猫と出会うみたいです
本日よりいつも通りの更新に戻ります。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
照り行く日差しを受けて馬車は動いてた。
「旦那様。これ・・・たっつんさんは大丈夫ですかね?」
御者のアインツが戸惑ったように言う。ハジメは幌から顔を出して「大丈夫ですよ」と笑って言った。風の妖精であるたっつんはアインツの髪の毛に尻尾を絡ませて左右をきょろきょろ見渡している。やはり風属性の存在は好奇心が強いのだろう。因みに領地にいるときはハジメの家の屋根の一番高いところに釘を打ち、そこに尻尾を巻きつけて風見鶏よろしくしている。
「旦那様。お茶をどうぞ」
と水精霊の藍がカップに紅茶を入れて勧めてくれる。ハジメはそれを受け取りゆっくりと飲み始めた。
「それにしても、出兵についてはわかりませんでしたね。風の精霊が居れば情報は集まったでしょうに」
と藍は静かに言う。実はあの後、3人の精霊に頼んで情報収集を依頼したが、特に何も分からなかった。陽は太陽の下でないと情報収集能力が著しく落ちるし、藍も自然の中にある水辺以外では難しく、航は大地から離れていればその精度が落ちてしまう。つまり、夜間に建物の2階以上で悪代官と越後屋をしていたら、正確には分からないのだ。そしてなにより、武器や食料を集めているなどの情報もなかったのだ。
そうこうしているうちにハジメは前回大森林で採取したエピ草から澄んだ赤い色のオフェンスポーションを、デフ草からは黄色の液体のディフェンスポーションを作ることが出来たのだ。効果は、ノーマルは10%、(改)は15%、(真)は25%力と耐久を1時間向上させる。因みにこれは販売するつもりはない。これが出回ったらポーションを多く所持出来た側が勝利する可能性がかなり高くなるのだ。国同士の戦いを助長させるつもりはない。
つまり、何が言いたいかというと、ハジメはやることが無くなってしまったのだ。だから神々の管理神ワーデンの依頼の塔の攻略を勧めることにした。今回目指しているのは北の塔である。その為に藍がお供についているのだ。
ハジメは東の塔の時と同じようにアリスの街へ来ていた。翌朝アインツはたっつんを髪の毛に留まらせて領地へと帰って行った。たっつんは風の妖精であり、陽が到着するまで十分に御者を守ることが出来る。ハジメたちは馬車を見送ったあと、森の周囲に沿って北上することにしている。アリスの街から30分程して、パトリシアを”コール”する。魔法馬は2人を乗せて森の外周にそって走って行く。そこから1時間ほど移動するとパトリシアが急に小さくなった。ハジメが驚いていると藍は空中に浮き、目から生気が消えていた。ハジメは藍の手を引っ張ろうとしが彼女はするりと避けて進み始めた。管理神ワーデンが言っていた「精霊を連れていけ」というのはこの事だろう。彼はそれを追いかけた。15分程馬で追いかけた先にあったのは大きな湖で、湖岸から湖の中央へ向かって伸びた階段だった。藍はそれをハジメには目もくれず降りていた。パトリシアを像に戻すとその階段を下りていった。
階段は明るく、灯りが無くても問題なく降りられた。そこはハジメの踝あたりまでつかる水のようだった。ハジメは少し舐めてみるとそれはしょっぱかった。海底はごつごつした岩で海水はとても澄んでいる。上は森の中にある湖の筈だが、ここは海のようだ。こういうダンジョンに理屈を求めるのはナンセンスだと思い、周囲を観察する。ハジメが立っているところから前に進めば砂浜が広がり、その奥にヤシの木のような木々が生い茂り、その向こうからは煙が何本か立ち上っている。どうやら集落がありそうだった。
【ステージ1開始】
最初の塔で聞いたアナウンスが流れると水中にカラフルな魚が現れる。小魚程度の大きさでだったが、目は出目金のように大きく突出して、その口から見え隠れしているのはピラニアのような歯である。
「固定」
ハジメの両足を海底の岩が隆起し固定する。それを確認して
「渦潮」
小さな渦潮が魚たちの真ん中あたりに出現し徐々に激しさを増していく。水中を泳いでいた凶悪そうな魚たちはその渦の強さに負け、渦に飲まれていく。見る間に全て渦に飲まれてしまった。この魔法は対象を渦に巻き込むものであり、肺呼吸の存在は生死に関わるだろうが、エラ呼吸には多少のダメージを与えるだけである。
「濁流」
海が波を作り渦ごと魚を一気に浜辺へと押しやる。魔法を解除すると魚たちがハジメの身長の倍くらいの山を作っていた。
ハジメは取りあえず砂浜に向かって歩き始めようとすると、ヤシの木の陰から5人ほどの人が姿を現した。彼ら彼女らの頭にはハジメの一番最初の奴隷だったコウのように獣の耳と尻尾が生えていて、尾はピーンと立っていた。コウが嬉しい時にする尻尾感情だった。
ハジメがそんなことを思ってくすくすと笑いながら浜辺へ上がると獣人たちは一気に間合いを取った。
「怪しいやつにゃ。大好物ピラニで我ら猫一族を呼び寄せて奴隷にするつもりにゃね」
といいながら左右に尻尾をぶんぶんと振る。これは確か威嚇だったか・・・。てか、このグロくてキモイのが好物なの?
「いや。魚に襲われたから退治しようと思いまして。魔法を使った結果こうなっただけですが・・・」
と答えるが
「我らは騙されないにゃ」
と構えるリーダーらしいオス猫獣人。
「・・・でもお連れの方々は既に・・・」
とハジメが彼の奥に視線を移すとそれに合わせてリーダーは振り向く。そこにはピラニを生で食している獣人4人が居た。既に最初の山の3/1分の高さが無くなっていた。
「・・・・お前ら・・・ずるいにゃ!」
と言うや否や彼もまた貪り食う集団の仲間入りをしていたのだった。そして山の半分が彼ら5人のお腹へ消えた頃、森の奥から両サイドに屈強な獣人を連れた1人の老獣人が現れた。彼女はハジメに目礼をした後、持っていた杖で5人の頭を思いっきり叩いたのだった。
「痛いにゃ!」
と非難を上げたが、その犯人を見ると一気に距離を取り、土下座ポーズを取った。
「様子を見てくると言うたのに、お前らは・・・。すけにゃ、かくにゃ。奴らを反省部屋に連れていくにゃ」
と老獣人が言うと、一緒に来た屈強な2人は5人を1塊にぐるぐる巻きにして1人が連れて行った。残ったのは老女とお供1人だった。
「すみませんにゃ」
と頭を下げる2人。
「いえいえ。でも大丈夫ですか?あの魚、生で食べてましたけど・・・・」
とハジメが言うと、老女の目がきらりと光る。
「ピラニは生で頭から食べるのが一番美味いのですにゃ。ご存知ないにゃ?」
と言われたので、頷く。
「長老。もしやこの方はピラニを食べる習慣がないのでは?」
とお供が言うと
「あの、もし良かったら、このピラニ全部頂いても宜しいですかにゃ?」
とても期待の籠った眼差しと声でハジメに聞いてくるので、「どうぞ」と言うと2人は飛び上がり喜び、お供が運ぶための村人を呼びに向かった。ただ一言、「長老をよろしくお願いしますにゃ」と言って・・・・。
「すみませんにゃ。ピラニは我々にはご馳走なんですにゃ。でも水はどうしてもにゃ・・・」
大好物だけど、水は苦手。まんま猫だった。
「・・・なるほど。私はどう処分しようかと思っていたので、全部貰って頂けるとありがたいです」
とハジメが応えると「ありがたいにゃ」と言って拝まれたのだった。それから暫くして20人ほどの猫獣人が現れハジメにお礼を言いながら魚を運んで行った。
【魚たちの殲滅を確認。ステージ1-1クリア。これよりステージ1-2を開始します】
その声が聞こえたとき、ハジメの後ろで水が盛り上がり現れたのは大きなイカだった。
「・・・・クラーケン?・・・・」
とハジメが呟くと長老が
「だ、大王イカにゃっ、早く浜辺から離れるにゃ」
と村民に大きな声で危険を知らせていた。




