妖魔の〝王〟
旅というのは、意外にも体力を大きく消耗させる。己の慣れない環境は精神的にも疲弊させ、本人の思っているよりも大きく体力を消耗されるのだ。旅に慣れた者ならば心配は要らないのだが、関所に並ぶ馬車の列に、1つだけ綺麗に装飾された馬車があった。その飾りつけは一級職人が手がけていると分かる程であり、他の馬車とは月とスッポンほどの差がある。
それに加えて黒馬ともう一頭、最近は滅多に見ない白馬を引かせていた。
妖魔の国〝カラクレノミヤ〟に馬を飼う者は居ず、あのような豪華な馬車などこの関所を任されたから10年、一度も見た事がない。
西の関所の管理長である妖狐のシズクは、今までで初めての馬車を見て戦慄する。
(あんな立派なんだからどこかの国の貴族よね?北には人間の国も、あの獣人の国もあるわけで…………うっ、胃が痛い……………)
先ほど述べた通り、旅を終えて関所を通過する者達は、窶れた者が多い。それは旅をする以上仕方ない事であり、シズクも来客の対応が鈍くても気にしない。
だが問題なのは貴族や富豪の対応なのだ。長旅でストレスの溜まった彼等は、動作1つ1つに文句を言ってくる。礼儀がなってない。鈍い。通行税くらい免除しろ。と。だがシズク達は耐えなければならない。決められた行動、文言をして、笑顔で見送らなければならない。
それがどれだけ面倒なことか。数多く経験しているシズクでもこれだけは一番やりたくないのである。
だが非情にも手際良く次々と検問を終え、そして少しずつ近付いてくる例の馬車。
(なんで私の時ばっかり厄介事が舞い込んでくるのよ〜〜!!)
頭の中で己の不運に愚痴を並べていたら、いつのまにか目の前には黒馬と白馬の対が鎮座していた。
「い、い、いらっ……ようこそ〝カラクレノミヤ〟へ!ど、ど、どちらからのっ……おいででしょうか?」
出来る限りの笑顔を作り、多少尊敬語を混ぜた定型句を述べるシズク。
脳内が混乱する中、近くで見ると見上げる程大きい二頭の馬達に必死の笑顔を見せていると、厳つい馬の頭の上からひょっこり少女の顔が出てきた。
「旅の者じゃ。仕入れた装飾品を売ろうと思うての」
そう言って荷台の方を指す少女。
まず、シズクは馬車に乗っている者が貴族等ではなくて驚いた。そして少し安堵した後、言葉を発していたのが12、3歳程の少女で驚いた。
大体、検問では旅の一行の代表があいさつする。こんな若い少女が代表な訳がない。シズクはほぼ否定に近い疑問を抱いた。
「ええと、代表は貴方でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうじゃ。他に何がある」
「いえ、少し珍しいなと愚考しだだけですよ。では失礼しますね」
少し言葉が雑になりながらもシズクが断りを入れて中を見れば、眼を見張るような装飾品の山が存在していた。
「え…………」
「ここへ来る途中で調達した物でな、出来が良いので持ってきたのじゃ」
「で、ではこの馬車も装飾品と一緒に仕入れた物で?」
「う、あーー……そうじゃな。売るつもりはないがの」
「そ、そうでしたか……良い買い物をされたようですね…」
この馬車で来たという事は、前に使っていたであろう馬車はもう処分している可能性が高い。あったとしてもこの場には無いのだ。今ある馬車を売ってしまったら旅の足が無くなったのと同義、売らないのは必然的である。
シズクは、複雑な事情もない極めて当たり前の事象に、うんうんと頷く。同時に思う、やはり貴族等の対応は面倒だと。こんな至って普通の者達だけが関所に来れば良いのに、と。
ただ、貴族等の対応が免れただけであるのに、シズクは少女に好印象を抱いていた。
「しかし、最近はやけに平和ですよね。昔はよく関所が襲撃されるなんて普通にあったんですが」
「おや、ここはどこかと敵対しておるのか?」
「一応、獣人の国とはあまりよろしくない関係ですね」
「妖魔と獣人……今まで不干渉じゃったのにどうしたのか……」
「?」
「ああ、何でもない」
世間話をしながらシズクは書類に次々と書き込んでいく。最後に欄外に『好印象、シズク』と書けば終わりだ。
「では…最後にここに血を垂らしてもらってもよろしいでしょうか?」
そう言って針と特殊な紙を馬の上に差し出すシズク。先程は足も顎も震えて言うことが効かない状態であったが、今はもう落ち着いていた。旅人と分かったからなのか、幻のような装飾品の数々に現実逃避しているのか分からないが、今は気分が良く、その事はどうでも良かった。
受け取るのを待っていると、少女はじっと紙と針を見ている。
「血、か?」
「血、です」
検問で採血するのには理由がある。仮に入国者が国内で罪を犯した時、本人かどうか調べるために必要なのだ。その犯罪者が国外へ逃げた場合、血を媒体にして魔術で追跡することが出来る。二度とその者を入国させないためにも、採血は検問において重要な行程となっている。ただし採血には例外も存在する。
「すまんが……吸血族の場合、採血は任意かの?」
「へ……?」
吸血族は放浪者が多いというのは聞いたことがある。しかし、現在は夕方、まだ吸血族の活動時間ではない。
シズクはぶり返した震えを感じながら恐る恐る質問する。
「……ええと、ホントに吸血族?」
「うむ。妾は紛れも無く吸血族じゃぞ」
答えると同時に吸血族の特徴である鋭い牙を見せる少女。だがまだシズクは信じられないでいた。
「え、じゃあなんでまだ日が出てるのに……?」
「進んで日中を行動したいとは思わぬが、一応昼間でも活動は出来るぞ?」
「ええええ…………」
どうしたら良いのか分からないシズクに、少女も困惑の意を示す。
「吸血族なのか証明しろ、と言われても、検問のような短時間では出来ないしのう………」
吸血族の、特に純血種の血というのは、あらゆる病や怪我を治す秘薬になると言われている。しかし、ある一説には誰にも解毒出来ない毒にもなると言われているのだ。
しかしながら混血種はその限りではなく、その血は毒にも薬にもならない。吸血族以外に輸血できないを例外とし、その他は人間となんら変わりはないのだ。
だが純血種との区別をすると判明しかねないため、吸血族は採血は任意とするとカラクレノミヤでは決められている。
故に採血し、血から情報を読み取ったりするのはご法度なのだ。
しかし、吸血族には吸血族だけの検問方法があった。
「で、ではお手数おかけしますがこちらへ……」
「ふむ。一応吸血族用の対応があるのじゃな。良かった良かった」
関所を抜け、馬車を近くに停めて、脇にある小屋へとシズクは案内する。
そこには大きな魔法陣が存在していた。人が10人程入れるくらいの魔法陣。複雑怪奇な紋様が刻まれ、周りの小屋の殺風景とは場違いに感じられた。
「転移魔法陣か。行き先はどこじゃ?」
「はい。私達を束ねる〝王〟のいらっしゃる場所であります。呉々も、殺れるなんて思わないで下さいね」
「思わぬ。〝王〟に宣戦布告など阿呆のすることじゃ……して、平凡な吸血族ごときが〝王〟に直接謁見とは驚いたの」
「中には吸血族と偽る他種族もおりましてね。私達の〝王〟ならば必ず幻術や半身でも看破することが出来るので」
「了解した。妾にとっても好都合じゃ」
「は、はい。では………」
魔法陣へ向かう吸血族と言う少女。途中、思い出したかのように馬車の方へ顔を向けた。
数秒その方向を睨んだ後、少女はシズクに言った。
「すまぬが、連れがまだ馬車におるのじゃ。一緒に連れて行っても良いか?」
「はぁ、構いませんが………」
「よし、アリアーー!!」
十数秒後、入り口から吸血族の少女と同じように、ひょっこりと少女の顔が出てきた。今回はもっと幼い少女であり、純粋無垢な瞳がシズクをじいっと見ていた。その後吸血族の少女が呼ぶと、てこてこと少女の隣へ歩いてきた。
「彼女も吸血族ですか?」
「いいや、ただの人の子じゃよ」
「は、はぁ?」
彼女らの関係がまるで見えず、頭の上にはてなを浮かべるシズクに、吸血族の少女は微笑み、話しかけた。
「ま、個人的な理由じゃ。後はそなた等の〝王〟に任せれば良い。検問ご苦労じゃったな」
「はっ、はい!では、いってらっしゃいませ!」
「また、後での」
そうして、奇妙な2人は魔法陣から発せられた光に飲み込まれて行った。
***
光のが収まり、シャルロットはゆっくりと目を開けた。
目の前に移る景色は先程の地味な小屋の中ではなく、宮殿の屋内であろう煌びやかな装飾が一面にされた歩廊であった。奥にはシャルロットの廃城とは比べ物にならない扉が鎮座している。
後ろは幻術でも使っているのかシャルロットの目ですら暗闇しか見えず、側面に扉など付いていない。
歓迎されてるようで、追い詰められているような、シャルロットはそんな気がした。
「アリア、妾の手をしかと握っておるのじゃ」
「らじゃ」
アリアがしっかりと手を握った事を確認すると、シャルロットは己を前にして歩き出す。
慎重に歩を進めるのかと思ったら、自室を右往左往していた時のような足取りだった。まるで緊張などしておらず、欠伸さえしている。
その態度に何かを感じ取ったのか、辺りの空気が急に下がったようにシャルロットは感じられた。アリアは小さくくしゃみをしている。
「無害な吸血族というのに、いきなり殺気を飛ばすとは何事じゃ。これは試練か?それともお主達なりの吸血族の判断の仕方か?」
扉の前まで来て、シャルロットはそれを開けずに目の前で喋った。重厚な扉は向こう側に声を通したか不明だったが、下がっていた空気が戻ったような感覚。殺気はもう止んでいた。
(常人ならば狂死する域じゃぞ……迎え方がなっとらんのではないじゃろうか)
扉の前でしばらくシャルロットは立っていた。
(仮に来訪した吸血族全てがこれを受けたとするならば、殆どがこの国へ二度と来ぬな。じゃが国内に同族の匂いはあった。余程の強者あるいは鈍感者なのか……しかし、それにしては多すぎる。この洗礼もどきを受けたにしては国内の吸血族の匂いが多すぎるのう)
ある程度考えが纏まったところで、シャルロットは思考を止め、現実に戻る。
「アリア、気分は大丈夫か?身体の様子も問題ないか?」
「ねみぃ」
「そう…なのじゃな」
アリアもまともに殺気を受けたはずだが、本人はいかにも眠たそうに突っ立っていた。寒さを感じるという事は殺気を感じてはいるのだろうが、なんとも不思議な事だ、とシャルロットは思った。
「では、失礼するかの」
シャルロットはそう言って、扉を開けたのだった。
***
扉を開けるなりシャルロットの目に入ったのは、己を囲み、武器を構える妖魔達であった。
身体の数センチ先には武器の切っ先が並ぶ。当然、その切っ先はシャルロットの他に、アリアにも向いていた。
それに少し遺憾を抱きながらも、シャルロットはなるべく穏便に話しかける。
「……無害な吸血族に対して少々もてなしが過ぎるんじゃないかの?ともかくにも、どのような理由であれ妾はお主らを許そう。妾の望みはただ買い物がしたいだけじゃ。早く〝王〟の元へ案内してくれぬか」
そこまで彼等を刺激するような発言はしてないと思うシャルロット。だがその思いに反して、彼等の親玉であろう赤髪で色黒の、上級な鎧を纏う青年は、己を囲う兵の一歩手前でさらに敵対心を露わにしていた。
「うるさい!獣人のクソ野郎共の仲間め、死にたくなかったら今すぐ両膝をつき、両手を上げろ!」
「なぜそう怒る……お主の言う獣人のクソ野郎共の仲間とは無関係じゃぞ、妾は」
「うるさいと言っている!貴様らのやり口などもう通用しない!諦めて降参しやがれ!」
「じゃから……」
「全員攻撃開始ぃ!」
シャルロットの言い分を全く聞かず、指揮官は命令を発した。
その命令を聞くなりシャルロット達を囲む兵達は己の武器を突き出すが、そこにいたはずのシャルロット達はいつのまにか消えていた。
「話を聞かんか、まったく」
大きく開けたこの部屋を見回せば、青年から見て扉から右側、兵が囲っていたところから10メートルくらい離れたところにシャルロットはいた。その間の移動は青年からは全く見えなかったが、激昂し冷静に物事を考えることが出来ない彼はそれを不思議と思わない。
「妾はお主らに危害を加えるつもりは微塵もない。その仲間と確定したわけでもなかろう?」
「うるせぇ!この状況が物を言っているんだよ!」
「ならばどうすれば妾がその仲間でないと認めてくれるのじゃ?」
「いっぺん、死ね!!」
青年の言葉に目を細めたシャルロットは、青年の方を向き、少し威圧的な態度で。
「のぅ青年よ。妾はな、出来るだけ穏便に事を済ましたいと思うておる。その為ならば多少の無礼も、不料簡も許そう。さりとて妾も立派な吸血族じゃ。度が過ぎれば流石に腹が立つ。最後の忠告じゃ。妾の話を聞け」
仕返しばかりに殺気を飛ばす。それだけで兵は動けなくなり、青年も固定されたかのように動きが止まる。
巨大な威圧感に充てられ、心臓を握られているような、死神が首に鎌を擡げているような。この場にいるシャルロット以外の全員がそう感じた。
しかし、その恐怖を払拭するように1つの声が上がる。
「腹が立つも何も、てめぇらが仕組んだんだろう!被害者ヅラしてんじゃねぇ!」
指揮官は臆する事なくシャルロットを見上げて叫ぶ。その目は憎悪で染まっていた。
「ふざけんな!俺たちは何もしてねぇのに勝手にユキ様に毒盛りやがって!しかも毎日毎日少量ずつ、ユキ様が完全に毒に犯されるまで…………」
憎悪で染まっていたと思ったら、次は後悔が垣間見れる。彼の苦悩がありありとわかる。
「絶対に、ゆるさねぇ!!」
叫びと共に、周囲に殺気を飛ばす。どうやら先程の殺気は彼からのものだったようだ。空気が振動し、壁がギシギシと軋む音を出す。まさに彼の怒りの表れであった。
「ふむ……彼奴め、何かにやられおったのか……」
殺気など何処吹く風であるシャルロットは彼から次々と情報が得られるのに満足していた。やはり脳筋は誘導しやすい。
「てめえは一旦潰す。女だろうが関係ねえ。ユキ様の苦痛なんかに比べれば……」
「脳筋よ、もしもその仲間が他の〝王〟の側近だとしたら、どうするのじゃ?」
部屋中に響くシャルロットの声。
「んなもん関係ねぇ。潰す」
「お主は頭を入れ替える必要があるのう」
青年は歩き出す。動けない兵を押しのけ、シャルロットへと向かって行く。
両者の間に障害が無くなった途端、青年は大声を上げて飛びかかった。
「ラァァァァァァァァ!!!!!!」
全体重、勢いと重力も混ぜて突き出した拳。
空気を割り、コンマ数秒でシャルロットの鼻先へと到達したその拳は、鼻先に触れる直前、皮一枚のところでいきなり静止した。
「念力………やっと来たか」
部屋の奥にある玉座。先程までは誰もいなかったそこには、生気のない青白い肌で、真っ白いの髪の着物姿の麗人が、黒髪の女性に支えられながら立っていた。その側には、大きなりんご飴を舐めるアリアも。
***
「ジン……下がりなさい……彼女は敵ではありません」
「ユキ様!しかしこいつは……」
「下がりなさい」
青年は渋々拳を下ろす。だがシャルロットに対する警戒は未だ解いてないようで、彼からは鋭い殺気が感じられる。
「遅い。もう少しで殴られるところじゃったぞ」
「今は………もう限界でして………」
ふらりと身体を傾かせた麗人は、支えていた女性に抱きとめられた。
「ユキ様!」
「ユキ様!しっかり!」
先程の一触即発の雰囲気は消え、だがまた違う緊急事態が起きたようで、シャルロットは肩を竦めた。
「『コメ』が欲しいだけで、なぜこんなややこしい事態になるのじゃ、まったく……」
「飴、たべる?」
「貰っておこうかの。甘いものは疲れに効くという……」
その後、ユキ様と呼ばれる麗人は自室と思われる東の国にあるような部屋に連れられ、そこに敷いてあった白い布団に寝かされた。当然のようにシャルロットとアリアも付いて行った。ジンと呼ばれた青年はシャルロットには目もくれず、ただ麗人に駆け寄るだけであった。
「ユキ様!目を開けてくれ!」
「ユキ様!しっかり」
「死なないで!ユキ様!」
衰弱しきった身体に力は入っておらず、麗人に死が近づいているのがシャルロットにはわかった。保って一週間、もしかしたらあと数日の命だと。
「ここまで衰弱するとは……平和ボケでもしとったのか?」
「平和ボケ……」
「っ!!」
アリアが若干、そして黒髪の女性が明白に反応した。
「ここまで毒が回れば流石の妖魔の〝王〟でも死に至るのか。お主、毒には弱いんじゃな」
皆が悲壮を抱いている中、ただ1人平然と分析するシャルロット。黒髪の女性が何か言おうとしたのだが、その前に高く、儚げな声が部屋に響いた。
「貴方は………実際、何のために来たのですか……?」
声のした方向を見れば、そこには薄く目を開けた麗人が。
「ユキ様!」
「ユキ様!ダメよ、喋ったら体力が!」
「大丈夫……です。しかし……なぜ、貴方が……?」
よろけながらも上半身を起こし、シャルロットを見据える麗人。
「ああ、アリアの記憶を読み取ったのなら分かるじゃろう?数分前のしか読み取っておらんかったのか?」
「そんな……体力……」
「そうか。妾の口から言った方が良いな」
しかねないため、
シャルロットは麗人の隣、ジンの反対側に座る。膝を立てる、とても上品な座り方だ。
「ただの買い物じゃよ。『コメ』を買いに来たのじゃ」
「ええ………」
衰弱しきった麗人でも、困惑してるのが分かる。それもそうだ。種族の〝王〟である彼女が自ら買い物に行くなど、他の種族ならば有り得ない。それは狙ってくれと言っているようなもなのだ。
世間では、吸血族の〝王〟は行方不明であり、吸血族の問題が起きた場所にひっそりと現れて、解決したら直ぐその場を去り、また行方を晦ますと言われている。〝王〟として君臨せず、裏方に徹する彼女の行いは、とても珍しいものであった。
「知ってるじゃろ。妾の配下は野放しにしておる。買いに行かせる者は居ないのじゃ。妾の元にはな」
「それで……」
「ああ、アリアの事か。何のことはない、ただの人間じゃ。妾の栄養源でもあるぞ」
「ああ……」
麗人は納得したようだった。身体から力が抜け、布団の上に横たわる。
「ミサキ……」
「ユキ様!」
「私達の……状況を……」
ミサキと呼ばれた黒髪の女性は、麗人を気にしながらも、説明を始めた。
「実は……」
「ああ、少量ずつ毒を盛られ、死にかけているのは分かる。そこの脳筋がベラベラと喋ってくれたしのう。妾が知りたいのはその犯人、そしてこの後の方針じゃ」
「っ!!」
「はっ、はい!一番濃厚なのは……獣人です。昔から対立してた国で、最近は相互不干渉だったのですが………」
間があく。ミサキは俯いて唇を噛んだまま、その後が言えずにいた。
しばらくしてまさかのジンが口を開く。シャルロットは内心仰天した。
「解毒剤はいくつも試した。回復術も浄化術も、全て試した!」
一拍。
「………だけど、全て効かないんだ。ユキ様はどんどん弱っていく一方で……」
「正体不明の毒に私達何も出来なくてっ……」
その場に泣き崩れる妖魔達。アリアは空気を読んだのか、りんご飴は紙に包んでポケットに入れている。シャルロットはまだ加えているが。
ガリッとりんご飴の囓る音が響き、妖魔達は顔を上げた。
「だからって何じゃ?妾に助けでも請うておるのか?」
ぞんざいな態度で吐き捨てるシャルロット。妖魔達は項垂れ、何も言い返す事は出来ない。〝王〟に関係する間柄とわかったとしても、彼女が妖魔達を助ける義理はない。
「そのような結果を招いたのもお主らの責任でもある。それを無関係の一般吸血族に尻拭いしてもらおうというのか?それはあまりに甘いというものじゃ」
ユキ様と呼ばれた妖魔の王も、聞いているであろう。だがシャルロットは冷たく言い放つ。シャルロットは、誰彼構わず助けるお人好しではないのだから。
「自分で犯した怠慢じゃ。己の力で償え。すぐさま他に頼るでない」
踵を返して歩き出す。アリアもちょこちょことついていくが、妖魔達は未だに項垂れたままだ。
だがシャルロットは構わず来た道を戻る。転移魔法陣がなくとも、シャルロットならば転移魔法陣作成には数分もかからない。
「今はお忍びの状態なのでな。妾のことはゆめゆめ、公言するでないぞ」
そう言ってシャルロットは陣の作成にかかった。無駄がなく、妖魔達が最早芸術とも錯覚するほどである。
三十秒程経って、転移する直前で1つ。シャルロットは言葉を投げかけた。
「ああ、そうじゃ。りんご飴のお礼で1つ教えてやろう。その者が盛られたのは、吸血鬼の血の混ざり物じゃ」
シャルロットはその場から消えた。
***
シャルロットが消えた直後。妖魔達は目を丸くさせながら見合った。
「今……吸血族の血と…」
「確かに言ったぞ。やっぱりあいつが……!」
「待て!彼女が盛ったなら自ら明かさないだろう!彼女は敵ではない!」
「ユキ様も言っていたじゃないの!」
小さい呟きから始まり、次々と側近の者達が言葉を発していった。吸血族の血のことから始まり、国内の吸血族のこと、そして彼女への不満……
「ちょっとくらい血を分けてもらってもいいのに!吸血族の血って薬になるんでしょ!」
「そうだよ!どうせ俺らなんて路傍の石とでも思ってるんだ!」
「そ、そうだ!今国にいる吸血族を捕まえて……」
「やめなさい!」
高い声が響いた。側近の中心にいるユキのものである。
「少なくとも彼女…吸血族には一切危害を加えないで。最悪国が滅びるわ…」
「ユキ様!まだお身体の調子が!」
「死を待つのみだった私に彼女は生きる希望を与えてくれたのです…これ以上頼っては王としての面目がありません」
「王としての面目……?彼女は一体……」
「吸血族の〝王〟よ」
「「「!?」」」
側近達は慄いた。自分達がしていたことに。特に〝傾国の吸血姫〟に対して喧嘩腰に、そして殴る寸前だったジンは顔を真っ青にしていた。
そういえば、〝王〟を匂わせるような発言もしていたし、ユキ様に対して対等な口調で話してもいた。
もしあの時に殴っていたら…ユキ様が間に合わなかったら…その後にあるのは確実に絶命した己であろう。今だと思い出せる殴る寸前の彼女は凍てつくような目でこちらを見ていた。
ジンは九死に一生を得たかのような感覚に陥った。少しでも完全なる敵対行動をとっていたら死んでいたという恐怖が彼を包んだ。
その時、常に熱にうかされていたような意識から醒めたような気がした。
冷静になったジンは、もう一度過去を振り返ることにした。
「ジンも軽はずみな行動をしないように。最近の貴方はどこか危なっかしいわ」
「……申し訳ございません、ユキ様」
「……っとりあえず今はなりふり構っていられないわ。直ぐに行動して」
ミサキに支えられ、なんとか立ち上がったユキは、各自に吸血族の血について情報収集を命じた。
力の籠もったユキの指示に側近達は強く頷いた。
(あとは、賭けね。彼女の人となりは大体分かったから、次はちゃんと相対しないと)
それぞれ、迅速に去っていく。ある者は国内の図書館へと駆け、ある者は吸血族に助けを求め。ミサキはユキのサポート、ジンは身辺警護と。
その中で不穏な様子で去っていく一人を、ユキは気付かなかった。
***
大通りでは多くの馬車が行き交い、脇の店々からは元気な集客声が響いている。商業区、ここは国内で最も商業施設の多い区画である。
円形に城壁に囲われたカラクレノミヤは、その円を五等分するように御殿、農業区、商業区、居住区、工業区と分かれている。
今は昼時、昼食を食べに高位の者達もちらほらと見える。
西の関所から直ぐということもあり、メインストリートには旅館や茶店が目立ち、その脇には専門店が均等に並んでいる。
しかしながら露店を開くものもおり、活気付いていた。
そんな中、少女の声が響いた。
「『コメ』がない……じゃと?」
「そうなんだよなァ。この前はあったんだが獣人の国と戦争になった時の為に備蓄として国中のコメが回収されちまったい。ここの携帯食はコメからしか作れんからなァ」
「……じゃ……ごはん、ない?」
「すまんなァ嬢ちゃん達。国にゃ逆らえねェのさ」
なんともタイミングの悪いことか。シャルロットは唸った。
今直ぐにでも『コメ』が欲しいというのに、既にソレは携帯食に加工されている。どうも最近は面倒事が周りで多々起きる。
苛つきで周囲の気温が若干下がっているのに気付かず、シャルロットはその美しい眉をひそめた。アリアは苛ついてはないもののシャルロットの真似で眉に皺を作っていた…指で。
そんな少女二人に近づく、大きな人影がいたのだった。