どうだい、美味しかったかい?」



「えぇ、野菜が美味しかったですわ」



と、マルヴェリータが答えた。



「おなかい~っぱい」



システィアナが、ローブの上からお腹をパンパンする。



その仕草を見たポリアは、恥ずかしそうに。



「システィ、止めなさいって。 アンタ、アタシと同じで、二十歳なんだから…」



「は~い」



どう見ても、十四・五歳の娘にしか見えないシスティアナ。



彼女を見たKは。



「ほう。 それなら多分、四十になってもこんな感じだな」



と、口元を笑わせている。



嘲笑っているのでは無く、システィアナに合わせているようだ。



紅茶を一口した老女の女将は、Kに首を動かし。



「で? 包帯のダンナは、一体クォシカの何が、そんなに気に成るんだい? あの子は、ラキームの手を逃れて消えた・・・。 それが現実、それでいいじゃないか」



言い方の何処かに、やや非難を含めて言った。



雰囲気で押し黙るポリア達は、それでいいと思った。



が。 Kは、



「それが本当なら、それでいいんだ。 だが、現実に残る有り様から、そんな気がしない。 話を聴けば聴くほどに、引っ掛かるのさ」



女将は、戯言の様に聴いて。



「そうかい? あたしゃ~そんな気がしてるし。 町のみんなも、そう思ってるよ」



だが、誰の眼から見ても余裕と云うか、確信すら持った雰囲気を滲ませるKは、ケーキをフォークで削りつつ。



「クォシカって娘は、よ。 父親の病気の為に、自分を身売りする様な婚約してしまった事で、父親を死なせてる。 芯が強く口数の少ないが、慈愛精神は人一倍以上も強い女性おんなだ。 この町から逃げるなんて、余程の事が有ったか。 ・・・有った後だろう」



と、個人的な見解を述べた。



その後、間を持って老女の女将に脇目を振ると。



「女将に問うが。 そんな事、有ったのか? 父親が自殺した後、ラキーム氏との婚約を破棄した後に」



こうKが言うと、女将は考える様に押し黙る。 皴の多い白髪頭の女将が、急にグッと老け込んで見える。



だが、聞いていたポリアは、寧ろKの言ったその話自体が驚きだ。



「お父さんが自殺・・って、どうゆう事よっ?!」



と、Kに言ったつもりだった。



然し、女将が。



「うん・・、実はね」



女将が先に応えて、事実を語ってくれる。



少女の頃から美しかったクォシカは、町史の息子ラキームに、十二・三の頃からアプローチを受けていたが。 怒る事も、逃げる事も無く、柔軟に躱していた。



処が、だ。



クォシカが、十六歳の冬。 二人三脚で生きて来た父親が、病気で倒れた。



クォシカの父親は、元々から病気がちで、農作業はあまり出来なかった。 畑は、クォシカが手伝い。 父親は、森に入っての薬草取りと。 それを煎じたり、薬に変える薬師として、収入を得ていた。 慎ましやかに、親子二人で支え合って生きて来たのだ。



また、クォシカの母親は、クォシカがまだ幼い頃に病気で死んでいる。



クォシカにしてみれば、父親が唯一の家族であり。 父親の為に生きている、とこう言って良い様なものだったらしい。 



其処で、ラキームが弱みに付け込んだ訳だ。



実は、ラキームの父親も、近年は病気を患っていて。 マルタンの街から交代で来る腕の良い医師に因って、半寝たきりながら養生しているのだが。 ラキーム氏は、クォシカが自分と婚約するならその医者に口利きする・・と、そう言ったのだ。



父親が第一のクォシカは、ラキーム氏の言いなりに成り掛けた。



だが・・。 娘を想う強さは、父親とて娘の気持ちに負けていなかった。 クォシカの自由の為に、父親は自らその命を絶ったのだ…。



― クォシカ。 私の最愛の娘よ。


私と妻の分まで、お前には幸せに成って欲しい・・。


決して、父の犠牲になっていけない。 ―



そう綴られた置手紙が在る、ベット。 その横で、首を吊った父親の姿が在ったと云う。 夕日に、影を長く伸ばして…。



“自分の軽はずみな行動から、父親の死期を早めた”



こう感じたクォシカの嘆きは、非常なものだった。



然し、この二人の親子には、町のみんなが世話になっていた。 金の有無に関わらず、病人には薬を施し。 また、病人の為ならば、深夜でも起きて駆けつけたクォシカと父親。 町のみんながクォシカに励ましを言い、クォシカを支えてやろうとした。



クォシカは、そのお陰も有り。 父親の分までも生きる意味で、薬師の仕事も継いだのだ。



立ち直る意味も込めてクォシカは、ラキーム氏に婚約の解消を言って。 この町にある寺院に薬草を届けたり、病人を診ながら、一人細々と暮らしていた。



此処でポリアは、首を括った父親の一件で頭に血が昇った。



「なんて奴なのよっ・・・、仕事を請けて損したわっ!!!」



と、吐き捨てる。



ポリアの怒りは、仲間三人の怒りと同じ。 憮然としたイルガに、口を‘への字’に顰めるシスティアナと、無口に成って目を細めるマルヴェリータが居る。



だが、Kだけは冷静に。



「ポリア、勘違いするなよ。 俺達はあくまでも、クォシカを捜しに来たんだ。 ラキーム氏の為に、彼女を見つけるんじゃない」


然し、ポリアの怒りは収まらない。 キッと、Kを睨み付け。



「でもっ、依頼主はソイツじゃない! 彼女を見つけるのは、手を貸しているのと一緒じゃないよっ!!」



「そんな事はどうでもいい。 とにかく、冷静になれ。 与えられた義務は、報告のみだ。 受け渡しじゃない・・・。 見つけても、渡さなければいいんだ。 それより、急に何で、クォシカ本人が失踪しなければならないのか。 その意味が解らない。 必要が無いのに、失踪・・・。 意味の解らない部屋の荒らされ方・・・。 挙げ句には、余計なラキーム氏の行動・・・。 どれもこれも、全てが不自然過ぎる」


此処で、感情が爆発したポリアが腰を浮かせ。



「そんなのっ、ラキームって奴が強引に言い寄ったのよっ!!」



と、怒鳴った時だ。



静かな間合いの中、鋭い視線をポリアに向けたKが。



「‘冷静になれ’と言ったのが、聞こえなかったのか?」



と、低い声で言う。



「う゛っ!」



睨まれたポリアは、それ以上の二の句が繋げなかった。 Kの気配が、一瞬だけガラっと変わった。 その変貌が、単に酷く怖かった。 体中に、恐怖で逆立つ様な悪寒が走る。



また、女将も驚いてしまったが…。



「アンタ・・全くの他人なのに。 そんなに、クォシカが心配なのかい?」



問われたKは、窓の外の雨模様を見て。



「これでも、元は色々と事件に絡まれた身でな。 過去の経験からこの一件には、どうも嫌な予感がしてやがる・・・。 ま、何よりも一番の気懸かりは、依頼主が冒険者に捜索の依頼をしている事だ」



「あ? どうゆう事だい?」



女将は、Kの言った事が胸に蟠る。 本心の処。 女将も、クォシカの失踪が不思議で成らなかった。



「簡単な事さ。 ラキーム氏は、既に新たに女性を見つけている。 然も、婚約もした。 二ヶ月後には、正式に結婚するんだ」



「そうだ、そうだとも。 貴族のお嬢様とかで、本人が言い触らしていたんだよ」



「普通に考えると、それならもうクォシカなんかは、彼にとってどうでもいい筈だ。 もし、クォシカが失踪したなら、返って好都合だろうよ。 結婚する女性に、前の婚約者を知られなくていいんだからな。 なのに、何故か捜してる」



この説明に、腕組したイルガは、薄暗い天井を見上げて。



「理由が解らん上に、意図も解らないのぉ」



「そうだ」



言って返すKは、更にこう言い出す。



「もし、仮に・・だが。 ラキーム氏が、クォシカをどうにかした・・・。 つまりは、誘拐とかしたとしよう」



この例え話にポリアは、また席を立つ程にびっくりして。



「ゆっ誘拐ですってっ?!!」


と、大声を上げる。



みんなも驚いて、Kを見る。



「大声を出すな。 ‘仮に’と、言っているだろうが」



「あ、ごめん」



身を戻すポリアは、自分がこんなにも面倒な性格とは、と反省する。



ポリアの座る様子を見たKは、



「ま、何にせよ、だ。 捜すフリをするなら、奴は町史代理なんだから。 町に居る役人に捜させて、‘何処にも、クォシカは居なかった’と、有耶無耶にしちまえばいい。 それぐらいの権力は、楽勝に持っているんだからな」



と、言うと。



町の住人たる女将は、深く頷いて。



「なるほど・・。 確かに、失踪を知ったラキームは、クォシカを捜せと役人に命令したけどね。 有耶無耶にする処か、直ぐにマルタンへ、クォシカ捜索の依頼を出したよ」



「そうなると、尚更に行動がムチャクチャだ。 態々、冒険者に頼むなんざ、町の人にも知られる事なんかするんだ?。 然も、金に意地汚いと噂のラキーム氏が、5000シフォンもの大金を遣ってだぞ」



Kの意見に、また女将が反応する。



「それは、一々・・最もだねぇ。 あのラキームって男は、金遣いが荒いんだよ。 だけど、その割りには金に頗る意地汚い。 5000も出すなんて、幾らクォシカの為とは言え、おかしいねぇ」



「その経緯を合わせると・・、だ。 俺達には、理由が解らないが。 ラキーム氏には、‘捜す’意味が在るんだろう。 然も、ラキーム氏の依頼自体の目的は、彼女の生死のみに重点を置いている様な気がする…」


この意見には、マルヴェリータが反応して。



「そうね。 さっさと婚約した事といい、自分から捜して回らない様子といい。 本気で結婚する為に捜すなら、新しい人を見付ける事もせず。 尋ね人として、各街にも張り紙を回してもいい様な…」



普通の失踪者を捜す家族のする事と、ラキーム氏の行動を比べて考える。



此処で、Kは。



「これは、俺の勘だがな。 クォシカの失踪自体には、ラキーム氏自身に覚えが在る・・。 そんな感じがするんだ」



だが、マルヴェリータは、それこそ意味が解らないと。



「まさか。 大体、身に覚えが在るなら、普通は隠したく成るわ。 やる事が逆なんじゃない?」



「いや、普通ならそうだ。 だが、背に腹を変えても、そうしないといけないとしたら? 理由は、今の処はサッパリ解らないが。 どうもその辺りに裏が在る、と。 俺は、そう感じてる。 クォシカの住んでいた家を奪い、壊したのがその現れだ」



Kの言葉で、ポリアが奇妙な違和感を覚える。



(ん゛~、ケイの言ってる事、な~んか解る様な…)



さて、Kの大まかな本音を聴いた気のする老女の女将は、Kを見る目が穏やかなものに変わっていた。


「アタシゃ、アンタが金欲しさにクォシカを捜そうとしてる・・と、そう思ったけど・・。 そんなに色々と本気で考えるなんて、思わなかったよ」



「冒険者ってのは、依頼の中の真実を捜すのも仕事の内だ。 それに、金は貰うさ」



「ほっ、言ってくれるね」



と、Kを笑った女将だが。



何故か、直ぐに俯き加減と成ると。



「正直、アタシも含めて、心配なんだよ・・町のみんなも。 もし、クォシカを見つけたら、此処に連れて来ておくれ。 ラキームなんかに、やりたくないからね」



目を窓に向けたままに、Kは頷くと。



「あぁ、そうしよう。 彼女も、働ける場所が在り、絵を飾れる場所が在る此処なら、落ち着きやすい筈だ。 見つけたら、必ず連れて来よう」



「ありがとう。 前に来てた冒険者とアンタは、随分と違うね」



するとKは、



「フン」



と、鼻で笑って。



「ラキーム氏の依頼を請けて来てるんだ。 違いなんか、あるものかよ」



不思議と分かり易く毒吐いた彼だった。



ポリアは、Kに対して複雑な気分が湧いた。 何故、見も知らずの女性に対して、こんなに動くのか解らない。 だが一方で、その頭の回転の良さや思考能力の鋭さは、純粋に凄いと思った。



此処で、マルヴェリータは、Kに尋ねてみる。



「ねえ、ケイ」



「ん?」



「見も知らない女性に、何でそこまで考えて行動するの? 貴方を見ていると、お金目的じゃない気がするわ」



「さぁ・・・な。 冒険者に成ったままに胸に残る、探究心かもしれないし。 只の御節介かもしれん。 だが、彼女が何かに巻き込まれてしまっているなら、助けてみてもいいんじゃないか。 どうせ生きている間は、人生ってのは暇潰しだ。 働いて、暇を潰せて、上手く行けば人助けした上に、報酬まで手に入る。 遣り方次第では、美味い生き方だろう?」



「それって、他人に・・時間を遣っても?」



この言葉に、Kは酷く嘲笑うかの様に。



「フッ」



と、目と口で笑う。



その様子は、余りにもあから様で。 マルヴェリータも、ポリアも、Kに目を見張った。



だが、Kは…。



「おいおい、俺達は一体何様だ? 俺ら冒険者に、仕事をくれるのも、その成果を認めるのも、評価を讃えるのだって、全部他人だぜ? 自分本位で、何が出来るって言うんだ?」



「そ・それは…」



口を濁したマルヴェリータを含めて、誰もKに反論が出来なかった。



「大体、自分にのみ時を、明けて暮れる日を遣ったって。 他人が居ないなら、全てが独りよがりじゃないか。 どうせ無為に居ても、時は刻まれるんだ。 誰かの為でも結構、いいじゃ~ないか」



Kの話に、ポリア達は目に見えぬ大きな課題を貰ったと感じ。



老女の女将は、Kの持つ冒険者としての本能にも似た、姿勢と云うか、考え方を見た気がした。



さて、その頃に外では、流れる様な雲がジワジワと溜まり始めて。 暗い空から雨がシトシト降っている。 春の長雨が到来したので在った。



暫しの沈黙の中で、Kは紅茶を飲み干すと。



「クォシカの親友と言う娘の帰りは、恐らく明日の到着だろうな。 今日は、慌てずのんびりでいいと思うぜ」



女将は、その‘娘’と云うのが誰か、直ぐに解った。



「それは、町一番の大地主、コルテウさん所のお嬢さんかい? 名前は、シェラハって云うんだよ」


「そう、そのお嬢さんだ。 彼女が、荒らされたクォシカの家から、家が壊される前に家具を持って行ったとか」



「あぁ、その通りだよ。 あのラキームに、噛み付くぐらいの気迫で守ったよ。 流石のあのラキームも、コルテウさんには、頭が上がらないからね」



ポリアは、地主の権力じみたものを感じて。



「へ~、やっぱり地主だからかな?」



すると、女将は笑って。



「それも、在るけどね。 コルテウさんは、このオガートの町の英雄だし。 ラキームの父親とも、親友なんだよ」



「え・英雄? 町史の親友?」



其処でKが、



“意味が解らないだろう”



と感じて、説明を入れてやる。



「元々、それこそ四十年ぐらい前まで。 この町に於ける野菜の取引は、商人と世襲貴族系の町史の間で、賄賂で仲良しっつ~談合取引が主体だった。 どれだけ作ったって、農家や地主に儲けなんて殆ど無かったのさ」



貴族で在るポリア、大商人の娘で在るマルヴェリータは、酷く毛嫌いする様に顔を顰める。



「貴族って、ポンコツしか居ないみたい」



「商人だって、似た様なものよ」



そんな二人を、眼だけで見たKは、更に続け。



「だが、な。 今の町史で、ラキームの父親って云う人物はな。 元は、政治学者で在り、また不正を許さない政務官時代の云う仕事ぶりが、今の国王の目に留まり。 国王肝入りで、町史として任命を受けた」



ポリアは、息子の悪い話を聴いてしまった為か。 それが、非常に興味深い話だと。



「へぇ・・、そんな人なの…」



「ま、息子を見ると、ちょっと信じられないだろうが。 任命されて赴任すると直ぐに、貴族の下で私腹を肥やす役人を、次々と排除した。 そんな彼の行動に賛同したのが、地主で在るコルテウ氏だ。 コルテウ氏と町史アクレイ氏は、二人で農家や地主の生活を守る為に。 その半生と云うべき全力を、今日まで尽くした」



こう聞いたマルヴェリータは、



「デキる人は、何処かには居るのよねぇ…」



と、うっとりし。



腕組みして頷くポリアも、



「貴族の全部全部が、ポンコツって訳じゃ無いのよ。 ウンウン」



「フッ、まぁ~そんな処かな」



と、Kはまた話を繋ぎ。



「二人は、中央から差し向けられる中傷や脅しなどの、古い権力に屈する事なく。 終に、農家や地主の自由取引を、国に認めさせた」



ポリア達は、Kの話に引き込まれて行く。



「その認めさせるダシに使ったのが、商人と役人の間の賄賂・談合の存在だ。 農家や地主の困窮する生活の状況を明らかにし。 裕福な生活と横暴な権力を振るう役人を弾劾したのさ。 今の王がその存在を知り、遂に小さな大改革は成功する」



ポリアは、貴族の権力を良く知るからか。



「その道のりって、大変だったでしょうね…。 権力に溺れる貴族ほど、既得権益は守ろうとするから…」



「あぁ、その通り。 だから、二人はこのオガートの町の英雄で在り。 同時に、共に戦った戦友のような、深く強い絆が在る。 そんな経緯からして、病気だろうがアクレイ氏が生きている間は、ラキームの専横も悪戯止まりだろうな」



「へ~、ケイってば、地方の歴史にも詳しいのね」



感心したポリアが、本当に感動する様に言えば。



同じく、ずっと聞いていた女将も。



「アンタ、良ぉ~く知っているね」


と、感心。



処が、K本人は淡々とし。



「こうゆう田舎町にしては、画期的な事だからな。 ま~国の面子を保つ為に、表向きの功労者は内政大臣になってるが。 町の人は、その苦しい戦いをしていた二人を見てたから、真実を知ってるだろうよ」



頷く女将は、嬉しくなったのか。 当時は、まだうら若い宿屋の看板娘だったと、更に深く語ってくれた。





       ★




さて、その後はKの言う通りに、のんびりと過ごせそうな午後だった。



クォシカの事や町の昔を女将から聞けて、ポリア達は知らない事の連続で在り。 いい勉強になったようだ。



話す女将も、また。 久しぶりの話し相手が出来てか、大盤振る舞いに話している。



さて、一人で席を立ったKは、雨の中なのに。 宿の庭先へと横の勝手口から出て、春雨に濡れる桜を見上げる。 淡いピンクの花びらが、濡れて涙の様な雫を落としている。



(もう・・・、あれから半年か)



宿の裏庭に行けば、花の色の違う桜の木が広がっていた。 木の下には、座って眺めることも出来るようにと、木製の腰掛が彼方此方に。



其処から眺められる庭木とは、梅に、桜に、桃に、柳で、塀を見せないようにと囲う木々には、椿に牡丹に梔子…。 春先から秋まで、どれかの花が常に咲いている庭なのだと、Kは感じさせられた。



「ふぅん。 性格に似合わず、花が好きなんだな・・あの女将は」



と、ポツリ漏らす。



処が、だ。



夕暮れで、辺りが暗く成り始める中で。 いきなり風に乗って、血の臭いが漂って来た。



「ん?」



風の来る方に向かって、Kは歩き出す。 宿の側面に沿って、裏手の奥に歩いて行けば。 宿の裏に伸びた小道に出る、裏の出入り口に着いた。 丁度、食堂の左になるから、宿の中は厨房の辺りだろう。



「う゛、・う゛ぅ・・」



人の呻き声が、間近で聞こえる。 



その声を頼りにKが捜せば、裏の出入り口から小道に出た所で、人の手が動いていた・・。 走り寄って小道に出れば、衣服を血まみれにした、40代の中年男性が倒れている。



「おいっ、しっかりしろっ」



Kが彼を助け起こせば、全身に傷を負っている。 服が、何か獣の爪にでも切られたかのような、鋭い切り裂かれ方だ。



「う゛ぅ・・ばっば・・化け物・・・も・いちょ・・う森に・・ば・・」



「公孫樹の森に、化け物か?」



Kの問い掛けに、男はか弱く頷く。



「チッ、傷が深いな」



男を抱えたKは、宿に戻るなり別の勝手口を蹴り破り。 厨房に入って。


「大変だっ!! 怪我人が居るっ!!」



と、叫ぶ。



その鋭い声は、Kの身体に似合わない大喝の一言。



「どうしたんだいっ?!!」



丁度、紅茶のお代わりを作ろうか、と。 厨房に向かって来ていた女将が、顔を出てきた。



「怪我人だ」



言ったKは、厨房の大きなテーブルに、男性を横にさせる。



近寄った女将は、その怪我をした男を見て。



「なんでっ? ドルインじゃないかっ。 こりゃ、大変じゃああっ」



然し、その緊急時にも全く動じて無いKは、女将へ。



「女将っ、直ぐにポリア達を呼べっ」



「え?」



「アイツの仲間のシスティアナは、僧侶だ。 消毒をしてから、傷の治癒をして貰ってくれ」



「あ゛っ? あぁっ・・解ったよ」



慌てて、廊下に出て行く女将。



其処へ、この騒ぎに驚いたのだろう。 他のお手伝いさんも、顔を見せて。



「どうしまし・・」



声を出しながら怪我人を見るや。



「きゃーーーっ!! アンタっ!!」



と、叫んで入って来た。



その女性は、Kを部屋へと案内をした女性で在る。



声を聴いたKは、そのお手伝いの中年女性に。



「お宅、この男の奥さんか?」



「そうよっ! なんで・・何でこんなっ」



食材を切ったりする大きな円テーブルに寝かせるKは、衣服を脱がして傷を確かめる。



その間のドルインは、うわ言で頻りに。



「ばっ、ば・化け物が・・ば・・化け物が…」



苦しみながらも、必死に訴えているかの様に呻く。



「ばっ・化け物っ?!」



耳を疑った奥さんが、夫へ聞くと。



Kは、何やら腰のサイドパックより取り出しつつ。



「公孫樹の森に、それが出たらしいぞ」



「え゛っ、そんなっ! この町にモンスターだなんてっ!」



それは驚愕とばかりに恐れ驚いた、手伝い婦の奥さんだった。



その後、若い手伝い婦に呼び出しを任せ、舞い戻って来た女将が。 もう一人、他の手伝いと色々と動き始めた。



一方、



「どう・どうしよ・・どうしよぅ…」



と、混乱と驚きから、オロオロとしてしまう奥さん。



この町には、医者らしい医者が居ない。 丘の上の寺院に行って、寺院の僧侶を呼ぶしかないのだ。



然し、傷の粗方を確認したKは。



「女将、コレを使え。 青い薬包瓶に入るのは、消毒液の原液だ。 水に薄めて、傷を拭え。 そのまま魔法で塞ぐと、後で化膿する。 黒い薬包瓶は、気付け薬だ。 意識が落ちたら、直ぐに飲ませろ。 強い薬だから、ちょっとは暴れるぞ」



怪我の処方を知り。 常時に渡って薬を所持している準備の良さに、女将はKを見て驚き。



「あああアンタっ、薬師かいな」



女将の驚きを余所に、Kが傷付いた男性の妻へ。



「処で、モンスターの出たらしい公孫樹の森ってのは、何処だ?」



「えっ、あっあああ~、ひっ東っ!」



金属で出来た中指ほどの形の、‘薬包瓶’を受け取る女将も。



「町の広場前の大きな通りを、東に行けば…」



其処まで聴いたKは、



「解った」



と、開かれっ放しの勝手口から、外へと飛び出して行く。



「あっ、ちょっと!」



奥さんは、一人で飛び出したKに、この声を掛けるのが精一杯だ。



さて、Kが出た後直ぐに。 駆け付けたシスティアナがトコトコと入って来て、怪我人を見るなり。



「まあ゛ぁぁぁっ、大変ですう~~~」



と、治癒の魔法を唱え始めた。



「神よ、慈愛と優愛を抱くフィリアーナ様・・この傷に苦しみし者に、癒しを与えたまえ」



システィアナの身体が淡い光に包まれ、その手を翳す男性の傷口が、見る見る塞がろうとする。



だが、その塞がる時に、煙がフワッと上がり。



老女将が、



「ちょっと、お待ちっ」



と、システィアナを引き離した。



女将の行動にも、驚いたシスティアナだが。



「え゛ぇっ? この方はぁ、闇の力で傷ついたのですかっ?」



と、喋り方がまともに成って、先ず此方に驚く。



‘その通り’と、頷く女将。



「傷口を消毒してから塞げって、あの包帯男が」



「まぁっ、ゾンビやスケルトンに傷付けられたならば、早く消毒をしなければぁ~~~」



システィアナが慌てる其処に、ポリア達が走って来た。



「どうしたのっ?!!」



真っ先に見られたシスティアナは、ポリアに向かって。



「ポリア~、モンスタ~さんでぇすっ。 ケイさんがぁぁぁぁぁっ、一人で行ってしまったそうでぇすっ」



すると、マルヴェリータが。



「え゛っ?!! この町にモンスターって・・、まさかっ」



と、驚いてしまう。



この二十年以上、オガートの町にモンスター騒ぎなどとは、聞いたことが無い。



だが、怪我した男性の奥さんが、



「東の公孫樹の森ですっ。 ウチの人が・・、何度も言うんですっ!!」



と、訴えるその時も。



「ば・ばけ・・もの・・ば・ば…」



と、男性は血だらけの顔で、うわ言を言う。



これは一大事と察するイルガは、ポリアに向いて。



「お嬢様、直ぐにケイを追いましょう」



「うん」



ポリア、イルガ、マルヴェリータは、武器や杖だけを取りに行って。 直ぐに雨の外に出て行った。



厨房に残るシスティアナは、ドルインの怪我の治療に専念する。



ポリア達は、雨の外に出て。 噴水の在る広場に入る前の、大きい通りを東に曲がって走っていく。



野菜や肉を売る店が、チラホラと通りの左右に見えるので。 どうやらこのオガートの町の、言わば目抜き通りらしい。 雨も降ってか、通りに人も居ないし。 店頭に人の姿も無い。



「全くっ、何で一人で出て行くのよっ」



と、走るポリアは唸る。



Kを追う三人は、病気を患ったKがモンスターとまともに戦えるとは、誰も思って居ないからだ。



その商店が並ぶ通りを少し行き過ぎれば、通りの左右に見える建物が、狭い庭や畑の在る民家へと変わった。



この時、三人の向かう通りの向こう側から、槍を持ってチェーンメイル《チェーンを編んだ鎧》と云う鎧を着た男性が、ヨタヨタと歩いている。 どうも、槍を杖代わりにして、足を引きずる歩き方だ。



「ちょっとっ、どうしたのっ?!!」



ポリア達が走り寄れば、顔や腕に引っかき傷を付けた役人であった。 この町の巡回警備をする役人は、長槍にチェーンメイルを着込み、革製の長靴が基本装備なのだ。



「おぉ、ぼう・冒険者・・か?」



そう言ってよろめいた役人の男性が、イルガに支えられた。



「そうよ。 処で、包帯を顔に巻いた男性を、貴方は見なかった?」



「あ、あぁ。 彼は・・きっ君達の仲間、か。 あっちの、公孫樹の森に・きっ来てくれ・た。 実は、ゾンビの群れに・・遭ったん・だっ。 俺は、助けを・よ・・呼びに来たんだ」



ポリアは、‘群れ’と驚いて。



「むっ、群れ?」



「う゛、そう・だ・・。 10体以上は、い・い居たし。 もう、見回りの一人が・・ころっ殺され・たっ」



事態は、かなりヤバいと知るポリアは、直ぐに撃退する事を考えた。



「解った。 私達が、加勢に行くわ」



「た・たっ頼むっ! 町の詰め所に居るっ、なか・仲間を呼んで、くるっ」



然し、役人の男性は、右膝に酷い怪我をしている。 その怪我具合を見て、マルヴェリータが。



「行くって、大丈夫なのっ?」



「まち・・の非常時だっ、生きてる限りぃ・・行くっ」



役人の男性は、気丈にもこう言うのだが。 どう見ても、無理そうだ。



腹を決めたポリアは、イルガに。



「イルガ、この人を町に連れて行って」



急に、町中へ戻れとは。



「お、お嬢様っ」



その言葉に、思わず驚いたイルガだが。



言ったポリアは、もう向きを変えていて。



「つべこべ言わないっ!!」



と、片側にこぢんまりとした林が見えている、通りの先へと走り出した。



ポリアを見たマルヴェリータも。



「イルガ。 少しの間なら、大丈夫よ。 さ、早く連れて行って、応援を連れて戻ってね」



と、ポリアの後を追う。



任されてしまったと諦めたイルガは、役人の男性を見てから。



「連れては行くが。 儂は、直ぐにお嬢様達を追い掛けるぞ」



と、役人に肩を貸して町に戻る。



ポリアの命令は、絶対なのだと。 イルガは、心に決めているのだ。



さて、ポリアは、マルヴェリータと走った。 広場から民家の在る辺りまでは、正に‘通り’と呼べる程に、整地された道だったが。 周りの景色が草原や林に変わると、どんどん泥や水溜りの在る‘野道’みたくなった。



(け・結構走るじゃないぃっ)



ポリアの後を着いて行くマルヴェリータは、既にそこそこ引き離されていた。



二人が走る周りの景色が、完全に林と牧草の生える野原に変わった頃。 左の林が伸びる先に、公孫樹の森の方へと曲がる狭い野道が見えた。 荷馬車が一台通れるぐらいで、道の真ん中には雑草が生えている。



「こっちねっ!!」



先に野道へ曲がったポリアの後方から、



「ポリアっ、早すぎよっ」



と、マルヴェリータの声がする。



彼女は、もう息が上がっている。 魔法使いで、運動の得意な者は、人による。 マルヴェリータは、どちらかと云うと不得意の方か。



「後ちょっとよっ!」



と、言ったポリアは、道を先に走って行く。



先んじて走るポリアの視界が、夕暮れながらにいきなり開けた。 左右には、やや広い砂利道が伸びていて。 行き当たりと成る正面には、公孫樹らしき植物の森が広がっている。



「んんっ、どっちよっ。 もうっ!」



と、彼女が困った時。



「残りっ、一体だけですっ!!」



聴いた事の無い若い女性の声が、左の方から少し離れた感じで聞こえる。



「あっちっ!」



声のした方へと、ポリアは走った。



すると、直ぐに水の流れが聞こえて。 ポリアは、用水路の流れの上に架かる石橋の前に出た。 橋の先は、擦れ違いを目的とする為だろうか。 馬車を一時的に引き込めそうな、開けた場所が在る所だった。



「ケイっ!!」



鋭く視界に入った人物を呼ぶポリア。



Kは、一番刃渡りの長い短剣を抜いたままに、その広がった場所に立っていた。



「やっと来たのか? 遅いぞ」



落ち着いた声で、半身を返してポリアを見るK。



(おそ・いぃ・・って、アレ?)



薄暗い辺りを良く見れば、Kの周りには、生前の姿を残した死体や。 腐敗が進んで、人の形だけをした肉人形のような遺体が、無造作に倒れている。



そして、



「あ、あの・・大丈夫でしょうか?」



ポリアの見ている中で、システィアナと同じローブを着た大人びた女性が、探る様な物言いにてKに歩み寄った。



女性の僧侶に、気遣いを受けたKだが。



「あ? あぁ、気にするな。 ゾンビにヤられる様じゃ、もう引退だ」



Kは、彼女にこう言って、人の姿が残る遺体の傍らに屈む。



「おい、ポリア。 こっちに来て見てみろ。 ゾンビの姿に、随分と違いが在るゼ」



然し、そこにマルヴェリータも来た。



「ハァ、ハァ、ケ・・ケイ、だいじょう・・ぶ?」



走って息も絶え絶えのマルヴェリータ。



「どっちが、‘大丈夫?’だよ。 そっちこそ、大丈夫か?」



この遣り取りの間に、ポリアはKの元に寄る。 Kは、怪我をした様子はおろか、息も乱れていないし。 また、慌てた様子もない。 ずぶ濡れながら、余裕があった。



「あ・・ケイ。 これって全部・・貴方が倒したの?」



「いんや。 三体は、そっちの僧侶シスターが。 俺は、7体ほどかな」



こう答えるKは、ゾンビの身に着けている物を検める。



「大して何も持ってないな・・、身銭も小銭が・・60シフォンくらいだ」



度々に出て来る〔シフォン〕とは、この世界の共通通貨で、銀貨だ。



Kの後ろから死体を見るポリア。



「なんか、冒険者みたいね。 ボロいけど、皮の胸当て着けてるし」



Kも頷いて。



「だな。 冒険者の姿をした死体が、計3体。 僧侶シスターの姉さんが倒したのは、灰に成っちまったが。 俺の倒した7体は、まだ消えない。 コイツは、暗黒魔法か、屍霊呪術のゾンビだ。 問題は、何でこんな所に出たのか・・・だ」



「魔法で生み出されたって・・何で解るの?」



ポリアは、ゾンビに違いが在るのなど知らない。



薄暗い中だが、ポリアを脇目で一瞥したKで。



「駆け出しなら、ちょっとは図書館行くとかして、勉強したらどうだ?」



叱られたポリアは、済まなそうに頭を軽く下げ。



「スイマセン」



「全く、最近の冒険者ってのは・・ブツブツ」



軽く不満を呟いたKは、



‘知って於け’



と、ばかりに。



「いいか、ゾンビってのは、その産まれ方に大きな違いが在る、二つの種類が在ってな。 一つは、呪術から生み出される人工生物ゴーレム型。 もう一つは、怨霊アンデット型だ。 怨霊型は、死んだ時の恨みや憎しみが、闇の力と結びついて変異する。 だから倒すと、時間の経過が遺体に襲ってきて、瞬時に塵へと変わる。 然し、人工生物型は、呪術師の魔法でゾンビに成るから。 倒しても、只の死体に戻るだけだ」



「ウハっ、全然知らなかった・・」



と、教えを受けた学生の様に成る。



さて、息の乱れを整えたマルヴェリータは、近寄って倒された死体を見ると。



「でも、どうやって剣で倒せるのよ? 魔法じゃないと、無理なんじゃないの?」



その意見に、ガックリと肩を落とすK。



「マルヴェリータ、お前は魔法遣いだろうがよ。 面がイイからってな、モンスターは手加減しねぇぞ」



と、悪態を吐く。



「・・悪かったわね、無知で」



ポリアと二人して、Kに無知を暴かれ気落ちする。



Kは、



「ハァ~。 最近の駆け出しってのは、暇をどう使ってンだか…」



と、自分もまだ若そうな方なのに、年配者の様に呆れてから。



「いいか、良く覚えとけよ。 ゾンビの倒し方ってのは、実は色々と在る。 怨霊型に然り、人工型に然り、双方に共通なのはだ。 身体の何処かに在る、身体を動かす闇のエネルギーの塊と成る核。 ソイツを聖なる力か、魔法の力で攻撃して、壊してしまえばイイ」



すると、マルヴェリータは、やや不思議がる様にKを見て。



「聖なる力や魔法の力って・・、貴方は僧侶でもなんでも…」



その話を遮る様に、Kは言う。



「あのな、‘魔法の力’と大きく括れば、別に僧侶や魔法遣いでなくてもいいんだ。 例えば、聖水を武器に掛けててやれば、一時的に武器でも攻撃が出来て、この通りに倒せる。 また、様々な魔法には、その操る魔法の力を一時的だが、武器に付加させる魔法だって在る」



「あっ」



その事実を、言われて思い出したマルヴェリータで在り。



「ナルホド、そう・・そうよね」



其処でKは、更に例外も在ると。



「ま、ポリアの持ってる白銀の武器は、聖なる力が宿ってるからよ。 そんな面倒も、全く要らないがな」



と、ポリアを見た。



見られたポリアは、



“白銀製の武器だ”



とは、まだ言ってなかっただけに。



(う゛ぅ、何時の間にバレてるのよ)



と、得物の剣を触る。



さてKは、後へ振り返り。



「シスター。 それからマルヴェリータも、林側の木の下に居ろよ。 今日の雨は冷たいから、濡れ過ぎると風邪ひくぞ」



と、言って寄越す。



恐らくは、このまま役人が来るのを待つ気なのだろう。



言ったKは、他の残った死体を全て見回り始めた。



その様子を雨の中でも、ポリアは見ている。



マルヴェリータは、ポリアに寄って。



「ポリアも、木の下に行きましょう」



すると…。



「ねぇ、マルタ・・。 一人で、ゾンビを7体も相手に出来る?」



と、ポリアは、真剣な目で見てくる。



「ん~・・まぁ、私は先ず無理よ」



「だよね。 私も・・無理」



こう言うポリアは、チームで前に一度だけ、ゾンビと戦った経験がある。 身体の何処かを斬り付けたくらいでは、全く倒れもしないし。 斬られても痛みを感じていないのか、凄い力で掴み掛かって来る。 イルガと二人で苦戦し。 システィアナの魔法で、何とか倒したのだ。



そのゾンビを7体相手にして、一人で全て倒しているK。 彼が並みの冒険者で無いことが、これで解った。



「ねぇ、ケイ。 処で、役人さんが一人死んだって、別の役人さんから聞いたけど?」



思い出して見回せど、そんな死体は辺りに無い。



「ん? それなら、あっちだ。 木の影に隠したぞ。 それに、まだ死んでない」



と、公孫樹の木を指差したK。



ポリアとマルヴェリータが、その指が差された木に近寄ってみれば。 初老の役人が、木の裏側に凭れさせて在った。



着ているチェーンメイルが、酷く壊れてはいるものの。 怪我を負ったらしい胸などは、傷が塞がっていた。 おそらく、あのシスターの魔法だろう。



雨の中。 ゾンビの死体を見回すKは。



「こいつは、大変なことになった。 この安全とされる町に、モンスターが出るなんてな。 誰も、予測してないんだからなぁ~」



面倒な事に成ったと、渋い言い方をして。 彼は、暗くなりそうな雨空を見上げた。

どうも、蒼雲 騎龍です。


エブリスタの方で、K編を改訂中ですが。 その改訂も粗方終わった話から、此方にもまた掲載しようと始めました。



たった数年で、総アクセスが1000万まで行ったのも、読んで下さった皆様のお陰です。



此方の方にのみ掲載された話も、エブリスタの方にのみ掲載された話も含めて。 虫食い状態の話も埋めながら進行しますので、歩みは遅いと思いますが。 遅々と更新して行きます。



では、不定期更新ですが。 また、次の更新をお待ち下さい。



ご愛読、ありがとうございます。m(_ _)m

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