洗礼式をするみたいです
視察から1か月半ほど経ったある日の朝、ハジメが玄関から外に出ると子供たちが馬車に乗って登校しているところであった。
「ねぇねぇ、今日は洗礼の日でしょ?2人は何が欲しい?私は・・・・」
馬車の中からは子供たちの楽しそうな声がしている。ハジメが微笑んでその様子を見ていた。
「あらあら、もうそんな時期なんですね」
と庭を掃除していたアライグマ族のドリーも微笑ましそうに馬車に揺られていく新成人を見送る。
「おはようございます。ハジメ様」
「おはようございます、ドリーさん。いつもありがとうございます。実は私もお呼ばれしてるんですよ」
と微笑みながら互いに挨拶を交わした。洗礼の日、それはこの世界の成人とされる15歳になると行われる儀式で、いわゆるスキルを神から授かると言う儀式のことである。しかし実際のところ、スキルは生まれつき持っているが確定さるのが15歳の洗礼の日なのだ。子供のころのスキルは変化することもあるということは有名だった。子供の育った環境や性格、受けた教育によって変更される確率が15歳までは50-60%ほどあり、15歳を過ぎると数%となり、望むスキル得るために必要な経験は数倍になると言われている。そのため貴族や商人の家系では望むスキルを得るために物心着いた頃から所謂専門的な教育をするというのが常識とされていた。一般的には小さい頃は家業を手伝うことが多いために自然と家業に必要なスキルを得ることができるのである。極稀に全く関係ないスキルを得ることもあるが、それは子供性格的な部分が多いとされている。読書が好きな子に『速読』や『暗記』のスキルが付いたり『ひらめき』『熟考』『集中』などの複数のスキルが合わさった『学者』、『研究者』といったような複合スキルが付いたりすることがある。
「この街で初めての洗礼です。なんだか嬉しい気がしますね。私はまだ子供はいませんが」
と笑いながら話した。その時玄関が開けられメイド長のパトリシアが姿を現した。
「旦那様、そろそろお着替えを。本日の洗礼を楽しみにしている子供たちを待たせてしまいますよ」
と言われ慌てて着替えに戻った。そう、ハジメは来賓として出席するのである。因みに洗礼をしてくれる司祭として医療と温泉の神スクナヒコが執り行うことになっていた。神が神に祈って、洗礼を受けさせるいう知っている人物からすればおかしなことである。まぁ、本人はノリノリだからいいのだろうが。
ハジメは燕尾服に身を包み、襟元には蝶ネクタイをしていた。ちょっとした紳士である。この世界ではこれが冠婚葬祭の際の正式な衣装なのだから仕方ない。
ハジメと陽、舞、藍、航は御者の馬族ハインツの高級そうな馬車にのり、幽世の教会へ向かった。神様だけでなく、上級精霊もいて貰った方が新成人にとって素敵な門出になるだろうと思ったからである。まぁハジメと精霊たち、スクナヒコ以外は知らないのだが。陽と藍はいつも恰好であった。舞と航は上級冒険者のような恰好してもらっている。まったくもって歩いていける距離なのだが、来賓という扱いのために馬車で行くことをハジメの常識の先生であるパトリシアとウィリアムに強く言われたのだった。それなりの地位って本当に面倒だと思ったのは2人には内緒である。
ハジメたちが到着すると教会に案内されるハジメたちは一番後ろに座す。既に冒険者ギルド長のセバスチャンと商業ギルド長のエヴァは座っていた。彼らはハジメの領地での初めての洗礼であるため参加してくれていたのである。一通り参加への感謝を告げ暫くすると洗礼が始まるとの知らせが入った。ハジメたちの前には今日の主役の新成人3人が座っている。そこへ白を基調とし、裾と袖口、ストラはスカイブルー色の司祭服に身を包んでいるスクナヒコが登壇する。なかなか様になっている。
「ただいまより主神アーシラト様の御前にて洗礼を執り行います。洗礼で得たスキルはあくまで目安。あなた方が望む道を歩むことを神々は望んでおられます。自分の力を信じて前に進まれますように。この式に参加している方々は3人の研鑽を手伝うことになるでしょう。悩み、苦しんだときは手を差し伸べてくださいます。あなた方は1人ではないのです。そのことを忘れませんように。では、洗礼を始めます。アーロン、ヴィオラ、ティナ前に」
普段のおちゃらけた口調ではなく厳かなそれでいて優しい口調で話す。男女がスクナヒコの前に進み出て左の膝をつき、両手を右膝に載せ、頭を垂れる。
「主神アーシラト様、かの者アーロン、ヴィオラ、ティナに祝福を」
スクナヒコが立ったまま両手を空に向かって広げる。その瞬間頭上から一筋の光がスポットライトのように3人を照らす予定だった。しかしスクナヒコの後ろの幽世の神々の像が鈍く点滅したのだ。ハジメはスクナヒコと目を合わせたが、彼にとっても予想外だったというような視線をハジメに送ってくる。参加していた教職員も驚き、神像を眺めている。その時力強い声が響く
『我は工芸神コシャル・ハシス。アーロン。そなたの人々の生活を向上させようと様々なアイデアを考える姿勢はとても興味深い。我にその努力を見せて貰いたい。工芸家のスキルを授けよう。そしてヴィオラとティナ。2人にはもう一つの教会に向かって貰いたい。そこで洗礼を授けたいとのことである』
そう言葉を残すと神像は光を放たなくなった。ハジメの脳裏に工芸神の声が届く。
『ハジメ、残りの2人には常世の神が洗礼したいようなんじゃ。スクラド様がの幽世の教会は孤児院があるのに、常世の教会は誰も来ないから、2人欲しいと駄々をこねてのぉ。すまんが向かってくれぬか』
『わかりました。スクラド様がそう言ってる姿が鮮明に浮かびました。お疲れ様でした』
と工芸神を労わっておいた。ハジメたちは困惑している新成人3人と教職員を連れて街の入り口にある、常世の教会へと向かった。神が降臨して声が聞けた洗礼に興奮していたが移動は馬車だったため、スムーズだった。
常世の教会に到着して3人が再び神像の前に頭を垂れた時、幽世の教会で起こったように神像が鈍い光を放ち始める。
『私は魔法神サージェリー。ヴィオラ。貴女のいかなる時も冷静な判断と態度で臨む姿はとても素晴らしい。魔術師のスキルを授けます。いついかなる時も周囲の人々と自分自身の安全を守りなさい』
『我は神の管理神ワーデン。ティナ。そなたの何者へも変わらぬ慈愛は住まう人々の癒しとなろう。司祭のスキルを授けよう。願わくはそなたにこの教会を守って欲しい。今すぐでなくともよい。考えて欲しい』
『我が名は創造神スクラド。本日洗礼を受けた3人の若人よ。己が力を信じ、自惚れず、日々精一杯生きることを我ら神は願っている。生きるモノは努力が出来る存在。己を変えて行ける存在。そなたたちの成長を楽しみにしている』
最後美味しいところを総取りするあたり、流石スクラド様だなとハジメは思っていた。そこへワーデンの声がハジメの脳裏に届いた。
『お初にござる。拙者神の管理神ワーデンと申す。うちの3馬鹿神が迷惑をかけてしもうたの。お詫びが遅くなって申し訳ござらん。そして我が馬鹿上司が迷惑を掛けて申し訳ござらん。あとで説教しておくので、許して欲しいでござる』
『とんでもない。いつも良くして頂いておりますので。後ほどワーデン様の神像を建立させていただいて宜しいでしょうか?』
初の出会いに戸惑いながらハジメは提案する。
『ありがたき。急がずとも良いのでござる。今度は一度相見えたいものでござる。司祭のことよろしくお願いする。冒険者となり、引退してからでも良いでござるので。では』
そう言って通信は途絶えた。スクラド様からも通信あるかと思ったがなかった。恐らくワーデン様に説教をされているのであろう。
ふと周囲を見回すと新成人たちは腰を抜かしたようにその場に座り込み、スクナヒコは既に姿を消している。教職員、来賓者は座ったまま茫然としていた。
こうしてクーラの街の初洗礼式は終わりを告げたのだった。
ハンドブック 13項目目
13-8.洗礼式をしよう:Clear!




