行商エルフ(仮題)10
前回の引きが有りますので、今回は早くお届け。
今回は最終回として、相応しく書けていた……らいいなぁ。
現在は私の故郷の里を出て、以前何者かから受けたメッセージに書かれていた場所へと向かっています。
里から日帰りできる位の距離であるはずの町なのですが、指定された時間に間に合うか、少し怪しくなってきました。
何故なら。
UNGYAAAAA!!
街道を歩いているのに、やたらと魔物に絡まれるのです。
しかも妙に強いのから。
街道だから、だいたい安全確保されていて、出会うのは野盗の類か弱い魔物程度だと思うじゃないですか?
あとは魔物が嫌う匂いを出す薬でも服にかけておけば、危険度が最小限に抑えられると。
なのでいつもそうしているのですが、今回はそうならなかったのですよ。
GYAGYAAAAAAA!!
うるっさい!
刃渡り2mを越えるお気に入りの大剣“ヴォーパルナイフ”を担ぎ、この辺で出た記憶の無いロックリザードの首を、飛びかかって落とす。
ふう。なんでこんなにエンカウントするのでしょうか。
しかも魔物避けの効かないギリギリの魔物から始まり、少しずつ強くなって来ています。
にゅるん。
…………。
なんで?
湿度が高くて日が差さない洞窟から出てこない生態の、この世界では本気で恐がられている物理無効系強酸スライムがなぜ街道に?
……まあ、水を操れる魔法が使えるならいいお客さんなんですけど。
はい。スライムの水分全部抜き。乾燥スライムになりましたね。
スライムの素材はとても有用ですからね。【無限収納】へ忘れずに仕舞います。
と言った具合に、次から次へと魔物ラッシュ。
この辺で小規模スタンピードが発生しているとも聞きませんよ?
なんでしょうかコレは。
何かの試練でしょうか?
お次は?
大きい吸血コウモリですね。
【詳細解析】のスキルではデミ吸血鬼とか出ています。
こいつは吸血鬼であって吸血鬼ではない、魔族では無く魔物に分類される吸血鬼です。
見分け方?呼び掛けてみれば良いのです。
魔族は魔物に見間違われる事は大変に不名誉だとかで、似た性質を持つ魔物が居る魔族は、声をかけられたら必ず返事をするのです。
なので排除に遠慮は要りません。
狩ってやりますが、このまま強い魔物がずらっと待ち構えていたら泣けますね。
地面を揺るがす轟音。
はあ~~。下位竜まで出て来て、なにがなにやら。
結論として、一通りの強い魔物が懸念通り、全て出てきました。
町は目の前で、このままだと時間ギリギリ。
最悪ですよ。私は商人なんですからね?戦闘は私の領分ではないのですよ?
なのになんで、こんな意地悪をなさるのでしょうか。
……転移ですか?何故か禁止されているのです。使用できないのです。
こんな足止めを食らっていては、指定の時間に遅れると焦って転移をしようとしたのですよ。
使えないので、こうして徒歩で町へと急いだ結果が魔物ラッシュ。
素材の状態を気にしたのは最初の10体位まで。
残りは雑です。商人の矜持として、遅刻するわけにはいかないので。
と言うことで、門番のいない町の門をくぐります。
くぐった先の光景。
まるで遺跡ですね。
見たまま、とっくに滅びた町です。
原因はなにか、ですか?きっかけが私です。
駆け出しの行商人だった頃に、産んだ子供達への心配もあったし……と近場で行商をしていたら、やり過ぎましてね?
取引のお礼として当時ではオーバーテクノロジーな概念提供とか、過剰すぎるサービスで発展させてしまいまして。
結果、取引していた各地が傲慢に育ちまして、その勢いで国にまでふんぞり返って……と、国に粛清されてそのままです。
その経験を胸に、のぼせないギリギリの良サービスは何か?と研究を沢山しました。
町を囲む壁はボロボロ。あちこちに穴が空いているし、崩れているしで、壁としての機能をほとんどなくしています。
町並みも同じ。まともに形が残っている建物などほぼ見当たらず、完全に生活の匂いはありませんよ。
どこもかしこもツタをはじめとした草が生い茂り、ここに人が生きていた事もあった……位しか感じ取れません。
太陽の位置からして、見て回る時間がなんとか残っているようですので、それから最終目的地へ行きましょうか。
町は元々周囲の環境に恵まれて、町と言う規模の割には中々に豊かな生活が送れる素晴らしい場所でした。
その象徴として、今立っている大通りにはあらゆる露店や屋台が建ち並び、多くの人々が笑顔でこの道を歩いていました。
夫と私もその内のふたりで、初めての外出デートで浮かれた私達も笑顔。お互いの手を恋人繋ぎにして、ただただ笑顔でしたね。
通りに面した店もそうでした。
露店や屋台に負けじと、入り口から声を張って客を呼び込もうとする人。
呼び込みに釣られて店を覗き、出てくる頃には一喜一憂するお客さん達。
夫と少し冒険して装飾品店へ入り、まだスキルとしてあまり成長していない【鑑定】も使わず、安いものを何かひとつ買ってみよう!なんて挑戦もしました。
結果は惨敗。身に付けたらキス魔になる呪いが付いた、アレなイヤーカフスを掴まされましたね。
忘れませんよ“悪魔の囁き”という店名を!
……そもそも【絶対記憶】で、忘れられないのですが。
そして町の中央には、見栄を張ったような大きい噴水広場。
今はその見る影もなく、水も止まって崩れ落ちた噴水装置。
ここでは毎日毎日、誰かが誰かと待ち合わせたり、日銭を稼ごうと様々な芸を魅せる大道芸人達がいました。
そして広場を囲むように植えられた、植え込みや季節の花々が見る者の目を楽しませ、香りで包んで穏やかな空気を作り、沢山の住人に親しまれていたものです。
……広場の側にオープンテラス席があった“開いた鳥籠”とか言う喫茶店で、掴まされたイヤーカフスの愚痴やら夫から着けて欲しいと言われるやらで、ちょっと口論じみたことになりましたね。
【無限収納】に、それはまだ入っています。
広場からもう少し進むと、町にある方が珍しい、立派な劇場が。
ここは既に崩れ去って、地下室への階段位しか名残がありません。
当時デートで寄ろうか?なんて言っていましたが、行ってみたらあいにくのお休みで、むくれた私を見て夫が「その可愛くふくれた顔は、良い見せ物になるぞ!」なんてデリカシーの無い戯れ言を吐き、余計むくれました。
それに対して頭撫でと恋人繋ぎの握る力の追加とかされて、即機嫌を直してしまった私はチョロインでしょうか?
……いや。あの時私に向けた、こちらを慈しむ夫の顔に免じて、許してあげたのでしたね。
劇場近くの路地に入り、路地の割には明るくて危険な香りのしなかった道を行きます。
するとそこには隠れた名店のパン屋。
名前は“黄金の湖”で、ストレートに麦畑を連想しました。
海でない所が、奥ゆかしくて素敵でした。
劇場前でむくれた私の機嫌とりに、近くを歩いていた親切なヒトが教えてくれたお店です。
……お店の形が残っていますね、覗いてみましょうか?
お邪魔しまーす。
中はボロボロですね。火事場泥棒等にやられたようです。
カウンターや商品棚にはなにも無し。あってもかさ張るからと、売っても儲からない大きくて重い物が転がっている程度。
お店の奥は?
パンの工房ですね。ここもロクに残っていません。
さらに奥。
小麦粉等を置いておく倉庫。ここには骨になった亡骸がひとり分、壁に寄りかかっていました。
パン生地の伸し棒とナイフが、亡骸の周りに転がっています。
お店のヒトか、押し入りか……どちらの亡骸でしょうか?
【詳細解析】だと、お店の店主さんですね。
ならばここが墓標。ここに亡骸を安置することこそが埋葬でしょう。
亡骸にひとつ祈りを捧げてお店を出ました。
次に見えたのが、外出デートのお泊まり先“トネリコの木陰”ここで1泊したのです。
ふたりでポツポツしゃべりながら頂く宿のご飯は、どんな味でもとても美味しく感じられました。
今は……皮肉ですね。店を貫いて、とても大きい木がそびえています。
そうそう。当時はまだ婚約者と言う関係でしたし、健全なお付き合いでしたから、ナニもありませんでしたよ。
ツインの部屋にてベッドで横になり、お互いを意識しあって、時々視線を絡ませて、それに気付いて顔を真っ赤にして慌ててくるりと寝返りを打つ。
初々しかったですよ~。この記憶を引っ張り出す度に、顔が真っ赤になりますもん。
それで朝に大通りへ戻って、妙に相手を意識して微妙な隙間を作りながら軽く散歩して、チェックアウトした思い出。
…………ええ、ええ、そうですよ!私が“○○の木陰”とつく宿が好きなのは、ここからですよ!この思い出に浸りたいからですよ!
知らない場所で泊まるときは、まず似た名前がないか探しているんですよ!
……こほん。その後もデートの思い出に浸りながら歩きます。
故郷の里から飛び出して、ここで生活していたエルフの家、そして町のお土産を探し回った店。
探して歩き回って、休憩にと立ち寄った“開いた鳥籠”とは別の喫茶店。
そこでナンパされて、守ってくれた夫を見直して。
冷やかした花屋、ブティックに革の細工物屋。
最後に、私が成人したら行商人になるから、と店主と沢山相談して旅の道具を揃えた雑貨屋。
パン屋以外、何もかもがまともに残っていませんでした。
今回の目的地。最後の最後たる思い出。この町最大の思い出ポイント。
場所は路地の奥も奥。
女性ひとりどころか、男性ですら向かうことを躊躇う危険地帯だった所。
一ヶ所だけポツリと空いた空間。
薄暗い場所で、唯一日が射す特別な地点。
ここに夫は、私を強引に連れてきて、思い切り強く抱き締めてきたのです。
君と一緒に居たい。本当は里の外にも出さず暮らしたい、って。
私の返事?この行商人たるエルフが、言う必要なんて有りますか?
そんな思い出のあるこの場所に、クマの獣人である男性が居ました。
とても高い身長に反して小さめの丸い耳が、なんとも可愛らしい印象を周囲に与えます。
丁度よく地面から突き出た岩が椅子になっていて、それに座って射し込んだ光を浴びていました。
立ち尽くす私に気付き、頭をこちらに巡らせる。
お互いの視線がバッチリ絡み合い、瞬時に目を見開く男性。
なにか驚くような事があったのでしょうか?
……まあ、私を見てリアクションがあったと言うことは、警戒して損は無いでしょう。
という訳で【詳細解析】をしてみましたが、名前はアナンタボガ。ジャ○島の神話で確認されているとか言うの。それがこちらで名前として付けられるなんて、不思議なこともあるものですね。
そしてこの男性は成人直後で、称号に【異界からの転生者】が有りますね。前世で何か因果でも?
しばらくそのまま様子見していたら、岩から立ち上がった男性から、手招きされました。
見知らぬ男性です。手招きには応じますが、あくまでも伸ばした手が届かない程度までしか寄りません。
それに気付いた男性は無理を言わず、昔見たような慈しむ顔で笑いかけてきます。
「もう少し……近くにおいで、フィーネア。いや、来て欲しいんだ、フィン」
今度は私が驚く番でした。
既に誰からも言われなくなった名前。
しかも、この世を去った夫にしか許さなかった、私の愛称まで。
…………何かの策略でしょうか?今までに無い、新手の囲い込み策?
でも悪意はなにも感じない。
ハニトラをされそうになった時にも悪意はあった。
私の名前を呼ぶものは、見下すように呼ぶ馬鹿者が多く、そいつらに対抗していたらいつの間にか定着したジンクス。
私の名前を呼ぶと、終わりが訪れる。
これをきっかけに畏れ多いだの、名前を呼んではいけないだのと。
そう言われ続け、忘れ去られて久しい私の名前。
それを呼ぶものなんて、どんな考えを持っているのか、分かったものじゃない。
「警戒しないで。フィンも神様にここへ来るよう、呼ばれたんだよね?」
……神。
そう、私が受けたメッセージは、恐らく神様から。
あの時に双子の可愛い神様をチラチラ見せていたのは、私の気を引いてメッセージを仕込んだ相手まで隠すため。
でも、なんでそんな事をしたのかが、分からない。
「そうだ。フィンは今日が誕生日だったよね?おめでとう。また遇えるとは思わなかったから、プレゼントは用意していなかったんだ。ごめんね」
っ!!!
驚愕。
誕生日まで知っている者など、生きていないはずだったのだ。
どこの記録にも残していない。
でもそれを知っている!
そこまで思い至ると、このヒトが誰だか、ようやくだけど解ってきた。
「あの時はここでフィンを引き留めようとしたけど、今度はついていける体を、神様から貰ったよ」
…………やっぱりだ!!?
夫だ!もう2度と、見ることが叶わないと諦めた夫だ!
この世界において、記憶持ちで転生する者は極僅か。
もう逢えないと、これはよく有る出会いと別れのひとつだと、そう無理に割り切って前に進んだ。
それでも【絶対記憶】で忘れられない、もし持っていなかったとしても、忘れたくない唯一無二の夫だ!
思わず私の足が動いた。
それを察した夫は、両手を広げる。
「ただいま、フィン」
「お帰りなさい、アナタっ!!」
~再会した夫婦
「ところで、アナタの今世の名前だけど」
「……アナンタボガ」
「強烈な名前よね」
「あはは、愛称はアナタで良いと思うんだ」
「そうするわ、ア・ナ・タ」
「oh……耳がゾクゾクして、なんかすっごく嬉しい」
「んふふっ♪」
「ははっ」
「そうだ、なんでアナタまでここに呼ばれたの?」
「この世界に転生する時にね、成人したらこの場所に向かうよう言われたから」
「それだけ?」
「それだけ。だから何かまでは説明がなくてね、この後どうすれば良いのか色々考えてた」
「そこに私が登場したと」
「そう」
「じゃあアナタは、町の近くで強い魔物には襲われた?」
「全く無いな。平和な旅だったよ」
「……そう」
(あの神め、わざと少し遅らせる演出の為に、魔物を私にけしかけたな?)
「…………えーと、それでね。ひとつ謝ることがあるんだ」
「???」
「フィンに言い張った、君以外と結婚しない宣言。破っちゃったんだ」
「いや、貫いたでしょアナタは」
「それは前々世。一度世界を渡っているんだよ」
「へぇ?」
「地球と言う所に一度転生して、結婚しちゃったんだよ」
「……地球?」
「そう。その相手は、尾張里美さんって━━」
「ストップ」
「?」
「アナタの前世は、大橋良雄さん?」
「は!?なんで知ってるの!?」
「その女の名前は、私の前世と同じ」
「何それ、時間の流れとかどうなってるの!?」
「知らないわよ。それからこっちに私は転生したんだから」
「じゃあ、ずっと同じ相手と結婚してきたってこと?」
「多分ね」
「浮気してなかったってこと?」
「メイビー」
「だったら本気で嬉しいんだけど!」
「はいはい。ちょっと話しを変えるけど、世界を渡った特典は何を貰ったの?」
「【絶対記憶】を貰った。フィンを忘れたくなかったから」
「……(顔真っ赤)」
「向こうからこっちに戻ってくる時は、【絶対記憶】の維持と、丈夫な体を」
「そう」
「だから、浮気した事になると思って向こうでは、いつも罪悪感が」
「……そう言えばそうだったわ。アナタはいつも口をへの字にして、眉根を寄せて」
「……うん」
「これからも、私と一緒に居たい?」
「もちろん」
「だったらお勉強タイムに、突入しましょうか」
「へ?」
「アナタも【世界の語り部】の称号をとって、古代種になるのよ!」
「古代種……【鑑定】で見たフィンの種族だね。そうなると、どうなるの?」
「この世界で未だに自然死が確認されていない超長命種」
「フィンじゃなくてもなれるの?」
「なれるわよ?」
「なってみようかな……」
「だったら、勉強を始めるわよ!」
『おーーーっ!!』
「……とその前に、この町で買ったキス魔のイヤーカフスを、ここでつけて欲しいなー……とか?」
「……っ!(顔真っ赤にして暴力!)」
「止めて!ステータス差で!死ぬっ!!」
「…………っと、訊き忘れていたけど、アナタには今世の婚約者とかは居ないの?」
「決められそうだったけど、旅に出ると言い張って断った」
「私みたいに子供を産んでから~とか無かったのね」
「振りきったから」
「この後は何をするつもりだったの?」
「フィンが生きていれば意地でも合流してやろうとか考えていたよ」
「死んでいたら?」
「フィンの足跡を追って、行商人にでもなろうかなって。フィンが続けていた仕事の、どこが面白いのか……感じてみたかった」
「……そう」
「言っただろ?その為の体でもあるんだ。進化しているフィンの身体能力についていけるか不安だったけど、この体なら!って」
「なら、今後は行商夫婦ね」
「古代種になれれば、ずっと一緒か」
「愛してるわ、アナタ」
「ありがとう。こっちだって愛は負けないぞ?」