表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の吸血姫  作者: 渚月ネコ
2/5

少女とステーキ

 


 20**年、12月、東京。


 この日、世界は驚きに包まれた。

 世界共同で開発されていた『量子テレポーテーション装置』が地球と同じような星の座標を特定したと、世界中に発表された。いわゆる、『異世界』が実際に存在するという事だ。当初、世界は開発機関に殺到し、質問の雨を降らせたのだが、機関が「絶対に偽りなどない」と名言すると、世間は『異世界に行ったらどうするか』などの歓談に集中した。

 メディアはその話で持ちきりとなり、世界に〝異世界ブーム〟が到来した。実際に行った人はまだいないと言うのに、ユニコーンやフェンリルなどの幻獣や、悪魔や天使、とコスプレをする者が急増したのだ。日本では『異世界』『量子テレポーテーション装置』が流行語大賞にノミネートされ、世間を騒がせた。

『量子テレポーテーション装置』で転送させたモルモットは、生存が確認され、問題なく生命維持ができることが分かった。量子テレポーテーション装置の試作段階で開発された通信装置は、どの場所でも、極低温、極高温であっても通信できることが分かり、『異世界』の状況を詳細に分析するのにとても役立った。

 だがしかし、それでは調査不十分と評する者が現れた。ロボット等での確認では、人間への影響が全くないとは言い切れないと言い出したのだ。この主張は開発機関からも懸念の声が上がり、しかし誰が確認するのかと一向に議論は平行線のままだった。


 そして、状況が一転もせず一年が過ぎ、とある事件が起きてしまった。






「おーい、愛里ー!洗濯機から洗濯物を取ってきてくれー!」


「うい」



 首都から少し離れたところにある住宅街。カンカンと日が照らす中、お世辞にも立派とは言い難いマンションから、青年の元気な声が響いた。



「はい、お兄」


「よしイイ子だ、愛里。今日はステーキだ」


「よっしゃ」



 5歳程の少女を撫でる彼は、洗濯物を干すのを始めた。

 彼の鼻歌と、時折聴こえてくるテレビの音がマンションに流れる。



「すいませーん!(しん)さんのお宅ですかー?宅急便でーす!」


「あー、愛里ー!ちょっと宅配物を取ってきてくれー!」



 いつも直ぐに返事をする声が、今回はなかった。



「…………愛里?」





 ***





 呪詛を掛けられた刺客が来るようになってから、10年が経った。

 寿命を知らない吸血姫は、今も辺境の廃城で、続々と殺しに来る刺客達を屠っていた。

 いずれにしても、〝王〟の彼女を脅かすような存在はおらず、加えて彼女が慈悲で生かした者もいなかった。

 今日もまた、正気を失った、呪詛の犠牲者を一瞬で屠っていた。



「不味い!なんじゃこの血は!?馬の糞のような味しかせん!こんなもの、飲んでられぬわ!」



 血を吸い始めたばかりの刺客の死体を放り捨てたシャルロット。顔は憤怒に染まっていた。



「燃えよ!腹立たしい」



 手を伸ばした先から炎が飛び出し、その死体を燃やし尽くした。

 乱暴にソファに座り、口直しのつもりなのか近くにあった水の入ったグラスを呷る。



彼奴(あやつ)め、もう形振り構わず呪詛を掛けておるな。妾を屠ろうと愁傷なものじゃが、不味い者を次々と寄越すとは何事じゃ。新手の戦法か、全く……」



 頬杖をつき、いかにも腹を立てていると言わんばかりの顔で、シャルロットは愚痴る。



「まともな血がこの頃全く足りぬ……仕方ない、幻獣達に協力を願い出ようかの」



 ハァと溜息を一つ吐いた後、シャルロットは部屋の外へ出た。

 かつて、1人、シャルロットが興味を持った暗殺者が最初に現れた場所を通り過ぎ、もう崩れそうである階段を降りる。



「もうガタがきておるな。ノームにまた直させるのも酷じゃのぅ……」



 階段を降りればもう目の前に扉がある。これも所々に修繕の必要な箇所がある。

 城の状態に肩を落とすシャルロット。そこへ呼びかける声が響いた。



「お嬢!緊急事態だ!」


「ん?」



 扉をそっと開けるとそこには大きく、威厳ある狼の姿。毛並みは白く、歩く度に足元からは芽が生える。俗に言うならば『フェンリル』という幻獣だ。



「どうしたのじゃ、そんなに慌てて。そなたが出てくるという事は、結界に何かしらの不備があったのかの?」


「違う……とまでは言い切れないが、とにかく緊急事態だ。お嬢も来てくれ!」


「はて?」



 首を傾げながらも、シャルロットはフェンリルの後を追っていった。

 城から伸びる獣道のような道を歩いて、大きな広場へと着く。ここは幻獣達が人間等の魔の手から逃れるために、隠れ込んだ場所だ。シャルロットは、もうその時は廃城に居た。幻獣にとって、本能で逃げたいと思う相手の近くに隠れ込むなど、博打に等しかっただろう。しかし、シャルロットは全く追い返しもせず、快く受け入れてくれた。幻獣達は、シャルロットをお嬢と呼び、敬っていた。

 その後、シャルロットから魔術や自己防衛手段を学び、今では刺客の襲来の探知結界を任せている。その中心核がフェンリルなのだ。



「お、お嬢!おいでくださったのですか!」


「おお!もう安心だ」


「ギャルル!」


「良かった……これで解決ね」



 そこに居たのは、広場の中心を囲うように留まっている幻獣達。全員が、緊張した面持ちであった。しかしシャルロットが来た瞬間安堵の表情を浮かべた。彼等のシャルロットに対する信頼は厚いようだ。



「まあまあ、静かにせい。とりあえず状況報告じゃ」


「では私から…」



 近くにいたユニコーンが名乗り出た。フェンリルは一歩下がって、シャルロットの周りを警戒していた。

 シャルロット達は、広場の中心の方へ歩き出す。



「ありのままの事実を話すとなりますと、人間と思われる5歳程の少女が広場に急に現れまして……」


「テレポートでもしたのかの?その少女の推定魔力量は」


「それが、全くのゼロでありまして」


「そうなれば、誰かから無作為に送られたというのか?しかし、この結界は敵対心を持った者のテレポートや、故意的なテレポートさえも遮断するじゃろ?」

 

「ええ。なのでそれしか有り得ない状況でして。この不可解な状況に、我等もどうする事もできなくてですね」


「把握した。ほれ、道を開けい」



 どんどん進んでいくシャルロットに、ユニコーンは慌てる。



「お嬢!いくら魔力量が皆無だろうと、何の力を持つか不明です!まずは我等が牽制を!」


「要らん要らん。魔力量皆無の奴は、絶対的に妾に勝てんから安心せい」


「で、ですが!」


「くどいぞ」



 制止の声も聞かず、シャルロットは中心へとユニコーンを置いて行ってしまった。

 確かに〝王〟のシャルロットに勝てる者などそういない。その上シャルロットには絶対に勝てる自信があった。そして何より、早く血を吸いたかった。5歳の少女となれば、正直で、処女は間違いない。最近の不味い血と比べれば、雲泥の差と言える。それがシャルロットの吸血衝動に拍車をかけていた。



「さて!一体どのような……」



 広場の中心には、伝えられた通り少女がいた。

 ぽろぽろと涙を流し、充血した目は青色だった。ぺたんと力が抜けたように座っていて、手には見た事も無い四角く、薄い箱のような物を持っていた。

 シャルロットは、どうやら刺客ではなさそうだと確信する。その上で彼女を観察した。



(確かに、突如、見知らぬ地へ転送されたとなれば、幼い少女からすれば相当怖いじゃろな)



 先程までの吸血衝動さえ忘れて少女に対して同情するシャルロット。とりあえずこの場は眠らせて、後でゆっくりと血を吸おう。そう思った。だがまずは状況確認。シャルロットはいつでも油断しないのだ。



「ほれ、自分の事は分かるか?どうやってここに来たんじゃ?」



 なるべく優しく、少女を刺激しないように語りかけるシャルロット。

 だが、帰って来た答えは予想とは外れたものだった。



「お兄……ステーキ……どこ……?」





 ***





 数時間後、廃城にシャルロットと少女はいた。

 周りの朽ちた家具とは違い、真新しく豪華な天蓋付きベッドに、少女は体を横たえていた。スースーと寝息をたて、気持ちよさそうに寝ている。真っ白の生地のマットと、広がる黒く長い髪が印象的であった。

 そのベットの本来の主のシャルロットは、近くの揺り椅子で目を閉じて座っていた。



「うにゅ………?」


「起きたか。ほれ、自分は分かるかー?」



 気の抜けた、だが安心する声で語りかけるシャルロット。少女は寝惚け眼でシャルロットを見た。



「ステーキ………は?」


「またそれか……お主はステーキが好きなのか?」



 苦笑するシャルロットに、満遍の笑みを浮かべ、答える少女。



「うにゅ……!」


「そうか。ならば後でステーキを食わせてあげるからの、ちと質問に答えてくれんか」


「うい」



 ステーキが食べれると聞いて、今まで難航していた身元確認がすんなりできるとは思わなかった。やはり幼い少女の扱いは難しい。シャルロットは作り笑顔を見せて、質問を出す。



「まず自分の名前じゃ。分かるか?」


「あり……あまみや、あり」


「アリ、ア?まぁ良い。アリア、ここはブレーメの樹海と言う。聞いた事はあるか?」


「ない」


「ならば、どこから来たか分かるか?」


「にほん」


「ニ、ニホン?聞いた事がない地名じゃが……」



 この大陸、いや世界には『ニホン』という国はない。あるとするならば秘境や、隠れの里等の地名だろう。実際、幼い少女ならば必ず一度は聞いた事があるであろう〝ブレーメの樹海〟という単語は知らない、聞き覚えはないようであった。つまり彼女は外の情報が遮断された閉鎖的な土地から来たという事だ。しかし、シャルロットは何か引っかかっていた。



(そういえば、前回の刺客の記憶に、『異世界通信』というものがあったな。もう一つの世界とか何とかで、確か異世界の扉の向こうの地は、ニホン、だったか)



 力の強い吸血鬼は、相手の血から記憶を読み取る能力を持っている。血というのは、記憶する媒体の一つなのだ。これは輸血を受けた者が、来たことのない場所に見覚えがあり、それは血の提供者の故郷であったなどの例が挙げられる。

 記憶の媒体は主に3つあり、1つは心。1つは脳。1つは血と分けられる。どれもなくてはならない存在ではあるが、唯一分けることのできるものは血のみなのだ。それを吸血することで生命維持をする吸血鬼達の少数は、記憶を読み取る事ができるのだ。

 血による記憶の読み取りができるシャルロットは、刺客の記憶を読み取る事で世間の状勢を把握していた。

 そして、その中に『ニホン』という単語が入っていたのを思い出したのだ。



「そこで、魔術等を見た事はあるか?」


「まじゅつ……わからん」



 いよいよ、異世界人の可能性が高くなってきた。もうほぼ間違いないだろう。シャルロットは彼女の身元が判明して安堵した。やっと本来の趣旨を言うことができると。



「ん、大体分かった。さて、そろそろ本題なんじゃが……」


「?」



 少し恥ずかしそうに、気後れしながらも、シャルロットは言った。



「アリア、そなたの血を、ちと飲ませてくれんかの?」


「ん、いいよ」



 彼女は二つ返事で了承したのだった。





 ***





 シャルロットが、少女が寝ている間に吸血しなかったのには理由があった。

 どんな人であれ、この地に手ぶらで現れたのだ。ここから人里までは、常人ならば一週間はかかる。吸血鬼のシャルロットは血以外はさして飲食しないに加え、刺客も持っていた携帯食料も一緒に燃やし尽くしてしまった。そうなれば、いやでもここに長期間留まらなければいけなくなる。その時のシャルロットの栄養源は勿論彼女だ。

 吸血する時、被吸血者には形容し難い感覚に襲われるという。今後、吸血行動に慣れて貰わなければ、支障が出ると思ったのだ。

 呪詛に掛かった刺客は慈悲なく殺すものの、異世界人となったらそうはいかない。もしかしたら、あちらの世界では高い身分の可能性さえある。未知の能力を持つ可能性のある異世界へ喧嘩を売るつもりはシャルロットには毛頭ないのだ。

 加えて、彼女が発見時、手にしていた箱のような物。これはシャルロットにも理解困難な技術が使われていた。もしもこれが監視装置だとすると、やはり勝手は良くないとシャルロットは思ったのだ。

 ここはまず彼女の了承を得るべき。そう考えた故に、爆発しそうな吸血衝動を抑え、丁重に彼女に聞いたのだった。



「あー……久しぶりに美味い血を飲んだ……幸せじゃ……」



 周りに花畑が見えそうな程にやけ笑いをするシャルロット。しかし手元は忙しく動いていた。

 フェンリルが一時間探して手に入れた高級食材のマウ牛の血抜きはもう完了し、今し方解体が終わったところだ。



「料理なぞ、何百年ぶりか。昔は良く作っておったんじゃが、腕が落ちてないといいんじゃがのう」


「ふぁいと」


「しかし、これから食事支度というのに、牛の解体なんか見て大丈夫なのかの?」


「大丈夫。問題ない」


「ならいいんじゃが」



 アリアと言った彼女は、吸血後も、シャルロットについて回った。確かにシャルロットは吸血量には気を付けたが、それでも吸血後は力が抜けるはずだ。それがないならば彼女は相当生命力が強いと思われる。

 それだけでなく、彼女は吸血鬼の己に恐れを抱かず、自分の置かれた状況をすぐに受け入れ、動揺の様子もない。シャルロットは、頭の中がステーキで埋まってるから他の事を深く考えられないのではと思ったが、どちらにしろ図太い少女だなと思った。



「では、さっそく料理の開始じゃ!」



 手元にあるのは鉄の板、切り分けた牛肉、森から調達、アリアの要望に合わせて『少し塩っぱいが甘さもあり、香りが香ばしい感じ』になるように調合した調味料。野菜。植物油。

 アリアがこれらを見たとき怪訝な目をしていたが、異世界にはないであろう魔術を使ったところを見た事がないからわからないのだろう。シャルロットはアリアの驚く顔を想像する。やはり幼い子供は表情豊かな方が自然だ。アリアも年相応の顔の方が似合う。



「危ないから、アリアは下がっておれ」


「うい」



 アリアを下がらせ、シャルロットは鉄の板に陣を描いた。描いたというよりは、手をかざして陣を植え込んだようであったが、結果的に鉄の板には六芒星が基となった、複雑怪奇な魔法陣が出来上がっていた。少し、キラキラと光っている。そして、鉄の板を薄く広く凹ませれば準備は万端だ。



「おおー」


「魔力量はこの程度で、調節弁もちゃんとあるのう。うむ、我ながらよく出来ておる」


「これ、魔術?」


「ん?ああ、そうじゃ。簡単なものではあるが立派な魔術じゃぞ」


「おおー」



 驚いている様子ではあったが、シャルロットの予想とは違う反応だったアリア。目線は既に陣から肉へと移っている。やはり頭の中はステーキで埋まっているのだろうとシャルロットは確信する。これ以上待たせるのも酷だと思い、シャルロットは早急に調理を始めた。



「強火で一気に焼くのも有りではあるのじゃが、妾は中火で適度に焼く方が好みじゃったな。アリアはどうなんじゃ?」


「シェフの気まぐれステーキで」


「…………?」



 シャルロットは、アリアは早く食べたそうにしているが、美味しいものを食べさせたいとあう気持ちと、長い間のブランクによる、一気に焼く事で焦げるのを忌避したために中火で適度に焼く方を選択した。

中火になるように調節し、魔力を通す。すると、鉄の板が熱せられた。付近がゆらゆらと揺れるように見え、触れたら火傷すると分かるほどだ。



「油は要らぬな。牛肉の脂分で賄えそうじゃ」



 何回か調味料を加え、順調に焼いていく。途中、何も触れずに肉をひっくり返すという妙技をみせながら、十数分経ったところで、アリアのお腹が限度に達したところで、料理は終了した。



「ほれ、できたぞー」


「ちゃんと、しょうゆ、かけた?」


「好みの味にはしたつもりじゃ」


「さっそく、食べる!」



そこでアリアは重要な事に気が付いた。



「ごはん………ない」









これからも頑張っていきます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ