お詫びの品を貰うようです
「ユドルさんっ」
ハジメは急いで近づき、両肩を叩きながら声を掛けるが反応はない。右の橈骨動脈を触診するが脈は触れない。
「死んでる・・・?」
ハジメが蚊の鳴くような声で呟くと、シャプシェが
「ハジメ君彼は精霊だから脈はないんだよ。それに姿が消えていないってことはその存在はまだ大丈夫ってことだよ」
とハジメの右肩に手を置き優しく語りかける。彼の手から伝わってくる暖かさでハジメは落ち着くことが出来た。
「・・・ハジメ。良く聞いてくれ。このユドルが抱きかかえている玉は『精霊卵』と言うんじゃ」
工芸神ハシスが説明を始める。ハジメが頷くと
「うむ。普通精霊はこの世に漂う光から生まれるんじゃが、精霊王だけは『精霊卵』から生まれるんじゃ。この精霊卵はこの世界に住む全生物の世に放たれる感情を糧にして生まれるんじゃ。そうすることで世の中の酸いも甘いも理解した上で誕生することができ、世界樹の行う世界の管理を手助けすることが出来るようになる。しかし、次代を宿すはずだった精霊卵を手に入れ、欲望だけを捧げてしまった連中が居てな。今回取り戻すことに成功したのじゃが、善悪のバランスが壊れてしまい闇に飲まれようとしておるのじゃ。完全に闇に落ちないように今阻止しているのが現代の精霊王のユドルなのじゃが、足止めがやっとでの。このままじゃと精霊王は生まれず、世界が壊れてしまう。そこで卵から力を抜き、世界樹の一部を使った人型に移し替えることにしたのじゃ。しかし我ら神は闇に触れることは出来ぬ。ハジメにしか頼めぬことのなのじゃ」
「オーダは大丈夫?」
彼の説明を受けハジメは世界樹を見る。
「父上ならそうすると思ったからいいよ。ちょっとまっててね」
と言いオーダが世界樹へと戻って行いった。そして10秒ほどして世界樹の前に50cm×50cm×1mほどの木材が出てきた。ハジメはそれを手に取ると世界樹に優しく触れ
「ありがとう。オーダ」
と礼を言うとノミと木槌で人型を掘り出し始める。1時間ほどでおおよその形が出来上がると仕上げに錬金術で関節の稼働を考えながら作り上げて行った。合計2時間ほどで10歳くらいの少女の人形が完成した。ハジメはハシスの指示通り闇色の玉をユドルから離し人形へと近づける。
「アシュタロテ、頼むぞ」
「えぇ。任せて頂戴。これでも出産を司ってるからね。精霊の子よその器を捨てて新しい器に宿りなさい」
ハジメの背中に手を当ててくる。その瞬間、ハジメの体を何かしら神々しい力が背中から卵へと駆け抜けていき、黒に染まった卵がパリンと割れ中からどす黒いもやが出てくる。
「・・・少し遅かったか・・・。魂さえも闇に侵されておる・・・」
ハシスが落胆を込めて呟く。
「霊薬合成」
ハジメは黒い魂を救いたい、まだ諦めたくないという思いから錬金術スキルの最高峰の魔法を唱える。黒い魂の真上から虹色のエリクサーが優しい霧雨のように降り注ぎ、それを浴びた魂の部分ら黒い霧のようなものが徐々に抜けていく。
「・・・魂を救っている?・・・・」
アシュタロテが驚いたように呟く。最後に残ったのは真っ白な親指の爪くらいの玉だけになった。
「・・・しかし、もはやその大きさでは生まれることは出来ないだろう・・・」
ハシスが希望の光を目に帯びたアシュタロテを見て寂しそうに首を振った。
「終わりの始まり、審判、太陽、世界!」」
ハジメの右手にカードが生まれ、小さい魂に吸い込まれていく。最初のカードで小さな魂の輝きが一気に強くなり、2枚目のカードでハジメの作った人形にその魂は消えて行った。そして最後のカードで人形はゆっくりと目を開け、柔らかく微笑むと体が目を開けられないほどの光を放った。ハジメは思わず目を閉じ、再び目を開けるとそこには淡い光を放つ卵が1つ落ちていた。
「ハジメさん、本当にありがとうございました。次代の精霊王は救われました」
アーシラトはいつの間にか跪いており、ハジメに礼を告げる。ハジメは慌てて、救いを求めるように周囲を見渡すとそこにいた神々はほぼ全員が膝を付いていた。唯一立っていたスクナヒコに全身全霊を掛けて救いを求める視線を送る。それに気づいたスクナヒコは声を出さず、「貸し1つね」と口を動かす。
「はい。皆さんそこまででーす。ハジメ君が困ってまーす。本当なら今回ハジメ君に助けを求めたことは契約違反でアマテラス様に報告しないといけませんが、このことは緊急性の高いものでしたし、彼の助けたいという思いでしたので、黙っていようと思いますが、これ以上ハジメ君を困らせたら報告しまーす」
彼は敢えて場違いな声でそう伝える。跪いていた神々はそれを聞き立ち上がった。
「さて、ハジメ。本当に助かった。これはホンの礼じゃ」
ハシスがハジメの肩をバシバシ叩いた後、背中に背負っていた大きなハンマーを大きく振りかぶって大地を叩いた。力いっぱい振り抜いたが大きな振動は起こらなかった。代わりに
『この地は技術の祝福を得ました』
と久々のアナウンスが流れた。それを見た豊穣多産の神アシュタロテも
「これからも貴方とと共にここで暮らす人々が幸せでありますように」
と両手を組んで祈る。
『この地は大地の祝福を得ました』
2度のアナウンスが流れ、世界樹の前にあった精霊の湖の岸辺に槌を振るう工芸神コシャル・ハシスの像が、花畑の中央に祈る姿の豊穣多産の女神アシュタロテの像が新たに出来上がったのである。
「じゃぁの。わしらは帰ることにするんでの」
そう言ってハシスは右肩にユドルを担いで笑って姿が消えた。
「では私も。今回のこと本当に感謝します。また子供たちを見守らせていただきますわね。あ、それとこれを」
アシュタロテは微笑むと1本の枝をハジメに手渡す。
「これは神器:腐らずの枝と言います。これを食べモノの周囲においておけばその腐敗を止めることが出来ますので、食糧庫などにおいておくといいでしょう。精霊王は私どもがちゃんとお世話しておきますので」
そう言って、彼女も新たに生まれた卵を持って消えて行った。そして水の神ナハルも
「また遊びにくるねー」
と手を振りながら消えて行った。
「ではハジメ君の家に帰りましょー」
3人を見送った後スクナヒコがそう言ってハジメの家に向かって歩き始めた。ハジメは彼に感謝しつつその後を追う。
帰宅後食堂に戻った一行はハジメにしっかりとおもてなしをされていた。スクラドはたっつんとゼニーに張り合った結果既にお腹をさすりながら机に突っ伏しており、ワーデンはそんな彼を介抱している。
アーシラトとシャプシェ、ハジメはお茶を飲みながらまったりと過ごしていた。
「さて、ハジメさん。陽さんたちのこと、本当に申し訳ありませんでした」
彼女はそう言うと頭を下げる。それに習ってシャプシェも同じようにする。
「いえいえ。頭を上げてください。お二人のせいではないのですから」
ハジメは慌てて頭を上げるように告げようとすると、スクナヒコが
「アーシラト様。そこまでで。それよりも今の世界の事とお詫びの品の事を」
「そうでしたわ。危なくお姉さまに報告されるところでした」
と言いほほ笑む。幼女神の頭を撫でそうにさせる微笑みは流石女神と言ったところだろう。
「ハジメ君。今世界は国ごとに1つの島になってるんだよ。船で渡れるよになるだろうけど、ナハルが海流を少し弄って複雑にしていてね、今すぐどうこうは出来ないんだ」
太陽神シャプシェが説明を始める。
「・・・なるほど。だから少し時間がかかるってスクナヒコ様が言ってたのか」
ハジメは納得する。
「あぁ、ハジメ君。それは違うんだ。ハジメ君の所有する『ウガリット』はナハル様の像があるから海流に邪魔されることはないんだけど、海底まではその力が及ばないんだよ。だから不意に浅瀬があれば即座に座礁してしまうんだよ。だから航路を確認しながらここへ向かっているから遅くなってるんだ。それにこの島へは海流が邪魔をして高確率でたどり着くことは出来ないよ」
ハジメの間違いをスクナヒコが訂正する。
「うん。そういう訳だから安心してね。でもハジメ君の船は『水の祝福』があるから凪いだ海と同じように航海できるから安心してね。そしてその件のお詫びとしてこれをお持ちしました」
シャプシェから手渡されたのは苗だった。
「これは、スパイスの苗だよ。右端から黒胡椒の苗、レッドペパー、クミン、コリアンダー、シナモン、カルダモン、ターメリック、グローブ、ナツメグだよ」
ハジメはそれらを眺めながら
「もしかして、カレー作れる???」
とやや興奮気味に呟く。
「はい。お姉さまからハジメさんはこれらの方が喜ぶだろうとご提案されまして。ナツメグとグローブだけはこの世界になかったのですが、お姉さまから頂きました。そこまで喜んでいただけるとは私どもとしてもうれしい限りです。ではそろそろ私たちはお暇させていただきます。今日のお食事はとても美味しくいただきました。もう一度感謝を」
アーシラトは微笑みながら言う。そして一行は玄関から外へ出ると姿を消した。最後にスクナヒコは
「今度カレー食べさせてね」
と言いながら消えて行った。その直後紅に乗った10歳くらいの姿になったオーダがハジメの家に帰ってきた。ハジメはオーダを抱きしめながら再会を喜んだのだった。




