ベスパとの出会い
私はエルフでしたが精霊との契約はできませんでした。何度か試みましたが精霊と出会うことは出来ず、5回目の契約が失敗に終わった時、エルフの国から追放されてしまいました。幸い戦う事は得意でしたので冒険者として暮らしていましたが、どうしても血の匂いに慣れることが出来なかったことと、チームと言う枠組みに慣れることが出来ずにいました。でも生きるために仕事は必要ですので、時々臨時にチームに参加していました。
ある日冒険者ギルドよりダンジョンに潜るチームがあるが、前衛が1人欲しいと言っているので臨時でお願いできないかと言われ入りました。その時たまたまダンジョンにいた高ランクの魔物を幸運が重なって倒すことができ、報奨金と素材代で1人白金貨5枚を手に入れることが出来たのです。
私は冒険者に飽きていていましたが世界を渡り歩くことは割と好きでした。知らない場所、知らない食事、知らない物など興味をそそられていましたので、冒険者を辞め、行商人として活動することにしました。この大陸のほとんどの場所に行きました。そして他国では珍しい物けど、その国では簡単に手に入る物を見つけ出し行商を続けました。それなりに儲けはありました。
エヴァ様がイブの街に到着した頃私もこの街に流れ着いたのですが、他国の知識を活かして活動していたことで、正確な情報収集能力を買われて商業ギルドで働くこととなったのです。それから数年後、前ギルド長のオースティン様がその地位をエヴァ様に渡したとき、私も副ギルド長となり、エヴァ様の補佐をすることになったのです。この頃はエルフ国から魔力ポーションの値上げを言われており、オースティン様はそれに激しく抵抗していました。しかしエルフ国王からそれならば品物を提供しないと言われてしまい、その責任を取る形で商業ギルド長という地位をエヴァ様に譲ることになったのです。国からもエルフであるエヴァ様をギルド長に据えれば優先的に魔力ポーションを卸して貰えるという思惑もあったようですが、あいにくとエヴァ様と私は追放された身でしたので、そのようなことはなかったのですけどね。
そうして数年が経ったとき、現れたのがあの人でした。その日も行商人がギルドを訪れ、それぞれが自分が向かう国の現状を知るための重要な情報交換をロビーで行っており、がやがやしていましたがそれは日常的な事でした。私はそれを暫く眺めて自分の執務室へと向かい階段を上がって行きました。そして夕刻が近い頃、執務室の扉がノックされたのです。ドアを開けると受付係の男性が立っていて、オースティン様がエヴァ様に話があると言っていると要件を告げました。私は自分の執務室の隣にあるギルド長室のエヴァ様にオースティン様が来ているので案内することになることを告げました。その時部屋はかなり散らかっていたので、片付けの魔法でそれらを全て整頓しました。この魔法結構魔力使うので片付けくらい自分で出来るようになって欲しいところです。そしてその後呼びに来た受付の男性と一緒に1階の受付へ降りていきました。そこにはオースティン様とその横に黒髪の成人したてとった雰囲気をした男の子が立っていました。私に気づいたオースティン様は
「ベスパさん。ちょっと話があるのです。エヴァさんと4人で。会議室お借りできませんか?」
とやや焦ったような口調で言われたのです。あの冷静沈着な元ギルド長にしては珍しいことです。私は
「かまいませんよ。オースティンさんが来るくらいですからよっぽどでしょう。ギルド長室にエヴァが待機してますよ・・・・。ところでこちらの方は?」
と私は男の子の顔を見ました。ハンサムという感じではなく、普通な感じがしました。商人ではなく、職人という感じもなく、本当に普通の男の子という印象でした。ですからその子がオースティン様と連れ立ってくるというのはなんとも奇妙に感じました。オースティン様は
「これからお話することの元凶と言いますか・・・・」
と言われました。元凶?私は意味が分かりませんでしたが、オースティン様が慌てるくらいのことなのでしょう。それにこの男の子が関わっているのでしょうか?しかもこの受付では言えない事なのでしょう。奇妙な感じを受けましたが取りあえずエヴァ様の所に案内することにしましょう。
「・・・そうですか・・・では私の後についてきてください」
と言い、階段を上り始めました。その後ろにオースティン様と男の子はついてきていました。オースティン様は男の子に
「あの大勢の目がある中で、ギルド長に会いたいと希望し許可されるという状況は基本的にはないことなんです。それでハジメさんが名乗ってしまうと周囲の商人にハジメさんの名前が知れ渡りリスクが高まることが想像されるんです」
と男の子に言った。彼の名前はハジメさんと言うことをその時知りました。オースティン様がそう言うということはよほどの事かもしれません。
私たちは2階へと進み、一番奥の部屋に案内しました。扉を開けるとそこにエヴァ様が座っていましたが、立ち上がり椅子をオースティン様とハジメさんに勧めました。私はエヴァ様の横に立ちます。何かあっとき対応できるようにこの位置が私にとっては動きやすいのです。
「私がギルド長のエヴァと申します」
とハジメさんに向かいエヴァ様が挨拶をしまして、オースティンに向かい、
「何か話があるとか、あなたの事ですからよっぽどのことなのでしょう?何があったのですか?」
問いました。オースティン様はギルド長を退いた後、商業ギルドには来ることはありませんでした。元ギルド長がギルドに来るということは職員にとっては苦痛であると思った為だと私は思いました。そんなオースティン様がギルドに来るというのは
「こちらのハジメさんが魔力ポーションを作りました。恐らく彼の事ですから定期的な供給が可能だと思われます」
と言いエヴァ様の顔を見つめました。大きな事を言わず、地道に行動するオースティン様の興奮した声が部屋に響きました。私の耳には魔力ポーションを作ったと聞こえたのですが何かの間違いではないでしょうか?とエヴァ様の顔を見ると驚愕の表情を浮かべ
「本当なのですか?魔力ポーションは私たちエルフの秘薬的な扱いでその製造方法を知るのは人間では極々一部のみと聞いているのですが。製造方法を知っていても薬草自体が人間が住む土地には少なんですが・・・」
と疑うような口調で言いました。そうなのです。魔力ポーションは王宮付きの調剤師にならないと習得できないのです。街には引退した者が生涯口外しなように言われるのです。そして口外しようとしても言葉にし体が硬直してしまう呪いのようなものを掛けられるのです。そのような状況ですので外部に漏れることはエルフ国が誕生してから漏れることはなかったのです。
オースティン様がハジメさんに視線を移すと彼は魔力ポーションの入った調剤瓶を出した。エヴァ様はその調剤瓶を手に取り観察している。
「・・・・舐めてもいいですか?」
とエヴァ様が言うので
「私が舐めます。貴方はギルド長なのですよ」
と瓶を取り上げる。ハジメさんが頷くのを確認して戸棚から出した小皿に魔力ポーションと言うものを注ぎました。それを口に入れると確かに片付けの魔法でかなり減っていた魔力放出の疲れが一気に取れたのです。これは間違いなく魔力ポーションでしょう。でもどうやってこれを?という疑問が湧きました。そのためギルド長へ投げることにしたのです。私はエヴァ様にその皿を渡しました。彼女はそれを一口飲み、
「こ、これは本当に魔力ポーションですね。品質も申し分ないです。魔素草はどうやって確保したんでしょうか?」
と言い、ハジメさんをまじまじと見つめていました。ハジメさんは
「魔素草はこの街の近くに森の中にある池の畔の社の周りに生えていましたよ。8株残していますのでそのうちまた増えるのではないかと」
「ナハル様の祠の周囲ですか。ベスパ、調査の人材を冒険者ギルドに依頼して確認をしてもらうようにして。絶対採取しないように厳命して。信頼できる冒険者がいいわ。出来れば指名依頼がいいかしら。≪暁の騎士≫が居ればいいのだけれど・・・」
とエヴァ様がそう言うので私はすぐに冒険者ギルドに向かったのでした。暁の騎士が居なければ私が直接出向いても
いいとさえ思っていました。この街で魔力ポーションが作れるかもしれないという期待でウキウキしていたのは仕方がないことなのです。えぇ、仕方ないことなのです。
冒険者ギルドに着き受付へ向かおうとするとちょうど食堂から出てきた2人の女性に気づきました。私は
「あぁ、リアンさん。セリーヌさん、丁度良かったです。カリムさんとメルさんも御一緒ですか?」
と声をかけ2人近づきながら聞きました。
「あれ?ベスパさん珍しいですね冒険者ギルドへ来るなんて。2人は今支払いしているのですぐきますよ」
と回復魔法使いのセリーヌさんが朗らかに微笑む。盗賊のリアンさんも右手を挙げて振ってくれました。私はお辞儀で答えておきました。
「あれ?ベスパさんじゃん。どしたの?」
と戦士のカリムさんと魔術師のメルさんも現れました。本当に丁度いいタイミングでした。
「丁度良かった。商業ギルドからの指名依頼を暁の騎士のみなさんに受けて頂きたいのです」
暁の騎士の皆さんはランクはまだ低いものの丁寧な仕事をこなすことで名を知られているのです。特に研究者から多くの指名依頼をされるということでも仕事の丁寧さが伺えるのです。冒険者ギルドを通して彼らに依頼することに成功したのです。
その次の日には確かに言われた姿の薬草があったという報告を受けることが出来ました。その日のうちに冒険者ギルドと町長のウォールと相談し、ナハル様の社の周囲を柵で囲み、柵内の植物採取不可の看板を立てることになったのです。勿論参拝者は通れるようになっていますよ。
それがハジメさんが起こす多くのトラブルの始まりだったのを魔力ポーションが作れるという幸せな感情に支配されたこの時の私はまだ知らなかったのです。