2.臆病なわたし
今日は待ちに待った大学の入学式。沢山の人が参加するのは当たり前なんだろうけど、わたしが行っても大丈夫なのかな。誰も知り合いがいないし、友達もいない。だけど、今日からわたしも変わっていかなきゃいけないんだ。
「お母さん、お父さん、わたし行ってくるね」
「一緒に行かなくていいの? 保護者枠で行けるのよ?」
「ううん、わたし、1人で行きたいの。心配してくれてありがと。行ってきます」
今まで過保護状態だったから一緒に付いて行くのは当たり前で当然……そんな両親の心配を余所に、わたしは今日から変わりたいし、自分を強く持ちたい。そうじゃないと進めない気がしたから。
ここがわたしの通う大学――!
ずっと女子だけの学校を進んできたわたしが初めて共学。男子も女子もいっぱいいるなんて想像も付かないけど、誰かとお友達になれたらいいな。
もちろん勉強も頑張りたいし、学生生活も楽しみたい。そして叶うなら、誰かを好きになって仲良くなりたい。そんなことを思いながら、石門から式の会場へ向かおうとするわたしに誰かが声をかけてきた。
「キミ、新入生? 良かったら俺が案内しようか? 名前は?」
「……ぇ」
「んん? 聞こえないけど、オーケーってことでいい?」
「わ、わたし一人で……い、行きますから」
見知らぬ男子に声をかけられて驚いたわたしは、すぐに反転して適当な所へ行こうとした。
「そっちは会場じゃないよ~? 大丈夫、俺は3年だし学内は知り尽くしてっから! ほら、行こうよ」
「お、可愛いじゃん! なになに、お前抜け駆けか?」
「新入生かよ! いいな~式に参加とか真面目か! 場所分かんないなら、俺が教えようか?」
何だか次々と男子が増えて来てる。……どうしてこんなことになってるの? 怖くてまともに顔を見られないのに、矢継ぎ早に声をかけて来られても返事なんて出来ないよ。
「こ、困ります……」
うぅ、やっぱりお父さんに来てもらえば良かったのかな。わたし1人だけじゃ、ここから抜け出せないよ。わたしはただ式の会場に行きたいだけなのに。
「名前教えて~?」
「怖くないから、顔を上げてくれないかな」
「俺らが親切丁寧に案内するから、安心して!」
ど、どうすれば……?
「ねえ? 困ってるの?」
「え?」
「会場に行きたいんだよね? なら、一緒に行こうか」
「お、お願いします」
「じゃ、こっち」
見知らぬ男子の輪の中から、わたしはその人の声を頼りに抜け出すことに成功した。後ろ姿しか見えないけど、わたしを導くようにゆっくりと前を歩いている。さっきまでわたしに声をかけていた男子たちは、その人を見た途端に、気まずそうな顔をしてばらけてしまったみたいだった。
「ここ、会場。あなたは新入生でしょ? 気を付けてね。ああいう男たちはいつでもどこでも寄って来るんだから」
「あ、ありがとうございました。あの、お名前を……」
「気にしないでいいからね。同じ学校ならまたどこかで会えるだろうし、また会ったらよろしくね」
「あっ……」
お礼もまともに言えず、名前も聞くことが出来なかったけどきっと、先輩だよね。助けてくれたし、すごく力強くて素敵な女性だったなぁ。
名前も知らない彼女に助けられて、何とか無事に式に参加して入学を果たすことが出来た。ひとり心細かったけど、あんな人がいるならわたしも学生生活を楽しく過ごせることが出来るかもしれない。
式が終わり、オリエンテーションに参加したわたしは、学内のことや今後のスケジュールを確かめながら用意された昼食を食べて、この日を終えることが出来た。
あんなに男子に囲まれるなんて思わなかったけど、素敵な先輩にも会えたしきっと大丈夫だよね。心の中で何度も自分を元気づけながら、最初に入って来た石門を出ようとすると慌てながら走って来た女子と体をぶつけてしまった。
「えっ……?」
「ごめーん! 痛くなかった? 大丈夫? って、もしかして入学式とか終わってる?」
「えと、たった今終えて、帰るとこです」
「マジで!? 最悪なんだけど……時間ミスった上に初日に遅刻とか、アホだわ自分……」
急いで走って来たと言ってるけど、どう考えてもお昼は過ぎてるし、大変そう。
「じゃ、じゃあ、わたしはこれで」
「待って! あなたも同じ新入生ってことでしょ? ね、ぶつかったのも縁みたいなもんだし、名前教えて? 私はマキ。藍田真紀よろしくね! で、あなたは?」
縁かぁ。おかしなことを言うけど、何だか勢いがある人だしもしかしたら同じ学部かもしれないし、名前くらいは教えようかな。
「マキさんですね。わたし、月渚です。宮原月渚と言います。あの、よろしくお願いします」
「へぇ~綺麗な名前だね。ルナか~。私のことはマキでいいよ。よろしくね」
「マキ……さん」
「同い年でしょ? それじゃあ何か、かしこまっちゃうから呼び捨てで構わないから」
「えと、マキちゃん……」
「んー? ま、いいか。じゃ、またね~」
「ま、またね」
こんなこともあるんだってくらい、勢いがある子だったなあ。マキちゃん……どこ学部なのかな。今度また会えたらお話してみたいな。