困惑
「よぉお二人さん?米がほしいんだって?」
「そこの路地裏にあッからさァ。ほら、付いてきなよ」
明らかにガラの悪い二人がシャルロット達に声をかけた。関わりたくないのか店員は露骨に嫌な顔をし、シャルロット達に声をかけようとしたものの、二人が睨みをきかせた瞬間退散してしまった。一人は店の商品の方に顔を向けながら嫌な笑みを浮かべてたので、仕方なく、というところだろう。
「ほう、『コメ』があるとな?よし、案内せい」
男二人も半ば脅しのように言っていたが、シャルロットは一つ返事でアリアを連れ行ってしまった。
残された店員は、自警団を呼ぼうと慌てて走って行った。
***
引き返したシャルロットを追って街へ出たユキと護衛のミサキとジンだったが、どこを探しても少女の二人組の影すら掴めなかった。
相対した時は息を呑むような美貌の彼女は目立つはずが、目眩しの魔法でも使っているのか街の妖魔達に訊いても、全く知らないとしか答えはなかった。
「ユキ様、吸血鬼の血って、入手するのはものすごく難しいんですよね……」
「そう……昔は襲って無理やり奪う輩がいたようだけど……ある時期からいなくなったのよ……こほっ」
咳き込みながらもユキは周囲を見回していた。そんな彼女に心配に思ったミサキはジンへと質問先へと変えた。
「ジンはなぜか知ってる?」
「ん?吸血鬼の血が手に入りにくくなった理由?確か……突如大陸中の吸血鬼が一斉に消えたと思ったら数週間後くらいにバカ強くなって戻ってきたって話だったような……」
「えぇ?そんな不思議なことがあるの?」
「分からねーよ。ただ、俺たちじゃ敵わないくらいの強さになったって聞いた」
ジンは護衛の中でも突出して強かった。国には単純な戦闘では敵う相手などユキ以外にいないと同然であった。
そのジンでさえ敵わない吸血鬼達はどれほど強いのか。万全のユキ様でも勝てるのだろうか。
ミサキは先程見た真っ赤な瞳を思い出しながら、ふらついたユキの体を支えた。
「それだと吸血鬼に同意を求めないと血は手に入らないんでしょ?でも基本的に吸血鬼って中立であって、国の対立とかに協力するようなことはしないのよね?」
「どっかの誰かが、吸血鬼達を『紳士淑女の集まり』と例えてたな。皆んなが礼儀正しく、卑怯な事は嫌いな性格だったそうだ」
一悶着から意外におとなしいジンをミサキは一瞥する。
「なんか物知りね。なんでそんな事知ってるの?」
「強くなりたい一心で外から来る奴に色々聞きまくってからな……」
苦虫を噛み潰したような表情で答えるジン。
その後も何気ない談笑混じりに、しかし目は鷹の如く周りを見渡しながら歩いていくが、目的の者は全く見当たらなかった。
唯一それらしい目撃事例があったが、その場所にいっても何も痕跡は残っておらず、ついには空が赤くなり陽が国を囲う壁に差し掛かってきてしまった。
「ユキ様……もうお休みになられた方が…」
「いいえ……こほっ……まだ、この国にいるわ……見つけなきゃ……」
「せ、せめて私……いやジンにでも背負ってもらってください!」
ユキの体力的にも限界というところまできている。これ以上の捜索は厳しいと、ジンも無理やり自室へと帰そうと思った時。
バコオオォォォォン!!!と盛大な音を鳴らしてビルーーー確かカラクレノミヤ一番の商業施設ーーーがジン達の目の前ので崩壊した。
「な、何が起こってるんだ?」
まさか獣人達が戦争を仕掛けにでもきたのだろうか。逃げ惑う仲間を見ながらジンとミサキは顔を青くしながら突っ立っていた。
しかしユキは何を感じたのかジンから降りて、その覚束ない足取りで崩壊したビルへと進んでいった。
「ユ、ユキ様!待ってください!」
我に帰った二人は必死に後を追いかけるが、ビルから遠ざかろうとする者が邪魔をして、その差は離れていく。
「クソッ!どけ、どいてくれ!」
吹き飛ばして突き進むわけにもいかず、妖魔達の間を抜けてようやく辿り着いた崩壊したビルの前には、大きな穴が空いていた。端にユキを発見し一先ず二人は安心したが、その先にいる少女を見て息を呑んだ。
「おい貴様ら。今すぐに『鬼』について話せ。対価としてユキ、貴様を救ってやろう」
少し大きい少女を抱え、穴の真上で漂う吸血姫。
初めて相対した時に見たあの凍てつく瞳で睥睨する彼女からは、その時とは比べものにならない殺気が放たれている。もしそれが自分だけに向いていたと思うと………ジンの頬に冷や汗が流れる。
幸いなことに殺気は妖魔達には向いておらず、先程の言葉によると、どうやら鬼が関係しているらしい。
(確か今はエルフの集落にちょっかいをかけていた筈だ。まさか毒盛りの原因は鬼にあるというのか!?)
好戦的な種族と思っていた鬼族は陰謀や裏工作などはしないと、毒盛りの犯人からは除外していた。
事実、鬼の〝王〟は単身で近くの国に突っ込み、数ヶ国を壊滅させたと聞く。加えてユキから教えてもらった鬼の〝王〟の特徴は熱血漢で馬鹿正直、頭まで筋肉でいっぱいの暑苦しい奴、である。
「分かりました…最近の鬼族達の動向を『千里眼』で見ましょう……コホッ」
「よい、貴様の意向は理解した」
彼女がか細い指を軽く動かす。すると脱力気味だったユキの身体が浮き始める。そして滑らかに彼女のもとへと移動してゆく。
ユキも自分が浮いていることに気が付いたのか顔を上げると、眼を真紅に光らせる彼女は徐にユキに噛み付いた。
「………っ!」
「安心せよ。貴様達の言う毒と、少しの血を貰うだけじゃ。ああついでに少し力を分けてやろう、この後すぐに働いてもらうのでな」
首筋を噛まれ、驚いたように仰反るユキ。苦悶の表情で耐える姿にジンは何もできない己の無力さを感じ、手が震える。
ミサキはただユキが心配なのか穴の端でオロオロとしている。
「ふむ。血に侵されていたにしては美味じゃ。流石〝王〟と言ったところか」
見惚れるような美貌で呟いた彼女は、ミサキに視線を向けた。
「おい貴様。アリアを預ける。しっかりとみていろ」
「ふぁっ、はい!」
いつのまにかミサキの側にいた少女に優しく話しかける。
「アリアよ、少しの間留守をする。良い子で待っておるのじゃ」
少女が頷くと、目の前にいた彼女は主人の手を取る。
「………どうかご無事で」
頭の中は何が何だか分からない。どうにかジンが言えた一言も二人が消えた後だった。